俺は部屋に籠っていた。まぁ、いつものことなんだけどな。
いつものことなんだけど、今日はその『いつものこと』ではなかった。
この前あったプロパガンダの広告やら雑誌記事のための取材で鎮守府に来た大本営広報課の人たちが、帰ってすぐに仕事をやったみたいだった。
そこまでは良いんだ。そこまでは……。そこからが大問題だったのだ。
記事は雑誌の他にも新聞に掲載されたようで、そこから情報は一気に拡散。新聞が発行されたその日から、町中や電車・バスの広告に貼られていった。
それによって『戦艦 大和』の名前は一気に拡散されていったのだった。
ここまでは予定通りではあるし、誰しもが望んでいたことだったから別に良いのだ。
「失敗したぁ~!!」
今日は珍しく、というか初めて俺の私室にゆきが来ていた。
理由としては、俺がこんな状況になってしまったことを流石に責任を感じたらしい。
「そうだろうな。……そうだろうな」
「本当……男に飢えてるね……」
何があったのか俺も分っているが、ゆきから詳細の説明があったのだ。
まず、海軍の目論見通り、海軍への注目度は一気に上昇。兵員補充の目途も立った。立ったには立った。立ったんだ……。
ただな……。もう少し考えようか……。
「だからってここに来て志願書出さなくてもよくない?」
そう。注目度が一気に上がり、軍への志願を考えていた人たちがこぞって海軍に志願したのだ。
だが本来はそれは各都市に設置されている、それの対応をするところに出さなくてはいけない。それをここ呉第二一号鎮守府に出しに来ているのだ。もちろん、ここでの受け取りはしていない。
「……で?」
「……ゆきの考えている通りだ」
「はぁ……」
その志願書受け取り云々っていうのは、最初はゆきや憲兵が対応していた。その間に警備が手薄になった鎮守府内を徘徊している志願者たちに、俺は見つかってしまったのだ。
たまたま雪風を探していた時のことだから、結構注意も散漫になっていたんだろう。
『ぬぉ!! あそこにいらっしゃるのはッ!!』<獣の目
『大和きゅんっ!!』<目がハート
『ひょえぇぇぇぇぇ!!! かっこよすぎ!! ブバハァ!!』<鼻血噴出
というのを見てから、俺は必死に走った。
走って走って走って、やっと撒いて私室に閉じこもっていたのだ。
「効果強すぎて一種の麻薬みたいになってるよね……」
「目も言動もおかしかったからな」
そんなことがあったから、ゆきはこうして俺の私室に来ている訳だ。
ちなみに武蔵と大和が私室の外の廊下を警備している。矢矧たちも寮内を巡回しているらしい。その外の艦娘たちはというと……。
「……多分ね、一生ここから出られないような気がするんだ」
「知ってた」
鎮守府の海岸線で防衛線を敷いているところだ。理由はというと、他の呉鎮守府からの艦隊が来ていたり、他のところからも艦娘が派遣されているのだ。理由はまちまちだけど。
一番多いのは『呉第二一号鎮守府の特異種と接触し、友好的な関係を築いていること』だそうだ。下心見え見えなんだけどな。というか、派遣されている艦娘たちから下心しか見えないんだ。
実質、今までで一番ピンチなんだが、いつになったら落ち着くんだろうな。本当に。
とか思っていたら、何やら外が騒がしくなってきた。
『警告する!! 呉第二一号鎮守府に集まる志願者たちよ!!』
『大本営発令 第×××××号に基づき、即刻退去に従わない者たちを強制連行する!!』
何か来たんだけど。
「あー……多分、呉の各鎮守府に派遣されている憲兵の大本だね。呉憲兵本部とかいろいろ呼び方あるけど、
『呉憲ではないッ!! 犬みたいに呼ぶな!! 海軍呉派遣憲兵師団 第一大隊だっ!!』
「地獄耳もおっかないなぁ」
何やら知っているような口ぶりだし、この部屋でゆきが呟いた言葉だったのに、どうして外から聞こえてくる声は反応したんだろうな。
……どうして反応したんだろうな。アレか? 第六感でも使えるようになってるのか? 誰か知らないけど。
「でも呉って名前だし……」
「……」
とりあえず無反応で行こう。
多分、今外で声を出しているのはゆきの知り合いで、呉っていう苗字なんだろうな。
とまぁ、ゆき曰く『呉憲』が来たことで事なきを得た訳だ。
呉第二一号鎮守府で散り散りになって俺を血眼で探していた志願者たちは、大人しく本来の志願書が受理される場所に行ったみたいだった。
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ーーー
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結果だけ先に言っておくと、海軍への志願者の全国総数は今日一日だけで数万人以上いるらしい。
近いうちに健康診断と適性検査を行い、基地で訓練を受けることになるみたいだ。大卒は任意で筆記試験を受験し、士官になるかならないかを決めるみたいだな。
それでも数万人という単位は凄いことで、さっきニュースで見たんだが『局のアナウンサーが辞表を作って、近くの海軍基地に走っていった』そうな……。絶対アナウンサー続けていた方がよかっただろうに。
夜には広報課からゆき宛に電話が掛かってきたみたいで、色々と大本営での様子を聞いたとのこと。
陸空軍はハンカチを噛み締め、海軍ではお祭り騒ぎだとか。ある将官が秘蔵の酒を持ってきて、その場で海軍将官や士官に配って乾杯までしただとか。そして近いうちにゆきは昇進するみたいだな。
大佐から少将になるんだと。何の功績があっての昇進か分からないが、本人は複雑そうな表情をしていたな。
そして俺はというと、夕食も終わった時間で静かに私室で過ごしていた。
私室には武蔵が来ており、一緒にお茶を飲んで話をしている。
「まさかああなるとは思ってもみなかったな」
「全く同感だ」
湯呑を傾けながら、武蔵はゆっくりと話す。
「兄貴でプロパガンダ広告して、見るからにプロパガンダだったのに見事に人が釣れたな」
「……複雑な気分だけどな」
しっしっしっと笑う武蔵に少しムッとした表情をする。
「ま、まぁ、それで提督も昇進が決まったし、何やら報奨が出るらしいじゃないか」
そんな俺の表情を見て、武蔵が慌てて話を変えてきた。
まぁ、俺も特に怒っている訳ではないんだけどな。
「昇進の件は聞いた。だけど報奨は知らないな」
「あぁ、これはさっき執務室から帰る時に提督から聞いたんだ。どうやら海軍から美味い食い物とか酒とかがどっさりだとか。その他にも何やらここぞという時に使える書類だとか、資源とか……」
「お祭り騒ぎになること間違いなしだな」
「それと同時に兄貴の心労が増すに増す。限界突破してしまうのではないか?」
武蔵が指摘したところは多いにあり得ることだ。美味しい物や酒が来たというのなら、きっと宴会になるだろう。
そこで見る景色など、想像するのもたやすいことだ。否。想像したくない。俺にとっては惨劇だ。心労マッハだ。
ゲンナリするようなことばかりで、俺も正直今回の報奨と言ってもらってもうれしくないところが正直な気持ちだ。
「……はぁ、私室から出たくない」
「色々と知っているから、強くは言えない……」
「「はぁ……」」
俺と武蔵の心労は絶えないのであった。
この日から数日後、呉第二一号鎮守府にトラックの集団が入ってきた。積み荷はもちろん美味しい物、酒、それだけだ。
ゆきや他の艦娘たち、憲兵たちは目を輝かせ、俺はゲンナリしていた訳だ。武蔵は微妙な表情していたけどな。
そんなルンルン気分でいるゆきに対して俺は『宴会にはいかないけど、料理と酒は持ってきて』と言ったらこの世が終わったみたいな表情になってしまったのは言うまでもない。ちなみにそれは他の艦娘たちや憲兵たちも同じであったりもする。
『え? 何かしちゃったかな? ご、ごめんね』
とか必死に謝るゆきがなんとも言えなかった。
『びえぇぇぇぇぇ!! 大和くんいないんじゃ美味しくないよぉぉぉぉ!! アマ共と飲んだってどうせ仕事の愚痴と話してて悲しくなる男の話になっちゃうよぉぉぉ!!』
視界の隅ではみっともなく泣いてる憲兵とかな、見るに堪えない。
あと加賀が立ったまま気絶してた。あれは面白かった。
『楽しみですね、加賀さん……ってあれ? 加賀さん? おーい……ダメですねこれ』
って言ってた赤城のも傑作だった。
『総員、第一種迎撃態勢。大和には誰の指も触れさせやしないぞ』
『『『『『応っ!』』』』』
矢矧が空回りしていたりだとかもあった。まだ気が早いんだよな。
『あ、大和。一緒に飲まない? どうせ、提督とか姉妹としか飲まないんでしょ? 本当は姉妹とか付いてくるって言うかと思ったんだけど、案外チキンでね……大和を見ると頭真っ白になっちゃうんだって』
とか言ってた足柄、ほんとお姉さん。ウチのと(大和)交換してください。
ちなみに艦娘たちや憲兵たちが望んでいたことは起きなかった。
宴会には結局俺も参加させられたんだが、案外酒に強かったのだ。そして周りは案外弱いんだ、これが。特に憲兵たち。生ビールの大ジョッキ3杯でダウンしていたからな。
ちなみに強かったのは俺とゆき、武蔵、足柄くらいだ。大和はかなり酒に弱かったみたいだしな。
今回は文字数が少ないですが、勘弁してください……。
とまぁそれだけ言っておきます。あと『プロパガンダってなんだっけ?』の意味ですが、オチであれですよ。プロパガンダとして出したのに、もうプロパガンダそっちのけだったっていう話ですよね。
まぁ、それだけ大和効果があったんですよ(トオイメ)
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