サカキとヨハネスが支部長室で話をしている頃、ユウキは自室に戻ってサカキが落としたデータディスクを眺めていた。
正直、持ってきたはいいが本当に観ていいのもか悩んでいた。恐らくサカキは観ることを望んでいるのだろうが、サカキの口振りからは何か重大なデータが入っているようにもとれる。こうなると迂闊に観ていいのか少し考えてしまうが…
(…ええい!見ちゃえ!)
考える事に飽きたのか、半ば自棄になってディスクを挿入する。ターミナルを操作して中身を確認すると、中には動画ファイルが1つ入っているだけのようだ。
意を決して動画ファイルを選択すると、画面内に動画用のウインドウが画面に開く。すると映像が流れて、スピーカーから音声が再生される。
一瞬のノイズが入った後、映像が鮮明に映し出された。その映像に映っているのは、メガネをかけて褐色の肌をした長い黒髪の女性と手術衣を纏い、マスクをして顔の大半を隠した初老の男性、さらに手術台の上にはオウガテイルが横たわっている。
何かの研究か実験だろうか、グチャグチャと嫌な音を起てながら特殊な処理を施したメスで、男性が時間をかけながらオウガテイルの背中を切っていく。
『う、うあああぁぁぁ!』
突然オウガテイルの背中から黒い煙か液体の様なものが飛び出した瞬間、男性が悲鳴を挙げて倒れた。すると少しずつ男性が喰われていき、肉片となっていく。
『麻酔効いていないの?!』
『おい!こっち手伝え!』
今なら神機を使って解体したり、偏食因子を使った道具で身を守ったり作業をすることが出来る。しかしこの映像では、オラクル細胞への防御手段を取っているようには見えない。その結果、解剖中にオラクル細胞に触れて喰われる事故が起こった。
また、アラガミはオラクル細胞の群体であり、あらゆる物を捕食する。その為、麻酔などの薬品も効果が無いのだが、その事も今始めて知ったようにも思えた。
そこから、ユウキはまだアラガミの生態が解明されていない頃の出来事なのだろうと予測した。そんなことを考えていると、突如映像が横向きになる。その後、誰かが倒れた男に向かって走っていった。
カメラが倒れた事に全く気付いてないようで、相当慌てていたのだろう。カメラが倒れて少しすると、壊れたのか急に画面が乱れて映像が途切れた。
少し待ってみると、先程の女性と今よりも若く見えるヨハネス、ペイラーの3人が資料とコーヒーを傍らに何やら真剣な表情で資料を読んでいる。一瞬の間を置いた後、女性が話を切り出した。
『やはり資料を読む限りでは、成人への偏食因子を組み込むのは難しいわね…』
『投与しても、アポトーシスが誘導されづらいようだね。これでは人体細胞の変質に歯止めが効かなくなる。やはり胎児段階で投与して、遺伝子を変異させるのが一番確実なんじゃないかな?少なくともラットでは成功している。』
『これではせっかくペイラーが設計した生体兵器も使えない…マーナガルム計画もそろそろ人体での臨床試験が必要な段階だろう。』
偏食因子の投与に関する会議らしい。今では適合さえしていれば偏食因子を投与することは難しくない。さらにコンピューターで適合者を選別しているため、適合試験に失敗すること自体が少ない。
だが、こうやって今とは違う投与方法について3人がそれぞれ意見を出していると言うことは、何か特別な偏食因子の話なのだろうか。ユウキはそう考えながら画面を見続けている。
『原理が分からないものを、分からないまま使うアプローチ全てを否定する訳じゃないけど、P73偏食因子の研究は始まったばかり…倫理的にもまだ行うべきではないと思うがね…』
(…P73偏食因子?)
ユウキは始めて聞いた単語に疑問を持った。ゴッドイーターに投与される偏食因子はP53偏食因子であるはず。
ならば話に出てきたP73偏食因子とは一体何なのか?ゴッドイーターとはまた違う存在でも作り出すつもりだったのか?その計画の総称が『マーナガルム計画』なのだろうか?
疑問は尽きることがないが、映像はその間も先に進んでいるので、一旦映像に意識を戻す。
『1日10万人以上捕食されている状況で、そんな悠長なことを言ってられないだろう!』
『…なら、君がペッテンコーファーのように自分で試すと言うのかい?』
『ああ!それが合理的であれば試すさ!』
ペイラーの煽りに対してヨハネスが声を荒げて反論する。今のヨハネスと比べると熱血漢…とはまた違うが、どこか感情的になりやすい印象を受けた。
『ヨハネス…私の…私たちの子供に投与しましょう。』
『…本気か?いくら君の発案だからと言って、私たちの子供を…』
『誰かが渡らなければならない橋よ…それなら、私たちが…』
『し、しかし…』
ヨハネスとの子供…つまりこの女性はヨハネスの妻と言うことになるが、胎児段階での実験を、他の誰かに押し付けるくらいなら、自分達で実験をやろうと言い出したのだ。
一番確実と言われている胎児段階での投与でも大きなリスクがあることは分かりきっている。自らの子にそんな危険なリスクを負わせたくないヨハネスは決断を渋っている。
そんなヨハネスの返事よりも先にペイラー割って入る。
『合理的だけど、賛成しかねるね…』
『生まれてくる子供たちに…滅びゆく世界を見せるつもりはないわ。』
新しい世代の子供たちが希望を持って生きていけるように、アラガミに対抗策を早期に確立させるための決断だった。その言葉を聞いた瞬間、ヨハネスの妻とペイラーは2人揃ってヨハネスを見る。後は彼の決断だけだ。
『私は…支持しよう。』
先程の言葉を受けて、しばらく考えた後にヨハネスが妻の案に賛成する。
『両親共に賛同か…説得の余地は無さそうだね…』
ペイラーがそう言った後、一瞬の沈黙が流れて再びペイラーが口を開く。
『ならば私は降ろさせてもらう。君達とは方法論が違いすぎる。』
言葉を発した瞬間、いつもと違う重苦しい雰囲気を発して声も低くなり、明らかに怒っている。恐らく倫理的な問題で納得していないのだろう。
『サカキ…』
『私はどこまでもスターゲイザー…星の観察者なんだ。君たちの重大な選択に介入するつもりはないよ。私は私のやり方で、偏食因子の研究を続ける。またどこかで交わる事もあるだろう。』
そういうとサカキは立ち上がって2人を見て最後の挨拶をする。
『それでは失礼。』
雰囲気や声の調子はいつものものに戻っていた。サカキの挨拶を最後に再び映像にノイズが入り、しばらくするとまた別の映像に切り替わった。
今度はヨハネスの妻が1人で映っている。今までの映像とは違い、白衣ではなく病衣を纏いベッドに座っている。そして最も目を引いたのが大きく膨らんだ彼女の腹部だった。
ホームビデオのようなものだろうかと考えていると、画面に居ないはずのヨハネスの声が聞こえてきた。
『気分はどうだ?』
『うん。体調も良いし特に問題ないわ。サカキから返事は来た?』
ペイラーにももうすぐ子供が産まれると報告はしたようだが、返事が遅いせいか不安そうな表情をしていた。
『安産のお守りが送られてきたが…音信不通のままだ…』
『そう…私たちが計画を強行したこと、まだ怒ってるのかしら…』
『今は考えるな…体に障るぞ。』
未だ明確に解明されていないが、妊婦のストレスによって早産や流産のリスクが高まると言われている。さらには胎児にも身体的、精神的疾患が表れる事がある。ヨハネスはこの事を危惧して、妻には可能な限り負のストレスを与えないように努めてきていた。
『…そうね。そのお守りは貴方が持っていて頂戴。』
『ん?…そうか、分かった。』
そう言うと彼女は微笑みながら愛おしそうに腹を撫でる。
『いよいよ明日ね…早く産まれてきてね、ソーマ。』
(ソーマって…まさか!?)
ヨハネスの手の届くところに居て、尚且つソーマと呼ばれる男を1人知っている。気になるがとにかく続きを見ることに意識を戻す。
『ソーマ?確かインド神話の…もしかして子供の名前か?』
『ええ。ごめんなさい。勝手に決めちゃったわ。』
『いや、人々に生きる活力と長寿を与える神酒の名…この時代に希望を与える者にふさわしい素敵な名前だと思うよ。』
ヨハネスの言葉を聞いて妻が微笑む。自分たけ名前を決めてしまったが、ヨハネスが気に入ってくれたようで安堵したのだろう。
『フフッ…ありがとう。明日はよろしくね。』
『ああ。』
一瞬画面が縦に揺れた。恐らくヨハネスがうなずいたのだろう。どうやら予定日はこの映像を撮った次の日のようだ。ヨハネスの妻の幸せそうな表情を最後に、再び映像が乱れて別の映像に切り替わった。
今度はヨハネス1人のようだ。一瞬近くの端末から手を引くところが見えたので、自分で遠隔操作しているのだろう。
だが、さっきまでのヨハネスとは雰囲気が違い、今のヨハネスと同じ冷静沈着でどこか冷めた雰囲気だった。
『やあ、ペイラー久しぶりだね。君も知っての通り、あの忌まわしい事故でマーナガルム計画は事実上凍結された。あの事故で生き残ったのは、産まれながらに偏食因子を持ったソーマと、君からもらった安産のお守りを持った私だけだった。』
(じゃあ…奥さんは…)
ヨハネスのことだ、事は正確に伝えるだろう。そうなると、生き残った人間を報告するとき、ヨハネスの妻の事を言わなかったのはその事故で亡くなったと言うことだろう。
一体何があったのか、どんな事故だったのかは分からないが、とにかく悲惨なものだった事は容易に想像できる。
『君が作ったお守りの技術が、今や人類をアラガミから守る対アラガミ装甲壁になるとは…科学者として、君には敵わないと痛感したよ…恐らく君は、こうなることを予見していたのだろう?』
(なるほど…この事故が原因で技術屋を辞めたのか…)
ユウキはメディカルチェックの時にあった、ペイラーとヨハネスの会話を思い出した。かつてはヨハネスも技術屋として活躍していたが、彼の関わった『マーナガルム計画』は失敗し、多くの者を失った。
対するペイラーは人類を守る対アラガミ装甲壁を作り出し、さらには事故を予見してお守りを作ってヨハネスを守ったのだ。
隣に居ると思った友人が、自分では手の届かない高みにいるのだと思い知った瞬間、自らの技術力に自信を失い第一線から退いたのだろう。
だが、事故を予見していながら止めに来なかった事を普通なら怒るのだろうが、画面に映るヨハネスにはそんな様子はなかった。恐らくペイラーの傍観者『スターゲイザー』としてのスタンスを理解しているからだろう。
『フッ…安心してくれ。君を責めるためにこのメールを送ったのではない。私は近々、フェンリル極東支部の支部長に任命される。そこで再び君の力を貸してほしい。報酬は研究に必要な十分な費用と、神機使い…ゴッドイーターにまつわる全ての開発統括だ。そうだ、君にまだ息子を紹介していなかった。まあ、そう言うわけで、近々挨拶に行くよ…それでは失礼。』
映像が乱れて次の映像に切り替わる。今度は動画ではなく、ポップなタッチで描かれたサカキとオウガテイルが左右にそれぞれ描かれていて、画面の中心には文字がかかれている。
『このディスクを拾われた方は、ペイラー・榊の研究室まで届けてください。…まさか中身は見てないよね?』
(…これ、最後に書いたら意味無いんじゃ…?)
本当に見られたくないのならこのような注意書は最初に書いておくものだろう。それをわざわざ最後に書いている辺り、見せることを目的としているようにも思える。
(博士って…時々何がしたいのか分からない事があるからなぁ…)
結局、途中までシリアスだったのに最後の最後でなんとも締まらない映像を見終わって、ディスクをターミナルから取り出す。
ユウキはそのままディスクをペイラーに返しにいくためにラボラトリに向かった…が、時計は既に午後7時を回っており、夕飯もまだ摂ってない。こんな時間に行くのは少々不躾かと思い、ディスクを返すのは明日にして食堂に向かう事にした。
色々と気になることはあったが、まずは夕飯を済ませる。その後はいつも通りに日付が変わった後も訓練室に籠っていた。
-ラボラトリ-
ユウキが訓練室に籠っている頃、ヨハネスは深夜にも関わらずペイラーに呼び出されてラボラトリにいる。仕事が残っていた事もあり、夜遅くに呼び出されたら普通は怒るだろう。
たが、ヨハネスはそんな素振りを見せることなく、いつもと変わらぬ様子でペイラーに用件をたずねる。
「やあ、ペイラー。こんな時間に私を呼び出すなんて一体何の用かな?」
「…最後の確認だ。考え直す気はないのかい?」
ペイラーはいつもと比べて低くなった声でヨハネスに何かを確認する。その様子は真剣そのものだった。
『考え直す』…つまりは何かやってはならない事を企んでいると言うことになる。だが、エイジス計画の基盤となる極東に住む民間人の全員収用すると言う目標が達成されるところで何か不祥事を起こすと、周囲は反発し、エイジス計画に支障が出るのは確実だろう。
ヨハネスがその可能性を考えていないとは思えない。何をするつもりか分からないが、エイジス計画を推奨することを考えれば考え直すべきだ。
「計画は最終の段階に入りつつある。今さら止める事など出来ない。」
それでもヨハネスは止まる気は無いらしい。ペイラーの問いにヨハネスはいつもと変わらぬ口調で答えた。
「そうか…なら君にいい知らせだ!」
その言葉を聞いて、ペイラーの様子が変わっていつもと同じ調子になる。
「民間人からの情報なんだけど、旧イングランド地域で非常に強力なコア反応を示すアラガミが現れたらしいんだ。」
「特異点か?!」
ヨハネスがあからさまに話に食い付く。確かに計画の要となる特異点かも知れないアラガミのコアが見つかったとなればヨハネスとしては食い付かない訳にはいかなかった。
また、ペイラーもペイラーでこの情報がヨハネスの計画を加速させると分かっていても、それを止めることなく、彼からの依頼をこなす。どんな結末を迎えるか見届けるつもりなのだろう。あくまで傍観者と言う立場を崩すつもりは無いようだ。
「さあ、そこまでは分からないよ。実際に調べた訳じゃないからね。しかもあそこは本部の直轄地域…私でもなかなか手が出せなくてね。」
ペイラーも実際に見たわけではなく、民間からの情報しかないのでフェンリルの情報網にも正確な情報もない。空振りする可能性があるが、万が一と言うこともある。少々悩んだ後に決断を下した。
「…分かった。しばらくの間ヨーロッパに飛ぶ。留守を預かってもらえるかな?」
「了解。まあ私はいつも通り、自分の研究を続けさせてもらうけどね。」
「仮にも支部を預かるのだから、皆の面倒も多少は見てほしいのだがな。」
ヨハネスが呆れたようにペイラーに苦言を呈する。支部長不在の間、仮にも支部のトップとなるのだから、最低限でいいのでそれなりの事をして欲しいというのがヨハネスの本音だった。
「それはヨハンの仕事じゃないかな?私が任されたのはあくまでゴッドイーターの開発統括だからね。」
「…まあいい。ともかく当分の間、支部の事は任せる。」
「ああ。気を付けてね。」
部屋を出ていくヨハネスを手を振りながらペイラーが見送る。
「行ったようだね…研究の障害が少なくなって助かるよ…」
ペイラーの黒い笑みを浮かべて、誰も居なくなった部屋で意味深な言葉を呟いた。
To be continued
今回はあまり原作と変わらないものになってしまいました。…大丈夫かなこれ?
神機の起源やソーマの名前の由来はアニメから引っ張ってきました。素敵な理由だったので絶対この話に入れたいと思ってました。
博士が最後まで黒かったのは気のせいですかね?
次回以降、しばらくはソーマ関係や神機関係の話が続く予定です。