大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 行動とは始めた時点でほぼ結果は確定している。
 事前に予想し、準備と備えを施す時点で間違いがあれば結果は伴わず、それが完璧だと思っても足りないというのが普通である。
 故に物事は事前に掛ける手間に全力を注ぎ、また実行段階ではそれ以上に注力する事で漸く予想した水準の結果を得られる。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/07/19
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました対艦ヘリ骸龍様、黒25様、forest様、洋上迷彩様、有難う御座います、大変助かりました。


色々な準備と調整と

 

「さてとそれじゃ大体スケジュールが固まったから、各所の役割と行動を今一度確認しておこうか」

 

 

 大坂鎮守府執務棟地下三階。

 

 薄暗い指揮所で吉野は目の前に浮ぶ三つの画面に向ってそう語り掛ける。

 

 

 そこには左からクェゼリン基地司令長官飯野健二(いいの けんじ)大佐、舞鶴司令長官輪島博隆(わじま ひろたか)中将、そしてクルイ基地司令長官日下部栄治(くさかべ えいじ)中佐らの顔が浮んでおり、其々漸く繋がった拠点間直通通信を以っての派閥会議が行われようとしていた。

 

 日本では梅雨が明け入道雲がそろそろ見られるという季節、しかし会議の時間は忙しいクルイに合わせている為画面に映る其々の後ろの明るさはまちまちな絵面(えづら)が映し出される。

 

 そして皆事前にある程度の打ち合わせは終了済みの為に表情はリラックスした物であったが、それでも全員が一同に会しての初の会議であった為に様子見を兼ねているのであろう、口にする言葉は其々少な目であった。

 

 

「先ずはウチの先にある海域の定期清掃ですが、こっちは大坂鎮守府の艦隊が一週間後に開始するという事ですよね」

 

「だねぇ、ウチからクルイまでは通常艦艇で移動、そこからはそっちに配備している轟天号型母艦を借りて抜錨、海域の首魁を叩く流れになる」

 

「既に通常補給の資材と共に攻略用の資源は到着しています、現在は偵察を行っている状態ですが、敵首魁の出現はそちらがこっちに到着するタイミングとそうズレは無いと思います」

 

「もし敵首魁出現が予想より遅れた場合、それまで暫くウチの子達が厄介になると思うけど、その間はそっちの指揮下で通常業務に充ててくんないかな」

 

「了解です、って流石に大和型を筆頭に装甲空母や潜水艦隊を投入する程ウチの業務は大袈裟な物じゃないんですけどね」

 

 

 吉野の言葉に苦笑いの日下部は手元の書類に目を落とし、間近に迫った初の定期清掃(・・・・)の手順と、それに投入される大坂鎮守府艦隊の人員リストを確認する。

 

 武蔵を旗艦に据え、脇を榛名と神通等で固めた第一艦隊、大和を筆頭に航空母艦を軸にした空母機動艦隊、そして球磨、阿武隈、五十鈴と軽巡を多めに配備した水雷戦隊、殿にはゴーヤが率いる潜水艦隊と、今回は深海棲艦艦隊を投入せず、艦娘のみで攻略する為どの程度の戦力が必要なのかを図る為の戦いであった為に、今回の抜錨は飽和攻撃からの電撃戦という、現在軍ではスタンダードとなった戦略と、以前吉野が行った電撃戦とを合わせた形の作戦を行う予定になっている。

 

 今回は長門が別作戦へ従事する為現場指揮は大和が執り、全体の判断は基地司令長官である日下部がする事になっているが、一端抜錨すれば敵海域には通信が届かない為、クルイの役割はあくまで大坂鎮守府艦隊のサポートとしての域を出ない物となっている。

 

 

「それと平行してこちらは輪島君と合同で空白海域の攻略になるか」

 

「ですね、そっちの編成ももう済んでいると聞いてますが」

 

「ああ、ウチの第一から第三を中央に、隣の海域からの警戒及び攻略艦隊の脇は舞鶴が固めてくれる事になっているんだが……輪島くん、本当にこれでいいのかい?」

 

「うん? 何がです?」

 

「いや、今回の攻略だが、この配置だとメインはウチになってしまうんだが」

 

「あー、その辺りは飯野さンの縄張りだ、ウチがしゃしゃり出て荒らす訳にゃイカンでしょ?」

 

「それはそうだが、君はそれでいいのかい?」

 

「問題はないです、そのヘンちゃんとシメちまったら後は本格的に太平洋攻めに移りますし、ウチとしてはそっから本気出させてもらうンで」

 

「なる程、では今回はウチが主役を張らせて貰おうか」

 

「承知しました、ンでもウチが固めてるトコに敵の首魁が流れてきたら遠慮なく食わせて貰いますが、それはいいンですよね?」

 

「ああ問題ない、そうならない様にうちもせいぜい気張らせて貰うよ」

 

 

 飯野と輪島は其々不適な笑みを表に貼り付けながら、歪めた笑いで互いを牽制するという中々に物騒な空気を漂わせていた。

 

 クルイに隣接した海域の定期清掃が行われるのと同時に、以前から海湊(泊地棲姫)に提案されていた、クェゼリン─キリバス間にあった誰の支配下にもない空白海域の攻略は、丁度大本営の認可が降りた為に早急に手を付ける事になっていた。

 

 本来ならクルイの定期清掃が終了し、予備戦力を大坂鎮守府から出せるのを待つのが理想であったが、事は太平洋側の新海域攻略という、ある意味日本だけでは無く同盟国にも影響が出る作戦であった為、余計な横槍が入る前に行動してしまいたいという考えが其々にあった為、少し強引であったがクェゼリン、舞鶴合同艦隊で早期に叩いてしまおうという計画が立案され、それが実行に移されようとしていた。

 

 

「そっちの攻略が済んだらウチの夕張君が海底ケーブルの敷設に取り掛かるのと、キリバス側からは冬華(レ級)君が海域に入り支配化を進める手筈になっていますので」

 

「その辺りが落ち着くまでウチのヤツらを護衛に展開させるンで、それに掛かる燃料弾薬とかはよろしく」

 

「その辺りの物資も先日クェゼリンへ送ったとこだよ、もし足らないと思った場合は飯野さんでも輪島さんでもいいからウチの大淀君まで連絡お願いします」

 

「……って、このリストにある資源量なんだが、これを使い尽くすとなるとこの規模の作戦をもう一度繰り返す事になりそうなんだが」

 

「こっちに送られてくる予定の物資もですね、いいんですか吉野さん? これだけの資材を一気に放出しても」

 

「今回の作戦はどれも失敗出来ない物だし、余った分はそっちで何かあった時の余剰分として使ってもらって構わないですから」

 

「流石にそっち系は強いねぇ、こんな自分の財布が傷まねぇドンパチは久し振りだからさ、今回は思う存分暴れさせて貰うわ」

 

 

 クルイ、そしてクェゼリン両拠点で展開される今回の作戦に於いて、派閥の中心である大坂鎮守府は消費されるであろう物資の全てを提供するという形で全力の支援を行う事にしている。

 

 

 それは派閥として立ち上げ全拠点が動く初の作戦であり、それの成否は対外的な部分以上に内面的に対する意味合いが強い物と吉野は考えていたからである。

 

 各拠点間の繋がり、これからの士気と信用、そして他派閥への喧伝。

 

 全てはこの複数同時に行われる作戦の成否と、その内容によって評価される。

 

 何かあっても全力で支えてくれるという信用を持たせ、派閥としての横の繋がりを強くする、それと同時に軍部には独立した戦力としての形を強く認識させる。

 

 故に出せる戦力は限界に近い強力な物を、拠出する物資は必要量を遙かに越える程の過剰な量を。

 

 こうして今作戦に於いて事前に出来る命一杯を見せる事で、大坂鎮守府は派閥の中心として機能するという証明をしてみせる事に終始する事になった。

 

 

「んで? 吉野さンの出発は五日後だったっけ?」

 

「ですね、取り敢えずは一旦幌筵(ばらむしる)泊地を目指し、そこで各拠点の様子を見て問題無さそうならそのまま北へ向おうかと思ってます」

 

「相変わらず心配性と言うか、君は慎重が過ぎるね」

 

「ですねぇ、吉野さんはもう少し心に余裕を以って行動した方がいいと俺も思いますよ」

 

「ははっ、まぁ今回は拠点四つ、そこに居るモンら全部に対する責任を背負ってるワケだからな、まぁ心配にもなるわなぁ」

 

 

 笑う三者に囲まれ苦笑いで返す髭眼帯は改めて手元の修正した書類を確認しつつ、これからの事に何か穴が無いか更に各拠点の長達と事の詳細を詰め、初の派閥間会議は数時間に及ぶ長時間の物となっていくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「そんで? 明け方まで会議をやって仮眠だけして今はコレ(・・)かよ? ちょっとオーバーワークなんじゃねぇのか?」

 

「私もそう言ったんだけど、提督がやれる事は先延ばししたくないって言うもんだから……」

 

 

 艦娘用出撃ドック、その一角に係留中の強襲潜水母艦泉和(いずわ)

 

 その指揮所では北極海へ向けて抜錨する為に用意された新兵装の最終調整が行われている最中であった。

 

 

 指揮所天井には新たに設置された全天候モニターに映る擬似的画像による空が広がり、艦長席に設置された新たな機器が未だ纏められていないコード類に塗れ、その脇では機械に顔面を押し付けだ形で固定し何やら操作をする髭眼帯と、それをサポートする為脇には夕張が並び、手元の端末を操作しつつ摩耶からの苦言に苦い表情で答えていた。

 

 

「凄いですね……外から見た感じも普通の潜水艦とは違った特殊な形状でしたけど、指揮所は何と言うか……その」

 

「夕張の趣味全開のロマン空間になってんだろ? マジこの床とか壁の謎メーターとか、無駄に多過ぎるモニターと間接照明とか」

 

「前回のクルイ沖海戦では外の状況は殆ど電探系でしか確認出来なかったから、今回はちゃんと水上の様子も視覚的に見れる様なシステムを組んだの」

 

「にしたってグルリと外が見れる形にしなくてもいいだろ? 何だよこれ逆に落ち着かねーって」

 

「任意で投影される部分は調整出来るから大丈夫よ」

 

 

 泉和(いずわ)の指揮所は元々潜水系の母艦である関係上、視認情報の殆どは限定された物しか利用する事は出来ず、それを得る為には浮上しなければならないという弱点を抱えていた。

 

 クルイ近海を攻略する際その部分の不便さが顕著に見られた為、夕張は急遽それに対応する為のシステムの構築を進めていた。

 

 それは指揮所内各所にモニターや映像投影機器を設置し、水中だけでは無く直掩に就く航空機や射出したドローンから得られた映像を同時処理し、母艦の周囲情報をあたかも水上に居るかの如く映し出せる様になっており、更にそれらは全周囲をカバー出来る位置に配置するという徹底した物として完成していた。

 

 そしてこれらのシステムは視認情報の取得という物に留まらず、副次的な装備の実装にも寄与する事になった。

 

 天井全体に映る擬似的な空、そこには今無数の深海棲艦が使用する艦載機が展開し、それらにはこちら側から目標を捕らえた事を示すターゲットロックの赤いマーカーが高速で点灯する。

 

 そしてマーキングされた機体は何か(・・)に弾かれ、堕ちはしないが攻撃態勢を崩して再度旋回コースへ戻っていく。

 

 

 その様を摩耶は眉を顰めて眺め、隣に居る秋月は目を見開いて凝視する。

 

 

「凄い……撃ち漏らしがほぼ無いですし、ロックする優先順位も的確です……」

 

「ああ……確かにな、だけどソイツらを狙う武装がただ追い払うしか出来ねぇ威力しか無いんじゃ、あんま意味無いと思うんだけど」

 

 

 敵機が舞うそこに今度はそれの半数程の味方と思われる艦載機が応戦し始め、画面に映る空は更に混沌とした物になっていく。

 

 防空特化艦と呼ばれた二人はその性故か、そのどれもこれもを目で追い手や指をピクピクとさせているが、視線の先の敵艦載機は味方機との巴戦を繰り広げながらも、それを縫う様に飛来する銀色の何かが敵機のみを的確に叩いていく。

 

 

 

「20mm回転式対空機関砲……威力はそこそこなんだろうけど、結局それじゃ敵機は()とせない」

 

「でも射程圏内に入った敵機の攻撃コースを潰す事には成功していますし、直掩機や私達の援護としては充分成り立つ兵装だと思います」

 

 

 泉和(いずわ)の前後左右其々一機、計四箇所に配置されたそれは、水圧に対応する為機関部の殆どを船体に埋め込んだ形になっており、またそれに伴い薬莢排出が艦内で行われるという問題を解決する為、炸薬を用いず圧縮空気と簡易電磁砲身にて弾体を射出する機構になっており、そして高圧力の配管を集中する危険を排除する為と、加熱する砲身を冷却させる為射出用ライン一本に対し、五本の発射管が高速で回転しつつ接続し、秒間10発の発射レートを稼ぐ事に成功した。

 

 しかしその兵装に込められる弾頭は射出を磁界応力と空気圧とで行う為に、比重が比較的軽いアルミ合金製の弾体に鉄皮膜を施し、中心にはタングステンの芯を埋め込んだ特殊弾頭を装填している為、軽重量故速度に対する運動エネルギーが小さくなってしまい威力が低く、また通常兵装である為深海棲艦に対して殺傷能力を持たない、更にその機構故有効射程距離は僅か600m程と短く、母艦へ飛来する敵機の迎撃に於いてはギリギリの抑止力しか持たない物であった。

 

 更に自動照準が無効化されるという深海棲艦達へ対する照準は、基本アナログ的な物でしか効力を発揮しない関係上、この機関砲の照準は射手が対象に狙いを定め、そして手動でそれをロックする必要があった。

 

 

「……脳圧基準値内、視神経接続は安定してますが、眼底の負荷がもうすぐイエローゾーンに入ります、提督……辛かったらシステムを切り離しますから、余り無理しないで下さいね」

 

「まだ、もう少しは……いけそうだよ、あと少しだけ……」

 

 

 艦長席に据えられた機器は眼科で良く見かける様な、顔を固定して視力を検査する物に酷似した形状をしており、髭眼帯はそれに頭を固定し、その左右にあるガングリップを握り締めて前傾姿勢の形で機関砲の操作を行っていた。

 

 失った左眼は義眼に置き換えられ、それは母艦の火器管制システムと脳を直接繋ぐ役割を担っている。

 

 そして肉眼で捕らえた敵機の情報は脳を通じて電気信号として義眼から母艦の大型電算機へと送られ、手動で行うべきロック操作を視認するだけで完了させる。

 

 

「これって全部司令が目で追ってる情報なんですよね……」

 

「だなぁ、ったくあたしが見る反応より早いなんてちょっと信じらんねぇよ」

 

「一応仕様としては、秋月ちゃんが長10cm砲ちゃんを展開した対空処理能力を目指してますから……でもまだその水準には足りてないですけどね」

 

 

 端末に流れる数字を目で追いつつ、そんな言葉を漏らした夕張の呟きに秋月と摩耶は絶句した。

 

 

 元々長射程で敵機を狙い打つ摩耶と、文字通り肉薄した状態で飛来している敵機を駆逐するタイプの秋月とでは運用上大きな性能の違いがあった。

 

 火力がある代わりに小回りが利かず、精度を追求した摩耶。

 

 速射力とそれに追随出来る様に処理能力を徹底的に突き詰めた秋月。

 

 どちらも防空艦ではあったが、機構面で言えば秋月の方が複雑であり、そして負荷も高い物になっている。

 

 

 それらは艦娘本体だけでは賄い切れず、結果として独立して自立稼動する砲台を展開する事でそれを補う存在になっていた。

 

 

 その対空能力を、処理を母艦の電算機へ依存しているとは言え、結局その情報を拾って命令するのは吉野の動体視力と、脳に依存するという事になる。

 

 例え秋月に及ばなくとも摩耶以上の能力を搾り出すとなれば、それは平均的な艦娘の能力を一部でも人が超えているという事実に行き着く。

 

 

 天井に映る艦載機の数は益々増え、攻守入り乱れたそこには相変わらず狙い打つかの様な銀色の筋が幾条にも流れていく。

 

 

 そんな風景に引き込まれつつあった防空艦二人の耳に、「うああぁぁ~」と夕張からの何とも形容し難い抜けたうめき声が聞こえてきた。

 

 

 何事とそっちを見ると、前傾姿勢の髭眼帯の口からはエロエロエロという空気が洩れると共に、何と言うかアレと言うか、そんな物をゲロっている様と、その横でシステムの緊急停止作業をしているメロンの姿が見える。

 

 

「システム緊急停止ぃ! 神経接続切断及び眼球の冷却開始します! ってああああぁぁ~提督ゲロ! まだカバーしてない精密部品にゲロがぁぁぁぁ!」

 

「お……おい夕張」

 

「んぁぁぁぁ! すっぱい臭いがぁぁぁぁ!」

 

「えええ!? し……司令!? 司令が生まれたてのお馬さんみたいにプルプルしてるぅぅ!?」

 

 

 元々生身である眼球に負荷が掛かるシステムは、停止しても眼圧を下げたり冷却という手間が掛かる造りになっていた。

 

 その為口からエロエロとアレな物質を吐き出す髭眼帯はそのままの姿勢で固定されたまま、ガングリップを握り締めたままプルプルと震えているというカオスがそこに展開される。

 

 

 こうして本職の防空艦二人が戦慄するという形で機能した防空システムは、別な意味で戦慄する形で幕を閉じてしまい、結果としてそのシステムには抗菌素材でコーティングされたアレを吸引システムが付属する事になり、色んな意味で艦長席を物々しい造りにしてしまったのだという。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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