知ったものを、今度は自分で壊す。
それも、大切なものだと知ったものを。
では、どうぞ!!
「…………んっぁ」
窓から差し込んでくる光の眩しさに目が覚める。布団から這いずり、だるい体を起こす。立ち上がり一つ伸びをする。
水瓶から水をひと掬いして顔を洗う。冷たい水は、まだ寝ぼけた頭を起こすのに最適だ。
備え付けの釜の中を覗くが、中は空っぽ。昨日は米を炊かず、野菜を食べただけなのでしょうがない。と、割り切る。しかし、なにも食べずに行くわけにもいかない。取り敢えず何かしら胃袋に入れておこう。
「……トマトくらいしかないか」
水に付けていたトマト二つ。それに加え、白菜の漬物。こじんまりとしたものだが、取り敢えずはこれでよいだろう。
「いただきます」
と、言っても量が量なので直ぐに食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせ皿を水に付ける。
「……あれ?」
そこで、ふと疑問に思った。鈴仙さんが来ていない。何時もなら部屋に既に居るか、訪ねてきている頃なのだが……
「まあ、たまにはそんな日もあるか」
むしろ、家主が寝ている部屋に無断で入って来ている事に疑問を持たなず慣れていることが可笑しいのだが。
さて、午後は紅魔館に行くので……二十円と五円(約二十五万円)ぐらいを持って行けば良いだろう。
二十円はレミリアさんから頂いたもの。返すのは野暮だろうが、これだけの大金を返さないわけにもいかない。
五円は念のために持っておく。幻想郷に銀行はない。勿論ATMなんて便利なものもない。なので、もしもの為に多めにお金を持っておくのだ。それも、万が一盗まれてもいい様に何個かに分けておく。
「それと、簪だな」
簪を懐にしまい、部屋から出る。
「あっ……」
「あ、鈴仙さん。おはようございます」
部屋から出ると、そこには鈴仙さんはの姿があった。だが、何処かその表情は沈んでいる。
「今日は遅かったですね。何かあったのですか?」
「……今日は行くの、やめません?」
最近八意先生と仲が悪いみたいだが……まさか、ここまで酷かったとは……
「流石に仕事を無断で休むのはいけませんよ。鈴仙さんは最近八意先生と仲が悪いみたいですが、それって自分が原因ですよね?」
「……そうですけど、違うんです!!」
俺の言葉に発狂するように否定する鈴仙さん。その瞳には涙が貯まっており、その紅い瞳は怪しく輝いていた。
「ごめんなさい……強引ですけど、ここで大人しく」
「うっ……」
頭を殴られ続けられているような鈍い痛み。激しい吐き気。それ等を押さえ付けるかのような眠気。
何とか瞼を降ろすまいと踏みとどまるが、彼女の瞳がそれを許さない。
「しっかりしな佐々木松!!」
パンッ!!
「いっ……!!せき、ばんきさん?」
頬に伝わる鋭い痛み。その痛みのおかげか、頭痛も吐き気も眠気すらも嘘だったかのように消えてしまった。
そして、目の前にいたのは赤蛮奇さんと、床で呻いている鈴仙さんの姿だった。
「どうして……?」
「当たりを付けてたって言っただろう?それが、あの兎だったのさ。アイツの放つ流れが原因だったんだよ」
「波長を操る……でも、なんで」
「さあ?それは私には分からん。けど、アイツの狙いはアンタだ。ここはあたしが抑えておくから先に行っときな。帰ってきたら酒でも奢ってらわなきゃね」
全部赤蛮奇さんに押付けるのは気が引けるが、今は非常事態。ここは有難く赤蛮奇さんに任せて八意先生に話をしに行こう。
「すいません」
「はいよ。任せな」
「だ……め……」
「アンタは大人しくしてな。どうせ相性は悪いんだ。能力が波長を操るものだとして、同時に幾つもの波長は操れないだろう?」
そうして現われたのは赤蛮奇さんの顔。それが空中に幾つも浮かんでいる。
しかし、今はそれに驚いている場合ではない。一刻も早く永遠亭に行かなければ。
後ろからの呼び止める声に後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした。
■□■□
里を抜け、林を抜け、竹林を抜けた。
そうして漸く辿り着いた永遠亭。そして、そこには鈴仙さんの師匠である八意先生の姿。
「はぁはぁ……」
「随分遅いから表で待っていたけど……随分疲れているようじゃない。取り敢えず中で話を聞きましょう」
「いえ……ここで、大丈夫です」
深呼吸を何度か繰り返し、息を整える。
「すいません、お待たせしました。実は鈴仙さんがですね……」
俺は、鈴仙さんが無理やり俺を拘束しようとしたことを話した。
「そう……」
「なにか心当たりはありませんか?」
「あるわよ。教えてあげるから付いてきなさい」
「いえ、あるならいいんです。今鈴仙さんを赤蛮奇さんに抑えてもらってますから、行きましょう」
「いえ、貴方がこっちに来てくれれば全部解決するわ。だから、こっちに来なさい」
そう言って俺の腕を掴もうとしてくが、反射的にその手を振り払ってしまった。振り払わなければいけない気がしたのだ。何故なら、今の彼女からはアノ時のアリスさんと同じ感じがする。
「なにを……焦っているんですか?」
「貴方こそ、何で後ずさっているの?」
「質問に質問で返さないで下さい」
お互いに見つめ合う。その間にも、少しずつ後ずさる。妙に冷たい汗が背中を伝う。
その時、八意永琳が溜め息を吐いた。
「はぁ……あの子なら洗脳でもして連れ帰ってくるとおもったのだけど。本当はこんな無理やりじゃなくて、貴方がなにも言わずに付いてきてくれると嬉しかったのだけど。これじゃあしょうがないわね」
ダッ!!
八意永琳の言葉が終わると同時に、後ろに走り出す。が、襟首を掴まれたのか、強い衝撃で息が詰まる。
「ガッ!」
「目の前で逃げだそうとしているのを捕まえないほど、馬鹿だとおもったのかしら?」
「ごホッごホッ!!くそ……ッ!!離せ!!」
「それじゃあ、いきましょうか」
襟首を掴んでいる腕を何とか引き離そうと試みるが、片腕でしか離そうとはしていないものの、両手であろうと引き離せる気がしない。なす術なく引き摺られていく。
その時、地面が揺れた。
ドゴンッ!!
「何をしているのかしら、永琳」
「姫さま……」
「私が地上に来たかったのは、そこにある命と言うものを見たかったから。それに同意してくれたのは貴方だった。そして、その命を守る為に薬剤師になってくれた。そんな永琳が、その目的に反するような行動をする訳がないわよね?」
この声は、蓬莱山輝夜さんだろう。屋敷内でも何度か会う事があったが、最近は睨まれてばかりだった。が、助けてくれるのだろうか……
「それは……」
「部屋に戻りなさい。話は後で聞いてあげる」
「輝夜……分かりました……」
急に襟首を離され、軽く腰を地面に打ち付けた。
「っ……あいたた……」
後ろを振り向くと、そこには予想通り蓬莱山さんがいた。そして、隣には抉られた門。何があったかは想像したくはない。
「助かりました。有難うございます蓬莱山さん」
「あー、良いから。取り敢えず口を開かないで頂戴」
ゾクッ
その声に体が固まった。怒気と殺気が俺の体にまとわりつく。
「本当、良くやってくれたわよね。あのスキマ妖怪に気に入られているみたいだからどんな面白い奴かと思ったら……とんだ疫病神よ。てゐは何処かに行ってしまうし、永琳と鈴仙は仲違い。それも殺し合いに発端しそうになるほどにね……ッ!!それもこれもオマエが原因ときた。私の居場所を壊して楽しかった?私の家族を壊して楽しかった?永琳が何をしたかった教えてあげましょうか?貴方を使って人間を理解するつもりだったのよ。そして、それに反抗したのが鈴仙。私は今の状況が好きだった。けれど、それをお前が壊した。私からしたら、貴方を殺したい。けど、それは私の決めたルールが許さない。今回だけは見逃してあげるわ。もう、私の前に姿を表さないで頂戴。この疫病神がッ!!」
そう言い残し、彼女は屋敷へと戻っていった。
俺は、この世界で、家族の大切さを知ったつもりだ。
そして、今度はその家族を壊した。俺は何をしたかった?変わりたい?何のために?家族のために?だから、家族を壊していいのか?そんなわけない。そんな筈がない。
「あっ……あっ……誰か……俺を、俺を―――」
『その願い、聞き届けましょう』
お読みいただき有難うございます!!
壊れかけ、直され、ネジ曲がり、そして折れる
そんな松の元に現れた最後の人物は一体……
誤字脱字報告、感想、アドバイスがあれば、よろしくお願いします。
後、5話程度で完結かな?
では、また次回〜