歪んだ愛をアナタに(完結)   作:ちゃるもん

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投稿です。

では、どうぞ。


最終話 歪んだ愛をアナタに

「お別れは済んだみたいだったから連れてきたけど……大丈夫だったかしら?」

「……はい。ありがとうございます。それで、早速お願いしていいですか?」

「…………そうね。そうしましょう」

 

 付いてきなさい。そう言って先へと進んでいく八雲さんの後を追いかける。

 会話なんてものはなかった。

 

「ここよ」

 

 黒く、重苦しい雰囲気のある木の扉。その扉が独りでに開いた。

 

 八雲さんは何の躊躇いもなく、中へと入っていく。それに続き俺も中に入っていく。

 部屋の中は薄暗く、床、天井、壁、入ってきた扉にも赤い文字のような、文様のような……薄気味悪い絵にも見える何かが描かれていた。

 

「あんまり見つめ過ぎて気持ち悪くないようにね」

 

 じっと赤い何かを見つめていたからか八雲さんから注意を受けてしまった。

 だが、そんなにグロテスクなものでも無いような気がするが……いや、興味が無いから何も感じないだけか。

 

「さてと、貴方を消す前に色々と確認、説明させてもらうけど、大丈夫かしら?」

「お願いします」

「分かったわ。まず、今から行う儀式についてよ」

 

 今から行う儀式。それは、対象者の存在を無かった事にする儀式との事。歴代の博麗の巫女たちもこの儀式を行い、一部の特殊な存在以外からその記憶は抹消されているらしい。なんでも、博麗の巫女に対する対抗策を取られないため八雲さんが編み出したものらしい。こうして、博麗の巫女以外の存在に施すのは実に二、三百年ぶりとの事だ。

 

「そして、ここからが大事なんだけど……貴方、あの後アリス・マーガトロイドには会ったかしら」

 

 アリスさん?……そう言えば会っていない……な。

 

「その様子だと会っていないみたいね。この儀式に必要なものとして一つ、貴方が深く関わって来た存在との記憶が必要なの。そして、それは、アリス・マーガトロイドと永遠亭の因幡てゐ」

「因幡てゐ……?」

「貴方が掛かった落とし穴を作り、薬を掛けた張本人よ。そして、自分が助かりたいからと八意永琳を焚き付けた。そう言った存在の記憶をキチンと持っておかなければいけない。この儀式は貴方一人が苦しむことになる。この儀式の必要過程の一つに、貴方が寿命で死ぬ事が必要だから。貴方は今後の数十年を0と1だけの世界で生きることになるわ。貴方が死ぬまでの過程で、本当に、この世界で貴方を知る存在は私達、八雲だけとなる。これは、そう言う儀式」

 

 静寂が部屋を支配した。

 そして、その静寂を破ったのは俺だった。既に諦めている人間にそんな事を言われても、なんにも感じない。

 

「この儀式をした後、数十年立たなければ俺は消えることは出来ないのでしょうか?」

「あら、私とした事が。この儀式を今から始めて貴方の存在は無かった事になっていきますわ。それは、貴方の寿命と引き換えに貴方と言う存在が居なかった場合運命へとねじ曲げていきます。けど、先に貴方が死んでしまいましたら貴方が死んだと言う運命に書き換えられてしまいます。これ以上は空間と運命の関係性などの話になるので辞めておきましょう。要するに、貴方の寿命が削り切れるまでに運命の改竄を行う。しかし、その過程で何者かに殺されでもすれば、全てが水の泡。そう考えてもらって構いませんわ」

「なるほど、要するに死ななければ良いんですね。分かりました」

「この過程で心が壊れた巫女も何人かいました。引き返すならこれが最後ですよ?今なら紅魔の者達が暖かく迎え入れてくれることでしょう。それでも、続けますか?」

 

 当たり前だ。

 俺が此処で引き返したとしても、同じ過ちを繰り返す。そして、彼女達の思いを汚すことになる。

 それだけはあってはならない。それだけはあってはならないのだ。

 

「そうですか……分かりました。それでは、見てもらいましょう。貴方が残してきたものを……」

 

 俺と八雲さんの間に、歪みが生まれ、上下に裂ける。その先には、アリスさん宅での自室が映っていた。

 家具の配置も何もあの頃とは変わっていない。部屋も綺麗なものだが……ベットの上には一つの人形が寝そべっていた。

 ドアが開く。

 

 ボサボサな金色の髪を持ち、ヨレヨレの服を着て、その手にはくすんだ銀のトレー。

 トレーの上には水の入ったティーカップに、カビたクッキー。

 

 声は聞こえなかった。

 

 彼女は人形の上半身を起こし、ティーカップの水を人形の口元に持っていく。勿論、人形が水を飲むはずもなく、水は人形に染みていく。

 ティーカップを置き、今度はクッキーを手に取った。そのクッキーはぽとりとベットの上に落ちる。

 それに対し彼女は笑みを浮かべていた。

 

 そこに、別の金髪の少女が現れた。霧雨魔理沙だ。彼女は部屋の掃除を手馴れた様子で終わらせていく。

 

「取り敢えず、これだけ知っていれば大丈夫でしょう。大丈夫?吐きたいのなら吐いても構わないわよ?」

 

 裂け目が歪み、消えていく。胃の奥から酸っぱい物が喉へと戻ってくる。それを何とか押し戻し、八雲さんに返事を返す。

 

「だい……じょうぶ、ですッ」

「そう。なら、永遠亭。貴方はあまり多くの存在と関わりを持たなかった。今回ばかりはそれに喜ぶことね」

 

 先ほどと同じように歪みが生まれ、上下に裂ける。

 そこには、女の子がいた。

 

 両手足を鎖に繋がれ、真っ赤に染まった女の子が。

 

「あの子が因幡てゐ。貴方が永遠亭に来た事による一番の被害者。まあ、殆どが自業自得なのだけれど。今でこそああして静かにしているけれど、前までは酷いものだったわ。あの子は妖怪の中でもかなり長生きをしている部類でね……出生もちょっと特殊なの。そのせいか人間の子供に近い行動を基本的に取るように出来ている…………なんとなく想像が付いたかしら?

 そう、因幡てゐはね……貴方が働いている時から、貴方の代わりに研究材料として監禁されていたのよ。監禁できる大義名分、抑え込んでいた欲望、その欲望を刺激する格好の獲物……とは言っても、八意永琳の本来の獲物は貴方だったのでしょうけど。良かったわね、捕まらなくて。捕まっていたら因幡てゐの二の舞になっていたでしょうね」

 

 酸っぱい物が逆流してくる。抑え込もうとしても、流れが強く抑えきれない。

 

「うッ……」

「吐いても構いません。慣れていませんもの。しょうがない事ですわ」

 

 その言葉と共に、吐瀉物が床に広がる。ツンとした臭いが鼻を突き抜け、胸の辺りが気持ち悪い。

 

 八雲さんは、そんな状態で蹲る俺の背中をさすってくれた。自身の服が汚れる事も気にせずに。

 

 

 

「……すいません、もう大丈夫です」

「そうですか。それでは、早速儀式に移っていきましょう。部屋の真ん中へ」

 

 気持ち悪いのを我慢し、部屋の中央へと進む。

 

「それでは始めましょう。意識が無くなりますが、意識が戻ってくる頃には、貴方を知っているものは居なくなります。貴方を知っているのは八雲である私達だけ。それでは」

 

 赤紫色の光が幾つも現れ、俺の体の周りをぐるぐる回る。

 気が付けば床に倒れていた。

 瞼が重い。

 

 その重さとは裏腹に、心は軽かった。

 

 

「あ……ぁ…………よう、やく…………かいほ、う……される…………」

 

 

 暖かな温もりを感じながら、俺は瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫様。いくら何でもお戯れが過ぎるのでは?」

 

 部屋を出た八雲紫に声が掛けられる。そこには、九本の黄金に輝く尻尾を持つ一人の女性が不機嫌そうな顔で佇んでいた。

 

「あら、遊びは大事なのよ」

「そう言う事ではありません。私が聞いているのは、何故、儀式の内容で出鱈目を言ったのかです」

「あら、嘘は付いていないじゃない?」

「確かにそうですがッ……それでも、わざわざ生かしておく必要は無いはずです!!」

「ええ。確かに、この儀式はその者の寿命がどうこうと言ったものは必要ない。けどね、藍。私は人間を愛しているの。それは勿論あの子もね」

「……要するに、体のいい玩具が出来たから生かしておきたい……と?」

「あら、玩具なんてとんでもありませんわ。彼は私が愛した人間」

「だから、アリス・マーガトロイドの追ってから助けた。紅魔館で得体の知れない力のようなものを流し警戒させた。永遠亭で、わざと自らの正体をバラした。ようは遊びたかったのでしょう?」

「愛ゆえの行動……ですわ。現に私は、あの子を救っている。違う?」

「やはり……歪んでいますね」

 

 しかし、それも無理はない。

 藍と呼ばれた女性は考える。

 

 多くの身勝手な人間、妖怪の管理。幻想郷と外界との繋がりの維持。小さな異変から、天変地異の如き異変の後処理などを筆頭に、八雲紫が行っている仕事の量は馬鹿げたもの。それに加え、その殆どが自身の精神をすり減らすもの。さらには、何度も何度も何度も、博麗の巫女と言う理解者を同じ儀式で、自らの手で殺めてきたのだ。壊れるのも、狂うのも、歪んでしまうのも、無理はない。

 

「ええ、ええ、狂っていますとも」

 

 そして。一番厄介な事は……

 

「だから、どうしたというのです?」

 

 それを、自覚した上で。受け入れてしまっている。

 

「いえ……なんでもございません。でしゃばった真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「そう。では、戻りなさい。仕事が残っているでしょう?」

「……御意」

 

 藍はその場から去っていった。その、背中には哀愁が漂っている。

 しかし、彼女の主はそれに気付かない。

 

「愛していますわ、愛おしい人」

 

「いえ、どうせですから、あなたの言葉を借りましょう」

 

「捧げましょう。この」

 

 

 

 

 

 歪んだ愛をアナタに

 

 

 

 

 

 

 

True End

  歪んだ愛をアナタに

  End

 




お読みいただき有難うございます。

これにて、佐々木松の物語は終わりました。
次回のエピローグで本当に終わりとなります。

誤字脱字報告、感想、アドバイスがあれば、よろしくお願いします。

では、エピローグにてお会いしましょう。

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