GMという職業が負けるはずがない   作:高橋くるる

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「おはよう。」

「あら。おはようございますマモルさん。リリアはまだ寝ていますが、今朝食を作っているので少し待ってくださいね。」

「何か寝る場所まで用意してもらった上に申し訳ないな。」

 

リリスに感謝の言葉を述べ、そのままイスに着席する。

先日の装備は全て外している。さすがに素っ裸に近い何も装備していない状況ではまずいため、代わりにヤンキー漫画とコラボしたPvPイベント

『拳闘祭』で配布した装備、黒のデニムパンツと肌に密着する黒のロングTシャツを着ている。

 

まだ少し眠気が残るが、こちらの世界にきてわかった事がいくつかあった。

ゲームの世界が現実になったという事についてだが、眠気もその一つであり、先日リリスが作った何とかのスープという物にも味があり、満腹感もあった。

本来データの集合体である食事に対して、この味覚を与えるという現象は今の技術では説明がつかない。

神経に直接繋ぎ、電子部品を掛け合わせて感触を伝える医療や、脳に電気信号を流して技術をコピーする技術は2010年代半ばにある程度完成していたが、

ゲーム単体で完結するものに対してこのようなものが介在するのはありえなかった。

その為これらの状態を考慮するとやはり現実という認識なのだろう。

 

しかし、普段から適当な自分にとって、二日目だというのに今ではあまり気にしていない。

何故なら、海外にも住んでいた経験があると、仕事の事は気になるが、住む場所が変わったというだけである。

 

最初こそ混乱して気が動転したが、覚悟を決めモンスターと戦ってみてわかったのは、GM設定が反映されている自分にとってはむしろ元居た世界より何でもありになっていた。

そう考えると自然と気が抜ける。

 

「いえいえ。気になさらなくて結構ですよ。それにあんなに元気なリリアを見たのは久しぶりですし、私も嬉しくなりました。」

 

リリアはそう言って背中を向けながら料理を続ける。

先日は結局リリアの半ば強引な行動によってリリスの夕食をご馳走になり、そのまま行く当てもないという事で旦那さんが使用していたという部屋に泊まらせてもらっていた。

 

そこで何かリリスにお礼ができないかと考える。

何かをしてもらったらお礼を返すのが人としては当たり前の行動だろう。

 

「なぁリリス。何かお礼をさせてくれないか?

このままじゃ何というか、してもらってばかりじゃ悪いし。」

 

手持ち無沙汰な為、適当にコンソールを弄りながらリリスに声をかける。

 

「そうですね。それならそこの窓の上にある穴を塞がないといけないので何か街で適当に合いそうな物を道具屋で買ってきてくれませんか?」

 

言われて部屋にあった窓の方向へ歩き出す。

窓付近まで近づきよく見ると、確かに小さな穴が開いていた。

大人の指でいうと3本程入りそうな小さな穴である。

それ以外にもいたるところに小さなひび割れがあったり布のような物で目張りしている場所があったりする。

それを見て、開いていたコンソールをもう一度操作して目的の物を探し出した。

 

「リリス。これ、俺が直していいか?というか問題なければでいいんだが、この建物自体を丸ごと新品のように修復していいか?」

 

本来街のマップデータがあり、大きなオブジェクトとして存在する建造物なら、GM権限を使用して作り変える事が理論上可能だった。

ハロウィンやクリスマスなどの時期になると、イベント用にメンテナンスを挟み、街を丸ごと装飾する事もある。

実際の所はバックアップデータを別の端末に入れて、そこで街の建物のグラフィックデータを配置するだけというものだ。

その出来上がった街に対して、メンテナンス時に期間中だけアクセス先を変更するというのを行う。

これをバージョンアップや実装などと言って人を集める宣伝にしていた。

なので、元データさえあれば問題がなかった。その為コンソールにてデータベースから元データを引っ張りだして確認していたのだ。

 

しかし、流石に新品と取り換えるという言葉は言わなかった。

新品のようにと言葉を選んだのは、新品にするのは簡単でも物には思い出というものが詰まっているからだ。

ある人にはゴミのようなものでも、別の人によってはとても大切な場合がある。

それを知っているからこそ言葉を遠まわしに発言した。

 

「そんな事できるんですか?」

 

リリスは料理の手を止めこちらに向き直る。

 

「多分だけど、できるな。」

「そうでしたね。GM様でしたもんね。父や母にできなかった事もできるんですよね。

それじゃあお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

気にかかる言い方をしたリリスは納得したように了承した。

 

「なぁリリス。俺の事、いやGMや運営についてどう思っている?」

 

気になっていた。いや、聞かないといけないと思っていた。

自分達のせいでこの世界で亡くなった人達やその家族が、運営やGMに対してどのような感情を持っていたのか。そしてその子供達に自分が何をしてあげられるのかを。

 

「そうですね。正直恨んでます。私は父や母が帰りたいと言って泣いていたのを覚えています。

小さい頃から運営やGMについて色々と聞いていた私は、両親が悲しんでいる姿を見て許せませんでした。」

 

何も言えなかった。むしろそれが自然な考えだろうとさえ思っている。

 

「それに母が亡くなる時に泣きながら私に言いました。

こんな世界にお前達を残して逝く私達を許してくれと。胸が締め付けられる思いでした。

父や母が居たという世界は平和だったと聞いています。

しかし私達には平和というものがどんなものかわかりません。

私も魔王軍との戦闘で友人を失いもしました。私達は常に敵に怯え、必要な物もろくに揃わないこの世界で生きるしかなかった。

父や母が必死に戦っている時に、運営やGMという人たちは平和な世界に居たと思うとやはり許せません。」

「………」

 

しばしの間、お互いの無言が続いた。

 

「あ!いけない!料理が!」

 

火にかけていた料理が沸騰したのか中の水分が勢いよく溢れ出たのが目に入った。

会話に集中していた為に料理の事を忘れていたのだろう。

リリスは沸騰する鍋に水のようなものを入れようとして取っ手に服を引っかけた。

引っ掛かった勢いで鍋は中身を撒き散らしながらリリスの右足に向かって襲い掛かる。

 

「リリス!――」

「熱っ――」

「少し見せてみろ。」

「大丈夫です。」

「大丈夫じゃない!沸騰したものを被ったんだぞ!」

 

急いでリリスの元へ駆け寄る。

リリスを座らせて、腰を下ろし右足の様子を見る。

ふくらはぎ部分が赤く腫れあがりやけどになっているのが見てとれた。

 

「リカバリーナース――」

 

リリスの右足に向かって小さく魔法を唱える。状態異常を回復する魔法だ。

魔法を唱えると小さなナース姿の妖精が1体現れ、うんしょ!うんしょ!と言いながらリリスのやけどしている足を治療する。

 

「これでやけどは大丈夫だ。回復魔法はいるか?」

「大丈夫です。ありがとうございます。」

「そうか。」

 

再度訪れる沈黙。どんな言葉を出せばいいか迷った。迷ったが口に出した。

 

「許してくれとは言えない。今からじゃ遅すぎるかもしれない。それでも今を知った限り、俺にできることはやっていこうと思う。」

 

それを聞いたリリスは何も言わなかった。

 

「とりあえず一度着替えてくるといい。」

 

そう言ってリリスをお姫様抱っこをしようとすると眠そうな女の子の声が聞こえてきた。

 

「ふぁ~あ。おはよ~。お母さんごはんは~?」

 

声がする方へ顔を動かす。

過去にコラボイベント『くまさんのお願い』で配布した事があった寝間着であろう可愛いクマがあしらわれた青いパジャマ姿のリリアがそこにいた。

髪の毛に寝癖が付いた眠そうな顔をしたリリアが伸びをしながら固まったように動かない。するとリリアは身体を震わせ始め黒いオーラを纏う。

 

「あんたは……」

やっぱり、これは嫌な予感が……

 

ギラっという殺意を持った目をしてリリアはこちらに向かって走り出した。

 

「ちょっと待てリリア!誤解だ!これにはワケが――」

「あんたは人の親に何やってんのよ!この変態!」

「って、ええ~!?」

 

説明する暇もなかった。いや、説明する暇があっても聞いてもらう前に同じ結果になっていただろうと予想する。

リリアはこちらに向かって顔面に思いっきり飛び蹴りを打ち込んできた。顔面に蹴りを受けた俺はそのまま勢いよく壁にぶっとばされた。

 

 

 

第6話 シャルル 山田vsリリア

 

 

その後、リリスの協力もありリリアに必死に説明して、なんとか誤解を解いた。

誤解を解いてからもしばらくは不機嫌だったリリアと一緒に、朝食が無くなってしまったので、出来合い料理を買いに家を出る事になった。

自身は『拳闘祭』そのままの装備でリリアは先日の装備に着替えた。

家を出ると外はいい天気だった。

空は晴れ渡り、雲一つ無く、気持ちの良い朝の風が頬を撫でる。

相変わらず街の景色はボロいままだったが、これらも後で希望する人達が居たら直せばいいかと考えていた。

 

そんな街をリリアに連れられ、一緒に並んで歩く。

いくつかの通りを抜けると露店朝市をやっている通りに出た。

 

トライアル名物の別名プレイヤーバザーストリートだった。

今では居なくなったプレイヤー達が、寝る時間や仕事に出勤する際、ログアウトせずに自分の不要な物を値段設定して放置販売する場所となっていたと記憶している。

その為、初心者であっても高レベルプレイヤーの不要になったステータス値の良い装備やアイテムを安く買える場所であった。

逆にインターネットサイトのwikiなどで調べず何でもかんでも購入していると、初心者からガメようとするボッタクリ商品と呼ばれるような物を間違って購入してしまう恐ろしい危険スポットでもあった。

 

 

その名残だろう。朝市という名の通り、露店が並ぶ通路は多くの人で賑わっており、カゴのようなものを手にした婦人が多くいた。

通りには露店を出している男主人の活気の良い声が響き、台車に乗せた商品を一生懸命運ぶ商人なども目に入る。

色々な武具から素材、料理や材料などの露店がひしめき合って立ち並び、まるで小さなお祭り状態だった。

 

「てかさ、お前は杖持つ必要あんの?別に外に出るわけじゃなしに。」

「別にいいじゃない。備えあれば憂いなしよ。」

「何の備えだよ。俺の顔面を杖を突き刺す備えですか?そうですか。」

 

リリアに向かって一歩距離を取り空手のポーズを取る。

 

「よし!いつでもいいぞ!かかってこい!」

「あれはあんたが悪いんだからね。人を誤解させるような事してたんだから。」

「はいはい。俺が悪ぅござんした。今後は注意します。」

「てか、あんたの身に付けている物は一体なんなのよ?それ服なの?見た事ないんだけど?それもプレゼントがどうのこうのとかいうやつ?」

 

リリアの質問に対して構えをやめて、動きやすいアピールで軽くフットワークとアクロバットな動きを見せてみる。

 

「まっ、そんな感じだ。それにこれならほら、身体のラインも綺麗だし動きやすいしな。さすが若い身体だけあって腹筋とかもいい感じだろ?触ってみるか?」

「バ、バカじゃないの!?」

「なっ!バカって結構酷いぞ!俺は動きやすさを重視した結果だ。それに一日鎧だと窮屈すぎるだろうが。」

「もっと普通の服の方がいいんじゃないの?目立つわよそれ。」

「リリアは俺と一緒に居るのは嫌か?」

「嫌……じゃないけど……」

「ならこれでいいさ。」

 

赤面しながら悪口を言ってくるリリアが面白くてもう少し見て居たかったが、確かに言う通りであった。

自分が根本を作ったから理解していると言っても、周りは中世ですか?というような格好ばかりである。

プレイヤーが居たならばもう少しイベント等で配布した装備とかの人間も居ていいのだ。

その中で黒のデニムに黒のピチピチロングTシャツはいかんせん人の注目を浴びていた。

10代ならばオシャレに気を使う。浮くのに赤面しよう。しかし、30代になれば服などデート以外どうでもよくなってくる。

結論。別にリリアが嫌がってないなら問題が無いという事にした。

 

そんな他愛もない会話のやりとりをしているとリリアが途中急に立ち止まった。

まるで自由なお転婆娘なのかとツッコミたくなる。

ただ、一応保護者的気持ちでどうしたのか気になり、リリアが立ち止まった視線の先に目を向ける。

リリアの前にあったのは、綺麗に並べられた豪華な装飾の商品だった。

ゴールドで出来上がったイヤリングに黒い真珠のような物を付けている物。魔力を込められたプラチナネックレスでトップが太陽の形をしている物など、女性職用の能力向上アクセサリー露店のようだ。

 

「あ~、リリアちゃん。おはよう。今日はどうしたんだい?」

「おはようシェーラさん。今日は可愛いのがあるな~って思ってね。」

「マケとくよー。どれか一つどうだい?」

「私のお小遣いじゃ無理よ。シェーラさんも知ってるくせにー。」

 

商店の主であろう、片目を紫色の髪で覆うようなポンパドールスタイルのアップヘアーで、褐色の肌。胸の谷間を強調した、アラジンのような世界観を身に纏った女主人がリリアと相対していた。

そんな女主人がリリアに声をかけ、元気よくリリアが挨拶を返しお喋りを始める。

 

ふ~ん。リリアもやっぱり女の子なんだな。

そんな考えが自然と浮かぶ。

 

「どした~リリア?」

 

デニムのポケットに手を突っ込みながらリリアに声をかける。

 

「へぇ~。リリアちゃん。彼氏でもできたのかい?」

 

こちらを一瞥するとニヤリ口元を歪め、シェーラと呼ばれていた女店主がリリアに向かって笑いかける。

 

「ちょ!ちょっと変な事言わないでよシェーラさん!こんな奴が彼氏なわけないでしょ!」

 

それを聞いたリリアは身振り手振りワタワタしながら全身を使って全力で否定した。

 

「お前、そんなに全力で否定したら俺が泣きたくなるだろうが。」

「リリアちゃんは初々しいねー。」

「う~……」

 

なんて言ったらいいのか混乱しているのだろう。

リリアは俺とシェーラの口撃に、下を向き目をくるくる回しながらう~う~呻っている。

それが少し可愛く想えて軽い笑いが出た。

 

「まっ、いいけどさ。一体何を見てるんだ?」

「ん?あれよ。」

 

そう言って身を乗り出すようにしてリリアはその品を指で示す。

 

ん?あれは……確か俺が始めて一からデザインした指輪だな。

 

リリアが指で示したのは、思い出したくない忘れていた過去を思い出させる。

このゲームを作ったのとは別で、グラフィッカーがインフルエンザで休みまくり、

実装日が迫った事で上司にムチャ振りされ、本来の分野ではない仕事として初めてデザインを任された指輪装備だったのだ。

 

「へ~。懐かしいな。」

「ねぇねぇ!あの指輪可愛いでしょ?」

 

リリアは可愛いと目をキラキラさせていたが、自身はそうはいかなかった。

それを見て感じたのは、

神様、俺が昔の自分に会いに行けるなら、どうぞ若かった自分のケツを蹴り上げさせてくださいと。

それは微妙に丸く無い楕円の形をした指輪に、乗っている青いブルートパーズを意識した宝石。

色に統一感が無く配色バランスも大きく崩れていた。

その為、実装初日にネットで散々ダサいやら、センス無さ過ぎ、これで給料貰えるなんていいですね、などと叩かれていた。

 

「ふ~ん。君これを知ってるの?」

「色々あってね。」

 

シェーラという女主人には適当に相槌を打つことにした。

一々理由を説明する意味もないし、理解してもらっても面倒だったからだ。

 

「なんだ?リリアあれが欲しいのか?ってもガサツなお前には似合わなさそうだけどな。」

 

わざと話題を逸らす為にリリアをからかう。そのまま身の危険を感じサッとガードする。リリアならこのタイミングだと一発程度殴ると思っていたからだ。

しかし何も無い。

軽く冗談のつもりで言ったのに、リリアは予想に反して何もしなかった。

無言のまま背を向け、スタスタと歩き露店から離れて行く。

そんな肩透かしを受け、やってしまったと後悔するが、リリアのその表情は今居る場所からでは窺い知る事はできなかった。

 

「君、乙女心がわかってないね~。」

「ははは。ですね。シェーラさん。その『ウンディーネの欠片』をください。できればギフト用で。」

「なんだ。よくわかってるんじゃないかい。商品のお代、15万エイトだけでいいよ。後はおまけさ。」

「ありがとう。」

 

相場と呼ばれる物よりかなり安い金額を提示され、コンソールを操作して言われた代金を取り出して支払った。

GMである以上この世界のお金など無限に持ち合わせているのだ。

 

シェーラから商品を受け取りアイテムボックスの中へとしまい、そのまま挨拶をしてお店を後にする。

 

ここからは考える。何が最適かと。

こうなると女の子の心というのはお金や商品の問題じゃ無くなるのだ。

 

「ふ~、とりあえずは探しながら考えるか。」

 

自責の念に駆られた独り言は辺りの喧騒に掻き消された。

 

シェーラの店を後にして、料理を買う予定だった店を探しながらリリアも一緒に探す。

それらしい人物を見掛けて声を掛けたりもした。

新手のナンパかと言われたりもしたが、しかしそれは人違いであり、道中リリアを見つける事はできなかった。

なんとか料理を購入してリリスの居る自宅へと戻ったが、自宅にもまだ戻ってなかったようだ。

 

リリアの帰りを待つ間、落ち着かない気持ちを紛らわせる為、リリスに提案していた家の修復をする事にした。

今から始めてもいいかという問いに、わかりましたとリリスが了承したため、一緒に外に出て家から少し離れているように指示する。

 

家を修復する為にコンソールを起動させGUIモードに切り替える。

GUIとはグラフィカルユーザーインターフェイスと言う物で、ドスやコマンドプロンプトと呼ばれる文字でタイプする操作方法とは違い、画面をタッチして直感で操作できるようにした状態の事をさすものである。

モードを切り替えるが、未解決リストがあった部分を思い出してしまい、上手くいくか多少不安だった。

しかし、何もしない訳にはいかない為、まずは必要な外壁データを取り出す。

何も無かった空中へ、リリスの家の外壁と同じ形状の物が出現した。

それを見てXYZ軸のポイント設定を行い、拡大縮小をテストしてみる。

指が操るコンソールの操作に従い、空中に壁は曲がり拡大縮小を繰り返す。

 

「よし、問題無いな。」

 

確認を終えた外壁データを、一度キャンセルして処分する。

気がつくと、辺りには人だかりができていた。

小さな子供が母親に抱かれながら、「ママー、あれ何ー?」という声や、若い青年が「スゲー!」などという声を上げていた。

 

確かに人だかりは仕方ないか。こんな事を出来る人間など今は居ないというのだから。

 

気にせず作業を続ける。このままデータを使う事も可能だが、まずは操作の確認であって、設置という物では無かったからだ。

 

次にコンソールからリリスの家の座標ポイントを設定してドラッグ(掴む行為)ができるかどうかの確認を行う。

ガコっという音と共に、外壁を掴んだ反応がコンソールに返ってきた。次にリリスの家の外壁をドラッグし、スライドさせてみる。

操作する指の動きに従い、外壁は地面から浮きがり、パズルのピースが外れたように上下左右に飛び回る。

そのまま次の対になる操作として、空中でドロップ(掴んだ対象を離す行為)する。

指を離した外壁は空中でピタリと静止した。

 

「この操作も問題なし、と。んじゃ次は」

 

再度外壁をコンソールでタッチして外壁を削除する。

問題なく操作通りに外壁が削除された跡は、家の中が丸見えとなった状態となった。

男なら問題無いだろうが、女2人で住む家である事を考えると注目を集めている今の状態は感心できない為、さっさと次の工程に移る事にする。

削除した外壁跡地に、新しい外壁を座標ポイントを確認しながら設置を行う。

特にバグらしき問題も無く設置ができた。

屋根を削除して新しい屋根を設置。外壁を設置して家戸を設置。

それを繰り返し10分程で問題無くデータの上書き修復は終わり、自身が知っている本来の綺麗な建物へと入れ替わる。リリスは途中驚きの声を上げていた。

これらの操作はプレイヤー達も本来このように運営が許可している地域では設置が可能なものだったことから、言動から察するに多分外には出た事がないのだろう。

 

しかし、修復が終わってもリリアは帰って来る気配は無かった。

 

 

 

 

 

 

【リリア視点】

マモルを置いて一人歩き出し、早足で幾つかの路地を曲がった。

人通りの少ない裏通路へと回り込み距離を取るためだ。

今はあいつの顔は見たくない。一人になりたかった。ただこれだけの理由だ。

杖を腰に当て、後手のまま両手で握りながら下を向いて歩いている。

それは見るだけでスネている子供とわかる仕草だ。

今の自分の気持ちが、何もしたくないと思える程沈んでいるのを理解していた。

しかし何故ここまで沈んでいるのかは自分ではよくわからなかった。

これが他の男ならここまで沈んだ気持ちになる事はないだろう。

だが、あいつに言われたら何故か凹む。そんな感じだ。

 

ガサツって、そんな事言われなくても自分でもわかってるわよ!

 

石造りになった街道を歩きながら一人ふてくされる。

 

「女らしくなくて悪かったわね!このバカー!」

 

鬱憤を晴らすように、周りを気にせず大声を上げる。

 

「リリアさん?」

 

風に乗って聞こえてきたその声。立ち止まってから振り返る。

そこには金髪のボブカット、全身を頭以外白の全身甲冑に身を包んでいる、優しい雰囲気を持った人懐っこい緑の瞳をした幼い顔立ちの男の子が居た。

 

「あ~!やっぱりリリアさんだ~!」

「茶々丸くん。」

 

茶々丸は、女の子みたいな声で、女の子がするような可愛らしい笑顔をこちらに向ける。

というよりは女の子に生まれていれば間違いなくモテていたであろうという声と笑顔だ。それを見て余計にガサツと言われたのを実感してしまう。

 

茶々丸は同様にプレイヤーの血を引く人間だ。

それも相当有名だった人物の孫にあたるらしい。

らしいというのは、リリアも茶々丸も子供ではなく孫にあたる為、実際に戦う祖父母の雄姿を見た事は無かった。

ただ、この世界で数人しか持っていないと言われた称号を持ち、その証拠である鎧を身に着けている。

祖父から父へ、父から孫である茶々丸へと引き継がれている白い甲冑の『白虎』で身を固めていた。

また祖父が作成した『真装・無名』というロングソードに似た剣を左腰に身に付けている。

 

「どうしたんです~?そんな大声を出して。

それにリリアさんがこんな時間に外にいるなんて。」

 

顔が赤くなるのがわかった。まさか自分の知り合いが近くに居るとは思ってなかったからだ。知っていたらむしろ声などあげなかった。

 

「えっと、ちょっと朝ご飯がなくなっちゃってさ。それで買い出しにね。」

 

ごまかすように口早に答えた。

 

「へぇ~。そうなんですか~。意外にリリアさんって今はそんなに食べるんですね。」

 

その言葉がグサっと胸に刺さる。悪気はないのが声のトーンでわかる。

これがあのバカなら多分イラっとくるのは間違いないだろうが。

 

「あの、ちょっと茶々丸くん?何か誤解してない?」

「え?ひっ――」

 

必至に笑顔を繕おうとするが、自分でも口元がピクピクしているのがわかった。

それが余程変な顔だったのだろう。茶々丸は少し腰が引けていた。

 

「わ、わかりました。だからその右手をしまってくれませんか?」

「ったく、なんでアイツのせいで私がこんな誤解受けなくちゃなんないのよ。」

 

こんな状況になってしまった事を、悪態をつきながら一人ぶつくさ文句を言いながらも右手を収める。

 

「アイツ?」

 

それが聞こえたのであろう茶々丸は首を傾げながら疑問を投げかけてきた。

何か変な事を言ったのかと思ったが、確かにアイツだけじゃわからない。

コイツ、ドイツ、アイツで伝わるならそれは超能力者であった。

なぜならそれは全て固有名称ではないからだ。

 

「そう。昨日街を守ってくれたアイツ。」

 

そこで私も守ってくれたと言わなかった。

言ってもよかったが、なんとなく言葉にするのは恥ずかしかったためだ。

 

「ああ~、昨日のあの人ですか!」

 

茶々丸は誰の事かわかったのだろう。それはそうだ、全身甲冑を着ているように、茶々丸は騎士として前線に立っていたからだ。

どこかでマモルの戦い方を見ていたのであろう。というよりはパワーインパクトにしても原始の炎にしても、同じ前線にいる人は間近で見た分余計に印象が凄いのだろう。

 

 

私だってあの圧倒的な力には当然驚いた。

まずはオークに頭を剣で斬られても無事。むしろ怪我さえ無かった。

兜をかけているならまだわかる。

それが、頭には何の防御も無し。そんな怪力で有名なオーク。

人間より大きな身体から繰り出される刀剣で叩かれて無事など、どの世界にそんな人間が居るんだという我ながら目を疑う光景だった。

しかもその後は人を巻き込んでの敵陣ど真ん中での大立ち回り。

一度目は一人で魔王軍を全滅させており、人間と比べる方がおかしいとさえ思った。

一応マモル本人から死なないとは聞いているが、あんなめちゃくちゃな立ち回りなど、GMという何でもできる人と聞いても流石にそこまで子供ではない。

自分の中の経験と知識を総動員して行きついた結果、とてつもない防御魔法でも使っていると思っている。

 

「全く、どうやったらあんなむちゃくちゃな戦い方ができるのよ。」

「本当ですね。あの人凄かったです。昔の魔法を使ったり、色々なスキルを使ったりして魔王軍の方が押されてましたよね。

一体どこから来た人なんでしょう。今まであんな人はこの街に居ませんでしたし。でも、あの人がどうしたんです?」

 

確かに茶々丸はマモルがどこからどうやって来たのかを知らない。

それに二回目の戦闘の後どうなったのか勿論知るはずもなかった。

 

「アイツが私の家で大切な朝ごはんを崩壊に導いた張本人なのよ。そのせいで茶々丸君には大食い女子と誤解されるし、本当散々ね。やっぱり帰ったらもう一発殴っておこう。」

「そうなんですか~って、えええええ!?」

 

右手にグッと力を込めて拳を作っている前で、茶々丸は驚きの声を上げた。

 

「リリアさん、あの人を知ってるんですか!?」

 

茶々丸は今にもこちらを押し倒さんばかりにグイっと身を寄せ肩をガックンガックン前後に揺らす。

 

「ちょ!ちょっと落ち着いて!」

 

首がもげるかと思いながら、何とか茶々丸の手を引き離してなだめた。

流石に見た目は女らしくても中身は男の子。その力で揺すられると頭がクラクラした。

 

「ご、ごめんなさい。」

「そこまで凹まなくていいわよ。」

「ありがとうございます。」

「知ってるというか成り行きで昨日は私の家に泊まったの。」

「は?……えええええ!?リリアさんって奥手に見えて意外と大胆なんですね。僕、今まで知りませんでした。」

 

またも大声で驚いた茶々丸に何を誤解しているんだろうと不思議に思ったが、自分の言っている内容をよく考えてみると自然と顔が熱くなった。

 

「え!?ちょっ!誤解!誤解なの!私は決してそんなつもりじゃないんだから!」

「ふふふ。誤解ですね。わかりました。そういう事にしておきましょう。」

 

必至で説得しようにも、わかりましたという感じで納得している茶々丸には既に何を言っても無駄だった。

何がそういう事なの?と思ったが自分の撒いた種だ。

諦めて話題を無理やり戻すことにした。

 

もう!なんでこうなるわけよ!

 

「で、今日の朝色々あってご飯が無くなったって事。」

「そうなんですね。でも凄いな~。あんな凄い人と知り合いなんて。」

「あんな乙女心も理解できないバカと一緒なんて今の気分は最悪よ。そりゃーちょっとは強くて頼りになって、かっこいいなとか思ったりもしないんだけど……」

「あはは。それ、完全に乙女してますね。でも僕はやっぱりあの強さに惹かれます。どんな訓練をすればああなれるのか。その秘密を知りたいです。」

 

このように茶々丸が言うには理由があった。

 

茶々丸と私には可愛い幼馴染がいた。

いつも明るく誰にでも優しかったピピンという女の子だ。

よく一緒に遊んだ記憶がある。

ある日ピピンと茶々丸の三人で一緒に遊んでいると、魔王軍襲来の知らせが街に入った。

迎撃態勢が整うまでに手間取り、住居区域まで一気に魔王軍の侵入を許してしまったのだ。

住民は一気に混乱に襲われ、幼かった三人を無視して我先に避難しようとしていた。

茶々丸は騎士の家系であったため、リリアとピピンに一緒に逃げようと言ってくれた。僕が二人を守ると。

幼いながらも身体を張って二人の避難をさせようとした茶々丸だったが、まだ幼い三人の子供であったため、その体力は大人のそれにはとても及ばない。

すぐに疲れ果ててしまい、三人の動きが遅くなったところで一番後ろをついてきていたピピンが追ってきた槍を持ったオークによって背中からその槍で射抜かれたのだ。

茶々丸はパニックに陥りモンスターに立ち向かおうとしたが、そこでやってきた騎士に止められてしまった。

結局オークは騎士たちによって倒されたが、ピピンは既に手遅れな程の致命傷を受けていた。

ピピンは息を引き取る寸前まで二人に心配かけまいと必死に心配しないでと言っていたのを覚えている。

 

「気持ちだけじゃ人は守れない。だから僕は正式に騎士となったんです。ねぇリリアさん。僕は強くなりたい。お願いします。あの人を紹介してもらえませんか?」

「私より強いのにまだ強くなりたいなんて見習わなきゃね。」

 

先程までの幼い顔立ちではなく、凛とした表情の一人の男として、騎士としての頼みだった。

そんな顔を向けられては断るに断れない。それに自分が戦場に立つようになった根本的な理由もピピンだった。だから痛いほどその気持ちはわかる。

 

「わかったわ。とりあえず帰って聞いてみる。明日のお昼過ぎに私の家に来て。あのバカ説得しとくから。」

「ありがとうございます――」

 

茶々丸が言い終えると共に、急に肺に蓋をされたような感じに襲われ息が出来なくなった。

呼吸ができなくなった事により、何が起こったのかパニックを起こしかけながらも必死に耐える。

 

な、なにが起きたの?……

 

目の前の茶々丸も何が起こったのか理解できていない顔をこちらに向けていた。

徐々に茶々丸の目線が高くなっていく。

息を吐く事ができても吸う事が出来なくなり、無意識に膝をついていた。

 

「離れてくれて助かりましたわ。お嬢さん。いえ、リリアさん?かしら。」

 

声は路地にかかっていた小さな橋の下の影から聞こえてきた。

その中からこちらに向かって歩く影が伸びる。

 

「お……お前は……」

 

薄れゆく意識の中で吐き出す息に合わせて声を出す。

恐らくこの喋り方からすると何かを行ったのは影の主だろう。

 

「リリアさん!逃げて!魔王軍です!」

「あら、加減しましたのに、それだけで虫の息ですの?」

 

茶々丸は無名を鞘から抜き、魔王軍のモンスターに構えた。

その行為を全く意に介さずに、人を見下したようにして呆れている。

 

「お前は、昨日の喋るサキュバス……」

 

 

ピンクの髪をした背中から翼が生えたサキュバス。

おっとりとした目をしながら妖艶な雰囲気を身に纏っている。

スタイルの良いその体は同じ女性でも見惚れてしまう程綺麗だが、元が夢魔な為だろう。

足の先端から太ももまでと、手首から上腕にかけて黒い紋章のような服みたいな物で肌を隠しており、黒くきわどい生地のような物で乳房と股間を隠している。

頭からは角のような物が二本生え、腰から生えているであろう尻尾のようなものが左右に揺れていた。

 

「リリアさん!早く!」

「いやよ。私も戦う。それに喋るって事は普通のモンスターより圧倒的に強いのはあんたも知っているでしょ?一人じゃ無理よ。」

 

急かすように言った茶々丸の説得も無視して、唇を噛んで意識を保った。

しかし、苦痛は残っているが何をされたのか全くわからなかった。

 

「わざわざワタクシが二度もこの街に出向いたんですのよ。

少しは相手になってもらわないとワタクシに失礼じゃなくて?」

「私になにをした!」

「ワタクシの話を流して質問とは、これだからお子様は嫌いですわ。

でも、いいでしょう。教えて差し上げます。ワタクシの相方、とでも言うのでしょうか。サリス。出ていらして。」

 

名前らしきものを呼ばれた後、男の魔法使いみたいなものが出てきた。

鼻筋の通った整った顔を持つ男。

恐らくモンスターだろう。

肌は緑色で頭には鉄上の尖がった三角帽子を被り、全身には鉄でできているであろう紫を基調としたローブのような物を纏っていた。

右手には同じく紫色を基調とした錫杖を持っており、腰には輪のような幾何学模様のバニラ色の魔法陣が漂っている。

 

「お前は、マジックマスター!?なんでこんなところに!?」

 

その声を上げたのは茶々丸だった。相当焦っているような口調だ。

心当たりが無い自分からするとマジックマスターがどの程度の脅威なのか不明だ。

 

「よく知っていますわね?あ~、その鎧、わかりましたわ。白夜さんの関係者ですのね。」

「貴様!なぜお爺様の名前を知っている!」

「なぜって?それは知ってて当たり前ですわ。白夜さんはとても強かったですもの。あの方を忘れろという方が無理なお話しですわ。

そうそう、先程の質問ですが、サリスがリリアさんの腹にストーンバレットを打ち込んだだけですのよ?そんな事もわかりませんでしたの?」

 

まるでやる気はあるの?といわんばかりな雑な態度が見て取れた。

言い返したい気持ちもあったが、実際に何をされたのかわからなかった。

わからないという事は、それだけ実力差があるという事を意味する。

ストーンバレットなど、初級も初級。誰でも使えるような簡単な攻撃魔法だ。その攻撃をされたと言われても視認できなかった事から、相当な熟練者であると推測できた。

 

「あいつはなに?」

 

緊張した表情の額に汗を浮かべている茶々丸に、男型モンスターの事を聞いた。

自分としては恐らく名前と外見から察して魔法を主体としたモンスターだという事しか理解できない。

 

「あのマジックマスターは、お爺様達が生きている時に見せてもらったモンスター図鑑に記載されていたものです。

数日に1体だけこの世界に出現するモンスター、通称ノートリアスモンスター。巷ではNMと言います。

それ以外は省きますが、要はお爺様達でも一人では決して倒せないモンスターです。

しかもあれは、その中でも色々な魔法に長けており、苦戦を強いられる討伐しにくいモンスターと聞いています。」

「その通りですわ。解説ご苦労様。

一応言っておきますが、ワタクシでもサリスを倒す事はできませんの。

ストーンバレット程度で瀕死のあなた方が勝てると思いまして?」

「化け物が二体。

無理です!リリアさん!お爺様が無理だった物を僕たちがどうこうしようなんて。

僕が時間を稼ぎます!あの人を呼んで来てください!じゃないと街が無くなる!」

 

茶々丸は青い顔をしていた。冗談で言っている感じは一切ない。

しかし、はいそうですかと茶々丸を見捨てて黙って引き下がるわけにはいかない。

そんな理由で逃げていたら、何のために戦っているのか戦う理由を否定してしまう。

自分だって弱い人を守りたい、守れなかったからこそ守れるようになるために努力した。

無茶かもしれない。むしろ無謀と言われるだろう。それでも今戦わないでいつ戦う。

必死に自信を鼓舞して覚悟を決め、杖を構え戦闘準備に入った。

 

「本当に、なぜこのような隙だらけの人間にあのような強い人間が一緒に居るのでしょう?不思議で仕方ありませんわ。

サリス。説明した通りでお願いしますわね。」

「了解シタ。」

 

ノイズの入った声に違和感を受けるが、それよりも衝撃な事実を目の当たりにした。マジックマスターは命令に従いゆっくりと前に出てくる。

 

「両方とも……喋るのね……」

 

頬に汗が流れるのを感じた。熱いからではない。

むしろ寒気だろうか、身体が震えているのがわかる。

喋るモンスターなど1体討伐するだけでかなりの犠牲者が出るのだ。

それが2体など冗談であってほしい。そんな危機的というよりは絶望的な状況になったからだ。

1体ならばチャンスもあったかもしれない。

しかし、2体とも喋るなど、自身が生きてきた中で経験した事が無かった。

 

「安心シロ――」

 

サリスが言い終える前に茶々丸が無名を使い、頭から振り下ろすように斬りかかった。

耳障りの悪い金属音がぶつかる音が響く。

しかし打ち込まれた剣は錫杖を使ってこともなげに片手で防がれていた。

 

「クソ!リリアさん。僕達じゃ無理なんです!気持ちだけじゃできない事もある!お願いします!早く行ってくだ――」

 

防いだ刃をこともなげに上へと垂直に弾き返し、茶々丸のガラ空きになった腹にサリスは錫杖の先端で突いた。ただ突いた。

それだけで茶々丸はノーバウンドで後方の壁へと吹き飛ばされ激突する。

どんな冗談なんだと自身の目を疑う。

モンスターと言っても相手は魔法を主体とするような外見だ。

それがただ突いただけで騎士である茶々丸を吹き飛ばした。

そこにはどれだけの地力の差があるというのだろうか。

せめて一体なら二人がかりで倒せるかもという考えがあったが、淡い期待を正面から打ち砕いてくれた現実に思考が数瞬空白となる。

 

路地の出口にあった壁に衝突したことによって他の人間達も気付いたのだろう。

女性特有の甲高い悲鳴が上がった。

その声で意識を引き戻された。

 

「茶々丸くん!!」

 

吹き飛ばされた茶々丸からサリスへと視線を戻す。

何もしなければやられるだけ。それならば少しでも攻撃をするべきだろう。

幸いまだ相手はこちらへと近付こうとしているだけで、魔法を放つような素振りは見えない。

それなら――

 

「これでも食らえ!フレアランス!!」

 

杖を突き出し魔法を唱えた。

杖の前には路地の幅を埋めるようにして円形でオレンジ色の陣が一瞬で展開される。

それが徐々に熱を持ち赤く染まっていく。

やがて幾何学模様が描かれた円の中心から勢いよく槍状の炎がサリスへと向かって射出された。

 

「フンッ。ストーンウォール。」

 

まるで児戯だと言わんばかりの態度でサリスは錫杖を地面へと軽く叩くようにして魔法で応戦してきた。

地面に浮かび上がる黄土色の魔法陣。

それはこちらと同じように一瞬で展開され路地を塞ぐようにして土の壁がこちらとサリスの間に立ち塞がった。

その壁に勢いよく放ったフレアランスが衝突する。

濛々と煙を上がる路地。その煙が舞う中で次の魔法を唱える。

次の魔法を唱える理由など、先程の魔法の打ち合いでどうなるかなどすぐに予測できたからだ。

相手は茶々丸ですら簡単にあしらう化け物なのだ。

それなら防がれていると考えるのが妥当だろう。

 

あいつらはまだそこにいるはず――

 

「グラビティハンマー!!」

 

追い打ちをかけるように空に向かって杖先を掲げ魔法名を唱える。

空からは空間が歪み、まるで煙に蓋をするようにして一気に圧し潰す。

周囲には軽い地鳴りが魔法の影響で響いた。

見えない場所からの攻撃だ。

いくら相手が強いと言ってもこれで多少なりともダメージはあるだろう。。

 

「ナルホド。多少ハ頭ヲ使ッテイルヨウダ。タダノ雑魚ナラ今ノデヤラレテイダダロウ。」

「嘘でしょ……全く効いてないの?」

「満足シタカ?ナラ手間ヲ取ラセルナ。」

 

多少なりともダメージが入ると思っていた攻撃に対して、その声は何事も無かったように発せられた。

どうしたらいい?どうするべき?

 

「リリアさん。ごめんなさい。さっきの紹介の話は無しですね。

僕は先にピピンの所に行ってます。リリアさんはもっと後から来てくださいね。」

 

そう言った後、茶々丸は口から咳をするように赤い血を噴き出した。

白い鎧を赤く染め、苦しそうな息遣いをしながら剣を松葉杖のようにして立ち上がる。

先程までの元気な姿とは違い、見てわかるくらい今の茶々丸は満身創痍だ。

 

「何言ってるのよ!――」

「いいから行ってください!」

「でも――」

 

こちらの言葉は茶々丸の鬼気迫る言葉によってねじ伏せられた。

 

「あいつの魔法を使う隙を消して攻撃に専念しても、多分今の僕で耐えれるのは残り数発が限界なんです。

それに加減されています。自分の身体だからわかるんです。

だからお願いします。あの人と一緒に街のみんなを救ってください。僕にできなかった事を!!」

 

そう言って茶々丸はこちらを突き飛ばしてサリス目掛けて走りだした。

 

「茶々丸くん!!」

「これでも食らえ化け物!ハウリングソード!スマッシュ!」

 

茶々丸は騎士スキルであるハウリングソードの共鳴振動で剣の攻撃力を強化して、スラッシュの上位版であるスマッシュを右から叩き込もうとする。

しかしサリスは防ぐ事も面倒だと言わんばかりに一歩後ろに下がっていとも簡単に刀身を避ける。

攻撃対象を失った刀身は宙を切るだけで終わろうとする。

しかし、茶々丸は意地でも魔法は使わせないという気迫で、サリスが一歩下がったところに一歩踏み込み、そのまま左手で剣を胸元目掛けて突く。

しかしこれも空を突くだけだった。

サリスは茶々丸が突き出している左手側へと身体を滑らせ手の甲を左手で掴んだ。

次の瞬間、右手に持っている錫杖を振り上げ茶々丸の肘の関節部分へと振り下ろす。

 

ゴキン――

 

限界を超え、何かが水の中で弾けるような音がした。

 

「ぐぁああああ!!!」

 

茶々丸が耳をつんざくような苦痛の叫び声を上げる。

そこには耳と目を覆いたくなる出来事が目の前で展開されていた。

左腕の肘から先は、向いてはいけないであろう方向へと向いていた。

しかしそれならばまだ幸せだっただろう。

その肘の部分にサリスが何度も何度も左腕を掴みながら執拗に、右手の錫杖を叩きつけていた。

繰り返される殴打音、やがて徐々にミチミチと肉が潰れるような音に変わっていき、錫杖には茶々丸の血が付着して赤く染まる。

やがてブチっという音と共に肘から先と茶々丸の身体は二つに分かれた。

二つに分かれた身体は傷口から大量に赤い血を垂れ流す。

まるで一筋の水がとめどなく流れるような状態になっていた。

サリスは興味無さそうに千切った腕を投げ捨て、そのまま茶々丸の本体である千切れた部位をしばらく殴り続けた。

しばらくたつと目的を終えたのだろうか、サリスは茶々丸への攻撃をそれ以上行おうとはしなかった。

 

黙って見ている事しかできなかった。

突き飛ばされたが、戻って助けないといけないと思った。

しかし、頭で思っていても、現実を突き付けられ、他人ならばまだマシかもしれないが、友達が拷問のような攻撃を受けているのを目の当たりにすると身体が動かなかった。

恐怖で足はすくみ、腰から下の感覚は思うように動かない。

まるで腰から下だけが別の生き物のようになっている感じがして、突き飛ばされた状態で完全に動けなくなった。

強くなったと思っていた。強くなろうとしていた。茶々丸は自分より強い。

どう見ても自分より強い茶々丸を、一方的に家畜を料理しているような光景は、戦う理由?戦闘準備?無茶と無謀は違う?そんな気持ちなど簡単に吹き飛ばしてくれた。

 

「サリス。ご苦労様。ではそちらのリリアさんをお願いしますわ。」

「一応死ナナイヨウニ手加減ハシテイル。出血ガ遅くナルヨウニ、肉ヲ潰シテ栓ヲシタ。」

「相変わらず下品ですわね。まぁいいですわ。」

 

サリスが表情も変えず、こちらにゆっくり近づいてくる。それが余計に身体を動けなくする。

 

「あ……いや……助けて……」

 

無意識に出た声を無視するように、突き飛ばされた状態で座り込んでいた自分の胸ぐらにサリスの手が伸びる。

力を入れようにも声すらまともに出ない。

 

「や……めろ……化け……物……」

 

弱々しい茶々丸の声を無視して、何事もなかったかのように胸ぐらを掴まれ引っ張られる。

その行為が身に着けている服と肌が擦れて痛い。

 

「さて、そこの殿方。申し訳ありませんが、そのまま先日リリアさんと一緒にいた人間を呼んで来てくれませんでしょうか?」

「知ら……ない……」

「それじゃあ困りましたわね。あのお嬢さんの死体でも広場に投げ捨てれば嫌でも出てきますわね。」

「待ってくれ……僕は……直接知らないだけだ……これ以上友達を殺さないでくれ……」

「だって知らないと言われましたら、こちらから仕掛けるしかありませんし。」

「何とかする……だから少し……少しでいいから時間をくれ……」

「仕方ありませんわね。ではお昼まで街の入り口で待っています。お昼を越えたらこの女の死体を広場に届けますわ。」

「わかった……」

 

茶々丸とのやりとりに何も考える事ができずに、ただサリスに引きずられ連れていかれる。

 

 


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