遂に、あのオイルバレル(浅倉海軍大将)の艦隊と演習する当日になった。
鎮守府は、俺を賭けたこの演習で空気が張り詰めていた。相手は歴戦の猛者(笑)で、コチラは下っ端の艦隊。実力差は目に見えているらしい。俺は知らないけどな。
だが、当の演習艦隊はというと、そこまで緊張している様子は見られなかった。ゆきの作戦を聞いているからだろう。
「いよいよこの日がやってきたよっ! うひー! 資源がガッポリッ!」
どうやらゆきも、俺たちが負けることを心配してないらしい。
「そういえば鳳翔?」
「何でしょうか?」
「アレ、やっておいた?」
「えぇ、勿論です」
悪い笑みをしてニタニタ笑い合っているゆきと鳳翔が何のことを言っているのかというと、今日は俺とではなく、正しい方の大和と行動したか、ということだ。
つまり、あちらに俺が出てこないことと勘違いさせるのだ。
「大和さんも協力的でしたよ。『私と同名の家族を姉弟を守るためです。当然協力しますよ』ですって」
あ。今、鳳翔の背中に黒い羽が見えた。これからは堕天使・鳳翔って呼ぼうかな。心の中で。
「お主も悪よのぉ~」
「いえいえ。提督ほどでは御座いませぬ」
なんだかテンションが上がりまくってるのか知らないが、よく分からないことを言い合っている。鳳翔ってそんなキャラだったか?
「小芝居やってるところ悪いが、そろそろじゃないか?」
俺たちがいるところは演習場の近くだ。浅倉も近くにいる。
ゆきのテンションの高さと、出る予定であろう艦娘の余裕の姿に少し苛立っているみたいだ。
こちらにはフェイク要員で数人、余分に艦娘を連れて来ている。勿論、武蔵もいるわけだ。
「兄貴」
「ん? どうした?」
砲撃訓練の前に話したときから、武蔵は俺のことを『兄貴』と呼んでいる。ちなみに、すぐそこにいる大和は『大和』と呼んでいる。
もう、こう呼ばれる違和感が取れてはいるが、今日呼んできた声の音色には不安が混じっているようだ。
「その……本当に大丈夫か? これで負けてしまえば、あの大将のところに移るのだろう?」
「そうだな。だが、大丈夫だ」
この自信は絶対だ。むしろ、そこまで心配している武蔵がおかしいくらいだ。
もちろん、武蔵にも作戦の説明は行っている。秘書艦だからだろう。
作戦を知った上で訊いているのなら、それはきっと頭で分かっていても……というやつだろう。
「心配するなよ」
「あぁ……」
いつも堂々としている武蔵が、今日に限ってはその雰囲気が一切感じられなくなっていた。そこまで不安なのだろう。
ちなみにゆき曰く、『こんな武蔵、初めて見た』だそうだ。
実際のことを言えば、俺も不安なところがある。と、言っても、1つだけだがな。
その1つというのが、被弾だ。演習が始まると、俺の艦隊内の配置が単従陣先頭なのだ。旗艦であるにも関わらず、そこに配置されている。まぁ、弾除けな訳だ。
それがどうも怖い。
「ねぇ、山吹。貴女、”主力艦隊”はレベリングしてきたのかしら? 佐官の鎮守府の艦隊なんて、私の三軍で事足りるわ」
鼻に掛けたようにそう言った浅倉は、はちきれそうな制服なのにさらに胸を張った。腹回りが今にもはちきれそうだ。
「大将殿の艦隊相手では、私のような”若手”佐官の艦隊など”雑兵”に等しいですね。今回のも、”負け戦”が目に見えています。ですが、相手をして頂く以上は手を抜く訳にはいきません」
「ふふん。精々、私の艦隊と負け戦をして、その代償に大和くんを寄越すが良いわ。……楽しみね」
ニヤニヤながら、俺のことをジロジロと舐め回すように見る浅倉に鳥肌が立つが、変な態度をしても面倒事になりそうなので、普通を装う。
「さて、そろそろ演習よ。私は先に指揮所に入るわ」
浅倉はそう言って立ち去った。
ちなみに、演習がどうやって行われているかだが、鎮守府付近の安全海域に演習艦隊が展開して、それぞれの陣営の指揮官がそれぞれの指揮所に入るというものだ。
指揮官は指揮所から自陣の艦隊に指示を送る。この際、敵陣の陣容などは全く分からない状態で始まる。開始の合図と共に、それぞれの艦隊の編成内容だけが双方に伝えられる。といっても、戦艦なら『○○級戦艦 ○番艦 ○○』という具合にしか伝わらない。
今回の作戦では、この演習体制を利用したものみたいだ。相手には名前しか伝わらない。そこの名前に大和の文字が入ると、何方かを判断するだろう。演習が始まるまでに、自陣では演習艦隊が俺じゃない方の大和と作戦会議らしいものをしている姿を見せてきた。
相手はこれで俺じゃない方の大和が出てくると勘違いする筈だ。その状態で、俺が出撃する。それで相手の演習艦隊は、偵察情報を聞いて大混乱。何故なら相手は、俺じゃない方の大和が出てくるだろうと浅倉から聞いていたからだ。
という流れになっている。
そんなに上手く行くとは思えないが、俺が出る時点で勝利確定だから問題ない。
「じゃあ、頼んだよ。大和」
「おいとも」
「これで楽できるっ!!」
ゆきはよろこびながら指揮所に入って行ったので、俺たちも移動を始める。
武蔵に心配しないように言って、艦隊を引き連れて開始ポイントに移動した。
ちなみに、観戦するために艦娘や憲兵が沢山集まった。他の鎮守府から来ることは無かったが、両軍の応援が激しい。
コチラ側は黄色い声援で、アチラ側は激しい声援。
言うのを忘れていたが、演習場は呉のを使っている。
開始ポイントに到着した俺は、指揮所のゆきに到着したことを伝えた。
あちらの艦隊はすでに配置が完了していたみたいで、すぐに演習が始まった。
『指揮所より艦隊全艦へ。演習開始。艦隊は単縦陣に展開。突撃せよ』
「了解っ!」
無線で皆に指示が入る。返事をして陣形を転換。
そのまま、一番速力の遅い俺の歩調に合わせた最大戦速で航行を始めた。
波しぶきを巻き上げ、後ろでは索敵機が発艦を始めていた。開始前に聞いた話だが、鳳翔と加賀に積んでいる艦載機はどうやら大体が艦戦。一番少ないスロットに艦偵を入れているみたいだ。つまり、これが意味することは、『水上打撃だけで勝て』ということだ。
「偵察機が艦隊を捉えました!」
速報が鳳翔から皆に伝わる。
そちらに耳を傾けて、一言一句聞き逃さないように耳を澄ませた。
「敵艦隊の編成。長門、陸奥、プリンツ・オイゲン、大淀、大鳳、瑞鶴です! 瑞鶴は装甲空母のようです!」
編成が明らかになった。相手はゴリゴリの攻略艦隊。多分、対潜を軽視した艦隊編成だろう。火力重視で、”あえて”大和型を入れなかったと俺は見た。
『指揮所より艦隊全艦。相手に大和の存在がバレた頃よ。今が好機っ! これを逃さないで!』
「敵機飛来! 対空戦闘よーい!」
どうやら日向が敵機編隊を確認したみたいだ。全員に勧告がなされ、俺も身構える。
「これで相手の動揺は深まるだろう。なにせ、お前がいることがハッキリと確認されたからな。それに、相手の攻撃隊も大和には攻撃できないだろうさ」
そう日向が言った途端に、空から甲高い音が聞こえてきた。
攻撃隊が急降下中なのだろう。きっと、上空に上がっていた艦戦隊が数を減らしているだろうから、そこまで数は多くないはずだ。
空で急降下中の敵攻撃隊が、急に再上昇を始めた。多分、今ので俺がいることが確信になったのだろう。飛来していた敵艦載機隊はぐるぐると回るだけで、何も手を出してこない。
コレを好機と見た俺は号令を出す。
「このまま敵艦隊に突っ込む! 一番槍は俺だっ!」
艤装の主砲口を正面に向け、九一式徹甲弾を装填する。
副砲は装填済だが、届かないために砲撃しない。こちらの射程圏内に入るのと同時に砲撃開始だ。
「よし! 砲撃開始っ!」
腹に直接響く砲撃音と共に、発射された砲弾が飛翔する。
そして、俺から見えなくなったくらいで着弾したようだ。
飛ばしていた水偵から連絡が入った。
『弾着観測射撃を行います! こちらの指示通りに!』
「分かった」
艤装展開時の妖精の声は、なんというか幻聴みたいに聞こえてきている。ヘッドホンやイヤホンをしている訳ではないが、何故か聞こえるし、向こうにも聞こえるみたいだ。
弾着予測を訊き、修正した後にすぐ砲撃をする。
4度撃ったところで、視界に敵艦隊が入ってきた。ここまで接近しているのに相手は砲撃をしてきていない。ゆきの作戦が通用したみたいだ。俺を先頭に置いた単縦陣。俺への被弾率が上がるので、やたらめったら撃ちこみはできないみたいだ。
『指揮所より艦隊全艦。交差する前に陣形変換よ。単縦陣から複縦陣へ』
「了解」
すぐそこまで見えてきたときだったので、もとからしてないが、復唱せずに聞いたことだけを伝えた。
俺は目で合図を送る。
相手の艦隊は混乱していた。偵察情報に大和がいることは分かっていた。だが、それが男の方の大和だと、俺の方だとは思っていなかったのだ。普通ならお構いなしに航空戦の後に、砲雷撃戦に入るのだが、今回は話が別だ。俺がいることで攻撃の何のかもも躊躇している。
「何でっ?! 男の大和じゃないっ!?」
相手の声が聞こえる距離にまで接近していた。
俺たちは顔色1つ変えずに攻撃しているが、相手は呆然と、そして『そんなの聞いてない!』と言わんばかりの表情をしていた。
「これでは手出しが出来ないっ……」
「長門より指揮所! 敵艦隊に大和がいるぞっ! しかも男の方だっ!! これでは手が出せないッ!」
それを狙っていたのだ。長門。
「大和より指揮所。アレ、やってもいいか?」
『アレ? あー、良いと思う』
「はははっ、了解」
俺は直前に言われていた、あることをすることにした。ここまで上手く嵌まるとは思わなかったからだ。
「艦隊反転、単縦陣へ移行」
再び、俺が先頭の単縦陣に陣形変換をした。そして、相手の単縦陣を通り越して、正面に出る。
「艦隊、両舷停止」
そして、相手の艦隊の先頭。長門の前に立ちはだかった。
こちらは全艦無傷。あちらは、こちらからの一方的な攻撃に遭っているので、長門は小破しているみたいで、後続も損傷しているみたいだ。
立ちはだかった、俺が何をするのか……。
「呉第ニ一号鎮守府の大和だ。すまないな、こんな一方的な攻撃をしてしまって」
「は? あ、あぁ。かま、わないっ……」
長門が取り乱している。その後ろもオロオロというか、言葉で表現出来ない状況になっていた。
「本当ならば”女性”である、君たちにこんなことはしたくないんだ。”守る”存在だろう?」
「えっ?」
俺は艤装の主砲を、定位置に戻す。こうすると、砲口が正面を向かないのだ。
「でも仕方のないことなんだよ。これまでの攻撃は全部、嫌々やったんだよ。だからさ……降参してくれないか?」
これが、俺が直前にゆきから聞いていたアレの正体だ。
攻撃のし合いで決着を付けるのではなく、口で懐柔する。俺の抜けきってない、元いた世界での振る舞いを発揮した発言をしていく、というものだ。
どうやら効果は絶大みたいで、長門の後ろに続いている艦娘たちは戦意喪失している。
だが、俺への突撃意欲は増しているみたいだ。
「そ、そんなことをすれば……」
「どうなるんだ?」
ジリジリと近寄って行く。それに比例して、長門の顔がどんどん赤くなっていく。
「い、いや。なんでもない」
「じゃあ降参してくれるのか?」
俺は問いかけた。だが、長門は回答してくれない。
葛藤しているみたいだが、俺には関係のないことだ。
「長門。貴女……」
「あ、あぁ……すまない。陸奥」
「長門さん。提督からの無線通信が……」
どうやら無線が入っているみたいだ。
「こちら長門。……現在、敵艦隊が我が艦隊正面に両舷停止中で、我々も停止している」
どうやら怒号が飛んでいるようだ。長門が心底嫌そうな表情をしているので、それは分かっていた。
「なにっ?! 私たちに”ブタ箱”に行け、とっ……。そういうことなのか?!」
多分、浅倉から攻撃命令が出ているんだろう。
なんとしても、コチラの艦隊を撃破せよ、と。そうしなければ、俺が手に入らない上、多くの資源や名声が失われることになるからだ。
「だが、攻撃してしまったら、私たちは”ブタ箱”どころか“ブタ塚”行きだぞ?!」
「気にするなって……わ、分かった。こ、攻撃すればいいのだな?」
決着が着いたみたいだ。攻撃することになったらしい。
これは予測外だったが、ゆきはちゃんとこういう時のための策を用意してくれていた。
俺はその場から離れずに主砲を長門に向ける。だが、長門は躊躇しているみたいだ。
俺を撃てばどうなるか分かっているのだろう。相手も、俺の背後にいる艦隊を狙って、陣形を崩さない程度に、少しずつ動いていた。
『指揮所より艦隊全艦。……どうせ、アレやったでしょう?』
「あぁ」
『失敗した?』
「あぁ」
『じゃあ攻撃開始。勿論、大和だけで』
「分かった」
相手にさとられないように返事をして、俺はそのまま主砲を放つ。
目を見開いた長門に砲弾が命中し、大破判定が出た。そしてそのまま後ろの陸奥、プリンツ・オイゲンへと攻撃していき、最後に艦隊最後方に居た瑞鶴に砲を向けた。
「提督さんのバカぁ~! やっぱり攻撃出来ないじゃないっ!!」
「悪いな、瑞鶴」
「ふぇ?」
俺は瑞鶴との距離を縮め、手の届く距離に止まった。
「なっ、何? わ、たしは、攻撃出来ない、わよ……。だって、”ブタ箱”にっ……」
半泣きになっている瑞鶴の頭に手を置いた。
自意識過剰かもしれないが、多分嫌がられないだろう。そう目論んでの行動だ。
結果は勿論、嫌がらなかった。そして手を離し、そのまま離れて距離を取ると、砲撃をする。
その刹那、演習終了した。
結果はこちらの完全勝利。敵艦隊は全滅だ。
大和争奪戦を脱したらどうしようかと悩んでいる今日このごろです。
時間はあるので、やりたい放題できるんですけどね。ネタというか、3つ書いてるのあって、更にやらなければいけないこととかも出てきそうなのでねぇ……。
とりあえず、昼夜逆転しているので治したいです。
ご意見ご感想お待ちしています。