黒塗りセダンに揺られること数十分。その間、俺は車内を観察していた。先任ではあるけどゆきと同じ階級の都築提督は、どうしてこんな私用車を持っているのだろうか、と思ったからだった。まぁ、理由は聞かなくても舞い込んできた訳だが。一緒に乗っていた霞が話してくれたのだ。
「呉第〇二号鎮守府の都築少将はこの車は元々持っていたそうよ。なんでも実家の車で、任官の時に両親から譲り受けたとか」
何それ。じゃああの人、傑人みたいな言われ方している上に実家も大きいところなのか……。凄いな……。そんな風に感心していると、霞は話を続けた。
「譲ってもらってから使うのも、私用の時だけだったから綺麗だったんだって。滅多に乗らないから、あっちから来てる長門と陸奥がこっちに来るって話になった時に『貸そうか?』ってなったの」
「へぇ……」
そうは言うけどな、霞。今さっき思い出したけど、この自動車……。
「それでほいっと貸してくれるのも、都築少将だからなのか?」
「さぁ? 私は自動車のことはよく分からないけど、あんまり見ない恰好してるわね」
「そりゃ、なぁ」
そりゃそうだ。今俺たちが乗っている都築少将の私用車、国内有数の自動車メーカーが作ってる最高級乗用車だからな。それが2台、走っている状況。
前乗ったゆきの私用車は、また別の意味(カスタマイズが結構してあった)で目立っていた気もするけどな。排気音うるさいし、エアロ付いてるし、ボンネットがカーボン製に付け替えられてカーボンカラーになってたし、タイヤはインチアップしてホイールとブレーキとキャリパーも変えてあったな。どこのDQNカーかとも思ったけど、車高を下げたり、フェンダーからタイヤがはみ出ていたり、車用ウーファーが大量に載ってるとかなかったからなぁ……。否、車高は若干下がってたか。弄り過ぎだろ……。
それに乗っていた時と比べると、まだ歩行者とか他のドライバーからの視線は幾分かマシだと思う。そう思いたい。
開店前1時間は自由に買い物をしていい、という交渉をしていたらしく、その店、家具屋に到着した。
駐車場から入るのではなく、裏手の業務員用駐車場から入る。空いているところに駐車すると、どうやら店のオーナーと店長が待ち構えていたらしく、乗ってきた車のドア前に並んだ。俺がドアノブに手を掛けようとすると、横に座っていた霞に静止させられる。訳が分からなかったが、どうやら運転手(乗ってきた方は憲兵が運転していた)が降りて開けるらしい。何それ、どこのボンボンだよ。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
オーナーらしき人が深々の頭を下げる。扉を開けた瞬間だったし、スモークガラスだから中は見えなかったんだろうな。少し恥ずかしく感じつつ、降りたのを頭の下げたまま確認したのか、顔を上げたオーナーがギョッとした表情をした。
そりゃそうだろうな。どこぞのボンボンが来たかと思ったら、まさかの
俺の顔を見るなり後ろを振り返り、身だしなみを整え始めた。車の横に並んでいた店の人たち全員が、だ。整え終わった人からこっちに振り返り、ニコッと笑う。それが営業スマイルではないことは……まぁ見れば分かる。
「ほ、本当に大和?」
「うそっ?! 本当だ!! すごっ!!」
「え? ヤバッ!! ぬr[自主規制]
聞こえてるぞ。遠目で見ている店員の話し声がここまで聞こえてくる中、俺の乗っていた運転手、俺の順で降りてきて居るが、次は霞が降りてきた。その次はゆきだ。こっちはいつもの恰好ではなく、運転手の恰好をしている。変装のつもりだろうが、ゆきの体系だと背伸びしている女の子にしか見えないからな。だが、この後続々と降りてくる人たちが問題だった。
最初は長門だ。長身黒髪ロング黒いパンツスーツ(着崩し)にサングラス。俺もマフィアだと思ったけど、やっぱり店の人たちもそう思ったみたい。パァーっと笑顔だったのが、一気に白くなっていたしな。長門の次は矢矧、磯風。2人とも長門と同じ格好ではあるが、着崩してはいない。こっちにも若干怖がったみたいだ。そして足柄。足柄にはそこまで反応しなかったが、最後が問題だった。
陸奥。ワインレッドのスーツ(着崩し)にサングラス……他にも色々アクセサリーやらなにやら持っていたが、それがもう完全にマフィアの女幹部のそれだ。とか心の中で解説していたら、遂に店の人たちがフリーズした。
そりゃそうだろうな。男、しかも大和が来店したかと思ったら、降りてくる人々なんだか怖いという。軍人の恰好をしていたのならまだしも、マフィアみたいな恰好をしているからな。しかも長門と陸奥はそれが私服だと言い張る。絶対嘘だろ。陸奥とか楽しんでるだろ。
「あ、あの……こちらの方々は?」
恐る恐る訊いてきたオーナーらしき人に、俺は答える。
「護衛です。恰好はアレですけど、普段は艦娘です」
「そ、そうですか」
心底安心したようは表情をしたオーナーは、一息吐いた後に案内を始めると切り出した。
「ど、どうぞ。こちらへ」
欲しい家具、ベッドではあるが、置いてあるブースをグルッと一周回って見る。やはり女性が多い世の中のため、サイズも全体的に小さいものが多い。俺の身体にあったものはそう多くある訳でもない。なので1つしか選べなかった。
一方で霞たちはというと、それなりにばらけてはいるが、割と纏まって行動している。磯風と矢矧は絶対に離れないしな……。
そんな中で、俺はオーナーに声を掛ける。選ぶもなにもないし、そこまでこだわる訳でもないからな。俺はベッドの在庫を確認してもらい、他の家具も見ることにした。ベッドを買ったのならタンスとかも欲しくなるし、多分空いている部屋に居れることになるから、その荷物を片付けるところが欲しいからな。とは言っても、だいたいが着替えだったりする訳だ。本は積んである。……本棚も買うか。
オーナーは店員に在庫の確認へ行かせ、そのまま俺はタンスや本棚のコーナーに行く。こちらは色々選べるんだが、こだわることもない。シンプルなものでいいので、目についた華美な装飾が全くないタンスを指定、本棚も同じく。こっちは2つ買っておくことにしよう。
オーナーが他の店員に在庫確認へ行かせ、俺たちはそのまま会計のレジのところに向かった。ふと時刻を確認すると、もう開店20分前だ。そろそろお暇しないと、店側に迷惑が掛かるだろうな。と考えていると、在庫確認に行った店員たちが戻ってくる。どうやら全部残っているとのこと。会計を終わらせたらすぐに運び出し、鎮守府に届けてもらえるように交渉する。組み立ては……武蔵に手伝ってもらうか。それでも足りなかったら矢矧とかに手伝ってもらおう。
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財布の中には、俺に払われていた給料全額が現金に換金されている。行きでかなり厚みのあった財布も若干薄くなった気がする。そりゃそうだろうな。合計で6桁くらい飛んでいったから……。家具を買えばそうなるけども。
次はというと雑貨屋。と言っても、家電屋みたいなものだ。こっちの交渉がどうなっているのかというと、霞はどうやら移動しながらブロック毎に緊急閉鎖することになっているみたいだ。既に開店している状態のところに入るため、他のお客さんに迷惑が掛かるが、男性が買い物をするときの宿命みたいなものらしい。かなり悪い気がするが、我慢してその好意に甘えようと思う。
中ではケトルやら暖房器具やら扇風機やら色々と買い、店で鎮守府への郵送手続きをする。何やらポイントカードを作ることになったが、聞いて驚きの5桁超え。ポイントだけで商品が買えるみたいだが、今回は止めておこう。これ以上何か買っても仕方ないしな。
そして最後の目的地。服屋に到着した。男性用の服は、普通の服屋に入っても買うことができないので、男性用を専門に取り扱っている店に入る必要がある。
店舗自体は良いところに立っているが駐車場が専用のところが地下に用意されている徹底ぶり。しかも店内は外から見ることができない上に、入店してみたら驚き。無駄に広く、多く、そしていかにもって感じの店員がぞろぞろと現れる。
「お待ちしておりました」
「ちょっと遅れたみたいだけど、ごめんなさいね」
「いいえ。では霞様、お連れの方は?」
「ん? 後ろにいるでしょ?」
え、なに? 霞……。店員との会話が完全に常連客みたいな口調だったんだけど、交渉している訳だから変ではあるけどそこまでではないか。
ふと思ったがこの店内、今日は家具屋、家電屋、薬局と回ってきたが、どこよりも店員が多い。20人くらい居るからな。なのでおのずと長門や矢矧たちの警戒レベルが上がる。既に輪形陣が組まれており、少し離れたところに陸奥が居る。陸奥は恰好だけで言えば、完全に"そっち系"の人だからな。霞は場違いな格好をしているが、特に違和感を持たれていることもないかもしれない。というかそもそも先方にどうやって伝えているのだろうか。
もし包み隠さずに伝えているのならば、俺に対する情報が多くあってもおかしくはないと思うんだが、そういうところが一片も見えないのだ。となると、交渉だけしてある状態だということになるな。
とか考えていると、どうやら霞と店側の話は終わったようだ。
霞と店長(胸元にプレートがある)が俺の前にやってきた。
「本日、私がご案内致します」
「この人が店長。店長に付いて案内してもらいながら、気になったものがあったら手に取って見ても良いって」
なんだ霞、本当何なんだよ……。出来過ぎだろ。視界の端でゆきがぷるぷる震えているしな……。理由は不明。
店長について歩き、店内に置かれている服をザーッと全部見る。服というかファッションには無頓着な俺だが、そんな俺から見ても良いものが揃っているようにしか見えない。ピンからキリまであるデザインのゴテゴテさからシンプルなものまでさまざまな種類が置いてある。そしてそれぞれに用意されている色も全色、サイズも全種揃っているとのこと。しかも在庫が10個は用意されているみたいだ。本当に凄いな……。
とか考えつつも、俺は気なったものを手に取っていっている。そして俺の後をついて来ている矢矧と磯風は目を光らせ、店員たちは『お似合いですよ』と割と本気な表情で言ってくる。
そんなこんなで服を選んでいくこと30分。俺は5日分くらいの服やパンツ、上着やらなんやらを確保している。ここからは……店内で店員が勝手に始めていたことに巻き込まれていく訳だ。
「も、申し訳ありません。お連れの方が」
と店長に言われてそっちを見てみると、そこではゆきが服をあれこれと手にもってマネキンに掛けていっている。その周りには店員が数人集まって『これとか良いんじゃないですか?』とか『これ着て現れたら卒倒しちゃいますよね』とか『カッコよすぎて想像するだけで鼻血が』とか言っている訳だが……。どうやらゆきは俺に着せたい模様。店員もそれに乗せられているような状況だった。
「大和ぉー!! これ着てみてよ!!」
「良いけど」
「じゃあ、試着室へゴー!!」
間髪入れずに俺は試着室に放り込まれ、試着することになった。色々と掛けられていくが、まぁ付き合うことにした。結構良さそうなのを選んでいたからな。
最初に着たのは、少しパリッとした感じにさせられた。スーツみたいな……少しラフな感じ。それを着て外に出たら……
「んぶふっ!!」
1人店員が鼻血で倒れた。綺麗な顔が血だらけになった訳だが、それが鼻血だとなんとも情けない様子になる。
店員が他の店員に運ばれていった間に、俺は他のを着て出る。今度はやんちゃな感じ。ダボッとしたもので構成されている。そしてこれも出ていったら……
「「「ぶはっ!!」」」
3人鼻血を吹き出して倒れた。
この後も色々と着てみては、その度に店員が倒れていくという謎のファッションショーが開催された。
そして俺は合計8回着替えを行ったが、どれもよさそうだったので買うことに。サイズも自分のものに合わせて、全て持ってレジを探してキョロキョロしていると店長から話しかけられた。
「お客様、どうされました?」
「いや、会計はどこですればいいのかな、と思いまして」
「会計でしたら既に済まされておりますよ?」
いつの間にしたんだ。というか誰がしたんだ、と思ったら視界に映る影が1つ。
どうやらゆきがやったみたいだ。親指立ててキメ顔している。だがなんとも締まらない。キメ顔ではあるんだが、なんだか締まってないのだ。緩んでいる。そんなゆきに礼を言って、俺は店長にも礼を言う。
「どうも、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
と綺麗に終わるかと思ったが、それはない。
店長の後ろで待機していた店員たちが手を振る。ブンブンと手を振る。そして鼻にティッシュを詰めたまま清々しい表情で見送るのだ。本当に締まってないなぁ……。
この後、ゆきから聞いた話だが、男性用の服は基本的に無料らしい。そもそも男性が少ないので限定生産するものらしく、もし男性が店を訪れて服を"買う"となると、そのまま政府に領収書が行くらしい。そして店内で払う会計は、今回は駐車料金だけになるとのこと。表からは入れないので、車で入店するしかないらしい。
ちなみに駐車料金は大卒初任給程度らしい。高いなオイ。
これで霞が構ってくる話は終わりですけど、戦闘はもう少し先になります。
それまでは日常、ほのぼの(?)を書いていきます。
最近、他作品の貞操観念逆転系を読んでますけど、なんだか本作のが少しテイスト違っていて、違和感を持ってしまいました(汗)
男性(女なんて野蛮な生き物じゃん)女性(男?! うぇっへっへっ!!)みたいなのが多いイメージでしたね。
何にせよ、どうするかは考えるまでもないですね。このままで進んでいくつもりです。
ご意見ご感想お待ちしています。