怪物と闘う者は、
自らも怪物にならぬよう、
気をつけるべきだろう。
深淵をのぞきこむ者は、
深淵からものぞきこまれているのだ。
-フリードリヒ・ニーチェ -
-支部長室-
「それで…俺だけここに残したのはどういう訳だ?」
作戦会議が終わった後、ソーマはその場に呼び止められて第一部隊とツバキが去って行ったのを確認すると、ペイラーに呼び止められた理由を尋ねる。
「…実は、ユウキ君の事だが…今回の作戦…彼を外すべきか迷っていてね。」
「どう言う事だ?」
ペイラーがユウキを任務から外すなどと言ってきたが、何を意図しているのか分からずにソーマは思わず聞き返す。
「ここ最近の彼を見ていると…どうにも心ここに在らずと言った感じに見えてね。任務の様子次第では今回は出すべきではないとも思っている。」
ペイラーが何故ユウキが任務で力を出しきれないと知っているのかとソーマは驚きつつも、任務の時にユウキに対して感じた違和感と本人の口から聞いたその理由を話していく。
「どうやって知ったかは知らんが、確かに任務に集中出来てはいないな。本人から聞いたが、罠にかけられた経験から判断を遅らせるって言ってたな。」
「…そうか。そんな『嘘』をついたのか。」
「何?」
ソーマが聞いた理由は嘘…それが分かるとソーマは少しショックを受けたが、顔には出さずに、どう言う事なのかをペイラーから問い質す。
「…以前言葉を話すヴァジュラと戦っただろう?その頃からどうにも戦う事自体に迷いを覚えている様でね。特別なアラガミ、強力なアラガミ程、私たちの目指す未来に必要な存在なのではないかと考えているみたいなんだ。」
「…そうか。ここ最近になって迷いを見せたのはそう言う事か。」
これで何となくだが合点がいった。確かに最近のユウキは戦闘の最中に迷いを見せていた。その中でも特にとどめになると、それが顕著に現れると言うだけで、何やら戦う事そのものに気が乗らない様に見えたとと言う方が自然に思えた。
「ユウの迷いは…取り敢えず今を生きてから先の事を考えるやり方じゃなく、あらゆる可能性を考慮した結果そうなったんだろうが…」
ソーマなりにユウキが何を思い迷ったのかを考える。基本的にソーマも含めた神機使い達は兎に角今を生き延び、後の事は生き延びた後に考える人が殆どだ。しかしユウキは戦う前に目標のアラガミが生き延びればどうなるか、近い将来にシオの様なアラガミになるのではと考えしまう。
ある意味では人とアラガミの共生について真剣に考えた結果なのだろうが、未だ人とアラガミが殺し合う現状ではそれは危険な思考だと思い、ソーマは小さくため息をつく。
「まあ、ここまで見た限りアイツが出来ないのはとどめだけだ。迷いのせいで多少動きが鈍いが戦う事自体は出来る。それにアリウス・ノーヴァが相手になるならば、ここで戦力低下はかなりの痛手だ。」
「彼を出す方が良いと言う事かい?」
ソーマが語る任務中のユウキの様子とこれから戦う相手を考慮した意見をきいて、ペイラーはソーマが何を言いたいのか要約する。
「弱らせるまでは戦い、とどめは俺やリンドウが引き受ける。だが、この任務が終わったら、しばらくは任務出さない方が良いだろう。でないと…」
ソーマは一旦言葉を区切る。
「…可能性に殺される。」
『もしかしたら』、『ひょっとしたら』そんな仮定した未来が訪れ、そこから都合の良い未来を掴める可能性を考えた瞬間、『目標を倒すと望んだ未来は手に入らない』と思い込み、敵を倒す事が出来なくなってしまう。
有るか無いかも分からないものに縛られ、身動きが取れなくなる。そうなると停滞し、滅ぶしかなくなる。ソーマはユウキがこうなってしまうのではないかと心配して、この任務の後はもう任務に出さない方が良いと進言した。
「分かった。参考にさせてもらうよ。ありがとうソーマ。君も準備に戻ってくれ。」
ペイラーの話が終わると、ソーマはそのまま支部長室を後にする。
(何だろうね…嫌な予感がするよ…)
しかしペイラーは何やら胸騒ぎを覚えていた。それは次の相手に対する準備不足な為か、何か別の理由があるのかは分からないが、何故か落ち着かない感じがしていた。
「皆…無事に帰ってきてくれ…」
これから危険な相手と戦う第一部隊が無事に帰って来る事を祈りつつ、ペイラーはアリウス・ノーヴァの索敵と解析を再開する。
-月影の霊峰-
「何か…月が大きい?ギラギラしてる?気のせいかな?」
『俗に言うスーパームーンですね。しかも珍しく青い色をしてますね。スーパーブルームーンと言ったところでしょうか?』
「本当に大きいですね。」
コウタとアリサが何時もよりも大きな月を見上げて呆けて、ヒバリが通信で今日の月について解説する。
(シオちゃんも…気にしているんでしょうか?)
ヒバリが解説している最中も、アリサは月にいった仲間が自分達の事を気にしているのだろうかと考えていると、不意にソーマの声が聞こえてきた。
「見とれてる暇はないぞ。アリウス・ノーヴァの状況はどうなっている?」
ソーマが任務前に何時までもおしゃべりに興じる3人に苦言を呈すと、神機の最終チェックをしているユウキに代わり、ターゲットの状況を確認する。
『現在リンドウさんと共に作戦エリアに向かっています。このままですと3分後に接触します。』
「…了解。サクヤさん、準備出来ましたか?」
神機のチェックをしながら、ユウキはサクヤの準備が終わったかを無線で確認する。一瞬のノイズが入った後、サクヤの声が聞こえる。
『ええ、問題ないわ。狙撃後の合流ルートの確認も出来てる。合流まではおおよそ5分前後と言った感じかしら?』
「分かりました。なら俺達もこのまま配置に着きます。奇襲のため、戦闘が始まるまでは念のため通信を切っておきます。」
『了解。』
『ブツッ!!』と言うノイズ音を最後に通信が切れる。サクヤの準備は終わっているようだ。ならば自分達の準備も早く終わらせなければ。そう思うとほぼ同時に神機のチェックが終わったユウキが立ち上がり、任務内容を確認する。
「それじゃあソーマ、コウタ、アリサは後方、俺は前方にそれぞれ潜伏する。リンドウさんがアリウス・ノーヴァを引き連れて来たらまずは俺とリンドウさんが、その後後方の3人攻撃をしかける。」
「「「了解。」」」
「この奇襲で倒せるなんて思っちゃいないが、可能な限りのダメージを与える。奇襲後はいつもの様に頼む。それじゃあ頼むぞ。」
いくら戦闘準備が整っていないとは言え、強力なアラガミがたった一度の奇襲で倒せるなどとは思えない。奇襲はあくまで起点作りのためのものだ。その後の強襲、総攻撃への流れを作るためのものだ。
そう言った任務の確認を終え、ユウキ達が隠れてしばらくすると、アリウス・ノーヴァの足音が聞こえてきた。
(…来た!!)
サクヤは狙撃地点の岩場の上からターゲットを確認する。以前とは違い、ディアウス・ピターの様な鋭い翼を生やし、アルダ・ノーヴァの様な天輪が付いていたが、何かしらの進化はしているだろうと予測していた。そのため特にきにする事もなく銃口を向けて目付きを鋭くする。
「…そこっ!!」
炸裂音と共に超弩級アラガミのコアが使われている特性バレットがアリウス・ノーヴァに直撃する。
『キュリャァア?!』
アリウス・ノーヴァは奇声をあげながら仰け反る。偏食因子を取り込む為なのか、その顔から胴に向けて黒い刺繍の様な模様が浮かび上がっている。
「オォォォオ!!」
バレットが撃ち込まれた事を確認すると、リンドウは反転しながら右腕を神機型に変形して斬りかかる。『グチャッ!!』と肉を引き裂く音と共に仰け反ったアリウス・ノーヴァの腹にグチャグチャな傷痕が残る。
「ゼアッ!!」
アリウス・ノーヴァが体勢を立て直したのでリンドウは一旦離れる。すると入れ替わりにユウキが突っ込んでくる。両手の神機を横凪ぎに振ってアリウス・ノーヴァの左前足に二の字に斬りつける。
するとアリウス・ノーヴァはユウキを縦に両断するべく左の翼を縦に振り下ろす。対してユウキは後ろに下がってなんとか躱す。
「いっけぇ!!」
「当たれ!!」
ユウキが攻撃を躱すと、アリウス・ノーヴァの後ろで待機していたコウタとアリサの神機から無数のオラクル弾が撃ち込まれる。突然の奇襲にアリウス・ノーヴァは思わず怯むと、その隙にソーマが岩場の陰から飛び出す。
「おぉぉおあ!!」
ソーマが神機を振り下ろすと後ろの右足に傷を入れる。しかしアリウス・ノーヴァもやられてばかりではない。その場で勢い良く回転して、両翼を使って最も近くにいるソーマとユウキへ斬りかかる。
2人は即座にアリウス・ノーヴァから離れて事なきを得る。しかしアリウス・ノーヴァは先に離れたリンドウにも狙いをつけ、右の翼を目一杯伸ばす体勢になってリンドウ向かって刃を振り下ろす。
リンドウはアリウス・ノーヴァから離れる様に動いてそれを避けると、今度はアリウス・ノーヴァ左へと急反転して、左の翼で空を切る。すると翼の先からオラクル結晶が飛び出してきて、アリウス・ノーヴァの後ろを陣取っていたコウタとアリサに向かっていく。2人は互いに離れる様に跳んでそれを躱す。
『偏食傾向…固定確認!!行けます!!』
「リンドウさんは俺と前衛!!ソーマは後ろを取れ!!取り囲む!!」
「オーケー!!任せな!!」
「了解!!」
ヒバリから作成の第一段階が成功したことを伝えられ、ユウキが指示を出すのとほぼ同時にアリウス・ノーヴァが両翼を広げて突っ込んでくる。それをユウキとリンドウは神機で受け止め、その間にソーマが後ろに回り込む。
そしてアリウス・ノーヴァは両翼に力を込めると、ユウキとリンドウを弾き飛ばす。
「コウタ!!アリサ!!ソーマの後ろで援護!!」
「了解!!」
「分かりました!!」
飛ばされつつもコウタとアリサに指示を出し、自身もリンドウと共にその場に踏みとどまる。そして指示を出された2人はそのままアリウス・ノーヴァの背後に残ってオラクル弾を撃つ。少しずつだが、アリウス・ノーヴァの体を削っていく。
「サクヤさん!!」
『今向かってるわ!!5分待って!!』
「了解!!サクヤさんは合流次第後方支援に!!」
『了解!!』
再度ユウキはリンドウと共に正面からアリウス・ノーヴァに向かっていく。先にリンドウが右腕を振り下ろすと、アリウス・ノーヴァは半歩下がってそれを躱す。続いてユウキが両手の神機を外へと横凪ぎに振るう。するとアリウス・ノーヴァは再度後ろに下がって避ける。さらにソーマが後ろから神機を振り下ろして追撃するが、アリウス・ノーヴァは左へと避ける。
追撃を避けたアリウス・ノーヴァは左前足を真っ先に地面に着けると、そこを軸にして反転する。そしてお返しにソーマに向かって右の翼を振り下ろす。
ソーマは横に跳び、それを躱す。するとアリウス・ノーヴァは勢い良く前に出て包囲網を抜ける。
「行かせるか!!」
「逃がさない!!」
コウタとアリサがアリウス・ノーヴァの眼前を横切る様に弾幕を張る。アリウス・ノーヴァは思わず立ち止まってしまう。するとコウタとアリサは弾幕を張ったまま銃口をアリウス・ノーヴァに向ける。
『バキバギッ!!』
『ッ!!オラクル反応増大!!注意してください!!』
ヒバリから通信が入るとほぼ同時に、突如地面から赤紫の結晶がアリウス・ノーヴァとオラクル弾の間に生えてきた。オラクル弾は結晶に当たり、標的に届くことはなかった。
「ヤツを逃がすな!!畳み掛ける!!」
「おう!!」
リンドウ、ソーマ、ユウキがアリウス・ノーヴァに向かって走る。すると再び地面から結晶が生えてきて、今度はユウキ達の行く手を阻む。さらには結晶の色が濃くなっているため、アリウス・ノーヴァが視界から隠された。そのため、ユウキ達は全員一旦様子見のために急ブレーキをかける。一瞬待って何事もなければ左右から回り込むつもりだった。
『ズシャァッ!!』
ユウキ達が止まった隙に結晶の向こう側からアリウス・ノーヴァが両翼にオーラを纏って結晶ごと切り裂いてきた。
「ギィッ!!」
「グッ!!」
「うおぉっ?!」
咄嗟にユウキとソーマは装甲を展開して防ぐが勢いに負けて飛ばされ、リンドウは大きく後ろに飛び退きつつ、自身の右腕を立てて防御する。
その後、アリウス・ノーヴァはアリサとコウタの方を向く。それを見たアリサは反射的に剣形態に変形する。その瞬間、高速で2人の元まで距離を詰め、両翼を振りかざす。アリサは間一髪で装甲を展開するが、バックラータイプの装甲では受けきれず、そのまま勢いに押されて、コウタを巻き込みながら弾かれる。
「キャァッ!!」
「うぐっ!!」
体勢を崩した2人を狙い、アリウス・ノーヴァは両翼を振り上げる。
『バンッ!!』
短い破裂音が響くと同時にアリウス・ノーヴァは反転しつつ飛んできた狙撃弾を翼で切り捨てる。振り向いたアリウス・ノーヴァの視線の先には左の神機を銃形態に変形して銃口を向けたユウキがいた。そしてその隣にはソーマ、後ろにリンドウもいた。
「ソーマ!!」
「分かってる!!」
ユウキがソーマに合図を出すのとほぼ同時に、アリウス・ノーヴァはユウキ達に向かって飛び掛かる。先のように高速で間合いを詰め、両翼で挟み込むように斬りかかる。それをユウキは左手の神機を剣形態に変形しつつ右手の神機で右の翼を、ソーマは左の翼を受け止める。
「ギッィッ!!」
「グッォォオ!!」
2人が押し返されそうになりながらも、その場に踏み止まる。だが刃を受け止めると同時に神機の装甲に切れ目が入り始めている。長くは持たないだろう。しかし攻撃を受け止めた瞬間、2人の間からリンドウが前に出る。
「うぉぉぉお!!」
無防備になった相手にに一気に接近したリンドウが、アリウス・ノーヴァの顔を切る。
『キュリャァァァア!!』
リンドウの一撃がアリウス・ノーヴァの顔に傷を作ると、アリウス・ノーヴァは怯んだが、すぐに体勢を立て直すと大きく吠えて天輪が輝いた。それを見たリンドウを始め、ユウキ、ソーマは一旦離れる。
「どうやら活性化したみたいだ!!気を付けろ!!」
リンドウの『活性化した』と言う声と同時に再びアリウス・ノーヴァの両翼がオーラを纏う。するとアリウス・ノーヴァは真正面にいるリンドウをすれ違い様に右の翼で斬りかかる。
「ぐおぁあ!!」
どうにか右腕で防いだが、勢いに負けてソーマに向かって吹っ飛ばされる。その結果、ソーマも体勢を崩してしまう。そして急反転して元来た道を戻り、ユウキの後ろから斬りかかる。
「グギッ!!」
左の神機を後ろ手に回して装甲を展開する事でどうにか防ぐ事が出来たが、アリウス・ノーヴァのスピードとパワーに負けて盛大に転んでしまう。
最後の仕上げにアリウス・ノーヴァは右前足を地に着けると、そこを軸にして急反転して第一部隊の方を向く。すると、天輪から極太のレーザーが発射される。
「「「ぐぁぁぁぁああっ!!」」」
レーザーが体勢を崩したリンドウ、ソーマ、ユウキに直撃する。さらに、レーザーの向きを素早く変え、体勢を立て直して加勢するはずだったコウタとアリサにも攻撃する。
「うわああああ!!」
「きゃああああ!!」
コウタとアリサも防御が間に合わず、結果的にアリウス・ノーヴァはたった1発のレーザーで第一部隊を一蹴してしまった。
第一部隊が痛む身体に鞭打って立ち上がる中、リンドウはすぐに起き上がる。しかしその頃には再びアリウス・ノーヴァの天輪が輝き始めていた。
『バンッ!!』
何処からかともなく狙撃弾が飛んできた。狙撃弾がアリウス・ノーヴァの首元を貫通すると、アリウス・ノーヴァは怯み、天輪から光が消えた。
「狙撃弾…?サクヤ!!」
リンドウは狙撃弾が飛んできたと言う状況から誰が撃ってきたのかすぐに分かった。リンドウがその狙撃ポイントと思われる方向に顔を向けると、そこには崖上からアリウス・ノーヴァを狙ったサクヤがいた。
「お待たせ!!」
サクヤが言い終わると同時に追加で2発の狙撃弾を撃ち込み、崖から大きく前に出ながら飛び降りる。しかしアリウス・ノーヴァは両翼を器用に使って狙撃弾を切り捨てる。
そしてアリウス・ノーヴァはターゲットをサクヤに変え、頭上にオラクル結晶を作ると、サクヤに向かって投げつける。
「サクヤァ!!」
それを見たリンドウは猛然と走り始める。対してサクヤは落下しながらの速打ちで結晶を撃ち抜き、すべて破壊していく。しかしアリウス・ノーヴァは再度結晶を飛ばしてきた。
「またっ?!」
第二波が飛んできた事にサクヤは驚きつつ、再び迫ってくる結晶を撃ち抜こうとするも、反応が遅れてしまいすべて撃ち抜くには間に合わない。
どうするかと一瞬のうちに考えを巡らせていると、リンドウが大きくジャンプして最も近い位置の結晶に飛び乗る。そして結晶を足場にして前にある結晶に飛び移る。そして飛び移った直後に乗っていた足場を右腕で破壊する。これを繰り返して一気にサクヤの元まで飛び移る。
リンドウがサクヤに最も近付いた結晶を破壊すると、そのままサクヤを抱えて着地する。
「ユウ!!戦線に復帰するわ!!」
「分かりました!!そのまま後方支援を!!」
サクヤとリンドウがアリウス・ノーヴァの気を引いている内に、ユウキ達も体勢を立て直して反撃に出る。
「貫け!!」
「当たって!!」
「いっけぇ!!」
サクヤが遠距離からアリウス・ノーヴァを撃ち抜き、続いてアリサとコウタが爆破弾を撃ち込む。
『キュリャァァア?!』
狙撃弾と爆破弾がアリウス・ノーヴァの胴を貫き、削っていく。攻撃を受けたアリウス・ノーヴァは一瞬怯むと、その隙に一気に駆け寄り距離を詰めたリンドウと体勢を整えてチャージクラッシュの準備を終えたソーマが、神機を構えたまま前に出る。
「うぉぉぉお!!」
「これで決める!!くたばれぇぇえ!!」
リンドウが左、ソーマが右から責める。しかし怯みながらもアリウス・ノーヴァは両翼でリンドウとソーマの攻撃を受け止める。だが流石に極東最強クラスの2人の攻撃を受けたのでは、体勢を維持出来ずにその場に抑え込まれる。
しかしアリウス・ノーヴァは崩された体勢から身体を1回転させて、リンドウとソーマを振り払う。
「グッ畜生っ!!」
「クソッ!!仕留め損ねた!!」
絶好のとどめのチャンスを逃した事でリンドウとソーマは吹っ飛ばされながら悪態をつく。そしてその2人と入れ替わる様に、ユウキがアリウス・ノーヴァに接近する。
今、アリウス・ノーヴァはリンドウとソーマを弾き飛ばした直後のため、両翼の動きは振り切って止まっている状態だ。とどめを刺すには絶好のチャンスだ。隙の出来たアリウス・ノーヴァに対して、ユウキは飛び掛かりながら両手の神機を振り上げる。
(良いんだ…これで。倒さなきゃ…人類が滅ぶんだ。仕方ない。そう、仕方ないだ。)
これでいいと、戦いの最中も何度も自分に言い聞かせてきた。そんな心境の中、今まさに自分がとどめを刺そうとしているが…
『本当に…良いのか?』
ほんの一瞬だった。この一瞬の迷いでユウキに隙が出来る。アリウス・ノーヴァはその隙を見逃さず、即反撃に転じる。
「ガッ?!」
アリウス・ノーヴァは両翼でユウキを挟む様に攻撃する。ユウキは両手の神機の装甲を展開して何とか防ぐが、攻撃の勢いに圧されて後ろにある岩まで吹っ飛ばされた。
『キュリャァァァァアァァァア!!』
「グッ!!」
「ギッ!!」
体勢を立て直したアリウス・ノーヴァはユウキ達を威嚇するためにも大きな声で吠える。するとソーマは頭痛、リンドウは右腕に痛みを覚えて患部を思わず押さえる幸いなのはどちらも軽症だった事だろう。
「き…いぎゃぁぁぁぁあぁい!!??」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたい痛い痛いいたいいたいいたい痛いイタイいたいイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイクイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイクイタイイタイイタイイタイくいたいイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ喰イタイイタイイタイイタイイタイイタイクイタイクイタイ痛いイタイイタイイタイイタイクイタイイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイクイタイクイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイ
しかしユウキが奇声をあげ、手を神機から放して頭を抱えて踞る。今ユウキの頭を支配しているのは目をくり貫かれ、脳ミソを掻き回される様な不快感と異様なレベルの頭痛だった。突然の事にユウキ自身も訳が分からないまま痛みにのたうち回る。
「ユ、ユウ?!」
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あぁ"っ!!ぎッ!!がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"!!ア"ァ"ァ"ァ"ァ"あ"ッ!!」
アリサがユウキの元に駆け寄るが、それよりも先にユウキが痛みに耐えかねて叫び声をあげながら頭を打ち付け始める。1度や2度ではなく、何度も何度も岩に打ち付け、頭突きで岩を砕きつつも、そのせいで頭からは血が止めどなく流れていた。
そんな状況でもアリウス・ノーヴァは止まってはくれない。ユウキに向かって走り出したので、リンドウが間に入って攻撃する事でアリウス・ノーヴァの進行を止める。
「何してるんですか?!止めてください!!」
「な、何?!どうしたの?!」
『ユウ………のバイ………、安…し…せん!!………が?!』
アリサがユウキの体に腕を回して岩から離そうとする。しかし神機使いの中でも異常な力の持ち主であるユウキを動かせる訳もなく、ただユウキにしがみつく事しか出来なかった。
何やら異様な叫び声が聞こえてきたので、サクヤが通信でアリサに何があったのかを聞くと、アリウス・ノーヴァの能力なのか、急にノイズ混じりになったヒバリの通信から何か言っていたが、ほとんど聞き取る事が出来なかった。
「わ、分かりません!!突然ユウが頭を抱えて叫びながら頭を打ち付けて…きゃあっ!!」
アリサが何があったのか説明する。その間、しがみつかれた事が鬱陶しかったのか、頭を打ち付けるのは止めたがその場で暴れだした。その内にユウキはアリサを突き飛ばし、再び頭を打ち付け始めた。
『止めてユウ!!』とアリサは再度止めに入るがユウキの自傷行為を止める事は出来なかった。
「くっ!!アリサ!!ユウを離脱させろ!!」
「は、はい!!」
リンドウの指示でアリサはユウキを何とか岩から引きはなそうとして引っ張る。そして指示を出したリンドウにアリウス・ノーヴァが片翼で斬りかかってくる。飛び上がって避けるが反対の翼で切り裂いてきた。
それを変形した右腕で防御するとリンドウは後ろに大きく吹き飛ばされた。そして飛ばされたリンドウを狙ってオラクル結晶を投げつけてくる。リンドウは空中で姿勢を直して向かってきた結晶を切り砕く。
勢いを殺しきれずに後ろにずり下がりながら着地すると、軽い頭痛を覚えて動きが止まったソーマの近くまで下げさせられていた。
「ソーマ!!行けるな!?」
「ああ、なんとかな!!」
頭痛に不快感を覚えながらもリンドウと共にアリウス・ノーヴァに向かって走る。
アリウス・ノーヴァは両翼を横に振ってリンドウとソーマを2人まとめて切り裂いてきた。だがソーマは踏み込んで更に加速し、スライディングで両翼の下を潜り抜け、リンドウは右腕で両翼を防御する。
翼による攻撃を防御したことで一瞬アリウス・ノーヴァの動きが止まる。その間にスライディングでアリウス・ノーヴァの左側に抜けたソーマが体勢を整えて、標的の横腹に全力の逆袈裟斬りで強烈な一撃を与える。
『キィンッ!!』
「なっ?!」
「弾かれた?!」
しかしその一撃は甲高い音を発するだけで、アリウス・ノーヴァには何ら傷を付ける事はなかった。
今まで通った攻撃が通らなくなった。ソーマが驚いて一瞬動きを止めた隙に、アリウス・ノーヴァが片翼を勢い良く戻して、翼の付け根でソーマの側頭部を殴打する。
「ぐぁぁぁあっ!?」
「ソーマ!!こいつ!!」
ソーマが殴れ、勢い良く倒された。それを見たコウタがその隙をカバーするため、オラクル弾を連射する。
しかしアリウス・ノーヴァが地を蹴ると、その衝撃で地面にヒビが入る。その結果、アリウス・ノーヴァはかなりの速さで動き、オラクルが着弾する頃にはもうそこには居なかった。
「な、何だよ!!さっきよりも全然速いぞ!!」
コウタが構える銃口がアリウス・ノーヴァを追いかけても追い付かずに当たらない。相手の動きを予想し、その場所に撃っても加速、減速を繰り返してまったく当たらない。しかも戦闘を開始した時よりも動きが速く、複雑になってきている。銃撃が当たらないことに焦りを覚え始めたコウタだったが、逃げるアリウス・ノーヴァを追うように撃ち続け、その後アリウス・ノーヴァの目の前に発砲する。するとアリウス・ノーヴァの動きが一瞬止まる。
「そこっ!!」
その隙をサクヤは見逃さず、一瞬だけ止まったアリウス・ノーヴァの眉間を撃ち抜く。
しかしアリウス・ノーヴァは姿勢を変えて、片翼を前から後ろに引きながら狙撃弾を切り捨ててみせた。
「そんな?!」
確実に当たる。そう思っていたが、アリウス・ノーヴァの超反応とも言える動きにサクヤは驚愕した。そして今度はサクヤに隙ができると、アリウス・ノーヴァは真っ直ぐにサクヤに突っ込んでくる。
両翼を前に出して切り裂いてくるのを、姿勢を低くして右前に飛び込む事で辛うじて潜り抜ける。しかしアリウス・ノーヴァは左前足で虫を払うかの様な動作でサクヤを弾き飛ばす。
「きゃあっ!!」
「サクヤ!!テメェッ!!」
リンドウが怒りを露にしてアリウス・ノーヴァの左から攻撃するが、アリウス・ノーヴァはリンドウから離れる様に横に跳ぶ。そして跳びながら左の翼を横に振って斬りかかる。
しかしリンドウはジャンプしながら右腕を人の腕に戻して翼を掴む。するとそこを支点にしてリンドウが横に回転しながら翼の上を通り抜ける。そして翼が真下に来たところで手を離し、右腕を再び神機に変形して回転中にアリウス・ノーヴァに斬りかかる。
『ブシャッ!!』
「コウタ撃て!!」
「了解!!」
リンドウの一撃でアリウス・ノーヴァの左肩に大きな裂傷が出来た。ダメージを受けた途端、アリウス・ノーヴァはリンドウの元から逃げるべく、走り出す。
対してリンドウは逃がすまいと、コウタに追撃の指事を出す。コウタが爆破弾を肩の傷に撃ち込むが、アリウス・ノーヴァはまったく気にする事なくコウタに向かって突っ込んできた。
「クソッ!!全然効いてないぞ?!」
先程リンドウが与えた傷の辺りを爆破しているのに怯むなり動きを止める気配はまったくない。それどころか爆発の嵐とも言える状況にありながら、両翼を前方に振りかぶり、コウタを両断しに斬りかかってくる。
「あっぶ…!!」
コウタはしゃがんで両翼を避けるが、眼前のアリウス・ノーヴァはそのまま姿勢を落として頭を下げ、足に力を込めていた。
(ヤベッ!!)
まだ攻撃体勢のままだと気が付き、コウタは危険だと察知する。
「ブッ?!?!」
アリウス・ノーヴァは逃げ場の無いコウタに体当たりを仕掛けると、コウタは勢い良く飛ばされた。
「ケハッ!?」
飛ばされたコウタは背中から壁に激突し、思考にノイズが走った酔うな感覚を覚える。
「まさか…時間切れ?」
「おぉぉぉあ!!」
突然アリウス・ノーヴァに攻撃が効かなくなった…その理由として考えられるのは、本来の防御能力を取り戻したからとしか考えられない。時間をかけすぎた。攻撃が通らなくなった事でサクヤの戦意が喪失し始めていた。
そんな状況でもアリウス・ノーヴァは決して止まる事はなく、動けないコウタに向かって走り出す。
しかしアリウス・ノーヴァの横からソーマが雄叫びと共に攻めてくる。
「攻撃が効かなくても…」
アリウス・ノーヴァは横からの攻撃を離れるように避ける。だがソーマはもう一歩踏み込んで、逃げるアリウス・ノーヴァとの距離を積めていく。
「足止め位は出来る!!」
攻撃は通らないが物理的に触れる事は出来る。ならば侵攻の妨害位は出来るとして、ソーマは再度神機を横凪ぎに振る。アリウス・ノーヴァの後ろ足に攻撃が当たり、足が縺れて体勢を崩す。
「リンドウ!!」
アリウス・ノーヴァの動きが止まった。この隙に唯一攻撃が通るリンドウがとどめのため、アリウス・ノーヴァの正面から先の肩の傷に向かって右腕を振り下ろす。
『キィンッ!!』
「なっ?!」
しかし甲高い音がしただけで、アリウス・ノーヴァには新しい傷は1つも付かなかった。更にはアリウス・ノーヴァが体勢を変えて翼で斬り返してきた。
「うぉお?!」
「まさか…リンドウの攻撃にも対応したのか…?」
辛うじて右腕で防御出来たリンドウだったが、攻撃された勢いに負けて体勢を崩してしまった。
(本当の時間切れ…打つ手無し…か?)
遂にリンドウの攻撃にも対応された。切り札を全て失い、ソーマまでもが戦意を失いつつある中でも、アリウス・ノーヴァは止まらない。体勢を直してその場で両翼を拡げながら回転して後ろにいるソーマに攻撃する。
「ぐぁっ?!」
辛うじて神機を構えて防御する。しかし装甲の展開は間に合わず、展開しきる前に装甲に翼が装甲を叩いてソーマごと弾き飛ばす。
そして遂にアリウス・ノーヴァは第一部隊を振り切ってユウキの元に走り出す。
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あぁ"…い"っ!!い"ッ!!い"がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"!!ア"あ"ァ"ァ"ァ"ァ"あ"あ"ッ!!」
どうにかして岩場からユウキを引き離し、自傷行為を止める事は出来たが、未だにユウキは強烈な頭痛に悲鳴をあげている。
膝立ちになり頭を抱えて天を仰ぐ。動かせそうな体勢であるにも関わらず、アリサが引っ張ってもまるで地面に縫い付けられているかの様に動かない。
「"あ"ァ"ァ"ァ"ァ"あ"あ"ッあ…」
「ユ、ユウ?!どうしたんですか?!?!ユウ!!!!」
そんな中、ユウキは突然叫ぶのを止め、頭を抱えていた両手をだらんと投げ出し、さらには目はぐりんっと上を向いて、ほぼ白目になって動かなくなってしまった。
次々と豹変していくユウキの様子にアリサは戸惑い、何とか意識と取り戻させようと呼び掛けたり揺すったりするが、まったく効果がなかった。
そんな中、アリウス・ノーヴァはただのカカシとなったユウキに一目散に向かっていく。真っ先に動けるサクヤが追いかけるも、追い付けないと判断して狙撃弾を足に撃って動きを止めようとする。しかし本来の防御能力を取り戻したアリウス・ノーヴァには通用せず、逆にカウンターとしてオラクル結晶を飛ばしてきた。
「っくぅ!!」
サクヤは急ブレーキをかけ、後ろに跳んで避ける事は出来た。しかし足元に結晶が突き刺さりバランスを崩して倒れ込む。
「ユウ!!早く立って!!動いて!!」
「アリサァ!!ヤツを止めろ!!」
体勢を立て直したリンドウ、ソーマ、コウタがアリウス・ノーヴァに向かって走るが、既に距離が開いているため、追い付けない。コウタがオラクル弾を撃つが結局は攻撃が効かず止めることは出来ない。
リンドウがアリサに時間を稼ぐ様に指示すると、アリサは後ろ髪を引かれながらも立ち上がり、銃口をアリウス・ノーヴァに向ける。だが先にアリウス・ノーヴァが複数のオラクル結晶を飛ばしてきた。
咄嗟に避けようとするが、立ち位置が悪かった。アリサは今、ユウキとアリウス・ノーヴァの間にいる。ここで避ければ無防備なユウキに攻撃が当たる。アリサは剣形態に変形して装甲を展開する。オラクル結晶が自身の後ろに行かないように防ぐと、その間にアリウス・ノーヴァがアリサの前まで近づいてきていた。
「キャァッ!!」
アリウス・ノーヴァはそのまま止まることなくアリサを撥ね飛ばし、一目散にユウキ向かっていく。
「ユウ!!」
少々失敗したが、どうにか受け身を取った事で、ダメージは受けたが素早く立ち直る。しかしその頃にはアリウス・ノーヴァは既にユウキのすぐ近くまで来ていた。
「ユウ!!何してる!!」
「立てユウ!!逃げろ!!」
「早くしなさいユウ!!殺されるわよ!!」
「早く立て!!逃げろユウ!!」
「逃げて!!ユウゥゥゥゥ!!」
皆が逃げろと叫ぶが、ユウキは白目で天を仰いだまま硬直し続けている。動かぬ的となったユウキに、アリウス・ノーヴァは無慈悲にも飛びかかった。
「…クヒッ♪」
To be continued
後書き
リザレクション編の中ボス前半戦が終了しました。またユウキの迷いが仲間を窮地に追い込み、攻撃が効かなくなるというかなり最悪な状態になりました。そんな中ユウキがカカシ化したりと状況は悪くなる一方…第一部隊とアリウス・ノーヴァの戦いは…後半へ続く。(○子風)