大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 思惑という物は相手との利害が一致してこそ成り立つ物である。
 それを強引に押し付ける事も可能だが、そうすれば思う結果とはならず、逆に関係が破綻する事もある。
 適度に譲り、その代わりに僅かばかりの甘い蜜を程好く享受する、そんな控えめで、そして相手と何かを分け与える、そんなささやかな付き合いという物が関係を長く、そして確実に繋ぐ方法なのでは無かろうか。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


大坂鎮守府の愉快な仲魔たち
慣れた筈なのに慣れないアレコレ


「以上が現在の状況となっております」

 

 

 大坂鎮守府執務室。

 

 北極圏より帰還した吉野は休む間も無くそのまま執務に取り掛かり、北極圏遠征、太平洋新海域開放戦、そしてクルイ近海定期清掃の三面作戦の結果詳細を確認しつつ、未だ続く事後処理と、吉野にしか出来ない決算関係の確認をする傍ら大淀からの報告を受けていた。

 

 手に持つ書類に厳しい表情で視線を落とし、吉野にしては珍しく報告に対する返答も無いまま思案に暮れている。

 

 周りに居る秘書艦も心なしか俯き加減で言葉も無く、艦隊総旗艦の長門でさえ苦い表情のまま無言で二人のやり取りを聞いていた。

 

 

「あの……提督」

 

「ああ済まない、今一度確認したいんだけど、今回同時に行った三面作戦は取り敢えず終了して、現在は予定していた事後処理に当たっているんだったね」

 

「はい、その為夕張さんは現在海中ケーブルの敷設の為にキリバステリトリーに出向し作業中、クルイに出ていた艦隊に付いては先程ご報告しました様に、作戦終了直後にヨーロッパ連合よりの緊急支援の報を受けてスエズへ転戦しましたが、そちらも滞りなく終了して現在帰還後の整備や処理を行っている最中です」

 

 

 吉野達が北極圏へ出てから後、太平洋に於けるクェゼリン、舞鶴合同艦隊によるキリバスまでの航路を打通する為の新海域開放作戦は滞りなく進められ、その結果目立った損害も無く海域の開放という結果を以って終了し、目的の一つであったキリバスまでの直通回線敷設の為、現在夕張がクェゼリンまで延びていた海底ケーブルをキリバスまで延伸する為現地へ残って敷設作業に取り掛かっていた。

 

 また同時にその海域を完全な支配下に置く為キリバスに身を寄せていた冬華(レ級)がその海域へ入り、海域のテリトリー化を進めている最中であるのだという。

 

 そしてクルイ近海の定期清掃へ出ていた大坂鎮守府艦隊は予定よりも早く任務を終えていたが、帰路の就く為の準備中、欧州連合からの緊急支援要請を受けた為、鎮守府には戻らずそのままインド洋を大陸沿いに抜けスエズへと進出し、紅海に出現したという深海棲艦側の艦隊を排除するという想定外の作戦に就く事になってしまった。

 

 本来それはスエズ近海までの海域を担当するリンガへと出された支援要請であったが、この時リンガ周辺でも深海棲艦が予想外の動きを見せていた為対応が出来ない状況にあり、また大本営と緊急支援当番に当たっていた佐世保鎮守府も南シナ海の定期清掃任務に当たっていた状態にあり対応が出来ない状態にあった。

 

 かくして南洋近辺でこの時要請に応えられる規模の艦隊はクルイに居た大坂鎮守府艦隊しか無く、作戦時に消費する資材や燃料、弾薬を欧州連合持ちという条件で話を纏め、帰還準備中だった艦隊は予定を変更し、急遽欧州救援作戦にスポット的に参加してきたというのが事の結末であった。

 

 

「そうか、ならその報告は……」

 

「もう少しすれば旗艦を努めてた大和さんが出頭されるので、その時直接なさると思います」

 

「うん、じゃそっちの話は彼女に詳しく聞くとしようか、それと……電ちゃんは?」

 

「提督が北極より持ち帰った報告書に目を通して以来ラボに篭ったままの状態が続いています、先程声を掛けてはみたのですが、暫く誰もラボに近づけるなと……」

 

「そっかぁ……」

 

 

 大淀の報告を聞き、未だ包帯塗れの相に苦い表情を滲ませ、溜息と共に天井を見上げる吉野。

 

 その姿に表情が冴えない周りの者達も何とも言えない色を被せ、執務室の空気は益々重くなっていく。

 

 作戦自体は様々な想定外の物も含んではいたが、最終的にそれは首尾良く消化した筈なのに、何故か今はそんな空気が窓の外に見える真夏の日差しとは間逆の世界を執務室に作り出していた。

 

 

「提督、取り敢えずやるべき事はやった、後は時間だけが問題を解決する唯一の手段なのでは無いか? ならここはその問題を一時保留にしても、我々は前に進む為に今出来る事から順にやっていくしかあるまい?」

 

「提督、僕も長門さんと同じ意見かな、もう起こってしまった物は仕方が無いと思うし、まだやる事はそれなりにあるんだからさ、気持ちを切り替えないとって思うんだけど」

 

「ああ……うん、えっと君達……」

 

 

 吉野の悩む姿に思う物があったのだろう、艦隊総旗艦と小さな秘書艦はそんな己の提督を気遣いつつも軍務を鑑み声を掛けた。

 

 そんな心遣いをする者達に髭眼帯は執務机に肘を突き、顎をそれに置いて溜息を吐きつつ、死んだ魚の様な目で視線を漂わせボソボソと言葉を返していく。

 

 

「どうしたの提督?」

 

「どうしたもこうしたも明日は元老院から来る代表団との会談があるし、明後日は拠点間会議があるんだよ」

 

「あー、うんそうだね」

 

「で、メロン子は来週までキリバスから帰って来ないし」

 

「だね」

 

「電ちゃんはほっぽちゃんから受け取ったデータに対抗心燃やしちゃってラボに篭っちゃうし」

 

「『この資料は電に叩き付けられた挑戦状に他ならないのです』とか言ってたね」

 

「て言う事は、時雨君?」

 

「うん?」

 

「提督このまんまだと明日の会談とか明後日の会議には、カッパ的な髪型で出席しないといけなくなるって事なんだけど……」

 

 

 何のかんのと軍事活動よりは防諜や謀略を用いて勢力を拡大・維持をしてきた大坂鎮守府。

 

 それは言い換えると吉野自身が人と人との間に関係を築き、また情報戦という戦いを繰り広げる事で道を切り開いてきたとも言える日々であった。

 

 

 他者に知られず、そして言質という物が何よりも重要となるその行為は防諜という行為が大前提となる。

 

 扱う内容の機密性が高くなればなる程、厳重に管理された場に於いて直接情報を交わすという行動が必要となり、それらが決定して約束が『契約』として形になる迄は、情報が外に洩れる事を防ぐ為に第三者を含む行為は可能な限り避けなければならない。

 

 そんな活動は自然と通信機器を用いての話し合いを避け、他者を排した状態での直接会話という、極めて原始的で原初のコミュニケーションが最も適するという結論に至る。

 

 

 故に吉野が何かしらの重要案件を関係各所と詰める際は、双方を直接繋ぐ物理的回線か、可能なら相手と差し向かいでの会談という形で行うのが常であった。

 

 そんな中、北極海での活動、太平洋での新海域の開放による影響等、今回行った作戦の結果から導き出されるメリットと正当性という物の説明は、関係各所へ伝え、若しくは根回しを以って行い、それが相手より支持を得る形で話が纏まる迄は、吉野にとっての作戦は未だ続行中と言っても過言では無い。

 

 多面同時進行で行ってきた今作戦の〆の為に行う為の、そんな重要な関係各所との話し合いは当然機密性の高い物となり、直接会話という手段が用いられるのが当然と言えば当然であった。

 

 

 そんな会談を目前に控えた現在、髭眼帯の見た目は頭頂部だけがツルルンとしたカッパヘアーである。

 

 全身の包帯は取り敢えず電の意地が齎した処置による治療で今日明日には何とかなると言う処まで回復はした、しかしそれからは前述の通り電がラボに引き篭もり、また夕張が出張中という状態にある為高速毛生え薬の精製は不可能な現状にある。

 

 それが齎す結果を具体的に述べると、国内経済を回している元締め連中が集い、生き馬の目を抜くが如き舌戦を繰り広げる、そんな会談のテーブルへ着く吉野にはこれからがある意味作戦の本番だとも言える。

 

 それはタヌキだのキツネだのと称される海千山千の者達を相手に行う、正に言葉の戦場であった。

 

 

 そんな戦場の総攻撃を迎え撃つのがカッパ。

 

 

 タヌキやキツネに対峙する者がカッパと言えば、イメージ的には妖怪大戦争という表現をすれば違和感が無さそうに聞こえるが、ビジュアル的にはセレブリティ溢れる上流階級の者達が集う場の中心で、話の主役になる者が某ザビエル風味の海軍中将という、色んな意味でメーな話し合いの場が持たれるという未来予測に辿り着いてしまう。

 

 

「ふむ、まぁその辺りは足し算が不可能な状況にあるので、ここは引き算を駆使して何とかするしかないのでは無かろうか」

 

「……引き算?」

 

「そうだ、軍という組織は幸い強面(イカツいフェイス)という(つら)に於いては推奨される傾向にある業界だ、失ってしまった物の回帰は物理的に困難となるが、逆に言えば今ある物を消失させるのは物理法則に則っても容易い行為と言えるだろう、そしてそれによる結果は軍人であれば違和感が無い物という見た目であれば、何を迷うと言うことがあると言うのだ?」

 

 

 ナガモンにしては珍しく難しい単語を並べて言うそれは、要するにスキンヘッドというスタイル押しの呪詛であった。

 

 

 経済界の海千山千の者達を相手に行う言葉の戦場、そんなセレブリティ溢れる上流階級の者達が集う場の中心で話の主役になる者が、某涙橋の下に建てた小屋に住むおっつぁんの如き海軍中将という、色んな意味でメーな話し合いは、ヘンに見た目の威圧が過ぎれば周りの心象を損なってしまう為、結果としてジョーの代わりにおっつぁんがメキシコから来たチャンプに直接コークスクリューブローを叩き込まれるという、そんな四角いジャングルに叩き込まれるという危険性が微レ存な状況なる危険性を孕んでいた。

 

 

「スキンは……その、出来るだけ避けたいとか、もう何と言うかウィッグ的な何かを用いるしか無いかなと提督思うんだけど……」

 

「提督」

 

「ナニ大淀君」

 

「欧米では前頭部から頭頂部に掛けての辺りがハゲている状態は、『知的な印象を感じるナイスミドル的』ヘアースタイルらしいですよ? ほら、ショー○コネリーやブルース・ウ○ルスがあの手のヘアースタイルなのも、多少薄くなった頭髪をカバーする為に剃って整えているらしいと言われていますし、いっそ提督もその手のスタイルにすればどうでしょうか」

 

「提督ハゲじゃないからね! まだ30代だし! 寧ろここ日本だからそんな侍ハゲはハゲなだけで周りからは見たら知的でも何でもない只のハゲだし!」

 

 

 日本には『取り返しがつかない』という言葉が存在する。

 

 意味を判りやすい表現に置き換えるなら、白いキャンパスに黒を落せば二度と白に戻ることは無く、例えそれに白を塗り重ねても黒は黒のままなのである。

 

 パゲ部位がグラウンド・ゼロを避けた他所なら、若しくは小規模ならリカバリは幾らか可能であったろう、しかし頭のど真ん中かつ広範囲であれは結論は現状維持か、全てを刈り尽くすか手は残されてはいない。

 

 最早パゲ眼帯には1か0しか残されてはいないのであった。

 

 

 そんな鎮守府司令長官のヘアースタイルに付いて、集った者達が真剣な表情で熱い議論を展開する執務室。

 

 そんな場に軽やかなノックの音が四回木霊する。

 

 

 その音に一番ドアの近くに居た親潮が反応し、ドアの向こうの者を執務室に招き入れる。

 

 そこに立つのは大和型一番艦、今回はクルイ近海の定期清掃と、欧州方面に転戦した艦隊の旗艦を努めていたのは彼女であった。

 

 

「臨時編成艦隊旗艦大和、クルイ海域掃討作戦並びに欧州救援作戦の報告の為出頭致しました……が、今宜しいでしょうか?」

 

「あ……ああうん、ご苦労様大和君、取り敢えずこっちは気にしなくていいから、んじゃ早速そっちの報告を聞かせてくれるかな」

 

「了解です、先ずは事後処理関係と調整が中々付かず報告が遅れて申し訳ありません、そしてこちらが今回の作戦内容を纏めた報告書になります」

 

「うん……て、随分分厚い報告書だねぇ、えっとこれは後でじっくり読ませて貰うとして、取り敢えず今何か自分が聞いておくべき緊急の物とかあったりする?」

 

「取り敢えず定期清掃は予定通り終了しましたし、欧州救援作戦の方も欧州連合側との約定を確認して頂く以外の急を要する事案は無いと思います、その辺りは口頭でご確認されるよりも報告書に目を通して頂く方が良いかと思います」

 

「なる程……了解したよ、それじゃその辺りの処理はこっちが引き継いで処理するって事でいいのかな?」

 

「そうですね、では事後の事は引き続きそちらでと言う事で宜しくお願い致します、それと当該救援作戦に於いて、スエズ運河での作戦終了時に現存する艦には合致しない未確認艦との邂逅と、一時的に作戦に同行したヨーロッパ連合所属の艦がそのままこちらに譲渡される事になりまして」

 

「……未確認艦ん? 譲渡ぉ?」

 

「はい、既にその者達は外に待機させておりますのでご紹介はすぐにでも、譲渡艦に関しては報告書へ当該国からの書類一式が添付してあります」

 

 

 首を捻りつつ怪訝な表情をする髭眼帯は、大和から手渡された分厚いファイルをパラパラとめくり、その巻末部分に纏められていた関係書類を確認すると、それに目を通しつつ眉根の皺を徐々に深い物へとしていった。

 

 その書類はフランス語で綴られた物であり、それの発行元はフランス共和国となってはいたが、その後には更にDirection Générale de la Sécurité Extérieure; という表記がされた書類が一枚挟み込まれていた。

 

 Direction Générale de la Sécurité Extérieure; フランス対外治安総局、言わずと知れたかの国最大の諜報機関であり、その書類に記される名には対外治安総局長官の名と共に、戦略局局長の名も併記された状態となっていた。

 

 それは色々とややこしい言い回しが目立つ内容ではあったが、略して言えば、以前鎮守府前島にて接触した工作員の報告を受けて以降、延々と大坂鎮守府への対応を協議した結果、敵対関係では無く利益を共有する友好関係、若しくは共闘を前提とした関係を結ぶ為、対外治安総局主導の下大坂鎮守府に対しフランス共和国に属する艦娘、並びにスエズにて大阪鎮守府が邂逅した艦娘の所有権の譲渡・並びに同鎮守府への所属を認めるという事が書かれた政府発行の書類であった。

 

 

 状況的に艦娘の艦種が少ないフランスにとって、他国へその存在を無償譲渡するというのは本来ありえない決定である。

 

 そんな国益に関わる重要な問題を、艦娘の無償譲渡という形でフランスが行ったというのは善意と言う生易しい考えが元では当然無く、そこには『欧州連合に属するフランス共和国』という政治的立場から来る思惑と打算が絡んだ末の決定が今回の着任劇へと繋がっていた。

 

 現在の欧州連合という物に所属する国々は、艦娘や深海棲艦の扱いに極めて重要なポジションにある大坂鎮守府という拠点に対し、自国の艦娘を着任させ、軍事的に、そして拠点へ関係を持つという事で何かしらの利権へ食い込む素地を残しつつ、同時に軍という組織に対しても同じ程に関係を築くという二面性を保ちつつ、自国の国益維持に努めるという形で日本との関係を保っていた。

 

 たかが艦娘の一人二人と思われるだろうが、この世界では艦娘という存在は深海棲艦という人類の天敵に対する為の唯一無二の存在である、その力を例え少数でも委譲すると言うのは親愛の証と言うより、どちらかと言えば相手に対する大きな貸しとして作用する。

 

 そんな押し付けとも言える手を労して強引に、そして強固に関係性を艦娘という存在を持つというアドバンテージで結ぶ欧州各国。

 

 しかしそんな中嘗ての大戦ではドイツと枢軸国という関係で繋がっていた、そして現在もそれなりに縁がある日本に対して余り良い印象を持っていなかったフランスは他国の様な動きを見せる事は無く、艦娘を要した後も欧州連合の枠組みを第一とした行動を続けてきた。

 

 だがそんな極東の小国は艦娘という戦力を多数要する処では無く、ある時より深海棲艦という敵性生命体をも自軍に取り込み、戦力的に限界と思われていた勢力は更に広がり、今や世界を一本の航路で打通する程に海を支配する小さな大国にまで成長してしまった。

 

 そんな東の島国との縁を結ぶ事を良しとしなかった嘗てのヨーロッパの大国は、現在艦娘の艦種も少なく、国力に於いても軍事・経済共に実行力が伴わないという、欧州連合の中では発言権が極めて低いという現在の立ち位置から脱する事は難しい状況にあった。

 

 しかし日本という国の派閥として成り上がったという大坂鎮守府と関係を持てば、少ない労力とコストで大きな利益が見込める可能性があった。

 

 艦娘という大阪鎮守府が今一番必要とする贄を以って通じ、そして情報というこの鎮守府が持つ一番強力な部分と繋がる。

 

 それは国力が無くとも、情報という最小の手間とコストで直接武力よりも効力を発揮する武器を備えるという考えに基づいた行動。

 

 

 そういう考えがあったからこそ、フランス政府が発行した物の中には対外治安総局からの親書(契約書)が添えられていたのである。

 

 

「対外治安総局長官と……戦略局局長の連名、って事はあちらさんとしてはウチと秘密裏では無く、正式な国家公認の情報協定を結びたいって事なんだろうねぇ」

 

「担当省庁発行の親書が添えられていると言う事は、それを我が鎮守府と結ぶ事によって欧州内に対して関係性をアピールする狙いがあるのでは無いでしょうか」

 

「……大淀君の処には何か連絡は入ってない? 大本営とか辺りから」

 

「こちらから報告した物に対する返答はありましたが、大本営側からその件に関しては現在確認程度の知らせしか来ていません」

 

「んー……軍部を通さず直接的にアプローチしてきて、肝心の軍部が様子見してるって事は、暫くの間は実の動きはなく、取り敢えず今はウチと繋がっとこう的な対外的な部分を優先してる感じと考えてもいいのかな」

 

「恐らく上層部(大本営)とのやり取りはある程度済ませていると見た方が妥当ですね……その辺り確認の為探りを入れてみますか?」

 

「いや、今その辺りの差配は大隅さんがしている筈だから止しとこう、あの人はそういう面でヘタに突かれるのは嫌がる人だから、このややこしい状況で整理も付いてないのにヘソを曲げられて、余計な手間が増えちゃうと後が面倒だし」

 

「それもそうですね、了解しました」

 

「あ、ついでに漣君呼んどいて、ちょっち確認して貰いたい事があるから」

 

「あの……提督」

 

「うん? ああごめんごめん、話に夢中になっちゃって大和君の事ほったらかしにしちゃってたね、で、何?」

 

「外に着任の挨拶をする為待たせている子達が……」

 

「あ!? そうだったね、んじゃ案内してあげて?」

 

 

 こうして以前から水面下で調整されてきた諸々の案件は、突発的に発生した欧州方面の作戦展開を機に新たに大坂鎮守府へ艦娘が着任するという結果を経て、更にややこしい横の繋がりが出来上がってしまうのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 髭眼帯が見る目の前には大和に招き入れられた四人の艦娘が前に立ち、執務机を挟んで対する其々は怪訝な表情のまま言葉も無く互いを見つめていた。

 

 艦娘側からしてみれば、今から会うのはこれから自分の指揮官になるという人物との邂逅であり、少なからず緊張しつつも執務室にINしてそこを見れば、頭頂部がパゲたミイラ然とした人物が執務机にセットされていると言う、そんな想定外の絵面(えづら)が広がる世界があった。

 

 そして髭眼帯(パゲマミー)からしてみれば、おフランスから来た艦娘にボンジュールと挨拶をと思ってたら、その脇には大正ロマン溢れる出で立ちの和風艦娘と、何故かそこに並び立つ大正ドリルがセットになっており、更についでの銀色長髪の駆逐艦が横にチョコンと添えられているというイミフな邂逅があったという状況。

 

 

「春姉さん……あの、もしかしてその……あのお方が?」

 

「えぇ、あちらにおられるのが司令官様ですよ旗風」

 

「なる程、ではあの方がこれから旗風がお勤めさせて頂く司令なのですね」

 

「そうですよ、くれぐれも粗相の無い様にね」

 

「それにしても何と言う……あれは若衆髷をリスペクトしたと言うか、南蛮宣教師を模した髪型と言うか」

 

「司令官様は少し前まで立派な髷を備えておられたんですが、何か思う処があったんでしょう、今はそれをバッサリと落とされ、あの様な出で立ちで公務に就いておられるのです」

 

「もしやそれは……文明開化をされたと言う事ですか!? それは何という英断を……」

 

 

 恐らく妹の為に同伴してきたのであろう春風と、前に居るパゲ眼帯とをチラチラと小動物の如く交互に見る橙色の打掛(うちかけ)を羽織った袴艦娘は、姉の大正ドリルと会話をしていく内に何故か色々と誤解を膨らませ、文明開化だのザンギリ頭だのと小声でブツブツと囁きつつうんうんと頷いていた。

 

 

「あの……申し訳ありません、貴方がAdmiralと言う事でいいんでしょうか?」

 

「あーうん、そうね、自分がこの大坂鎮守府司令長官の任に就いてる吉野三郎です、えっと君は?」

 

「je suis vraiment ravie de vous rencocontrer'admiral お逢いできて……ああうんその、えー……嬉しいです adomiral、戦艦Richelieu、まいります」

 

「まいりますと言う割には、何故かジリジリ後ずさっているのは何故なのかと言うのは聞いてもいいのかな……」

 

「Bonjour! Enchantée. Je m'appelle Commandant Teste. 提督、どうぞよろしくお願い致します」

 

「あ、どうも、えっとコマ……こま、コマンダ……、うん、コマちゃん?」

 

「Commandant Testeです!」

 

「あの、司令官様」

 

「あー春風君、もしかしてその子って君の?」

 

「はい、妹になります旗風です、どうぞよしなに」

 

「司令、神風型駆逐艦、旗風、参りました。お供させて頂きます。よろしくお願い致します」

 

「こちらこそ、吉野三郎です、よろしく」

 

 

 怪訝な表情のままコショコショと話を進めるおフランス娘二人に対して、姉が気安い態度なのだろう割とニコニコと好意的に接する大正姉妹という、温度差のある組み合わせがそこに展開される。

 

 

「あの……あの……」

 

 

 そんな雰囲気の中、何故かおどおどと所在なさ気にする駆逐艦が一人。

 

 その存在の薄さと言うか、ニュートラルが過ぎる感と言うか、押しの弱さというか、その辺りに色々思う処があったのだろう、親潮がそっと彼女の肩に手を置き、優しく微笑み掛ける。

 

 

「……貴女は?」

 

「秘書艦をしてる親潮です、司令に声が掛け辛いんですか? ならお手伝いしますから……頑張って!」

 

「っ! ありがとう御座います! 私……頑張ります!」

 

 

 今一存在感の無かった大坂鎮守府第三の秘書に心の友が出来た瞬間であった。

 

 

「提督、あの、私…… 綾波型駆逐艦……狭霧といいます。お手伝いできるよう、頑張ります」

 

「あ、うん吉野三郎と言います、宜しくお願い……綾波型ぁ? え、芋族……じゃなく、君黒豹さんの妹さん? え? マジで?」

 

「そういう関係で言えば漣さんのお姉さんにもなると思うんですが」

 

「あー……彼女はほら、最初の五人と言う事で立ち位置が特殊と言うか、でも史実的には……うん?」

 

「ややこしいですよね、その辺りどうなるんでしょうか」

 

 

 そう首を捻る親潮とパゲ眼帯に、何とも言えない笑いを向けつつもニコニコとする幸薄そうな駆逐艦。

 

 この出会いは後にアブゥ、親潮、狭霧という、大坂鎮守府では何となく影の薄いと言われる艦達が中心となり、『淡麗娘の集い』という派閥が結成される切っ掛けとなるのであったが、それはまた後日語られる事になる。

 

 

「あ゛ーご主人ざまぁー、なんか御用ですかぁ、漣BFのトナメで徹夜明けなんでチョー眠いんで……って……( ゚д゚)ハッ!」

 

「また君は目の下隈だらけにしてナニシテンノ、て言うかどしたん?」

 

「あ……ああああ姉上('ロ'('ロ'('ロ'('ロ' )!!!」

 

「ファッ!? やっぱ狭霧君と君ってそういう関係!?」

 

「んにゅ~ なんとなくそう呼んどけって心の中で声がしたのですよ、ま、何となくですけどね」

 

「えっと……初めまして? 狭霧と言います」

 

「あー漣でーすよろよろ~ で? ご主人様にご指名を受けたって聞いたんですけど、とりあえずパンツだけ脱いでチャチャッと致しちゃいますか?」

 

「黙れイチゴパンツ、ぶっとばすぞぉ」

 

「この様な場で臆面も無く行為に及ぶなんて……これが、これが近代化改修……いえ、文明開化の齎した弊害?」

 

「今は司令官様への伽に於ける決まり事は色々と話し合っている最中なの、だから混乱しているから多少性の乱れが発生してるけど、それもすぐに収まっていくと思うわ」

 

「……ねぇ提督」

 

「……何かね時雨君?」

 

「いつもみたいに突っ込まなくていいの? 話がどんどん暴走していってるみたいだけど……」

 

「うん、何と言うか今この有様で(・・・・・)提督が色々突っ込んでもさ、ほら、説得力的なアレが……ね?」

 

 

 ドミノ倒しの如く誤解が次なる誤解を生み出す様を見てプルプルするパゲ眼帯に、色んな意味で微妙な表情のままウーンと唸る小さい秘書艦。

 

 そんな二人の後ろから何故かとてもいい笑顔のナガモンが現れ、パゲ眼帯の肩をポンと叩いた。

 

 

 ゾーリンゲンのピッカピカに磨き上げられた剃刀を片手に。

 

 

「では提督、往こうか」

 

「……どこに?」

 

「寮の理髪室だ、既に榛名と妙高、それに加賀と赤城が待機しているぞ?」

 

「ちょっとそのメンツのチュイスには悪意が感じられると言うか、え、赤城君も? ナニソレ先が読めなくて提督物凄く不安なんですが」

 

「その辺りはシてみれば判るだろう? ほら、担いでいってやろう」

 

「待って! また皆で寄ってたかって提督囲んであれこれするつもりナンデショ! ヤメテ! 今リカバリするお薬無いんだからヤメテ!」

 

「戦艦大和。推して参ります!」

 

「横で黙ってるなーって思ってたら何で突然やる気満々になってるワケ!? どうしたの君!? てか今提督のヘアーってチョッキンする余地全然無いの見て判るデショ徹甲乳!」

 

「いやどの道それでは公務に差し障りが出るだろう? ならもう剃るしかあるまい」

 

「剃るだけなのになんで処刑人が五人も六人も必要なワケ!? おかしいデショ!? てかシグえもんヘルプ!」

 

「五人の方とシてみるとは……さすが文明開化を体現するお方は違いますね、正にхорошо(ハラショー)

 

「司令官様は同時に四人を相手にするのも余裕と仰ってられたから、その辺りは心配しなくても大丈夫ですよ、旗風」

 

c'est incroyable(信じられない)……まさか五人同時プレイだなんて、Japonaisは底無しなのかしら」

 

 

 未だこの前の誤解を引き摺ったままの話しが歪んだ形で新任の者達の間に広がり、ナガモンに担がれて執務室を出るパゲ眼帯の後ろをソワソワしつつ皆が付いていくという大名行列がそこに完成する。

 

 

 こうして未だ諸々の事後処理は開始もされていない状態にあったのにも関わらず、着任する者達の挨拶と散髪という、一時間もあれば済ませてしまえる行為に一日を要してしまったパゲ眼帯。

 

 そんな大坂鎮守府はここから更に本来の鎮守府という規模に拠点を拡大する為色々しちゃうのだが、それはまだもう少し落ち着いてからになるのであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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