後日談です。
サブタイトルを付けるなら……勘違い、眠り、幸せとかになると思います。
それと、釈然としないと思われます。
こんな形で終わるの?と、思われると思います。
それでもよろしければお進み下さい。
では、どうぞ。
あれから二十六年。特に問題もなく静かに暮らしている。暮らしているところは、人里と妖怪の山との中間付近にある森の中。そこのボロ屋を直しながら暮らしている。
暮らし始めた当初こそ、薪も満足に調達出来ない。食料を買いに行くのにも一苦労。始めての農業。分からない、慣れていないことだらけ。それでも、なんとかここまで生きてこれた。
俺は生きなければならない。いや、寿命で死ななければならない。病気でも、他殺でも、自殺でもいけないのだ。
何度も死にたいと思ったさ。
街中で、『どちら様でしょうか?』『初めまして』
と、言われるのだ。
何度も
何度も何度も
何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
あの人たちも、何度も訪れている八百屋でも、何処にも俺の居場所は無かった。
けど、同時にそれが心地好くもあった。
誰かの生活を壊すこともなく、家族を引き裂くようなこともない。そんな安心感。
だから、俺はまだ生きていられる。生きてこられた。
後、どれ位生きていけば良いのだろうか?後、どれ位この虚しさと戦わねばならぬのか。
「……食材が切れかかってるな」
一度頭の中をリセットし、現状を把握する。夜まで持つとは思えない量の野菜のみが、氷を使って冷やす冷蔵庫の中に入っていた。
「畑には…………まだ育ちきっていない、罠は仕掛けていないから……買いに行くしかない、か」
畑に何か残ってはいないかと外に出てみるも、まだ収穫するには早すぎる野菜たちが太陽の光を浴びていた。
やはり、肉も多少は食わなくてはならないので、森の中に罠を張っている。だが、今日に限ってはこわれていないかのチェックするために全て回収してきていた。
「魚を釣りに行ってもいいんだが……どうせだから明後日の分ぐらいまで買いだめしておこう」
太陽は真上より少し傾いているぐらい。これならば特に危険もなく人里まで向かうことが出来るだろう。
お金は、拾った貴金属や外から流れ着いたものを骨董品屋に売っている。しかし、お金を使うのもこう言った非常時のみなので溜まる一方。
戸棚からお金の入った袋を取り出し、外の世界で言う一万円ほど取り出す。それを腰巾着に入れ、人里に向かう準備は完了した。
冬が過ぎ、春に入ったとはいえ、まだ外は寒い。食材が腐りにくくなるのと、氷が簡単に手に入るのは有難い限りだ。しかし、こうも寒いと外に行くのは嫌になってくる。
厚着をし、外に出る。息を吐く度に白くなってくる程度には寒い。そんな中を歩いていく。人里まではざっと四十分程度は掛かる。薪には余裕があるから、帰ったら囲炉裏に当たろう。
しっとりと湿った草達。長年歩き続けて出来た通り道を真っ直ぐ歩んでいく。
今は春、カブやキャベツ、水菜もあるだろう。キクラゲなんかも置いてあるだろう。
煮付け、鍋なんかがいいかも知れない。だが、野菜だけだと少し味気ない。もう魚を釣りに行く気分ではないから、今日は奮発して鶏肉も買っていこう。
なんて事を考えていたら、目の前から一人の女性が歩いてきた。その女性は手に大きめのかごを持っていた。日差し避けの麦わら帽子を被り、その隙間からは白い肌と金色の髪が覗いている。
「こんにちは」
「こんにちは」
こちらに気付いたのか、女性が挨拶してきた。
それに対し、こちらも挨拶を返す。
「ここら辺では見ない顔ですが、どちらから?」
「この道を少し外れた獣道の先にある森に住んでいるものです」
「…………」
女性はあからさまに警戒の視線を浴びせてくる。それは、しょうがない事だろう。魔法の森とはまた違う位置にある、比較的小さな森。つまりは、妖怪達の根城になっていてもおかしくない所から、見ず知らずの人間が現れているのだから。
つまり、彼女は、俺が妖怪か何かで人里に危害を加えないかを警戒しているのだ。
こんな視線を二十年以上も浴びていれば、嫌でも分かる。
「あはは……警戒するのは分かりますが、これでも何度か人里には訪れています。勿論、悪さをするためにではなく買い物に行くためにですよ?」
「そう……なら、そう信じておくわ。ごめんなさいね」
パチンっと彼女が指を鳴らすと同時に、俺を取り囲む様にして人形が現れる。いや、姿が見えるようになった。の方が正しいのだろうか。
最初から、彼女は俺を殺すつもりで人形を配置させておいたのだ。逃がさないように、見えないように細工された人形たちを配置して。
「それじゃぁ、先を急いでいますので。さようなら」
「ええ、引き止めて悪かったわね。さようなら」
彼女と別れ、人里へと再度足を進める。
獣道はとっくの昔に歩き終わり、今はきちんと舗装……とは言ってもの道なのだが、比較的安全な道を歩いている。ここを真っ直ぐ後ろに進めば、妖怪の山。途中で右に曲がれば魔法の森へと続く。
さて、ちょっとしたイベントはあったものの、無事人里へと到着した。何時も利用している八百屋は人里の大通りの端にある少し古びた八百屋。そこが第一の目的地だ。
細道を進み、何度か曲がりながら大通りへと出る。大通りはいつも通りの賑やかさだ。
「いらっしゃいいらっしゃい!!八意印の薬はいりませんかー!!ほら、てゐも声出して」
「なんで私が鈴仙と一緒にこんな事を……」
「アンタが師匠の部屋から薬を持ち出したからでしょうが……ッ!!そしてなに?人間が来なかったから野生動物に投げ掛けた?むしろこの程度で済んで良かったのよ」
「ちょいとごめんよ。風邪薬を五つほど貰えるかい?」
「あ、はーい!!毎度ありー。って、お客さん新顔ですね。それじゃあ今後ともご贔屓にと言うことで、一つオマケしときますね!!」
「ありがとう。でも、キチンとお金は払わせておくれ。俺一人だけオマケを貰うってのも居心地が悪いんだ」
「むう、そう言うなら」
俺は約三千五百円を払い、五つの丸薬を携帯用薬入れ、印籠へと入れる。
「……はい、丁度ですね。それじゃあ今後ともご贔屓にお客さん!!」
「あざしたー」
「ありがとうございます」
まるで姉妹のような二人の言動を見ながら、お礼を言ってその場を去る。こうして外で販売されることは少なく、見つけた時は出来る限り買うようにしている。家のストックも残り少なくなってきていたのでちょうど良かった。
偶然の事にちょっと得をした気分になりながら、八百屋を目指す。
八百屋の前は数人の客と、店の店主やその妻、子供たちがせっせと働いてた。
『いらっしゃい!!お兄さん見ない顔だね?まあなんにせよ、いいもん揃えてあるから見ていきな。安くしとくよ』
「それじゃあ……」
予想通り並べてあるカブ、キャベツ、水菜、キクラゲを真っ先に買う。外の世界とは見た目が違ったりするが、使用方法にはあまり違いはないので、気にしない。後はゴボウ、春菊、椎茸……ぐらいでいいか。これなら三日四日は持つだろう。
店主に約二千円渡し商品を受け取る。野菜たちは風呂敷に包み家まで持って帰る。
『はい、毎度!!』
「それじゃあ」
『また来てくれよ!!っと、珍しいな、吸血鬼なんて』
「え?」
唐突に店主が呟いた。その視線の先を追ってみると、手を繋ぎ、傘をさし、笑顔を振りまきながらはしゃぐ金髪の女の子。そして、苦笑いを浮かべながら引っ張られている姉の姿。その後ろに追従するメイド。気だるそうにしている主を、後ろから押し急かす悪魔。
そして、それを微笑ましそうに見守る女性。
中国風のドレスに身を包み、何時も被っている帽子は今日はなく、代わりにその長く、美しい朱色の髪を一本の簪で纏めていた。
『おや、お客さん吸血鬼を見るのは初めてなのかい?ここ数年前からチラホラと人里にも出てくるようになったんだ。ほら、赤い館……紅魔館だったか?そこに住んでるんだ。数十年前に吸血鬼と天狗との間で大きな戦争があってねぇ、勝ったのは天狗側。あの吸血鬼達はその生き残り。まあ、吸血鬼じゃないのも混じってるみたいだけどな。と、噂をすればなんとやら、一人こっちに来たぞ』
店主の説明を聞き流しながら、視線は吸血鬼一行を追っていた。その中のひとり、朱色の髪を持つ女性がこちらに近付いてくる。
鼓動が早くなる。
女性がすぐ隣に立った。
「すいません。ミカンを六つ頂けますか?」
『はいよー!!まいどあり!!』
「ありがとうございます」
彼女は店主からミカンを買い、後ろを向いた。
その横顔が視界に映る。そして、目が合った。
ドクンッ
心臓が一つ大きく跳ねた。
この数十年、何度も似たような状況になってきた。けれど、一向になれることは無かった。気付いているのではないか、本当は忘れられていないのではないか。そんな不安と希望が入り交じる。
「あの、私の顔になにか付いてますか?」
彼女が話し掛けてきた。心臓が痛い、息が苦しい。
「ぁ…………」
「あの大丈夫ですか?随分苦しそうですけど……」
「大丈夫、大丈夫です……」
手振りで大丈夫と表しながら、大きく深呼吸を何度か。
「すいません。お騒がせしました」
「そうですか。体が弱いのなら無理をしてはいけませんよ?」
「そうしておきます。ところで、その簪綺麗ですね」
「そうですか?ありがとうございます」
「贈り物としてとても良さそうです。何処で売ってあるのですか?」
「すいません……それは分からないんですよ。少し前に自分の部屋で見付けたのですが……自分で買った記憶なくて……でも、妙に大切に保管されてたんですよね」
「そうですか……そう言えば、この先の骨董品屋で見た気が」
「本当ですか?じゃぁ、一緒に行ってみます?」
「いえ、私は遠慮しておきます。折角の家族水入らずの輪に入っていけるほどの勇気はないですから」
これ以上は無理だ。これ以上いたら、彼女に泣きついてしまうかもしれない。そこから逃げるようにしてその場を後にした。
「随分遅かったじゃないか。男にでも絡まれたか?」
「そんな言い方をしてはだめですよ?それに、男の人ではなくて女の人でした」
「案外その女はお前に気があったのかもな。お前は同性にも好意を持たれそうだ」
「もう、いい加減にして下さい。と、すいません、この骨董品屋に寄っていいですか?」
「なんだ?なにか買うのか?」
「いえ、さっきの男性……じゃなくて女性の方がここで同じ簪を見たと言ってまして」
「そうか、良いぞ。私たちは向かいの茶屋でゆっくりしているとしよう」
「はい、それでは行ってきます」
走って、走って、人里の入口の所で息を整えた。
何も考えず、家へと帰った。何も感じたくて、何も聞きたくなくて、いつも通り、何も考えず家へと続く道を歩き出した。
「すいませーん」
『はいはい、いらっしゃい』
「あの、この簪と同じものを探しているんですが……」
『簪……?ほぉ!!あぁ、あの人はキチンと約束を守ってくれたんじゃな』
「これを買った人を覚えているんですか?」
『あー……確か……大きくて、気前がよかった……』
「はあはあ……なれないなぁ」
「お疲れ様」
「八雲さん……お久しぶりです」
「ええ、お久しぶり。最後に会ったのは……十年くらい前かしら?」
「確かそれぐらいでしたね。近況報告として、本日も近況報告ですか?」
「まあ、そんな所かしら。所でかなり疲れているようだけど?」
「ちょっと……ありまして」
「そう。その原因はもしかして……あれかしら?」
「えっ?」
八雲さんが俺の後ろを指す。
まさか……心臓の鼓動が早くなる。呼吸が荒く、息が出来ない。
嘘だ
「安心しなさい」
八雲さんの言葉と共に後ろを向く。
そこには、中国風のドレスに身を包み、緑色の帽子を被り、長い朱色の髪を風に靡かせている女性
紅美鈴が、微笑みを浮かべ、目尻に涙を溜めながら佇んでいた。
「松さん」
美鈴が、俺の、名を呼ぶ。既に無くなったその名を、呼んだ。
ああ、頬が熱い。
俺は、泣いてるのだろうか?
美鈴が、その両手を広げた。
「大丈夫ですわ、何も問題ありません」
後ろから八雲さんの声が聞こえてきた。
「あぁ……八雲さん、貴女は……酷い方だ」
今まで、ずっと耐えてきたのに……ああ、本当に…………
「美鈴……めー……り、ん…………………」
「まったく、酷いのはどちらかしら。まるで私を嘘つきのように。ねえ?そうは思わない?」
「…………そうですね、紫様」
男は動かない。あやつり人形の糸を切ったかのようにぐったりと、動かない。まるで、蝋燭の灯火がフッと消えるかのように、動かない。その体はどんどん冷たくなって、固まっていく。
その両腕に、愛する人を抱いたまま。静かに、眠りについたのだ。
『ああ、そうじゃ……香霖堂の店主がめいど……じゃったか?に渡していた気がするのぅ』
「ああ、おそらく咲夜さんの事でしょうね。ああ、そう言えば咲夜さんから誕生日プレゼントととして貰った気が……今後も付けましょうかね。ありがとうございました」
『いいんじゃよ。お主が付けた姿を見れてわしも満足じゃ』
勘違いをしたまま、静かに眠りに付いたのだ…………
お読みいただきありがとうございます。
色々と釈然としないと思われます。
こんな終わり方で申し訳ないとも思います。ですが、これはあくまでも佐々木松の物語です。そして、彼が眠った事により佐々木松の物語は終わりました。
因みに、前回を最終回にしたのは、あの時佐々木松自体が、自身の、佐々木松を捨てたからです。最期には戻りましたが。
なんにせよ、この幻想郷は、佐々木松が、男が望んだ幸せな世界となりました。佐々木松と言う存在が居なく、その上で全ての事が何だかんだで上手くいっている。そんな、幸せな世界。
既に存在しない男の犠牲の上に成り立つ世界。
これにて、『歪んだ愛をアナタに』完結とさせていただきます。
感想、評価、お気に入り、そして、読者の皆様、こんな駄文に1年以上も付き合って頂き本当に、ありがとうございました。
次回作に付いては、問題児を予定しております。
友人全員に問題児が面白そうと言われたからです。他の作品に投票していただいた方には、楽しみにしていただたのに申し訳ありません。
次回作はそのうちさらっと投稿していると思います。
それでは、こんどこそ……
長い間、この作品を読んでいただき、本当に、本当に、ありがとうございました。