尋問初日で発覚したことを、俺はゆきに報告しに来ている。足柄も同じタイミングで終わらせたみたいで、酷く困った表情をしてゆきの前に立っていた。
ゆきはそのことを知ってか知らずか、報告内容に困っている俺たちのことを無神経に嬉々として訊いているのだ。
「それで、どうだったの?」
最初は俺が報告する。足柄の方はまだ戸惑っているみたいだしな。
「結果から言ってしまえば、『あいつらもヲ級と同じ』だ」
「まぁ、そうだろうねー」
「脱走兵なんてもんじゃないぞ。ありゃ敵国への亡命レベルだ」
「ふーん」
俺がやれやれと言わんばかりに云う内容を、ゆきは今回牢に入れられている深海棲艦の詳細な情報の書いてある書類に目を落として返事をする。
「ま、大和の言い方だと『有益な情報が手に入る』ってことみたいだし、私としては問題ないかな。ただ、
何を言っているんだ、と一瞬思った。だがその真意は考えてみればすぐに分かる。
ゆきは出撃前に目的を『深海棲艦と言語的接触の実験』と言った。誰も投降させろだなんて言っていない。だが今回は連れて帰ってきてしまった。それに今から報告するが、"建前"としての任務の目的は完全に遂行できているようなものだ。
こうして俺や足柄が尋問をしたことによる報告をしに来ていること、足柄が戸惑っていること、俺が『あいつらもヲ級と同じ』と言ったこと……。ここからすぐに当初の目的は達成されているようなものだ。それにもし連れ帰ってなかったとしても、俺の様子などから任務の成否はすぐに分かるだろうからな。
「なんにせよ、大和の担当はタ級と駆逐艦2人だったね。どうだったの?」
「……前例とは違い、過剰な反応は見せなかった。3人とも俺の尋問には抵抗することなく素直に答えていたと思う」
「うん。じゃあ、足柄は?」
これだけで伝わったのか? イ級、ハ級に関することをまだ言ってなかったんだが……。
「とりあえず、軽空母ヌ級のアレが艤装だったってこと。中に私たちでいうところの艦娘が居たわ……。あとは若干の抵抗と、しきりに大和のことを聞いてくること以外は大和と同じ」
「さっきは言い忘れていたが、駆逐艦イ級、ハ級でもそれがあった。中に乗っていたのは、俺たちで云うところの駆逐艦の艦娘と同じくらいの少女だった」
俺は足柄の方を見る。足柄の方ではこれ以上ないのか、という意味を込めてみたんだが……多分伝わっているだろう。
これまでの行動から想像すると、察しが良いので多分……。なので、俺がここから追加で報告する。
「なるほど……なるほど、なるほど……なるほどねぇ~」
ペンを回しながらそんな風に言うゆきに、俺は続けて報告を続ける。
「……ヲ級の前例があって、"この極秘作戦"だったんだろう?」
俺がそう言うと、ゆきは回していたペンを止めて俺の方を向く。その表情はいつになく真剣だった。
そう。この表情は、普段のゆきからは全く見ることの出来ないもの。おそらくだが、"自分の手の上で駒を転がせれていない"ことを分かっている時の表情だ。
こう考えている俺も、本当にゆきと長いことつるんでいるものだなと感慨深くなるものだが、そうは言ってもたった数か月程度な気もしなくない。きっとこのことは他の艦娘たちの方が分かっているんじゃないだろうか。
ゆきはスッとペンを置き、少し考える。
そして口を開いた。すぐのことだ。
「ふーん」
俺は言葉を選びながら話を進める。言い回しでゆきだけに伝えることも、多分出来るだろう。だが、足柄もその辺りに関しては聡い。
慎重に進める必要がある。足柄の担当した深海棲艦がこぼしていたのなら意味のないことだが、もしかしたら知らないのかもしれないからだ。
「目の前のことも大事だが、八方を見ながら進む必要がある」
ゆきの表情が一気に険しくなる。
「それは……私が"見かけ通り"ってことで良いのかな?」
「あぁ」
察したみたいだな。"見かけ通り"とは、たぶん自分が見た目が割と小柄で小さいことを自虐して言ったんだと思う。ただこれだけでは分からない筈。それを省略して"小動物"だという意味で言っていたとしたら、俺としては正解だ。そして、そこまで読み取れていたとしても、保険で言葉を付け加えておく必要がある。
「そして俺は"血"だ」
伝わっただろうか……。不安だ。
そんなゆきに対して、俺が"血"である意味。それは海の人ならば誰だって分かる。
そんな"血"が海を漂っていたのなら……。
だがそんな俺の心配なんて必要ないほどに、ゆきは理解したみたいだ。
俺が言いたいことが伝わったことだろう。
「分かったよ。……でも肝心なところが分からない」
闇雲に今回の件に手を出しても痛い目見てそれ以上に被害が出る可能性があることにも気づいたのなら、まだ何が欲しいというのだろう。
まぁ、俺もまだ言っていないところがある。そこをどうやって説明するか……。
「"ホウ酸団子"が必要になる」
「なるほど……」
伝わったみたいだ。
「ありがとう、大和」
ゆきの険しい表情は消えていった。どうやら俺が伝えたかったことが理解できたみたいだな。
一方で足柄はというと、どうやら意味が分からなかったみたい。それは俺としても御の字。今すぐに伝える必要のある話ではなかったのかもしれないが、なるべく早くに耳に入っていた方が良かったからな。それにあまり多くの人や艦娘に知られると不味い内容ではあったので、こういう秘書艦の武蔵が何故かいないタイミングくらいでしか話せない。2人だけの時間が早々に作れないのなら、こうするしかなかったのだ。
ゆきにそんな時間が作れないのは、この数か月間でしっかりと分かったことだしな。
俺が一息吐くと、ゆきはニコッと笑った。
ここで報告は一応終わりだろう。多分。
「よーし!!」
パッと立ち上がったゆきは俺に手招きをする。
俺は何だろうかと思い、近づいてくと屈めと言われた。そしてそれに何の疑問も持たずに屈むと……。
「お姉さんが代わりに褒めてあげるよっ!! 大和はムッツリスケベブラコンだからね!!」
と言って俺の頭を抱えてなでなでし始めたのだ。急のことでパニックになったが、すぐに俺はされるがままになる。
普通なら飛びのいて距離を取らなければならないことではあるが、ゆきにはそういう行動を取らなければならない下心が見えないからな。ただ、単純に俺を褒めているだけなのかもしれない……。
それにしても小さい癖に(身長:152cm)えらく包容力のあるのな。そして柔らかいしいい匂い……。
そんな風にされながらも、ゆきは俺にしか聞こえない声の大きさで言ったのだ。
「答え合わせ。今日の夜、良い?」
俺は何の動きもせずにされるがままにした。拒否する理由がないからだ。どこで答え合わせをするのかは知らないが、多分どっかのタイミングで呼ばれるか来るだろう。
そう俺は考えた。
少しして離されたが、俺はあることを思い出した。
この部屋には俺とゆき以外にも人がいることを。
「な……ななっ、んなあ……」
さっきから『な』しか言っていないそこの重巡の艦娘。俺の中での艦娘の評価が武蔵と同レベルである足柄だ。
これは不味ったな、と直感で感じる。パッとゆきの方を見ると『やらかした』と言わんばかりの表情をしているため、たぶん咄嗟に取った行動だったんだろう。
ここからは大変だった。
まず俺とゆきへのツッコミ。ゆきへは『提督とあろう人が部下に示しも付かない男性保護法違反をしてどうするのか!!』と。俺には『貴方、男性なら抵抗しなさいよ!! もしあのまま襲われていたらどうするつもりだったの!!』と。
説教モードに入った足柄に5分ほど叱られた俺とゆきは、反省はしなかった。ゆきは『部下だし嫌がってないからいいもん』とか言いそうだし、俺も『別にゆきなら良いんじゃない?』と思っているからだ。それに必要だったからした訳だし、今回は怒られることもなかったように感じているからな。
プリプリと怒った呉第二一号鎮守府一の常識人:足柄は、そのまま執務室を出て行ってしまった。それと入れ替わりで入ってきた武蔵に、足柄がどうして怒っていたのかを聞かれた時には、どうやって切り抜けようかと悩んだ。
ちなみにゆきが『ヲ級の行動に目も当てられないっていう話をしに来ただけ』と適当な嘘を吐いた。ちなみに嘘じゃなかったりする。本当に、その件は足柄も俺に何度か話しに来ていたからな。
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ーーー
ー
時変わって夜。夕食も終え、俺の私室に入り浸っていた大和や武蔵、矢矧が帰ったころに俺の私室にゆきがやってきた。
だが俺が想像していたのとはちょっと違っていて、ヲ級を連れている。どうやらフェイクでヲ級の部屋に入った後、こっちに来たみたいだな。それに"件"に関しては、ヲ級も無関係ではないからな。
俺は長話になると思い、お茶を出して座布団の上に座った。ヲ級は珍しく俺の真横には座らない。俺とゆきが向かいあっているところの俺から見て右側に座ったのだ。
「さて、報告の件だけど……」
いきなり本題ですか……。
「つまり大和はこう言いたかったんだよね?」
そう言ったゆきは呼吸を整えて話し始めた。
「深海棲艦には担当海域だけでも含有戦力がこちらの軍よりも多く、"中央総軍"なるものからの派遣艦も無尽蔵。そんなところで今現在、餌をぶら下げてる"おバカさん"がのんきに歩いていると……そういうこと?」
「だいたいその通りだ」
かなり伝わっていたみたいだな。
「"ホウ酸団子"になるかは、大和次第だと思うんだけどね……。まぁでも、それの意味もちゃんと分かってるから」
「それなら良い。だがどうするんだ?」
俺がそう切り出すと、ゆきは首を傾げた。
「どうするもこうするも、こっち側が有利な状況で終戦させるしかないじゃない」
その言葉はこれまでのゆきの口からは聞いたこともないような、重苦しい言葉だった。
「その相手に私たちは正面から戦っていかなくちゃいけないの」
きっとこれはゆきの本心なのだろうか。普段は出していない部分なのだろうか。
今目の前にいるゆきは、普段のゆきではない。きっとこれが"軍人としてのゆき"なんだろうか。それとも、"別の面のゆき"なのだろうか。
俺には分からないが、きっとこの言葉も表情もこれまでほとんどの人には見せてきたことはなかったんだろうな。そう俺は、ふと思ったのだ。
「蹴散らして、叩き潰して、蹂躙して……それがこの生存戦争で私たちが掴むべき未来の道中にあること。奪いにくるのなら追い返さなくちゃいけないし、ぶっ殺さなくちゃいけない。こっちだって種の存続が賭かってるんだから……」
それ以上、ゆきは何も言わなかった。
だけどさ……。
「なぁ」
「はい?」
「連れて行ってくんない?」
「嫌です」
話し終わって、お茶飲んでほっこりした後に寝ちゃうんだろうな。
しかもついてきていたヲ級は連れてどっか行ってくれる様子もないし。なんなら、そのままここで寝るつもりだぞ。コイツ……。
「邪魔者がいますけど、ここは心労が重なっているご主人様にご奉仕を……」
「てめぇのそれで更に心労が積み重なってくんだが」
「いやん、ご主人様ったら」
「ねぇ聞いてた? 今の聞いてた?」
真面目な話をした後に、ヲ級のこれは辛すぎる……。
結局、ヲ級も帰ってはくれなかった。俺も諦めて寝たが、翌日俺の私室前に集っていた群衆が俺の私室からゆきとヲ級が出てきたことに盛大に勘違いをして面倒なことになったのはお決まりのパターン。誤解を解くのが面倒なんだけど、今回はただ普通に来て寝ちゃったーっていうレベルじゃないから辛かった。だから後で執務室に行って、悔しい思いをさせてやった。後悔はしていない。『大和の鬼!! 人でなし!! ケッコンして!!』って言ってたけど、もう常套句みたいになりつつあるから流した。
感想の返答にも書きましたが、深海棲艦側の戦力はこちら側とは比較にならないくらいに多いです。えぇ。そりゃ……。
そんな設定ではありますけど、鬱に持っていくことはしませんので。ただ、今回と前回数回はもしかしたらシリアスな内容でもあったと思います。ご了承ください。
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