ヲ級が見張りをしてくれるということで、俺は安心して寝室で眠りこけた。どうしてそんなことを言い出しているのかと言うと、ふと目が覚めてしまったのだ。
まだ外は暗く、起きる時間ではないことがすぐに分かった。変な時間に起きたものだから、催してしまった。なのでベッドから這い出てお手洗いに向かう。その道中、というよりもドアから出たところにヲ級は座っていた。出てきたから何か声を掛けてくるかと思ったんだが、何も反応をしない。正面に回り込んでチラッと覗き込んでみると、どうやら寝てしまっているようだった。さながら授業中に居眠りをしている学生にしか見えないが、これはそっとしておこうと思い、俺はそのままお手洗いへと向かう。
いつも起きない時間帯。そして、昨日のこともあってか妙に周りを気にしてしまっている。こうして便座に座っている今も、完全に密室だというのに後ろが気になったりだとか……。
そんなことを気にしても仕方ないが、俺はさっさと用を足してベッドに戻りたい。
色々と済ませて便座から立ち上がり、個室から出て行こうとした刹那、俺の第六感的何かが察知したのか急に体が動かなくなった。どうしたのかと考えつつ、何を感じ取ったのかを考える。だが、分かる訳もない。そのままノブをひねって個室から出て行き、寝室へと向かう。
特に何もないじゃないか。そんな風に考えながら、俺は再びベッドに入り込んだ。
寝ようと思って目を閉じても、やはり変な時間に起きてしまったからだろう。全く寝付けない。どうしようかと考えつつ、俺は天井を見上げる。昨日のことを思い出し始めていた。
朝起きて、朝食をいつものように騒がれながら食べ、執務室でゆきにちょっかいを出して、雪風と遊んだ。昼は雪風たちと外で食べたな。そこからまた遊んで、夕飯の時に鳳翔に何故か怒られて(恐らく服が汚れていた)ヲ級と話しをした。
だんだん昨日あったことを思い出していく中で、気味の悪い女のことを思い出していた。昼前、雪風たちとかくれんぼをしていた時に見かけた"あの女"。俺の私物を何故か持っており、ずっと俺の方を見ていた。
変なことを思い出してしまったと後悔しながら、今まで特段気にすることなかった寝室が気になり始めた。
あの女が持っていた服は確かに俺の服だった。そしてどうやって手に入れたのかは分からないが、俺の私室に侵入する以外に手に入れる方法はない。鳳翔が洗濯して干しているものを盗むのは無理だ。だとしたら、俺の私室に侵入する以外に方法はない。
そう考えだすと、とてつもなく怖くなってきた。さっきお手洗いに行ったときに見たが、ヲ級は眠っていた。つまり、警戒している人間は俺以外ここにはいない。俺もそれまで寝ていたから、物音がしても気付くわけがないのだ。
「クソッ」
完全に疑心暗鬼に陥っていた。あれだけ見ただけで、ここまで怖いものだったなんて思いもしなかった。
確かに俺居た世界で、女性は男性ストーカーにかなり怯えていたのを知っている。報道されるのもそっちしかなかったこともあるが、まさかここまで怖いものだとは思わなかった。実際に体験しなければここまでだと、誰も分からないだろう。時々ネットに『女性にストーカーされたい』だとか冗談だろうが発言する輩がいるが、これは冗談でも嫌すぎる。
布団に丸まり、頭も中に入れて俺は小さくなっていた。
それほどまでに怖いのだ。下手な心霊現象や、死への恐怖とはまた違ったベクトルの怖さだ。
ーーーーー
ーーー
ー
目覚ましが鳴り始めたことで、俺は布団の中から恐る恐る這い出た。
そうすると、目の前に白い影が1つ。何事かと見上げると、それはヲ級だった。ジャケットを羽織ってないのと、元から青白いのが相まって怖いものを見てしまったのかと錯覚してしまった。
少し安心した俺は、ヲ級にそのまま挨拶をする。
「おはよう」
「おはようございます!! って、どうしたんですが? ご主人様。顔色が優れないようですけど」
「お前、分かっていて言ってるだろう?」
そう俺が言うと、本当に分かっていないような表情をしていた。
「……?」
「はぁ……ストーカーの件だよ。今朝、変な時間に起きてから眠れなかったんだ」
「そうだったんですね。……私も午前2時までは記憶にあったんですけど、途中でどうやら寝てしまったみたいですし」
「全く……おかげで」
そう言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。ここから先を言っても、ヲ級には頼んでいる立場だ。強くは言えない。本人は職務怠慢だとか昨日言っていたが、それでもだ。
俺はそのまま着替えるからとヲ級を追い出し、朝食に向かうことにした。部屋を出てから食堂、私室に戻って来るまでの間は常に艦娘に囲まれていたため、特に気になることはなかった。むしろ、いつもの艦娘たちや憲兵たちの方がマシに思えるほどに、俺はストーカーを怖がっているのだ。
朝食を終えて私室に戻ると、入口の前に人影を見た。遠目ではあったが、いつも護衛や大和が居たりするので特に気にすることはなかったんだが、どうも違うみたいだ。
それに気付いたヲ級は急に俺の前に立って立ち止まった。
「待ってください」
「ん?」
その時にはまだ俺は護衛か大和だろうと思っていたが、ヲ級の言葉に俺はその人影を注視していた。
アレは護衛でもなければ大和でもない。いつも俺の部屋の前に溜まっている奴らも、今は朝食を食べていたり仕事をしているから来るはずがないのだ。ならばアレは誰だ?
刹那、俺はピンと来た。あれはストーカーなのかもしれない。昨日見た時と同じ格好、体格、姿勢をしており、手には何か持っている。そこまで一緒となると、俺はヲ級の背中に隠れてしまっていた。
「……なるほど、そういうことですか」
「あぁ」
どうやら俺の心情も察してくれたみたいで、ヲ級はゆっくりと携帯が許されていた無線機をオンする。
それはどこに繋がっているかというと、ゆきの持っている無線機だ。ゆきはそれの周波数をヲ級のと合わせているため、コールが鳴った時には何かが起きていることはゆきにも瞬時に伝わるのだ。
ゆきはコールに応じたらしく、声が小さく聞こえてくる。
「目視にて危険対象者を発見」
『武装は?』
「なし」
『拳銃の使用を許可しよう。ただし、足を止めるだけね』
「了解」
『ご褒美は大和からもらってねー』
「ぐへへ、了解」
オイ。
「さてご主人様。私はこのためにここに居ます。本当ならばただ飯食らいだった方が良かったんですが、この際致し方なしです」
ショルダーホルスターから拳銃を抜いたヲ級は安全装置を解除して発砲準備を行う。
そして手順通りに相手に警告を行い始めた。
「そこの者ッ!! 何をしている!!」
「ッ!!」
気付いたようで、こっちをバッと見たストーカーらしき女性はあろうことか、俺の私室に飛び込んだのだ。
食堂に行く時に鍵を締めたはずだから、さっきピッキングがマスターキーを入手して解錠したのか。それならば、俺の私物を盗み持っていることも道理になかっている。ヲ級は走り出し、そのまま俺の私室に飛び込んでいった。その数十秒後、どうやらゆきが憲兵に報告して近くを巡回していた憲兵が俺の保護とヲ級の援護に来たのだ。
「「「「大和きゅん!!」」」」」
この際、その呼び方は黙っておこう。
「「「「変質者はどこっ?!」」」」
目の前にいる。4人ほど。その後ろに更に8人くらい。
「あー……俺の私室に入っていった」
「「「「シッ!!」」」」
一瞬で消えたな。本当、その能力を他に生かして欲しいところだ。
「スーハ―スーハ―……ん~~!!」
「ところで変質者は?! 大和きゅんの部屋に居るらしいけど?」
「どこだろう? とりあえず片っ端から練り歩くわよ!!」
「あっ、見てみてコレ!!」
「脱ぎたてパジャマ!!」
「「「「ゴクリ」」」」
あ、もしもし、ゆきですか? 変質者が13名になりました。
というか結構離れているはずなのにここまで声が聞こえてくるって、どれだけ大声で騒いでるんだよ。
「あれ、ヲ級ちゃん? それは?」
「変質者」
どうやら確保も終わったらしく、ヲ級がストーカーらしき(確定)女性の襟口を掴んで持ち上げたままこっちに来た。しかも既に結束バンドで手足の自由を奪ってある。仕事が早いことで。
ーーーーー
ーーー
ー
ゆきが般若みたいになっているけど、その件に関しては誰も突っ込まない。というか怖すぎだろ……。それ笑っているつもりなのか?
どうしてゆきがそんな表情をしているのかというと、さっきヲ級が捕まえたストーカーを目の間にしてこの表情なのだ。まだ何の取調もしていないんだけどな。
呉第二一号鎮守府の憲兵本部にある拘置所兼取調室には、責任者のゆきと憲兵2名、捕獲したヲ級が居るんだが、それ以外にも大和と武蔵が居た。武蔵はゆきの秘書艦だから居るのは分かるんだが、どうして大和が居るんだ? 完全に部外者だろ。
そんなことを考えていると、どうやら取調が始まったよう。俺はというと、憲兵本部の一室に来ていた。雪風と矢矧その他出撃せずに鎮守府に居た護衛の艦娘たち全員だ。そこで取調をしている部屋から送信されてくる映像と音声をモニタリングしているところだ。
「……あの」
「……」
全員が押し黙る中、その空気に耐えかねたストーカーから口を開く。どうしてだろうな。普通、ゆきとかが何か質問をしていくものだろうに。
「ど、どうして、捕まった、か……分かり、ます。で、でもっ!! 私と、や、大和くんは、こ、ここ」
鶏が居るな。しかも自供してるし。
「こ、こここ、婚約して、してるし、あぅ、いっちゃったぁ」
した覚えないし、不味い。この上なく不味い。画面越しでも、部屋の空気感が分かる程に不味い。
しかもこっちもだ。磯風が特に。本当に。ちなみに霞は『本当にこ、婚約したの?』と事実確認してくる辺り、流石だと思う。雪風と同率で良い奴だ。買い物の時はビビるけどな。
「そ、それ、それで、3日前から、その、その件に、その件について話に来たん、ですけど……あんまり、その……見かけ、見かけなかったですから……」
本当に大丈夫か? そろそろ大和とか暴走を始めると思うんだが。あれだけ俺が怖がっていた相手ではあるが、この状況下では流石に可哀そうになる。
ちなみに取調室に行きたいが、俺の膝の上に雪風が座っているため動けない。あと霞、どこからその超高そうな茶菓子出したんだよ。え? ゆきの執務室から持ってきた? それなら良いか。
「私室に入って、その……お、おお洗濯を……」
なにそれ、大きそう。
「で、でもでも、いいです、よね? もうけ、結婚しますし……えへへっ」
遂に取調室で動きが起きようとしていた。ゆき、憲兵2名は腰に手を当て、ヲ級は脇の下に腕を回し、大和と武蔵が何かアクションを起こそうとしていた。
「貴女はいつ、大和と出会ったの?」
おい、ゆき。
「この前……本屋で」
あぁ、あの時か……。初めて外出した時、本屋で足柄と浜風を探している時にぶつかった人だ。確かに、こうやって見ると見覚えのある人だ。
というか、そんなことを考えている場合ではない。
「その時に、遂に私に振り向いてくれた、って思って……軍のポスターを見て、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと、その時から、こ、婚約して」
ヤバ、この人ヤバい。アレだ。熱狂的なファンとか、そういうやつ。ストーカーとか、殺人とか誘拐・監禁とかにまで発展するタイプの妄想が激しい人みたいだ。
「おっ……」
ついにゆき以外が口を開いた。今のは大和か武蔵だ。
映像を良く見ていると、どうやら武蔵みたいだな。下を向いてプルプルと震えているのがよく分かる。刹那、武蔵は艤装を身に纏った。砲門がストーカーに向き、そして言い放ったのだ。
「お兄ちゃんは私とケッコンする!! 貴様みたいな気持ち悪い奴に渡してたまるかァァァァァ!!」
矢矧の口から超高級そうな茶菓子が飛んでいったのは、俺だけしか見ていなかったはずだ。黙っておいてやろう、うん。というか何言ってるの? この武蔵は。
え? 確か武蔵って俺のことを『兄貴』って呼んでいたような気がするんだが……やっぱりそうだ。俺の事を『兄貴』って呼んでいたと思ったんだが、どうしていきなり『お兄ちゃん』なんて言い出したのこの子。今はこっちの方が怖いんだが。あと、確かに気持ち悪いかもしれないが、本人目の前に言うのは流石に酷いと思う。
武蔵がキレたことで全員が軍刀やら拳銃やら艤装やらを出し、ストーカーは自分が何を口走ったのかを自覚。
流石にヤバいと思った俺は、雪風にどいてもらって取調室に直行した。
俺と護衛で取調室に突入した時には酷い有様になっていた。
息を荒げてストーカーに詰め寄る武蔵に、普段なら立場逆だろうとツッコミを入れざるを得ない武蔵を止めに入る大和、武蔵の発言にポカンとするゆきと憲兵2人。そこに入っていった俺たちの中で1人、磯風が呟いた。
「ふふふっ……残念ながら大和は私とケッコンする」
そういえば磯風、若干ヤンデレっぽいところがあるのを忘れていた。頼むから横で苦笑いしてないで止めてくれよ? 浜風?
前回から少々時間が空いてしまいました。
前話で少し真面目っぽい話になると思いました? 残念ながら、それは絶対にないです。どっかでそれは崩されますよ(ニヤリ)
今回のオチ要因だった武蔵と磯風の件ですが、武蔵に関しては『お兄ちゃん』呼びするフラグは立っていたので問題ないですし、磯風は元から……。
ストーカーの正体ですが、第39話にて登場しています。当時は面影ありませんでしたが、こっちでは豹変してしまっています。
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