それに当てはまらない物は否とされ、"非"常識と呼称される。
それは確かに多数の者からは理解されない物であるが、正解か不正解かという基準は多数を占める思想を元にする物である為、それは必ずしも真理であるとは言い難い。
極限という状況に置かれ、常識を逸脱した世界にはまた違う理が存在し、それは関わった者でしか理解が及ばない常識が存在する。
それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。
2017/06/06
誤字脱字修正反映致しました。
ご指摘頂きました坂下郁様、forest様、有難う御座います、大変助かりました。
世は世紀末と言われていた頃、西暦にして2000年に後僅かという時代に人類は初めて天敵と呼べる存在と出会い、そして生物としての頂点を追われる事になった。
日本という国の内情で言えば、高度成長期が終わりバブルという好景気真っ只中、それまでのモラルや常識が一変し、先進国と呼ばれる国特有の文化的成熟が形として成り立ちつつあった。
自然を産業に転換し汚染という形で侵食した時代は終わり、環境という物に敏感になった頃、油と生活排水に塗れた内海は少しづつではあったが傷が癒える素地が出来ていた、しかしその矢先に勃発した深海棲艦との終わり無き戦い。
それは生き死にを掛けた物であった為に人の全てを海から遠ざけ、そして一時的にも誰の手も及ばなかった時間が海に訪れた為、皮肉にも人の支配を逃れた10年にも満たない時間は、人が関わったままだと一世紀以上掛けてでも回復しないだろうという水準まで海の環境は改善されるに至っていた。
太陽を反射する
現代では目にする事は珍しい、しかしこの世界の日本ではそこそこ見慣れた風景と言える
空も人の手から離れて久しく、鳥が再び支配する世界となっていた、そこに浮ぶ鉄の鳥──────二式大艇は大柄な機体をゆっくりと旋回させ、紀伊水道南端からの偵察任務から大坂鎮守府への帰投コースへと入ってきた。
通常偵察ならば7500kmを可能とする航続距離は、大阪湾だけでなく西日本全域を周回しても事足りる範囲をカバーし、日が昇っている間限定であったが大坂鎮守府の守りをより強固な物へとさせていた。
「この辺りは風が穏やかだし、波もあんまり無いからすっごく偵察し易いかも」
二式大艇から
大艇より入る景色の青、そして自分の
広げる両手には何も無く、ゆっくりと体を回して仰ぐ空だけがただただ広がる世界、それでも確実に自分は
「まぁクルイに比べてここはのんびりしてるから……って言っても、私達が
「うちらはかもかもみたいに
「ふっふ~ん、周囲警戒は大切なお仕事かも、でもそれ抜きにしてもこの辺りの海は……本当に綺麗かも」
顔に浮ぶ笑顔は少し物悲し気に、そして何処か遠くを見る様な視線を宙へ投げて、ゆっくりと秋津洲はくるくると回る。
例の鯖の
それはスケジュールが中々整わず、そして鎮守府内の整備が頻繁行われている為外出の機会が無かった黒潮と速吸の外出許可と、そしてそれに吉野が同行するという、彼女的に言うなら「あの二人をお散歩に、連れ出してほしいかも」という控えめで、それでも切実な願いだった。
ゆっくりと舞う様にくるくる
大坂鎮守府の北端、海に程近い其処は少し前、初めて黒潮と速吸が大阪湾を見たあの場所だった。
「そんなくるくるしとってよう目ぇ回さんもんやなぁ」
「大艇ちゃんの目で見た景色と、秋津洲の景色が重なってるから気持ち悪くはならないかも」
「あー……確かに艦載機からの景色見てたら割と自分の視界に縛られる事無いから、感覚的な酔いとか薄くなっちゃうよね」
「そう言ゃ速吸も瑞雲とか使えたんやな、あんま積んでるの見た事無かったけど」
「だねぇ、大抵秋津洲とセットだったから、速吸は殆ど補給物資以外積んだ事無かったなぁ」
「そっかぁ……なぁ司令はん」
「ん? 何?」
「もしうちらも病気治って、作戦に出れるよーになったらその辺り速吸とかどうなん? 艦載機とか積む事になるん?」
黒潮が何気なく言った言葉、恐らく無意識から出たそれには今抱えている精神疾患に対するネガティブな物よりも、それを克服した後の自分達と言う未来が含まれていた。
病室という閉鎖的空間では外界からの情報は遮断され、外的要因によるストレスからは開放されるが、自分以外に何も存在しないという環境は逆に自分自身と対話するという事となり、そこから未来へ向けての不安が増大するというリスクが伴う事になる。
状態としては自分という個をはっきりと認識し、先を考えると言うのは病状として初期の危険な状態から脱し、常に薬品の力を借りて安定だけを図る状態から次のステップへ進む段階に入ったと言えなくも無いが、まだ現実としてはその安定期には程遠く、速吸が未だ車椅子を必要としている事からも判る様に、彼女達は未だ投薬による精神の鈍化を以って漸く誰かと会話が可能という状態にあった。
そんな中で吉野へ投げられた言葉。
もし病気が治り、海に出る事になった時自分達はどうなるのか。
その言葉に吉野は返す言葉を持ってはいたが、それを伝えていいのか、それとも曖昧な笑顔と適当な言葉で未来を誤魔化せばいいのか、医療的な彼女達に対する接し方が判らない為に視線は自然と電へと向けられる。
その視線を受けた電は一端考えた素振りを見せ、それでもすぐにいつもの笑顔と、そして首を大きく、ゆっくりと縦に振る事で吉野へ答えを返した。
「……ウチは他の拠点とは違って少々特殊でね、国内拠点ではあるが防衛という任より、誰かを育てる、誰かを助けるそして……」
淡々と言葉を口にする司令長官に黒潮と速吸の視線は集中する、それは自分達が壊れてしまっている事を自覚し、その気は無くとも故郷を捨て、そして先すら見えぬ絶望と不安を抱えた今を生きる為に必要となる支えが、目標とするべき事柄が得られるかもしれないと感じたからであった。
「戦うという面に関しては防衛では無く攻めるという行動がメインになる為、君達も必然的に攻めの一角に含まれる事になるだろうね」
「攻める……」
「ああ、基本的に補給活動に就いてもらうのは確実だけど、ウチでそれをすると言う事は戦略的に大きな意味を持つ、例えば戦艦や空母が一人二人参入しても立ち回りが少々変ったり、戦力的に少し余裕が生まれるというだけに留まるだろうけど、補給艦が前線に加わるとなると話は別だ、補給の為に退く艦が出ないなら戦線に穴が空く事は無くなるし、継戦という面でも段違いな物となる、だから君達が加わるという事は戦略的に大きな変化を
クルイに於ける速吸達の任務、それは広大なエリアを少人数で哨戒する関係上、数を補う目的で移動補給という役割を担っていた為、戦闘域から離れつつ随伴し、それが終了した時点で補給するという安全策を敷いて運用されていた。
しかし第二特務課艦隊は基本抜錨すればそれは海域の攻略を主眼とする物が多く、そして対象は海域の首魁、最低でもFlagship級、これから先の事を考慮すれば鬼・姫級がメインとなる、それを拠点が存在しない海域で相手をすると考えれば必然的に補給作業は戦いの只中で行うと言う事になる。
「もし君達がこの先治療を終えた後ウチに所属を希望するならば、砲雷撃を行わなくても前線で戦う
「戦闘……要員」
「そうだ、それも戦っている同胞の命を握る……相当に責任が重大なポジションになる」
戦いから遠ざけねばならない程の精神的疾患を抱えた者に、それの元凶となった戦場の話をする、それも誤魔化し無しの、遠慮の欠片も無い厳しい内容であった。
本来なら一番避けねばならない話であり、想像させてはいけない未来の姿であったが、それでもその話を聞くこのクルイから来た二人は心を乱す事無く言葉を聞き、そして自分の中へ司令長官が話す現実を染み込ませていく。
車椅子を必要とする速吸の手足には未だ力は篭らなかった、黒潮は艤装を背負うにはまだ妖精との意思疎通すらままならなかった。
それでも黒潮の手は拳を作り、速吸の目にはそれまで無かった光が灯っていた。
壊れた心は彼女達の戦う力を奪ってしまったが、それでも彼女達はまだ艦娘だった、何も見えない未来には絶望しか無かったが、そこに海があれば、戦場があれば─────────
「ははっ……速吸、うちら、戦闘要員やて」
「うん……うん、頑張んなきゃね……」
─────────例えそこに待つのが死であっても、心の支えとなる。
宵闇が空に訪れた遊歩道、黒潮と速吸を病室へ送り届け寮へと至る遊歩道。
そこを秋津洲と吉野は言葉も無く歩いて行く。
其々は違った想い持っていたが、考えを向ける対象は同じだった。
吉野には未だ自分が言った言葉に少しの後悔と、そして苦い物が胸中を占め、その為に暗鬱とした気分を引き摺っていた。
『ウチに所属を希望するならば』
それは即ちあの二人をクルイへは戻さず、この先戦場へと駆り立てる事に他ならない、問われた言葉にただ返しただけのそれは、何故あの時治療が済めばクルイへ戻れると言う事を言わなかったのかという事実。
実際問題としてクルイの現状を鑑みれば補給艦という艦種の必要性は無く、それなら他の艦種を宛てた方がまだ戦略的に役立ちはする、しかし元々一緒に生死を共にした仲間が集うと言うのは精神的な面では大きなプラスとなる筈であり、それらを理由に彼女達をクルイに戻す事も吉野には出来た筈である。
何故自分はその可能性を提示せず、彼女達へ前線の話しかしなかったのだろうと自問を繰り返していた。
そんな髭眼帯の横を歩いていた秋津洲は、寮が視界に入った辺りで突然走り出し、そして10m程行った辺りで足を止めたと思うと吉野へと振り向く。
突然の行動に思考が一時停止し、少し離れたかもかもを見れば、建物から洩れる光に照らされた少女の顔がはっきりと見える。
「提督!」
「……ん? どしたの?」
「今日は秋津洲のお願いを聞いてくれてありがとう! とっても嬉しかったかも!」
「ああうん、いやこんな程度なら幾らでも……」
未だ苦笑いの吉野の視界には、後ろ手に腕を組み、こちらに笑顔を向ける水上機母艦の姿があった。
その顔は、飛び切りの笑顔と、弾けるような声色と、そして
「黒潮と速吸を救ってくれて……とってもとっても……嬉しかったかも!」
何故か頬を伝う涙が見えた。
請われるまま同行し、聞かれた事に答えただけだった、それは単に流されただけとも言えた行動だったが、この少女が最後に言った言葉、それを聞いて漸くこの髭眼帯は自分が彼女達に対して何故可能性を狭めた言葉しか伝えなかったのか、どうしてそうしたのかを理解した。
嘗て自分が初めて部下として邂逅した少女。
黒髪お下げのあの小さな少女。
彼女も足掻き、苦しみ、それでも渇望したのは海に立ち続ける事だった。
それは未だ変らず、そしてどんな姿になってでも今の自分に後悔をしていなかった。
その姿とあの二人を無意識に重ね、そして艦娘という彼女達の、部下として接してきた者達の生き様という物に触れてきた今までの時間が自分にあの言葉を言わせたのだと理解した。
それは他者には理解出来ない、提督という存在でなければ言う事が出来ない物なのだとこの時吉野は初めて自覚した。
艦娘を死へと誘う者、端から見れば無慈悲な存在、しかしそれは艦娘という者達との間に心と芯が通った提督という者達しか口にする事が無い
そしてそれを聞く艦娘達はしかし、その呪いとも取れる強烈な言葉を通じ自分の存在意義を感じ取り、心の支えとしているのだと。
こうして髭眼帯は、これからから携わる大仕事を前に、漸く本物の提督としての自覚と、諦めを心に刻んだのであった。
誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。
また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。
それではどうか宜しくお願い致します。