「どうして私とケッコンしてくれないのかしら?」
北方棲姫は24の数字の意味を教えることと引き換えに、その質問を俺に投げかけてきた。
俺はてっきり指揮系統のこととか、相手のおおよその戦力とかそういう戦略上必要な情報を求められるのだとばかり思っていた。だが違っていた。北方棲姫は俺がケッコンの申し出を断った理由を聞いてきたのだ。
これに関しては私情だから……まぁ答えても良いだろう。だが、返答次第では……殺されることはないだろうけど覚悟は必要だろう。
ジーッと北方棲姫の目を見て、俺は答える準備をする。
言葉を慎重に選び、誤解されないような言い回しを。かつ、相手に隙を作らせる。2段で構えていく。それが最善だろう。
「それは……」
「それは?」
呼吸を整える。
「求婚する相手に……これはないだろう」
そう言い切りつつも、俺は北方棲姫から目を離さない。そんな俺の言葉を受け止めた北方棲姫がこれまで見せてきた落ち着きが崩れていくのが見えた。
俺の言葉を聞いて反芻したんだろう。少し間を開けてから自分の言葉で理解し、その意味を頭で考えたんだ。そして目を見開いたのだ。そう、北方棲姫は気付いたのだ。一応、敵ではあるが、求婚した相手の身体の自由を奪って、薄暗い部屋に放り込んだのだ。
もし、本当に求婚をしていたのだとしたら、この行動は相手に最低最悪の印象を植え付けることになる。お見合いだったら破談だ、破談。
この手が通用したのなら、北方棲姫は何か行動を起こすはず。近くにいるであろう部下を呼び付け、俺の拘束を解くか何か……。
そう考えていると、北方棲姫は後ろを振り返り、部下に声を掛けようとする。それに俺は追い打ちをかけるように、言葉を重ねた。
「……客観視してみれば印象は最低最悪だな」
追い打ちだ。それの功あってかは知らないが、北方棲姫は部下に言ったのだ。
「拘束を解除よ」
ーーーーー
ーーー
ー
俺の拘束は全て解除されることとなり、自由に動けるようになった。だが、俺は一度座り直して再び北方棲姫の方を見るのだ。
逃げ出しても良いんだろうが、どこに居るのかも分からない上に艤装がない。運よく外に出られたとしても、逃げる足が無いのなら、事態を察知したゆきの艦隊の捜索で見つかることを祈るしかない。俺はそんなことを考える。
その一方で、北方棲姫はソワソワしていた。多分、俺から言われた言葉を反芻しているのだろう。
自分は部下に命令して艦隊を強襲。俺を拘束して自由を奪い、牢に居れていた。そして俺が起きるなり求婚。拒否されると周りをチョロチョロとして理由を聞き立て、急に話題を変えて意味深な発言を繰り返して煽った。多分、そんなことを考えていることだろう。
その反芻をした結果、俺の発言に戻る訳だ。
『どうして私とケッコンしてくれないのかしら?』
『求婚する相手にこれはないだろう。……客観視してみれば印象最低最悪だな』
自分の質問に帰ってきた返答がそれだったのだ。俺がそんなことを考えている間に、北方棲姫はどうやら俺の想定していた通りの思考をしたみたいだな。
今にも泣きそうな……そんな表情をしている。発言等々を聞いていれば、北方棲姫がその体躯とは違って頭がよく回ることは分かっていたからな。
「……ま、俺はそっちが危害を加えようとしない限りは何もしないからさ」
そんな北方棲姫を見て、俺はいたたまれない気持ちになった。少なくとも、自分の発言で今にも泣きそうになっているのは間違いない。
俺のフォローで涙を引っ込めた北方棲姫は、俺に近づいてくる。そしてそのまま北方棲姫が手を伸ばせば、俺の頭が触れられるような距離にまで近づいてきて立ち止まり、仏頂面ではなく真面目な表情をした。
「そう……なの?」
「あぁ」
……なんで顔を赤くしているんですかねぇ?
オイ。あとそこにいる級不明の深海棲艦。何モジモジしてんだよ。
「あー、でも」
俺はあることを思い出し、そう切り出す。今の話の流れならば、もしかしたら北方棲姫は『24』の数字を教えてくれるかもしれない。
俺に結局教えてくれなかった数字だ。今ならば……。
「『24』、どういう意味であの時言ったんだ?」
少々不自然ではあるが、聞けば多分教えてくれるだろう。
「……私たちが捕縛している艦娘の数」
ほら吐いた。……ん?
「つまり?」
「24人、艦娘を捕縛しているの。大和を含めてね」
「……」
何だそれ。全く意味が分からない。北方海域に向かっている最中に呉第〇二号鎮守府のビスマルクからの情報によれば、消息を絶った艦隊は2つだったはず。
俺がここに来る直前のことを思い出して、自分たちの分を加算しても18。数が合わないのだ。
6。この数字はつまり……。
「18じゃなかったのか?」
そう訊くと、北方棲姫は普通に教えてくれた。
「大和たちを捕縛したのは予定通り。中央総軍からの最優先命令だったし、私もかなり興味あったから。だけど連れ帰る最中、艦娘たちが奇襲攻撃してきたの」
俺たちを捕縛した状況はよく分かる。奇襲ではなかったが、いつの間にか囲まれていたのだ。旗艦の武蔵が現状を打破できないと判断するほどの状況であったことは確か。
そんな俺たちを捕縛作業中に奇襲。しかも艦隊が消息不明になっていた海域に大抵の艦隊は近寄らないはずだ。そう考えると状況的に考えて……。
「ビスマルクたちか」
「そうよ。あの金髪碧眼高飛車女」
酷い言われようだ。というか、俺の前ではあんなにしおらしかったのに、他の奴らの前だと俺の知っているビスマルクなんだな。
「報告によれば『大和を返せぇぇぇ!!』って鬼のような顔をして奇襲してきたって」
全く想像できないな。その状況。
「あっちも手練れだったけど、こっちの捕獲部隊には意味無しよ。すぐに無力化、拘束、連行、牢屋行になったわ」
何それ、現行犯逮捕された現行犯みたい。
「さっきも報告があってね、牢で大暴れしているんだって。……その前に尋問した時に、自分の立場も分ってないのかふんぞり返ってたから」
「それで高飛車女ってことなんだ」
「そうよ」
なんともまぁ……本当に都築提督の艦娘なのか、ビスマルク。
「事あるごとに長門に諫められていたから……まぁ、いい仲間を持ったんじゃないかしら?」
すまないが北方棲姫。ビスマルクは旗艦なんだよ。諫められていたんじゃないと思うぞ。
「まぁ……そういう訳よ。24の意味、分かった?」
「あぁ」
ようやく分かったことでスッキリした。だが根本的な問題解決にはなっていない。俺がここから出られない件について。
だが俺は北方棲姫の発言を反芻する。もちろん、帰った時に情報としてゆきに渡すために覚えている訳だが……。
『大和たちを捕縛したのは予定通り。中央総軍からの最優先命令だったし、私もかなり興味あったから。だけど連れ帰る最中、艦娘たちが奇襲攻撃してきたの』
『中央総軍からの最優先命令だったし、私もかなり興味があったから』
『私もかなり興味があったから』
……そして、俺が起きるなり言われたことを思い返す。
『さぁ、私とケッコンしましょ?』
多分、この時ほど悪い顔はしてなかったと思う。
俺はこの発言を通して分かったこと、というか別に分かりたくなくても分ってしまったことがある。
北方棲姫は俺に興味があり、あの求婚も嘘ではなかった可能性がある。そしてその後の『中央総軍からの~……』という発言。これは裏付けになるんじゃないか? それに、深海棲艦のやつらは何故か知らんが軍というかその上の存在への忠誠心が低い。低すぎるのだ。簡単なことで離反もするだろうし、軍規違反もするだろう。
ならば、と俺は思い立ち、即行動に移す。と言っても、言うだけではあるんだが。
ここでヲ級の相手をして自然と身に付いた話術で……。
「……なぁ」
「なに?」
だが、俺が不利になるような情報は出さない。
「さっきさ、俺に求婚していただろう?」
「え、えぇ……したわね」
少し戸惑っているが、まぁ……おおむね大丈夫だろう。この世界の状況を鑑みれば、そして俺の評価を鑑みれば出来るはずだ。
「気が変わった」
これが大事だ。『気が変わった』というこの言葉が、キーとなる。
これまで話していて、俺が元居たところがどんなところか知らない北方棲姫が仲間や上司からどういう風に教えられているか分からないが、良いようには教えられていないはず。それを逆手に取る。と言っても、俺も北方棲姫がどういう俺たち側の教育を受けていたかは知らないけどな。
俺の発言に首を傾げる北方棲姫だが、次第に表情が緩んでいく。
堕ちたな。俺はそう確信した。
「ケッコンは出来ないけど……話してみて分かった。北方棲姫は良い子だ。だから一緒に居たい」
「えっ…………えぇぇぇぇ?!!」
少し間を置いてから、北方棲姫は絶叫した。そして急に立ち上がり、駆け回る。今度は無邪気に。そしてすぐに戻ってきて、俺の前に座り込み、見上げてきた。
「ほんとっ?!」
「あぁ」
「ほんっとうにほんとう?」
「あぁ……でもな、条件がある」
そう。条件を付ける。恐らく、俺の『気が変わった』『一緒に居たい』耳年増なら、その言葉でまともな思考は鈍っているはずだから、多少変なことを言っても良いだろう。
多分、一緒に居たいを『ケッコンしよう』と勘違いしているはずだからだ。
「こんな暗いところは嫌なんだ」
「じ、じゃあすぐに外行きましょ!!」
「ちょっと待ってくれ」
ここで俺はあることを植え付ける。と言っても、言うだけではあるが……。ここで北方棲姫の深海棲艦としての垣根にあるところを利用するのだ。後は言葉だな。うん。適当なことを言って、丸め込めれば良いだろう。そうしよう。
「俺はな……どっちに言っても良いようには扱われないんだ」
そう、ここから話を広げていく。
もちろん、北方棲姫は俺の言葉に耳を傾けている。大丈夫、いけるはずだ。
「元居たところでは……俺と一緒に居た奴らがいるだろう?」
「……武蔵たちのこと? 今は牢で大人しくしているわよ? 大和のことを心配しているみたいだけど」
「あぁ、そいつらだ。……そいつらはな、いつも悪い奴らから俺を守ってくれていたんだ」
「それって……そっちの軍の高級将校とか、政治家とかが男性をうんぬんかんぬんってやつ?」
「そうだ。いつもいつも守ってくれていた」
本当に情けない話ではあるが、まぁ守ってもらっていたのは事実だしな。
「他にも俺のことを守ってくれる人がいるんだよ」
「へぇ~」
良い具合に誘導できているな。念には念を、だ。もう少し真実っぽいハッタリっぽい真実を話すか。
「その人に無茶苦茶恩がある。でも俺はまだ返し切れていないんだ」
「大和がいるだけで十分だと思うけどなぁ」
よし、乗ってきている。もう一押しだ。
「だからさ、一緒に行かないか?」
「へ?」
「その人にまた恩を作ることになるけど、一緒に返していこう」
良し。完全に攻略した。これで、逃げれる。……だが、ケッコンの件はどうしようか。
……まぁ、多分大丈夫だろう。北方棲姫も恐らく、俺たちで言うところの艦娘とそう大して変わらないはずだ。艦娘は結婚できないが、提督とケッコンをして
「大丈夫だ、俺とお前なら」
ーーーーー
ーーー
ー
という訳で話はとんとん拍子で進んでいき、俺は牢から出ることとなった。そして23人の艦娘も開放。そのうちの12人は、北方海域で消息を絶っていた艦隊であったことが判明。
北方棲姫の指揮の下、北方棲姫の配下である『北太平洋軍 アリューシャン統合戦闘艦隊』は中央総軍の命令を無視して現作戦行動中の艦隊は作戦中断し緊急帰還。そして北方棲姫の口から、『一緒に大和について行かない?』という提案がなされた。
で、その現場に居るわけだが……。
「私はあんな軍を
ざわざわとしている会場……一応、地上ではあるんだけど、これまで驚き……ではないか。北方棲姫は元々陸上型深海棲艦。このことを忘れていた。彼女の艤装が飛行場、というか島になっている。その関係で、艤装の上はとても広大。万人単位で人が居れるレベル。現に北方棲姫が立っている檀上の目下には、よりどりみどりの深海棲艦の少女たちがいるのだ。
そんな中、北方棲姫は俺の下に行くことを宣言。一層ざわざわする会場で、北方棲姫は負けじと声を張って続ける。
その言葉は騒がしい会場を一瞬で鎮めてしまうほどのものだった。
「希望者のみ、同行することを許すことにしたの。大和の鎮守府に行くことにはなるし、上司の対応次第でもあるけれど、頑張ればある程度の人数はいけるみたいなの」
それに、と続ける。
「それもこれも、私たちの存在価値次第……だと思う」
そう言った刹那、会場にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、どこかに設置されているであろうスピーカーから声が出てくる。
『洋上を高速接近する艦隊群を発見。迎撃艦隊はどこに行ったの?!』
……何かが起きたみたいだ。その知らせを受けた北方棲姫は壇上から降り、近くに居た深海棲艦に事態を訊いた。
そして冷や汗が首筋へと流れていく。
「艦隊よ……艦娘の」
それだけならば、普段と変わらないことだろう。だが、続けた。
「もうあれは……人じゃないみたいね」
「は?」
「他の管区を通ってきたみたいで、担当軍の前線艦隊はことごとくを壊滅させられているみたい」
そういって、おそらく航空写真であろうものを見せられた。
そこに映っていたのは……割と近くで撮られたものであるのは分かる。そこに映っている艦隊が異常だ。まず編成が11人。それが1つの艦隊として機能している。全員が見覚えのある艦娘であることには間違いないのだが……
「相手の前衛に四散させられた後、残った艦は惨いことになったみたい……」
北方棲姫は次の写真を手渡してきた。それはかなり近いところで撮られたものみたいだが……おかしい。
艦娘の艦隊戦で身体に血飛沫が付くことなんてない筈だ。だが、全員が身体にそれらしき赤い斑点や大きいシミを付けている。どう考えたって、その斑点やシミは……あれだろう。
そして俺は、最後の最後に気付いてしまったのだ……。
写真に写っていた艦隊の艦娘に見覚えがあり……そして、先頭を航行する彼女は……。
「大和……?」
前回の投稿から少し期間が開いてしまいましたね……。少々やることがあって、家を空けることが多かったので(汗)
今回もサブタイに『戦役』が付いている時点で察しの良い方なら分かっていらっしゃったと思いますが、その通りなんですよね……。そしてどんどん大和が屑になっていっている気がしなくもないです。
ご意見ご感想お待ちしています。