大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 瀬戸内諸島での演習が開始され、緒戦である航空戦を受ける形となった第二特務課は事前の予想を大きく覆す形で切り抜け、その進路を敵艦隊が待ち構える西へと進んでいった。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/12/20
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました黒25様、リア10爆発46様有難う御座います、大変助かりました。


会敵

「ごめんなさいアイオワ、散々油断するなと釘を刺していたのに私自身が不甲斐ない結果を残してしまって……」

 

No problem(問題ない)ヨ翔鶴、本営からの情報ではさっきの爆撃で相手の最大戦力はほぼ喪失したって言ってたし、貴方達のお陰で敵の進行ルートも絞り込めた、後はあの狭い海峡から飛び出して来た敵艦を随時叩いていくだけだから問題は無いワ」

 

 

 大本営艦隊は現在呉前面海域、柏島西8kmの位置に展開し、大崎上島と大崎下島間から進軍して来るだろう第二特務課艦隊に対し迎撃の為旗艦をやや前に出した形の鋒矢(ほうし)の陣と呼ばれる形で待ち構えている。

 

 鋒矢(ほうし)の陣というのは形的に相手に対して三角形の形で展開される魚燐(ぎょりん)の陣の後方に縦に連なる形で兵を配する、所謂矢印の形になった陣形の事を指す。

 

 現在その鋒矢(ほうし)の陣の先頭にはアイオワが、そのやや後方左右にウォースパイトとローマが並び互いの射線を妨げない形で展開、更にアイオワの後方には翔鶴、サラトガという空母を配して最後尾にプリンツを置く、攻めると同時に置物に近い存在となった空母の守りを意識した配置にした為最小単位となる鋒矢(ほうし)の陣がそこに完成するに至っている。

 

 

「にしても対空砲火に榛名の砲を使って艦載機を潰したのは流石だって思うけど……砲撃戦はどうするつもりなのかなぁ、まさかこの何も無い開けたとこで格闘戦仕掛けるつもりなのかな?」

 

「流石にそれは無いと思うわ、幾ら近接に優れた艦であってもキロ単位で離れた相手に突っ込んで来ても辿り付く前に足を止められて終わりだもの、敵艦隊に強力な支援が出来る艦か航空戦力があるなら話は別だけど、そうじゃ無ければこの距離を詰めるなんて物理的に不可能よ」

 

「まぁ噂だけ聞けばプリンツが邪推しちゃうのは当然だと思うけど、ここからあの水路までは距離にして凡そ5km、そこから飛び出してきてもこちらは10kmちょっと後退するマージンがあるし、彼女が私達の三倍程の航行速度を出さない限りはサラが言う様に格闘出来る距離に到達するのは不可能ね」

 

「計算してみたけど引き撃ちをする相手に都合5kmの距離を詰めるには相対的にこちらの三倍程の航行速度を出さないといけないわね、そしてそれまでは飛んでくる砲撃を全弾躱して接敵する必要がある、更に最後はこっちの全員を殴り倒す……そんな馬鹿げた事出来ると思う?」

 

 

 ローマの言葉にプリンツは無言で首を左右に振って溜息を吐く。

 

 現状考えられる交戦パターンは幾つかあるも、第二特務課には大本営艦隊よりも硬い艦が少ない、砲撃距離に劣る、火力が足りないの三拍子が揃った状態であるというのが彼女達の予想である。

 

 その大坂鎮守府は色々とんでも兵装を運用していると噂もあったが、それは確認された物では無く、またこの戦況を引っくり返す程の物があるならば、どんな手を労しても大本営艦隊が演習に勝つ事など不可能と考えられる程には馬鹿げた何かが無いと大坂鎮守府側には勝ちの目が無いこの状況。

 

 

 そして暫く、緊張による無言の時は刻々と過ぎていき、幾度かの深呼吸を済ませたアイオワの視界に波影とは明らかに違った光の反射が視界に入る。

 

 航行の為と思われる白い波、微かに見える人の形、それは己が倒すべき相手、第二特務課艦隊の艦娘の姿。

 

 

Enemy ship confirmation.(敵艦確認) 全艦迎撃準備!」

 

 

 距離を測り、頭の中で砲撃に向けてのカウントを開始する、睨む相貌に見えるは紺のセーラーに身を包み、艤装を対空兵装で固めた高雄型三番艦。

 

 その艦娘を先頭に後ろでは複数の航跡らしき白波が立っており、陣形は恐らく単縦陣、事前に予想したシチュエーションに違わぬ状況が目の前に展開されている、恐らく現在の最大火力である金剛は陣の中央辺りを(はし)ってる筈、そして弾幕を僚艦で受け止めつつ突貫し、射程距離に入れば砲弾を撒いて牽制、しかる後弾薬が尽きた榛名を格闘が成せる距離へと押し込んで来るのだろうとアイオワは予想を立てていた。

 

 そしてその予想は概ね外れてはおらず、金剛の居る位置が予想よりも前という部分以外はアイオワが読んだ状況がそこに展開されていた。

 

 

 たった一つだけ、その予想と大きく違う部分を残して。

 

 

 金髪の米戦艦がカウントを終え、砲撃を開始しようとした瞬間耳に聞こえてくる間延びした音。

 

 空気を切り裂き徐々に大きくなるそれは、反射的に身を硬くさせる程には聞き馴染んだ事のある悪魔の口笛。

 

 

「え!? ナニ?」

 

 

 在り得ないタイミングで聞いた音に目を見開き、思わず砲撃開始の声を飲み込んだ瞬間右手より何かが破裂する音が聞こえ、同時に視界に入ったのは崩れ落ちる僚艦(ローマ)の姿。

 

 その様を見れば大量のペイント液に上半身を染め、その場で膝を着くイタリアが誇る高速戦艦。

 

 

『Roma轟沈』

 

 

 耳に聞こえる判定の声、その声が目の前に映る現実に唖然とした心を引き戻し、反射的に『回避』という言葉を口から(ほとば)せる。

 

 続く笛の音、それは着弾こそしなかった物の、隣に居るもう一人の僚艦(ウォースパイト)の直近で在り得ない程の水柱を発生させて体勢を大きく崩させていた。

 

 何故、どうして、こちらの射程範囲にも縮まっていない距離で相手の砲弾が届くのか、弾着観測も無しに命中弾という正確な凶弾が飛んでくるのだろうか。

 

 

全艦回避運動(之ノ字航行)をしつつ後退! 相手はこっちの射程に入ったわ! 焦らず予定通り"引き撃ち"を開始して!」

 

 

 翔鶴の半分悲鳴に近い激を受けて行動を開始する、動けないローマをその場に残し、代わりに最後尾に居たプリンツが前に出る。

 

 その間にも二発程至近弾が前の三人を襲い、回避は出来たものの肝心の砲撃に中々移る事が出来ず、更には三式弾による物と思われるペイントが周りに障害となって飛び散っていく。

 

 

「くっ……兎に角今は敵を近づけないで、反撃開始! Open fire!」

 

 

 狙いは甘いまま、それでも構わず前に見える敵艦隊に向け砲火を放つ、16inch三連装砲 Mk.7が撒き散らす炎と爆煙、その先に見える、微かに確認出来る敵艦隊。

 

 

 先頭を(はし)る重巡の後ろ、朱と白に彩られた和装とも洋装とも違う特徴的な装束、砲撃に煽られ流れる髪は駿馬の如き栗色を流している。

 

 その艦娘の艤装に乗るのは己が持つ物よりも大きく、そして無骨な砲塔であった。

 

 

「Shit! 流石に46cmじゃ当てるのは難しいネー!」

 

「無理に命中させなくてもいいからもっと弾幕張れよ! 三式なんだからイケるだろ! こっちはもう中破なんだぜ、これじゃ予定より早く脱落しちまうよ!」

 

 

 先頭を(はし)る摩耶、その後ろでは金剛が顔を顰め艤装に乗せた46cm三連装砲から三式弾を吐き出しつつ悪態を吐いていた。

 

 通常積む事も無いその大口径砲、それはこの演習の為に大和より借り受けて艤装に乗せた砲であり、対空戦闘の為にだけ三式弾を満載してきた。

 

 結果から言えば残弾が僅かに残る状態ではあったが、それでもその射程は35.6cm砲よりも遥かに遠くへ届く為、命中はしないだろうという事を承知のめくら撃ちでの弾幕射撃を第二特務課艦隊旗艦は行っている。

 

 その更に後ろでは榛名が前を(はし)る二人の間を縫う様に狙いを付け、遥か先に展開している敵艦隊に向けて砲火を放っている。

 

 

 その金剛型三女が背負う砲は前を(はし)る長女よりも尚巨大な51cm連装砲、それに詰め込まれるは満載のままの演習用徹甲弾、オートローダーで装填されるそれは次々に装填されていき、彼女にしてはやや雑な狙いでありながらも敵艦へ向けてそれを放っていた。

 

 

 第二特務課艦隊の戦艦二人、この金剛姉妹が担ぐ砲は片や通称大和砲、そしてもう片方は超大和砲と呼ばれる砲であった。

 

 その二つは世界最大と言われた規格外の砲であり、大本営艦隊の艦娘が備える主砲よりも射程距離、そして当然威力も遥かに上回っている。

 

 

「流石に……あの精密射の後だと移動射撃は辛い物がありますね……」

 

 

 榛名が顔を歪めつつも砲撃を続行、それは敵の至近へと到達はする物の命中弾とはならずに盛大な水柱をそこに発生させている。

 

 既に双方は砲の射程距離の内にあり、砲撃を躱しつつの激しい戦いの様相を呈していた。

 

 片や後退しつつの引き撃ち、そして片方は全速で距離を詰める、背面航行と全力での前進という速度差によって彼我の距離は徐々に縮まり、それと共に互いの体にはダメージの変わりに鮮やかな蛍光塗料の色が濃く広がっていく。

 

 

「殆どinterval(休憩)無しでコレだから狙いが甘くなっても仕方ないネー」

 

「それでも今止まってしまうとこちらの足が潰されてしまいます、お姉さま、申し訳ありませんがもう少し我慢して下さい……もう少し、あと少し距離が詰まったら、最大船速で突っ切りましょう!」

 

「All right! 任せるネ!」

 

 

 日本が誇る大和型戦艦、太平洋戦争以降戦艦という艦種がこの世から消え去った今、大和と武蔵は排水量、砲の巨大さ、それらは全て世界最大という記録をそのまま現在も歴史に刻んでいる。

 

 それは世界最大のサイズを誇る戦艦ではあったが、内部に詰め込まれた機構は革新的な技術が投入され、巨大さだけに目がいってしまうがその性能は世界水準を遥かに凌いでいた。

 

 備える砲の威力、ダースを超える魚雷や爆撃でも尚沈まぬ船体構造、この艦は巨大ではあったがその実これらの性能を詰め込んだ艦としては実はコンパクトと称される程には先進的な艦であったという。

 

 

 そんな艦が備えていたとされる機構、『同時射撃装置』

 

 大和型に搭載されていた、またはその構想があったと言われる機構は大和型二隻を無線信号でリンクさせ、主砲の同時発射による集中攻撃を、または足並みを揃えての運用を実現させる為の機構であった。

 

 未成艦であっても想いがあれば、必要とされれば形と成す艦娘の建造システムにあって、この存在したか不明な機構は大和型である艦娘二人の、その主砲には備わった状態で姿を成していた。

 

 その砲に備わる機構を作動させ得る条件は互いに強い絆で結ばれた者がこの砲を装備している事、そして今金剛姉妹が艤装に積むのは大和型に装備される巨大な砲。

 

 

 その機構はこの姉妹にも反応し、あの対空戦闘では金剛がある程度の狙いを定め、榛名が精密調整をした上で対空射撃を行うという荒業を以って切り抜けた。

 

 高々度へ至る射程距離、そして威力は46cm三連装砲に装填された三式弾であればそれは可能であり、またその子弾の数と散布界は破格の口径も相まって想像以上の威力を発揮する。

 

 加えて今でこそ近接特化ではあったが、それまでは超精密射撃を旨として戦ってきた榛名が行った結果それを敵機に直撃させ、後に続く機も巻き込むという戦いが繰り広げられたが為に、たった一時間という短時間で100機を超える爆戦を叩き()とすという馬鹿げた結果を生み出すに至った。

 

 

 そんな対空砲火を経て直接敵と対峙した榛名の背負う51cm連装砲は当然ながら弾薬は満載のまま、長時間の対空戦闘は彼女の集中力を大きく疲弊させる結果にはなってはいたが、それでも大本営艦隊の戦艦を上回る射程距離と威力を温存しての会敵を持って現在に至っている。

 

 

「すまねぇ! そろそろ看板だ!」

 

「OK! 後は任せるネ!」

 

 

『摩耶大破』

 

 

 単縦陣の先頭でヘイトを稼ぎ、敵弾をその身に集中させてきた摩耶が限界を迎え、轟沈の判定が出る前にその尻を蹴り飛ばすという乱暴な方法で金剛が番長を脱落させて艦隊の先頭に立つ。

 

 

 大本営艦隊との彼我の距離はまだ遠く、旗艦である為に轟沈は避けなければならない艦隊旗艦はそれでも後ろに続く僚艦を突入させねばならなかった。

 

 そんな見た目絶望的な状況であっても口角は上がったまま、鉄の雨が降り注ぐ戦場の只中でも金剛は笑っていた。

 

 

 それはどんな窮地にあっても諦めないという意地と矜持、そして今の状況に充分な勝機を見出した為に浮かべた物であった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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