この前のプロパガンダの件で、起きるだろうなと思っていたことが現実で起きてしまった。
俺はそんなことを考えながら、その現場に居合わせている。
執務室に来ていたんだが、そこに突然の来客があったのだ。
訪問客は呉第〇二号鎮守府の提督である。
その都築提督が何の用で来たのかというと、平たく言えば『戦艦 大和(俺)を貸してほしい』というものだった。
「……」
「ぐぬぬっ」
執務室では無言の攻防戦が繰り広げられている。都築提督も要件は全て簡潔に伝えていたために、今はゆきの返答待ちだ。
そのゆきは唸っている。一応、貸出料としてそこそこの資源と都築提督に貸を作ることができるというものがあった。
都築提督は海軍でも突飛な戦術や遂行不可能と言われていた作戦を悠々とこなすなどの実績があるので、上層部からの期待もかなりある。そして自身も各方面にコネがあるらしく、少し大それたことをやってもみ消せるらしい。それでも軍規や軍法会議、国法に引っかかるようなことはしたことがないのだとか。
そんな相手に貸を作れるのだ。きっとゆきもそう考えていることだろう。
考えること3分後、遂にゆきは答えを出したのだった。
「分かりました。ただし、彼の了承を得てからですが」
そう言ったゆきは俺の顔を見る。
「ん? いいぞ」
「即決っ?!もうちょっと悩んでくれても良かったのにぃ……」
そりゃそうだろう。一応、上司のゆきに利があるというのなら。それに相手もどうやら、軍規や法には従順な人みたいだしな。
来ていた都築提督も少し安心したような表情をしていた。本人も断られるとか、そういうことを考えていたのだろうか。
これによって俺は急きょ、呉第〇二号鎮守府への派遣が決定したのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
都築提督のエスコートで、俺は呉第二一号鎮守府を後にし、すぐ近くにある呉第〇二号鎮守府へと入った。
ここの鎮守府はとても静かった。良い意味で、だが。
艦娘たちが楽し気に話している声は聞こえてくるものの、ゆきのところのような騒がしさはない。やはり個体で少し性格が違うのだろうか。ほら、ウチの大和だってアレだ。むっつりスケベだし。他のところではそうではない、ってことも十二分にあり得るからな。
派遣されるにあたっての準備中、俺の私室には俺以外の艦娘が常に居た。
全員が俺の派遣を反対していたのだ。居たメンバーは大和に武蔵、矢矧たち、ヲ級もだ。ずーっとダダ捏ねてる子どものように俺を説得しようとしていた大和とか、整然と理由を並べて説得しようとする武蔵とか、どこの骨とも知れぬ女のところにとか言う矢矧たち、ただ単に心配していたヲ級。なんだよヲ級。一番面倒そうなヲ級が一番大人しかったぞ。まぁ、その理由も既に分かっているんだけどな。
「都築少将。こちらの提示した条件の場所と物は用意できましたか?」
「えぇ。してあります」
とまぁ、こんな感じで俺に付いてきているのだ。ちなみにゆきの命令らしい。
命令が無くても付いてくるつもりだったらしいけどな。
今はロシア系の名前を名乗って、大本営が雇った俺専属の護衛ということになっている。都築提督もそれで納得しているみたいだし、俺がとやかく言っても仕方ないだろうと思って黙っている。
というか、ヲ級のことを『本当はヲ級なんです』なんて言ってしまえば、とんでもないことになること間違いなしだった。ならば言うのは止めておこうと考えたのだ。
「我々はもし貴女方が超えてはならない一線を越えようとした時、すぐに断罪する用意は出来ています。そのことは念頭に置いてください」
「分かっていますよ」
何でこうもヲ級は敵意剥き出しでいられるんだろうか。……そもそも敵だったな、そういえば。
今回の件で、都築提督が俺を使って何がしたいのかを聞いていた。
何でも、訓練だそうだ。もし今度、俺みたいに急に男が現れたとして、自分の鎮守府は混乱するようなことがあればいけないんだとか。そんなこと、多分無理だと思うんだけどな。
今でも、目の前を歩く都築提督がゆきのように振舞っているのが信じられないくらいだからな。もしかしてゆきと同類の人間なのだろうか、と考えてしまうほどに落ち着いている。
なんにせよ、俺の今回の仕事は『客』としてここに数日間いることだ。都築提督からそう言われている。建前は大本営命令で呉第二一号鎮守府所属の特異種『戦艦 大和』を各鎮守府に派遣し、それぞれの提督との意思の疎通(自らが戦場に出る覚悟をしたこと)を図り、その趣旨を傘下の艦娘にも念頭に置いてもらう、という筋書きになっている。
鎮守府の門を潜り、施設内を歩いていると、巡回する憲兵たちや散歩をしているのであろう艦娘たちをちらちらと見かけるようになる。
その誰もが都築提督を見て敬礼し、その横を歩くヲ級に不審な目を向けた後にだらしない表情をしているのは言うまでもない。だが、それでもちゃんと最低限度は守れているんじゃないか? ウチのところだと、速攻俺のところに走り寄ってきたりだとかそういうのばかりだ。艦娘も憲兵もそれぞれ、俺たちを見送った後は巡回や散歩に戻っていくのだ。
何と規律がしっかりした鎮守府なのだろうか。そして、どうしてウチの鎮守府はあれほど緩み切っているのだろうか……。いやまぁ、ゆきは怒ると怖いけどもさ。
「さて、では執務室に参りましょうか」
ーーーーー
ーーー
ー
都築提督に執務室に案内される。
鎮守府の建物や寮自体はウチとそう大して変わらないが、執務室に積み上げられている書類の量は幾分か都築提督の方が上みたいだな。ゆきとは違い、軍でもそこそこのポストに居るからだろう。
それはともかくとして、だ。
執務室では都築提督の秘書艦であろう艦娘、高雄が俺を見るなり呆然としていた。口をポーカンと開けたまま動きを止めている。はしたないし、まぁ見せれたもんじゃない表情ではあるよな。うん。
「高雄。こちら呉第二一号鎮守府から派遣された特異種『戦艦 大和』。数日間ここに居るから少し頼むこともある。世話や身辺警護などは頼んだ」
「はッ。了解しました」
「うん。じゃあ、私は執務をするから高雄は交流すると良い。二一号から護衛も付いてきているから、そこの君に負けず劣らずのナイスバディなレディーから説明を受けておけ」
え。急に口調変わりすぎでしょ……。むっちゃ男っぽい話し方をするんだな。見た目は白華提督の黒髪バージョンみたいな感じだけど……。
それはともかくとして、だ。冗談がアレだ。なんとも言えないな……。
言われた高雄はこちらに近づいてくる。俺の横に立っているヲ級は右手を後ろに回しているけど、それ、拳銃に手を掛けているんじゃないだろうな。
そう思ったが、ただ手を後ろで組んでいただけみたいだな。
「は、初めまして。私は呉第〇二号鎮守府所属 秘書艦を務めています、高雄です」
俺とヲ級の顔を見ながら、そう自己紹介をしてきた。
「俺の自己紹介は都築提督にされたし、こっちは」
「私はプリーミシャ。よろしく」
プリ―ミシャとはヲ級の偽名だ。ロシア系の名前だそうで、意味は知らない。聞き出そうとしたら、ほぼ確実に話が逸れていくからな。
その名前にするとゆきに報告した時に「何? 洪水?」って言われていたが、アレはどういう意味だったんだろうか。
「言いにくかったら『ミーナ』で良い」
「そうさせてもらいます」
それは初耳だ。俺も『ミーナ』って呼ぶか。ポロッと『ヲ級』って呼んでしまいそうだしな、うん。
都築提督が執務をしているのを後目に、俺とヲ級、高雄はソファーに座って机を囲んで話をしていた。
と言っても、高雄があれこれと聞いてくるんだけどな。
「海軍の広告と記事、拝見させていただきましたよ。アレを見た時には驚きましたが、まさか本当にいらっしゃるとは思いませんでした」
「ん? てっきり政府の方から広告塔として男性を雇って書いたものだとでも思ったのか?」
「え、えぇ……。男性というのは、ほとんど表に出てきませんからね。年に一度、政府が保護している男性たちの写真を配布してくれるんですけどね。それ以外では、道端でたまたま偶然お目にかかることを願うくらいしかありませんから」
「そうなのか」
とまぁ、ここに来てまた知らなかったことを知ることになった。俺にとっては、あまり関係のないことなのかもしれないけどな。俺は保護されていないし、一応軍人だし。
「……とりあえず、お茶を出しましょう。少々お待ちください」
そう言って高雄は離席した。残ったのは俺とヲ級。
「ご主人様ご主人様」
「ん?」
「ウチの高雄よりも大人しい淑女ですよ」
「そうだな」
猫被るのは知っていたから、今更なんとも思わない。だが、そんなヲ級の云いたいことはよく分かる。
ウチの高雄は俺の私室前で出待ちしていたり、ことあるごとに絡んでこようとする、そこそこ積極的な感じだからな。やっぱり個体それぞれで少しずつ性格が違うのだろうか。
「見習って欲しいものですね、ウチの高雄」
「お前の方が見習うべきだな」
「そんなっ?! 私のどこに不満があるのです? 言ってくだされば私はいつでも直しますのに……」
「ならその被虐的欲求と俺を主人と勘違いしているそれを直してくれ」
「それは無理です」
即答されたんだが……。
「……ま、都築提督のところの艦娘は総じて大人しい気がするよな」
「そうですねぇ。憲兵もそうですけど。……やはり似た者同士が集まるんでしょうね。ですからここは優秀な指揮官を筆頭に優秀な艦娘と忠実な憲兵が集まっているんでしょう」
「ウチのゆきは能力は悪くないと思うんだけどなぁ」
そんなことをボヤいていると、高雄がお盆を持って戻ってきた。どうやら入れ終わったみたいで、こっちに戻ってきたみたいだったな。
「お待たせしました。では、提督にもお渡ししてきますね」
机に俺とヲ級、自分の分を置いて都築提督のところにもお茶を置きに行った。
……何と気が利くんだ。本当にウチのとは大違いだな。『お召し物にアイロンを当てて差し上げます』とかよく言いに来るんだけど、あの顔は完全に下心出てるもんな。本人気付いてないけど。
「すみません。それと……先ほど話していた時の声が聞こえてしまったんですが、どうしてミーナさんは大和さんのことを『ご主人様』と?」
あ、ヤベッ……。そう思った時にはもう遅かった。
今まで隠してきた(たかが数分)が、もうダメだ。隣のヲ級も表情が変わったしな。
うん。これは不味い。非常に不味い。
俺の方を一瞬見たヲ級の表情を、俺は見逃すことはなかった。いつも俺の私室でしている、あのだらしない表情だ。そのうち『ふひひ』とか言って笑い始める。
そうなっては遅い訳だが、どうやって説明しようものか。そんなことを考えているうちに、ヲ級が話し始めてしまった。
「私が呉第二一号鎮守府に居るようになったのは、ご 主 人 様 が居たからだ。色々あるのだよ」
全然しまってねぇ……。高雄もポカーンとしてるしな。
「まぁ、あんな風にされてしまえば……私はもうそばにいるしかないからな」
オイ。頬を赤く染めるな、ヲ級。お前はただでさえ肌が白いんだから、余計に分かりやすいだろ。……ほらみろ。高雄が口をパクパクさせているじゃないか!!
というような俺の心の叫びが聞こえるはずもなく、盛大に高雄が勘違いをしている訳だ。
「ふひひっ」
おいこら。
「そ、そうなんですか……。男性というものは、なんともまぁ……」
「盛大に勘違いしているからな? 見ろよ俺の顔。今の話を聞いていた俺は苦笑いしかできてないぞ」
と、タイミングを見計らって誤解を解きに入る。ウチだったら『また適当なこと言って大和を困らせている』とかで済む話なんだが、ここではそうもいかない。ヲ級がどれだけ暴走するのかも、普段はもっと他人に見せられないくらいにフリーダムなのが、知る由もないんだからな。
「確かにそうですね。……ミーナさんの言った話は、何か脚色でもあったんですか?」
「脚色だらけだよ!! 畜生!! コイツが勝手に俺のことをそう呼んでるだけだし、わざと誤解を招くようなことを言ったが、こいつがヘマしたのを俺がたまたま通りかかっただけだから!!」
これも脚色だったりする。まぁ『戦闘中に攻撃を受けて装備が全て脱落した空母ヲ級が、何故だか投降してきた』だなんて口が裂けても言えないからな。
「そうなんですか……。クールそうに見えて、結構お茶目さんなんですね。ミーナさん」
「ふふふっ。まぁ、冗談じゃないんだがな」
本当にど突き回すぞコイツ……。あ、そんなことしたら喜ぶんだった……。
それはともかくとして、だ。レクリエーションになっているが、気付いたら都築提督の机の上に積みあがっていた書類が無くなっていた。
話していたのはほんの数分だぞ。凄いな……。もう人間業じゃないな。
「あ、終わりましたか?」
「あぁ。提出する方には既に封筒に入れてある。封と提出は頼んだ」
「はい」
それに気付いた高雄は、都築提督に駆け寄り話をする。
まぁ、能力が高いところには総じて能力が高く収まるんだろうな。
そんな風に思いながら見ていたら、都築提督に話しかけられた。
「どうされましたか?」
「いえ……執務の処理が大変速くて驚きました」
「それですが……あの山、だいたいの内容は覚えていますからね。どれが見るだけで良いのか、どれにハンコを押すのかというのは覚えているものです」
やっぱり、凄いなこの人。
「ほとんどが見なくて良いものばかりですから、基本的には表紙を見てそのまま流すんですけどね」
いいや。ただ、ウチのゆきがバカだったみたいだ……。
色々ありまして、少し文体や書き方が変わっていると思います。
という前置きだけしておいて、今回は呉は呉でも、別の鎮守府に行く話です。
今回登場する都築という提督は、ゆきの4つ上の先輩ですのであしからず。口調も大和と被っているところがありますし、言葉使いを分けていますので注意してください。
ご意見ご感想お待ちしています。