ゆきの命令を遂行するため、今日も俺は営倉に来ていた。もちろん、あのド変態ヲ級を完全に扱えるようにするためだ。
……まぁ、こんな風に言うのもなんだけど、ほぼほぼ言う事聞くんじゃないですかねぇ。
「ご主人様っご主人様っ!!」
「はいはい」
「怒られるのも好きですけど、ちゃんと服を着ておきましたっ!」
「そんなの、見れば分かる」
このヲ級、今俺の目の前でいつものようにほぼ正座(女の子座り)で座っているんだが、今日は普通の格好をしている。
そう。ゲームでよく見た格好だ。もちろん頭に乗ってるアレや、杖みたいなソレは持っていないけどな。ついでに言うならばマントっぽいのもだけど……。
まぁ言うなれば『全身タイツ状態』な訳だけど、どこのアプリケーションで聖杯戦争をするんでしょうかねぇ。某アイルランドの神話に登場するどっかの女王も全身タイツだったような気がしなくもないけどさ……。
そんなことは置いておいて、だ。
俺は今、営倉と廊下を隔てている廊下にしゃがみこんでいる。椅子を持ってくればよかった、と後悔しているところだ。床に座りたくないからこういう体勢をしている。
今の体勢はよくヤンキーがやっているものだが、別に気にすることは無いだろう。
いいや、気にする。何故かヲ級がガン見しているのだ。今までは俺の顔をガン見していたんだが、急に視線が下にズレた気がする。
「なぁ、ヲ級」
「はい、何でしょうか?」
そんなことは気にせずに、俺は任務を遂行することだけを考えることにしよう。
「お前が知っている深海棲艦のことについて全部吐けば、ゆきは自由にしてやるって言ってるし褒美もくれるそうだけど」
「昨日も言いましたけど、その件は私の知っていることは全てお話していますって。ご主人様も毎日来ていただいていますけど、他の憲兵とかも来ているんですからね!! その度に根掘り葉掘り訊かれるんですからぁ……」
そう。俺と尋問を行っている憲兵や武蔵、足柄(出撃していた艦隊の旗艦だったからという理由で)も毎日来ているんだ。俺のあとらしいけど。
昨日もそうだったが、武蔵が『やはり今日も駄目だった。初日はべらべらと話していたらしいじゃないか。だけど、それっきりパタリと止んでしまった。兄貴の方はどうだ?』と言っていたのだ。
そんな様子だと、本当にアレだけのことしか知らないんだろうな。
中央から来たとか言っていたから、皆かなり期待していたんだろう。末端の兵なんてだいたいそんなモノだろうし、それなら俺たちで言う旗艦とかのレベルにならないとそれ以上のことは話せないだろうからな。あの時の戦闘でも、ヲ級は旗艦の随伴艦の立ち位置だったみたいだし。
それならば、もうここいらで尋問も終えた方が良いんじゃないだろうか。
あれだけの情報だけでも、今までほとんど分からなかった深海棲艦の話だって分かってきたところもあったんだしな。
例えば『深海棲艦にも戦術ネットワークがある』ということだ。限定的な海域に発生した深海棲艦が、自分たちのテリトリーを守っているというのが今までの認識だったらしいが、それが覆っただけでも大きな収穫だったと思う。そんなことをそこまで言うのなら、そもそも深海棲艦と言語を介してのコミュニケーションを取れていること自体が大きな進展だったりしていたりするだとか。
「まぁ、俺もここ最近こうやって話を聞いていてそれは思っていたから、ゆきには言っておく」
「あーりがとうございますー! ……今更なんですけど、ご主人様ってここの提督のことを『ゆき』と呼んでいらっしゃるみたいですが、どうしてでしょうか?」
「ん? まぁ特に深い意味はない。敬語を止めろって言われた時からこんな感じだ」
「そうなんですか? 私はてっきり"おつきあい"しているのかと思いまして」
何だか急にド変態発言をしなくなったな……。まぁ、そっちの方が俺的にもありがたい訳だが。
それはそうとして、それをどうして今訊いたのだろう。
「してないぞ。俺とゆきの関係は上司と部下だ。それ以上もそれ以下もない」
「そうだったんですかぁ。……私がてっきり提督からご主人様を寝取ったような感じになってしまっていたらどうしようかと思っていましたが、それも早とちりだったみたいですね」
「ね、寝取ったって……」
内心で少し関心していたが、それは大違いだったみたいだな。俺の関心を返せよ。
「そりゃもちろん、あのまだ成長しそうな感じの身体をしている提督と"つがい"だったご主人様は、実はド変態マゾ奴隷の私みたいなのが好きで、本当はむせび怯える女をしb[自主規制]
とまぁ、いつも通り暴走を始めたが、俺もこのヲ級の暴走にも慣れてきた頃だった。
毎日のように目の前で暴走している光景を見れば、嫌でも慣れてしまう。誰でもそうだろうな。だからきっと、俺の後で尋問しに来ている憲兵やら武蔵や足柄もそうだろうな。
変な風になってなければいいんだけど。
それはそうと、この暴走もすぐ収まる。
既に収まっているけどな。開始数秒だ。
「……はぁぁぁあぁぁぁぁん!!! やっぱり脱いで待っていた方が良かったですかねぇぇぇぇ?!」
「要らん」
正直に言ってしまえば、ちょっと……うん。だけど、ここでこんな風に見ても仕方ないしな。相手が相手だし。うん。
「そう言えばヲ級」
「はぁはぁぁ……何ですか?」
「ヲ級みたいな個体は他にも居るのか?」
そう訊くのには理由があった。もしかしたら、ヲ級の様に男が居るからという理由で勝手に武装解除をして投降するような脱走兵候補は居るのか、と思ったのだ。
そうすれば、旗艦やそれ以上の立ち位置に居る深海棲艦を尋問して情報を引き出すことが出来るからな。
そんな風に考えていた俺とは裏腹に、ヲ級は別の方向で捉えたみたいだった。
「何ですかご主人様。私と同じようなド変態マゾ奴隷が欲しいんですか? 欲張りですねぇ、このっ! このっ!」
「えぇい、うっとおしい」
「ひゃっ、そんな表情しなくても……いい……じゃないですかぁ……」
セリフと表情が全然合ってませんが。何でそんなにうっとりしているんですかねぇ。
「それで、どうなんだ? ヲ級。お前以外にも、同じような個体は存在しているのか?」
「えぇ、居ますよ」
「返答早いなオイ。もっと躊躇しろよ」
「隠したって仕方ありませんからね。それに私はご主人様が不利益になるようなことはしたくありません。ご主人様には利益しかもたらさない、都合の良いマゾ奴隷で居たいものですからっ!!」
そのセリフ、もっと別の場面で別の奴から聞きたかった……。特に後半。絶対必要ないだろ……。
それはともかくとして、だ。他にも俺の目の前に居るヲ級のように、言うなれば『男を見てすぐに裏切るような奴が居る』というのはまたとない有力情報なのかもしれないな。
そう考えると、今までは接近次第艦隊戦に入っていたが、これからは何かワンアクション挟んだら違うかもしれない。ゆきも俺がこのことを報告すれば面白がってやるって言うだろうし、俺も戦闘回数が減るのはありがたい。燃費悪いしな。
最近、遠征に出ている駆逐艦やクルージングしてる潜水艦の艦娘たちの視線が痛かったりするから……。
「私と交流のあった味方でも結構数が居ますよ。ぶっちゃけ、この鎮守府に所属している艦娘くらいは居ました」
「これまた多いな……」
「えぇ。私の考えですけど、私のようなド変態マゾ奴隷候補は普段は猫被ってますから、もし寝返ったとなるともっと多くの仲間がこっち側に来ますよ」
急に真面目な話になったけど、もしヲ級の言う事が本当ならば、深海棲艦との戦争も終結するんじゃないだろうか。
そう考える一方で、この戦争が本当に終結しても良いのだろうか、とも思う。
俺はこの世界に於いての『艦娘』という存在を完全に理解している訳では無いんだ。よくネットにある二次創作小説のような設定『艦娘は元は一般人だった』とか『艦娘と深海棲艦は元は一緒で、っ艦娘が善で深海棲艦が悪』とか『嘗て沈んだ軍艦の魂が人間が造り出したアンドロイドに宿り云々』とか色々ある。
今まで深く考えたことの無かったこの件に関して、この世界での認識がどうなっているのか知りたい。
知らなければ、ここから先に進めない気がした。
「ま、私たちと人間との戦争ってのはそもそも男の取り合いですからねぇー」
「な、何じゃそりゃあァァァ!!!」
ついさっき考えていたことが、こういとも簡単に分かってしまうとは……。
ならば、ヲ級は俺が知りたいことをこのまま教えてくれるんじゃないだろうか。そう思った。
「そりゃ国連で男性保護条約みたいなものを全世界に結ばせて、地球規模で男性保護が進んでいる世の中ですよ? 私たちはそんな地球で人類と双璧を成す第二の知的炭素系生命体ですからね」
知られざる新事実、発覚。
「身体構造もDNAも99.999999%人類と同じですし、斯く云う艦娘に至っては100%人類ですし」
新事実、重なる。
「それで、どうして人類と私たちが戦争する必要があったのか、という話です。それは元の話に戻って、人類と同じくして私たちも種の存続のために男性が必要なんですよ。私たちの方には男性は存在しませんからね」
そしてかなり事態は重いものだったらしい。
何だか、今までのアレは何だったんだろうか、って思うな。今のヲ級を見ていると。
「それで、人類の男性で種の存続を図る、と?」
「そういうことです」
なんともまぁ、反応し辛い話だった。
この世界がそんな風になっていたなんて、思いもしなかった。俺はてっきり『突如地球上の制海権を奪った深海棲艦を殲滅すべく……』みたいなものを想像していたのに……。
なんともまぁ、ロマンの欠片も無い状況にあるのかが分かった。しかも男の取り合いを種の規模で行うって、そうとうな話だ。俺も元の世界に居た時は、女同士でイケメンの男を取り合うようなドロドロの三角関係は見たことがあったが、それ以上に凄い話だったとは思いもしなかった。
俺はスッと立ち上がる。そろそろ足も痛くなってきたところだったからな。
それに俺の知りたいって思ったことも、その場で解決してしまったからな。ここに居る必要も無くなったし、そろそろ時間だったのだ。
「さて、と」
「あ、ご、ご主人様?」
「そろそろ戻る。じゃあ、この後の尋問、ちゃんと吐いてやれよ」
「うおえぇぇぇぇぇぇ!! こ、これがつわりっ?!」
「ダァホ!! そっちじゃない!! ヲ級の知っていることを、嘘偽りなく答えれば良いんだ。聞かれた質問にはちゃんと答えてやれ」
そう俺が言うと、ヲ級は俺のことを見上げる。何かあるようだ。
「さっきの話でご主人様は何か知りたいことが知れたみたいで良かったです。また明日、お話しましょうね」
何なんだろうな、このヲ級は。ほとんどの時がド変態なのに、たまに真面目になる。ずっと変態でいるのも疲れるんだろうか……。
俺はそのまま営倉を跡にした。
出ていく時、足柄と憲兵と入れ違ったから、これから今日の尋問があるんだろうな。ヲ級がさっきみたいなことをしなければ良いんだけど……。
『うおえぇぇぇぇぇ!!』
『え? 何いきなり?!』
『や、やっぱり出来ちゃったみたい。……ふふっ。"つわり"って、辛いのねっ』
『何そのドヤ顔っ!! というか『出来ちゃった』って、どういうことよぉ!!』
あぁ。やっぱりちゃんと話す気は無いんだな。
俺はそう思い、慌てて営倉に戻っていったのであった。
「何やってんだ!! このド変態空母!!」
「ご褒美れすうぅぅぅ!!」
もうヤダ。付き合ってらんない……。
ここ最近、大和の更新が多いと思いましたか? その通りです! 本編の方が完結しまして、こっちに時間を割り当てれるんですよ。
とまぁ、他作品の話はこれくらいにしておきましょう。
土日だと結構な勢いで書けますから、こういう風に更新頻度が上がるんですよね。
今後の展開に関してですけど、まぁ、好きなように進めていくつもりです。
あと感想欄にて、ヲ級へのツッコミが多くて嬉しい限りです。
あんまりヲ級との絡みばかりやっていても話が進まないので、次話は少し変わります。
ご意見ご感想お待ちしています。