大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 広島弁のくちくかんと、んちゃというくちくかんが着任し、そして香取型っぽい艦娘が一瞬増殖した大坂鎮守府。

 そんな色々諸々があったが結局髭眼帯がアフロのままという以外は、全て日常へとシフトしていった。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/08/28
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました黒25様、リア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


繁忙期

 

 

「随分とお疲れの様だなAdmiral」

 

 

 大坂鎮守府執務棟、夏も終わりに近付きつつあるも、未だ気温が30度も半ばという酷暑にあるそこは、エアコンがガンガン効いた執務室で書類の山に埋もれうーうー唸る髭眼帯(黒カリ)と、それの補助で同じく書類と格闘する秘書艦ズ、そして軍務が終わり待機時間になった為にチチをカリフラワーにセットするグラーフという絵面(えづら)があった。

 

 その髭眼帯の前には種類分けされた書類が山と積まれてはいるが、その内容がいつもとは毛色の違うブツばかりな為一枚一枚いつもよりも慎重に精査しつつ決済せねばならず、また同じ理由かつ秘書艦ズでは判断が付かない物ばかりな為その山は中々減る事は無く、結果として見た目はいつものという状況でありながら、終わりが見えないという事務作業が延々と続いていた。

 

 

「あーうん……疲れたっつーかもぅ色々とねぇ、うん、実務はまぁやんなきゃなぁって粛々と進めてはいるんだけどさぁ……」

 

「うん? 何か気疲れでもする様な案件でも舞い込んだのか?」

 

「そーねぇ、ぶっちゃけこの書類の山全部が気疲れするブツばっかな感じかなぁ」

 

「ふむ、今処理しているその書類の山は確か……」

 

「今ウチに預かりになってる北から来た艦娘さん達に関するアレコレ……」

 

 

 現在大坂鎮守府には戦力再配置に伴い、日本の北方方面の拠点から南洋に送る為に抽出した戦力、約50名程の艦娘が集結している。

 

 その人員は主に単冠湾(ひとかっぷわん)泊地及び幌筵(ばらむしる)泊地という北方領土にあった拠点に所属していた者達が殆どであったが、大本営ではその艦娘達をそこから直接南洋戦線へは送らず、一端大坂鎮守府へ送っていた。

 

 それは元々個々の能力の差が激しいという北方の拠点事情があった為、そのまま前線に送るには戦力の偏りという問題があった為、大坂鎮守府で演習や基礎訓練を施し艦娘達の詳細なデータを抽出、それを元に人員の振り分けを最適化させる為であった。

 

 更にその任務には続きがあり、任地の振り分けが決定した艦娘はそのまま送られる事は殆ど無く、そこで任務に就く為に適した装備への更新や、必要であれば艦娘自体に改修を加える等、国内でやれる事は全て大坂鎮守府で行い、それらが全て整った状態で漸く送り出すという作業を行わなければならない為、現在鎮守府では教導課、工廠、事務方という中枢は軒並みフル稼働状態にあった。

 

 

「なる程、確かにやる事が多過ぎて誰も彼も余裕が無いという状態にはなっているな」

 

「ああ、ホントもーやってくれたなぁって感じでさあ、どうしてくれようかマジで」

 

「しかしそのお陰で人員の増員もされるし、それの資材やコストは全て大本営持ちなのだろう? ならある程度の手間は仕方の無い話なんじゃないのか?」

 

「確かに今居る50名の中から10名はウチの所属になるけど、その中でも錬度が低い順に10名だし……あぁまぁそれはいいんだけどさ……」

 

 

 書類に目を通しつつ苦々しい表情の髭眼帯に、何か含む物を感じたグラーフは首を傾げつつ、胸部装甲の押し付け度をプルルンと増して書類の山を今一度確認する。

 

 

「……二度手間、と言うのは大本営が絡めばまぁいつもの事になるだろうし、ウチは元々この手の設備は充実しているから、私としては今回回ってきた任務に何かおかしい物が無い様な気はするんだが」

 

「うん、今回の任務を受け持つに当たって、教導特化拠点の一面を持つウチがこの仕事を処理するのに一番適してはいる、だから艦娘の完全整備を国内でした上で前線へ送り出すって前例の無い(・・・・・)任務が大本営から発令されてもその理由は成り立つし、それを常態化する事で大本営は……ウチがちゃんと鎮守府を回せるだけの人員を整える迄の間、ヘタに何かが出来ない様行動を抑止させる事ができる」

 

「なる程……ではこれはAdmiralが計画している、例の太平洋攻めに対する大本営側の対処が幾分か含まれていると読んでいる訳だ」

 

「全部が全部そうじゃないんだろうけど、今回ウチが主導して行った多面作戦で大本営は対外的に処理する案件が多数発生しちゃっただろうし、それらは元老院と関係各国が絡む為に決定に時間が掛かる物が多い、更には南洋から欧州に掛けての深海棲艦の動きが活発になった件もどうにかしなくちゃって諸々も重なったからね、その間こっちに対する監視の目はどうしても甘い物になるからさ」

 

「要するにこれらは、『ヘタに動いてこれ以上余計な手間を増やすな』という上からの意図が含まれている任務って事だろう?」

 

「ってより、その大本営があれこれしなくちゃいけなくなった原因をお前らが作ったんだから、その分のツケは払って貰うぞって意趣返し的な意味合いが強いと思うよ?」

 

「まぁ理由が正当なのだから、それは甘んじて受ける以外は無いだろうな」

 

「それは判ってるんだけどさぁ、こうあからさまだと逆にムカチーンってしちゃうよねぇ、ぐぬぬぬぬ」

 

「それを主導してるのが大隅大将って事はさ、ヘタに色々企んじゃうと逆に事態は悪化すると僕は思うんだけど」

 

 

 時雨の言葉に苦虫を噛み潰したかの表情で眉根を寄せ、差し出されたドクペの缶を受け取りつつ髭眼帯は盛大に溜息を吐く。

 

 元々は上司部下という関係にあった者達のせめぎ合いは、なまじ相手の手の内が読めてしまう分対処の仕様もあるが、逆に対処してしまう事で話がややこしくなる事もある。

 

 そんな苦々しい思いをケミカル炭酸で胃の腑へ流し込みつつも、目の前にある一枚の書類に視線を落として更に髭眼帯は溜息を追加する。

 

 

「まぁ暫くは大人しく書類仕事に集中するしか無いんじゃないかな……って提督、どうしたの?」

 

「あー……うん、50人もの大異動を扱うんだから色々あるのは仕方ないんだけどさ、それに混じってコレとかもぅねぇ……」

 

「ふむ? 転任願い……成る程、確かにこのバタバタしてる時にまたややこしい話が紛れ込んできたな」

 

「えっと江風? この子は幌筵(ばらむしる)泊地所属だった子みたいだね」

 

「うん、現在はウチに仮着任になってて、全部の処理が終わったら正式に大坂鎮守府所属になる予定なんだけど」

 

「ウチでは無くリンガかペナンへの転任を希望か、しかしこの練度では……」

 

「建造されてからそれなりの期間は経ってるんだけど、北方ってほら、定期清掃の支援以外殆ど戦闘が無かったし、あの辺りも朔夜(防空棲姫)君のテリトリーに入ってるから、ここ数年遭遇戦も稀だったろうから……」

 

 

 元々は北方棲姫という脅威に対するのが殆どという形で配置されていたその戦力は、吉野がその脅威の元凶(北方棲姫)と邂逅した事で要を成さない戦力として再整備される事となった。

 

 またそれ以前から侵攻自体は止まっており、更には朔夜(防空棲姫)が日本近海のテリトリーを支配してからは、その海域周辺は殆ど戦闘が発生していない状態にあった。

 

 その為ここ数年の内に建造された北方戦線に所属する艦娘の練度は軒並み低い状態にあり、更には艦娘とは実戦で練度、経験を積むという前線にありがちな思想から演習という物に対しては力を入れていない状態であった為に、南洋と北方では艦娘の質という面ではかなりの差が生まれるという事が以前より問題視されてはきた。

 

 そしてそこで建造された江風という艦娘は哨戒任務を中心に軍務に就いていたが、実戦も経験した事は無く、また演習も殆ど行われない環境下にあった為に練度、経験は当然低い物となっていた。

 

 それは拠点運用をする指揮官の怠慢とも取れる物であったが、その周辺は嘗てまだ北方棲姫の脅威があった頃からの生き残りという猛者がそのまま所属していた状態にあり、戦力的にはそれで事足りていた為という事情と、艦隊本部がまだ力を有していた時は派閥間のややこしい関係がこの海域に色濃く影響を及ぼしており、直近にあった単冠湾(ひとかっぷわん)幌筵(ばらむしる)という二つの泊地は実質連携が取れない、隔絶された関係として運用されていた。

 

 その為派閥闘争という事情が絡み、外敵も殆ど無いという環境の為に拠点内に所属する者の練度的な差が激しい物となった為に、そのまま何も調整せずに戦力を南洋に送り出すことが難しいという問題が生まれ、その諸々の処理が現在の大坂鎮守府が抱える仕事量に直結していた。

 

 

「地理的に演習も身内が多い状態だろうしな、それは仕方が無いといった処か」

 

「だねぇ、やっぱ前線じゃその辺りの設備はおざなりだろうし、元々は実戦で練度は上がるって考えで運用されてたからさ……」

 

「でもこの練度じゃ南洋に送る人員への選抜には難しいよね」

 

「て言うかこの子ってさ、単冠湾(ひとかっぷわん)泊地建造になってるんだけど?」

 

「あ、それじゃ僕にとってこの子、実の妹って事になるのかな、んじゃちょっと話してこようか?」

 

「んでも時雨君この後定期健診でしょ?」

 

「うん、でも夜には戻ってくるから……」

 

「そういう事なら私が一度話をしてみよう、丁度暇してるしな」

 

「え、グラ子君が? 珍しいね……何か思う事あったりするの?」

 

「まだ正式に転任手続きも終わっていないのに前線へ志願すると言う事は、この江風という者はそれなりに訳ありなんだろう、それにこんなパターンは大抵良くない兆候と相場は決まっている」

 

「そうなの?」

 

「取り越し苦労ならそれで良し、そうでないとしても面倒な話なら、先ず私が聞いておく方が後々ややこしくならなくて良いんじゃないか?」

 

「変に気を回してくれなくても大丈夫だと思うんだけど……」

 

「折角姉妹が初顔合わせをするんだ、軍務とはいえそれが揉めるなんて出会いはあんまりだと思うんだがな」

 

「……そっか、うん、有難うグラーフさん、それじゃ今回は甘えさせて貰おうかな」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「そンで? なンで転属願いがこんなスポーツチャンバラになってンだよ?」

 

 

 執務室でグラ子がパイパイと話をしてから昼を挟んでの午後、室内練武場(体育館)では芋ジャージ姿の艦娘が二人、ゴムチューブ製のエアーソフト剣で武装した状態でピシーンペシーンとチャンバラ然とした立会いをしつつという、肉体言語交じりの対話をしていた。

 

 

「ん? スポーツチャンバラは嫌いかエカゼ?」

 

「カ・ワ・カ・ゼだ!」

 

「それはすまんなカミカゼ、ほら手元がお留守だぞ?」

 

「江風っつってンだろっ! ってーなぁ、へンな呼び方すっから集中出来ねーじゃねーか!」

 

 

 元々が独特のリズムと言うか唯我独尊の気があるグラ子と、攻めっ気が強い江風という組み合わせである、のらりくらりと躱しつつピシーンペシーンするグラ子に突っ込み重視な江風はリズムを崩され、いい様にあしらわれる形でその対話は進んでいた。

 

 

「っつーかマジでなンなンだよ、昨日出したアレ(・・)の件で話があるって聞いたから来たのにさ」

 

「うむ、お前が言うアレ(・・)は練度の関係があって先ず不受理は確実なんだが、それでもAdmiralは最大限希望を適えてあげたいと言ってな、それで実際お前がどれだけやれるのかを確かめる為に私が今ピシーンパシーンをやっている訳だ」

 

「はぁ? ンだよそれ!? こンな事で江風がどれだけ戦えるか分かンのかよ!? アホかぁっ!」

 

 

 ヒートアップする江風の攻撃は悲しいかな練度が低いのと、更に冷静を欠いた状態の為にグラーフには掠りもしない。

 

 

「コレは遊びに見えるがな、相手との攻防に於いて精神的な読み合いが必要とされるのと、武器が軽い為に体幹がしっかりしてないとブレて当たらないという技量を多分に要する鍛練法になっているんだ」

 

「ンな緊張もクソも無い鍛練なンて意味があンのかよっ」

 

「それは私に一発でも攻撃を当ててから言うべきだな、ほら今度は頭に一発だ」

 

「くっそぉぉ~ なンだってンだよ! こンな事してる場合じゃねぇのにさ」

 

「……ふむ? 何か焦っている様だが気掛かりな事があるのかカワカミ」

 

「江風だっつってンだろーが!」

 

 

 結局このピシーンパシーンは江風が一方的に攻めるも、その度にグラーフが返り討ちにするという形で終始し、それが約一時間程インターバル無しで行われた結果、膨れっ面のヘソ出し駆逐艦が転がるというなんとも締まらない結末になってしまった。

 

 艦娘という人よりも体力に優れる存在は、小一時間程度なら動き続けても息が上がる事は無いが、その間延々とピシーンパシーンされつつ精神的にイジられるかの様な状態が続けば、流石に精神が折れてしまったのだろう、江風は無言で床をゴロゴロするだけとなってしまった。

 

 

「どうした江風、もうギブアップか?」

 

「……くそっ、ちゃンと名前呼べるンじゃンか、っつーかこンな意味もねぇ事延々とやってらンねぇよ」

 

「そうか、ならもう気が済んだと言う事でいいんだな」

 

「良かねぇよ! なンだよこンな回りくどい事しやがって……転任が無理なら無理って最初からそう言ゃいいじゃンかさ」

 

「そうか、ならはっきり言うがお前の転任は無理だ」

 

「くっそ~ 結局こんな後方でまた燻らなきゃなンないのかよ……」

 

「まぁそう腐るな、これから鍛えていけばお前の希望もいずれ叶う時が来る」

 

「はっ……それっていつになるンだよ、いずれ? こンな実戦もねぇ拠点で強くなれる筈無いだろ……」

 

 

 ひとしきりゴロゴロしてそれでも気持ちを持て余したのか、江風は顔を顰めたまま膝を抱えて丸まってしまう。

 

 そんな姿に相変わらず表情が読めないグラーフは江風の隣まで来ると、同じく膝を抱えて座り込む。

 

 

 体育館の中心にポツンと芋ジャージ二人が体育座りという、そんなシュールな絵面(えづら)が完成した瞬間であった。

 

 

「ところでカワセミ」

 

「……もぅ突っ込む気力もねーよったく……何だよ」

 

「お前は何でそんなに焦ってるんだ? 今は確かに練度も経験も不足しているが、ここに居れば少なくとも前に居た拠点よりも強くなれるだろうに」

 

「だから演習で強くなっても実戦経験が無いなら意味がねぇだろ、それに今じゃなきゃダメなんだよ……」

 

「ふむ、今でないと何故だめなんだ?」

 

「……単冠湾(ひとかっぷわん)幌筵(ばらむしる)も、確かに南洋のヤツらに比べたら弱いかも知ンねぇ、でもさ、このまま周りに流されて、散り散りバラバラになっちまったら、今までの全ン部が馬鹿にされたまま終わっちまうじゃねーか」

 

 

 海軍の極北に位置する拠点に配備され三年、その間足掻いたが上層部の都合で殆ど練度が上がらなかった彼女。

 

 それは生ぬるい日々と言われても言い返せない物であるのは確かだった。

 

 こと艦娘の練度と言うのは艤装を背負って戦わねば上昇せず、それは必然的に上の許可を得た上で、資源を消費してこそそれは可能な物であった。

 

 

 そして生身のまま鍛練をしても人と同じ程に肉体は鍛えられる物であるが、それで深海棲艦との戦いが優位に進められるかと言えば答えは否と言う他は無い。

 

 艦娘は艤装を背負ってこそ、そしてそれを上手く扱ってこそ戦力として役立つのである。

 

 

「だから今か、ふむ……その気持ちは判らない訳では無いがな、お前のその意地を通す為に余裕の無い前線の者へ負担を強いるのか?」

 

「……」

 

「正直な話お前一人程度なら誰かと入れ替えて送り出す位なら、ウチのAdmiralなら造作も無い事だろう、でもな、軍と言うのは現場と上は剥離した組織になっててな、その差配を間違えると取り返しが付かない事になる」

 

「……判ってるよ」

 

「いいや、判ってない」

 

「……何が判ってないって言うのさ」

 

「例えばここの大和とお前を前線に送った場合、当然前線では大和の方が有用だという事になるだろう? しかし軍という組織でそれを処理した場合、書類上は『増員一隻』、どちらも数字の『1』という事にしかならないんだ、お前が望んで前線へ出れば、本来戦力になる筈だった誰かの席が無くなってしまう、それは場合によってはとんでもない差として現場の負担となってしまうんだ」

 

「ああ……そうだよな、それは判ってンだよ、でもさ……このまンま、こンな設備だけが大層で閑古鳥が鳴いちまってるとこに居てもさ、強くなンてなれる訳ねぇじゃねーか」

 

「ふむ、お前は誤解しているな……まぁ今の状態を見ればそれも無理は無いと思うが」

 

「……何が誤解してるってンだよ」

 

「確かにウチは今どの施設も稼働率がほぼ0だが、それは後数年もしない内に手が回らなくなる程稼動する事になる」

 

「はぁ? こんなクソデカい教導施設に、免許センターなんてイロモノが?」

 

 

 並んで体育座りという芋ジャージの片方は怪訝な表情で眉を顰め、もう片方は割りと真面目な相でその言葉に頷きで返す。

 

 大坂鎮守府の現在までの稼働実績で言えば、クルイの二艦隊の教導を施した以外は無いという状況にあった、加えて艦娘だけにのみ教習を施す事を目的とした免許取得施設に至っては、軍内でも無駄な物と切って捨てる者は少なくない。

 

 そんな拠点をして今後業務が追いつかなくなる程に稼動をするだろうと、このドイツ生まれの正規空母は口にする。

 

 

「現在日本近海はウチに所属する防空棲姫が海域を支配している為脅威度は限り無く低い、それは国としては安定する為歓迎される事ではあるが、その落とされてはならない本丸(日本)に所属する艦娘達は実戦から遠退き、時間と共に質が落ちていくのは避けられない」

 

 

 北方で起こっていた実戦不足による艦娘の弱体化、それは日本国内に所属する艦娘全てに当てはまる物だと言えた。

 

 例え北方とは違って頻繁に海域攻略を実施する鎮守府であっても、全ての艦娘を出撃させる事は殆ど無い。

 

 

「今は緩やかにそれは推移している為気付いている者は殆ど居ない、しかし何れはそれに皆気付き、どうにかする為の行動を起こす事になる」

 

「それの対処の為にココがあるって言うのかよ」

 

「限り無く実戦に近い形で行うカリキュラム、実際の深海棲艦が仮想敵を務める演習、そして他に類を見ない教導に特化した施設群、ここで鍛える事が出来たなら実戦とは行かないまでも、それに近い結果は得られる筈だ、今は確かに閑古鳥が鳴いている状態だが、ここが無ければ何れ国内拠点は立ち行かなくなる」

 

「ンじゃあの教習施設は?」

 

「アレは教導が国内への備えであるのとは逆に、前線の為の備えだ」

 

「はぁ? なンで免許取得が前線の為になンだよ」

 

「拠点運用というのはな、現状の形では人の手が入らない場合拡張に限界があるんだ、鎮守府という特別な拠点は別としても、国外では泊地よりも基地、若しくは警備府という様な小規模拠点の方が圧倒的に多いだろう?」

 

「……それって資源とか兵站の関係でそうなってンじゃねーのかよ?」

 

「これはAdmiralからの受け売りなんだけどな、今の国内事情を考えれば前線の拠点は全てもう一段階拡張しても資源は大丈夫な水準にあるんだそうだ」

 

「ンならなンでそうしないンだよ」

 

「拠点を拡張すると言う事は設備機器が増え、それを維持管理する者が必要になる、しかしそれが出来る者がそもそも居ない、内地ならいざ知らず前線へ民間人を派遣する事は不可能だし、軍人でさえもそれは世論が良しとしない世の中だ、必然的に戦う為の環境を維持する事が難しいのが日本の現状となっている」

 

 

 深海棲艦との戦争が勃発して30と余年、当時は戦える者は形振り構わず戦いに出るというのが当たり前だった、そうしなければ国が死ぬ、家族が死ぬ、故に働き盛りの男だけでなく、歳若い者であっても手に武器を持ち海へ、空へと散って逝った。

 

 それから暫くして艦娘がその肩代わりをする形で戦いの矢面に立つ事になるが、その時には1億3千万程あった日本の人口は僅か5千万程にまで減少した。

 

 しかもその内10歳未満の子供は1千万人程しか残っておらず、現在に至るまでに人口は徐々に回復してはいるが、結局開戦時に人口を増やせる世代の殆どの者が死亡してしまった為に、それ以降の10年程は出生率の統計が取れない程に人口は横這いし、その時生き残った子供が現在漸く働き手として日本を支える様になった状態であった。

 

 それは社会規模としての労働力は吊り合った状態ではあったが、そこから戦場へ大量の人員を出す事は余裕の在る無しに関わらず、漸く安定した現状を再び戦争という物の為に崩す事は、世論が許さないという状態が今の日本という国の内情であった。

 

 それ故前線に出す人員数は大きく制限される事になり、戦う艦娘という戦力があってもそれを支える設備が潤沢に備える事が難しい状態にあった。

 

 それに加え近年まで兵站や戦線の維持の為の資源が安定しない状態であった為に、前線の拠点は簡易の設備でも稼動が出来る小規模拠点を数多く配して賄うというのが軍の方針であった。

 

 

「しかしその設備を作り、使い、管理するのが人では無く艦娘で賄えたら? 鎮守府とはいかないまでも、泊地や基地規模程度には前線の施設を拡充する事は可能になるとは思わないか?」

 

「ンな簡単な話、なンで今まで出なかったンだよ……」

 

「日本が持つ支配海域周辺、その前線の殆ど……それも資源を担う要所の殆どは、他国の土地を間借りして拠点を置かせて貰っているいる状態だ、そこで施設を運用する者が無資格者ではその国に対する言い訳が立たない、確かにそれを艦娘に肩代わりさせるという話もあったらしいが、そもそも艦娘に資格を与えるという計画を本気で推進する者も、またそれをしたとしても、艦娘が人間の代替となるなんて話を他国が納得する程のバックボーンは、今まで軍には用意する事は出来なかった」

 

「それがココだと可能だっつーのかよ」

 

「そうだ、その艦娘に与える資格の『説得力と実績』を謳う程にはここは他国に影響がある、いや、その影響がある状態になったから敢えてAdmiralは資格を取得させる施設を整備したんだ」

 

 

 現在香取免許センターで取得可能な資格は車両全般に二輪車、建機系に構内作業用の特殊機器、それは拠点の建設に始まり維持に必要な大まかな物を網羅した物となっていた。

 

 最低限の設備維持は明石や妖精さんを始めとする者達が居れば事足りるが、それだけではある程度の範囲しかカバー出来ないのが現状である、その穴を埋め、それなりの規模で運用しようとする為には第三者の労働力は必須となる。

 

 その為に用意したのは大坂鎮守府という、諸外国にそれなりの影響を持つ拠点という『看板』と、実際艦娘だけで運用を可能としている鎮守府の『実績』であった。

 

 

「ウチの司令長官はな、現場指揮は丸投げでお世辞にも有能とは言えないのかも知れない、しかし……事先見の明という部分に於いては軍内でも指折りの者だ」

 

「まぁその話を信用して……施設が云々って話はいいンだけどさ、ここに居れば江風は戦いに出れるよーになンのかよ」

 

「そうか、お前はまだ仮着任状態だから我々がやろうとしている事は知らないんだったな、もしここに着任するとなれば南洋に行くまでも無く、嫌という程実戦に駆り出される事になるだろう」

 

「……え、マジで?」

 

「ああ、但しその為にはウチ流の教導をみっちり受けて貰い、自分の身位は守れる様にならないとダメだが」

 

「もしその話が本当ならどンなキツい訓練だってやり切ってやる、あの時こっちを役立たず扱いしたヤツ等を見返してやれるなら……どンな事だってやってやるさ!」

 

「ふむ……そうか」

 

 

 膝を抱えて俯いていた江風の顔に色が戻ると共に、グラーフの表情が少しだけ寂し気な物になる。

 

 

「ならお前は……全力で戦える戦場をくれる指揮官へ感謝する事だ、殺していい相手が居る海へ行ける喜びを忘れるな」

 

「え……なにいってンだよ、意味判らねーよ」

 

 

 少し自嘲を含む笑みを漏らしたグラーフという艦娘。

 

 彼女は人を守る為にこの世に顕現したが、その人生の大半、この大坂鎮守府へ流れ着く前までは、殺した数は深海棲艦よりも人間の方が多かったという過去を持っていた。

 

 それは国が命じ、軍が指揮した物であったとしても、艦娘という存在であったなら自身の存在を否定する日々であったに違いない。

 

 そんな過去を持ち、死ぬよりも辛い日々の中、死ぬ事さえ許されぬというそれまでの時間を苦い過去として一端飲み込み、目の前の駆逐艦へ真面目な相で視線を向ける。

 

 

「そうだ、お前は判らなくていい……今からお前は精一杯戦う為だけに鍛えてもらえ、先ずはその為の第一歩だ、後は神通……頼めるか?」

 

 

 ドイツオッパイが言うその言葉に、いつの間に生えて来たのだろう川内型二番艦が江風の後ろに立ち、体育座りの両肩にそっと手を置きやさしく微笑んだ。

 

 

「お任せ下さいグラーフさん、キッチリその辺りは仕込んでみせましょう」

 

 

 こうして北の拠点からやってきた白露型のヘソ出し駆逐艦は、僅か六日間という短期間で第二次改装を終えるまでに錬度を上げ、ヘソを隠す制服に着替える事になるのだった。

 

 そして初日に彼女が提出した書類と同じ物は以後髭眼帯の処へは届かなくなったが、たまに『タスケテ』というダイイングメッセージ染みた謎のメモがしばしば届く様になり、執務室の者を色んな意味でプルプルさせる事になるのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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