身体の向きを変えサリスに向かって歩く。拳には自然と力が入り、ミシミシと自分で音が聞こえる。
横からはリリアが魔法を放つが、防ぐ事はしない。
直撃を受けても尚歩みは止めない。
「シャドウセイバー――」
前方ではサリスが闇魔法のシャドウセイバーを放つ。
漆黒の剣が幾重にも重なりサリスの前に出現し、それが風を切り裂くように連続で襲い掛かってくる。
勿論避ける事など最初からせずに歩き続ける。
「邪魔だ――」
只その一言だけ言うと、身体に直撃する寸前に全ての剣に合わせて左腕を振る。
振った腕はシャドウセイバーに触れ、全ての鋭利な刃を持つ剣が左腕に刺さっていた。
しかし切断は勿論、出血さえもなかった。
「おかしい。おかしいですわ!
ワタクシ達プレイヤーでも一人ではサリスに勝てませんのよ!
それを避ける事もしない、怪我もしないなんてどういう事ですの!?」
後ろでサキュバスは見て驚嘆の声を上げていた。
行動がプレイヤーからでさえも逸脱していると感じての発言だろう。
「視界が遮られるのが面倒だからな。」
一々説明をする義理もないので適当に流した。
身体に触れれば魔法の判定は入るため、それを利用して全ての剣を言葉通り腕だけで処理した。というだけである。
本来はダメージ判定と、視界を奪う異常状態を与える効果を持つが、今の自分にとっては関係がない。
しかしサリスの表情はそれがどうしたという感じだ。こいつもまた自信があるのだろう。
それを見てこちらも悠々と歩く。左腕の剣は判定が終わると腕から消えた。
「サモン・ナイトメア――」
サリスは黒い魔法陣を身体の正面に展開する。
魔法陣は液体が垂れるようにして崩壊し、地面の上で黒い水溜まりのような物に変化した。
その水溜まりは徐々に人のような形状となり、やがて全身黒に統一された蝙蝠の翼のようなものを持つ人型少女の姿を取る。
「召喚魔法か、目障りだな。」
「イケ。殺シテコイ。」
機械じみた声の命令と同時に、ナイトメアと呼ばれる召喚された眷属はこちらへと向かって、翼を羽ばたかせて直進軌道で突進してくる。
そのままナイトメアは右手を振りかぶりこちらの肉体に対して胸元に鋭利な爪を突き立てた。
ナイトメアの後ろで不敵な笑みを浮かべる表情のサリスが目に入る。
一々優越感に浸らないと我慢できないのか。NPCとは自己顕示欲の塊なのだろうか。
しかしこいつ等は自分が誰か知らない。
それがどうしたという感じで、爪を突き刺したナイトメアをそのまま抱きしめるように両手で包み込む。
ギリギリとナイトメアを締め上げ一定の力を込めたところでナイトメアは形状を維持できなくなり弾け飛んだ。
「手品は終わりか?こないなら俺からいくぞ。」
予想外だったのだろう。身の危険を感じたのかサリスは後ずさる。
近づくと同様に一歩。また一歩と。
「そうだよな。ナイトメアは普通だとお前の切り札の一つだったよな。
基本的にお前よりこの世界の人間は皆弱い。
プレイヤー達でさえ一人ではお前には敵わない。
だから力任せに己の力を振るえば全てカタがつく。
お前はNPCだそうだが、戦略も戦術も理解していないクソのような攻撃をしていれば勝手に対峙した人間は死んでいくわな。
どうした?逃げてもいいんだぞ?逃げ切れるつもりならな。――」
「リリアちゃん!離れてな!」
突然の来訪者にサリスと共に視線を声へと向ける。
声の先には、シェーラと茶々丸が記憶にある騎士団や冒険者であろう人間達を引き連れ現れた。
「クソが!シェーラ!茶々丸離れろ!リリアは今操られている!」
「なんだって!?」
想定していなかった事態になり怒声をシェーラ達に向ける。
「リリア、街ノ人間ヲ殺セ。」
「嫌!みんな逃げて!」
その声を聞いたサリスは醜い笑いをこちらに向けた後、身体の向きを変え行動を始めた。
そのまま杖を掲げ魔法を唱える。
リリアはリリアで街の人間に攻撃魔法を放つ準備を始める。
「魔法使いは防御魔法を張れ!騎士は盾を使え!他の人間はすぐに治療できるように準備しろ!何があっても絶対にリリアを人殺しにさせるな!――」
「メテオレイン」
「エクスプロージョン」
シェーラ達に伝えると、一人と一体の魔法は唱えられた。
サリスの発動までに数秒要するその魔法は、宇宙からいくつもの隕石を雨のように降らせ、着地点を爆撃する範囲型魔法だった。
唱えた魔法は、あろう事かこちらではなく、魔法をシェーラ達に向けているリリアだった。この範囲ならば例えリリアが正気であっても逃げる事は不可能だ。
リリアの魔法が発動したと同時にリリアを仕留める算段だろう。多くの人間と一人の少女、どちらを守るのを優先するか一瞬の戸惑いが判断を鈍らせた。
「しまった!」
その言葉と共にリリアの魔法が完成し大きな熱の爆発が街の人間を襲った。
それを見てすぐにリリアにマジックリフレクトを唱える。
マジックリフレクトの発動に合わせ間髪入れずサリスが唱えたメテオレインがリリアを襲う。
二つの魔法が炸裂した後には、巻き上げられた土が周辺の視界を奪って、敵であるサリスですら行動が止まっていたようだ。
「リリア!大丈夫か!?」
姿が見えないリリアに対して心配となり声をかけた。
「私は大丈夫……でも……街の人達が……」
「っ……」
リリアの力の抜けた言葉に何も言えない。
わかってはいた。リリアは悪くない。
しかし、街の人間にいくら準備しろと言ったところでいきなり統率が取れるわけがない。
それに統率が取れてたとしてもそこそこ威力を持った魔法であるエクスプロージョンを防ぎきれない人間は出てくるだろう。
リリアは自分が殺したときっと責める。予想するべきだった。シェーラや茶々丸も同様にリリアを救いたい気持ちには変わりなかった事に。
「痛てててて。何とか間に合ったようだね。」
その声は場違いな程マイペースなシェーラの声だった。
「リリアさん。マモルさん。こちらは大丈夫です。シェーラさんがみなさんを守ってくれました。」
「と言っても大事な商品が一つ壊れちまったけどね。リリアちゃん強すぎだね。まいったよ。」
「みんな!」
シェーラと茶々丸はシェーラの何かしらのアイテムによって周辺を守り切ったようだ。その声を聞いたリリアは安堵の声音に戻っていた。しかし安心してはいられない。
生者に恨みを持つ者よ 死者の世界の魂よ
我が力を以て今こそ機会を与えよう
有象無象のゴミ共よ 貴様らの力 今こそ我に示せ
この詠唱は!?ヤバイ!
「シェーラ!茶々丸!リリアは今自分の意思で動く事ができない!それにマジックリフレクトでサリスの攻撃を跳ね返したが、あの程度であいつは死なない!」
「ならどうするってんだい!」
「助けたい気持ちは理解できるが、サリスの戦闘に参加はするな。
俺がやる。信じろ。だからお前らは全力で防御を固めろ!リリアと雑魚共を頼む。」
「わかったよ。そのクソ野郎に後悔させてやりな。」
「わかりました。あなたに任せます。だからこちらも信じて任せてください。どうぞご武運を。」
土煙が徐々に晴れ、辺りに視界が戻る頃にはサリスの魔法は完成していた。
現れたのは巨大な鉄でできたような高さ5m程で横5m程の四角い扉がサリスの前にあった。
ゆっくりと扉が開き、中からアンデット属であるモンスターの群れが少しずつ湧き出していた。
早く処理しないと時間がかかれば掛かる程強いモンスターが出てくるのだ。
プレイヤーが苦戦する一つの理由でもある。
本来は第二形態にてこの魔法は使用される。
強力になった本体、そこに戦力を裂いてしまうとアンデットの波によって押し切られ、
逆にアンデット達を相手にしていると本体から強力な魔法が放たれるのが仕様だ。
しかし相手は今はまだ第一形態。
その状態での発動など一切考慮していなかったのだ。
しかしこうなっては仕方がない。
一緒にプレイしていたフレンドなど、頼れるPTメンバーなど今の自分には居ない。
ならばやるべき事は本体を仕留めるしかないのだ。
術者であるサリスへと攻撃を定めて駆け出し、その身体に高速の両手により打撃を叩き込む。
メキメキと鉄で出来た鎧の上から打ち込んだ攻撃は、鎧をひしゃげながら原型を潰していく。
一発打てば野球ボウル大の大きさの凹みができ、二発撃てばべコリと大きく穴を開ける。
しかし、何かがおかしかった。手応えがあまりにも無い。
ステータス自体はMAXにしていないのだ。本来なら反撃してきてもおかしくないのだ。
「クソ!やられた!どこだ!」
トドメの一撃を入れてドサリと前のめりになった死体を踏みつけながら周囲を探す。
街の入り口ではシェーラや茶々丸達がリリアやモンスター達と戦っているが、見つけられない。サキュバスは相変わらず大人しくしていたので関係ないだろう。
「身代わりがあるって事はまだ近くだ。」
独り言のように吐き捨て、目を凝らす。この死体は忍者の分身の術同様、本体の能力の劣化版ゴーレムだ。
土煙が舞っている時にでも発動させていたのだろう。
リリア達が心配で気付くのが遅れてしまった自分のミスだ。
すると目を凝らしているとゴーレムのすぐそばに緑色の液体が空中からポタポタと一滴一滴落ちていた。
はは。リリアの負けん気に感謝すべきだな。じゃなければこれは流石にわからなかった。
空中から落ちていた緑色の液体がある方へと意識を向ける。
「インビジブル」
サリス同様にその場で姿を消す。
これで向こうからこちらの位置は不明だろう。
そして本来こちらからも相手の位置は不明だ。
ゆっくりとサリスが居るであろう場所へと近付く。
やがて血の滴る近くまで近寄り両手で抱え込むように抱きしめた。
するとしっかりとそこには感触があった。
姿は消しても質量は消えない。
「ははは。やっと捕まえた。」
「ナゼッ!?」
「お前がナメてる人間の力だよ。――共振」
逃げようともがくサリスに対して武闘家スキルの『共振』を使う。
密着した相手の肉体内部にある水分に対して振動を仕掛け、肉体の内部から破壊するスキルの一つだった。
既に二人の姿はお互いが触れた事によって周囲から見ても目視できるようになっている。
サリスは、口や鼻、目という見える穴から緑色の血が霧状に噴き出した。
見えていない部分の耳からも同じように出血しているだろう。
「人型であったのが災いしたな。お前がスケルトンなら水分は無く効果が無かっただろうがな。
人型である以上中身の70%は水分だ。その水に対して振動を起こし正常な機能を奪った。
どうだ?理論上だと頭の中身まで激痛だろ?
元居た世界でも相当にエグイ攻撃方法の一つなんだよこれは。」
「ガッ!クッソ!ラッ――ライティング!」
「ちっ。クソが……」
至近距離でライティングを使われた。
持続効果を受け付けないが、単純に瞬間的な人間の生理機能で目を瞑ってしまう。
ダメージや異常という効果はなくても、サリスが意図していたかは不明だが生理機能を突かれるというのは予想外だった。
目を手で覆うために一度サリスを放してしまったのだ。
ライティングの眩しさはすぐに消え、視界にサリスを捉える。
サリスはこちらと距離を取り魔法を唱えようとしていた。
「クソガァァァァ!!――メテオレイン!!」
ここまで追い込まれるとは想定していなかったのか、それは苦肉の策だろう。
街の人間を狙ったメテオレインだ。
巻き込まれれば一撃で命を落とすのは明白だった。
今からあなた達は死にますと宣告されるようなものだ。
ただし、それは直撃すればの話である。
「ミラーウォール。」
サリスの魔法が発動しきる前に、街の人間達に向かって左手を引き上げるようにして、魔法を腕で撫でるように唱える。
リリアは先程のリフレクトの効果がまだ残っているだろう。
透明な魔法を跳ね返す鏡の壁が街の人間達を全方位で囲った。
単体のマジックリフレクトより範囲型の為に効果は落ちるが、それでもこの程度ならGMのステータスで放てば問題が無かった。
サリスによって放たれた多量の隕石は敵味方を関係なく爆撃する。
エフェクト設定によって発生する物だろう、爆音を響かせ地面は深く抉れた。
煙が晴れ視認が可能となったものを見て、リリアを含む街の人間達は動揺の声をあげる。同じようにサリスも動揺しているようだった。
ミラーウォールに囲まれた人間達は、死人はおろか、けが人さえいない。
しかしモンスターの群れは一気に激減していた。
「ナニヲシタ。」
「今の魔法は俺が防いだ。簡単なことだろ?」
サリスはそんなバカなという表情をしている。
「なぁ。お前さ、お前は確かに強いんだよ。普通はな。
でもな、お前は【今】誰を相手にしてるかわかってるのか?」
「ナラコレハドウダ――」
話しを無視して何かをしようとしたサリス。その瞬間にサリスの左肘から先が宙を舞った。勢いよく飛んだ左腕は数回転してボトリと地面に落ちる。
「お前ら言ったよな、人間風情がって。人間の強さを教えてやる。
それは茶々丸へプレゼントしたお返しだ。感謝して受け取れ。」
「チッ――」
舌打ちのような物をしてサリスはこちらに背を向け走り出した。
「はは。お前を逃がすはずは無いだろ!
プレゼントのお返しは3倍返しが社会じゃ常識だ。知らないのか?――氷斬波(ひょうざんは)」
右腕をサリスに向かって地面に垂直になるよう全力で振った。
武闘家スキルの闘気に属性を乗せて射出する攻撃するスキルだ。
サリスは地面を走る氷属性の氷の刃によって、背中から杖を持っていた右腕と左腕の肩口から切り飛ばされ倒れ込む。
先程サリスの肘から先を切り飛ばしたのもこのスキルだ。
「どうだ?3倍返しは。もっと喜べよクソ野郎。
それにこんな程度でお前を許すはずがないだろ。
身体の傷は治ってもリリアの心に与えた傷は治らないんだよ。」
腕が無くなったせいで、上手く立ち上がれずに地面でモゾモゾした後、再びサリスは立ち上がった。
それでも背を向け逃走しようとしたサリスに対し、一気に詰め寄り背後から腰に向かって飛び蹴りを入れる。
無防備な状態で直撃を受けたサリスは、そのまま蹴り飛ばされ1m程前方に飛ばされる。
「リリアはな、人間を守る為にお前らと戦ってたんだ。
わかるか?戦って死ぬなら俺も理解できるさ。弱肉強食だ。
許す許さないは置いといて俺も一定の理解は示そう。
彼女だって覚悟を持って戦場に立ってるだろうしな。」
懸命に立ち上がろうとするサリスに歩み寄りながら、説明するように話しかける。
「ただ、その守る為の力を利用され、本来守ろうとした人間に強制的に力を向けさせられたんだ。
大切なものを守ろうとして身に着けた力を、自分の意志じゃなく抗えない強引な力によってな。」
こちらを向いて立ち上がったサリスの顔面に、全力の拳を叩き込んで浮いた顔をそのまま地面に後頭部から叩きつける。
同時に何かが爆発したような衝撃と共に風によって土煙が舞う。
「さぁ、どうした?早く逃げろよ。
それとも好きなだけ魔法を撃ち込ませてやろうか?
リリアと違って身体の自由が効くだろ?意志を持ってるんだろ?」
「ギギギ!」
そのまま兜のような帽子を掴み上げサリスを強制的に立たせて手を離す。
フラフラになったサリスは、ノイズのような声を出し体当たりでもしようという感じで前傾姿勢を取るが、それに対し間合いに入ったと同時に、下あごから天に向けて右足のつま先で思い切り蹴り上げる。
鈍い音と共に仰け反ったサリスに、一歩踏み出し隙だらけになった腹に対して回し蹴りを放つ。
サリスは腰の力を入れた蹴りをまともに腹に受け、そのまま身体を後ろへと押し込まれながらたたらを踏み、口から緑色のドロリとしたものを吐いた。
「どうだ?苦しいか?でもな、トドメを刺すにはまだちょっと早いんだ。もう少し付き合えよ。――フェアリーサークル」
そう言って少し距離が開いたサリスに体力回復の魔法をかける。切り飛ばされた両腕は元に戻り、身体に受けていた傷はすぐに癒された。
「なぁ、少しでも子供の心に傷を付ける重さを理解できたか?
自分の力では絶対に敵わない、圧倒的暴力によって蹂躙される側の持つ恐怖という感情を理解したか?」
「殺シテヤル」
サリスは体力を回復され、戸惑ったような素振りを見せた後、こちら睨んでそう言った。
サリスが何かしようと身構える。逃げる事を諦めたのかどうかなど、さして興味もなかった。
逃げても殺すし向かってきても殺す。過程は違えど結果は同じだったからだ。
腕が戻った事により杖を手にしたサリスは、魔法を唱えるため杖をこちらに向けようとする。しかし対象として補足される前に力強く地面を蹴り懐に飛び込んで両手で顔を掴む。そのまま左足で地面を蹴り上げ右膝を折りたたみ、顔面に向かって飛び膝蹴りをおもいっきり打ち込んだ。
サリスは左手で鼻を抑えて再度数歩たたらを踏む。
地面には指の隙間から、鼻を潰されたことで緑色の血のようなものが滴り落ちる。
鼻を潰されたサリスは整った顔の面影など一撃で無くなっていた。
「そうか。わかったのか。それをお前はまだ子供のリリアにしたんだ。」
聞いているのか聞いていないのか、理解しているのか理解してないのか、そんなもの今の自分とってはどうでもよかった。
それでも独り言のように話しかけ、コンソールを弄りながら攻撃力を上昇させる。
「ギギャ!」
「そうかそうか。俺にはお前の気持ちは理解できないな。それにな、一つ言いたいんだが……」
よくわからない叫び声を上げたサリスに対して、適当に相槌を打ちながら大きく息を吸った。
「お前が本当に理解できるわけないよなぁー!
お前は人間じゃなんだからさぁー。
お前はモンスターでリリアは人間なんだ。お互い理解できるわけがないよなー。」
殺意を込めた言葉を吐き捨て、怒りのままに思いっきり踏み込んだ。
その大雑把な踏み込みに対してサリスがピクっと反応する。
迎撃しようとしたのか勢いよく杖を横に薙ぐ。
しかしその攻撃は虚しく空を切るだけだった。
本気を出したGMにこの世界の誰が敵うというのだろうか。
ただでさえ素人が持って最強のステータスだ、それに本来プレイしていた頃の職業スキルとは違う、単純な腕の差というプレイヤースキルを持っている。
そのためサリスが攻撃する瞬間を見逃さなかった。
サリスの攻撃に合わせるように身体をしゃがませ、両手を地面に着きながら一回転するように右足で足払いをかける。
足元を掬われたサリスは空中に横一文字となる。
そのまま足払いから連撃を入れる。払った足を元に戻し、立ち上がりながら残った遠心力を利用する。
左足を使い、空中で水平になっているサリスの腹に向かって真上に全力で蹴り上げる。
パンチングマシンを殴った時のような音を響かせ、サリスの身体はくの字を描きながら空に打ち上げられた。
緑色の吐瀉物を撒き散らしながらサリスは苦悶の表情を浮かべている。
「残念だけどな、お前と良い勝負をしてやるつもりはないんだ。俺が今からするのは一方的な暴力で、ただの報復だ。」
見上げながら落下してくるサリスを見て言った。
落ちてくるサリスはこちらの攻撃を予測して、杖と腕で防御を固める。
気にする素振りも見せずに、落下しながら防御姿勢を取るサリス目掛けてパンチを打つ構えを取る。
サリスが肩の高さに到達したと同時に、真横からサンドバッグをフックで殴りつけるように、単純な膂力によって放ったパンチを防御の上から打ち込む。
攻撃力を上昇させたパンチを受けたサリスは、落下から地面に到達する前に真横に殴り飛ばされた。
数メートル横に飛ばされ地面に落ちたサリスは、防御姿勢のまま横滑りしてやがて止まる。
息も絶え絶えというサリスは立ち上がり、ニヤリとこちらにゲスい笑った顔を向ける。
何か考えがあるのだろう。
両手を天に掲げると同時に自身の周囲に展開された幾何学模様の魔法陣が点滅する。
「ここにきて自爆魔法か。
だけどな、言っただろ?殺すって。それは自殺とは違う。
自分で死に方を選べると思ってるのか?」
コンソールを操作してアイテムリストから『石ころ』を選択する。
アイテムボックスから石ころが吐き出され、それを右手でキャッチする。
「なぁ、これ何だと思う?」
手に持った拳大の石ころを、お手玉のように上に投げながら問いかける。
サリスはそれでも勝ち誇った顔をしていた。
「自我を持ったお前に石ころを本気で使う人間なんて俺が初めてだろうな。
これはな、こうやって使うんだよっ!」
その石ころを距離が離れたサリスに投げた。ただ全力で投げた。
しかしそれで充分だった。尋常じゃない速度を伴った石はサリスの顔に直撃する。
石ころの投擲によって1~10の変動ダメージを与えるもので、速度は関係なかった。
サリスも特にダメージを受けていないようだ。
ただし、少しであるがダメージを受けた事により魔法の詠唱は中断される。
サリスは詠唱を中断されたことで睨み付けてきた。
それを無視して走り出し徐々に加速する。
サリスは錫杖をこちら向けようとするが、間に合わないと判断したのだろう。
防御姿勢を取ろうとした。だがその迷いは決定的なミスだ。
腹にガードをする前に鳩尾を撃ち抜くようにして右手でパンチを放つ。
そのパンチは攻撃力を上げた事、膂力だけじゃない腰の捻りを加えた重みの追加という本気の拳だ。
その攻撃はサリスの腹をいとも容易く鉄のローブごと貫いた。
「グ……グゴッ……クソガッ」
貫いた右手を抜く為に左手でサリスの胸を突き飛ばす。
「俺の事を殺すと言ったな。それは間違ってるぞ。ここで初めて理解できたか?
俺がお前を殺すんだ。」
突き飛ばされた事により倒れ込んだサリスの顔を、右手で掴み上げながら教える。
ミチミチと肉が千切れそうな音を立てているサリスの顔をそのままリンゴを潰すようにして握り潰す。
顔を握り潰されたサリスは果汁が弾けるように中身を撒き散らしながらピクピク身体を痙攣させ、やがて動かなり光の粒となって消え去った。