大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 手直し再掲載分です。

 何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/06/11
 一部記載情報の不備を修正致しました。
 黒25様、ご指摘有難う御座います、とても助かりました。

2017/08/11
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたちゃんぽん職人様、有難う御座います、大変助かりました。


幕間
全自動ランチ、惨事のオヤツ


 吉野三郎は苦悩していた。

 

 

 

 今ちょっとした治療の為に入院している訳だが、そのちょっとした傷の為に左腕が使えなくなっている。

 

 そしてちょっとした特異体質の為に普通の治療が施せず、割と強力な薬品を使用して体を治す為に、暫くの間副作用に悩まされる結果になっている。

 

 その薬品は長い時間を掛けゆっくりと血液に投与する類のブツなのだが、余りに効きが強すぎるそれは、連続投与をすると血液の流れが滞りがちになり、手足の末端神経に大きな負担を掛けてしまう。

 

 

 例えば手足の末端に痺れが残ったり、感覚が麻痺する等の症状が現れる。

 

 

 そして現在吉野の手足は薬の副作用の為に末端部、主に手首から先と、そして足首から先に痺れが発生していた。

 

 判り易く説明すると、今吉野の手足には、長時間慣れない正座した後、足を崩した後数分間襲ってくる、"痛痒いアレ"が常時発生してる状態であった。

 

 

 その痛痒い状態がどの程度の物かと具体的な例を挙げるとすると、便意を催してトイレットに移動するのに、某アルプスの少女の話に出てくるのクララっぽい少女が車椅子から立ち上がる程度の些細な覚悟が必要になったりとか。

 

 若しくはBigベンやSmallジョンの為トイレットに篭ると、事を成して処理をする為にたっぷりと30分は時間を要し、下から排泄する以上の水分を冷や汗として排出するハメになるとか。

 

 そんな割と壊滅的な状況にある。

 

 

「ウエッ、フヘッ、フヒャヒャ……」

 

 

 当然、トイレットで事を成している間も、痺れて動けない足をつつかれて、悶絶する程の"あの痛痒い地獄"をセルフで味わう事になるので、用を足す度にトイレからは苦悩に染まった吉野の情けない声が絶え間なく聞こえてきたりする。

 

 

 そしてそれを見た吉野の主治医である暁型四番艦電は、生来から困った人を見ると黙って居られない性格故か、聖母の様な自愛に溢れた笑顔を浮かべ 『仕方ありませんね、それじゃ三郎ちゃん、パンツを脱ぐのです』 と言いつつ、何か液体を入れる為の大きなポリパックと、透明な細長いチューブを白衣の胸ポケットから取り出した。

 

 何故胸ポケットにそんな物が入ってるのだろうか? もしかして常備してるのか? それより何故そんな嬉しそうな顔をしているのか? そんな突っ込みを吉野は入れそうになったが、何故かそれを聞くと取り返しがつかない事になりそうな予感がしたので、黙っている事にした。

 

 

 因みに笑顔の電が持つそれは何に使う物かと言うと、ナニに使う物なのだが、諸般の事情により明言は避けておく事にする。

 

 

 そしてそれを見た吉野は、当然、男としてのプライドと云うか、人としての尊厳というか、ぶっちゃけそんな恥辱にまみれた状況に身を晒すのは真っ平御免だったので、電の提案を全力で拒否した。

 

 その結果、両者の間には某春イベントの如き争いが勃発したのだが、まともに動けない吉野は、苛烈を極める電の攻撃に身を晒され、劣勢を強いられていた。

 

 例えるなら、E5攻略を"もぅムーリィィ"と妥協して乙でクリアしてしまったものの、結果として報酬の飛燕のランクを落とす結果になり、E7攻略の際基地航空隊へ空襲がある度に、ボーキと錬度と毛根がぶっ飛ぶと云う地獄を見た乙提督の様な状況を味わっていると言えば判って貰えるだろうか?

 

 

 まぁそんな些細な争いが病室で繰り広げられていた訳だが、事の外傷の治療自体は順調に進んでおり、本日めでたく面会謝絶が解かれ、現在、彼の病室には部下の艦娘三人が見舞いに来ていた。

 

 

 そんなアンニュイなお昼時、今、吉野の目の前には、時雨が差し出す白米の乗ったスプーンと、榛名が突き出す人参の煮物が突き刺さったフォークと、妙高が構える塩鯖をつまんだ箸が並んでいた。

 

 これは世間一般で云う処の、所謂"ア~ン"と云うヤツであり、見目麗しい女性、それも三人から同時にされた者に対し、"リア充爆発しろ"とか"死ね、氏ねでは無く死ね! "と罵倒されても可笑しくは無い羨まハーレム状態のはずであるが、当の吉野の顔は冒頭に述べた通り苦悩に染まっていた。

 

 

 ベッドに備え付けられた簡易テーブルの上には栄養のバランスを考え作られた食事が並んでいる。

 

 当然食べるのは吉野三郎(28歳独身乙提督)唯一人、そしてそのベッドの脇では、不自然に身を乗り出した三人の艦娘が差し出す食べ物が、吉野の眼前に突きつけられている。

 

 

「はい提督、あ~ん」

 

 

 何故だか従わないときっと良くない事が起こる、そんな予感がゆんゆんしたので、黙ってその命令に従う事にする。

 

 

「はい提督、これもどうぞ」

 

「塩鯖もいい具合に焼けていますよ、提督」

 

 

 スプーンと同時にフォークと箸が問答無用で口に差し込まれる。

 

 ここに絶対提督殺すウーマンが三人居ます、そう吉野は死んだ魚の様な目をして心の中で呟いた。

 

 

 白米と人参の煮物と塩鯖が織り成す味のハーモニー、そんな物を味わう余裕は一切無い。

 

 何故なら吉野の口の中には既に数回分食べ物が放り込まれたままの状態で、休日の某ネズミーランドのスプラッシュなマウンテンの前に並ぶ行列の如く、絶賛咀嚼待ちの食べ物が長蛇の列を作り出していた。

 

 

 何故こんな状態になっているのか?、吉野はつい先程からの出来事を思い出していた。

 

 

─────────

──────

────

 

 

 それはいつもの様に昼食が配膳された時、いつもの如く病室には吉野しか居らず、痺れた手で震えつつも、フォークを使ってゆっくりと食事を摂っていた。

 

 しかし先に言った様に現在吉野の面会謝絶は解除されており、たまたま見舞いに来た榛名がプルプルと震えながら悪戦苦闘しつつ昼食を摂っている吉野を見ると、小走りでベッドの脇に駆け寄り、吉野の使っていたフォークを手に取って、食事を手伝い始めた。

 

 最初は恥かしがって手伝いを断っていた吉野だったが、少し悲しそうな顔をした榛名の顔を見て罪悪感でも沸いたのであろうか、渋々差し出されるそれを口にした。

 

 

「ああうん…… 頂きます」

 

「はいっ、どうぞ」

 

 

 思えばこの辺りから何かがおかしくなっていったのだと思う。

 

 榛名から与えられる食べ物を二口程咀嚼し飲み込んだ辺りだろうか、今度は時雨が電と共に病室を訪ねて来た訳だが、何故か時雨は無言でポケットからスプーンを取り出し、そそくさと榛名の横に移動すると、汁物や白米をスプーンに掬っては吉野に与え始めた。

 

 

「はい提督」

 

「あ、時雨君ナニ? え……うん、い……頂きます?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 その時二人は笑顔で交互に食べ物を差し出していたが、どうした事か部屋の空気が徐々に張り詰めた物に変わっていった。

 

 そしてそれに比例して、二人の食べ物を差し出すペースが徐々に早くなっていくのに吉野は戸惑いを隠せない。

 

 怪訝な表情で二人の向こうに視線を巡らせると、電がこちらを見詰め、ニヤニヤと笑いを浮かべているのが見える、どうしてだろう、とても嫌な予感がする。

 

 

 食事を手伝ってくれる者が二人になった為に、ちょっと咀嚼が間に合わなくなってしまったので、ペースを落として欲しいと吉野が言おうとした時、今度は妙高が病室を訪ねてきた。

 

 そして部屋に入った妙高だが、時雨と同じくベッドへ近付くと、流れる様な動作で袖口から箸を抜き出しつつ、榛名を挟んで時雨とは反対側へ無言で陣取り、料理の中から主菜を摘み上げると吉野の口へ放り込み始めた。

 

 

「あらあら駄目じゃないですか提督、食事の時はちゃんとバランス良く食べないといけませんよ? ごはんの後は主菜です、さぁ口を開けて下さい」

 

「え? ナニ妙高君? どうしたの? ってアハイ、ワカリマシタ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

───

─────

─────────

 

 

 

 以上がランチ開始から現在まで起きた出来事なのだが、実際の処吉野は暢気に回想に思いを馳せている場合ではなかった。

 

 

 今日は晴天で、春らしい暖かい風が窓から流れ込んでいるはずなのだが、どうして寒気がするのだろう?

 

 そして食べ物が口へ投入されるペースが、一人で食べる時に比べ体感では5倍程になっている気がする、三人で食べさせて貰っているのに何故その速さが3倍では無く5倍なのだろう? 数学的には1×3=5と云うのは少し違う気がするというか明らかにおかしい、むしろ吉野は命の危険が危ない気がしてならなかった。

 

 ついでに三人の向こうでは相変わらず電がニヤニヤと腕を組んで笑っている、なんとなく命の危機を感じた吉野は視線でSOSのサインを出してみるが、それに対する電の返答は物凄く良い笑顔でのサムズアップと云う物であった。

 

 

 この世に神は居ない、そう悟った吉野は意を決して、口の中の物を無理やり飲み込もうと試みたが、その直後ピタリと動きが止まり、顔面を蒼白にしてプルプル震え出した。

 

 

「ゴホッ、ゲフッ、ンググッ!?」

 

「あらあら、大丈夫ですか提督?」

 

 

 それを見た妙高は、落ち着いて吉野の背中を優しくさすりつつ、湯飲みに入った飲み物を差し出した。

 

 吉野は慌ててそれを飲み下す。

 

 

 喉を駆け抜けるスパークリングな感触、鼻を突き抜けるベニヤ板の風味、目の前に広がる黄色いコスモ、今吉野は病人食を食べながら何故か宇宙を感じるという珍しい体験をしていた。

 

 

「グホッ!? ゲフゲフッ! ちょっ…… なんでギャラクシー……」

 

 

 妙高の差し出した湯飲みの中の液体は、シュワシュワと炭酸特有の細かい泡を立てる黄色い絵の具水が入っていた、和食に炭酸飲料は合わないというか、ベニア風味な絵の具炭酸に合うような食べ物は多分この世には存在しない。

 

 判り易く言うと、吉野の口の中では白米と人参の煮物と塩鯖とベニア板が炭酸でシェイクされつつ宇宙旅行をしている状態である。

 

 

「て、提督!? 大丈夫ですか!?」

 

 

 妙高を押し退けた榛名は、慌てて手に持った湯飲みを吉野の口に添え、問答無用で湯気の立つ暖かいそれを口へ流し込んだ。

 

 

「qあwせdrftgyふじこlp!?」

 

 

 優しく人肌に暖められたそれを飲み込むと、舌が痺れる程の生姜の刺激が口一杯に広がり、温められる事で更に凶悪さを増した甘みがねっとりと舌を包み込む、榛名の差し出した湯飲みの中身の正体、それは冷やしあめを温めたブツ、その名をあめゆと言う。

 

 因みにひやしあめだろうがあめゆだろうが、和食をというか、食事と共に口にするには一般人にはハードルが高過ぎると言うかショックで命が危ない。

 

 喉を詰まらせて窒息死する前にショックで命の危機にある吉野の口の中を判り易く説明すると、白米と人参の煮物と塩鯖と生姜とベニア板が暖かい水飴で包まれ炭酸でシェイクされつつ宇宙旅行をした後関西へ着陸した状態である、例えが全然判り易く無いのは恐らく気のせいだ、多分、きっと。

 

 口の中に広がる大惨事に悶絶し、涙に霞む視線の向こうでは、何故か時雨がいそいそとポケットの中から白と黒のチェッカーフラッグ柄の飲料を取り出す姿が見えた。

 

 今吉野の口の中は四次元な食べ合わせに悶絶しつつ、宇宙一周の旅から奇跡的に関西へ軟着陸した状態である、この上忍者風味な何かが参戦してしまうと確実に良くない事が起きる、主に吉野の命的な意味合いにおいて。

 

 

「し……時雨君、ヤメテ、提督のライフはもう0よ……」

 

 

 そのかすれた声を聞いた時雨はピタリと動きを止めて吉野の方を見た。

 

 時雨の動きが止まった事を確認した吉野は、口の中で渦巻いている大惨事を収束させる為に、鼻で荒い息をしつつ精神統一しようとしたが、それは適わなかった。

 

 足から連続して響く鈍痛、そしてそれに伴う痛痒い痺れ、情けない悲鳴を上げつつ何事かと足の方に目を向けると、何故か頬を膨らませた時雨が、涙目で吉野の足にチョップを繰り出している。

 

 

「ウヒッ!? 時雨君ちょっと!? 痛っ! カユッ! ヤメッ、ちょっ、アアン」

 

 

 痛痒地獄から逃れる為に、脇に居る二人に助けを求めるが、何故か榛名も妙高もプイッと横を向いたままこちらを見ようとしない、まるで意味が判らない。

 

 そう思った吉野は三人の後ろに居るはずの電へ視線を向けるが、何故か電は肩をすくめ、溜息を吐きながら首を左右に振っていた、さっきから何故にムカツクアメリカンジェスチャーで肉体言語を駆使するのか意味不明なのだが、とりあえず援軍が来る可能性は極めて低い事を吉野は理解した。

 

 

「oh・・・サノバビッチ」

 

 

 この後、涙目の時雨が黙って差し出したコーラの横を駆け抜ける冒険活劇を吉野が綺麗に飲み干す迄、ペシペシとチョップ地獄は続き、全てが終わった後にはベッドの上で真っ白に燃え尽きた吉野三郎中佐(28歳独身臨死体験中)の姿が横たわっていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 同日1500、吉野の病室では三時のおやつと称し、ベッドの横で妙高がリンゴの皮を剥いていた。

 

 その隣には笑顔の榛名、更にその隣には同じく笑顔の時雨、何がどうなったかは判らないが、機嫌は直ったみたいだが、吉野の顔は相変わらず苦悶の表情のままであった。

 

 

 ちらりと足元を見ると謎のあみだくじっぽい何かが書かれた紙が見えている、アレは一体何の順番を決める為に行われたものなのだろうか?、妙にその紙の存在が気にはなったが、彼女たちの機嫌が直った理由の一つはアレなんだろうと吉野は深く考えるのを辞めた。

 

 

 そして視線を横に向けると、妙高が器用にリンゴの皮をクルクル剥いている、短刀で。

 

 繰り返し言おう、果物ナイフでは無く、短刀でリンゴの皮を剥いている。

 

 因みにその短刀は吉野の腕を切り飛ばし、ブッスリと串刺しにしたあの短刀だ。

 

 

「あの…… 妙高君?」

 

「あ、お待たせして申し訳ありません、もう少しで皮が剥けるのでお待ち下さいね?」

 

 

 吉野は早くリンゴが食べたくて仕方が無いと云う意味で声を掛けた訳では無い、どうしてドスでリンゴの皮を剥いてるのか、それを使うのに何か意味があるのか? その辺りの事を聞きたかったのだが、何故か艶かしく光を反射する刃を見ると、どうしてだろう、脇腹辺りがシクシク痛み出した。

 

 

「お待たせしました、はい、どうぞ」

 

 

 妙高はそう言うと、綺麗にカットされたリンゴに楊枝を突き刺して、アーンと口を開ける仕草をしつつ、ドスっぽい何かで処理をした果実を吉野の前に差し出した、恐らくそのまま食べろ、そういう意味なのだろう。

 

 

「い…… 頂きます」

 

「はい、召し上がれ」

 

 

 吉野はリンゴに噛り付いた、程よく熟れたリンゴ特有の、酸味の混じった甘みが口の中一杯に広がった、そして何故か左腕がピリピリと痛んだ。

 

 

「お…… 美味しい、です」

 

「それは良かったです」

 

「それはそうと妙高君はアレだ、その、器用なんだね? ドs……短刀で果物を剥いちゃったり」

 

「はい、これは昔からずっと使ってきた私の分身みたいな物なんです、これを提督に預けたのはそういう意味も…… ゴホン、いえ、それでも提督が大事な物みたいだから持ってなさいと渡してくれた時、信用されているんだと思って、とても嬉しかったんですよ?」

 

「ああうん、随分業物みたいだし、大事にしてる物なのはなんとなくだけと判ったからね」

 

「そうですね…… まだ私が前線で戦っていた時には、コレに何度も命を救われました」

 

「あ…… うん実戦で使ってたんだ…… うん、成る程、どうりで上手くリンゴの皮が剥ける訳ダネ……」

 

「そうですね、最近はめっきり深海棲艦にコレを使う機会が少なくなってしまって、この頃は料理の時か、台所に出る害虫の駆除くらいにしか使ってませんでしたね。」

 

 

 今ドス的な用途はとりあえず横に置いておくとして、同列で並べるのにはおかしい目的を聞いた気がしたが、気にしないでおこう、例えそれが聞いてはいけないんじゃないかと言う幾つかの標的を含んでいた件に関しても考えない事にする、特に一番最後のヤツ、それ、アカンヤツや、そんな事は思ってても言えるハズが無い。

 

 ハイライトの消えた目で、吉野は乾いた笑いを吐き出しながら視線を泳がせている。

 

 

 その視界の隅では榛名が鼻歌交じりにリンゴが入った籠へと向かっている、何が一体そんなに楽しいのだろうか? 取りあえず吉野はこの微妙な空気をどうにかしたくて、なんとなくだが榛名に話の矛先を向けてみる事にした。

 

 

「な、何か榛名君はやけに楽しそうだけど、どうしたのかな?」

 

「あ、はい、"次は榛名が提督にご馳走する番"ですので、とっておきの物をご用意しようと思いまして」

 

 

 満面の笑顔でそう答えた榛名は、おもむろに服の胸辺りに手を突っ込むと、ズルリとピッチャーを取り出した。

 

 ピッチャーと言うのは牛丼屋やラーメン屋のカウンターに置いている、お冷やお茶が入っているポットの様なアレの事をそう呼ぶだがそれよりも、何故戦艦娘はやたらと胸の辺りから物を出したがるのか? もしかして艦娘の間では何かポケット的な格差社会とかそんな物が存在するのだろうか?。

 

 もしそうなら良く駆逐艦に間違われる某エセ関西弁の軽空母や、たべりゅたべりゅを連呼する卵焼き軽空母は収納的に大きなハンデが存在するのではなかろうか、それって戦闘面(胸部的な)では最初からT字不利な戦いを強いられる事になっているのでは無かろうかとか、どうでも良い事を考えていた。

 

 

「へ…… へ~ それは楽しみだねぇ、一体何をご馳走して貰えるんだろうか」

 

「濃縮還元100%アップルジュースです!」

 

 

 

 満面の笑顔でそう答えた榛名は、鷲掴みにしたリンゴを パキュッ というやたら軽い音だけをさせて握りつぶしていた、人の拳よりも大きなその果実は一瞬で全ての水分を搾り出され、再び手を開いた榛名の手の中には、ピンポン玉大の変わり果てた何かが転がっていた。

 

 

「ちょっと榛名君…… それ圧搾(あっさく)って言うヤツなんじゃないかなぁと提督は思うんだけど、ほら、濃縮も還元もしてないし……」

 

「本当なら椰子の実なんかがあればもっと美味しい飲み物をご用意出来たのですが、今はリンゴしかありませんので……」

 

「どうしていつも君は提督の話をガン無視するの!? てゆか今椰子の実とか言わなかった? それをどうやって何をするつもりなの? ん?」

 

 

 そんな会話(?)をしてる間にもリズミカルにパキュパキュとリンゴを握り潰す榛名は、あっという間にピッチャー一杯のリンゴシュースを絞り上げた。

 

 

「椰子の実ですか? それは…… こうやって…… こう」

 

 

 榛名は一度手の平をこちらに向けると、キュッとそれを握り込んだ。

 

 

「んんんん?」

 

「ああそれならこんな事もあろうかと、電は部屋から椰子の実を持ってきているのです」

 

 

 さっきまでニヤニヤ笑っていた電が、どこぞの宇宙戦艦の某工場長が言う常套句みたいな台詞を言いながら、白衣の胸ポケットから大きな椰子の実を幾つか取り出すと、はいどうぞと榛名にそれを手渡した。

 

 

「有難う御座います、榛名、感激です!」

 

「いやデンちゃん、幾らなんでもソコから椰子の実は無理があるんじゃないのかな!? ってかなんで椰子の実なんか携帯してる訳? 一体何処の誰にそんな需要があるの? ねぇ?」

 

 

 電から椰子の実を受け取った榛名は、新たに胸元から取り出したピッチャーをテーブルの上に置き、その上で椰子の実を バキュ というやたら軽い音だけをさせて握り潰していた、人の頭よりも大きなその果実は一瞬で全ての水分を搾り出され、ピッチャーの中に白い果汁をぶち撒けていた。

 

 そして再び手を開いた榛名の手の中には、ピンポン玉大の変わり果てた何かが転がっていた、色んな意味で何かがおかしいとは思うだろうが、実際そうなのだから仕方が無い。

 

 

 唖然とする吉野の目の前に、榛名が満面の笑みでピッチャーを二つゴトリと並べた、良く見るとコップやグラス等は用意されておらず、何故かストローがピッチャーに直に刺さっている、まさかとは思うがピッチャーから直接、それも二つも吉野に飲めというつもりで榛名はそれを置いたのだろうか?。

 

 

「……Really?」   

 

 

 プルプルと振るえつつピッチャーに手を伸ばそうとしたその時、ピッチャーの縁に可愛くウサちゃんカットされたリンゴがそっと添えられる、力無く横を向いたそこには、ドスで器用にウサちゃんリンゴを量産している妙高と、白衣の胸ポケットからポイポイと、おかわりのリンゴを供給している電が見えている。

 

 うず高く、組体操の如きピラミッドが着々と吉野の目の前で出来上がりつつある、当然それはリンゴのウサちゃんで構成されているのを見た吉野は、無我の境地へ至ろうとしている。

 

 

「それじゃ"今度は僕が提督へデザートを振舞う番"だね」

 

 

 いつの間にか帯刀していた時雨は、両手で頬を叩いて気合を入れている。

 

 そしてそれを見た吉野の頭には、何故かとても不安が広がっていた。

 

 

「はい、時雨ちゃんのリクエストのパイナップルです、どうぞなのです」

 

「有難う電さん」

 

 

 電は白衣の胸ポケットから大きなパイナポーを一つ取り出すと、それを時雨に手渡している、何だあの白衣は、もしかしてあのポケットの中には果樹園でも存在しているのだろうか。

 

 そう余計な事を考えている間にも、時雨はテーブルの上にパイナポーを据えて、仰々しく一礼をすると、おもむろに軍刀を抜き放った。

 

 

「時雨、行くよ!」

 

 

 素早い踏み込み、刀身が空気を裂いたのであろう風切り音が何度か聞こえるが、正直それを吉野の目が捕らえる事は出来なかった。

 

 そして鞘にそれを戻した時雨は再び礼をして、吉野に向かってドヤ顔を見せた。

 

 テーブルの上のパイナポーを見ると、何と言うか顔っぽい何かが刻まれている、そう、ハロウィーンの時に良く見かける、あのカボチャっぽいアレがパイナポーに刻まれている。

 

 更に時雨はヘタの部分に手を添えると、そこがパカっとズレて、中のパイナポーの果肉が綺麗にサイコロ状に刻まれた状態で収まっているのが見えた、なんでやねん。

 

 

「ちょっ!? 思いっきり物理法則無視してないそれ!?」

 

「何が?」

 

「なーかーみぃぃぃ! くり抜いてもいないのになーーーかーーーーみぃぃぃぃぃ!」

 

 

 必死に突っ込みを入れる吉野を無視して、時雨はズズイとパイナポーを吉野の前に置き、中の果肉に楊枝をぶっ刺すと、アーンと口を開ける仕草をして、それを吉野の前に差し出した、そうか、食えと言うのか、そうか、君もか。

 

 

 やってる事が三者三様バラエティ(?)に富んではいるのだが、どうして最後はアーンに繋げようとするのか?、それも何故か微妙に気合が先走っているというか、正直怖くてまともに目を合わす事が戸惑われる。

 

 フと気付くと、ピッチャーに刺さっているストローが二本に増殖しており、何故かそれはハート形に絡まった状態で、片方を榛名が咥えたまま待機している。

 

 

「榛名君、どうしたのかな? え? 何そのカップルストロープレイって? えうそん提督もチューチューしなければいけないの? それどこのルール? って言うかどうして睨むの? ああほらブクブク泡を立てるんじゃありません! ストローは吸うものであって、吹くものでは無いんですっ!」

 

 

 更にその横では、皿に盛られたウサちゃんリンゴで出来たピラミッドが完成していた、さっき見たピラミッドは体育祭の組体操レベルのはずだったのだが、ほんの数分目を離している隙に、何故かそれはギザのピラミッドクラスに変貌していた。

 

 

「ちょっと妙高君、そんなにウサちゃん増殖しても食べきれないでしょ! ほら下の段のウサちゃんなんか酸化しちゃってまっ茶色になってるし! え何? 早く食べない提督のせいって無茶振りにも程があるデショ!? ていうかドスから手を離しなさいホントお願いします」

 

 

 青い顔をして妙高に突っ込みを入れていた吉野の袖を時雨が引っ張る、何事かとそっちへ向くと、テーブルの上の顔面フルーツが何時の間にか一つ増えていた、ただし気を効かせたのか、今度はパイナポーでは無くスイカの顔面フルーツが鎮座していた。

 

 まぁ同じ物を出さないという気遣いは有難いのだが、チョイスする果物が間違っている、何故ならスイカの果肉から染み出した赤い汁が、彫り抜いた目鼻口から滲み出しているそれは致命的に何かヤバい物にしか見えない。

 

 

「ああ…… うん、み、見事だね? え? 北辰一刀流奥義? いやなにフルーツカットが奥義ってどういうこと!? 全国の北辰一刀流の人から苦情が殺到しちゃうからよしなさいっ! ってなんで足にチョップをするのウヒッ!? 痛っ! カユッ! ヤメッ、ちょっ、アアン」

 

 

 

 

 

 面会一日目の吉野三郎(28歳独身幽体離脱中)の三時のオヤツの時間は、諸々の意思の疎通がすれ違い、更にホンの少し暴走してしまった結果、何故か惨事なオヤツの時間へ変貌していた。

 

                                  

 

 




 再掲載に伴いサブタイトルも変更しております。

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