大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 クズロリとフラット5、出会ってはいけない存在達の邂逅と、そしておかしなコスプレイヤー達。



 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/03/05
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたpock様、リア10爆発46様、皇國臣民様、K2様、有難う御座います、大変助かりました。


類は友を呼びルイルイ

 記憶に強く残るのは見渡す限り一面に広がる火の海だった。

 

 幼い手を握り必死で駆け、文字通り死に物狂いで逃げた。

 

 深海棲艦が海を支配し、周りが海に囲まれた日本という国は、艦娘という救世主のお陰で命を繋いだ。

 

 しかしその存在が出現し、この小さな島国から異形を追い出すまで凡そ五年。

 

 その間は当然の如く人は成す術も無く蹂躙され続けていた。

 

 

 路傍に転がる人であったモノ、親兄弟を無くし路頭に迷う者。

 

 国と言う形が保てない程に、中央から離れる程人の営みは荒み、命は軽くなる。

 

 戦災孤児という言葉が特に珍しくも無い程に、縁者が居る事の方が珍しいと言われる程に。

 

 

 少年の居る地方はそれ程までに蹂躙され尽くしていた。

 

 

 両親は死に、兄と姉も同じく、彼には手を引く幼い妹しか肉親が居なかった。

 

 日本の沿岸から深海棲艦が駆逐された最後の地方、九州。

 

 彼はそこで生まれ育った。

 

 日本で一番長い期間猛威に晒され、一番過酷な状況に置かれた地方である。

 

 

 そこで彼は戦災孤児となり、幼い肉親と共に世に放り出された。

 

 誰も彼も疲弊し、庇護してくれる者も居らず、生き抜くには自力でどうにかするしかなく。

 

 しかし少年もまた幼く、それもままならなかった。

 

 

 兎に角生きねばという気持ちと、妹を守らねばという気持ちが心を占め、少年はそれのみに没頭し、どうすればいいのかという行動を突き詰めていった。

 

 世は深海棲艦に壊され、普通に生きていくという行為すら難しく、そしてどこにでも居る戦災孤児ではただ生きるという事すら難しい。

 

 しかし少年は聡かったが故に生き方を見つけるに至った。

 

 狂った世界に一番必要とされ、そして食いっぱぐれが無く、上手くいけば何も持たない戦災孤児でもそれなりの生活が手に入る可能性がある生き方。

 

 

 軍属である。

 

 

 彼がまだ自立も出来ないそんな頃は、人の命は湯水の如く消費され、軍の人的リソースは慢性的に不足していた。

 

 平時であれば数年を兵学校で過ごし、充分な教育を施され戦地へ赴くのが当たり前とされる軍人も、その教育期間が短縮され、更には適正年齢の者が足りなくなった為に学徒動員が推し進められる。

 

 そんな世相と自身の状況を鑑み、少年が軍属を目指すという流れになるのはある意味自然な事と言えよう。

 

 本来ならば身元がはっきりした者でしか入学を認められなかった海軍兵学校であったが、戦乱期にあった為戦災孤児であった少年でも入学が叶い、下士官としての教育課程へ潜り込む事が出来た。

 

 ただそういう道へ進む為には己の身一つで飛び込むしかなく、妹は一時的に施設へ身を寄せる事になり兄妹は違う場所で生きる事になった。

 

 しかし少年は決意していた、自身の生活基盤が整ったなら、必ず妹を迎えに行くと。

 

 

 それが原動力であり、少年の全てだった。

 

 

 少年は他の者よりも努力し、死に物狂いで軍人として必要とされる知識と術を身に付けようとした。

 

 恵まれた体躯に人の数倍の努力を重ね、兵学校では着々と実績を重ねていく。

 

 そんな彼の行動が呼び込んだのか、それとも単なる幸運だったのか、当時まだ奪還されたばかりの九州に新設された佐世保鎮守府の長であった者の目に、少年の抜きん出た才能が留まった。

 

 年齢に見合わぬ立ち振る舞いに知識、他の者よりも前へという貪欲な姿勢は周りの者とは明かに違う。

 

 佐世保の長をして「ヘタな新任の仕官よりも有能」と言わしめる程には少年は結果を出していた。

 

 そんな少年を見出した佐世保の長は彼を下士官教育課程から仕官候補の課程へと転課させた。

 

 その者も戦乱期に一族郎党を無くし天涯孤独の身であった為に、少年を養子とし、仕官候補生に必要な戸籍を与える事にした。

 

 

 少年も自身が望んだ行く末が現実味を帯びた事を切っ掛けとし、益々励むようになり、兵学校を出る頃には主席という肩書きを持って任官を果たす事になる。

 

 それからは佐世保鎮守府で身を粉にして働き、一日でも早く生活基盤を築いて、いつか迎えると約束した妹との約束を果たす為に軍務に邁進した。

 

 

 これは当時どこにでも居る戦災孤児だった少年の、努力と幸運が齎した生き様である。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……えっと、武蔵君ナニシテンノ?」

 

 

 艦娘寮大広間、そこではフラット5+αが相変わらず狂ったコスで舞い踊り、カオスが場の中心を蹂躙している。

 

 それに加え誰が持ち込んだか大量のアルコール、それを囲む様になーちんだのヒャッハーだの例のイタリアヨッパーが酔いに任せ、場の混沌を更に加速させていた。

 

 

 そんなアレな場を背景に、現在髭眼帯の前には数名の艦娘がポージングしていた。

 

 正面には大和型二番艦武蔵、そこにはいつもの肌を盛大に晒し、髭眼帯曰く「大和型二番艦痴女」と称する姿は無く、長門が改二に至った時に着用していた服に酷似した意匠の制服に身を包み、盛大にドヤ顔を表に貼り付け見下ろしている。

 

 艤装を展開し、マントをはためかせ。

 

 巨大な艤装の後ろでは大和がパタパタと団扇で扇いでいるのでマントがヒラヒラして見た目の躍動感は満点である。

 

 

 そんな無言でドヤ顔かつパタパタされるタケゾウを怪訝な表情で見る髭眼帯は、視線をその右隣に居る者へと向ける。

 

 そこには以前よりも微増した胸部装甲をグイっと押し出し、ちょっとデザインが変化した夕雲型駆逐艦の制服に身を包んだチャーハン職人もとい長波様が、これまた艤装を展開したまま片足立ちでポージングしていた。

 

 

 何が何だか意味不明である。

 

 

 更に髭眼帯は眉根の皺を深めつつ、チャーハンもとい長波様からタケゾウを挟んで反対側へと視線を流す。

 

 

 そこには先程祥鳳コスだった筈のフラットSoup Makitamago改め瑞鳳がお着替えして戻ってきていた。

 

 意匠は殆ど変わらず、しかし暗色系に染まった制服に身を包んだ彼女は、以前と比べて凛々しい姿でポージングしていた。

 

 それは某お笑い芸人が鉄板ネタとしてやる人文字「命」の構えに酷似した、そんな姿でキリッと髭眼帯を見ている。

 

 

 全く以って意味不明である。

 

 

「……うん、この装備、塗装で行く。なんだ、相棒? その顔は。大丈夫だ、ソロモンよ! 私は帰って来た!」

 

「えっとその一部色んな意味で混ぜちゃメーなセリフでどうしたというのタケゾウ……」

 

「あたしも優秀な提督を沢山見てきたけど、そこまで触る提督は……いないぞ」

 

「いや提督指一本長波サマに触れてはいないんですが、寧ろ君なんで室内で艤装展開してるワケ?」

 

 

 何となく意思疎通が取れているようでそうでない言葉のキャッチボールを行いつつ、髭眼帯は続いてたべりゅに視線を投げる。

 

 そこには相変わらず命のポーズのまま、超真面目な表情の瑞鳳が髭眼帯を睨んでいるというワケワカメがあった。

 

 

「天山はー……って、あれ? んっ。 提督? 格納庫まさぐるの止めてくれない? んぅっ。っていうか、邪魔っ!」

 

「あー……うん、そのポーズでそっちのセリフなんだぁ……そっかぁ、うん、てか真面目な顔で提督の風評被害にシフトしちゃいそうなセリフはちょっとどうかと思うんだけど、そっかぁ~、そっちのセリフかぁ~」

 

「まぁそんな訳で提督よ、めでたく我らも改二になった事で、な? ほら」

 

「え、ほらってナニ? てかタケゾウそろそろ大和君解放してあげて? そのマントヒラヒラさせるの結構大変そうだから」

 

 

 髭眼帯の言葉に大和はペコリとお辞儀をした後そそくさとその場を後にする。

 

 髭眼帯はまるで黒子の様だなとその行動を見守っていると、タケゾウは艤装を展開したまま髭眼帯の前にシュパーと正座のままスライディングしてくる。

 

 同時に長波様とたべりゅも正座のまま畳をスライディングし、武蔵の左右に展開を終える。

 

 統率のされたその動きは正に熟達の艦隊が成す単横陣を彷彿させる物であったが、その背景では酒盛りが展開されるカオスとあって真面目な佇まいが逆に三人のおかしさを助長するという残念な結果を伴ってしまっていた。

 

 

「どうだ?」

 

「え、どうだとはえっと? ああ……うん、第二改装したんだっけ? うん、いいと思います」

 

「だろう? 今まで散々痴女だのなんだの言われ続けてきたが……常々大本営の事務方を締め上げて「新たな制服を用意しろ」と言い続けてきた甲斐があったというものだ」

 

「罪も無い事務方相手に常々ナニシテンノ君!? てかそろそろ艤装収納して!? 砲口ずっと提督に向いたままだから!」

 

「ふっふ~ん、長波サマも改二になって中型バルジとか司令部施設が装備できるよーになったぜ? ほらほらぁ! どーよ!」

 

「あ……あぁうん、それはかなり思い切った機能追加になったねぇ、てかバルジは判ったからその寄せて上げては自重して? 提督からのお願い」

 

 

 長波様がちょっと扇情的な行動をする向こうでは、何故か三白眼でギギギと口から声を漏らすoh淀の姿が見える。

 

 その様に髭眼帯はどうしたのかと一瞬首を捻るが、司令部施設というワードが頭を掠めた為、そのままハハハと乾いた笑いを口から漏らしつつ視線をプイッと逸らした。

 

 

「胸部装甲は少なくても、精鋭だから!」

 

「どうしてフラットSoup Makitamagoはそう自虐ネタに走るのかなぁ? 提督何も言ってないんだけど?」

 

 

 長波サマの行動に触発されたのか、胸部装甲を寄せて上げてという行動を取ろうと瑞鳳は奮闘するが、それは無い物ねだりと言うか何と言うかぶっちゃけ寄せる物も上げるブツも存在しない為に、端から見ればそれはセコセコと小さく前へならえをしている風にしか見えない。

 

 1×1は1、1×2は2であるが、その数式に0が入った場合、それらの答えは例え片方に100の数字が刻まれたとしても等しく0になる。

 

 諸行無常、そう、何も無い所に何かが出現する事は無い、この世界には質量保存の法則という絶対的な物理法則が存在する為夢はあくまでドリームでしかないのだ、そんな彼女の行動を文字にするならば人に夢と書いて(はかな)いという単語になるだろう。

 

 そんな健気な努力を見て髭眼帯は、横を向いて思わず熱くなった目頭をそっと押さえるのであった。

 

 

 因みに彼女達の向こう側では宴もたけなわなのかヒャッハーがマジックで腹に書いた顔面をモニモニしつつ、腹芸を始めた処であった。

 

 髭眼帯は知っている、アレは良くない兆候だと。

 

 具体的に言うとヒャッハーの腹芸が始まるとポーラが脱ぎだし伝家の宝刀(ワインのマグナムボトル)片手に蹂躙を始め、そこになーちんが煽りヨッパーフィールドが広がってしまうのだ。

 

 

 そんな髭眼帯が予想する嫌な未来は見事的中する事となり、改二に至ったノリノリの三人にホールドされたまま逃げる事も出来ず、消灯までの数時間アレコレと蹂躙されてしまうのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「いやしかし大坂では中々個性的な余暇の過ごし方をしていますな」

 

「えっとまぁその……自由時間ですし、まぁその辺りは自由にという事で、はい」

 

 

 艦娘寮に入る居酒屋鳳翔。

 

 店の奥にある個室には髭眼帯と九頭の二人が鳳翔が作るツマミを挟んで差し向かいにあった。

 

 本来なら閉店している時間であったがそこはそれ、一旦砕けた雰囲気を再び固くする事は無いだろうという吉野の判断で酒を入れつつ、互いに腹の探り合いをしようと一席設けたのであった。

 

 そんな席は方や一滴も飲めない下戸と、ザルと呼ばれる酒豪という対照的な者が相対する奇妙な席であった。

 

 

「ふむ……これはいい酒ですな、いつもは焼酎ばかりなのでたまにポン酒を飲むとまた……酔いが深まりそうですよ」

 

「ウチは呑兵衛が多いですし、鳳翔君がそっち系に力を入れてますから」

 

「ふむ、そうですか、ウチも戦意高揚を見込んでもう少し福利厚生に力を入れるべきか……」

 

 

 ほろ酔いという佇まいでありながらも思案顔で色々と考える九頭。

 

 ロリクズと称され真性と言うかアレな男ではあるが、それを除いた軍務に於いては極めて優秀な男であった。

 

 

 軍務だけは、であるが。

 

 

「ああ申し訳無い、折角席を用意して頂いたのに飲んでばかりで」

 

素面(しらふ)でする話は事前に詰めてますし、ここはまぁお互いの考えをすり合わせする場というつもりでお誘いしたのでお気になさらず」

 

「ほう? なら酒の席と言う事で酔いに任せて少しばかり突っ込んだ話でもやりましょうか」

 

「自分は素面ですが、お付き合いは出来ると思いますよ?」

 

 

 髭眼帯の言葉に口角を僅かに上げた九頭は、猪口に入ったぬる燗を煽り、タンとそれをテーブルに置きつつやや前のめりになる。

 

 その様は大柄な体躯と強面な顔が相まって酒の席というにも関わらず、空気を強張らせてしまう。

 

 

「吉野殿は……現在の軍閥のあり方をどう見ていますかな?」

 

「軍閥ですか?」

 

「えぇ、長らく続いた鷹派と慎重派、少し前にそのバランスが崩れた訳ですが」

 

「一時は混乱した状態でしたが、そうですね……結局は元鞘という感じですかねぇ」

 

「元鞘……ふむ、まぁそういう体(・・・・・)には収まっておりますな、表面上は」

 

「……そうしなければ、分派を繰り返し収拾がつかなくなりますからねぇ」

 

「だが実際は慎重派が鷹派の頭を抑え、バランスは傾いたまま、結果は旧鷹派、旧慎重派……いや、主流派と旧鷹派という呼び名がまことしやかに囁かれている状態になっておりますな」

 

 

 艦政本部の一部が暴走し、軍の機能を麻痺させてしまう程の事件が終息して一年近く。

 

 鷹派のトップを含め技本の柱が抜けた事により、本来なら艦政本部筋の求心力はほぼ無くなった状態になる筈だった。

 

 しかし軍内の混乱を良しとしない慎重派を率いていた大隅は、自身の差配によって鷹派の中から新たに人員配置を施し、派閥を潰す事無く事を収める事にした。

 

 ただそれはあくまで今までの利権を失いたくない者達の心理を煽った上で鷹派を存続させ、実の部分では慎重派よりもやや劣るという部分を納得させるという軍閥を作り上げた。

 

 

「正に大隅殿の掌の上、佐世保も艦政本部筋という事で今は宜しくない状態にありますが、派閥を割ってしまうと色々と問題がありますので」

 

「舞鶴が鷹派ではなくなってしまいましたからねぇ」

 

「まぁ自分は正直その辺りどうでも良いと言えばどうでも良いのですがね、何と言うかこう……本気で担ぐ御輿(みこし)が無いというのは中々に面倒なものでありましてなぁ」

 

「……担ぐ御輿が無ければ担がれてみるという選択肢もアリなんじゃないですか?」

 

「ご冗談を、自分は佐世保から動くつもりはありませんし、中央には正直煙たがられておりますから、間違っても御輿に乗る事は無いでしょう」

 

「九頭さん程のやり手なら難しくは無いと思うんですけどねぇ」

 

「いやいや、現状で大隅殿と真っ向を構えられる程艦政本部に力はありませんな、まぁ……大坂を筆頭とした派閥なら或いは……」

 

「それこそ無理でしょう、ウチは鎮守府と言ってもまだまだ新参ですから根が張りきってませんし、第一自分は大隅さんと事を構える気も、そういう必要も無いと思っていますから」

 

 

 九頭は手酌で酒を煽りながら、髭眼帯はドクペを口に含みつつ割と物騒な例えを口にして、相手の腹を探っていく。

 

 どれもこれも実行は可能で、しかしその気は無いという牽制染みた否定を挟み、それでも腹芸に長ける二人は突っ込んだ話を繰り広げる。

 

 そんな酒の席であったが、前のめりで睨むかの姿勢にあった九頭の空気が唐突に弛緩する。

 

 それは吉野でなくとも気付く程に柔らかく、そして余りにも唐突であった。

 

 

「……自分には歳の離れた妹が一人おりましてね」

 

「はい? え……っと、妹さんですか?」

 

「えぇ、自分は生まれも育ちも長崎でしてな、戦乱期に親と兄、そして姉を亡くしておりまして、妹が唯一残った肉親なのですよ」

 

「それは、また……」

 

「まぁ我々の世代で身内が欠けずにいる者の方が珍しいですし、吉野殿もご身内を亡くされているのでありましょう?」

 

「確かに、そうですけどねぇ」

 

 

 唐突に始まったプライベートな話。

 

 少し肩透かしを食らった状態になりつつも、それが何かを含む物でないという空気を感じ取った吉野は九頭の話に付き合い、相槌を打つ。

 

 その姿勢に砕けた表情で語る九頭は、何かを思い出しているのか視線は手元の猪口に落としたまま、呟く様に言葉を吐いていく。

 

 

「自分と妹は施設に引き取られた訳ですが、当時の学徒動員という世情に乗って兵学校へ入る事が叶い、幸運な事に先代の佐世保司令長官の目に留まって士官候補生の席に就く事ができました」

 

「士官学校……という事は、なる程、では九頭さんは」

 

「はい、養子と言う事で九頭の姓を名乗る事になりました」

 

 

 九頭路里、それは養子として迎え入れられた為に出来上がった名であった。

 

 もし元々の姓を名乗り今の地位に就いていたとしたら、アレな性癖持ちであったとしてもクズロリというストレートな呼び名は避けられていたかも知れない。

 

 ただしロリはそのままなので、類似した名称に軟着陸していた可能性が無きにしもあらずであるが。

 

 

「かなり苦労はしましたが、我武者羅に軍務に向きあって来たお陰で妹を迎える準備が整いましてな」

 

「なる程、では妹さんは今佐世保に?」

 

「結果的には、そうなりますな」

 

「……結果的に?」

 

「吉野殿は技本が民間と合同で行っていた研究をご存知ですかな?」

 

 

 唐突に振られた、それも吉野にとっては表に出来ない暗部の話題に意表をつかれ、言葉に詰まってしまう。

 

 そんな様を見つつも九頭は特に突っ込みは入れず、淡々と言葉を続けていく。

 

 

「鎮守府の要職にあると言っても、流石に軍極秘(・・・)に掛かる案件を除き見る事は無理なので、自分はさわり程度の事しか知らないのですが」

 

「……軍極秘という案件に対するならそうなるでしょうね、それで? 妹さんの話が何故いきなりそんな話題になるんですかね?」

 

「自分が妹を身請けする事が可能になったので施設に連絡を取った訳なんですが、肝心の妹は病気を理由に別の施設に移された状態にありまして、その先を辿っていくと何故か行方がプッツリと途絶えてしまいましてな、あれは丁度八年も前の事になりますか」

 

「……八年前、ですか」

 

「えぇ、必死になって行方を追いましたが、何故か途中で軍の影がちらほら出てきてそれ以上公に探す事が困難になりました、ギリギリ探れる範囲でそれは技本絡みの何かに関わっているという事だけは判明しましたが」

 

「技本……軍極秘、ってまさか」

 

「人造艦娘計画、恐らくその被験者として妹は巻き込まれた、と後で判明しました」

 

 

 人造艦娘計画。

 

 艦娘の建造数が頭打ちになり、更なる戦力増加の手段として人を素体として艦娘と同じ能力を持つ者を造り出そうとした計画。

 

 それは正に禁忌と呼ばれる技術の集大成であり、表に出せない計画でもあった。

 

 しかしそんな計画に縋らねばならない程に日本という国は切迫した状態に置かれ、軍の一部も絡んだその計画は民間の研究機関が中心となってそれなりの規模で推し進められていた。

 

 それを良しとせず、しかし情報が流出する事を避ける為に大隅を中心とした一派がその計画を潰す為に動く事になった。

 

 

 吉野は嘗てその粛清とも言える作戦に特務課から専任として関わる事になり、陸軍が中心として展開したその作戦は秘密裏に進められる事になる。

 

 その作戦は十年前から凡そ二年間、八年前まで続いていた。

 

 

「本来それ(・・)に関わった者は、実行した者だけでなく被験者に至るまで処分されると聞いていたのですが……何故かその者達は元々の名を捨てた状態で、軍の管理する施設に収容されていましてな、吉野殿はその辺り何かお知りなのではありませんかな?」

 

「……九頭さんの事ですから自分が一連の作戦に関わっている事は掴んでいるんでしょうけど、それは軍務に関わる事ですので自分の口からは何も申し上げる事はできませんね」

 

「でしょうな、ならここからは自分の独り言として聞いて頂きましょうか」

 

 

 思い当たる節があると言うか、正にその作戦の中心に居た吉野であったが、それは軍極秘という縛りが存在する為に九頭の話へ言葉を返す事ができなかった。

 

 

「正直先代の力を無理に借りて色んな筋から情報を引き出した訳なのですが、結果的に被験者の管轄は艦政本部の範疇とあってなんとか……無事な状態の妹を見つける事ができまして、相当無理はしましたが結果的に身請けする事には成功しました」

 

「なる程、それはなによりでした」

 

「ただ計画に関わった関係者の処分関係に於いては作戦を実行した軍令部の範疇にあったので、朧気(おぼろげ)ながらでしか実態が掴めない状態でして」

 

 

 吉野は九頭の言葉に僅かながら眉を顰める。

 

 大隅の麾下にある特務課は情報漏洩に関しては病的なまでに徹底した管理を施しており、それを漏らせば本人だけではなく周りをも巻き込んで処される(・・・・)仕組みになっていた。

 

 それ故九頭が件の作戦内容を知る可能性は殆ど無く、またその作戦自体吉野が専任であった為に漏らした覚えも無い。

 

 そういう前提がある為、九頭はもしや何かしらのカマ掛けで話をしているのかと吉野は身構える。

 

 

「佐世保の先代は陸上自衛隊からの出向で海軍に転んだ男でありましてな、件の作戦に関わった陸の上層部に同期が居た関係で妹に辿り着いたのですよ」

 

「なる程、陸から情報を……」

 

「かなり無茶な事を願ったお陰で、代償として自分はずっと佐世保で飼い殺しになりましたがね、はっはっはっ」

 

「でしょうねぇ、それが知れたら幾ら佐世保の司令長官でも、対立派閥の情報を覗き見たって事で只では済みませんでしょうし」

 

「まぁそれで色々と、何となくですが知る事になったんですよ……誰が何をして、どうしたかという事を、それでですな、計画に関係した者達の処分……特に被験者や強制的に従事させられていた者達の処分は、海軍から出向していた専任の情報士官と、当時実行部隊を指揮していた陸軍大佐が強く上に働き掛けてあの様な形になったのだと聞きまして……」

 

「……なる程、そうなんですか」

 

「当時陸に出向して、専任として関わっていた者は一人だけ、大隅殿の特務課から選出された者だとか」

 

 

 九頭が言う人造艦娘に関する摘発、処分の作戦に関わった者。

 

 陸軍の実行部隊を率いていた大佐というのは現在陸軍中央即応集団特殊作戦軍西日本方面司令長官を率いている池田眞澄(いけだ ますみ)であり、海軍から出向していた情報士官は吉野である。

 

 その事実を恐らく掴んでいるのであろう九頭の視線は真っ直ぐ吉野に向けられている、が、その視線に対して吉野は意図的に感情を見せない表情で返す。

 

 吉野からの言葉を待つ無言の時間が暫く続くが、それが返って来ないと判断した九頭は沈黙を破る行動に出た。

 

 テーブルに額を押し付ける形で頭を下げて。

 

 

「自分は妹の為に軍で生きると決めました、そして彼女こそが自分の生きる理由だったのです」

 

「……九頭さん」

 

「親も縁者も居なくなった世界で、自分には彼女しかいなかった……」

 

「そう、ですか」

 

「今は成人してしまいましたが、あの……別れを告げたあの日っ、幼くて可憐なマイスウィートハート……彼女を守るため、自分は修羅の道すら歩む事を厭わないと誓ったのですっ」

 

「そ……そうですかぁ」

 

「再会した時に見た彼女の姿には愕然としましたが……それもその筈、彼女はもう成人していたのですから、しかし身内であり心の支えには変わりありません、庇護欲は確かに満たされたのです、そして溢れ続ける愛の行く末はくちくかん達が居るので大丈夫っ! 正に今の状態は僥倖っ! 問題はナッスィンッ!」

 

「そうなんだぁ……あ~なんと言うか、うんまぁ……はい」

 

 

 吉野は思った、前半にあった肉親の為にと言う言葉に少なからず心が動いたのに、蓋を開けたらやはりそういう者だったと。

 

 寧ろ溢れるくちくかんLOVEはシスコンから発生した物だったのかと、ゲーハーで筋肉ダルマの人格を形成する原因を知ってしまいゲンナリしていた。

 

 

「まぁ今回大坂に来る為、元々持っていた情報を出来る限り精査した結果辿り着いた話だった訳ですが……時に吉野殿」

 

「ア、ハイ、なんでしょうか」

 

「自分は今の艦政本部を見限ろうと思います」

 

「……は? えっと、え?」

 

「実質対立派閥に頭を抑えられ、権限はある程度あっても大筋は主流派が実権を握る流れになっている状態にあります」

 

「え……えぇまぁ、そうでしょうねぇ」

 

「やっと鎮守府を掌握し、飼い殺しから脱したというのに今度は軍部から……しかも頭を抑えられた軍閥の末端に属するというのは、これから軍で生きていく上で自分には耐え難い道となります」

 

「しかし、今艦政本部と切れるのは幾ら何でも……」

 

「えぇ、鎮守府と言ってもそこは軍閥あってのもの、幾ら頑張っても鷹派との関係を切ったなら自分は罷免され首がすげ変わるだけでしょうな、しかし自分は九州男子、男と生まれたからは風下に立ち続ける事はできません、そこで吉野殿」

 

「……無理でしょう、現状ウチは軍内でギリギリバランスを取っている状態です、九頭さんの申し出は有難くはありますが、手を組めば上は黙ってないでしょう」

 

 

 軍閥……派閥という分け方をすれば、旧鷹派と旧慎重派がそのまま存在し、双方から同じだけの勢力を切り取って出来上がったのが大坂鎮守府を筆頭とした派閥である。

 

 そこへ佐世保が加わるとなれば鷹派の力は半減し、絶妙に成り立っていたバランスは崩れ去る。

 

 それは更なる混乱を呼ぶ事になり、結果として大隅が意図する安定した状態は消失する事になるだろう。

 

 

「いやいや吉野さん、大坂を筆頭とした派閥に佐世保を足して、それがどうなると言うのです?」

 

「どうなる、とは?」

 

「今は形骸化している鷹派は益々求心力を失うでしょうな、しかし実質そこの中核を占めるのは大隅殿の息の掛かった者達です、形が崩れれば大隅殿の派閥に迎合され、主流派という派閥は名実共に完成する事になりましょう」

 

「そうなる前に派閥を割った我々は潰される事になってしまいますよ」

 

「果たしてそうでしょうかな? 大坂を筆頭とした今に佐世保を加えた軍閥が出来上がるという部分から、今一度今後の予想してみてはどうでしょう」

 

「軍閥? 今の状態に佐世保を加えた……」

 

 

 現状のパワーバランスが取れた関係が恐らく最適解というのが吉野の考えであった。

 

 それは元々あった二大派閥に大坂を筆頭とした派閥がやや食い込んだ、そんな関係。

 

 それは自身が同士と信用の置ける者達で固めた関係を前提に考えた物である。

 

 更に付け加えるなら、佐世保鎮守府は鷹派の拠点であり、決して自分とは相容れないという前提の考があって、今の軍という組織を形作っていた。

 

 しかし現況、もし九頭が言うように佐世保が舞鶴と同じく、手を組むに足る存在であったとすればどうだろうか。

 

 鷹派の拠点では無く、仲間として引き込める関係性を築けたという前提で考えれば、今前提としている形が大きく崩れる。

 

 それも盛大に。

 

 

「……鷹派という軍閥は崩れ、今の主流派に迎合される形となる……そして大坂舞鶴、そして佐世保が手を組んだ軍閥が完成する、そうなった場合軍内で存在する軍閥は主流派、ウチ、そして外洋を〆ている前線組……」

 

「ですなぁ、判りやすい部分で言えば、リンガの斉藤殿、彼は大隅さんと関係を持ちつつも南洋戦線を仕切り、独自の派閥を形成しています」

 

「……確かに、そうなると佐世保とウチが組んだ場合、形を失った鷹派は主流派に吸収され最大の軍閥になり、更には敵対してはいないが独自の行動をする前線の派閥と、内地では……」

 

「力はあっても頭を抑える事が可能な程度の大坂を中心とした軍閥、それも敵対もしていない上に弁えている者が筆頭となると、形が出来上がるまでは手間ですが、出来上がってしまってからの安定感は現状より大隅殿にとっては歓迎する物にはなると思うのですが、どうでしょう?」

 

 

 佐世保と大坂を筆頭とした派閥が組むという前提。

 

 それ以外の勢力という形で考えれば取り纏めは確かに大隅が行う形になるだろう。

 

 そうなれば主流派は最大規模の軍閥になり、幾ら鎮守府三つを擁すると言ってもその力は軍という縛りの内では(・・・・・・・・・・)主流派を超える事は無い。

 

 それは鷹派という対立派閥をコントロールし、不確定要素を抱える大坂鎮守府を監視する現状よりも、管理という面では容易になる。

 

 しかも軍の方針は現在ヨーロッパ連合を始め諸外国との協調路線を模索するという方針が採られている、その差配は軍令部だけではなく艦政本部という実を担う部分を抱える事により、差配が容易となる。

 

 艦政本部というのは、軍内の作戦指揮の実行を担い、各拠点の戦力配置を決定する機関でもある。

 

 諸外国との間に行われる艦娘のトレード、または協力しての作戦を立案するとなれば当然艦政本部が大きく関わってくる。

 

 ある意味現状の鷹派という軍閥は、艦政本部を筆頭とし、岩川基地が握る兵站路、そして佐世保鎮守府という三本の柱があるからこそ存在していると言える。

 

 しかしその派閥は頭がすげ替わり、実行力があったとしてもそれを決定する権限が無い状態と言える。

 

 

「今の状態は確かに安定してると言えるでしょうな、しかし自分が現状を飼い殺しと称する様に、他の者達も現状に不満を抱いているかも知れませんぞ、そうなると大隅殿がこの先もこの絶妙なバランスを御し続けられるのは(いささ)か難しいのではありませんかな?」

 

「それを佐世保がウチと組む事によって認識させる、ですか?」

 

「どちらかと言えば、既にその筋は自覚してるやもしれませんな、ただウチとそちらが組めば鷹派が崩壊する事になり、結果としては大隅殿には選択肢は無くなるでしょうし……」

 

「そういう形にせざるを得なくなったのは、こっちのせいだという大義名分ができる」

 

(しか)り」

 

「……って事は、そういう筋書きが成り立つようこっちは色々と手回ししないといけなくなりますね、何と言うか、盛大なマッチポンプを仕掛けるみたいでもぅ……」

 

「本来なら西日本を占める鎮守府三つを組ませるのはリスクが伴う為に忌諱するところでありますが……」

 

「そこは呉がド真ん中にある為大隅さんからしても楔を打つ形になりますしね、地理的な物は問題ないと考えるでしょうね」

 

 

 今も高速であれこれ思案する髭眼帯に、九頭はニヤリという言葉が似合う笑いを表に貼り付け、酒を口に運ぶ。

 

 その様を見た髭眼帯は何か含む物でもあるのだろうかと、少し眉を顰めた表情のまま無言で首を傾げる。

 

 

「いやいや、まったく……打てば響くような返しは見事ですな、事前に大体は予想してましたが、まさかここまで頭が回る御仁だとは思ってませんでしたぞ」

 

「損得勘定をしているだけですよ、と言うかまだそちらのお話に乗るともなんとも自分は言った覚えが無いんですが」

 

「まぁ断られた時は仕方ありません、その時はまた別の立ち回りを模索するだけですな」

 

「事はウチだけの問題じゃないですからね、舞鶴、クェゼリン、クルイ、拠点4つに五百近い艦娘の行く末も掛かってきますから」

 

「確かに、そちらの方々にも納得して頂けないと話は進みませんしな、でもこの話が無かった物となっても、プライベートの付き合いはして貰えるのでしょう?」

 

「プライベート? え、えぇまぁその辺りは特に問題は無いと思いますが……」

 

「同じくちくかんへ対する愛を持つ者同士、理解者が居るのは何かと心強いですからなぁ」

 

「え、いや……くちくかん、愛?」

 

「これまでは忍ぶだけの日々でござったが、思う存分語らう事が出来る同士を得た事で公私共に拙者の世界線はブワッと広がりを見せる事になったでござる! さぁ吉野(うじ)……折角個室を押さえ、美味い酒もある、ここは一つマイスゥィートハート達の愛らしさという話題を肴に紳士会を開催といこうではござらんか! そうですな……先ずはこのっ! 拙者の秘密手帳に忍ばせているハニー達の写真っ! おっふぅ……若葉タンと初霜ふもふのこの愛らしいオブッ!?」

 

 

 ものっそ怪訝な表情をする髭眼帯の前でクズが手帳を取り出しそこへ忍ばせていた写真を見せようとした瞬間、引き戸がスパーンと開け放たれ、若葉の回し蹴りが顔面に、初霜の後ろ回し蹴りが後頭部にという形で頭部をサンドされるという佐世保鎮守府司令長官。

 

 流れる様に行われる折檻(ご褒美)に髭眼帯は思考を停止し、若葉にマウントを取られ振り下ろされる拳を恍惚の表情で受け続けるクズロリの「アオッ!」「むほうっ!」という野太い声を聞いた龍鳳が、後片付けをしつつ目のハイライトを薄くするというカオスが居酒屋鳳翔に発生する。

 

 

 こうして佐世保から持ち掛けられた企みに吉野は返事を返す事は無かったが、後に大坂(髭眼帯)舞鶴(狂犬)佐世保(クズロリ)という司令長官が揃いも揃って濃いメンツという、ある意味壊滅的な共闘関係が出来上がり、それにクェゼリン、クルイを足した軍閥が出来上がるのはこれから少し経ってからの出来事であった。




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。

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