大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 夢とは適える為にあるのでは無く、そこへ至る道を歩む事にこそ意味を見出す物もある。
 辿り着き目的を果たしたとしても、振り返り、歩いてきた道に後悔があるならそれは望んだ場所では無いと感じる時もある。
 結果を残し後悔するか、道半ばで満足するか、最後という視点から見れば何故か後者の方に納得を持つと云うのも人生とは言えないだろうか。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/06/06
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


目指す場所と至る道

 髭眼帯は真面目な相で席に着いていた。

 

 目の前にはニコニコとした金剛姉妹四女ネキが頭にコック帽を被ってメガネをクイクイしており、右を見ると海湊(泊地棲姫)が首にナプキン装備で待機、左を見るとムチムチした神威が座っている。

 

 大坂鎮守府艦娘寮大広間。

 

 現在そこには吉野を中心にした三人が長テーブルに座り、鎮守府所属の艦娘達が作った料理を試食中というちょっとしたフェスが開催されていた。

 

 吉野の前には審査委員長という札がおっ立ち、壁には『海の味覚会』という垂れ幕と、幼稚園のお遊戯会染みた紙飾りが折り紙的なアレで作られてエアコンの風にゆらゆら揺れ、更にそこに集う者たちは皆お料理する時に着用するエプロンだの割烹着だのを装着し、パーティションで仕切られた部屋向こうで自慢の料理を作っている最中である。

 

 何故こんな事になっているのかと言うと、昼に発生した居酒屋鳳翔での美○しんぼ的な話が球磨の口より青葉に伝わり、更にそこから色々と伝播していき、最終的に夕食の時間には何故か『海鮮を使った料理を発表して一番になった者には提督から豪華商品が与えられる』という訳の判らない話に膨らんでしまい、調理場での"危険物取り扱いの監視"に鳳翔・間宮という二人を置き、審査員に海湊(泊地棲姫)、そして何故か神威を据え、髭眼帯が審査委員長という布陣で艦娘達の手料理を食すという会が執り行われる事になった。

 

 話の流れ的に、恐らくは伝言ゲーム的に海湊(泊地棲姫)と提督の昼食会の話が流れただけという事実があるだけなのだが、その伝言ゲームの一人目が球磨→青葉という致命的なルートからであった事と、関東炊きというインパクトの話がメインであった為、その話が青葉から比叡に話が伝わった時点で色々と手遅れとなってしまい、比叡から間宮の耳にその話が入った時点でこのフェスは確定となってしまっていたらしいのである。

 

 一応の建前として、食材の殆どが海の物をメインにという限定された料理で美味しい物を作り、そのレシピを海湊(泊地棲姫)に持ち帰って貰おうというのが大坂鎮守府料理会二大巨頭の一人、間宮の考えであったが、その心温まる気遣いが何故髭眼帯からのご褒美に繋がるのか、そしてどうして大坂鎮守府料理会二大巨頭の二人が"危険物の監視員"として料理をしている者達を監視しなければならないのか。

 

 そんな色々な突っ込み処を含んだ会は突然開催され、審査委員長である吉野は流されるまま席に着いていた。

 

 

「先ず料理のコンセプトと説明を致します」

 

「あ……ああうん、てか霧島君、これ……」

 

海湊(泊地棲姫)さんはそもそも米国の生活スタイルを基にした食生活を送っており、事前のリサーチではパン食がメインとお聞きしました」

 

「うむ、そうだな」

 

「そして今回の会に於けるテーマは海鮮系の料理と言う事で、その辺りの事情とテーマを盛り込み、更に和風テイストを織り込みながらもお手軽に作れるというコンセプトで考えた結果がこれ、『焼きサバパン』です!」

 

「焼きサバぁ? 焼きソバじゃなくて焼きサバぁ?」

 

「コッペパンやバゲットを多く食すと事前にお聞きしていましたし、サバはあの辺りでも頻繁に獲れると聞き及んでいます、そして調理も塩ファサーして焼いて挟むだけですのでお手軽と言う事でどうかと」

 

 

 髭眼帯の前には付け合せにプチトマトとサニーレタスのサラダが添えられたコッペパン的なブツが一つ。

 

 それは縦に切り目が入れられており、中には焼きたてホカホカの塩サバがINされたドック的なスタイルで供されている。

 

 見た目にはコッペパンに塩サバを挟んだだけというヒネりも無いアレに髭眼帯は怪訝な表情で首を捻っていたが、そんな審査委員長の脇では既にムチムチ給糧艦のムチムチが焼きサバパンに齧り付いてモグモグを開始していた。

 

 

「名前がシャレという安易なネーミングと、見た目のインパクトを前面に出してゲテモノ的な演出をしていますが、焼きサバの魚臭さを打ち消す為に少量のキャベツと刻みタマネギを仕込み、更にはレモンの絞り汁と塩麹(しおこうじ)でちゃんとパンとのバランスも取ってある、これは……トルコ式サバサンドを和にアレンジしつつも計算され尽くした見事な一品だと思います、はい」

 

「流石食のムチムチソムリエール……トルコ式サバサンドを知っていましたか……」

 

「何か始まったよ!? 何トルコ式て!?」

 

 

 目を閉じ焼きサバパンをモグモグするムチムチソムリエールの前では、コック帽を被った例のメイド服着用の霧島ネキがメガネをクイクイするというグルメ的ワールドを展開していた。

 

 

 髭眼帯と海湊(泊地棲姫)をそっちのけで。

 

 

 そんなグルメ空間に割り込む形でカラカラと音を立て、何かを乗せたワゴンをポイヌとぜかましが押してくる。

 

 それに乗っかるのはペカーっと銀色に輝くクロッシュ()で隠されたブツ、それはちょっとお高いレストランで見たりする料理的な雰囲気を醸し出していたが、今髭眼帯達が居る場所は艦娘寮の大広間であり、作ったのは恐らく料理を持って来たポイヌ(夕立)と島風である、吉野的にそれは雰囲気に期待感が高鳴るというよりも、色々な警鐘が高鳴る絵面(えづら)であるのは言うまでも無い。

 

 

 スッと取られる銀のクロッシュ()、そこから現れたのは真っ白なドーム状の何か。

 

 

「サバの塩釜焼きっぽい!」

 

「をうっ!」

 

「鯖のぉ? 塩釜焼きい? 鯛じゃなくてぇ?」

 

「鯛じゃなくて鯖ならキリバスでも獲れるって聞いたっぽい! だから鯖を塩釜焼きにしてみたっぽいっ!」

 

「をうっ!」

 

 

 ドヤ顔で料理を紹介するポイヌ(夕立)の隣では、ぜかましがリボンをピクピクさせて首をうんうんと縦に振っている。

 

 そしてその前には色さえ違えば古墳染みた形のこんもりとした塩の山、それは日本料理の技法の一つ塩釜焼きと呼ばれる調理法であり、塩に卵白を混ぜ込み食材を包んで焼き上げるという事で熱を通すという、焼きと言っても蒸し料理に近い調理法である。

 

 その調理で仕上げられた食材は、自身に含む水分が適度に熱へ変換されふっくらと仕上がり、また熱が全面からゆっくりと浸透する為固くならず、更にはほんのりと淡く塩味が付くのが特徴となる。

 

 そんな食材を包む塩の固まりは、調理後は通された熱と卵白が作用しカッチカチに凝固してしまう為、中の食材を取り出す際は木槌等でカッチカチの塩を砕く必要がある。

 

 白いカッチカチの前でスイっと構えを取るワンコメイド服姿のポイヌ(夕立)、イヌミミをピクピクさせつつ左前でやや腰を落とし、軽く握られた拳を握ったり開いたりしながらシッポをフリフリさせてリズムを取り、呼吸を整えてそれを睨む。

 

 吉野は思った、何故お料理発表会という場の審査委員長の前でこのポイヌ(夕立)はそんな格闘技染みた空気を醸し出しているのか、そして何故ぜかましはさっきから『をうっ』としか喋らないのだろうかと。

 

 

 突き出される手刀、それは地を蹴りそこから発生した力を膝、腰という下半身の捻りにシッポの遠心力を加えた為慣性を増大させ、それは勢いをままに肩、肘へと収束されていき、夕立という艦娘の目一杯を手刀へ乗せて目の前の獲物(塩釜)へと突き刺さった。

 

 

「ぽいっ!」

 

 

 砕ける塩塊、飛び散る破片。

 

 それは室内を照らす照明の光を反射し、キラキラとした幻想的な世界を垣間見せる。

 

 

「イッタァァイ目ガァァァァ!」

 

 

 そしてそのキラキラは髭眼帯の顔面へ(つぶて)となって降り注いだ。

 

 

 椅子から転げ落ち、ゴロゴロする髭眼帯の両隣ではそんなポイヌ(夕立)の演出によるイリュージョンを見たムチムチソムリエールと海湊(泊地棲姫)が目をキラキラさせて拍手をするというカオス。

 

 周りは塩まみれというアレな惨状であり、その脇では提督がゴロゴロするという色んな意味でヤバい演出ではあったが、一応それは食す者達の大半の満足度を満たすという結果へと至った為、拍手を以って焼きサバ(塩釜焼き)は皿に盛り付けられていった。

 

 

「ふむこれは……淡く塩味が付いていて、蒸し料理に似た、しかしそれよりも身がしっかりとした食感に仕上がっている」

 

「添えられたソースは塩麹(しおこうじ)をベースにレモン汁が入れられた物でしょうか、このソースが鯖の臭みを打ち消しつつも旨みを引き出し、魚という淡白な食材の味わいを深めていますね、はい」

 

「ぽいっ!」

 

「をうっ!」

 

 

 痛む目をしばたかせつつ席に着く吉野は思った、塩麹(しおこうじ)にレモンIN、それは霧島ネキのサンドと味が被っているのでは無いかと、そして島風はさっきから「をう!」と言うばかりで料理に関わって無い気がすると。

 

 

 そんな生まれたての小鹿の様にプルプルしつつ突っ込みの言葉を口にしようとした髭眼帯の目に、今度は盆に何かを乗せた物を運ぶ飛鷹と隼鷹コンビが見える。

 

 それはイズモマンが淡い赤系統の鯉を染め抜いた、そしてヒャッハーは爽やかな青紫を基調とした紫陽花(あじさい)柄の着物の上から割烹着という落ち着いた姿に見せ掛けて、何故か左右に恥骨付近まで切れ込んだスリットという格好であった為に髭眼帯は言葉を失っていた。

 

 元々は貨客船を改装した船であった為か、意図すればそれなりに美しい所作を見せるという姉妹はしゃなりしゃなりと料理を運んでくるが、それと共にヒラヒラと裾が泳ぎ、元々ヒップ的な部分が立派で着物映えする肢体が艶かしい腰下は、何故か足元が白い足袋という組み合わせだった。

 

 

「海の味覚という和の縛りがメインの料理だけど、折角日本に来た客にお出しする料理という事で少し凝った料理にしてみたわ」

 

奉書焼(ほうしょや)き、中身は塩麹(しおこうじ)に漬けた鯖に銀杏と海老、しめじに三つ葉ってベタな組み合わせになっててパンとかに合うかどうか微妙な料理だけどさ、飯とコイツ(・・・)にはもってこいの逸品だぜ?」

 

 

 ウインク一つ、ヒャッハーさんは杯をクイっと煽る仕草をしつつ料理の説明をする。

 

 

 奉書焼とは上質で滑らかな和紙で材料を包み、食材を蒸し焼きにする調理法である、一般的にはホイルで食材を包んで焼くのに似た形の見た目をしたそれは、家庭料理としては余り出ない物であった。

 

 調理に使用される奉書は通常の和紙とは少し異なり、葵科の植物の根や白土を練り込み厚みと強度、そしてきめ細やかさ増した物であり、古くは公文書を(したた)める為に使用されたり、現在は神道の祝詞用等として広く使用されている紙である。

 

 

「奉書には香り付けで日本酒を振りかけて、食材を硫酸紙・奉書の順で包んで塩と卵白で目張りするの、そうすれば中身は蒸し焼きになって食材の旨みは逃げる事が無くなるのよ、さぁ日本の海と山の幸をご堪能あれ」

 

 

 なる程陰陽系空母なら奉書という繋がりでそれを用いて調理したかと吉野は思ったが、結局それの中身は鯖の蒸し焼きであり、更には塩麹(しおこうじ)というテイストはもう重ね過ぎなのでは無いかと思った。

 

 

「あ、食う時は柚子を絞って掛けるとうまいぜ?」

 

 

 それはレモンが柚子にすげ変っただけで、柑橘系+塩麹(しおこうじ)の鯖料理が三度被ってしまった瞬間でもあった。

 

 

「ほぉ……これはさっきのともまた違い柔らかく、それでも色々な食感と味が楽しめる料理だな」

 

「ほんのり香る日本酒の風味に、材料の味を塩麹(しおこうじ)がしっかりと纏め上げていますね、はい、それに……このほのかに感じる甘みは栗でしょうか? ともすれば一本調子になりがちな蒸し料理を複雑な物へと変化させています」

 

「栗を刻んだ物を僅かに塩麹へ混ぜ込んだのだけど、それに気付くとは流石食のムチムチソムリエールね」

 

 

 手が込んだ物であってもそれは塩麹(しおこうじ)IN鯖料理では無いのか、最近の艦娘界では塩麹(しおこうじ)がトレンドなのか、そして神威が何故ムチムチソムリエールと呼称されているのかと怪訝な表情の髭眼帯の前では既に何か料理を作ったのであろう艦娘達が、相変わらずの明石セレクションのクッキングユニフォームに身を包み、しゃなりしゃなりと料理を運んでくる姿が見えるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「鎮守府という限られた場しか見れないと聞き色々と残念だという印象が先にあったが、振り返ると期待以上の物を堪能させて貰ったよ」

 

「それは何よりでした、本来なら日本という国を生で見て貰えたら良かったんでしょうけど、その辺りは中々……」

 

 

 執務棟屋根上、海湊(泊地棲姫)が来襲した時初めて会談したそこは、本人が意外と気に入ったのかまたしても静海(重巡棲姫)のセットしたテーブルを挟んで吉野と海湊(泊地棲姫)が差し向かいでコーヒーを口にしていた。

 

 結局お料理発表会はあのあと怒涛の塩麹(しおこうじ)祭りへと発展してしまい、メインの具材もシーフードと言っていた筈が鯖まみれという惨状になってしまった為審査は困難を極め、結局何故か優勝は最後の〆にと鯖の塩麹(しおこうじ)レモンアイスを出した秋津州が掻っ攫うという結果となり、ご褒美は後日授与される事になった。

 

 

「正直な処、今でも私は艦娘やニンゲンは好きになれんが、ここの者達にはその部分の(わだかま)りは余り感じなくなった、その点だけでもここに足を運んだ甲斐はあったと言う物だ」

 

「まぁ何のかんのと結局はこっちの諸々を静海(重巡棲姫)さんから聞き、この先海湊(泊地棲姫)さんがどこまで関わるかの見極めをするつもりだったというのは途中からなんとなーく見てて判りましたけどね」

 

「だからヨシノンはこちらと艦娘の間には割り込まず、敢えて任せるが(まま)にした訳か」

 

「えぇ、ヘタに自分が介入して不自然な関係を築くよりも、実態を知って貰って海湊(泊地棲姫)さんなりの答えを出して貰った方がいいんじゃ無いかと思ったので」

 

「その辺り艦娘達も弁えていたな……主を立てる為に歓迎する部分は素直に見せつつも、警戒という部分はきっちり線を引いてこちらを伺っていた、ある意味嘘の無い対応を見せて貰う事になったと私は感じている」

 

 

 満足気にコーヒーを口にし、大阪の夜空を堪能する海湊(泊地棲姫)を前に、吉野も無言で付き合っている。

 

 双方には友好や融和という関係性は今も築くつもりは無かったが、腹の内は見せ、そして本音を言えるだけの素地は出来たという考えはあった。

 

 少し極端な、そして歪な関係ではあったが、それは殺し合いという物を含んだ敵対ではなく互いの価値観を知った上での話しである為、ある意味での信用という物を互いに認識した物とも言える。

 

 それは何より互いの関係を繋ぐ役目の冬華(レ級)を海域の首魁に据えるという、海湊(泊地棲姫)の考えが物言わぬ答えとなっていた。

 

 

朔夜(防空棲姫)君に聞きましたよ、北に居るのは誰なのかと」

 

「そうか、まぁあれに相対した者は恐らく我々"原初の者"だけだろうからな、朔夜(防空棲姫)自身も話ししか知らない筈だ……あれはヨシノンに何と言っていた?」

 

「北の賢者、全てを捨てた者、絶無に身を置く者と」

 

「……そうか、あれは本来全ての海の内半分程を手に入れた者だった、しかしある日突然その全てを投げ捨て極北へ引き篭もった」

 

「テリトリーは極僅か、しかしそこへ足を踏み入れれば誰も戻って来れないという話でしたが」

 

(まさ)しく、あの縄張りに理由無く足を踏み入れたのなら私達でも間違いなく命を落すだろう、しかし何事にも例外はある」

 

 

 遠い目で暗い海を眺める海湊(泊地棲姫)は手にしたカップを一端置き、吉野を真っ直ぐ見据える。

 

 それからは感情は読み取れないが、少なくとも楽しくは無い様にも見える。

 

 

 そんな不思議な色を見せる深海棲艦の王は、伝えるべき話とそうでない部分を己の中で整理しつつ、それでも微妙な部分がある事に苦笑するが、もう話はしてしまったとその曖昧さを飲み込みながら、目の前の男に伝えるべき物に付いて話し始めた。

 

 

「お前が私の元へ訪れた時に座乗して来た舟と、あの時雨という者、そして目鼻が聞く艦娘、不知火と言ったか……この者達を率いていくなら死ぬ事はあるまい」

 

「その組み合わせに何か意味が?」

 

「不知火という艦娘に関しては単純に何も目印が無い北極の地で迷う事無く進む為の手段として、後の舟と時雨だが……恐らくお前がその二つを伴って行くならあれも……北方棲姫も取り敢えずは相対する事だろうよ」

 

 

 この時点で海湊(泊地棲姫)の中では確信めいた理由が存在していたが、それは敢えて伝えず、それでも吉野へは北へ行けとだけ言葉にした。

 

 この時点でその理由は海湊(泊地棲姫)以外知る物では無い事実だったが、後に吉野は北での邂逅を経てそれらを含む全てを知り、納得する事になる。

 

 

 

「しかし何で自分へその話を伝えるんです? 自分的にはその辺り余り人へ伝えるのは海湊(泊地棲姫)さん的に好ましくない類の物じゃないと思うのですが」

 

「ああ確かにな、必要以上の情報をニンゲンにくれてやるのは余り良い気はせんし、それが元で我々には良くない事が起こるかも知れん、しかしヨシノンは自分の目指す先を、そこへと至る最短となる道を、私との関係と天秤に掛けた上で選択し……それを捨てただろう? なら私もそれに応えねば不公平だと思ってな」

 

「んと、別に自分はそんな事した覚えは……」

 

「嘘を付くな、お前なら以前私が話した内容に含まれる事実に気が付いていた筈だ、それでもその事実を除外してニンゲンと艦娘、そして深海棲艦の関係を成り立たせようとした……その為に寿命と言う不可避のリスクを被って、至るまでの道を閉ざした」

 

 

 海湊(泊地棲姫)の言葉に吉野は苦い色を滲ませつつ、返す言葉を飲み込み頭を搔いた。

 

 それは嘘で誤魔化す事も出来たが、それは相手を思って付く嘘であろうと相手からしてみれば余計なお世話になる物だと言う事は、つい最近鳳翔の言葉から学び取ったばかりであった為、結局無言の肯定という少し中途であったが、相手へ見せる誠意としての姿勢を見せる事になった。

 

 

「深海棲艦とは死しても繰り返し黄泉還る事を約束された存在だ、しかしその中にも例外は存在する」

 

「えぇ……もし全ての深海棲艦が同じ生態であるならば、何故貴女と争い死んでしまった"原初の者"は黄泉還らず、今もあの海域は主の存在しないテリトリーになっているのか……」

 

 

 現在深海棲艦に対する生態はここ数年発覚した新事実を元に、人類にとって絶望的な状況にあると知らしめる物になっていた。

 

 それは存在する有象無象は殺す事が出来ても暫くすれば黄泉還る、輪廻という思想を現実として背負う存在であると言う事、そしてそれは艦娘をも取り込み拡大する可能性もあるという物。

 

 それは現在に至るまでの事案により事実と確認されてはいたが、吉野は一部それと合致しない事実があるのを掴んでいた、それを齎したのは他の誰でも無い海湊(泊地棲姫)本人の、何気無く発した一言だった。

 

 嘗て初めて彼女と邂逅した時、その時に聞かされたキリバス周辺海域の状況説明の際、彼女は吉野へ隣接する北側海域の主は

 

 

『昔あの辺りをテリトリーとしていた者は不幸な事故(・・・・・)で亡くなってしまった』

 

 

 と伝えていた、それは自分との抗争で相手を殺した事をぼかした言葉であり、同時にそれ以来その存在が復活していない事実を示していた。

 

 

「それは何かしらの条件が整えば深海棲艦……少なくとも貴女達"原初の者"は死滅するという可能性を示唆する物であると自分は認識しています」

 

「……だろうな、私も言った後でその意味に気付いてしまったが、それを撤回すればより嘘が際立つと思いそのまま流したが、お前と言うニンゲンを知り、付き合いを深めていく段になりその辺りは既に認知されているだろうと確信を得るに至った、しかしそれを知ってもお前は自分の進むべく道に深く関わるその事実を廃し、敢えて元艦娘という深海棲艦を鹵獲するという道を選んだ」

 

 

 自分の言う言葉に何故という感情を乗せ、そして

 

 

「私達を駆逐すれば……残りの居付き達(・・・・)は縄張りから出なくなる、それで人類は絶対安全圏を得る事になると言うのに、何故お前はその道を選択しないのか、そうしない為にお前は人として残された寿命を全て費やしても、自分の目的を果せない事を知っていて、何故だ」

 

 

 核心となる言葉を深海の王は苦々し気に口から吐き出した。

 

 

 そんな詰問にも似た言葉に髭眼帯は暫し考える素振りを見せ、しかし最後は極いつもの食えない表情と、あっけらかんとした口調で深海の王へ答えを返す。

 

 

「もし深海棲艦が人の脅威では無い存在に成り下がればまた人は同族で殺し合う歴史を辿るでしょう、そして艦娘はその道具に使われ、もしかしたら深海棲艦でさえそれに利用される事になるかも知れない、それは今よりも不幸な世界じゃ無いですか?」

 

「それはニンゲンに取っては生存を保障された、安穏を得る世界では無いのか?」

 

「違いますね、全ての物を掌の上で転がし、命を(ないがし)ろにする……そんな腐った世界、あって良い筈無いでしょう? それに……」

 

「それに?」

 

「自分は海湊(泊地棲姫)さんとこうやってコーヒータイムするの、案外気に入ってるんですけどね?」

 

 

 最後は取って付けた様に、それでも何故か嘘では無いと感じる一言を聞いて苦笑の色を見せた深海の王は、最後にそうかと一言呟いて溜息を吐いた。

 

 

 

 その言葉を最後に暫く互いは無言でコーヒーを楽しみ、執務棟の屋根上でのコーヒータイムは終わりを告げる事になった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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