大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 手直し再掲載分です。

 何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


妙高型一番艦
宇宙な武装事務員


「妙高型重巡洋艦、妙高です。最後の日まで、共に頑張り抜きましょう」

 

 

 いつもの如くいつもの場所で。

 

 大本営執務棟2F、第二特務課事務室内の休憩用ブースにて、この日新たに同課に着任となった妙高型一番艦重巡洋艦妙高がそう挨拶を口にする。

 

 

 最初から備え付けだった応接セットは撤去され、着任予定の艦娘全員+2名程が座れる程のソファーに差し替えたそこは、三人掛け×2と一人掛け×2の椅子を配置している。

 

 現在妙高が三人掛けソファーに一人で、向かいには吉野三郎中佐(28歳独身ポテチうす塩派)が座り、その左には秘書艦時雨、右には榛名と云うサンドイッチ状態で向かい合っている。

 

 

 この休憩ブースで行われているのは、新しく着任した艦娘に対して行われる面談と云う名のレクリエーションであるが、三対一と云う妙に偏った配置の座り方を部外者が見れば圧迫面接に映りそうな気がしないでもない、……が。

 

 

 その裏山サンドイッチのある意味具である吉野の顔は、苦悶の表情に染まっていた。

 

 その視線の先にあるのは透明な三本の瓶、中に入っている液体は左から青、黄、赤の鮮やかな色を放っている。

 

 

 この"いつもの"面談の際は、吉野の個人的嗜好の一つ、新任の艦娘に対する毒飲料のテイスティングが行われる場でもあるのだが、今回はいつもと違っていた。

 

 

 それは"いつもの如く"時雨が冷蔵庫から数々のブツを取り出そうとした時に、ソファーでニコニコしていた妙高が発した言葉から始まった。

 

 

「吉野中佐のお噂はかねがね伺っております、何でも非常に珍しい飲み物に傾倒しておられるそうで……」

 

「え? あ、うん珍しい?…… うん、まぁ珍しいのかな?」

 

「はい、実は私の大好きな飲み物もその…… 周りの方には余り受けが良くないみたいで……」

 

「あ、妙高さん何かリクエストあれば教えてくれるかな? ここの冷蔵庫には大抵の物は揃ってるし、絶版品なら明石さんに相談すれば手に入ると思うから」

 

「そうなんですか? 岩川から離れてしまったので補充はどうしようかと思ってたので助かります」

 

 

 

 そう言いつつ妙高は袖口からガラス製の瓶を三本取り出し、吉野の前に並べる、瓶一本当たり350mlのそれは当然袖の中に納まるハズは無いのだが、その辺りはもはや様式美なのだろうと吉野は愛想笑いで流しておく事にした。

 

 ……が、その笑いは並べられた瓶を見た瞬間凍りついた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「今日はそんな同好の士である吉野中佐に、私の大好きなこれを飲んで頂こうかと思いまして、丁度三種類ありますし、皆様でどうぞ」

 

「……ギャ……ギャラクシーだとぅ!?」

 

 

 青、黄、赤と云う信号機のそれと同じ並びで置かれた瓶のラベルには、某スターウォーズに出てきそうなマシンが描かれており、原色を放つ中身と相まって独特の雰囲気を醸し出している。

 

 

「綺麗な色してますね~」

 

「ほんとだね」

 

「綺麗な色してるだろ?…… これって炭酸飲料なんだぜ?……」

 

「え? どうしました提督? 随分震えてらっしゃいますけど……」

 

「榛名君、時雨君…… 青1号、黄4号、赤2号、どれがいい?……」

 

「え? その数字は何なのかな?」

 

 

 吉野が言った番号はこの炭酸飲料に混入されている合成着色料の名称である、因みに中身はこの色素以外はほぼ同じ成分…… つまり色以外基本同じ物と言える。

 

 そしてこの別名宇宙の信号機と称される炭酸飲料は、見た目は筆洗いバケツの中にある絵の具を溶かし込んだ汚水と色も成分も同じであり、飲んだら最後舌がその色に染まるだけでなく、排泄物ですらカラフルにしてしまうという破壊力を持つ。

 

 味は飲んだ消費者が一貫して"ベニヤ板の味がする"と、もはや建材に例えられる程壊滅的な物に仕上がっている。

 

 キャッチコピーは"ギャラクシードリンク宇宙味"、恐らく口にしたら最後、宇宙の真理を垣間見てしまうかも知れない。

 

 

「じゃ…… じゃあ自分は赤2号を…… ん?」

 

 

 手を伸ばした先には、やや暗い色の青い液体が詰まった瓶、左右を確認すると二人の艦娘其々の手には赤と黄色のブツが……

 

 味は同じであるが、口内や排泄物が染まる色を考えると、青が一番ダメージが深刻なのは想像に難くない、碌な情報も与えていないのにこの危機回避能力、流石幸運艦と呼ばれた艦娘達である。

 

 

「……ジーザス」

 

 

 震える手で栓抜きを掴み、瓶の蓋をもぎり落とす、時雨と榛名は豪快に指で栓を弾き飛ばす。

 

 揃って瓶の中身を口へ流し込む。

 

 

 吉野の顔は飲み込んだ液体と同じ色になったまま遠くを見つめている。

 

 時雨は口を手で押さえ、雨に打たれた子犬の様に涙目でプルプル震えている。

 

 榛名は満面の笑みのまま微動だにしない。

 

 

 正にギャラクシードリンク宇宙味、その時大本営特務二課の休憩ブースは赤青黄の色が煌くコスモが広がっていたと云う。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「あ゛ーん゛ん゛ん゛、えっと、それじゃ妙高君、質問が幾つかあるんだけどいいかな?」

 

 

 モゴモゴと口を動かしつつ、吉野はテーブルの上に一枚の書類を差し出した。

 

 

「えっと、この事前調査書に書いてある内容で、妙高君自身、訂正する箇所とか追記する物とかあるかな?」

 

 

 その調査書を妙高に差し出した吉野の顔は、微妙な相を表に貼り付けている。

 

 ・建造日不明

 ・戦歴無し

 ・使用装備欄 お好みで

 

 正直名前以外白紙と同じ意味が記入されている状態であり、質問するというより基本的な事から確認しなければいけない状態のブツがそこに鎮座している。

 

 

「あら…… これは、どうしましょう」

 

「ああうん、まぁ調べた人が何を思って書いたか判らない内容なんだけど、これからお互い命を預けて任務をこなしていく訳だし、出来るだけ相互理解は深めておきたいなと思う訳なんだけど、どうかな?」

 

「そうですね、これでは事前調査書の体を成して無いと思われても仕方無いと思います、ですが……」

 

「ですが?」

 

「困った事に、この調査書の内容は表現が問題なだけで、ちゃんと事実を記していると思います」

 

「うん? と言うと?」

 

「例えば私の建造日が不明なのは、岩川基地がまだ正式に活動を開始する前の時期、建造ドックのテスト稼動の時に私が建造されました、生憎とその時はまだ提督が着任しておらず、担当技師の方すら決まって無い時期だった為に正式な記録が残されて無いと聞いています」

 

「え? 岩川基地活動前って……」

 

 

 

 岩川基地、場所は鹿児島県鹿屋に居を構え、鹿児島湾を守る様な位置にあるそこは、元々内陸部に存在した海軍航空基地を移設した前線基地。

 

 横須賀、呉、佐世保、舞鶴と云う所謂四大鎮守府に次いで歴史が古く、深海凄艦との戦争突入初期に活動を開始した国内拠点の一つである。

 

 

 妙高が建造されたのがその基地の創成期と云う事は、重巡としては最初期に生まれた艦娘と云う事になる。

 

 

「もしかして妙高君って……」

 

「私が重巡洋艦妙高として一番最初に呼ばれたと云う訳ではありませんが、建造順と云う事なら恐らく一桁台なのは間違い無いと思います」

 

「成程ねぇ、確かにあの混乱期で、しかも新設の基地で建造されたんなら、記録が残ってないのも仕方が無い事かも知んないねぇ」

 

「私自身建造された後、色んな作戦で飛び回っていましたし、正直こちらに呼ばれた日の事は覚えてないんです」

 

「それじゃ私達からしてみれば大先輩になりますね、榛名、感激です!」

 

「無駄に長い間生きてるだけですよ、前線に出ていたのは最初の数年で、後は基地で事務方(じむかた)に納まっていましたし……」

 

「それでも凄いんじゃないかな、あの当時から生き残ってる人なんて殆ど居ないって言うし」

 

「成程、それじゃ戦闘記録が無いのも、その時期に戦ってた為に残されて無かったと…… まぁ今まで相当な期間現役で活動してきたんなら、改二まで錬度が上がってても不思議じゃないよねぇ」

 

「え? 改二ですか? 私は主に事務仕事で錬度を上げて改二になりましたけど……」

 

「……はぃ?」

 

「ですから、戦闘で第一改装までは錬度は上がりましたけど、その後はコツコツと事務仕事で第二改装まで錬度を上げました」

 

 

 歴戦の重巡洋艦は、建材風味の宇宙ドリンクをクピクピと飲みつつ、シレっとそう答えた。

 

 

「えっとぉ、事務仕事で? 改二?…… 出来るの?」

 

 「はい、ちょっとしたコツが必要になりますが可能です」

 

 

 事務仕事で錬度を上げる、荒唐無稽な話だが、もしそれが本当なら平和的に戦力の底上げが可能となる、もしかすると例の黒髪眼鏡も事務仕事が過ぎて強大な力を手に入れたのかもしれない。

 

 

「……参考までにそのコツってヤツを聞いていいかな?」

 

「そうですね…… 例えば書類を書き上げる時はなるべく高速で文字を記入するとかですね」

 

「え? それだけ?」

 

「そうです、その時注意しないといけないのは、ペンと手の平の間に生じる摩擦で炎が発生してしまうので、書類を燃やさない様に気を付けないといけません」

 

「は? 炎!?」

 

 

 何故物書きで炎が発生するのだろう? むしろ提督が事務仕事をしている横で、秘書艦が炎を吹き上げていたら大惨事なのではなかろうか? それとも前線基地の事務とはそれが普通なのだろうか?

 

 

「後はそうですね…… ギャラクシードリンクを飲みつつ、大自然のエネルギーを体に集め、自らの生命力を使って書類を一気に書き上げる、名づけて超新星スーパーノヴb」

 

「それゲームセンターあらしだから! 最初期艦だからってネタまで古くする必要ないからね!?」

 

 

 妙高がインベーダーキャップを被った出っ歯なら、大本営所属の吹雪は謎の人にパッションパンティを授かったアーケードゲーマーなのだろうか? 成程、パンツ的要素は充分被っているのでその辺りは無理が無いなと吉野は現実逃避した。

 

 

「う…… うん、まぁ錬度やその辺りは要検証って事でいいかな…… うん、それで妙高君の主任務が事務仕事だったのは判ったけど、武装関係はどんなカンジなのかな?」

 

「装備でしょうか? そうですね…… 主にボールペンや消しゴム、それとプラスティック定規なんかでしょうか」

 

「ん? それ事務用品だよね? そうじゃなくて前線で戦ってた頃はどんな武装を使ってたの?」

 

「はい、ですからボールペンや消しゴム等の文房具で……」

 

「……んんんん?」

 

 

 一瞬無言の間が事務室を支配する。

 

 

「前線で?」

 

「はい」

 

「ボールペン?」

 

「はい」

 

「……どうやって?」

 

「例えばボールペンならこうやって……こう」

 

 

 妙高は胸ポケットに差してあったボールペンを取り出し、しっかりと握り込むと、ボヒュッと空気を裂く勢いで前方へ突き出した。

 

 

「狙いは眼窩か、鼻腔辺りの柔らかい部位を狙います、そして刺した瞬間ひねり込むと尚効果的です」

 

「ア…… ハイ、トテモ刺突デスネ……」

 

 

 真顔でそう答えた妙高は、事務室の窓をおもむろに開け放ち、袖口から取り出したプラスチック定規の端に消しゴムを載せ、定規をたわませ、その反動で消しゴムを海へ向けて弾き出した。

 

 少しの間を置いて、遙か彼方の海面に盛大な水柱が立つのがハッキリと見える、この前榛名と武蔵が行った演習の時に見たアレを彷彿させる程の威力が見て取れる。

 

 

「す…… 凄いです! 榛名もその技使ってみたいです、妙高さん、その技教えて頂けませんか!」

 

「いや榛名君!? 何でも食いつけばいいってモンじゃ無いからね!?」

 

「そうか…… あれなら僕にも砲撃戦が可能になるかも……」

 

「時雨君も! 文房具で深海凄艦が倒せる訳ナイデショ!?」

 

 

 時雨は抗議の視線を吉野に向け、プクっと頬を膨らませながら、水柱が立った方向へ指差している。

 

 

「スネても提督は許しませんからねっ! 第一プラスチックな文房具なんかすぐ砕けちゃうデショ!!」

 

「強度的な事ならこの戦闘用事務用品を使えば問題ありませんよ?」

 

 

 文房具的に間違った名称が付与されたそれを妙高が吉野に手渡す。

 

 そのボールペン(戦闘用)を観察してみると、〔明石酒保謹製〕の文字が刻まれているのを確認した吉野は、テーブルに備え付けの電話を手に取った。

 

 

「もしもし明石酒保? あ、妖精さん? 自分自分、え? 自分探しの旅は青春18キップで? やだなぁ自分もう28だから無理って…え? バレなきゃ大丈夫? いやまぁ妖精さんも腹黒いねぇ、ところで明石居る? え? 取り込み中? 何? 明石は明石の上に明石を造らず明石の下に明石を造らず? 何言っちゃってんノ!? 諭吉さんなの!? 学問のススメなの!? うんうん…… え…… うん、なにそれコワイ、そっかぁ…… うん、そうなのかぁ……」

 

 

 

 静かに電話を置いた吉野は、小首を傾げてこちらを見る三人の艦娘に向って乾いた笑いを口から漏らしつつ、今日着任した武装事務員を大本営の主要箇所へ案内する為に、のろのろとソファーから立ち上がるのだった。

 

 

 

 




 再掲載に伴いサブタイトルも変更しております。

 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 どうか宜しくお願い致します。

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