リーンホースを中心とし、周りをクラップ級の巡洋艦が随伴艦としてリーンホースを囲む形で、海面へと進水する。前方には先行艦、サラミス改級巡洋艦のブルック。タグボート…けん引してもらう艦だ。ブルックがリーンホースを引っ張り、宇宙の低軌道に入ったらリーンホースが動くわけだ。
口で言うと簡単だが、この一連の流れはとても難しい。リーンホースは勿論の事、敵の襲撃で先行艦のブルックがやられると、宇宙の進出が不可能になる。
「しかし、よりによってこんな悪天候か…」
MSデッキのハッチは開いており、俺は空を見ながら顔を顰める。雨のジトジトと、湿った感触は好きではない。不快な気分に無理にでもさせられるからな。ユカも俺と同じ、空を見上げている。彼女も雨が嫌いなんだろうか?
「どうしたユカ?ブリッジでの覇気はどうしたんだ」
「メオか…。…宇宙へとまた上がれるのは嬉しい。…が、本当に勝ち目があるんだろうかなってね…実際不安なのよ、カイラスギリー艦隊との戦いは…」
ユカも普通に、この先の事について不安だったんだな。その戦いで、ユカの仲間などが死んでいるんだ。彼女はバグレ隊の二の舞にはなって欲しく無いのだろう。俺もリーンホースが進水を始める前は、そんな感じだったが、海を見ていたら、ある言葉を思い出した。
「背水の陣だよ。危ない状況ならば、士気も上がるもんさ」
「…私達の戦いもその言葉に当て嵌まるって事か?だけど、そんな確証があるのかい?」
「まぁ、少なくとも地球を守らないといけないんだ。気持ち的には必死になるだろう?」
そんな事を言っているけど、俺は自分の身を守るのに精一杯だ。そんな余裕があるかどうか、わからない。
「確かにね…しかしメオ、あんたは何故、リガ・ミリティアと一緒に戦っているんだい?私と同じ、ベスパに恨みでもある?」
「これといって、戦う理由なんてないさ。俺はリガ・ミリティアの戦闘に巻き込まれて、仕方なく戦う事になったんだ」
ユカはそうなのかいと、再度空を見上げる。まだしんみりとした曇天が広がっている。早く晴れないかなぁと、今改修がどこまで進んでいるか、デッキへと戻る。
「今は宇宙仕様へと改装中ね…」
背中にある、4連マシンキャノンは既に取り付けられており、今は脚部などにアポジモーターなどを取り付けている。一応、宇宙でも動かせる事は出来るようだな。あとはジェネレーター出力を強くしてもらって…。後頭部を掻きながら、改装までの順序を確かめる。すると不意に、機体と砲台の色が違う事に気づく。
砲台の真っ白な色と、機体の灰色…ミスマッチして見栄えが悪いな…。
「ああいう中途半端なのは…嫌なんだよなぁ。早く塗装してくれよ…」
1人で愚痴っていると、肩をポンポンと叩かれた。俺は誰だ?と思い、後ろを振り向いた。
そこにはガタイが良く、厳つい男性がレンチを手にしており、堂々と腕組みをしていた。表情は笑っている…が、その目が笑っていない。
「中尉殿…我々メカニックも忙しい身なんですよ。そこをわかってくれませんかねぇ…?」
「わ、わかった…」
メカニックのストライカーは、口調は優しいものの…どこか言いようのない恐ろしいものを感じる。そんな気迫のある男に、俺は声を上ずりながら返事をする。
ストライカーは、睨みながら現場へと戻って行く。やっちまったな…明らかに敵視してたぞ。
これからの人間関係に頭を抱えていると、近くで爆発音が聞こえる。
「な、何だ!?」
デッキ内がどよめく中、艦内放送の信号音が流れた。
『ブルックが魚雷で被弾した!直にこちらにも攻撃がくる!!動けるMSは直ぐに出撃してくれ!!』
ゴメス艦長の指示に、各自持ち場へと急いで向かっている。こんな時に敵襲…リガ・ミリティアが此処で宇宙へと上がろうとしているのがばれたのか。海上での戦闘なんて初めてだぞ…。ジェムズガンへと向かい、ワイヤーロープで身体を上昇させる。
「ちょっ…ちょっと待って下さいよ!コイツはまだ改修中なんですよ!?」
「大丈夫だよ動けりゃあいいんだ!!」
コックピットを整備していたメカニックが、腕で入れないと制止する。その腕を払いながら、俺は無理やり乗り込む。
「早くアームを降ろせ!!」
「どうなっても知らないですからね!!」
メカニックはアームを搭乗しながら、降ろしていく。これでジェムズガンが通るスペースは確保できた。まだ整備中というのが不安ではあるが、その前にこの艦が沈んだら、元も子もない。
「…よし動けるよな?」
レバーを押し、機体を外へと動かす。機体の重量が増えており、やはり動きが鈍い。出力がまだ、そのままであるのも原因か。既にガンイージ達は前方へと、水中にいる敵機を迎撃しに向かっている。
『メオ、聞こえるか!ブルックの防衛は、シュラク隊に任せておけばいい!』
「じゃあ俺は何をすりゃあいいんですか!」
『リーンホースを守ってくれ!』
守れと言われても、奴らは水中にいるんだぞ?ビームはまだしも、実弾なんて無意味だ。俺の役割の必要性を感じられない。そんな疑問を抱いた…がそうでもない様だった。
「!?きやがったか…!!」
前衛にいたクラップ級巡洋艦の甲板から、オレンジ色のMSがバーニアを吹かして、背中にある菱形のミサイルをリーンホースに向けて発砲。
「させるか!!」
それをビームライフルで撃ち抜き、リーンホースのブリッジの前で大きな爆発が発生した。そのまま、ナマズもどきのMSは、爆発を背景にリーンホースへと着陸し、ビームサーベルを取り出す。接近戦という事か。
ならば…と思い、こちらもそれに応じるよう、ビームサーベルを取り出そうとしたが、モニターには今装備できる武装で、サーベルの表示がない。
「ま、まさか…!!」
やってしまった…!整備中にビームサーベルのグリップを外しているのを忘れていた!こんなのうっかりってレベルじゃない…!敵はそんな事を御構い無しに、ビームサーベルを振るう。
「うおおお!?」
襲いかかるビームサーベルの刀身を、ビームシールドで防ぐ。距離を置かせるため胴体に蹴りを放つ。ナマズもどきはビームサーベルを海に落とし、倒れる。しかし、こちらも衝撃が伝わり機体が揺らぐ。
「や、やばい…!!」
機体のバランスを取るのが難しい。コックピット内が強く揺れており、酔いそうになる。とても気持ち悪い
ナマズもどきは、左腕に装備されたビームガンをこちらに放つ。この場での戦闘は、避ける事ができない。流れ弾がリーンホースに当たるからだ。必死に防ぎ、反撃として両肩にある、マシンキャノンを放つ。弾丸を放つ毎に、薬莢がゴロゴロと散らばっていく。
「落ちろぉぉ!!」
弾丸の嵐が、ナマズもどきに叩き込む。腕にあるビームガンをマシンキャノンの弾丸によって破壊する事ができた。しかし、水中での戦闘を考慮されているMS。海の水圧に耐えられる装甲を持っており、多少は凹むものの、致命的な破損には至らなかった。ナマズもどきは、そのまま弾丸を物ともせずに、こちらへと接近する。
「何だよこいつは…!!」
ベスパのMSは、元々は異形である。こいつも例外ではない。ナマズの髭のようなセンサーが光っており、深海生物の様な不気味さも持ち合わせている。
ナマズもどきはアイアンネイルを振りかざす。ビームシールドで防ぐものの、やはり出力の差か。パワーで機体ごと押されている。
もうこうなったら、無理やりにでも倒してやる…!
「ナマズがっ!!」
マニピュレーターを握り拳にさせ、頭部に打ち込む。多少の衝撃なら与えられた筈だ。そのまま握り拳と頭部を密着させ、こちらにも装備してある、前腕のビームガンを撃ち込んだ。ビームが頭部を貫く。
「よし…!?」
ナマズもどきは、もう動かないだろうと安堵していたが、ヤツはまだ戦闘の気力があるらしい。左手のアイアンネイルを構え、バーニアを吹かせてこちらに来ている。奴らは特攻するつもりで襲撃していたのか。奴らの、リーンホースに対する執着心が相見える。こいつらは決死の覚悟で戦っているんだ…でも、
「こちらも、それ相応の覚悟ってモノがあるんだ!!」
アイアンネイルを振りかざそうとする、ナマズもどきに対して、俺は肩にある、マシンキャノンの砲塔を横に薙ぎ払い、ナマズもどきへとぶち当てる。その衝撃でナマズもどきは海へと落ちていった。頭部を破壊したんだ。再度襲う事はないだろう。
するとさっきの薙ぎ払いで、マシンキャノンが重すぎるのかジェムズガンが横に倒れてしまう。レバーを動かすものの、無理だ。起き上がらない。まるでひっくり返った亀の様だ。
「お、起き上がらない…」
『よくやった!前方にいた敵MSも、シュラク隊が撤退させた。ブルックが飛ぶぞ!!MSのパイロットは速やかに、リーンホースへと戻ってこい!…とそこに倒れているジェムズガンを運んでくれ!!』
ゴメス艦長の指示に、ガンイージ達が集まって行く。そしてジェムズガンを持ち上げてくれた。
『アンタ何やってるんだい!』
「お、重かったんだよ機体が…」
ジュンコの怒号が聞こえる。でもこれは仕方ないだろう?こんなに重いとは思わなかったんだ。ガンイージに介抱してもらい、MSデッキ内へと戻る。
ブルックが上昇していく。それにに続いて、リーンホースが浮上する。この速度ならば、直ぐに大気圏を離脱できるな…そう思い、ジェムズガンへと降りた。
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「全く!なんて無茶をするんですか…!!」
メカニック達がジェムズガンの様子を見て、頭を抱える。どうやら、低い出力に対しての重量が重すぎて駆動部にダメージが入ったようだ。確かに、メカニックには仕事を増やしてしまったなと後悔する。でも、あのままだったらリーンホースが危なかったんだ。仕方がないだろう?
「ゴメス艦長の言っていた通りだわ、少しMSに対して愛情は無いようだけど」
ユカがこちらへと来た。同じく連邦兵であるため、パイロットスーツが同じだ。それにより、ユカに対してとても親近感が湧きやすい。マヘリアがまだ操縦できないのもあり、ユカはガンイージに乗っていたのだろう。
「MSに愛情なんてあったら、前線で戦う様な事なんかできないぞ?見込みあると言っていたが、シュラク隊やユカほどでは無いんだ」
「…そうね、あんたはまだ宇宙での戦闘を知らないんだろう?」
「軍事訓練以来だ、俺含めてやる気なかったが」
「それが、連邦の練度を低めていたんだよ…そしてその結果がこの衰退」
自業自得なんだろうな。連邦本部は月にあるが…今何しているのかもわからない。リガ・ミリティアとザンスカール帝国が戦争を起こしている事だって、見て見ぬ振りだろう。
「ほら、あれを見てごらんよ」
ユカが、指をさしている…小さなガラスの窓へと覗き込む。すでにリーンホースは大気圏外にいる。…やはりサラミス改級は安定している性能だなと、先行艦のブルックを見て感心していたら、遠方で何かが大気圏に突入しており、摩擦で燃え尽きている。
「あれは…」
彼方もサラミス改級のようだ。所々が損傷しており、撃沈したんだろう。大破状態だ…生存者はいないだろうな。
「あれもカイラスギリーの艦隊にやられたのさ」
『総員宇宙配置、艦内気密チェックを怠るなよ』
さてと、自分の部屋もあるし、そこへと向かうか。しかし、久し振りの宇宙だ。地球の重力によって引かれていた俺にとっては、不自由極まりない。そのせいで、全身が逆さまになる。
「うわっとと!!」
この無重力が、MSの戦闘でどのように影響を与えるのか…一抹の不安を抱えながら、無重力空間を泳いで行った。
ジオン水泳部ならぬ、ザンスカール水泳部だ!(部員、カルグイユ、ドッゴーラ)
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