かくれんぼが始まってから20分くらい経っている。この階にある部屋は全て探し尽くし、もう一度探しに回っている状況ではあるが、俺は相変わらず天井に張り付いていた。
雪風も浜風の背後に隠れたままだ。
「浜風さん! どれくらい経ちました?」
「開始してから20分程経っていますね」
雪風は浜風に時間を訊くと、浜風の背後から出た。
隠れ場所を変えるのだろうか。
かくれんぼのルールというのは色々ある。一度隠れた場所から移動してはいけない、移動してもいい等。明確なルールがない遊びではあるが、俺と雪風が遊んでいるかくれんぼでは、隠れ場所の移動はしてもいいことになっている。というか、初めてやった時からそんな感じだった。
今のかくれんぼにもそれは適応されているので、時津風たちは知らないだろうが、ここは普段俺たちがやっているかくれんぼに入ってきた、ということでそのルールには従ってもらう。
「少し移動しますね。ありがとうございました!」
「いいえ。楽しんで来て下さいね」
浜風はそんな雪風を笑顔で見送る。そしてそれを見下ろす俺。
雪風はどうやら移動を始めるみたいだが、どこに移動するのだろうか。そんな風に雪風を目で追い、俺もそろそろ移動しようかと画策し始める。こんなところ(天井に張り付く)に隠れていたら、そうそう時津風も見つけられないだろうからな。
俺は廊下に飛び降り、浜風に声を掛ける。
「お疲れ。俺も移動するよ。もちろん、時津風には秘密な」
「え、えぇ。分かっていますよ」
何だか急に現れたから驚かれていたみたいだが、まぁ良いだろう。時津風たちが廊下に出てくるのも時間の問題だ。俺は次の隠れる場所を考える。
そしてあることを思いついたのだった。
陽炎型が待機している部屋におもむろに入り、俺は窓にカーテンが掛かっている事を確認する。
急に入ってきた俺に驚いている艦娘たちを無視し、俺はカーテンを開き、窓を開いた。
そして窓から身を乗り出して、そのままカーテンを閉めて窓を締める。鍵は流石に閉められないのでそのままにしておこう。
俺が隠れた場所は、窓の桟。そこに足を掛けてぶら下がっている状態だ。ちなみに3階である。落ちたら怪我はする程度の高さだ。艦娘(?)はどうなるか知らないが。
「……端から観たらヤバイ奴だろうな」
俺の今の状態。多分、別の誰かが見たらただの自殺志願者にしか見えないだろうな。まさかかくれんぼでそこまでやるか、っていうレベルの隠れ場所ではあるからな。
そんなことはさておき、中の状況が全く分からない。
ここで遊んでいる艦娘たちが、俺たちがかくれんぼをしていることくらい分かっているはずだ。じゃんけんも大きい声でやっていた気がするし、結構ドタドタしていたと思うんだ。
それを考えると、下から声がしてくる。どうやら誰かが歩いているみたいだ。
「あと巡回も一周だねぇ」
「この後どうする?」
どうやら憲兵2人が歩いているみたいだ。巡回中に私語とか、誰かさんにしょっぴかれるぞ。
「そうだなぁ……大和くんでも見に行く?」
「え? 見れるの? 行きたい行きたい!!」
「おすすめスポットがあるんだよ! 今の時間帯に居るか分からないけど、私室が見えるところがあるの」
え。なにそれ初耳。てか怖い。
「本当?! 男の人の部屋が見れるなんて、この人生、結構諦めてたんだけどツイてる! 私っ!!」
おい。輪廻転生してんのか。この憲兵は。
「一度で良いから入ってみたいよねぇ。はぁ~良い匂いがするんだろうなぁ~」
「はぁ~。想像したらヤバイけど、良いなぁ……」
うわぁ。こいつら(憲兵たち)男子中高生か何かなのか。
まぁ、そういう感情は俺も持っているし、分からんでもない。もちろん、女性の部屋な。だけど、この世界ではそんなことも頭の中では考えられん。
「あ、そうそう! 有名な話で、聞いたかもしれないけどさ」
「なになに?」
「大和くんね、どうやら小説から出てきたみたいな身の振る舞いなんだってさ! 香羽から聞いたんだけど、ありゃレッドリストに乗っているレベルで絶滅危惧種よ。なんなら養殖モノよりも良い、天然モノらしいのよ!!」
「ほんと?! 壁ドンとかしてくれるのかなぁ……」
「彼、高身長だからやって貰えたら、一撃で轟沈する自信しかないわ。あ、だけどね、香羽が言っていたのは違う。すっごく気を使ってくれるんだってさ!」
うわぁ。なにそれ。身に覚えないなぁ。
「キャー!! 紳士じゃない!」
それだけで紳士呼ばわりとは、世の中変わったなぁ。
まぁ、この世界なら普通のことなのか。知らないけど。
そろそろ腕を辛くなってきた頃合いだし、見つかっても良いかなぁと思っていた時、カーテンが開かれた。
そこには時津風が居る。目を見開いて、俺の顔を見ていた。どうやら見つかってしまったみたいなので、俺は窓を開ける。
「あー。見つかったか」
「どんなところに隠れてるの! カーテンに陰があったから分かったけどさ」
全然、そのこと考えてなかったな。まぁ良いか。多分最後かその次だし。
そう思い、俺は時津風が連れている艦娘を確認する。
雪風が居た。どうやら俺が最後みたいだな。
「やっと終わったー! 2人とも強い!」
そう言ってむくれる時津風に、俺と雪風は笑った。
そりゃそうだろう。俺と雪風はこうやって隠れ方を発展させながら遊んでいるからな。
「ゴメンな。ちょーっと本気出した」
「雪風もです! ですけど、結構あっさり見つかってしまいました!」
フォローはする。もちろん。駆逐艦相手だしな。
雪風もその辺はちゃんと理解しているみたいだな。
そう考えつつ、俺は窓の外を見下ろす。
そこにままだ憲兵が居た。どうやら立ち止まって話の続きをしているみたいだ。
「それとね、不確定情報なんだけどさ」
「何? まだあるの?」
「うん。……大和くんって良く執務室に行くじゃない?」
「そうだね。山吹提督が呼び出しているみたいだけど」
「そうそう。その行く道中で、いつも何処を通っているのかが分かったの」
「えぇ! 本当?!」
「うん。普段は艦娘が全く通らないところで、憲兵の巡回も一日に数回しかないような通路なんだけどさ」
「そこ知ってる!」
「うん。そこを通って行っているみたいなんだぁ。そこに曲がっていくのを見た、って言ってるのが居てさ」
「今度張ってみようかなぁ……」
「これは秘密ね」
「うん!」
「だけど、教えた情報料は貰うよー。んふふふっ。ビール500mlを6缶だ! もちろん、発泡酒じゃないやつね」
「うぐぐ……地味に高い情報料。だけど、それを払えば、私は間近で大和くんが見れるッ!! ひゃ~早く会いたいなぁ」
そんなことを言っているので、俺はからかってやろうかと考える。
普段、憲兵には追い回されて散々な思いをしている。普段は追い回されている俺が、急に目の前に現れて来たらどう反応するのか。
反応次第では、その職務怠慢は黙っておいてやろう。
思いついたら即行動。だが、俺は誰か連れて行こうと考える。ここから飛び降りたら流石に怪我するかもしれないが、ちゃんと降りれば多分大丈夫だ。
そう考え、俺はまず雪風に声を掛けた。
「雪風」
「なんですかー?」
「ちょっと付き合ってくれ」
「良いですよ!」
うん。じゃああともう1人。浜風にしようか。丁度こっちに来たし。
「浜風も付き合ってくれ」
「え、えぇ。分かりました」
「俺はここから降りるから、2人はこの窓の下に来てくれ」
そう言って俺は、窓から飛び降りる。
3階の高さからだが、まぁ、うん。怖いだけ。すぐに地面にたどり着き、俺は着地をする。
思ったほど音は出なかったが、物音に流石に憲兵は気付いたみたいだった。
俺は降りてきた窓を見上げ、憲兵の方に顔を向ける。
「よぉ」
「うひっ?! や、大和くん?!」
今、変な声出しただろ。
「憲兵。職務中に何しているんだ?」
「巡回中ですけど……それより大和くん?」
「俺の質問に答えろ。職務中に何をしている」
あ。コレは俺が聞いたところで仕方のないことだ。
そもそも、俺に憲兵たちへ口出ししたりする権利はない。全てはゆきが持っている。だが俺が見たということで、間接的にはいけるはずだ。
憲兵なのにそんな職務態度なのはどうかと思うんだがな。
「ひぃ!? や、大和きゅん?」
「きゅん?」
『きゅん』って何だ。『くん』って言おうとしたのか。
「ほらほら、怒らないから言ってみな」
とか言いながら、俺はジリジリと2人に近づいていく。
俺の雰囲気にそれどころではなくなった2人は、俺が近づくのに呼応してジリジリと後ろに下がっていっていた。
それが結構長いこと続き、壁際まで迫る。もう2人は壁に背中を付けていた。
建物の陰になっていて少し薄暗いこの場所で、俺は憲兵2人相手に何をやっているんだろうか。俺が主観で端から見ると、女性2人に迫っている男にしか見えないだろうが、この世界ではどう見えるんだろうな。
そんなことを考えていると、俺の私室云々という情報をビールで買った憲兵が口を開いた。
「これって、もしかして壁ドン?」
背筋がゾクッと震え上がる。これは何か不味い。俺は直感的にそう感じた。
それは間違ってなかったみたいで、壁に追い詰めた2人が俺に色々言い始めた。
さっきまでは黙秘を続けていたというのに。しかも発言内容が自分を貶めるような内容ばかり。意図は分かっているんだが、分からないで身体を動かした方が身のためだろうな。
「さっきまで口開かなかったのに、今度は自爆しまくりか?!」
「えぇ。私はさっきからずーーーっと、巡回と見せかけてボーッと歩いていたの!!」
それは俺も分かってる。
「大和さーん! 来ましたー!!」
どうしたものかと考えていると、背後から声が聞こえてくる。
どうやら雪風たちが来たみたいだ。チラッと後ろを確認する。
「ちょっと待って下さい、雪風」
後ろから浜風も小走りで来ている。そんな浜風にも、こんな状況は見えていることだろう。俺は数多といる艦娘の中では、仲良くしている方だと思う。思いたい。浜風がうっとおしがっていたらちょっとショックだ。
それは置いておいて、俺は憲兵の方に目線を戻す。
身長差もそこそこあるので、俺は2人を見下ろす形になっていた。
「しっかり仕事をしてくれ。ゆきにキツイお仕置きされるのは嫌だろ?」
「ひゃ、ひゃい」
流石に俺だけなら、色々とお花畑な発言も出来たんだろうが、艦娘たちが来てしまったら出来ないんだろう。さっきまでの勢いは無くなっていた。
俺は憲兵2人に『散った散った』と言わんばかりに手を振って、仕事に戻ってもらう。
こうやって俺と話していても十分に職務怠慢になるからな。俺の扱い的にも。
「大和さん、今のはなんだったんですか?」
「あぁ。職務怠慢の憲兵にお灸を据えていた」
「壁際に追いやって、ですか?」
「そうだな。気分はさながら、捕食動物に追い込まれた小動物だろうな」
否。俺が小動物なのがこの世界。
そんなことを雪風はツッコムことなく、ニコッと笑う。意味をそのまま取ったんだろう。
「しれぇは怒ると怖いです! 大和さんは優しいですね!」
「あははー! そうか?」
そんな風に話していると、雪風に置いてかれていた浜風も追い付いた。
少し息を整えた後、浜風は俺に訊いてくる。
「……外に何かあったんですか? 私と雪風を呼んで」
「あー、それなら終わった」
そう言って俺は近くのベンチに腰を下ろす。さっきまで憲兵2人が座って話していたところだ。
「大和さんはしれぇの代わりに憲兵さんを叱っていたんですよ! 怒ったしれぇは怖いですから、しれぇに見つかる前にって」
言ってることが少し変わった気がするが、まぁいいだろう。
いい意味では、そういうことをしていたんだからな。本当はからかってやろうとしただけだが。まぁ、雪風は気付いてないみたいだし良い。
「それって、大和さん。からかっただけじゃ?」
「失礼な。ちゃんと怒ったぞ」
雪風には分からずとも、浜風には分かったみたいだ。
この後、どうして俺が窓から飛び降りたのかが気になった、かくれんぼ組や見ていた他の艦娘たちが外に集まってきたので、そのまま鬼ごっこをやることになったりした。
もちろん皆、俺と雪風を捕まえることが出来ない。まぁ、そんなもんだろう。
途中、他の憲兵が混じってきたり、他の艦種の艦娘が混じってきたりして、かなり大人数な鬼ごっこになったのは言うまでもない。
ちなみに、途中参加してきた奴らの大半は俺目当てだったらしい。そんなこと聞きたくなかった。
前回からはそこまで期間が空きませんでしたね(汗)
今回も引き続き、雪風との話です。ですけど、主軸は憲兵になります。まぁ、こっちの憲兵は使えない憲兵ですから……(メソラシ)
そんなこんなで、ぐだぐだと更新していきます。
次のスパンはどれくらい開くんでしょうね。
ご意見ご感想お待ちしています。