ん~、帰ってこないな。どうしたものかね~
リリスの家の改修も終わり、落ち着かない気持ちを抑え込みながらテーブルに肘を立て考えていた。
最初は誰かと仲良くなる気持ちは持ち合わせていなかったので、通信用アイテムである『コールイヤホン』をリリアに渡していなかったのだ。
プレイヤーとGMの関係ならば、プレイヤー名さえわかれば名は重複しない為、検索して違う場所に居るプレイヤーにも直接語りかける事ができた。
しかし、プレイヤーではないリリアに試してみたが繋がらない。
もしかして用事なのかと思い時間をズラして直通コールを試してみたが、それでも繋がらなかった。
念のため、リリスにも家の中に居てもらい、外からリリスに対して直通コールしてみたが、同じく反応が無かった。
多分これは何かしらの原因があるのだろうと考えたが、特段原因不明ばかりで特定する事はほぼ不可能な為に諦めた。
よし!帰ってきたらイヤホンを渡しておこう。これならいつでも連絡できるしな。
自分に原因があるだけに、取り繕うように頭の中で考える。
「それにしても本当に遅いですね。あの子は何をしているんでしょう。いつもならすぐに帰ってくるのですが。」
「あ、ああ。多分俺が気遣いできずに傷つけてしまったかもしれないんだ。
少し探してくるよ。」
対面に腰かけているリリスの心配する言葉に対して、いたたまれない気持ちになる。
買ってきた料理は手をつけられずに皿の上に盛られたまま湯気を立てていた。それに手を付けようなどという気持ちは一切起きない。
イスから立ち上がり、その場を後にしてリリアを探す為に街へと出た。
朝一をやっていた路地まで足を伸ばし、手をポケットに突っ込みながらどこにいるのだろうと目を細め周囲を見渡して探すが、人込みの流れの中でやはりリリアを見つけられない。
色々な場所を動きまわり探そうとするがここに来て更に問題に突き当たった。
確かここは、街としてのマップは存在していたがエリア外だったよな。
本来ゲームだった頃は入れない路地だった。
それが今はその指定エリア外にまで出れるようになっていた。
その現実に対して頭が痛くなる。
確認の為にマップをコンソールから操作して開くが、やはり自身の存在位置を示す点滅はエリア外で点滅していた。
路地の行きつく先はどうなっているのかも気になるが、それとは別に困った事がある。
大まかな街の作りは記憶しているが、細部は会社が管理し出してから、何度かバージョンアップにより他のプログラマー達によって手入れがされていた為、ただでさえ記憶があやふやだ。
そこに来てエリア外にまで行動可能となると完全にお手上げ状態となる。右手をポケットから抜いて頭を掻きながら、これならば最低限自分も手入れがされた工程だけでも、きちんと目を通しておけば良かったと悔やんだ。
そこから更に幾度か小さな路地を曲がると、視界の先にシェーラの後ろ姿が目に入った。
自身の黒デニムに黒シャツ同様、彼女は他の人間達と違い、怪しいアラジンの世界観を身に付けている服を来ている。
その為遠目からでも一目でそれとわかる外見をしていた。
彼女はどこかに向かおうとしているのだろう。自分と進む方向へと同じ進路をとっているため、普通に歩いていては距離は縮まらない。それを考え大きく息を吸い込む。
「シェーラさーん!」
シェーラに聞こえるように少し声を大きくして声をかけた。
シェーラは気付いたのだろう、足を止め、まるで何かを探している道に迷った子供のように、顔を左右に振り向けながら声の主を探している素振りをみせる。
もう一度大きく息を吸い込んで、ここですと言わんばかりに手を振りながらもう一度シェーラの名を呼んだ。
二度目で気付いたのであろう、左右に動かしていた顔は、こちらを正面に据え固定され、シェーラと目が合った。
どうしたの?という表情のシェーラに人込みを避けながら小走りで近付く。
「君は確か、リリアちゃんの彼氏候補君?」
「違います!リリアの連れ!」
思い出すようにシェーラの口から出た言葉は突拍子もない言葉だった。
膝から力が抜けそうになってしまったが踏ん張って立て直す。
「あら、そうなのかい?年頃の男の子と二人で居るなんて珍しいし、てっきりリリアちゃんの事が好きなのかと、リリアちゃんもまんざらではなさそうだったし――」
「あー、まぁ色々あって。それに俺は彼氏候補じゃなく名前はマモル。覚えておいてください。てか、そういう事じゃなくてリリア見なかった?」
本当にそう思ってるような口ぶりで話すシェーラに、いつ、なぜ彼氏候補になっているのか問い質したかった。
別に悪い気はしないが自分の理想の彼女は胸が大きく優しい女性が良い。
しかし問題はそんな事では無く今は人探しの最中だ。
呑気なシェーラの言葉を遮って用件だけ聞く。
「あー、あれから見てないよ。リリアちゃんがどうかしたのかい?」
「いや、あれからあいつを探しても見つからないんだよ。それで――」
「ははーん。リリアちゃんを怒らせた事が気になって探してるんだね?青春だねー若者。」
腰に手を当て顔を近付けてきたシェーラに対してドキっとした。
目のやり場に困りおもわずこめかみに汗が流れる感じがする。
図星の部分もあったが、それよりも綺麗な女性の顔を近付けられれば誰でもドキっとするだろう。それだけではない。
胸の谷間を強調された服によって否が応にも目がいってしまう。
これは男だと仕方がない。
意識しないようにすればするほど動きがぎこちなくなってしまうのが性だ。
「いや、まぁ探しているのは間違い無いけど……てかちょっとそれどうにかしてくれ。」
今にも背中から倒れそうになりながら、目を逸らしつつ腰を仰け反らせて伝えた。
本当は肩を押してその胸どうにかしてくれ、目のやり場に困ると言いたかったが、ほぼ初対面の成人しているであろう女性に対して、元居た世界の常識が身についている自分がそれを実行するのは社会通念上セクハラな為難しい。
その為左手の人差し指でそれを示した。
「それ?へぇー。こんなオバさんの胸を君は気になるのかい?嬉しいねー。なんなら直接揉んでみるかい?」
シェーラは指で示したものに対してゆっくり視線を辿り、気付いてから意地悪な笑顔を向けてくる。
その上でからかうように両腕で更に胸を挟みこんで強調した。
「うん。ちょっと恥じらいってものを知ろうかシェーラさん。」
シェーラのからかったような言葉に冷静になり、もうどうでもいいやという感じでシェーラの両肩を掴み押し戻そうとする。
「キャー!!」
その瞬間、遠くで女の悲鳴のようなものが耳に届いた。
遊んでいる時に出るような悲鳴ではない。
カップルがイチャついてる時に出すような猫撫で声のような悲鳴ではない。
勿論ビックリした時に出すような悲鳴でもなかった。
その声には恐怖の色を明確に内包している悲鳴だった。
「何かあったのか?」
シェーラの両肩を掴んだ状態の真剣な顔で、聞こえた方角に視線を向ける。
「さぁ、でもただごとじゃなさそうな悲鳴だね。行ってみるかい?」
「勿論。」
シェーラに視線を戻すと、彼女の顔からも冗談を言っている表情は消えていた。
付いてこなくても一人で行くという感じの言い方に、リリアの捜索は一度打ち切り悲鳴の聞こえた場所へ向かう事を決める。
二人で悲鳴の方角から逃げてくる人混みの隙間を縫いながら走った。
自分の事しか考えてない人達とすれ違いに肩がぶつかり、舌打ちをして睨みつけたくなる気分になるが、今はそんな無駄な事をしている暇は無いため気持ちを抑えて走る。
しかし、思ったよりも向かってくる人の波に押され、思うように進めずに時間を要してしまった。
既に現地に到着した時には、血の跡だけが血溜まりを作り、少し離れたところに白いガントレットを装備した人間の左腕部分。肘から先だけが落ちているのが目に入った。
「間に合わなかったようだね。」
後方から声を掛けてきたシェーラに振り向かず、しゃがみ込んだまま血溜まりを見ていた。
するとシェーラは隣まで来て同様にしゃがみ込んできた。
目を向けると多少肩で息をして、服から露わになった肌の部分には汗をかいているのが目に入る。
「これは思ったより酷い状態だと思う。それに出血した状態で動いたんだろう。血の道ができてる。このままじゃ危険だ。被害者か加害者か不明だけど確認が必要だな。」
「動揺しないんだね君は。」
「ははは。これ系には慣れてるから。シェーラさんは苦手なら来なくていい。」
「年下を置いて無視できると思うかい?ついてくよ。」
「わかった。ただ、危険と判断したら嫌でも離れてもらうけどな。」
グロ映画と呼ばれるものが好きで朝から晩までよく見ていたこともあり、グロ系には結構慣れている。
その為これが実物だとしても特に動揺はしなかった。
食べる為に生きている家畜を殺すのは可哀想だと感じても、サイコパス映画でサイコパスが人間を殺すのは何とも思わない。
感じたのはこんなものか程度のものだ。
それにシェーラを危険に晒すつもりはない。むしろ付いてこられると足手まといだった。
彼女がどのような強さなのかも知らないし、そもそも名前以外は何ができるのかも知らない。不確定要素が多すぎる為だ。
もし彼女がただの露店商なら戦闘能力は一般人と同等。
例え戦えるとしても、相手が何なのかも不明。
運に任せれるのは遊びだけであって、真剣な場所での運は出来る限り切り捨てたかった。
しかしどうこう言って長引かせるよりは早く移動したいのが本音だ。
これが被害者なら命の危険がある。逆に加害者なら周りにこのような事をする別の危険のあるものと判断できる。
死体が無い事から、自分で移動したか連れ去られた。
色々と頭の中で考えるが、結局この疑問を解決するには血の主であるものを探し出さないといけない。
二人は歩き出し血の道を辿る。血が垂れている場所を確認しながら。
しかし徐々に嫌な予感がして胸が騒ぐ。
何故ならば血の道がリリスの家の方角へと向かっていたからだ。
追跡しながら緊張が高まる。
一人ならば不安はないだろう。そもそも無敵に近いとさえ思っている。
しかし、一緒にいるシェーラの事を考えていると嫌でも神経がすり減らされる。
やはり連れてこない方がよかったかとさえ思えた。
それにリリスが居る場所へと血の跡は続いている。
問題が重なりその為に警戒度を数段階引き上げた。
「少し急ぐぞ。」
「え?ちょっと!」
シェーラに言うだけ言って走り始めた。
今はシェーラやリリスよりもこの血の主が何者かというのを最優先で確かめる必要がある。
色々考えた結果、リリスとシェーラ、他の住人達を考えると根本を対処する方が確実だったからだ。
走っていた視界の先に、やがてリリスの家が視界に入る。
あれは?白虎?プレイヤーはいないはずだが?
「リリス!!何があった!!」
視界にリリスの姿を捉えた。
それと同時に、誰だか知らない白虎を身に着けた人物が力無くリリスの身体にもたれかかっていた。
傍目からでは襲われている感じはしない。
しかし、なぜリリスにもたれかかっているのかも理由がわからない。
それによく見るとその男の左腕から先が無かった。
「おいお前!今すぐリリスから離れろ!一度きりの警告だ!!」
走りながら警告を発した。人は見た目によらない。
外見は子供でも凶悪事件を起こす人間もいるからだ。
それに自分は警察官ではない。適切な対処方など知る由もなかった。
しかし、警告を発したのに男は反応が鈍い。薬物中毒者かと思えるような反応だった。
危険だ。そう判断して一撃で頭を吹き飛ばして仕留める決意のもと、走りながら攻撃力を限界まで引き上げた。
下半身に力を込め地面を蹴る。蹴った勢いでそのまま飛び上がり、リリスに当たらないように後ろから男の側頭部に向かって本気の蹴りを打ち込む。
「待ってください!」
その声は予想外にも、白虎を着た人物を受け止めているリリスが上げたものだった。
リリスの声に静止され、空中で無理やり蹴りをしまい込んだ。それのせいか勢いを殺しきれずに、バランスを崩して受け身が取れない状態で地面に落下。
そのまま転がるようにして、あちこちに身体をぶつけながらしばらくして止まった。
「一体どういう事だリリス。」
身体に付いた付着物を手ではたき落としながらリリスに問い掛ける。
問い掛けている最中に息を切らしたシェーラもやってきた。
「全く。レディーを置いて先に行くなんて君は失礼な男だね。それに一体これはどういう事だい?」
同様にシェーラも状況が把握できずに同じ質問を口に出す。
「それが、丁度家を出た時に茶々丸くんを見つけて。それから意識を失ったんです。」
「知り合いか?」
「はい。」
「ならとりあえず治療が先だ。話は後からでも――」
「待って……ください。僕は、大丈夫ですから、話を……リリアさんを………」
「とりあえず座って動くな。すぐに治療する。――フェアリーサークル」
茶々丸に対して回復魔法を施すためにとりあえずその場で座らせる。
リリアという単語が出た為に話の内容が気になり先を急かしたい気持ちもあったが、見るからに瀕死の状態である無害だという人間を無視する程、自身は鬼畜ではない。
「これで問題ないだろう。」
フェアリーサークルにより茶々丸の肉体的傷は治った。
しかし、傷は治ったが見るからに精神的に動揺しているような状態だ。
「一体何があった?リリアがどうかしたのか?」
動揺している人間には堂々と促すのがいいだろう。
急かすような事はせず、安心して話せるようにするのが人生経験で得た教訓だ。
しかし、相当に悩むような事なのか、見るからにどう言えばいいのか口を開こうとしては噤み、言葉を発そうとしては考え込み悩むという素振りを見せた。
「いいさ。言いたい事があるなら言ったらいい。」
その言葉に後押しされたのか、茶々丸はゆっくりと口を開いた。
「リリアさんが……魔王軍に攫われました。トライアルの入り口で待っている。
そして昼までにあなたを呼んで来いと。来なければとリリアさんの死体を広場に投げ捨てると。」
「ふむ。それで?」
至って平静を装い相槌を打つが、内心は気が動転しそうだった。
少し離れただけでこのような状況になるとは思ってもみなかったのだ。
ここでも平和ボケしていたのだと痛感する。
そうだ、先日であっても二回も襲撃を受けている。
それに自我を持ったNPCが居るならば自身の判断で行動をする可能性だって十分にありえるのだ。
自我というのは人間と同じ、考えて行動を可能にする。
ならば先日の戦いでもし報復を考える輩が居たとしても何ら不思議ではない。
自身は最強であったとしても、周囲はそうではないのだ。
特にリリアなどこの街では強い部類だとしても、傍から見て自身が記憶している上位プレイヤー達と比較すると実力差は目に見えている。
相手がどんな輩かなど不明だが、正攻法で攻めてこずに人質など取られては自身にとっては手足を縛られたも同然だ。
むしろそれだけ考えるだけの知恵が回る奴らが相手ということだ。
「只の錫杖で突かれただけでわかりました。
だから、僕は命を捨てるつもりで敵に挑んだんです……リリアさんを、彼女だけでも守るために。
でも、それを嘲笑うかのように僕の全力は躱され、一方的にやられ腕は千切られました。
身体は動かず、助けてという彼女に僕は何もできなかった。黙って連れていかれるのを見ているしかできなかったんです。友達を助けるためにあなたを売るような事までして……」
ギリっと歯噛みして、まるで自分自身を責めているような、悲痛な表情を浮かべながら茶々丸が言った。
「わかった。」
それ以上は何も言わずに立ち上がり三人に背を向ける。
「僕を、責めないんですか?」
「あ~。やる事はやったんだろ?
それにな、後悔してると思うなら今自分にできる事をしたらいいんじゃねぇ~の?」
精一杯冷静さを装いながら自分に言い聞かせるように茶々丸に答えた。
こいつがどんな顔をしているのか今の状態では確認できない。
それに今は確認するつもりもなかった。
こいつはやれる事をやった。
責めるべきは茶々丸ではないだろう。
今度は自分にできる事をするまでだ。
「どこいくんだい?まさか一人で行く気じゃないだろうね。」
「あ~。大丈夫大丈夫。」
シェーラが気付いたように声をかけてきたが、感情を抑え込むように適当に背を向けたまま返事をした。
「リリアちゃんは私にとっても大事な友達なんだ。私もいくよ。」
「あ~。言葉が悪くてすまんシェーラ。今は余裕がないんだ。邪魔しないでくれ。」
シェーラの言葉を明確に拒否する。本来はありがたい申し出だ。
しかし今は自分に余裕が無いのがわかっている。
だから誰に何を言われても考えが変わらないだろうというのも理解していた。
「待ってください。一人はマジックマスター。サリスというモンスターです。
もう一人は先日のサキュバスです。両方とも喋ります。
恐らく自我を持つタイプのモンスターです。
いくらあなたが強くてもノートリアスモンスターであるマジックマスターがいる以上一人は危険です!」
「ああ。別に問題はないな。それなら二人とも適当に街でも守ってくれたらいいさ。」
茶々丸が心配したように声をかけてくるが、素っ気ない返事で流した。
これが普通の日本なら基本的には問題が無いだろう。
しかしここは人の命を奪うモンスターが蔓延る世界。
それを失念し、冗談という一言で傷付けたであろう事実と、自分が離れた事によってリリアに危険が及んだという事実に怒りと後悔が生まれる。
「とりあえず俺行くわ。」
その言葉を最後に街の入り口へと歩き出す。