大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 涼月さん着任で主役の筈なのに、扱いが酷いという酷な話とメガネ子。

 そしてまさかの連投。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/07/05
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、じゃーまん様、Blue bullet様、有難う御座います、大変助かりました。


前提が違えば、結末も違う形に見えちゃう不思議

「それで、一週間涼月君の教練に随伴したご感想はどんな感じかな?」

 

「どんな感じも何も、あんな意味も無い事ばかりの訓練を施すと言うのなら、そちらに涼月をお渡しする事は出来ないと判断します」

 

「意味も無い訓練かぁ」

 

 

 矢野が涼月の訓練に随伴して一週間、それは初日の超無茶振りな演習に始まり、格闘訓練や一日通しての鬼ごっこ宜しくの全力航行等、凡そ軍でスタンダードとされるカリキュラムとは逸脱した物が繰り広げられていた。

 

 それは程度を軽くすれば訓練と言える内容だったかも知れない、しかし一つ一つが常に全力を超えた無茶振りというレベルにあった為、オーバーワークを心配した矢野が途中で割り込むという事もしばしば見受けられた。

 

 

「吉野司令が何を思ってああいう訓練をさせているのか理解が出来ませんが、あれでは折角積み上げてきた訓練内容が全て狂ってしまいます」

 

「あー、そうなんだぁ」

 

「そうなんだって……一体吉野司令はどういう意図であんな無茶な訓練カリキュラムを組んでいるんですか?」

 

「え、どういう意図も何もそっち関係は全部教導課に任せている状態だし、実は自分も良く判って無いんだよねぇ」

 

「は? ……判ってないって、何もかも全て他人に任せていると言う事でしょうか」

 

「うん、流石に何か問題があったら指導はするけど、今んとこそういう事は一度も無かったし」

 

 

 眉根を寄せたメガネ子は、暢気に茶を啜っている髭眼帯の言葉に敵意の篭った視線を向ける。

 

 

 涼月と邂逅し、一からずっと手塩に掛けて育ててきた彼女にとって、既に彼女は完成された艦娘という認識にあった。

 

 事情が事情だけに実戦へ出す事は叶わなかったが、それ以外の面では涼月という艦娘は他者から見ても一人前というレベルにあるのは間違いでは無かった。

 

 

「この一週間お約束があったので黙って見てましたが、この状態が続くなら、私は彼女をそちらにお渡し出来ないという報告を上に上げるしかありません」

 

「ふむ、そうなるかぁ、まぁその辺り君が必要と思うなら報告すればいいんじゃないかな、でもさ」

 

 

 湯飲みをテーブルに置き、煙草を咥えた髭眼帯はメガネ子の視線を軽く流しつつ、涼月と共に寄越された書類をテーブルの上に広げて指で突く。

 

 

「君が何をどう報告しようとも、彼女の人事権は艦政本部には無い、これは軍令部発、大坂鎮守府に発布された着任命令書だ、君達は単に邂逅後のデータ収集の為に彼女を一時預かっていたに過ぎない」

 

「だからってあんな無茶苦茶なっ」

 

「今一度言う矢野少佐、この人事に関して君には介入する権限は無い、寧ろ本来なら艦政本部が関わる事すら無かった筈の事に君達が横槍を入れてきたのを、最大限こちらが譲歩しただけに過ぎない、それは理解しているだろうか?」

 

 

 表情こそ柔らかい物であったが、矢野に向けられた言葉にはばっさりと切り捨てるが如くの意味を含み、これ以上の意見は聞かないというはっきりとした拒絶の色を含んだ物になっていた。

 

 筋で言えば吉野が言う様に、今回の人事は本来涼月という艦娘を大本営から大坂鎮守府へ着任させるという単純な話であった。

 

 しかしそこへ艦政本部からの要請に大隅が応えただけの事であって、今回の件に於ける権限は艦政本部では無く、大隅が差配する軍令部が持つ物である。

 

 故に矢野という少佐が幾ら具申しようとも、この着任が無しになる可能性は微塵も無い。

 

 

「今回邂逅した艦で言えば艦政本部へは海防艦二隻、潜水艦隊に一隻、そういう話で其々の運用は決まっていると自分は聞いている」

 

「割り当てがどうこうという問題じゃないんです吉野司令、私は貴方のやり方では艦娘がちゃんと運用出来ないと言っているんです」

 

 

 縦社会が常の軍に於いて矢野の言葉はヘタをすれば上官侮辱罪とされてもおかしくは無い物であった。

 

 しかしそれを聞く髭眼帯は特に反応を返す訳では無く、淡々と眼鏡の少佐の言葉を聞いている。

 

 

「提督という者は艦娘を育て、寄り添い、そして導いていく羅針盤であるべき存在では無いでしょうか」

 

「それは違うよ矢野少佐、我々は国を守る為という耳障りの良い綺麗事を口にして、彼女達を死地へ誘うハーメルンの笛吹きさ」

 

 

 特に顔色も変えず髭眼帯が口にした言葉は、本来提督という存在があるべきとされる姿を真っ向から否定する物であった。

 

 海軍兵学校で基礎教育を受ける事も無く、軍籍を得てからの時間は海軍に在りながら海より遠い場所で任に就いていた男。

 

 それは厳格に受け継がれきた提督としての心構えも誇りも無く、ただただ現実的な面を突き詰めてきた吉野三郎という男の考えが如実に現れた言葉であった。

 

 

 ある意味双方の間には常識とも言える部分に差があったからこそ、矢野は最後まで気付かなかった。

 

 吉野が言った『ハーメルンの笛吹き』という言葉の意味に。

 

 

 童話の中では無垢な子供たちの先頭に立ち(・・・・・)、どこかへ連れ去ってしまったという男の話。

 

 

 その話になぞられた、海の男というには誇りも、気概も、何もかもが欠如した者が覚悟する、吉野なりの提督という者としてのあり方を。

 

 この艦政本部から来たメガネの少佐は、この時誤解したままだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「冗談じゃないわっ! 幾ら将官が差配する事だからって横暴過ぎるじゃないっ! こんな理不尽がまかり通るなんて軍部はどれだけ腐ってるのよっ!」

 

 

 吉野との話を終えた矢野は執務棟を足早に出て、今日の随伴役の長門を伴ってグランド横の東屋で拳をテーブルに叩き付けていた。

 

 一応上下関係があり、更に人の目があった為に腹に溜めた怒りを押さえ込み、人影が無い場所まで移動してきた。

 

 しかしその間黙って後に続く長門の存在に、これまで監視されてきたと感じ続けてきたプレッシャーと、自分がしてきた事が全部否定されたという気持ちと、これで話が終わってしまったというやるせない想い。

 

 そして少なからず私情が混じった涼月に対する気持ちが。

 

 そんな諸々がない交ぜとなった物がいよいよ限界に達したのだろう、長門が傍には居たが、それ以外の人影が無いという事でタガが外れ、胸にあった怒りが言葉となって吐き出された。

 

 

「随分と荒れているな少佐殿、ウチの提督はそんなに理不尽な事を言っていたのか」

 

「……えぇそうね、噂で色々聞いてはいたけど、貴女の提督がそれよりももっと酷い男だなんて思ってもみなかったわ」

 

「ほう? 色々な噂か」

 

「えぇそうよ…… 軍令部の暗部と陸軍に繋がり、同時に家名で元老院と繋がって、権力で集めた戦力でたまたま深海棲艦を取り込んだから軍に働き掛けて将官の椅子に座った、そんな策謀を人目も憚らずに行い今の地位を築いた野心家……」

 

「ふむ、まぁ色々誤解があるが、それはある意味間違った部分が無いので反論はできんな」

 

「聯合艦隊旗艦を努めた貴女や大和、そして武蔵が居るから……もしかして実務面ではまともかもって思ってたけど、蓋を開けてみたらとんでもない事になってたわ」

 

 

 余程腹に据えかねていたのか、メガネ子は本人が前に居るにも関わらず話の引き合いに出した状態のまま、怒りを隠す事無く罵倒の言葉を並べ続ける。

 

 今メガネ子が吐露する髭眼帯に纏わる数々の話は、ある意味軍部に於ける、髭眼帯とは関係が薄い者達の大部分が認識している物でもあった。

 

 

 海軍兵学校という機関を出た訳でもなく、提督としての実績も当然無い。

 

 そして大本営時代に携わってきた軍務は今も尚秘匿性を帯びた物であった為、それらは関係者以外に知られる事も無かった。

 

 更には状況がそうしたと言っても吉野という家名を利用しているのは間違いなく、とどめは鷹派と慎重派のゴタゴタに乗じて幾つかの拠点を取り込み、派閥を作り上げたのは紛れもない事実であった。

 

 

 元々が裏方の人間であり、今も尚そういう事を中心に動く吉野にとって、表に出る事実は軍部内の少なくない者達にはそういう者(・・・・・)として認識されていてもおかしくは無い状況にある。

 

 

「しかし散々な言い様だが少佐殿よ、それでもウチの提督は鎮守府一つを預かる将官だ、佐官がそれに物申すというならちゃんと筋を通すしかあるまい」

 

「佐官が将官に逆らえる訳ないでしょっ、何言ってるのよ」

 

「そうか、なら口を噤むしかないな、しかし少佐殿よ、ウチの提督は佐官であった頃は将官はおろか、元帥や内閣へ対しても平気で喧嘩を売っていたんだがな」

 

「それは家名と経済界に強いパイプがあったからでしょ」

 

「いや、それは時系列で言えば不可能な話だ、実の処提督はずっと吉野の家とは絶縁にあってな、鎮守府に移るまでは一切関わりを持っていなかった、そして経済界とはそれまで敵対関係にあった」

 

「は? ……嘘、なにそれ」

 

「後な、聯合艦隊旗艦だの名だたる戦力の引き抜きだのの話には、これまで只の一度も提督は関わっていない、アレは主に周りの差配による物だ」

 

 

 ある程度は内容をぼかした話であったが、長門が言う第二特務課発足からこれまでの話をしていく内に、怒りに染まっていたメガネ子の表情が徐々に怪訝な物へと変わっていく。

 

 そして大坂鎮守府立ち上げ時のoh淀&マミーヤ着任の話に至る頃には口を開け、ポカーンとした表情に変化していった。

 

 

「え、どういう事、それって全部周りに振り回されただけの結果じゃない……」

 

 

 更に話が例の鎮守府総嫁事件に至った頃には、何故か気の毒そうな何かを見るという、何とも微妙な表情で話を聞くメガネ子という状態になってしまっていた。

 

 

「まぁこれまで色々あり過ぎた訳だが、内容が内容だけに全てを信じろというのには正直無理があるのは理解する」

 

「あぁ……うん、逆に話があからさま過ぎて逆に信憑性があると言うか、調べたら嘘かどうかすぐ判りそうな話ばっかりだから……」

 

 

 第三者が聞けば、ある程度の自業自得は含んではいたが、それらは間違いなく被害者ポジという有様にメガネ子は言葉を無くして俯いてしまった。

 

 それだけ色々な理不尽と在り得ない諸々があったのは確かなのだが、当の髭眼帯に至っては既にそういう事が常態化してしまい、感覚が一般の者とは剥離した状態になっているという、そんな悲しい現実がそこには転がっていた。

 

 

「それとな、少佐殿」

 

「……うん、何?」

 

「涼月の件だが、アレはもう既に貴女が育て上げ完成した艦だと叢雲らの認識にはあった、だから次の段階の仕込みをする事にしたんだろう」

 

「……次の段階?」

 

「そうだ、この拠点に課せられた任は教導を中心とした物、そして出撃すれば姫や鬼級を相手取る事になる、だから力量が凡庸のままでは軍務に不足が出る」

 

「普通じゃ駄目って……なら、あの子をこれからどうするつもりなの?」

 

「それなりに経験のある者を教え導く立場としては、絶対的な強さを見せ付けなければ言葉を聞いて貰う事は難しい、そして絶望を常とする戦いは、常に己を限界まで追い込む必要がある……でないと、確実に沈む」

 

 

 鎮守府という拠点は作戦を立案、発動する程の権限を持つが、同時に他拠点よりも強さと確実性が求められる。

 

 更に大坂鎮守府が実施する教導は、基本的にそれなりの練度にある者が対象になるという特異性も帯びている。

 

 そして抜錨したなら、平時であれば派閥にある拠点の海域を維持する為に首魁を相手取り、また未知の海域へ出る機会も多いのは間違い無い。

 

 それら高難易度の軍務全てに結果を求められるとなれば、其々に求められる能力は多少極端であったとしても、凡庸であっては勤まらないという事情がそこにはある。

 

 

 簡潔に言ってしまえば、鎮守府という拠点で任に就くには、普通であっては生き残る事すら難しい。

 

 

 大本営の様に能力の高い者を他拠点より抽出する訳ではなく、与えられた戦力でどうにかするならば、そこには無茶が存在するのは当然と言えば当然の話である。

 

 そういう無茶の末に強者を育て上げ、戦力を保有するからこそ鎮守府という拠点は特別を許されるのであった。

 

 

「提督は確かに重要な事を我らに丸投げしている状態かも知れんが、それでもウチはそれなりの軍務を達成してきたし、落伍者は一人も出してはいない」

 

 

 未だ何とも言えない表情を表に貼り付けたままのメガネ子に、静かに淡々と大坂鎮守府艦隊総旗艦は言葉を続けていく。

 

 

「それが成せたのはな、ウチは提督から許される権限が他の拠点に比べて大きい為、戦う者本人が理想の状態を作れるという自由があるからだ、だがそれだけが重要なのではなく、自由がある為逆にそれらへ対する責任が自発的に芽生えるという環境があったからこそ、今までの結果が生まれたんだと私は思っている」

 

「自由を与える代わりに、それ相応の責任も背負わせるって事……」

 

「そうだ、軍の方針では我々にそういう自由は持たせない、どこまで行っても我々は戦力であり道具なのが常だ、それは人が人と戦っていた頃よりも更に徹底した管理の下、トップダウンという指揮系統を持つのが戦争を行う組織に於いて絶対の条件となる」

 

「軍務というのは常に生き死にが付き纏う物だから、そういう命令でも兵を従わせる為に徹底した忠誠を求めるのは当然ね、それに指揮する者には相応の責任が課せられるから……多少の権力が集中するのは仕方の無い事だとは思うけど」

 

「我々としても、そういう絶対的な物で縛られる方が何も考えなくて良い分、実は楽なんだがな」

 

 

 苦笑交じりにそういう長門を見て矢野というメガネ子は押し黙り、それまで抱えていた怒りは少しづつ収まっていった。

 

 聞かされた話の裏を取った訳では無く、全ての話を信じる事は出来なかったが、それを言う者が"あの"人修羅"と呼ばれた艦娘であった為、少なくともその艦娘からの信頼は勝ち得ているという事実を前に、少なからず矢野の心境には変化が起こったのは確かであった。

 

 

 こうして新たに着任を果たした涼月という艦娘を巡る外野の話は、ある程度の決着を見た訳だが、当の本人に付いてのあれこれは実はまだこれからであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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