大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 ロボ。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/10/09
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたじゃーまん様、ワタソンティウス様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました。


求める者、繋ぐ者

「色々ややこしい事が絡むとは思ってたけど、その中でも最悪の目を引いちゃった感じが……」

 

 

 吉野は執務机で頭を抱え、手にした書類に視線を走らせている。

 

 執務室には今吉野の他時雨と大淀、そして龍驤とグラーフが執務机を囲んだ状態で微妙な表情をしており、その中心では執務室の主である吉野が渋い表情で何か考え事をしている。

 

 

「ドイツから直接艦娘を二人着任させる……ですか、意図は判りますがこの時期にウチに関わりを持とうという事は……」

 

「間違いなく大本営……てより、政府筋への牽制だろうねぇ」

 

 

 吉野の前に並べられた書類、それはドイツより大坂鎮守府へという指名で重巡洋艦Prinz Eugen、及びUボートIXC型 潜水艦U-511二名の艦娘を供与するというドイツからの書類と、大本営からの正式な着任届けが並んでいる。

 

 通常国内外問わず艦娘の配備は大本営、それも艦隊本部が担う業務であり、海外艦と呼ばれる艦娘は邂逅、若しくは建造での着任は別として、他国から送られた者は一先ず大本営の所属として登録されるという段階を経て所属が決められるのが通例である。

 

 そこには少なからず『国同士の繋がり』があり、艦娘という特別な存在はそのまま組織の繋がりという役割も担っているという事情が絡む為の手続きであった。

 

 

 現在大坂鎮守府に届けられた書類にはその通例には当てはまらない、言ってしまえば話は通しているが、実際はドイツという国から軍の管轄する関係部署を飛び越え、直接大坂鎮守府に艦娘を着任させるという無茶振りがつらつらと難解な言い回しで記載されていた。

 

 

「大本営の意向で米国の艦娘が主要ポストに就いた状態だけど、その辺りドイツはヨーロッパとも米国ともどっち付かずになってる日本に対して面白くないという考えがあったんだろうねぇ、こんなあからさまに当て馬人事をネジ込んでくるってのはアチラさん、相当お冠じゃないかなぁとか」

 

「その当て馬かました上に着任する子らと深海棲艦との戦闘データも送れ言うてるんやろ? んなモン自分とこにおるヤツら(深海棲艦)とさせたらええやん、なんでウチらがそんな面倒事引き受けなあかんねん」

 

「ウチに着任させる理由付けも充分、そしてアチラさんに居ない姫さんや鬼さん達のデータも手に入り、加えて政府筋に圧力も掛けれる……大本営に対する配慮が無用という事なら……まぁ会心の一手って感じなのかなコレは」

 

「そのダシにウチらが睨まれるとかシャレならんわホンマ」

 

「海軍のもう一つの顔、横須賀第一艦隊にアイオワとサラトガ二人が配備されましたからね、心象的に日本はヨーロッパと米国を天秤に掛けていると思われても仕方が無いかも知れません」

 

「……大本営の第一艦隊にはプリンツが入っとるし、潜水艦隊にはもう呂500ちゅうのが()る、それとおんなじメンツを対立派閥のウチにドイツから直やと、そらもう嫌がらせ以外の何モンでもないわな」

 

 

 現在海軍にはドイツから送られてきた艦娘がそれなりに存在するが、主力と呼べる艦隊に配属されているのは大本営第一艦隊に居た利根と入れ替わりにプリンツが、以前送られてきたU-511が呂500に改装され潜水艦隊に、そして第三艦隊旗艦にビスマルク。

 

 U-511を除いた二名は実の所グラーフを押し付ける条件として供与された艦娘であったが、米国からの艦娘を横須賀艦隊に編入するに当たり、対外的な関係で大本営はもう一つの顔である大本営麾下の艦隊へ所属させたという経緯があったが、肝心の旗艦クラスには配備される事は無く、単純な格付けという意味では軽く見られたという印象を受けたドイツ筋としては内心面白くない話である事は間違いない。

 

 例外的に艦隊本部にもドイツから直で着任しているビスマルクも居る様であるが、その背景にある一派と今回大坂鎮守府へ艦娘を寄越すと打電してきた筋とは別の筋という事は吉野も知っていた、前者は実務を重んじ、後者は国の運営に主眼を置いている者達。

 

 

 日本は以前からドイツを通じてそれとは無しに打診されていたヨーロッパ連合との協力体制には取り敢えずという形で関わってはいるものの、米国との関係も切らず今までと同様アジア圏の海域維持という姿勢のまま、どことも組していないという立場を表明している。

 

 

「ドイツ連邦評議会の親書が艦隊本部宛と自分宛ての二枚送られてきたらしいよ」

 

「うわキッツー、それもう完全にウチら嫌がらせに利用されてるやん」

 

「って言っても自分に断る権限は無いし、実際朔夜(防空棲姫)君達との戦闘データは本気で欲しいと思ってるのは確かみたいでさぁ、もーホントに厄介な事になっちゃったようん……」

 

「このプリンツは国内の治安維持組織では無くNATO派遣艦隊に所属していた様だな、しかも戦力基盤軍直下の出という事ならこの人事が軍の主導で行われたという事は考えられんぞ」

 

「グラ子君が言う通り、これは軍じゃなくて連邦評議会が直接関わってる案件と見ていいだろうねぇ」

 

「それでどうするつもりだAdmiral 建造間もない艦娘では無く、既に戦力として活動してきた者となれば、供与と言っても大坂鎮守府の戦力としてそのままカウントするのは危険では無いのか?」

 

 

 国内情勢が怪しい頃のドイツから受けた艦娘供与は軍と連邦議会の軋轢が生んだ結果であった為、送られてきた艦娘を軍の所属艦として登録しても何ら問題が無い状態であった。

 

 しかし現在ドイツ国内はヨーロッパ連合樹立を機に、軍の存在がヨーロッパ連合の戦力を担って居ると言う認識の下国民の支持を取り付けている、そして国益という面でもドイツという国の発言権の強さに貢献している為、軍と連邦評議会との関係も改善したものへと変化していた。

 

 結果として配備数が元々それ程では無いドイツ軍ではあったが、ヨーロッパ諸国の海を守護する任も担う事となり、以前の様に艦娘を日本へ送るという余裕は無い状況になっていた。

 

 

 そんな情勢であるにも関わらず、前線で活躍する艦娘を、それもわざわざ以前大本営へ送った者と同じ顔ぶれを大坂鎮守府へとなると、それはドイツから日本政府に対する明確な抗議と受け取っても何ら不思議では無いだろう。

 

 加えて送られてくる者の前任が軍の中枢に近いという事は、下世話な言い方をすれば色々ドイツという国に紐付けされたままの存在であるとも言える、今回の異動は『供与』という言葉が添えられてはいるが、それは大坂鎮守府にとっては裏を取らず、そのまま組織運用に組み込むには(いささ)か難しいという頭の痛い難題が発生していた。

 

 

「深海棲艦の情報、元老院との繋がり、国という存在に関わる点で言えば現在の大本営より大坂鎮守府の方がアプローチがし易い形になってますしね」

 

「軍より政府筋に近い割には人員が少なく色々切迫していて、更に今の軍を仕切っている艦隊本部とは対立関係にある組織、うん……まぁ相手さんが接触してきてもおかしくは無い状態ではあるんだよねぇ」

 

 

 吉野は自分宛に送られてきた親書を摘み上げ、大淀に向かってそれをヒラヒラさせて渋い顔をしている。

 

 本来新規の着任がある場合は艦隊総旗艦の長門、そして潜水艦が関わるなら伊58も同席という形になる筈であったが、今回は色々国という難しい相手が絡んでいる上、着任即配備というのは難しく暫くは様子見してという考えがあった為、軍務では無く比較的プライベート部分で鎮守府の世話役的なポジションに納まっている龍驤と、ドイツの国内事情に明るいグラーフに話を聞いて、この人事をどうするかという考えを纏めようと今回は席を設けていた。

 

 

「で、ウチをわざわざ呼んだっちゅー事はこの二人の面倒はウチが受け持つと?」

 

「だねぇ、暫くは様子を見て貰って人間関係に問題が無ければそのまま艦隊に編入させようかと、その時まで悪いんだけど面倒見てあげてくんないかな?」

 

「それはええんやけど、ウチそっち系(諜報)は全然役に立たんで?」

 

「そっちはあきつ丸君に暫く網を張ってもらう予定だから、君は純粋に周りとの関係に気を付けてくれればいいよ」

 

「折角Admiralが色々気を配っている事だし私も協力しよう、龍驤よ、何かあれば声を掛けてくれ」

 

「……せやったら頼らせて貰おうかなぁ、お国柄関係の事もあるやろうし、そっち関係グラ子が助けてくれるんやったら色々捗ると思うわ」

 

 

 こうして国同士の関係で起こった問題に巻き込まれる形でドイツ連邦共和国から二名の艦娘を受け入れる事になった大坂鎮守府。

 

 事前に色々な手筈を整え吉野は準備を整えるのであったが、後にこの段取りが全て無駄になるとはこの時誰も知る由が無かったのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 空に飛び交う艦載機の群れ、そのどれもこれもが今まで見た敵機よりも激しく、そして狡猾な動きでこちらに襲い掛かってくる。

 

 狙う相手を見れば巨大な異形(艤装)を従えた黒い装束の戦艦棲姫が二人壁となって行く手を阻み、その向こうでは手足を頑強な鎧で固め、巨大な艤装に跨って空へ艦載機を放ち続ける脅威が垣間見えている。

 

 

 黒髪を風に(なび)かせた堅牢な盾と、空を支配する者の白い髪は恐怖のコントラストをそこに生み出し、それと対峙する者の戦意をすり潰していく。

 

 

 大坂鎮守府西側に設定された演習海域、そこでは霧島が旗艦を努める所属第一艦隊が通算にして二桁目に突入した演習を今日も繰り広げる。

 

 艦隊編成は旗艦霧島、副艦那智、それに続いて筑摩、雲龍、蒼龍、初春。

 

 それに対し仮想敵を務めるのは戦艦棲姫の姉及び山城、そして(空母棲鬼)

 

 

 戦艦1に重巡1、航巡1と正規空母2、そして対空も雷撃も平均値以上の駆逐艦という編成はどの作戦もそつなくこなせる編成であり、拠点防衛という面で見ればバランスの取れた艦隊である。

 

 それに対するは戦艦棲姫2と空母棲鬼、数で言えば倍の差があったが、深海棲艦の上位個体、それも耐久力と打撃力に秀でた者二人に加え、破格の空戦力を持つ者という異形。

 

 バランスを主眼に置いた編成と言えば聞こえはいいが、逆を言えばそれはどの戦略に於いても極めた部分は無く、海域維持という環境下で運用されてきた艦隊は、攻めという部分で致命的な経験不足という課題を残す。結果このクェゼリン艦隊は善戦こそはしていた物の、未だ(空母棲鬼)達三隻に対して勝ちを得るには至っていなかった。

 

 

「迂闊に接近しては面で押し潰されるわ、前に出ている戦艦棲姫を釣った上で足を潰して、中距離から後方の空母棲鬼を叩くのよ」

 

「しかし時間を掛ければまた前の様に制空を持っていかれるぞ、やはりもう少し艦戦を増やして直掩の層を厚くした方が良くは無いか?」

 

「それだと前の盾二枚を剥がす事は無理よ、こちらの主砲では戦艦棲姫を仕留め切れない……我々の目的は海域の首魁、空母棲姫をどうにかする事なんだから!」

 

 

 上空から立て続けに落ちてくる爆撃の雨を躱しつつ、霧島が横に並ぶ那智と共に砲撃を繰り出している。

 

 高速艦で固め機動力を軸として攻めていたが力で弾かれる、移動しつつの精密射は金剛型である霧島にとっては得意とする分野ではあったが、相手はそもそも避けるのでは無く受け止めるという事を前提とした存在(戦艦棲姫)、戦艦としては攻撃力を精度で補うという霧島にとってはそれは相性が最悪と言って良い。

 

 急所を狙い砲を放つ、それは狙い通りの箇所へ着弾するが、それを物ともせずに前へ出る戦艦棲姫、機動力重視の為防御面でも難のある編成のクェゼリン艦隊は当然それを回避する為に距離を取らざるを得なくなり、そこへ(空母棲鬼)の放つ艦載機が襲い掛かってくる。

 

 

 まったく歯が立たない訳では無い、ある程度の成果は上げている、それでもあと一歩及ばぬというジレンマ。

 

 もう少し踏み込めたら、もう少し攻撃力があれば、そんな僅かばかりの『少し』という物が積み重なり、結果としては及ばないという事が繰り返されていた。

 

 

 そんな演習は今回も及ばず、クェゼリン艦隊の敗退という形で終了を迎える。

 

 

 

「どうですか(空母棲鬼)さん、貴女から見て彼女達は」

 

 

 演習の教導担当に就いている大和が引き上げる艦娘達の後姿を見送りつつ、埠頭へ着岸した(空母棲鬼)へ笑顔で手を差し出す。

 

 その手を握り(おか)へ上がった(空母棲鬼)は、自身へ付着しているペイント液の色を眺めながら暫し思考を巡らせる。

 

 

「悪くは無いんじゃない? 指揮も中々だし艦隊の動きも良いと思うわ、でも……」

 

「今一つ、ですか」

 

「そうね、一事が万事小奇麗に纏まり過ぎてる感じ? 何て言うの……圧力と言うか、ウチの連中を相手にしてる時みたいな"ここは締めてかないとマズい"とか思わせる部分が感じられないわね」

 

「小奇麗過ぎる……ですか」

 

「そ、比べる対象がおかしいって事は判ってるんだけど、それを差し引いても物足りなさが顕著なのよね」

 

 

 演習の結果だけで言えば(空母棲鬼)を筆頭に戦艦棲姫姉妹で固めた相手に勝てる艦隊は、大坂鎮守府でも榛名や長門が揃った本気の第一艦隊のみであり、水雷戦隊や空母機動艦隊でも勝ちを拾うのは難しい。

 

 しかしその内容は同じ負けでも全然違うとこの空母棲鬼は言う、戦場で対するという前提で言えば今対峙していた者達より、大坂鎮守府の艦隊の方が遥かに厄介な相手であると。

 

 

「言葉にするのは難しいけど、能力じゃなくて気迫って言うの? 対峙した時の雰囲気が違うのよ、ウチの連中は皆バカみたいにギラギラした目でこっちを睨んで突っ込んで来るし」

 

「気迫……ですか」

 

「上位個体と当たっても遜色は無いレベルの艦隊なのはいいんだけど、相手が沸いて(出現して)すぐのヤツじゃなくて経験を積んだヤツだとしたら危うい感じね」

 

 

 既に引き上げたクェゼリン艦隊が入ったドックを眺めつつ、(空母棲鬼)の言葉に何かを考える大和。

 

 なる程と相槌を打つその瞳には表情に含む笑みとは違った色が浮かび、叢雲や長門では無く己を教導担当に据えた吉野の考えの裏にあった真意を汲み取り、午後に予定しているスケジュールに向けて準備を始めるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 現在大坂鎮守府で行われている教導と言うのは深海棲艦という存在を仮想敵に据え、其々の拠点へ赴くのでは無くそれ用に準備を整えた施設に艦隊を迎え入れ鍛える形を取っている。

 

 そんな形での教導活動は当然ながら今まで類が無い物であり、また求められる内容も教導を受ける拠点に拠って違ってくる為に、学ぶ側も教える側も正解という物がはっきりしない手探り状態で訓練が進んでいた。

 

 その為艦隊演習を行う他、希望があれば個人単位で別の訓練や学習も行い、個々の能力向上にも応えるという訓練形式を採用している関係上、教導は午前と夜間の二回演習が行われ、その間は個人が希望する訓練に割り当てられている。

 

 ある者は座学に、またある者は単艦にて基礎訓練に励む。

 

 クェゼリン艦隊旗艦の霧島はその演習の合間を主に格闘を主眼に置いた接近戦を想定した訓練に充てており、その相手は主に大和が努めていた。

 

 

 昼食後のヒトサンマルマル、今日も海に出て二人の艦娘は手の届く程の距離でぶつかり合う。

 

 一人は力の限り挑み掛かり、対する者はそれを受ける形で。

 

 

 速度で勝る霧島は午前の演習で見せた立ち回りからは想像が出来ない程の激しい動きで、それを捌く大和もカウンターを織り交ぜつつ迎え撃つ。

 

 鬼気迫る攻撃は理知的とも呼べる艦隊旗艦の姿では無く、(空母棲鬼)がいう『ギラギラした目』を隠す事も無く牙を剥く、それは艦隊旗艦としての枷を外した金剛型四番艦の本気であり、ある意味欲望でもあった。

 

 打ち込まれる打撃には体重が乗り、喰らい付く姿勢は武蔵殺しのイメージを彷彿させる、そんな相手を前に攻撃を受け、捌き、鉄壁と呼ばれた艦娘は一つ一つの動きを無効化していく。

 

 

 時間にして一時間半、インターバル無しの打ち合いは人より体力がある艦娘にとっても相当消耗する物であり、時間も終わりに近づく頃には霧島は肩で息を吐き、汗に塗れた状態になる。

 

 

「……時間ですね、お疲れ様です」

 

「はい、有難う御座います」

 

 

 頭を下げ、そのまま膝に手を付いて息を整える霧島に対して薄く汗を浮かべる大和、この個人訓練を始めた当初彼女はこれほどの消耗はしていなかった。

 

 僅か五日、そんな短期間でここまでに至る気力、このクェゼリンの旗艦である艦娘が秘める並々ならぬ決意を大和は感じ取っていた。

 

 いつもはクールダウンの為のストレッチをする為に上陸し、それが済めば終了である訓練、しかし今日はそこから動かず霧島を見る元大本営第一艦隊旗艦。

 

 そんな彼女に金剛型四番艦は首を捻って彼女を見上げる。

 

 

「霧島さん」

 

「……はい、どうしました?」

 

「一撃だけ、本気でココに打ち込んで貰えませんか?」

 

 

 大和が右掌を顔の前に挙げ悠然と構えている、その意味が判らず黙って見る霧島、いつもと違う要求、そこにどんな意味があるのか、どういう意図での行動なのか。

 

 真意は読み取れないが、少なくとも大和から感じる雰囲気は軽い物では無い、訓練を離れた時に見せる柔らかい雰囲気でも無く、さっきまで見せていた凛とした物でもない、それは明らかに硬質な、相手を威圧する空気が漂う物。

 

 ガラリと変わったその様に怪訝な物を感じつつも、今求められているのは『本気での一撃』、その言葉に返事を返さず抜いていた力を再び全身へ巡らせ、求められた本気の、殺意を乗せた拳を叩き込む。

 

 それは踏み込みの衝撃で水柱が発生し、受けた掌で衝撃が弾け、飛び散る水を周りへ吹き飛ばす、痛みに歪む大和の顔、その一撃を片手であっても全力で迎え、それでも巨大な艤装を背負った体を後ろへ下がらせる。

 

 

 暫くそのままで固まる二人、徐々に波が引き、穏やかな水面(みなも)が戻るにつれ大和の表情も柔らかい物へと変わっていく。

 

 

「いい……拳です、力でも無い、技術でも無い、信念を持った者にしか繰り出せない重さ、貴女の拳にはそれがあります」

 

「そう……ですか、有難う御座います」

 

 

 大和は微笑み、霧島は困惑に染まる、正対する二人の表情は相反する物があった。

 

 

「貴女は何の為に教導を受けてますか?」

 

「え、何の為……とは?」

 

「そっくりそのままの意味です、貴女は何を望んでここに来られました?」

 

「それは強くなる為です、他拠点に頼らず、己達が守護する海を制する為の力を手に入れる為に」

 

「強くなる為に、そうですか……ではその強さは誰の為に欲しているのでしょう?」

 

 

 いつもと違う問い掛け、まるで禅問答の様な会話、それでも霧島には問われる答えに淀む事は無い、何故なら果さねばならない目的があり、勝利を誓った者が居るという明確な答えを持っていたからである。

 

 

「人類の為なんて大きな事は言えません、でも私は私の提督に勝利を誓いました、なれば私が求めるのはそこに至るまでの力です」

 

「なる程、そうですか、ならば貴女が求めている物はこの訓練では得られないと私は思います」

 

「それは……どういう意味でしょうか?」

 

「強さという言葉は一つですが、それを表す意味も、そこへ至る道や術も数多存在します、そして貴女が見る『強さ』という言葉の先には、ウチに所属している榛名さんの影があるのではありませんか?」

 

 

 問われる言葉に苦い物がこみ上げて来る。

 

 単艦で戦艦棲姫を仕留めた存在、自身と同じ金剛型である艦娘、日々を重ね演習を繰り返し、(空母棲鬼)達と対峙する度に感じるのはあと少し足りないというもどかしさ。

 

 榛名程とは言わない、少しだけでもその域へ近付けたならもしかしたら先に進めるかも知れない、その気持ちが霧島の胸の奥に燻り今の訓練に繋がっているのは確かであった。

 

 

「彼女の強さは捨てる事で得た強さです、独りよがりで周りを(かんが)みない、執念とも言うべき物で至った結果が武蔵殺しという存在、しかし貴女は今『提督の為に』と言いましたね? なら貴女が往く先は積み重ねて至る強さでは無いかと私は思います」

 

「積み重ねる……強さ」

 

「はい、榛名さんは確かに強いです、でもその戦い方や()(よう)では決して艦隊旗艦に就く事は出来ません、彼女のそれは常に飢え、底の無い先へ進む道です、でも貴女は違う、艦隊旗艦として立ち回り勝利を誰かに捧げる、その道を往くのなら戦場では目の前の敵だけでは無く周りも見る必要があるんです、個の強さを追求していてはそれが成せません」

 

「しかしウチの艦隊に於ける最大火力が私である以上、私が引いていては今の状況を打開するのは難しい、もっと……私が強くならないとあそこには届かないんです」

 

「なる程、確かに貴女も榛名さんも金剛型です、時間を掛ければ貴女も彼女の様になれる可能性はありますね、もしそれを望むなら我々も力になる事は可能ですよ?」

 

 

 大和の言葉に目を見開き唇を噛み締める、朧げに見ていた世界、初めて邂逅した時の、あの艤装を展開した時に見た榛名の姿。

 

 無骨に固められたアームシールド、圧倒的に巨大な砲塔、傷だらけて煤けた艤装、ただ笑ってそこに居るだけなのに、艤装を纏っただけなのに眉を顰める程に感じた圧力。

 

 思えばあの時から常に自分の前にはあの艦娘の影がちらついていた、そしてそれ以上に惹かれていた、戦う時無意識にその影と自分を比べていたのは否定しようとしても出来ない霧島の本音。

 

 それを見透かされ、目を逸らしていた事実を突き付けられた霧島には大和に返す言葉が見当たらなかった。

 

 

「ただし、それを求めるなら全てを捨てなさい、勝利では無く『目の前の敵に勝つ』為に飢え続けなければ武蔵殺しにはなれません」

 

「捨てる……とはどういう意味ですか?」

 

「言葉そのままの意味ですよ、艦隊旗艦は己では無く僚艦全てを掌握した上でコントロールし、戦うのが役目です、しかし今貴女が求めているのは個の強さ、それは周りに同調すれば強く在り続ける事は不可能でしょう、戦艦が貴女一人というクェゼリン艦隊で戦うというなら尚更です」

 

 

 言われる事は理解出来る、そしてその欲求も確かに存在する、しかしそこに至る道は自分が求める物とは掛け離れたモノが続いている。

 

 

「提督の為に勝利を掴むと決めたのに、その為に強くなりたいという根本を捨てるなんて本末転倒です、でも、それでも私は今の状況を打開して前に進まないといけないんです、それにはまだ足りないんです、だから私は……」

 

「強くなりたい、何も捨てずに今のままで……では聞きますが貴女はその為にどうしましたか? その事を誰かに打ち明けましたか? 足りないと判ってて何故ここには貴女だけしか居ないのでしょう? 艦隊旗艦という立場なら自分、僚艦、戦略、『全てを積み重ねて』強くならねばなりません、なのに何故貴女は今ここに一人だけで立っているのですか?」

 

 

 海軍が今の海域を開放して現在まで、上位個体を含む艦隊は殲滅に特化・最適化された大本営の艦隊が担ってきた、そしてこの大和型一番艦は長らくその艦隊を率いて戦ってきた過去を持つ。

 

 故にその存在(深海棲艦上位個体)を前にどう戦い、何が必要かを心得ていた。

 

 

 吹雪の時代は艦隊と呼べる体で戦う事は無く、長門の頃は壊滅し、それを引き継いだ大和は現在の大本営第一艦隊の礎を築く事に血道を上げ、そして妹である武蔵がそれを完成させた。

 

 その域まで艦隊を強くしようと言うなら個の力では到底足りず、考えられる全てをそれに注ぐしか成し得ない。

 

 

 何故なら彼女、霧島は『守る』とは言わず『勝利』という言葉を口にした、敵を退けるという目的は一致していても、この二つの言葉には決して相容れない絶対的な違いが存在する。

 

 

 その本質を知るが故に大和は霧島の前に立つ、教導という専門の知識が他の者よりも無いにも関わらず、艦隊司令長官が彼女を教導艦として指名した理由(りゆう)

 

 叢雲でも長門でも、ましてや榛名でも無い大和であった理由(わけ)、当初彼女自身戸惑いはあったが、この任に就き、そして彼女達を見守って初めてそれを理解するに至る。

 

 

(あの子(武蔵)に繋いだ時の様に、この子達にも繋げと提督は仰るんですね)

 

 

 姫や鬼相手に最適化された艦隊では無い為に同じ様に戦う事は不可能だろう、そこに至る為の薄い可能性を、限りなく細い糸を使って勝利を手繰り寄せる為に、吉野は他の誰でもない、この大和型一番艦を教導責任者としてクェゼリン艦隊へ宛がった。

 

 

「貴女達が勝利を掴む為には強くなると同時に学ばなくてはなりません、『貴女が強くなる(経験を積む)』と言うのはそういう事です」

 

 

 大本営第一艦隊を指揮していた大和という艦娘の武勲では無く、今に導いた彼女の心根(こころね)に期待して。

 

 その期待を背負う大和型一番艦は(かつ)て妹にもそうした様に、中部海域から大坂鎮守府へと来たこの金剛型四番艦に自分の全てを伝える事になる。

 

 

 

 あの武蔵をして『地獄』と言わしめた鍛錬の数々が霧島達に課せられる事によって。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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