俺の心労は日々絶えることなく、俺の気持ちとは正反対に積み重なっていくものだ。
ここのところヲ級のように、深海棲艦側からこちら側に来た艦(タ級ら)の尋問や、飽きることなくそれはもうストーカーの如く、艦娘や憲兵に追い回される日々。
俺の癒しでもある雪風は相も変わらず、時間を見つけては一緒に遊んでいるけどな。最近そこに浜風や磯風も加わるようにもなったけど……。まぁそれに関しては、俺も気にしてはいなかった。
その他の有象無象も、"慣れ"というものは酷く恐ろしいものだ。最近では他ごとしながら、適当にあしらったりしている。時々、ちゃんと対応したりもするけどね。あまりに塩対応だと、それはそれで俺もここに居辛くなるというものだ。適度に付き合って、あしらって、まるでひょいひょいと逃げる餌だ。……自分で言ってて悲しくなってきた。
それはともかくとして、だ。
今日はゆきの号令で、鎮守府としても大規模な行動を打って出ていた。聞こえは良いが、内容がクソなのはいつものこと。中身のない命令書を担当指揮を行う人にサイドスローで投げるのだ。
『大本営から"働け"だってさ!! 笑っちゃう話だけど、あっちは"私"が考えていることなんて微塵も知らないだろうから、仕方なく付き合うことにしたんだぁ』
と予防線を張って、それに呼応して身構える。きっと少し活発に作戦行動を執ることになるんだろうと誰しもが思っていた。
だがそんなことを、ゆきが整然と事を並べて指示することもない。それは皆の持つ共通意識だった。否。ゆきが必要だと考える行動に関しては、俺たちに詳細な指示書や膨大な作戦指令書が出たりすることもあるみたい。最近それがあったのが"俺"進水直後の、それぞれの代表者へ『必読』というデカい印鑑が押された辞書並みの指示書だったらしい。
だが、そんな俺たちの期待を裏切っていくのがゆきという人物であって、面白いところなのかもしれない。
少なくとも、そう俺は思っていた。
『そういう訳で、今日から1週間は"従順な軍人"を示すべく、私は心を入れ替えます!!』
その場でその言葉を聞いていた武蔵や他数名は『おぉ~!!』と感嘆していた。俺もだけど……。普段の姿が定着していたからな。
『武蔵っ!! 大本営からの指令書!! 今まで適当な理由付けてやってこなかったけど、中部海域の深海棲艦の漸減作戦。編成表は作ってあるから、該当艦に通達をブリーフィングして』
とまぁ、こんな風に"如何にも"という軍人らしい采配を見せている。
『大淀はこっちも編成表あるから、それみて該当艦を召集。数が多いから注意してね。内容は、近海から南西方面海域で情報収集している潜水艦の捜索・排除を』
多分、これも大本営からの命令を適当な理由を付けて別の鎮守府に回していたものなんだろうな。
『鳳翔は空母の出番が散発してあるだろうから、皆にその旨伝えておいてね!! 召集艦は勘づくと思うけど、それ以外への連絡よろしく!!』
艦隊の花形である空母の皆には、そういう風の指示を出していた。
そしてその後にも、憲兵たちへの命令も下る。基本的にゆきは憲兵たちに『鎮守府内の風紀を守って欲しい。巡回を徹底して行って、艦娘の皆との交流も忘れずに』なんていう不明瞭な命令を出していたみたいだが、今回は違うみたいだ。
『憲兵は今までやってきた"儲け"を私に報告すること。何を餌にどうやって釣ったのか、そこのところ詳しく。あまりに看過できないものだったら速攻処罰だけど、もし隠しでもしたら私は軍刀を研ぐ必要が出てくるからさ』
とまぁ、半ば殺害予告みたいな命令を下していた。
ちなみに憲兵たちの"儲け"というのは、基本的に俺絡みだったりする。俺と雪風が定期的に注意をしたりしていたんだが、一向に減ることはなかったのだ。誰かが辞めれば、誰かが同じようなことを始める。そんな風に、憲兵たちの娯楽は一定して供給されていたのだ。それでうまい具合に稼いで、いいところ取りをしている憲兵もいるそうで、まぁそういう話がゆきの耳にも入ったんだろうな。今までは放任で、自分の提示した命令をこなしてくれて、最低限外に示しがつかないようなことは裁いてきたが、今回は厳しく"憲兵"が"憲兵"らしくある本来の姿に戻ってもらうための命令だったみたいだ。
俺にはよく分からないが、憲兵たちに関してはかなり口煩く言ったみたいで、青い顔した憲兵が走って戻っていったのはさっきのことだった。
今も武蔵や他の集まっていた艦娘たちはことごとくが執務室から退出しており、残っているのは俺とゆきだけだ。
「……なぁ」
「なぁに?」
「さっき自分で言っていた言葉、思い出せ」
俺はそんな風にゆきに言葉を掛ける。
憲兵にはああ言ったものの、ゆきも何かしら俺絡みで"儲け"とは形容しがたいことをしているのだ。
「いい、大和?」
そんな俺に向かって、ゆきは一言。
「それはそれ。これはこれ」
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ーーー
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画して、呉第二一号鎮守府の真面目週間が始まったのだった。これまで最低限の戦闘しか行っていなかった海域への出撃も、見るからに回数は増えていった。それに伴い、入渠場には損傷艦で溢れていた。各地への遠征や演習もぬかりなく行い、建造・開発も気分ではなく計画的に進める。
そして堕落していた憲兵たちも、ゆきの命令に従って色々と白状していった。"儲け"や"手口"を事細かに報告し、反省文を書いていく。多いものだと3桁くらい書いていた気がするが、それもこれも自己責任だし仕方ない。そんなことで、副産物として色々と確保することが出来ていた。
「……ここまで酷いとは思わなかったなぁ」
とゆきはつぶやいているが、俺は言葉を失っていた。
机に広げられているのは俺の写真、写真、写真。写真だった。しかもかなり際どいショットや、もう完全にアウトなものまで多種多様。それがデータ・ネガ・現像済のものがかなり提出されたのだ。
そんな状況で、ゆきは特に何か怒ったり呆れたりすることはない。ただこれで小銭を稼いでいた憲兵が居るということを物語っている。誰にも見せることはなかったが、ゆきの元に集められた封書の中にそういう記述のあるものがあったとのこと。それに名前と所属が書かれていたことから、密告か自己報告みたいだ。様子を見る限り、自分から名乗り出た方が多いみたいだけどな。
「ま、これで一度リセットできた訳だし、懲りるだろうから大丈夫でしょ!!」
そんな状況を見ても尚、ゆきはポジティブシンキングな訳だ。本人はそうでも、周りはそうではなかったりする。ゆきは軍規に緩いところしか垣間見えないが、非道やゆき自身良くないと思っていることに対しては容赦ない。それこそ軍刀を抜くレベル。俺が進水したての頃は、あちこちで軍刀を抜いているのを見た気もするけど、今ではこの鎮守府で一番俺に対するボディタッチが多い気がするのは多分俺だけじゃないはずだ。
それは置いておこう。とりあえず、呉第二一号鎮守府内部の改革(いつの間にかそうなっていた)を進めているが、まさか1週間でここまで変わるとは思ってなかったみたいだ。
絶賛、そこの辺りでゆきが悩んでいたりする。
「とは言っても……ここまでその辺の鎮守府と変わりない風になってしまったのは、私としても息苦しい!! どう思う大和ぉ~」
と俺に泣きついてきた。
「どう思うって言われてもなぁ……」
「こんなかたっ苦しいの嫌だよ!! もっとのほほーんと、へろぉーんとしている方が絶対いいもん!!」
「こういう風に変えたのはゆきなんだけどな……」
「そうだけどさぁ!! うぅぅぅ!!」
唸りだしてしまった。
俺としては、これが本来あるべき姿ではあると思うんだけどな……、と頭の片隅で思う。確かに今の鎮守府は少し堅苦しい状況になっているし、艦娘たちは見るからに出撃回数も増えてたまに殺気立っているところもあったりする。何だか空気がピリピリして、たまに気分が悪くなるのもあるにはあることなのだ。
「だけどこれも1週間もしたら、前みたいな状態には戻さないものの、それなりにやっていくつもりなんだろ?」
「……そうだね。あんまり上に目を付けられるのも嫌だし、大和の件で昇進して先任とかから目を付けられるのもなぁ」
目を付けられるのは既に手遅れだったりする。都築提督の一件で、各地から届いていた俺の派遣願をことごとく却下していたからな。上官からも先任からも、かなり目を付けられていることは間違いない。それをゆきが分かっていないはずがないんだけどな……。
「なんにせよ、大和のお陰で昇進したようなものだし、それ相応の活躍はしないとね」
なんだかいきなり前向き且つそれらしいセリフを言ったなぁ。
「現状、着実に海域攻撃を進めているからさして問題はないよねぇ。演習での戦績も上々だし、遠征任務もよくやってくれてる……」
更にらしくないことを言い出したな。……本当にゆきなのか?
「艦娘たちの練度も上がっていってるし、もう歴戦の艦娘といっても差し支えないところまで来てるね」
執務をやっている自分の机の上に置かれていた書類を見ながら、そんなことを口に出しながら確認をしているみたいだ。
「まぁ、大和の練度はあまり上がってないけど……」
ーーーーー
ーーー
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結局、1週間真面目に業務に取り込んだ結果、おちゃらけた適当提督(笑)のゆきはそれなりに力のある提督だと認められたみたいだった。1週間の伸びしろは凄まじいの一言でしか言い表せず、その才を惜しみなく発揮していた。周囲からは『特異種の大和をたまたま手に入れていい気になっていた青二才』と云われていたみたいだが、ことごとくゆきの才の元に膝を付くしかできなかったみたいだった。執務は的確かつ早い。艦隊指揮は誰をも突き放すレベルで高く、それについて行く所属艦娘の練度も唸るほどだと評価を受けていた。その艦娘の云々の中には、俺が砲弾を投擲する攻撃方法も含まれていたりする。
そんなこんなで、ゆきは大本営から文句を言われなくなったので、前よりかは真面目に執務をして、息抜きはゆきらしく抜くようになっていた。
「で?」
「ん?」
そんな評価を受けていることを知ったのは、つい昨日のこと。大本営からの封書を確認したのと、周囲の鎮守府からの評価を憲兵たちが報告したからだった。
「ナニコレ」
俺は執務室に来ているのだが、目の前に広がる光景を見てそう言った。
机の上にはいつも1.5Lのペットボトルと同じくらいの高さがあった書類は、今では文庫本程度の高さになっている。周辺には段ボールに入った書類なども積み上げられていたが、それは1つとして残っていなかった。代わりに小さい机が置かれ、そこにはティーセットが置かれている。もちろんケトルと茶葉、コーヒーの時に飲むのかフィルターと豆らしきものもある。
一言で言い表せば……
「ここ……どこ?」
「えっ?!」
そう。俺の記憶にある執務室とはかけ離れているのだ。ここの様子は。
そんな俺の発言に驚いたのか、ゆきは椅子から飛び上がってぴょんぴょん跳ねている。すまんが飛び跳ねるのはやめて欲しいんだけどな……。
「いかにも仕事に追われている事務系の中間管理職のデスク周りみたいになっていて、発言が完全にセクハラ上司みたいだったゆきは一体どこへ行ったのだぁぁぁ!!!」
「綺麗になったでしょ? って、セクハラって何?」
そうか、セクハラって言葉はないのか。……なんて説明すればいいのか。
「セクハラっていうのは、主に身体的・性的なことを訊いたりからかったりすることのこと。端的に言えば、だけど」
「へぇ……よく分からないなぁ」
ちなみに、俺はその辺分かっているつもりだったりする。
……そうだよな?
「とりあえず、仕事頑張ってくれ」
まぁ、長居しても仕方ないから出ていくことにする。そろそろ武蔵が書類を持って戻ってくることだし。
「ちょっと!! 待ってよぉ~!!」
そう言って引っ付いてくるゆきを引きずりながら、俺は私室へ帰るのであった。
ーーーーー
ーーー
ー
「大和!! 大和は、練度も申し分なく上がりましたよ!! 攻略艦隊に編成できる程度に……ってあれ?」
俺が私室でくつろいでいると、大和が入ってきた。そんなことを云いながら。
「おー、おかえり」
そんな姉(なのかは定かではない)に対し、俺はだらだらとした姿勢で迎える。とは言っても、ここは大和型戦艦の私室ではないんだけどな。俺の私室。
そんなことはお構いなしに、大和も武蔵も入ってくるけど……。
「今日は1人なんですね」
入ってきた大和は、俺の近くに腰を下ろした。
「まぁな。武蔵も秘書艦で忙しいみたいだし、最近めっきり顔を見せなくなってな」
「それで読みふけっているんですね」
最近私室への来客が減ってしまい、俺は本を読んで過ごしていたりしていたのだ。ちなみにタ級たちの尋問はまだ続いていて、毎日決まった時間に行っている。それ以外は、基本的に仕事はないので、こうしているのだ。
ヲ級もタ級関連で仕事が増えてしまい、それに追われていたいなかったり。俺の護衛も一応近くにはいるみたいだが、皆出撃が入っていたりするみたいで、人数は4人程度とのこと。呼べば出てくるんだけどな。と言っても、扉から普通に入ってくるだけ。
俺の私室に遊びに来た大和は、俺の持っている本をチラチラと見て話しかけてくる。
そういえば最近は、押し倒されるようなことがあって以来は大人しくなったな。なんというか、足柄ほどではないにしろ、落ち着いたような気がする。
「これが、本来の鎮守府なんですかね?」
「そうだと思う」
こうして時間が過ぎていくのだった……。
最近投稿ペースが落ちているのは、これまで色々と切羽詰まってやっていたからです(汗)ほどよく肩の力を抜いて、公開当初のようにぐだぐだとやっていく方向に切り替える予定ではあります。ですので、今後はこのように投稿頻度が落ちると思われます。ご了承ください。
今回は艦娘が全く出てきませんでしたが、これを節目にしようと思っています。
話を展開させていくに当たって、少し必要でしたので……。
ご意見ご感想お待ちしています。