大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 数々の謀略を巡らし、太平洋での事を取り敢えず終えて内地へと帰還する為海を行く吉野三郎、しかしそこへ齎された情報は大本営機能の一部麻痺と、更に大坂鎮守府へ下された新たな命令、情報が錯綜し未だ先を予想する事が出来ない第二特務課は、それでも先の見えない謀りに対して備えるのであった。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/10/30
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、きっか様、orione様、forest様、洋上迷彩様、MWKURAYUKI様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました。


僕っ子Vsフリーダム

 この世界の海軍拠点というのは人のみで行っていた組織運営とは基本的に大きく異なった形態で行われていた。

 

 とりわけ前線を担うとされる拠点はその色が顕著に現れ、必要最小とされる単位で言えば必ず必要とされる物は実の処そう多くはない。

 

 

 人員で言えば拠点を指揮する司令長官、その補佐をする秘書艦、艦娘の装備を改修・開発、そして治療を担う工作艦、最後に全ての不思議技術を成立させる妖精さんがあれば取り敢えず事足りる。

 

 間宮伊良湖コンビや大淀という事務特化艦娘等に比べ能力こそ大幅に落ちるものの、その業務は他の艦娘でも取り敢えず代用が可能な為必須人員には含まれない。

 

 

 設備で言えば執務・食事・寝食が可能な場所が一つ、工廠と呼ばれる作業場、そして入渠施設があれば取り敢えずの活動は可能とされる。

 

 出撃ドックは在れば良しと言われるが、それが無くとも効率は落ちるが艦娘自体陸上から水辺へ自力で移動が可能な為必須設備では無いとされる。

 

 

 これらの必要最低限の人員・施設構成は先にも述べた様に効率的な面では最低の物であり、艦娘達のメンタルケアも戦意の高揚も望めない構成であるが、取り敢えずの拠点としては活動が可能であり、新規に立ち上げられる基地等は概ねこの形でスタートする場合が多いとされる。

 

 

 長々と説明はしたが、この話で何が言いたいかと言うと、取り敢えず鎮守府運営では幾ら有能な人員が配置されていたとしても、この最低人員の配置と設備が稼動しなければ、通常業務は滞るシステムになっていると言うのが現実である。

 

 

 そして現在大坂鎮守府執務棟、その最奥に位置する提督執務室。

 

 そこには現在久し振りに内地へ戻り執務机に座す髭眼帯と、脇には秘書艦時雨がセットになっている。

 

 二人の対面には長門、加賀、古鷹が立っており、長門と加賀の間には大坂鎮守府には所属していない筈の艦娘である駆逐艦が一人という、計6人の姿がそこにあった。

 

 

「……長門君」

 

「違うぞ提督」

 

 

 片眉をピクピクさせつつ吉野が何かを問おうとした時、その言葉も終わらない瞬間から艦隊総旗艦であり、吉野が留守の間大坂鎮守府を取り仕切っていた長門が何かの否定をする言葉を吐き出した。

 

 その脇でジッと髭眼帯を凝視する駆逐艦、暁型二番艦である響は執務室に入ってから現在まで一言も言葉を口にしていない。

 

 

 冒頭で説明があった通り、鎮守府運営には最低限必須とされる人員が決まっており、その人員が居なければ出来ない業務と言う物が存在する。

 

 今回大坂鎮守府で行われた作戦に於いて、出撃したのは司令長官の吉野を含めこの鎮守府の運営を進めるために必須とされる中核が含まれていた。

 

 その中には基地運営のある意味要の一人である工作艦夕張、そして工廠を稼動させるのに必須な存在である妖精さんもこの作戦の為前線へ同行していた。

 

 この時点で重要決済は滞り、工廠機能は停止する為長門が差配をしていても、基本大坂鎮守府は待機状態という形で運営されるのが普通であった。

 

 しかしこの大坂鎮守府は他の拠点とは大きく違う組織形態で運営をされている。

 

 

 先ず妖精さんであるが、元々大坂鎮守府に居付いていた"黒ツナギの妖精さん"が工廠の一部を取り仕切り、とりわけ建造に関してはこの妖精さんの領分とされてはいるが、元々夕張が大坂鎮守府へ異動する際は、大本営所属であったそれなりの数の妖精さんが異動してきており、黒ツナギさん達が留守にしていても工廠機能が停止する事無く稼動をする事が可能となっている。

 

 次に工作艦であるが、大坂鎮守府では夕張がその任を受け持ってはいるが、その他にも常駐では無いが明石という工作艦が存在している。

 

 彼女は肩書きで言えば"海軍酒保総括"という立場であり、厳密的には大坂鎮守府所属では無かったが、非常時に於いて、または気が向けば大坂鎮守府の工廠機能を使えるという存在でもある。

 

 最後に諸々の諸事に於いて認証と許可が必要な案件は、吉野から留守を任された長門に中将特権のゴリ押しでほぼ全権委任された形になっており、通常拠点の様に司令長官が不在であっても取り敢えず拠点機能は滞りなく稼動できる形として大坂鎮守府は存在している。

 

 

 つまり、髭眼帯が居なくてもナガモンがゴーサインを出し、ピンクのもみ上げがその気になれば艦娘の量産や装備の開発は可能であったりするのである。

 

 

 以前くちくかんを無断で建造しちゃったビッグセブンの横には現在吉野が知らないくちくかんが一人、少なくともこの状況を見れば真っ先にその辺りを疑うのは当然の事であり、二人が交わした言葉はそこから出た物であった。

 

 

「……提督前も言いましたよね? 欲望にかまけてほいほいとくちくかんを量産するんじゃありませんって」

 

「だから違うと言ってるだろうが」

 

「提督」

 

「何? 加賀君」

 

「五航戦の子なんかと一緒にしないで」

 

「だからキャラ付けの為に毎回五航戦の人達を引き合いに出すのはどうかと提督は言ってるデショ!? てかサルミアッキ食うか喋るかどっちかにしなさい!」

 

 

 因みに特定の人物を混ぜて会話をしてしまうと、三歩進んで四歩下がってしまうのは大坂鎮守府では良くある風景であった。

 

 

「あの~ 三郎さん」

 

「どしたの古鷹君」

 

「その響ちゃんと言うか、今目の前に居る子はヴェールヌイちゃんじゃないかと思うんですけど」

 

「……え? あ、マジだ」

 

「だから言ってるだろ、彼女はウチで建造された者では無く、ペナンから送られてきた者だ」

 

「ペナン? て事は彼女は着任艦では無くペナンからの使者か何か?」

 

「いや、本人の強い希望で大坂鎮守府への異動をと言う事で先方から打診があってな、何やら先方も焦っていたみたいで……提督が不在だった関係で一応受け入れの判断は私がしたのだが……」

 

「ん? 緊急?……どいういう事?」

 

「その辺りは私も把握はしていないのだが、どうしても引き取ってくれないと身の破滅なので頼むとしか……」

 

「ペナンの司令長官って椎原大佐だったよね? どういう事なの?」

 

「いや、その椎原司令直々に連絡があって、手続きをした即日にこの者が送られたそうなのだが……」

 

 

 首を捻る一同の中、当の本人は吉野の観察を尚も続行中である。

 

 その目は三白眼に近い物で、髭眼帯と時雨を行ったり来たりしており、更には時間の経過と共に口が△へと変化していき、もはやそれは観察と言うより睨むという表現が当てはまる表情へとシフトしていった。

 

 流石にその異変を見た髭眼帯はどうしたのかと問えば、何故か大きく深呼吸を二度三度し、尚も口を△のままフリーダム駆逐艦は邂逅して初めてになる言葉をボソリと口から搾り出した。

 

 

「君は本当に酷い人だね」

 

「……う……うん? どういう事?」

 

「君は確かに適当でちゃらんぽらんだったけど約束事は絶対に守る人間だった、でも今はあの頃に比べて容姿も口調も激変しただけじゃなく、昔交わした約束を忘れ、あまつさえ私に気付かない下種に成り下がってしまった」

 

「んんんん?」

 

 

 突然浴びせられる非難の言葉に怪訝な表情の髭眼帯。

 

 それとは対照的に両の掌を上げてやれやれと首を振る加賀と、何故かその隣では古鷹が何かに気付いた様に『あっ』と小さく声を上げていた。

 

 

「提督、呉防衛戦隊の雑務班、パンツの古鷹に丁稚の吉野、謀略の能代と、そして……」

 

「え……まさか、毒舌の響……」

 

「ちょっと私をパンツキャラ扱いにしないで下さい!」

 

 

 遥か以前、まだ吉野が丁稚奉公として呉に所属していた当時、雑務を主任務として編成されていた班はある意味人員的な都合により雑多な構成になっていた。

 

 班長は当時第一艦隊の予備人員であった加賀、そしてそこには丁稚と呼ばれていた吉野とその諸々の被害者であった古鷹、現在はリンガの水雷戦隊の旗艦を努める能代、そして今ジト目で髭眼帯を見る響。

 

 加賀と響のフリーダムツートップに加え、厨二を拗らせた吉野、そして悪巧みに長けた能代に唯一の良心と言うか被害者ポジの古鷹という構成は、当時の南海攻略の為に混沌とした呉の中にあって、軍務に支障をきたす程の要注意部隊としてある意味有名でもあった。

 

 数々の逸話を生み出し、当時呉を取り仕切っていた大隅の毛根へダメージを蓄積させていたその班は、目的を果し大本営へ引き上げる第一艦隊と共に吉野と加賀が異動した為解隊され、古鷹は宿毛湾泊地所属となり、響は当時立ち上げ間もないペナンへと送られる事になった。

 

 

「……あの解散式の時の約束、忘れたとは言わさないよ」

 

 

 そしてジト目のフリーダムの言う約束、それは当時まだ純粋な少女(仮)だった響がグズって大本営に連れていけと懇願し、周りを困らせた時に吉野が言った言葉。

 

 

「君はいつか提督として拠点を構える時が来たら、私を呼んで秘書艦にするとあの時言ったよね?」

 

 

 実際の処当時の吉野は海軍兵学校を出た仕官候補生では無く、諸々の都合で軍籍を得ていただけの丁稚であり、大本営入りする際は大隅麾下の特務課への編入が決定していた状態であった。

 

 他の者とは違い出自の特異性や、大隅の私兵という立ち位置があって、提督という指揮官への任官の面では可能性皆無であり、本人からしてもそれは望まない道であった為に、その時響には軽い気持ちでその約束を交わし前線へ送り出したという経緯があった。

 

 

 髭眼帯には絶対無いといって良い程の確信があった未来だった故に交わした約束、しかし響にとってはある意味心の支えとして存在した言葉。

 

 当時吉野と同じ班で行動していた為彼女自身も吉野が指揮官になる可能性は無いという事は理解していた、しかしその言葉は仲間の元を一人離れ前線へ行く為の覚悟を固める為、また戦いの最中折れそうになった時はそれを支えにする程には大事な約束であった。

 

 

 そうやって風化しつつも心の芯に埋め込み、その約束を支えにしてきた彼女に、長らく音沙汰の無かった髭眼帯の情報が入ってきた。

 

 加賀は第一艦隊に長らく所属した為活躍は耳にしており、能代は拠点が近い事もあり交流もあった、しかし古鷹は海軍所属ではあったが後方の施設配置となっていた為音信不通。

 

 更に吉野に至っては諜報という秘匿性の高い任に携わっていた為に呉から別れた直後からその名を聞くことすら無かった。

 

 

 そして時を経たある日、ペナン基地へある作戦への参加命令が下された、長らく支配海域外へ出る事が無かった前線へ対し、新海域攻略を中心とした多面同時進行の大規模作戦、その名も『捷号(しょうごう)作戦』

 

 それはリンガ泊地を筆頭にペナン基地、セレター軍港の精鋭を選抜しアンダマン海の攻略に当たるという一大作戦であり、同時に大本営麾下にある部隊が同海域へ進出して別の深海棲艦上位個体の進行を防ぐという内容でそれは推し進められた。

 

 

 響はペナンから支援艦隊の一員として選抜され、攻略艦隊の一翼を担っていたが、その作戦は紆余曲折を経て完遂、終了後は海域維持の為の要員として暫くリンガへ詰めていた。

 

 その際同泊地の水雷戦隊を仕切っていた能代からある話を聞く事になる。

 

 

 表向き同作戦の補助で大本営からの支援艦隊が防衛の任に就くという事になっていたが、それは秘密裏に進められた極秘任務であったという事。

 

 その部隊は深海棲艦をも麾下に置く精鋭部隊であり、大本営では新設された独立艦隊であった事。

 

 更にはその艦隊を率いていたのは一介の佐官、それも自分達が知っている、呉で同じ班に属していたあの『厨二病患者』であった事。

 

 

 話を聞いた当初、深海棲艦との共闘だの、極秘の精鋭部隊だのというありがちな眉唾な内容であった為に彼女(ヴェールヌイ)はその話を話半分として聞き流していた。

 

 そしてその話も忘れ掛けた頃、前線で僅かばかりの変化が見られる様になった。

 

 

 それまで酒保に並ぶ物品は数少なく、大抵の物は注文という形でしか入手が難しく、更に甘味という物に於いては食堂で激しい競争を勝ち抜かねば口に出来ないというのがペナンでは常であった。

 

 しかしある日を境に酒保の取り扱い物品が大幅に増え、しかもある程度の甘味が常備され、更には要注文ではあったが間宮ブランドの甘味が大量購入可能になっていた。

 

 それは前線がアンダマンへと移り、補給線が強化された為の変化だろうかと思っていたが、何故かペナンの酒保が改装された際そこに掲げられた看板には『明石酒保直営店』と記され、規模もちょっとしたコンビニクラスへと変貌するという不自然極まりない変化。

 

 そんな胡散臭くも聞きなれない名称と、本来余り重要視されていなかった生活雑貨の拡充に興味を惹かれ店主である明石にその辺りを確かめてみた処、その理由はまたしても耳を疑う内容であった。

 

 

 曰く、大本営の一独立艦隊が拠点を構え、そこが内地五番目の鎮守府として活動を始めた事。

 

 そこは兵站の輸送部分にも大きく食い込む程の権限を有し、更に供給される物資の質・量に影響を与えているのだという事。

 

 その鎮守府には深海棲艦も所属し、軍の名だたる兵力が集っているという事。

 

 そしてその鎮守府を指揮する者は、これまで無名でありまだ三十路に届くかどうかの歳若い者で、いきなり佐官から中将へとクラスチェンジした謎の人物であるという情報。

 

 

 ヴェールヌイはその時能代の言っていた話を思い出し、事の真意を確かめた上である行動を起こした。

 

 

 重要とは言えないまでも海域維持の人員として重用されていた彼女はペナンから異動する為には色々な問題があった。

 

 その為能代に協力して貰い数ヶ月を掛けて色々な企みを巡らせた。

 

 静かに着々と、その作戦は進行し実を結んでいった、かくしてこの暁型二番艦は嘗て呉で交わした約束を心に秘め、メラメラとした闘志を燃え上がらせつつ事を成し、この大坂鎮守府の地を踏む事に成功した。

 

 

「あの時確かに君は私に言ったよね? もし俺が提督になったら秘書艦として呼び寄せるから前線でも頑張れって」

 

「えっと、うんその……その辺りは時勢の変化に伴うのっぴきならない事情と言うか、環境の変化に対応しちゃわないといけないアレがあったと言うか」

 

「……なる程、確かに将官に任命される程色々な事が君にはあったんだね、まぁそれに付いては色々と言いたい事はあるけど取り敢えず今、私は、今日、この瞬間ここに着任する事になったから」

 

「て言うか椎原大佐から君の異動人事の事を自分は直接聞かされて無いんだけど……」

 

「うん、まぁ一日でも早く私を大坂鎮守府に着任させないと夫婦の危機が訪れる事になるだろうから、彼としては半分緊急の扱いとしてこの着任手続きを進めたんだと思うよ?」

 

「ちょっと何したの君!? 椎原さんの夫婦生活の危機ってどういう事なの!? ねえっ!?」

 

「それは内緒の話さ、さて……」

 

 

 フリーダムは青い顔の髭眼帯から視線を後ろに控える時雨に移し、目を細めつつ言葉を続ける。

 

 

「そういう訳だから、申し訳無いんだけど秘書艦の引継ぎと業務内容の説明は……君にお願いすればいいのかな?」

 

「ん? 秘書艦になりたいの? んと今は僕と(潜水棲姫)ちゃん二人が秘書艦だから、君がその業務を希望するなら第三秘書艦と言う事になっちゃうけど……現状そんなに人数が欲しい程の仕事量は無いかなぁ」

 

「うん済まない、ちゃんと言葉を尽くすべきだったね、私は秘書艦の末席に加えて貰いたいと言っている訳では無く、秘書艦を交代して欲しいと言ってるんだけど」

 

「何で?」

 

「理由は今述べたと思うけど、君は聞いてなかったのかい?」

 

「聞いてたよ、でもその約束というのと現在の軍務と照らし合わせた上で判断しても、君が僕と秘書艦を交代するという理由には乏しい気がするんだけど?」

 

 

 微妙に似た口調で髭眼帯を挟んだ上での舌戦の幕が開ける。

 

 双方はにこやかに、そして静かな口調で淡々と言葉を交わすがその間には妙な緊張感が漂い、執務室の体感温度が心なしか下がっていく。

 

 そんな中自分そっちのけで開始された戦いに戦慄しつつふと前を見た髭眼帯の視界には、何故かナガモンと加賀が三歩程後退しており、古鷹に至ってはどこぞの家政婦ばりに書架へ半分身を潜める形で事の推移をジっと伺っていた。

 

 視線を前に戻すと妙に平静を装うナガモンはプイッと横を向いたまま吹けもしない口笛をプスープスーと口から漏らし、隣のサイドテールは無表情のままボリボリとダークマターを咀嚼するという、完全に関わりを拒絶する目に見えないバリアー的な物がそこに展開されていた。

 

 

 首をグルリと右に回し、第二秘書艦である(潜水棲姫)に向ければ、何故か涙目でブンブンと首を左右に振る姿が目に入り、益々髭眼帯はこの戦場で孤立してしまったという自覚を深める結果になってしまった。

 

 

「まぁ君の知らない縁と言う物に理解を示せと言うのは酷な話だろうけど、余り駄々を()ねるのはみっともない事だとは思わないかい?」

 

「ん~……僕は軍から秘書艦にって任命されてここに居る訳だし、それを抜きにしたカッコカリ艦としても、ずっと相棒として行動してきた時間にしても、突然沸いた輩に秘書艦業務を明け渡すって選択肢は毛頭無いかなぁ」

 

「大丈夫さ、私も錬度はカッコカリ可能LVまで至っているし、秘書艦業務に付いても昨日今日建造された艦よりは経験があるから問題にはならないさ」

 

「そう? なら軍令部に上申して人事希望を通してみたらいいと僕は思うんだけど」

 

「いや、そもそも秘書艦任命権は拠点の司令長官が握っている物だから、軍令部にわざわざ通さなくてもいいんだけど……ああ、その辺りは経験が浅い君だと理解が及ばないのは無理の無い話だったね、もしそうならこちらの説明不足だったよ、済まないね」

 

 

 二人のくちくかんは互いにヒートアップしているのにこの寒気は何だろうという髭眼帯は、エアコンがガンガン効いているにも関わらずカタカタと震え始める。

 

 そもそもこの辺りの話は鎮守府司令長官である吉野の差配が必要不可欠な物であるのだが、この会話に割り込んでしまうと何故かとても良くない事が起こりそうで、結局は気配を消し、お得意の空気になろうという努力を髭眼帯は始めるのであった。

 

 

「響……いえ、ヴェールヌイの言う様に、秘書艦任命という物は通常司令長官が決定権を持つ物だと思うのだけれど、その辺りはどうなのかしら提督?」

 

 

 半分空気として擬態しつつあった髭眼帯に突然流れ弾が着弾する。

 

 その言葉を発した一航戦の青いのは相変わらずボリボリとサルミアッキを咀嚼して吉野をじっと見ていた。

 

 

 

 何故かニヤリとした笑いを浮べながら。

 

 

 

 他人の不幸は蜜の味、そんな言葉と共に絶望が襲い掛かり、次いで舌戦を繰り広げていた小さな秘書艦とフリーダムくちくかんの矛先もカタカタする髭眼帯へ向くという悲劇。

 

 

「三郎、いや提督、当然あの約束は滞りなく履行されるんだよね?」

 

「提督、どうなの? その辺り僕もちゃんと白黒付けた方がいいと思うんだけど」

 

 

 思わず援軍を呼ぶため前を向くも、ナガモンは更に後退してプスープスーに没頭し、青いのはサルミアッキに加えポッケから取り出した羊羹をムーチャムーチャし始める、当然その顔は愉悦に浸った物になっており、髭眼帯の殺意を誘発する程の雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな色々と緊急事態の吉野の頭脳はアドレナリンブーストが掛かりフル回転し、幾つかの可能性を並べ始めた。

 

 

「確かに秘書艦任命は自分の権限の内にある物だろう、が、諸事の都合で時雨君が言う通り彼女は元々上層部……大隅大将の任命で秘書艦に就いている、そして響君……いやヴェールヌイ君の言うアレだ」

 

「響でいいよ、君にとってはそっちの名前の方が親しみが沸くだろう?」

 

「ああうん……それはうん、て言うか君には確かにそんな約束をして戦地に送り出した関係上、個人的には適えてやりたいという気持ちも確かに存在する」

 

「提督、その辺りの説明とかは後でもいいと思うんだ、今重要なのは誰を秘書艦に据えるのか、僕としてはその決定を先にして欲しいんだけど」

 

「あの……おやびん」

 

「ん? どしたの?」

 

 

 カタカタ震える髭眼帯の前では、相変わらず涙目の(潜水棲姫)が発言の許可を求めてプルプルと右手を上げている。

 

 それを見て何事かと室内の者は注目し、次に口にするであろう言葉に耳を傾ける。

 

 

「ん……秘書艦辞めても、いい?」

 

「フアッ!? どしたのいきなり!?」

 

「えっと……ちょっとチビった…… 秘書艦怖い」

 

「古鷹くーーーん! ちょっと(潜水棲姫)ちゃん避難させてぇぇ!」

 

 

 深海棲艦上位個体にお漏らしをさせるという恐ろしい事態に発展してしまった話し合い。

 

 後に語られる『執務室お漏らし事件』と呼ばれるこの話し合いは結局物理的いざこざにギリギリ発展する事は無かったが、とりあえず(潜水棲姫)の代わりに秘書艦見習いとして(ヴェールヌイ)を充てる事にして、後日に控えた会談を済ませた後改めて話し合いの場を設けると言う事でお開きとなった。

 

 

 

 そして後日それは多数の異動してきた艦娘達を巻き込んでの大坂鎮守府人事改革へと発展し、それなり以上の騒ぎへと繋がっていくのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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