俺は今日のヲ級との会話をゆきに報告すると、これまで行われていた尋問が終了することとなった。
知り得なかった情報を手に入れることが出来たからなのか、はたまたもう情報は引き出せないと判断されたのかは分からないけど……。
それはともかくとして、今後のヲ級の処分が下されようとしていた。
営倉前。ゆきと俺、憲兵2名、武蔵、足柄の6名に囲まれたヲ級は、少しばかり怯えているようにも見えた。
ここに入れられてからすぐにこんなことがあったが、それまではヲ級の目の前に現れたのは2名以下だった。今置かれている状況が一体何なのか、それをヲ級は理解しているのだろう。
その一方で、ゆきはいつもと変わらない様子だったが、武蔵は妙に落ち着きがないようにも見える。そういう風になることがほとんど無かった武蔵だが、こんな姿を見るのは俺も初めてだった。
「空母ヲ級」
「何?」
一応、俺の前だがかなりぶっきらぼうに受け答えをしている。
最初に話しかけたのはゆきだった。
「私たちが欲しかった情報は一応引き出せたから、これで尋問は終わり。なので、処分を言い渡そうと思ってね」
「……」
張り詰めた空気が辺りを包み込み、刹那、物音の一つも聞こえなくなった。
「君は深海棲艦側の脱走兵で、しかもこちら側が不利益になるような行動はしないと私は見ているんだ」
「それはご主人様の不利益にならないってだけで、貴女の不利益にはなるかもしれないけど?」
「それでも、だよ。……なので空母ヲ級、君には」
スッと時間が止まったような気がした。今、目の前で1つの命の処遇が決定されようとしているからだ。
「君には『大和の従者』をやって貰おうと思ってる」
「へ?」
「端的に言えば、君が望んでいたことだよ。褒美も兼ねているからね」
俺はその場から立ち去ろうとするが、ゆきに首根っこを掴まれた。逃げられない。
どうしても今、ここから逃げ出したいのにそれが叶わないのだ。
そんな俺のことはつゆ知らず、俺の背後でヲ級が喜んでいるようだ。
1人で大盛り上がりをしているご様子。俺は全然嬉しく無いんだけど。
「それに当って頼みたいことがあるんだ。まずは名前を作ること。そして今着ている服ではなく、普段着としてこれを着て欲しいんだ」
そう言って、ゆきは箱を出した。それには服が入っているんだろうが、中身は分からない。
「……分かった。私は『大和の従者』となろう」
「うん、なら決まり。姿は敵だけど、もう君は私たちの仲間。空母ヲ級なんていう識別番号みたいな名前は棄てて、私たちと歩んでゆくんだよ?」
ヲ級は頷いた。
そして、俺の意思を完全に無視した公認の『大和の奴隷』が出来てしまったという訳だ。
「腑に落ちない……」
そんな状況に納得いかなったのは、この場でただ1人、俺だけだったみたいだな。
ーーーーー
ーーー
ー
ということがあったので、俺の私室の隣の部屋が急遽改装された。
そしてそれを待っている間、ヲ級は俺の私室に来ているのである。
もちろん、武蔵と大和も居るけどな。
「えっと……。怖いんだけど?」
そんな訳で、武蔵と大和が俺の隣に座っているヲ級を睨みつけているのだ。
肩が触れないくらいのところに座っているので、その表情は俺もほぼ真正面から見えているんだけどな。
知ってか知らずかは知らないが、武蔵は警戒し、大和は威嚇している。
何というか、どちらも怒っているというか険しい表情をしているんだけど、どう考えたって大和は武蔵とは違っていて、私的なことを考えていることは手に取るように分かるんだよな。
「ご、ご主人様。この方は?」
ナニコレ。どうしてヲ級はそんなことを訊いてくるんだ?!
『この女は誰?』みたいに言われている気分だ。だけど怯えていることから、セリフとシチュエーションと客観状況がマッチングしていないんだけどな。
それはともかくとして、紹介はしておこうか。
「大和です。よ ろ し く 、お願いしますね」
どうして大和はこんなに敵対心剥き出しなんだろうか。殺意は感じられないから、大丈夫だとは思うけど。
「そうですか。私はご 主 人 様 だ け に 従 順 な マゾ奴隷兼護衛を仰せ使われました、空母ヲ級です」
確かにヲ級の言う通りだから、何とも言えないな。とは言っても、いつの間に俺の奴隷になったんだろうな? 俺には全く記憶にないんだが。
というか自己紹介をするのは良いんだけど、本職は後者だろうに……。
「うふふふふっ」
「ふひひっ」
大和はヲ級を睨んでいるというのに、ヲ級はそれをそっちのけで俺の方を緩みきった顔で見ているんだけど。というか、その『ふひひっ』って素の笑い方なんだろうか。他の人の前で普通の話をしている時は『ふふふっ』って笑うらしいからな。
そんな2人に挟まれている武蔵は心底居心地悪そうにしているんだよな。ムッツリスケベと自称マゾ奴隷の間にいたらそうもなる。
「ま、まぁ仲良くして欲しい。数少ない"こっち側"だからさ」
「分かっている、兄貴」
「むうっ……仕方ないですね。唯一無二のわ た し の弟のためです」
どうしてそんなに張り合うんだろうか……。
こんな感じに挨拶を終え、俺はくつろぎ始める。そもそも、さっきまで妙な緊張感に包まれていたこの部屋は俺の私室だからな。
お茶を取りに行き、戻ってきてからは本を開く。
特に何かするという訳でもないからな。部屋から出てもロクなことないから。
そんなことをしていると、ヲ級に話しかけられる。
「ご主人様ご主人様」
「なんだよ」
結構前からだが、ヲ級は俺に対する『ご主人様』呼びはもう訂正する気にもなれなかった。
別に気にしたって仕方ないからな。
ヲ級は俺の隣に座り、首を傾げてくる。
「今まで触れてきてくれませんでしたけど、山吹大佐から支給された服について、何かありませんか?」
そう言われたので、俺はヲ級の方を見る。
至って普通のスーツで、スカートの下に黒タイツを穿いているみたいだけど、何か感想を言ったほうが良いのだろうか?
「似合っているぞ」
「あ、あううっ……あ、ありがとうございますっ」
あれ? どうして恥ずかしがっているんだ? 今のを求めていたんじゃないのか?
そして何故か大和がジト目でこっちを見ているんだけど……。
ーーーーー
ーーー
ー
昼ご飯の時間になり、俺たちは私室から出て食堂へと向かう。俺と大和、武蔵だが、そこにヲ級の姿もあった。
まぁ、ゆきから言われている通り、俺の護衛だから仕方ないな。一緒にご飯食べてもなんら問題ない。
そう考える一方で、足柄や他のあの時一緒に出撃していた艦娘たちは納得しないだろう。それに他の艦娘たちだって、ヲ級の服は違えどそれはまごうことなき『空母ヲ級』に見えるだろうからな。
その辺はどうするつもりなんだろうか、ゆきは。
そんなことを考えていると、食堂に付く。見たところ、武蔵も大和もそこまで気負いしているようには見えない。俺だけがこれだけ心配しているのだろうか。
食堂に入り、今日の昼食が用意されていく中、その場に居た誰もが静まり返ってこちらを見る。それは俺が物珍しいとかそういうことではなく、俺と一緒に居るヲ級を見ていたのだ。
俺の考え過ぎでは無かったのだ。
「私の方を見ていますが、何かおかしかったでしょうか?」
人の気も知らずに、ヲ級は俺にそう言ってきたのだ。まさかこの状況が自分の存在そのものが引き起こしたとは考えても無いんだろうな。
「俺は特にそうは思わないが、どう考えてもヲ級にしか見えないからな。服装は違うけど」
「それなら仕方ないですね。外見だけは私でもどうしようもありませんし、異質なモノが混じれば気付かない訳無いですもんね。服装は違いますけど」
何でこんなに落ち着いているんだろうか。俺にはその心が分からなかった。
接触が無ければ気にしなくてもいいだろう、そう思って席に着く。だが、ある程度空いているところに腰を降ろしたのだった。もし本当に他の艦娘たちがヲ級であることに気付いたとしたら、近くに居るのは不味いからな。
「あれー? ヲ級じゃない。どうしたのそんな格好してこんなところで」
そんな風に気さくに話しかけてきた艦娘が1人。伊勢だ。
南西方面に出撃していた艦娘の1人だから、別に気にもしないんだろうな。
そんな伊勢に続いて、同じく南西方面に一緒に出撃していた艦娘たちが集まってくる。
「捕虜として営倉に入れられていたけど、本日付でご主人様の正式なマゾ奴隷としておs[自主規制]
「あの時から何も変わってないですね、ヲ級さん」
「いいえ、変わりましたとも!! なんて言ったって先日強制的に孕ませると言ったご主人様にいr[自主規制]
「う、うr……いえ、何でもありません」
おい。人が黙って聞いていれば、何を勝手なことを話しているんだ。そう思い、俺は間に入っていった。
「ちょっと待ったぁ!! ヲ級の言った言葉に何一つとして真実無いからな?! 合ってるところは今日営倉から出されて正式な辞令があったことくらいだから!!」
そう俺は南西方面に一緒に出撃した伊勢、夕立、夕張、赤城に説明をする。
ヲ級を捕獲したイノシシみたいに運んだり、営倉にぶち込む手伝いをしていた時からヲ級の発言を真に受けてなかった4人なので、色々と安心するところだ。
……そう思っていた。
「えっ……そ、そんなっ……大和くん、私と、私と」
4人中3人。夕立と夕張、赤城は今回のも真に受けなかったみたいだ。だが問題は伊勢だ。
急にうつむいたかと思ったら、鼻声になって何かぽつぽつと言い出したのだ。この状況は俺のよく分からないセンサーが危険だと警報を発している。
「私と結婚してくれるって言ったじゃないっ……。あれは嘘だったのぉ……ぐすっ」
伊勢は真に受けてしまったみたいだ。こればっかりは色々と面倒なことがこんがらがっていて、どこから手を付けたら良いのか分からない。それに南西方面組の3人も『え?』みたいな表情をしている。一番その表情をしたいのは俺なんだけど……。
それよりも問題は伊勢だ。俺は何か結婚を示唆するような言葉を伊勢に言ったのだろうか。そう考え、記憶を遡っていく。南西方面に出撃して帰ってきたのも数日前だから、ぶっちゃけそこまで覚えていないのが現実なんだが、今はそんなことは言ってられない。
「私とじゃなくて、あっちから男のために味方を棄ててきた女の方が良いって訳なのねぇ~。もうずk[自主規制]
さっきから[自主規制]な言葉が連発されているけど状況はカオスだ。俺と一緒に昼食を食べに来た大和と武蔵、今のカオスの中心にいるヲ級、状況を理解している夕立、夕張、赤城。盛大に勘違いを重ねている伊勢。
なんというカオス。
「いやいや、伊勢? あの時言ったのは『俺が守ってやる』ってことで、結婚云々って話ではなかったんだけど……」
「嘘よ嘘よ。だって『俺が守ってやる』って言葉はプロポーズなんでしょ?」
『お母さんがそう言ってたんだもん!!』的なやつか? 俺は知らないんだけど……。
というか、どちらかと言うと伊勢も分かっててからかったりするタイプだと思ったんだけど。
「告白通り越してプロポーズする奴が居ると思うか? そういうのだったらちゃんと段階踏むから……」
ここでやっと夕立たちのフォローが入ってきた。今までは今の状況を楽しんでいたんだろうな。特に赤城。にやけてるぞ。
そんなこんなで、ヲ級が居るいない話は伊勢が起こした騒ぎによってかき消されたのであった。
……そろそろ本気でヲ級に色々と言いつけないといけないな。人前であんなことを言うなって。いいや、俺だけだったとしても言って欲しくないけど……。
前回の投稿から少し時間が開いていますが、これから書き溜めをしていこうと思います。
そろそろヲ級の話題から脱出して、違う艦娘との絡みも出していきたいですね。
着々と大和と絡んでいく艦娘が増えていってますが、今後はどうなっていくのやら……(最近大和に対する作中での女性の過剰反応がないなーなんて思ったり)
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