GMという職業が負けるはずがない   作:高橋くるる

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そこからの行動は早かった。

手をこまねいていても解決しないなら、情報が必要だ。

情報が必要ならば行動が必要だ。

しかし中途半端な行動はかえって時間が掛かる。

それならば目立って自分が広告塔になる必要がある。

目的から逆算して行動を決めてイスから立ち上がる。

 

とりあえず使えそうな装備とアイテムが必要だ。

気持ちを切り替えコンソールからアイテムバックを指定して、中のリストから装備を選択する。

身体の周りに白いエフェクトが発生し茶色系の皮服や皮パンツから指定した装備に換装された。

ここら辺はゲームのままだった。

今のところ基本操作には問題が無いというのが自身の認識である。

 

魔王軍襲来イベント、それならば必然的に敵の数が多いマルチ戦闘になるのはわかっている。

 

「リリス。この幸福の羽根飾りを身に着けていろ。多少なりとも運と回避と素早さが上がる。あとこれを。」

「何をしようと?」

 

無造作にテーブルに置いていた『幸福の羽根飾り』をリリスの手元に向かって投げた。慌てて受け取ったリリスが疑問と不安が入り混じった表情でこちらを見ている。

 

「何をと言ったな。そうだな……ちょっと魔王軍と運動会だな。」

 

ゲームのままだというならば戦闘に関しては問題ないだろう。

自身はGMだ。加齢という部分では不明だが、それ以外に関しては自身で設定しない限りは死という概念が無い。

 

急いでアイテムバッグからオートキュアドリンクを指定して取り出す。

アイテムバッグの口から吐き出された瓶状のアイテムは手の中に納まった。

それをリリスへと羽根飾り同様に投げる。

続いてコンソールに生成コードを入力する。

誰でも装備ができる天使の羽衣を作成した後、同じように渡して身に着けるように指示する。

 

「もし敵と遭遇したらそれを飲んで逃げろ。効果は3分。一撃で死なない限りはダメージを受けても自身のHPを回復し続けるアイテムだ。

そしてこの羽衣を身に着けて待ってろ。そして敵と遭遇しない限りはここを動くなよ。

リフレクトアーマー、マジックリフレクト、ボディアジュバンド、インビジブル。」

 

一気にリリスへと補助魔法をかける。

次々とエフェクトが発生してリリスの身体を包み込む。

リフレクトアーマーで物理防御を上げ、マジックリフレクトで魔法反射、ボディアジュバンドで身体免疫能力を上昇させ、その上でインビジブルで姿を消した。

 

「GM様。娘をお願いします………」

 

目に見えないがやはり娘が心配なのだろう。こちらを許す事ができないだろうが、それでも人の親。声が震えていた。

 

「ああ。大丈夫。絶対に守る。それに俺の責任でもあるんだ。気にするな。」

 

そうリリスに言い残し家を出た。

 

 

 

 

家の戸口を出ると不思議と頭の中はスッキリしていた。

罪悪感から目を背けているのか、気が逸れているからか。

どちらかは不明だが戦闘を決めた事によって無駄な思考が一切合切なくなったからだ。

しかし、頭はスッキリしても口角が歪んでいるのが自身でもわかる。

周囲には既にこと切れている痛いのようなものがいくつも目に入る。

おそらくその遺体から流れ出る血の臭いだろう。

風に乗って辺り一面その臭いが立ち込めていたのだ。

 

「このむせかえるような臭い、結構キツイな。」

 

一瞬吐きそうになるが、気合いを入れなおし空中移動魔法であるライトウィング(光の翼)を唱える。

背中から光の翼が生えたのを確認する。

まるで天使を彷彿させるような気品のある大きな光の翼が柔らかく羽ばたくと、自身の意思に沿って両足は地面からゆっくりと離れていく。

ある程度の高さまで昇り、街中を見渡すと広場だけではなくあちらこちらで戦闘をしているのが視覚からの情報によって受け取れた。

 

リリアは確か広場に居ると言っていたな、広場の方角は―――

 

「ゲギャー!!」

 

広場を探していると自身の後方。

そちらから威嚇するような人間ではない叫びが聞こえた。

振り返るとそこには蝙蝠みたいな翼を生やし、鬼みたいな顔をした全身裸のような赤い肉体の悪魔がこちらに襲い掛かろうと高速で移動しているのが目に入った。

 

「デビルクリムゾンか。邪魔だな。ターンアンデット―――」

 

何も考えずに適当な魔法を放った。不浄な魂を持つ者を一撃で浄化する僧侶の攻撃魔法だ。

デビルクリムゾンの上空に魔法陣が展開され、白い光りの膜が悪魔を包み込む。

悪魔はチラリと自身の身体に目をやるが、何をされたのか理解できていないようだった。

ダメージを受けてないと認識したのか、そのまま更に速度を上げる。

下品なニヤけ顔をこちらと向け速度を上げて迫るが、既に勝負にはならない勝負は終わっていた。

魔法を受けたデビルクリムゾンはこちらの身体に触れる前に灰となり、身体に触れる頃には完全に原型を残さない状態となって散り去った。

デビルクリムゾンを処理した後、気を取り直し再度広場の方角を確認する。

 

「多分あそこか。」

 

リリアの家に歩いて移動してきた方角を思い出し探していたが、大きな空白地帯を見つけた。

多分そこが記憶にある広場だろうという事で一気にトップスピードまで加速して飛翔する。

直線軌道という最短距離で移動した為、ものの数秒程で広場上空へ到着した。

 

下を眺めてリリアを探していると、広場に一瞬閃光が走るのが視界の端に映った。

それを見て推測するからにライティング魔法、光属性魔法で相手の視覚を閃光によって奪う魔法だろう。

 

その魔法を放った主を見るとそこにはリリアが居た。

四足歩行のライオンの顔を持ち鷹のような翼を生やしたマンティコアと対峙している。

マンティコアには効果が無かったようで少し押され気味な状態だった。

状況からして危険と判断し、急いで上空からライトニングゲージを放つ。

リリアと対峙していたマンティコアを取り囲むよう6面に魔法陣が展開され、雷属性の檻が現れる。

檻に触れると雷撃によってダメージを受ける檻だ。

これによりマンティコアは動きを封じられ何もできなくなった。

しかしこれだけでは終わらない。

徐々に檻は小さく収縮していく。余裕のあった広さは徐々にスペースを奪われ、スペースを奪われた事によってマンティコアの翼が檻に触れる。

雷撃のダメージを全身に受けマンティコアは苦痛の咆哮を上がるがそれでも収縮は止まらない。

なんせプレイヤー仕様ではない。GMによってその出力を最大まで高められているのだ。

そのまま小さくなり続け、レーザーが肉を焼き切るのと同様にマンティコアの体をサイコロ状に切り裂いて消えた。

後に残ったのはバラバラになったマンティコアの残骸と肉の焦げた臭いだ。

そこからは速度を落としてゆっくりとリリアの前に着地してから魔法を解除する。

 

「間に合ってよかった。大丈夫か?」

 

頭の装備を外して、自分の連れに挨拶するように右手を上げ問いかけると、兜を外したことによってリリアもこちらを認識したようだ。

 

「何しにきたのよ!このヘタレ!邪魔になるから帰って!」

 

待っていたのは出会って間もないが相変わらずの口の悪さだ。しかしそれを聞いて安心した。

それに不機嫌そうだがもう泣いていないようだ。

 

リリアの装備は土埃やモンスターの血で汚れ、顔にも煤のようなものが付着しているようだが、怪我を負ってるような雰囲気でもない。

 

「あ~、なんというか………その、すまんな。」

 

頭を右手でぽりぽりと掻きながら謝る。

こんな少女に正論を真正面からぶつけられたのだ。

正直どんな顔をして話せばいいのか、バツが悪い。

 

「は?」

「いや、帰りたいとか言ったろ?自分の事だけしか考えなくて悪かった。」

「え………あ、謝るならちゃんとしたらどう!何のためにここに来たのよ!」

 

それはリリアなりの気の使い方なのだろう。

 

「そうだな。そうする。だからもう安心していい。俺は俺にできる事をする。と言っても守る事しかできないけどな。」

「ま、守ってくれなくても大丈夫よ!私も戦うんだから!邪魔はしないでよね!」

「そっか。やっぱりリリアも戦うか。ならリリアを全力で守ろう。それしか俺にはできないからな。」

「う~………あんたと話してると調子が狂う。」

 

戦闘中という状態でいきなり謝罪の言葉を投げかけられたリリアは、戸惑ったように言葉を詰まらせていた。

しかし、正論をぶつけられ自然と笑みが漏れているのが自分でも理解できた。

それにこの負けん気、これもリリアらしさの一つなんだろう。

最後にはリリアは魔法使いである杖を握り込み、肩を小さくして帽子で顔を隠した。

 

「その装備は?」

「ああ~。これか?俺が次のバージョンアップでランク上位のプレイヤーに賞としてプレゼント実装する予定だった装備の一つさ。って言ってもわからないか。」

 

それを聞いたリリアがゆっくりと顔を上げる。

その顔は微妙に嬉しそうな表情をしているような感じが含まれていたのが見て取れた。

 

質問に答えながらもやはり派手だったかと自分で身体のあちこちを見てみた。

この装備は幾分尖った性能を持った物だ。

魔法耐性を現行最強まで引き上げ、魔法防御力と物理防御力は無課金でも簡単に手に入るような並程度より少し下の性能を持たせている。

何も考えずにプレイヤーが装備したならば正直弱い装備だ。

それに攻撃を無効化する自身にとってもあまり意味が無い。

ただ、特筆すべきは敵のヘイトを集める為に施された仕組みだろう。

攻撃を受ければ受ける程敵のヘイトを集めるのだ。

ヘイトの数値こそ表のステータス等には表示されないが、パーティで前衛だけを極めようとして他の装飾品で装備を補えば、他に二つとない前衛タンクとして極める事が可能だ。

そしてそれは目立つ事だけを考慮した赤いマント付きの白銀フルプレート(全身甲冑)だった。

その姿は傍から見ても騎士その物だと自身でも認識できる。

 

「わかった。なら許して―――あぶないっ!」

 

リリアと話していると視界が紅く遮られた。

視界を戻す為に歩き出そうと右足を前に出すが、何かが引っかかりそのまま躓いて倒れてしまった。

 

「GM!」

 

リリアの悲壮な叫びが周囲に響く。

 

「グラビティハンマー!」

 

低く怒りを込め、憎しみを発散させるように雄々しくリリアは叫んだ。

地面に倒れこんだ自身の首から上だけを動かしリリアを見ると、キッと睨みつけるような視線をアンデットリッチに向け、杖を掲げて魔法を放っていた。

 

杖の先端からは魔力が射出され、リッチの上空にて小さく空間が歪む。

それとほぼ同時にリッチに向かって一気に空間の歪みが広がる。

赤い光から察するに炎系であろう魔法をこちらにぶつけたアンデットリッチは、リリアの重力を操る攻撃魔法によって避ける間もなく広場の地面へと叩き潰された。

 

「GM!GM!大丈夫!?」

 

リリアが心配そうに地面に膝を付く。目からは涙がこぼれ落ちそうになっていた。

流石に悪いと思ったので空気を壊さないように注意しながら立ち上がる。

 

そう言えばダメージは無効化されているという事を伝えてなかったな。

何か酷く誤解させてしまったようだ。

 

「ああ。問題ない。傷は一切負ってないさ。少し躓いてこけただけだ。しかし、GMを連呼されると違和感があるな。後で名前でも考えよう。」

 

それを聞いたリリアはその場に力が抜けたようにへたり込んでしまった。

ゆっくりとリリアの前に腰を落とし跪く。

装備が装備なので、まるでナイトがお姫様に傅くような光景だろう。

 

「ははは。まるで騎士と御姫様だな。とりあえずリリア。

これを飲んでちょっと後ろに下がってろ。魔法使い系の職業が前衛に出てくると危険だ。」

「これは………?」

 

惚けているリリアの手を取り、透明な瓶を握らせる。

細部まで細工が施された瓶は一級品の工芸品のような美しさを持っており、瓶の中には青く透き通る液体が入っていた。

 

「エリクサーだ。」

「これが………エリクサー?」

「見た事ないのか?」

「話しには聞いた事があったけど、見た事がないわ。」

 

エリクサーも持たずに通常モンスターより強く設定されている魔王軍と戦闘していたという事実に驚くが、確かに高レベル帯エリアじゃないと手に入らないものだ。

高レベルプレイヤーじゃないと生成もできないのは確かだった。

 

しかしまぁ、一体この子はどれくらい強いのだろうか。

装備である程度誤魔化す事は可能だが、どう見ても身に着けて居るものはお世辞にも強い装備ではない。

という事はリリアが努力して手に入れた力なのだろう。

強くなるという事はそれなりの戦いを経験しないと強くはなれない。

それは魔法に強いアンデットリッチを魔法の一撃で屠った事からも容易に理解できる。

 

「そうか。これは魔力をフル回復させるアイテムだ。それと、本当に色々とすまんな………」

 

こんな無茶をして人々が戦っていたのを考えると後悔の念しか浮かばない。

しかし今は違う、ここには自分が居る。

全ての人は救えなくても、手の届く範囲の人は助けてみせよう。

リリアの肩をポンっと優しく叩き背にして立ち上がり、モンスターの一群へと振り返る。

左腰に下げている剣の柄を握り、コンソールにチラリと視線を向ける。

広場に降り立つまでの間に攻撃ステータスをいくらか調整して通常攻撃の場合、雑魚以外は一撃で倒さないように設定を切り替えた。

そして久しぶりに『クリエイトワールド』に対して本気を出す姿勢を取る。

管理者からプレイヤーとして遊んでいた頃のように。

 

「さて、こっからはおっさんの本気。無双の時間ですな。お前ら無事に帰れると思うなよ。」

 

そう言って左腰に装備している鞘から只のロングソードを引き抜き、抜いた返しで右下に向けてそのままロングソードを振り下ろす。

空気が切り裂かれ、数瞬遅れて風切り音が鳴る。

マップ兵器とも揶揄される極悪魔法や色々な職業が持つ固有スキルの使用も考えたが、モンスターを纏めて倒してしまうと意思を持ったモンスターの見分けがつかないため必要な情報を得られない可能性もあるからだ。

そのリスクを軽減するため肉弾戦をメインにして戦う事を決めたのだ。

 

視界には前方で2mはあろうバトルアックスを装備している、牛の顔と人間の身体を持ち合わせた二足歩行のモンスター。タウロスに向かって駆けだした。

タウロスは、頭から流血しながらも必死に木の剣を握り構えている若い男に向かって、今にもバトルアックスを振り下ろそうとしていた。

 

間に合うか?いや、間に合わせる!

 

走りながら左手にロングソードを持ち替え、補助魔法を撃つため右手をタウロスに向かって伸ばす。

 

「シャドウロック!」

 

相手の影を利用して拘束する魔法。

これをタウロスに放った。

タウロスの影が一瞬にして主である本体に絡み付いて身体を拘束する。

間一髪、振り下ろされたバトルアックスは男に当たる前にその動きを封じられ硬直する。

そのまま右手にロングソードを持ち替えタウロスの裏に滑り込むように回り込み、右腰目掛けてロングソードの刀身を走らせる。

右腰から入った刃はそのまま左肩にかけて下から上へと振り抜くように切り裂いた。

 

「ブモーッ!!」

 

どんな感情を込めた叫びか理解はできないが、タウロスの背中からは赤い鮮血が撒き散らされる。

振り抜いたロングソードの柄をそのまま放し、空中で左手にスイッチする。

右半身から左半身に重心が移動するのを感じ取り、そのまま叩きつけるように左手に握ったロングソードでタウロスの頭頂部目掛けて振り下ろした。

刃先がタウロスの頭頂部に当たるとそのまま力を込め股下まで一気に振り抜く。

骨が刀身に当たる感触が伝わり、肉を斬る感覚がロングソードから手に伝わってくる。

 

タウロスは身体の正中線から分断され、左右二つに開いてゆっくり裂ける。

その裂けた隙間からチラリと視線を男に向ける。

怪我を負っているが男の無事を確認できた。

確認したと同時にタウロスは完全に肉体を半分に分断され地面に倒れる。

そのまま手近にいた子供の姿をした双子モンスター、まるでミロのヴィーナスの石像のような肌の色をしたリトルジェミニに向かって駆ける。

見た目は子供の姿で愛くるしいが、可愛らしい外見に騙され寄ってきた餌である人間をスタン属性の範囲攻撃放ち、麻痺属性の攻撃で動けなくした後に、相手を生きたまま捕食するという設定のモンスターだった。

 

まるで魚のアンコウと昆虫の蜂を足したような攻撃方法、ゲームのままなら問題ない設定だが現実となると相当エグイ攻撃となる。

そのため他の前衛達の事を考えると先に処理するのが妥当と判断してヘイトを奪いにかかる。

 

リトルジェミニへと向かいながら忍者スキル、分身の術を発動させた。いくら無効化されるとわかっていても捕食を考えると生理的に嫌悪感を抱くからだ。その為自分の分身を作り出し、食わせる事にした。

 

「ちょっとお前、アレに食われてこい。」

 

走りながら作られたもう一体の分身体である自分は、音声認識システムによりコクリと頷き、リトルジェミニに向かって正面から立ち向かう囮となった。

本体である自身は分身体の後ろに回り込む。

リトルジェミニの前で分身体が剣を構え立ち止まったと同時、ハイジャンプして後ろに回り込んだ。

 

「キャキャ!」

 

双子は両手を突き出しスタン属性の範囲攻撃を分身体に繰り出した。

地面に黒い領域が広がり、その中から黒光りするサソリの尻尾のような形をしたものが現れ、背高く伸びる。勿論の事、分身体は剣を構えたまま動かない。

動けよと思うが命令以外は受け付けないのは変わりないのかと諦めた。

サソリの尻尾のような黒光りしたものは、鋭い針のようなもので分身体の首筋に向かって一気に突き刺そうと襲い掛かる。

しかしリトルジェミニの攻撃は分身体にはあと少し届かなかった。

 

「キェェェェ~!」

 

耳に突き刺さるような甲高い叫び声と同時に黒い領域は消滅した。

本体である自身が相手の後ろに回り込んだと同時に、騎士スキルを使って物理攻撃属性で斬撃性能を上げたスラッシュをリトルジェミニに叩きこんだ。

ロングソードを振り抜かれた双子の二体で一体扱いのモンスターは、腰から上下二つに分断され光の粒となって消えた。

 

さすがに無効化が無い能力が劣る分身でも食われるのはやっぱり可哀想だしな。

 

「敵からヘイトを取ってない奴!下がれる奴は下がってろ!俺がやる!」

 

そのまま先頭の邪魔になるのを防ぐ為に、広場全体に轟くように叫んだ。

一瞬声が聞こえたであろう人達からどよめきの空気が流れる。

それはそうだ。街の戦える人間が総出で当たっているモンスター達に対して、どこの誰かもわからない人間が一人で戦うなど、ただのキチガイに思われても仕方がない発言だった。

しかし徐々にヘイトを取っていないであろう人達が下がりだす。

先程極大魔法を放った時、殲滅したのを見ていたであろう前衛職の一部達だ。

 

「みんな!彼に任せろ!動ける人間は動けない人間を支えて前線から下がれ!」

 

ありがたかった。正直な感想だ。

これが下がってくれない場合は色々と他の手間がかかる方法を用意しないといけなかったのだ。

何でもできるといっても、一人では限界がある。

攻められるのは問題が無くとも、守りきるのには手数が少ない。

それに全滅させるだけなら最初からステータスはMAXで対処していた。

下がり出した前衛達と入れ替わるように、そのままモンスター達が固まっている場所まで走り、モンスター群の前で地面にロングソードを突き刺す。柄を持ったまま騎士スキルを発動させる。

 

「パワーインパクト!」

 

対象に直接的ダメージを与えるものではなく、対象範囲と一定の距離をもたせるためのスキルだ。

地面が白く光り出す。白く光った領域が風を巻き上げながらロングソードから前方に向かって半円系に徐々に拡大する。

修練度によって拡大する範囲に差違があるが、スキルの修練度自体はMAX値まで振り分けられているGMキャラにとっては限界は射程8m程だ。

限界まで伸びた白い領域は、領域内にいる肉体という質量を持ったモンスター群に対して風の衝撃波となって襲い掛かり、モンスター達は次々に弾き飛ばされる。

あるモンスターは壁に激突し、あるモンスターは他のモンスターにぶつかりそのまま後方に纏めて吹き飛ばされた。

領域内に居た肉体を持たない精霊(エレメント)系モンスターのみその場にたゆたっていた。

 

「おい!ちょっとエレメント系を相手してろ!」

 

ロングソードを地面から無造作に引き抜きながら、剣を構えたまま動かなくなっていた分身体に命令を出し、動き出したのを確認した。

命令には忠実な奴だと思う。

意識をすぐに切り替え、パワーインパクトより後ろ側に居たヘイトを受けている後衛達が対峙しているモンスターへと足を向ける。

 

「疾風迅雷!」

 

武闘家スキルを発動する。対象相手との距離を瞬時にして詰めるスキルだ。

全身に雷を身に纏い、後方に居た回復職であろう修道服に身を包んだ少女が目に入る。

それに襲い掛かろうというタウロスとの間に一気に割り込んだ。

 

「そんな攻撃、目の前でやらせるわけねぇだろ。」

 

振り下ろしたタウロスの攻撃をロングソードを横にして構え、刀身で受ける。

タウロスのバトルアックスとロングソードがぶつかり、赤い火花を散らせ金属音が響く。

上から力任せに叩きつけられたバトルアックスにより、がくんと膝が曲がり衝撃が走る。衝撃を受けた事から本来のプレイヤーならば防御という形でダメージがあったのだろう。

しかし、今の自身には関係が無い。

そのまま膝をバネにして反動を利用して弾き返した。

弾かれてバランスを崩したタウロスに向かって右手に持った剣で心臓めがけて突き刺す。

 

「ふんっ!そのまま死ね!」

 

苦悶の声を上げたタウロスから剣を引き抜き、そのまま踵を返し左足を軸に据え身体を回転させる。

回転した際に発生した遠心力を利用し、左首から右首に向かって刃先を一気に滑らせる。

まるでスイカを真横から日本刀で斬る居合い切りのように、目を白黒させたままタウロスは首と胴体が引き離され、その命の終わりを迎えた。

 

「あの………ありがとうございます。」

 

背中に居たリリアより少し幼いであろう修道服の少女はお礼を述べてきた。

 

「ああ。お礼なんかいいさ。そんな事よりいけるか?」

 

少女に怪我が無いかと心配で振り返り問いかける。

 

「私は大丈夫………です。でもクロスが………私を庇って………でも、私の回復魔法じゃ治せなくて………だから、せめて最後まで傍に………」

 

視線を動かすと、目からポロポロと涙を流している少女の横には、少女と同世代であろうボロボロになったアーチャー装備の少年がうつ伏せに横たわっていた。

タウロスにやられたであろうその怪我は、致命傷と呼ぶには十分すぎる痛々しいものだった。

肌が見えている部分はいたる所に打撲のような痣があり、見えて居ない場所を含めると相当なものだろう。

右肩から先が身体から離ており、左足は本来あるべき方向とは逆の方向へと向いていた。

呼吸も既に弱々しく意識が混濁しているようだ。

 

「そっか。君の大切な人かい?」

 

自分には少女の気持ちがわからないからこそ、少女の心を傷付けないように優しく声を掛ける。

 

「………はい。家族を失ってから今までずっと一人だった私を支えてくれた人です。」

「っ!!」

 

少女は間をおきながらもしっかりと答えた。まだ高校生に上がらないであろう外見でだ。

そして、ここでも自分の犯した罪を突き付けられる。少女の何気ない一言。

自分を責めているわけではないのはわかっている。

わかっているからこそ何とも言えない気持ちになるのだ。

既にここがゲームか現実かなどは考えていない。

日本ならばまだ学校に通い、勉強や部活や遊びに全力で青春を謳歌しているであろう世代の少年少女だ。

そんな子達までもが戦場で戦っている。

 

「少しいいかい?」

 

そう言って少女を少し横に移動させ、倒れ込んだ少年の横にしゃがみ片膝を付く。

 

「凄いな。俺は死なないとわかっているから戦える………。命を懸けているようで懸けていない。

半分は自分の問題を片付けるような物が理由だ。30半ばのおっさんが笑えるだろ?

それで他人の命を巻き込んだんだ。

君は死んでもこの子を守ろうとしたんだよな?

前衛職でもない、盾職でもない。それでも必死に。俺なんかとは違って立派だ。

そんな立派な人間が死んでいいはずがない。それに子供は未来を創るものだ。大人はそれを見守るものだ。だから……君をまだ死なせない。」

 

そう言ってスッと少年に右手を差し伸べる。

 

「フェアリーサークル。」

 

少年の全身を薄い緑色の光りの空間が包み込む。光りに包まれた少年の身体からは流れ出ていた血は止まり、左足は元の方向へと戻され、みるみると全身の痣傷は癒されていく。

最後に身体から離れていた腕は消えあるべき場所へと戻る。

 

「ん………、んん~。ミリー!?大丈夫!?怪我はない!?」

 

少年は混濁した意識をハッキリさせたのかすぐに身体を起こそうとした。

 

「クロス!」

 

ミリーという少女は身体を起こそうとした少年に抱き着いた。それを見て少女に告げる。

 

「もう大丈夫。ただ、肉体の怪我は治せても精神的なものがあるかもしれない。彼を連れて安全な場所まで下がってるといい。」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 

少女は泣きながら何度も何度も感謝の言葉を述べて少年を連れて下がっていった。

それを見て思う。感謝されるような事じゃないのだと。

 

同じような状況にある他の後衛を探すため、辺りを見渡す。

 

「みなさ~ん。想定外の事が起きたようですので今回はここまでです。引き上げますわよ。」

 

色気の含まれた場違いな女の声が戦場に響き渡った。

その声が聞こえた方向に顔を動かす。

地上からではない。その声は上空からだ。

見上げると空には女型モンスターが他のモンスター達に指示を出していた。

指示を受けたモンスター達は自分達が来た方角へこちらを威嚇しながら帰っていく。

 

「あれは………サキュバス?しかしカラーが………なんで?」

 

目に映っていたのは通常モンスターのサキュバスではなく、プレイヤーが最初に種族として選び、カスタマイズでしか作れないサキュバスだった。

 

このゲーム、本来プレイを始める段階で

種族、職業を選び、その上でアバターのカラーを決める。

人間を選べば次に職業として、戦士、魔法使い、武闘家、クリスチャンなどを選び、その後に上級職である精霊魔導士、召喚士、僧侶、騎士、暗黒騎士、忍者などを選択できるようになっていた。

もしここで種族としてアンデットやスライム、ヴァンパイア、ドラゴン、妖精、エルフ、ドワーフなどを選べば、その種族としてアバターを作成し、上級モンスターとしてレベルアップする仕組みだった。

 

そこでリリスの言葉を思い出す。

 

「今では扱える人がプレイヤーと呼ばれる人ですらもう残っていません。」

「それに私の父や母、人間の高レベルプレイヤーは既にいません。当たり前ですよね。人間には寿命があるんですから。」

 

もしかして………

 

引き上げるモンスター達を眺めながら考え込んだ。

 


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