大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 約束とは事前に取り交わし、そして果たされるべき物である。
 それらは明確にされ、果たせば事は全て成した事になる。
 利害、嘆願、信用、何かしらの事を土台にして交わされるそれは、大抵は利害という部分に寄る物が多く、そして強制力を有した物が多い。
 しかしそれに付随する問題は契約として履行する義務は無く、信用と信頼を排除した約束を交わした場合、大抵それらは無視されるのが普通である。
 例えそれが事前に感知された物でも義務が発生しない限りは放置される、それが約束という言葉が持つ側面でもあった。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/07/30
 一部作内登場兵器の使用に無理がある艦艇等を再考、差し替え致しました、ご指摘頂きました、黒25様有難う御座います。

2017/07/29
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、黒25様、リア10爆発46様、黒25様、有難う御座います、大変助かりました。


戦端

「これは随分とまた……派手な事になりそうだな」

 

 

 ベーリング海北部に浮ぶ大型の島、セントローレンス島。

 

 現在は海に浮ぶ形のそこは、嘗てロシアのチュクチ半島と米国アラスカ本土とを繋げていた、所謂『ベーリング陸橋』が水没し、標高の高かった一部だけが島として残った陸地だという。

 

 東西に140km、南北に25km程のその島は、北から流れてくる流氷を押し留める堰としての役割を持ち、また大陸棚外縁部のアナドリィ海流が運んでくる栄養豊富な海流が渦巻く一大漁場でもあった。

 

 深海棲艦が出現する迄は先住民が1000人程、そして米国の軍関係者が数百人程度しか居なかったが、それも現在は無人の島と化し、島の比較的標高が高い部分には現在放棄された人工物に偽装されたロシアの無人レーダー施設が置かれるだけの島であった。

 

 現在その島の南約150海里程を母艦泉和(いずわ)は東へ向け、浮上したまま速度35ノットで航行していた。

 

 

 大坂鎮守府を抜錨後、髭眼帯(武士)達一団を乗せた艦娘母艦泉和(いずわ)は、当初の目的通り三日後に幌筵(ばらむしる)泊地沖、約80海里に到達、その地点に敷設してある海底ケーブルを利用しての物理通信にて大坂鎮守府へ連絡を取り、クルイ沖で行われる予定の海域定期清掃と、クェゼリン近海の新海域開放作戦の状況を確認する。

 

 結果はまだ実行には至ってはいないものの、クルイ側では既に大坂鎮守府の航空母艦勢が飽和攻撃を始めた段階で、作戦の第一段階の予定は滞りなく終了が予定されるという事であり、クェゼリンでは舞鶴艦隊が集結を完了し、明朝には現地でクェゼリン、舞鶴の大規模な混成艦隊が展開をする為の準備が整ったとの返答が返ってくる。

 

 前者はまだ緒戦ではあったものの、投入される艦隊の攻勢は大和型二人を筆頭とした大坂鎮守府の一戦級の戦力が四艦隊、しかもその中には実際定期清掃の任を長年に渡って勤め上げた"元"大本営第一艦隊がほぼ丸ごと編成された艦隊である、それは余程の事が無い限りは失敗の無い編成であった為に、作戦の開始が予定通り行われたと聞くだけで続報は要らないという状況であった。

 

 そしてクェゼリン艦隊であるが、以前の海域開放海戦から更に練度を増したクェゼリン連合艦隊に加え、それの脇を固めるのは嘗て艦隊本部の中核を担っていた舞鶴鎮守府の、しかも第一から第四艦隊という、数に於いても戦力に於いても過剰と言われる程に投入された混成艦隊であった。

 

 大本営の第一艦隊と度々比較されるその艦隊は、万能性こそ無かったが、それを補う為に常時第一から第四艦隊がセットで動き、その構成員を入れ替え、予備人員を含む30名の艦娘達が現場に合わせて前衛、支援を理想的な編成で戦える様に構成された大艦隊である、動かす為の燃料、弾薬の量が膨大な物になる為腰は重いが、一端動けばそれは海域単位を駆逐する程の猛威を奮う戦力であった。

 

 こちらもそんな過剰過ぎる戦力を投入するとあって、艦隊の展開準備が整ったと準備状況を聞けば、後は結果を聞くまでも無い。

 

 

 この確認結果を以って泉和(いずわ)は完全な無線封鎖を宣言し、一路ベーリング海へ向けて進路を取る事になった。

 

 

 それから約七日、ベーリング海の南西に位置するニア諸島までを深海棲艦との小規模な戦闘を数回でやり過ごした泉和(いずわ)は、深度三桁を超える限界域を潜行しつつ、速度を落としてセントローレンス島南200海里まで接近する。

 

 事前情報によると島に設置されているレーダーは所謂「ロシアン・ウッドペッカー」と呼ばれる旧型のOTH(over the horizon radar)(超水平線)型レーダーが確認されていると情報があったが、隠密性を重要視した為レーダー施設自体は極小規模な物であった為、 ウクライナに設置されている有名な同型レーダー程の性能は発揮せず、米国から送られきた資料によると、その有効索敵範囲は天候にも左右されるが凡そ300から400kmと推測される。

 

 対して母艦泉和(いずわ)に搭載の大型電探(フェイズドアレイ)もほぼ同じ索敵範囲という事もあり、ソナーに警戒しつつ一日を掛けて同島南200海里まで接近、12時間程様子見を兼ねた休息を取り、現地時間〇四〇〇(マルヨン マルマル)を以って作戦開始の為潜望鏡深度まで浮上し、進行を開始した。

 

 

 そしてまだ空が暗い夜明け前の〇四三七(マルヨン サンナナ)、索敵担当の不知火がセントローレンス島北部サオボンガに位置する、嘗て米軍の空軍施設跡地を流用したと思われる、ロシアのレーダー施設から発せられる独特の反復信号を拾い、施設位置の特定に成功する。

 

 また同時に泉和(いずわ)の位置もロシア側は探知したのだろう、数隻の艦船が抜錨し、そのまま南下を開始する。

 

 

 電探情報によるその艦の数は8、恐らく巡洋艦クラスの物と思われる船団は、間違いなく泉和(いずわ)が航行する方向へ向け進むのを確認した髭眼帯は、その艦の足の速さを確認し、付かず離れず、やや遅い速度を指示したまま一路進路を東へと取る。

 

 

 こうしてまだ夜が明け切ってない濃紺の世界を切り裂く様に、大坂鎮守府艦娘母艦泉和(いずわ)と、ロシア海軍の艦隊による追いかけっこが北のベーリング海にて開始された。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「後を追ってくる艦種の特定が終わりました、恐らくコトリン型駆逐艦5を中心に、旧型と思われる大型巡洋艦1、それと恐らくフリゲート級と思われる中型艦が2の艦隊と推測されます」

 

「艦隊規模としてはそう多くは無いね、てかミサイル巡洋艦も配備されてないとなると、この距離では武装が届かないかも知れないねぇ」

 

「どうする提督? 余り勧められたものでは無いが、相手に一発二発は撃たせんと、只追われているだけでは米国介入の理由には弱いのではないか?」

 

「だねぇ、ちょっと行き足(航行速度)を落としてみる?」

 

「あっ……待って下さい、敵艦隊中央の大型艦の特定が出来ました、艦種キーロフ級……ミサイル巡洋艦です!」

 

「なんて!? あっちゃー、これより我が艦はミサイル迎撃を前提に緊急体勢に入る! ぬいぬいは引き続き敵艦隊の動向監視を、古鷹君、米艦隊の現在位置は?」

 

「ノートン湾内……スチュアート島沖北約10海里、我が艦との相対距離は300海里です、位置的にはそろそろロシア艦隊の索敵網に掛かると思われます」

 

「ロシア艦隊キーロフ級及び駆逐艦二隻航行速度低下! その他の艦が突出してきます!」

 

「この距離で核ミサイルの使用は考えられん、だとすると対艦ミサイルか?」

 

「確かロシアのミサイル巡洋艦は潜水艦のVLSをそのまんま流用してたのを乗っけてたんだっけ? なら注水の為の速度低下とみて間違い無いだろうね」

 

「米国艦隊を感知した為だろうな、こっちには発射時間が掛かるVLSを、そして米国艦隊に対しては即時応戦可能な通常ミサイルを使用するつもりなんだろう」

 

「やっぱり退く気は無しか……山風君ドローン射出、望遠映像をメインモニターに、敵ミサイルが射出されたのを確認したら急速潜航、デコイをバラ撒いて回避するよ」

 

「了解……ドローン一番から四番射出、映像……メインモニターに同期、完了」

 

 

 泉和(いずわ)指揮所では其々の持ち場で艦娘達が忙しなく作業に追われる姿が見られ、その横の予備席では長門がメインスクリーンに映し出される映像を睨み、その中に映るだろう変化を見逃すまいと視線を凝らしている。

 

 ロシアのミサイル巡洋艦が装備する発射体の種類は豊富で、作戦に応じて対地対空は元より対艦用、果ては核弾頭を搭載可能の中距離ミサイル等も備える"海のミサイル基地"と呼ばれる艦であった。

 

 またその武装には対潜型ミサイルも含まれており、事前にターゲットを泉和(いずわ)として設定してあったなら、潜行して回避を図ってもその攻撃を躱す事は一筋縄ではいかないと予想された。

 

 

「VLSで発射してくるなら対潜型のクラブ(巡航ミサイル)……だと思う、弾頭は短魚雷か爆雷だから、魚雷に絞って音響機雷を散布しつつ……ソナーホーミングを……ジャミングすれば、そっちは……多分、大丈夫」

 

 

 山風は目の前のコンソールに指を走らせ、モニターに浮ぶウィンドウを幾つも重ねつつ母艦に搭載される迎撃機能を起動しては調整していく。

 

 

「問題は弾頭が爆雷……だった時だけど……」

 

『そっちはこっちが何とかするわ、もし魚雷じゃないのが判ったら艦の限界値一杯で急速潜航と最大船速で海底に向って距離を稼ぐ、ちょっと無茶な機動をするかもだけど別にそれは構わないわよね?』

 

「その辺りは叢雲君に一任するよ、それじゃ全乗組員に告ぐ、これより本艦は敵艦より飛来するであろうミサイルに対して迎撃、及び回避行動に専念する、暫くは立体的な動きが予想される為、其々は近くの座席に体を固定し、艦の動きに備えよ!」

 

 

 今作戦での泉和(いずわ)の役目はあくまでも米海軍の参戦を正当化する為の『餌』である、それ故本来は敵が攻撃態勢に入れば潜行し、敵の攻撃から逃れるのが先ず行わねばならない行動であったが、それでは『ロシアよりの攻撃を受けた為救援を要請した』という事実が出来上がらない。

 

 故に無茶ではあったが先ずロシア艦艇から何かしらの攻撃があった事を確実に認知し、それを記録、それから迎撃・回避行動に入る為の行動に移らねばならない。

 

 ただ何かが相手側から発射されたという曖昧な物では無く、明確に泉和(いずわ)に向けてそれは行われたという事実が必要な為、それは余裕の無い、ギリギリのラインで行う必要があった。

 

 

「敵艦より飛翔体と思われる発光を確認! 垂直から……そのままこっちに向って進路を変えたぞ!」

 

「急速潜航! デコイ射出!」

 

「音響機雷射出……カウント20でセンサー起動、触発信管安全装置……解除」

 

 

 メインモニターはドローンから送られてくる映像が映し出されていた為に景色は変らず、しかし船体は海の底に向けて進む為に体は自然と前に向いて引っ張られる。

 

 サブモニターに映るミサイルの光点は真っ直ぐ泉和(いずわ)に向う軌道で進んでおり、それは間違いなくロシア側から泉和(いずわ)に向けた武力による攻撃に他ならない。

 

 

「っ!? 古鷹……君、米国艦隊に救援要請! 同時に本艦は進路をノートン湾に向け大深度潜行及び最大戦速、現海域を離脱する!」

 

「敵艦よりの飛翔体、一部着水を確認、約半数はそのまま本艦上空へ向けて尚も飛翔中!」

 

「魚雷と爆雷同時攻撃……指向性ジャミングの用意」

 

『下げ舵一杯! バラストタンク注水……ダウン角更に+5度、皆、何かに捕まりなさい!』

 

 

 まるでエレベーターの中に居る様な浮遊感を乗員に与えつつ、泉和(いずわ)は海の底を目指して潜行していく。

 

 機関は最大まで回しており、その速度も相まって急激に暗い海へとその漆黒の船体は沈んでいった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

Rear Admiral(少将)、イズワよりの救難通信を確認、『状況の記録を終了した為本艦は一端ノートン湾へ退避する』との事です」

 

「……現況は?」

 

ASV(対水上艦艇レーダー)にてロシア艦の位置座標捕捉は完了しています、またイズワに向けてASM(対艦ミサイル)らしき飛翔体が発射されたのも確認しています」

 

「結構、ではイズワには委細承知の旨連絡を、さて諸君、随分と待たせてしまったが、いよいよ我がUnited States Navy(米国海軍)が嘗ての領海を奪取する第一歩を踏み出す時がやってきた、深海棲艦が跋扈(ばっこ)して以来、我が国はかの存在に対する事もままならず、海を追われ、生き恥をただ延々と晒してきた」

 

 

 ノートン湾より西へ50海里、そこに展開するのは旗艦アイオワを軸にした15隻の艦艇群。

 

 それは深海棲艦の出現も考慮されていた為航空母艦は含まれてはいなかったが、フレッチャー級駆逐艦7を含め、クリーブランド級軽巡洋艦2、アラスカ級大型巡洋艦2という旧型艦艇が並び、更にはアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦(イージス艦)3が含まれるという、この深海棲艦という仇敵が居る為人類の滅亡を目の前にしているにも関わらず、"人対人"を想定した艦隊が北の海に展開を終えていた。

 

 そしてその艦隊やや後方、他艦よりも空母然とした特徴的な甲板を備えた船、ワスプ型強襲揚陸艦を改装した艦娘用母艦が浮び、これを以って今回セントローレンス島を含むベーリング海域奪還に投入される、米国海軍太平洋(・・・)機動部隊が全て揃った状態となる。

 

 

「守るべき国土から退かねばならず、嘗ての海には理不尽が蔓延(はびこ)り、また盗人がそこに入り込んで我々の国土と共に誇りを土足で踏み躙ってきた」

 

 

 平時からかの著名であった連合軍最高司令官にあやかり愛用してきたコーンパイプを手に、日が昇り掛けた紫の海原に向け、アメリカ海軍の実質的最高位である少将の任に就くこのジョン・バーンスタインという男は静かに、淡々と、しかしそれでも力強く声を挙げ、目の前の海に居るであろうロシアの艦隊に対する積年の思いを口にしていく。

 

 

「しかしその輩を排除して、我々は漸くかの地へと戻る備えをここに整えた」

 

 

 その声はアイオワ艦内だけでは無く、そこに展開する艦艇全てに流されている。

 

 

「では諸君、往こうか……我等が海へ、忌敵(いみがたき)のどれもこれをも蹴散らして、進もう、雌伏(しふく)の時は今この場で終わりである、全艦……抜錨!」

 

 

 長き時を経て、太平洋戦争から今に迄生き残る海竜(戦艦)が海で吠え、ロシアという巨大な敵へ向けて進行を開始した。

 

 

Rear Admiral(少将)……艦娘母艦もこちらに伴って行くのですか?」

 

「ああ、それに何か問題が?」

 

「いえ、それではベーリング海峡付近に確認されたロシアの別働隊に対するのは、イズワのみとなってしまいますが……」

 

「通常艦隊は全てこちらで引き受けた、残るは掃海艇クラスが数隻と、後はJohn(イワン)の要する艦娘だけだろう? ならあの大坂鎮守府なら問題なく排除はするだろうよ」

 

「しかしその情報を伝えていないとなると、彼らは奇襲の形で敵の攻勢を受けるのでは無いでしょうか」

 

「我々の役目はセントローレンス島付近に展開するロシア艦隊を駆逐し、彼らの退避を支援する事だ、それ以外の約束は交わしていない、そしてしなくても良い戦闘に兵を駆り出し、更には整えたばかりの艦娘を消耗させるという行為を行うのは作戦遂行上、ナンセンスな行為だとは思わないかね?」

 

 

 コーンパイプを咥え、紫煙を肺に満たしつつジョン・バーンスタインは眉根を寄せる。

 

 

「最大限こちらは踊ってみせた、後は彼らの問題だよ、副長」

 

 

 こうして数々の思惑が絡んだ海の戦いは一端流れが定まり、其々は己の役割を果していくのだが、吉野達を乗せた母艦泉和(いずわ)がベーリング海峡を抜け、北極圏へ向うにはまだ超えなくてはいけない壁が存在し、それは演習では無い艦娘対艦娘という非生産的な戦いへと発展し、少なからずロシアと日本という国に遺恨を残す事になるのであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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