少し静かな鎮守府。俺は普段とは違う格好でいた。改造袴を脱ぎ捨て、今はジーンズとスキニージーンズの中間のような黒いパンツに上はハイネックのベージュのセーター。
他には財布と、ゆきから『持っててね』と言われた携帯電話、スマホだ。あ、あと鍵。何の鍵かというと、ゆきの自動車の鍵。
そんな格好と持ち物をしている俺が、これから何をするのかというと、昨日まで時間を遡る。
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夕食も終わった頃、ゆきは俺の私室にくつろぎに来ていた。時々来てはゴロゴロしたり俺にちょっかい出したりして、満足したら出ていく。今日もそれだったんだが、ふと言った言葉があった。
「ん~……大和って私物あんまり持たないタイプ?」
考えてみれば、確かに俺の私室には私物があまりない。改造袴の換えや寝間着、日用品くらいしかない。インテリアとか嗜好品、本とかは一切置いていないのだ。
インテリアは備え付けのもので事足りるし、嗜好品は……お茶が飲めるがコーヒーも飲みたいところ。だが、執務室に行かなければ飲めないことは分かっていた。本も鎮守府にある図書館や他の武蔵とかから借りれば良いから特に気にしてなかった。
だが言われてしまってからは、かなり気になった。そんな俺を見たゆきが一言。
「外に買いに行っても良いんだよ?」
と。この一言によって、俺は今日買い物に行くことになったのだった。
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そういう経緯で、俺は数少ない私服に身を包んで立ち尽くしていた。
どこに居るのかと云うと、鎮守府の門。立哨が立っているところから少し離れたところ。立ち尽くしているのは人を待っているからだ。
誰を待っているのかというと、足柄と浜風。
足柄はまぁ……人柄的にもそうだし非番だったから。昨日の夜に頼んだら『分かったわよ。護衛でしょ?』と言われた。浜風も非番だったから。それに近くに居たということもあって、声を掛けたら『行きます』と。
俺には護衛が付いているが、他のは離れたところから監視しているから良いということらしい。
そうこうしていると足柄と浜風がやってきた。
どちらも私服に身を包んでいる。包んでいるんだが……。
「もう来てたのね」
「おはようございます」
そんな風に声を掛けてきた2人に、俺はとりあえず『おはよう』と返して気になったことを訊いてみることにした。
「……なぁ足柄」
「なに?」
「どうしてパンツスーツ……。買い物に行くだけなのに」
とまぁ、そういう訳だ。浜風は大人し目の服装をしているが、どうして足柄はパンツスーツで来ているのだろうか。
似合ってない訳ではない。むしろカッコいいんだけどな。元々スレンダーな足柄にはとてもよく映える。カッコいいんだ。本当に。
だけど、護衛とはいえ普通の服装をしてきて欲しかった。何だか違う感じがする。
「ん? あぁこれ。……身分偽造」
「へー……へ?」
この人すまし顔でとんでもないこと言ったぞ!!
「一応、警察から派遣されてるSPってなってるわ。ほら」
そういって内ポケットから手帳を出して、俺に見せてきた。……まぁ確かにそれっぽい手帳だし、写真まで本人。偽名も付いてるしな。
「提督に言われたのよ。これなら、まぁ面倒なことになってもある程度のことはできるから」
と言って、唐突にジャケットのボタンを外してバサッと開いて見せた。中は白のブラウスなんだが、普通はないものがある。
ショルダーホルスターだ。多分。もしそうなら、拳銃もあるんだろうな。
「ある程度のところまでやらかした相手は射殺できる、ってことになってるの。だから拳銃」
「あー……」
もう気にしててもキリがないから、もう気にしないでおこう。それが良い。
手帳やら拳銃やらを見せてこなければ、普通のOLにしか見えないからな。うん。
ちなみに浜風が落ち着いた格好をしていると言ったが、まぁこっちもこっちでなんか持っているらしい。何を持っているのかは教えてくれなかったけど。
これで全員集まったので、俺たちは移動を開始した。
鎮守府内にある駐車場を目指して。そこにゆきの私物の自動車が置いてあるらしい。キーを見る限りト〇タみたいだけど、まぁキーだけじゃなんの車種か分からないよな。
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足柄も浜風も運転経験がないということで、運転経験のある俺が自動的に運転することになった訳だが……。ゆきの私物の自動車というのは、まぁ社名からしてある程度は絞れていたけどさ……。
俺は運転席のシートに座り、異様に手前に出ていたシートを後ろに下げた。そしてバックミラーの位置を確認して、ドアミラーも確認。まぁそれくらいで良いだろう。
鍵を渡してくる時に『全然乗ってないから、もしかしたらバッテリー上がってるかも』とか言ってたんだけど、まぁキーを挿して回してみれば分かる。エンジンは掛かるから大丈夫だろう。確かに最近乗っていなかったんだろうな。ダッシュボードに若干ホコリがある。
「じゃあ、ナビよろしく」
「はいはい。安全にね」
「了解」
助手席に座っているのは足柄。後部座席には浜風が座っている。俺はサイドブレーキを下ろして走り出した。ちなみに何故かマニュアルトランスミッション。物好きだな、と思いつつもMTで免許をこっちに来る前に取っていたことを思い出す。
そのまま門の前に行き、立哨に声を掛けて公道へと乗り出した。
MTの教習車、コンフォートでは聞くことの出来なかった腹に来るエンジン音を感じながら快速で走る。あ、言い忘れてたけどゆきの私用車、ハチ〇クだった。1つ前の世代の。
足柄のナビで最初に行きたいところに向かっていた。本屋だ。小さいところではなく、大きいところ。何だか大きいところの方がよさそうな気がしたから。
公道を走ること15分。最初の目的地に到着した。駐車して、俺が降車準備をしている間に足柄と浜風が先に降りる。そして、準備を終えた俺は車外へと出て行った。
グルッと一回り見てみるが、特に俺が違和感を感じるようなものはない。乗用車がぽつぽつと止まっており、店舗の入口を人が行き交う。普通の本屋だ。だがこの世は男性が極端に少ない。それを忘れてはならない。俺はそう言い聞かせ、足柄と浜風に挟まれて店舗へと歩みを進める。
チラチラと俺の方を見るお客さんや店員はいるものの、まぁ……大丈夫だろうと俺は思っていた。本屋へ向かっている最中の車内で、俺は足柄から『世の中では男勝りな女性が男装をしていることがあるわ。口を開かなければ、多分皆男装と勘違いすると思うから』と言われていた。
なので俺は口を閉じている。あらかじめ、どこのコーナーに行きたいかは言ってあるので問題ない。黙って目当てのコーナーを目指す。
本棚の前で立ち止まり、俺は本の背表紙を凝視する。題名と著者名、出版社を睨み、目当てのものがないか見る。
今回買い物に来るに当たって、何かリサーチしたりはしていない。行き当たりばったり、直感で買うつもりだ。本もそうだ。というか、どんな本が売っているだとか、よく知らない。俺のいた世界とはきっと違うんだろう、そう思っている訳なんだが……。
まぁその通りだった。例えば……某宇宙人と人類の戦争を描いたSF作品。最後は地球の病原菌に耐性が無かったため、攻め入ってきた宇宙人が死滅するという話。原作者名が『H・J・ウェルズ』となっていた。俺の記憶では違った気がするが、まぁいい。ちなみに正式には『ハーバード・ジェーン・ウェルズ』らしい(足柄談)。世間では『ジャンヌ・ヴェルヌ』と共にSFの母と言われているみたいだ。
そんな名作の俺とこっちのギャップを楽しみつつ、俺は次々と興味の沸いた本を手に取っていく。あらすじを見て決め、ポンポンと欲しい本を積み上げていった。
「お待ちのお客様、どうぞこちらへ」
会計の列に並び、俺は順番待ちをしている。ちなみにその列に男性は1人としていない。全員女性。
当たり前なんだけどな。……改めて実感した感じではあるけど。
そうこうしていると、俺の番が回ってきた。
「お待ちのお客様、こちらへ」
俺は声を出さずにカウンターにカゴを置く。車の中で足柄に言われていたのだ。声を出したらバレる、と。
言われなくても分っていたつもりだが、こうやって誰かに言われると別の意味で気を付けるようになるから良い。そもそも静かでレジの店員以外がほとんど口を開かない店内で、無言でカウンターに商品を置くことは普通のことなのだ。
カゴをカウンターに置いた時、おそらくアルバイトと思われる店員が少し驚いた表情をしたが、すぐに真面目な顔つきに戻っていた。
そして丁寧に会計していき、清算額を俺に伝えてくる。
「1万と5524円になります」
俺は財布を取り出し、1万円札1枚と5000円札1枚、1000円札1枚を出す。小銭はあいにく持っていないから、仕方がない。
すぐに会計を済ませて、俺にレシートとお釣りを渡してくれると思っていたが、何やらおかしい。
商品を袋に入れていないのだ。理由はすぐに気付いた。ここは本屋。本を買うと紙製のブックカバーを付けてくれるのだ。ということは……。
「ブックカバーをお付けになりますか?」
不味った。完全にやらかした。しかも今回は俺もだが、足柄も気づいていないみたいだ。あいにく、近くに浜風も足柄もいない。見える範囲には最低限いないのだ。
この状況を乗り切るには……声を出すしかないのか……。
俺は葛藤する。声を出すにしても、誤魔化す方法はいくらでもある。筆談をする……ペンも紙も持ってないし、近くにない。ガザガザな声で答える……これは地声で話してもそう大して変わらないだろう。ならば……ッ!!
「いいえ。そのままでお願いします」
こうなれば、裏声以外方法はない。そう思い立った。声もおそらく、裏声なら分からないだろう……そう思って使ってみたがどうだ?
「はい。ではすぐに」
どうやら良かったみたいだ。店員は紙袋に丁寧にハードカバーの本と文庫本を分けて入れてくれたみたいだ。
それを両脇に抱えて、俺は足柄と浜風を探す。
ちなみにどうしていないのかというと、俺がふらふらと本を探していたら見失ったのだ。割と広い本屋のため、探そうと思うとしらみつぶしになる。もう足柄も浜風も始めているだろうから、すぐに見つけることができるだろう。そう思って、俺は本屋の中を早歩きで歩く。通路を見ながら歩いているので、前方不注意になる訳だが、そんなことも言ってられない。ここで孤立してしまうと、もしもの時に非常に不味いことになる。自明だった。
だが、急ぎ過ぎていたのが運の尽きだった。
正面から来ていた女性に気付かなかったのだ。そのまま俺は女性に体当たりをしてしまい、相手は転んでしまう。
「いたたっ」
そう言いながら腰を擦っている姿を見て、俺は「やってしまった」と思い、すぐに駆け寄る。そして……。
「連れを探していたもので、すみませんでし……た」
俺は地声で話してしまったのだ……。
ここからは言うまでもなく、それはそれは酷いことになった。
両脇に抱えていた本を左脇に抱え、空いた右手を差し出した形で声を掛けていた。女性は少し混乱しながらも俺の手を取って起き上がり……俺はその場から身動きが取れなくなってしまったのだ。
ただでさえ静かな店内。そして誰かが転ぶ音。それに反応してそちらを見ない者はいないだろう。そして転んだ方に、恐らく転ばせてしまった方が手を差し出して声を掛けていたのだ。
高い声しか聴いたことのない人たちにとって、特徴のある低い声というのはすぐに"何"と判別する。そしてそれに気付いた時、身体は本能的に動いてしまっているのだ。
「そのっ、すみませんでしたッ!! えぇと、軍の方は……えぇと……」
転ばせてしまった相手は一瞬顔を赤らめはしたものの、すぐに顔色反転。辺りをキョロキョロして軍人を探し始めた。まぁ、普通はそうするんだろうか。
滅多に見ることの出来ない男がいるのなら、それを守っている護送旅団がいてもおかしくはない。今回のことに関しては、事によっては俺が転ばせてしまった相手は問答無用で処断されるようなことらしい(後で聞いた)ので、逃げると重くなるからとりあえず軍人を探しているみたいだ。
その一方で、周囲には俺が身動きができない程の人だかりができていた。そして俺の体をペタペタと触ってくる。
これでもかというほど触ってくる。
「ちょ、止めて!!」
「「「「「ぐっへへへ~~~」」」」」」
完全に我を失っているな……。どう考えたって、女性がしてはいけない表情をしているし。……まぁいつもヲ級がしている奴だけどな。目は完全にイってるし、ダラダラと唾液が溢れ出ている。そして俺の身体を触るのもエスカレートしてきていた。腕や腹、腿から胸板、尻、[自主規制]にまで……。
必死の抵抗をしているが、それも叶わず、人海戦術に成す術なくされるがままになっていた。そして遂に禁忌に触れr[自主規制]
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どうやら直ぐに騒ぎを聞いて駆け付けた足柄と浜風によって我を失った客たちは、一時的に何らかの手で意識を失っていった。……一体なにしたの? ちょっと怖いこの人たち。いやまぁ、さっきまで完全にイってた人たちの方がヤバかったけどさ……。
ちなみに俺のせいで転んでしまった人は、軍人に男性保護法によって処断される恐怖でそれどころではなかったらしい。
目に涙溜めて『まだやりたかったことがあるのに……幸か不幸かに見舞われてぇ』と言っていた。すぐに足柄から説明はあったから別に良かったし、そもそも足柄も脅すために身分詐称をしているので、特に何か言うなんてことはなかった。そのままぶつかってしまった人と別れて、本屋の店長に詫びを入れた後に帰ることになったのだった。
理由は足柄曰く『私たちだけじゃ満足に護衛できないし、近くに居た護衛もすぐには動けなかったみたいだから、ちゃんとした護衛を連れて行った方が良いわね』ということだった。本音は『大和がふらふらするもんだから、目を付けててもどうしようもない』ということらしい。俺が悪いのか……。
今回の件をゆきに報告することになり、俺と足柄、浜風による報告を受けたゆきは……
『そうなるよねぇ~。まぁ、貸切る勢いで行かないといけないんだね』
と言われてお仕舞だった。なんて能天気なんだ……。
前回の投稿から少し期間が開いてしまいましたが、察してください(白目)
閑話ということで、今回はこのような内容を書かせていただきました。
まぁ……そういう世界なんですよ。はい。どうこうなるという訳ではありませんが、とりあえず本当に存在自体が劇物なんですよね。そのままの意味ではありませんよ?
今後はまた戦闘とかが中心になると思います。
話を進めるにはその手しかありませんからね。
ご意見ご感想お待ちしています。