魔王軍を退けた後は周りがうるさすぎる為、泣いているリリアを連れてどこか落ち着いて話せる所はないかと聞いてみた。
すると家に来てくれたらいいと言われたのでリリアの家に向かう事となったのだ。
道中に色々聞けばよかったのだろうが、いくらアバターと言っても未だに鼻を赤くした少女に質問責めするほどドSではない。
実際悲しいしぐさということは何かしら中身も落ち込んでいる可能性があるからだ。
それにもしまた泣かれたら、単純に30半ばのオッサンが10代の女の子を泣かせているという構図が出来上がり、いくらアバターであっても常識的思考から変態扱いされかねないからである。
あくまで外見は10代の男の子となっているが、中身はおっさんだからこそその構図だけは遠慮したい。
もし自分がそんな風景を見かけたら、事案か援助交際しか頭に浮かばないであろう事はわかりきっているからだ。
街道をしばらく歩くと、聞いていた外観のリリアの家が見えてきた。
家の前では遠くからでも見て取れる狼狽した女性の姿が目に入る。
「あの人は?」
「私のお母さん。」
(私のお母さんって……家族ごっこプレイですか?やばい……これは非常に痛い子に話しかてしまったようだ……)
後悔をよそに、リリアの母親と言われる人物はリリアの姿を確認すると駆け出して向かってくる。
少し警戒して身構えたが、GMである以上攻撃が来ても問題ない事を思い出し警戒を解いた。
駆け寄ってきた母親らしき女性はこちらに挨拶もなく右隣に居るリリアへと駆け寄り、傍から見てもわかるぐらい強く抱きしめていた。
「大丈夫?いつもより激しい戦闘音が聞こえてきて、心配で心配で。」
「大丈夫よお母さん。この人が私と街を守ってくれたの。」
その言葉を聞いたリリアの母親らしき人物はスッと立ち上がり、こちらに向かって深いお辞儀をした。
「この街を、いえ、娘を守ってくれてありがとうございます。私はリリアの母親のリリスと申します。」
リリアと同じ青色の髪に青色の瞳、肩で揃えられた綺麗な髪に整った美人寄りの温和な顔立ち。リリアと違い胸も大きい!
先程まで痛い子などと思っていた考えはリリスのアバターを見るとどうでもよくなった。
「リリスさん綺麗ですね!良いアバターしてます!」
後でログも消せばロールバックで対応するからこそセクハラまがいの言葉を平気で投げかける。
右手を突き出し、親指を立てグッドのポーズを取った。
可愛いものは可愛い、綺麗なものは綺麗、不細工なものは不細工、それに嘘偽りはないので心のままに正直に答えた。
こんなGM、バレたら絶対怒られるどころではないな。
我ながらそう思うぞ。
「ふふ。アバターとはわかりませんがお世辞がうまいですね。ささ、長話もなんですし中へどうぞ。」
社交辞令と受け取られたのだろう。少しがっかりしたが、こんな女性が同僚なら喜んで仕事に精を出す。
しかしうまい事できてるなこのアバター。まるで外見が人間みたいじゃないか。
(なんで理想と現実は違うんだぁ!俺の隣のハニワと変わってくれ~!)
などとアホな事を考えながら花輪とリリスを脳内で比較してしまい余計にテンションが下がってしまった。
一人落ち込んでいると、リリスが背中を向け家の中に入る為に歩き出した。と同時に右わき腹辺りから衝撃が走る。
視線をリリアに動かすとさっきまで泣いていたのに今度はふくれっ面になって左拳を握り込んで突き出していた。
これが友達同士でプレイしている場合なら、ダメージ受けただろうが!お返しじゃ!とやり返して最後にはこうなる。よろしい、ならば戦争だ。と。
ただ、今はなんで君は俺にパンチをしているのでしょうかというツッコミたい言葉を飲み込んで、別の言葉に置き換えた。
「どうかされましたか?」
「ふん!」
ムッとした表情でそれだけ言い残すとリリアはリリスに続いて先に家の中に入っていった。
(なんだ?俺あの子になんか言ったか?)
家の入り口を跨ぐと土と木の良い香りがした。
壁には綺麗な本棚がいくつか置いてあり、棚の中にはビッシリと書籍が並んでいる。
部屋の真ん中にはしっかりした木材から作り出したであろう一枚張りのテーブルが置かれ、木製のイスが4脚ある。
所々壁には手で修復したであろう穴埋めが見られた質素な住居である。
リリスからイスへと案内され腰を下ろし感謝の言葉を述べる。
リリアは目の前にあるイスへと腰を下ろし、丁度対面で向き合う状態となった。
着席して深呼吸した後、何から聞こうかと思案する。
その間、顔を赤くしたリリアがチラチラと視線をこちらに投げては目が合うとすぐに別の場所に泳がすような行動を繰り返していた。
そんな不審者と呼べるようなリリアを眺めながら、ある程度纏めて一つずつ質問をすることにする。
「それではリリアさん。質問です。その前に自己紹介から。
私はゲームマスター。このゲームを運営、管理する立場にある人間です。」
名前を呼ばれたリリアはビクっと身体を震わせた後、身体を硬直させながら「あー、えー」などという意味不明な言語を発している。
理解していない事を悟ってしまい、頭が痛くないのに痛いような錯覚を起こしながら幼稚園児でもわかるように言葉を言い換えて再度伝えることにした。
「難しい事を言ってしまい申し訳ありません。要するに、『この世界で私は何でもできる人』と思っていただければ問題ありません。
プレイヤーからですと通称GMと申します。」
「わかったわ。」
いや、わかったわの返事が早すぎるだろ。
絶対こいつわかってねぇだろ。
速攻でツッコみたい衝動に駆られたが、とりあえずは会話を進める事を優先する。
「何故この街に魔王軍が来ているのかわかりますか?」
「わからない。」
質問を問いかけるとリリアは、急に肩を落とし俯き答えた。
お~、即答ですかこの女!まぁ俺もわからないから原因がわかれば程度だったし。
いいですけどね!
頭の中で悪態をとるが、言葉は丁寧にしたまま次の質問を投げかける。
「わかりました。では次の質問。何故高レベルプレイヤーはもう居ないと言ったのですか?このゲームはそれなりにプレイヤー人口は居たはずです。」
そうだ。配信サービス末期ならわかるが、成熟期を迎えるであろう全盛の時期ではそれなりに稼働ユーザーは居たと記憶している。
「居たわ。私がまだ幼かった頃、近所のお爺さんやお婆さん、私のお爺ちゃんやお婆ちゃんが高レベルプレイヤーだって事は知ってた。」
「居たわって事は引退、つまり辞めたという事ですか?」
「普通に寿命で亡くなったの。」
リリアは淡々とした口調で質問に答えてくれた。
しかしながらどうも会話が噛み合わない節がある。この食い違いは何だと言う疑問もあるが、話していると別にふざけている感じでもない。
それくらいはある程度生きてきた中で見極めれる自信がある。
そのため、リリアの理解力が乏しいのか自身の問いかけ方に問題があるのか、悩んでいると声が割り込んできた。
「それについては私が話しましょう。」
「お母さん。」
飲み物を持ってくる為に二人から離れていたリリスは、水を持って二人が座るテーブルへと帰ってきた。
そのまま二人の前にグラスを置いてリリアの隣に座り、口を開くタイミングを待ってるようだ。
質問の途中で入ってきたが、理由がわかれば対応方法も変わるので回答にそのまま協力してもらうことにした。
「まずGMさん。あなたが本当にGMなのかどうか確認させていただけませんでしょうか?」
リリスが質問してきた。会社に問い合わせれば普通にわかる事だが、リリスの言葉や眼差しが真剣だったので応える。
「どのように証明すれば良いのでしょうか?」
「左腕にあるコンソールを起動させてみてください。今では扱えるプレイヤーと呼ばれる人がもう残っていません。それだけで大丈夫です。」
言われた通りリリスから視線をコンソールに移動させ、右手で左手に装着しているコンソールを起動させる。
ついでに証明の補足としてコードを入力して操作を完了した。
入力されたコードは『幸福の羽根飾り』生成だ。
テーブルに座ったまま両手を中空へと広げる。
両手の中心から青白いエフェクトを纏った水晶体が現れ炭酸ジュースを彷彿とさせる音を立てながら形状を変化させていく。
本来は生成するためには生成コードと生成用専用アイテムが必要だが、GMは全てのアイテムを無制限に使用できるようになっていた。
これはGMがイベント等で新規ユーザーに対してデモンストレーションを行ったり、プレゼントをできるように設定されているからだ。
もしプレゼント企画の時に運営が個数制限を持っておりプレゼントできませんなどの状況に陥ると会社の信用が揺らいでしまうためである。
数秒するとエフェクトが終了し、水晶体は消える。
それとは入れ替わりに幸福の羽根飾りが現れ、両手の中間で浮かぶようにしてクルクルと回っていた。
それを右手に取り優しくテーブルに置いた。
「ありがとうございます……」
「言われた通りにしただけですが、GMの証明と何が関係あるのですか?」
「すみません………全てご説明します。」
しっかりとした口調でリリスは言葉を紡ぎ出した。
何かがおかしいとずっと違和感を感じていたが、ここでこのまま聞いていいのかという不安が浮かぶ。
どう見てもリリスもリリアもふざけている手合いではないのだ。
しかし、そう思っても仕事を放り出すためにもいかない為に話を促す。
「私達はプレイヤーと言われる人達の子供であり、リリアは孫にあたります。
私が父や母から聞いたのは、私が生まれる前、まだゲームと呼ばれていた時代のことです。その時代にはプレイヤー達は多く居たそうです。」
「すみません。リリスさん。
そういった冗談は些か今の場には不適切ではないでしょうか?」
想像すらしていなかった言葉が飛び出しリリスの言葉を遮ってしまう。
「いいえ。不適切ではありません。
これから述べる内容は全て事実となります。
これは私が幼い頃に見た物、経験した物、父や母達の言葉となります。」
流石にどうしたものかと言葉を考えるが、リリスは毅然とした口調で言葉を述べた。
「続きをよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。そうですね。お願いします。」
とりあえず聞くだけならば問題ないだろう。
その中からヒントになるものを探せばいいだけだ。
全てを鵜呑みにするつもりはないのだから。
「まず初めに意思を持ったモンスターやNPCという者達が現れ、それらをバグと呼んでいました。
プレイヤー達である父や母はよくある事として、それでもまだゲームだと思っていたようです。
意思を持った強いモンスターを倒す楽しみ、NPCと遊ぶプレイヤー達。
そしてそれに対応できなかった運営はバグと呼ばれたモノを抱えながらゲームを続けたらしいです。」
確かにバグを修正せずに配信を続けるなどバカげていると思われるが、会社の利益を考えるとゲームの緊急メンテナンスなど、利益を減らす要因になっても増やす要因にはなりえなかった。
そのため会議を行い、裏でパッチをあてる事によって、騙し騙し運営している感はどこの会社も否めない。
少し間をあけてリリスがここからが本題ですと言わんばかりに再度口を開こうとする。
流石に常識からぶっ飛んでいる為、いや、理解したくないという気持ちが正直なとこだろう。
右の掌をリリスに向けて少し待ってくれというジェスチャーをしながら一旦会話を遮った。
「ちょっとお伺いしたいのですが、意思を持ったとありますがこれはゲームの世界。
私も同様にログアウトができません。しかしながら子供や孫なんてバーチャルリアリティーの世界ではNPCを作る事はできても、意思をもったNPCを作る事なんてできません!」
語尾にかけて声を荒げてしまった自分を情けなく思いつつも、否定したい気持ちが強く出ていた。
自分は幽霊など信じない、プログラムは所詮プログラムであって電流のスイッチでしかないのだ。
それにどこの世界に仮想世界が現実ですと言われて信じる事ができるだろう。
そこである事を思いついた。試してみればわかるのではないか。
「そうだ。リリスさんとリリアさんのアカウントIDを調べればわかるはずです。少しお待ちください。」
自然と早口となった。
リリスとリリアには有無を言わせずそのまま待たせ、左腕のコンソールを再度起動する。
GM権限を使ってデータベースへとアクセスし、現在のポイントとキャラクター名を順番に入力する。
少し待つ。レスポンスが悪く遅い。
本来ならすぐにDBへとアクセスされ、検索が引っかかりコンソールに表示されるはずだ。
その待機時間が余計に不安を煽る。
しばらく待つと反応が返ってきた。
期待していた答えとは真逆の認めたくない結果を引き連れて。
【ERROR OR-00953】
このエラーコード、検索が無効とされている状態の時に表示されるものだ。
全身から一気に冷や汗が噴き出す感覚に襲わる。これは何かの間違いだ。
ゲームそのものを破壊するウィルスならばキャラクターの作成など不要だろう。
しかしゲームをプレイするというのは、キャラクターを作成するという過程を絶対的に踏む。
どれだけ不正を行おうともキャラクターを作成するという段階でアカウントIDとキャラクター名は紐付けされるためだ。
アカウントのすり替え自体はハッキング、解析すれば可能だろう。
しかし、アカウントIDその物を消去する事は出来ない。アカウントの消去は例えキャラクターを削除したところで数年は運営のデータベース上で管理・保存される仕組みだ。
逆に言えば、プレイヤー達が作成したNPCなどはアカウントが存在しない。
しかしNPCは決められた定型文しか受け答えができない。
それはプログラムで命令しているのが原因だからだ。
これは何かのバグだ。プログラムは命令した事しか動作しないが、途中で配列変換をした、またはDB上のメモリの領域限界まで使用した為に処理タスクに支障をきたした。
しかし、DB上のメモリなどそもそも殆ど使用されない。
処理タスクの上限など超える事はありえないのだ。
ならば提供している運用サーバー上のメモリが原因か?
こちらならば負荷が掛かるのは当たり前だ。
それならばどうだ、目の前にいるのは自分の意志で話している。
ならばNPCという線は薄いはずだ。だとすればプレイヤーとして考えるのが妥当だろう。
「失礼ですがリリスさん。宜しければ左手にコンソールが無いか確認させていただけませんでしょうか。」
そう。プレイヤーは皆コンソールを持っている。
そのコンソールはアバターに合わせて色合いや装飾を同化させるために、消す事は出来たとしても肌を露わにしてしまえば隠す事はできない。
それは最初のアバターの基礎として装備されているからだ。
言われたリリスは黙って言われた通りに左腕の袖をまくり上げ、その腕に何も無い事を証明した。
それを見て一瞬だけ思考が飛ぶ。
すぐにそんな事はないはずだと頭の冷静な部分が言う。
しかし、現実として目の前にはゲームの仕様上ではありえない状態を突き付けられたのだ。
それでも認めるわけにはいかない。
色々考えるが、一つだけ確定的な出来事が存在していた事を思い出す。
ヘッドギアが………取れない?
これだけはどんな知識でも説明をごまかせる理由が見つからなかった。
この出来事を理解してしまうと一つ、また一つとハマらなかったパズルのピースが、説明を理解しようとする度に揃いだす感覚に捕らわれる。
モンスターの焦げる臭い、魔法の熱、リリアの胸の感触、家に入る時のリリアのパンチ。
それ以上にごまかそうとしている自分に気付き変な笑いさえ起きそうだった。
目の前にいるリリスとリリアが心配そうにこちらを見ているが、今はそんな事はどうでもいい。思考をフル回転させる。
プレイヤーとなら会話できるのは当たり前だ。自我があるからだ。いくらでも会話しよう。
それが、データベースに登録のない個体、NPCでもない個体と会話をしている?
いくらなんでもこの時代で人口AIなんか実装できる代物ではなかった。
不正キャラクターの可能性も洗いなおそうと考えたが、頭によぎった原因不明リストを思い返してしまい否定することもできない。
そもそも不正キャラクターであろうとNPCならば受け答えは定型、プレイヤーならばIDに紐づけされるという事実がある。
こうなれば思考は堂々巡りにしかならない。
おかしな部分が自分では見つけられないのだ。
焦るこちらを無視してリリスは続きを説明してもいいかと聞いてくる。
纏まらない思考のまま適当に促すしかない。
「そして運命の日がやってきます。ゲームの最終ボスであった魔王エニグマに自我が目覚めました。
ここに来て初めてプレイヤー達は危機を感じたようです。
今までは弱かった敵、これが自我を持った所で多少強くなる程度でした。
しかし、今回はゲームの中でも最強と言われる部類であるモンスターが自我を持ちました。
ならばどうなるか。
プレイヤー達は討伐の為に寄り合い、協力して行動を起こしました。
しかし、相手は意志を持った強敵。
討伐に向かった人達は誰一人と帰ってくる事はなかったようです。
流石にプレイヤー達はこれを危惧し、GMや運営という場所に連絡するも連絡が取れなくなっていたようです。
更に状況は悪化、エニグマが自我を持ったモンスター達を従え一斉に各地を襲い出しました。
勿論エニグマがいくらモンスターを従えようと、父や母、高レベルプレイヤー達は最初の内は問題が無いようでした。
しかし、いざ戦闘が始まると今度は魔王軍の攻撃はプレイヤー達に痛みを与え、倒れたプレイヤー達が生き返らないという事態が起こりました。
そこから戦線は崩れたようですが何とか各地で撃退したようです。
生き残ったプレイヤー達は次の行動を起こします。
ログアウトというものです。
しかしながら、ログアウトという物を実行しようとしたようですが、誰もが当時できなかったようです。
最初こそ今のGM様みたいに何かの間違いだと言う人々も大勢いました。
しかし、どのようにしてもログアウトというものが出来ず、次第に人々の心は疲弊していきました。
やがてログアウトができない。
その現実を受け入れた高レベルプレイヤー達の大半は戦う事をやめました。
中には死ねば帰れると信じて自ら死を選ぶ人達も多く出たようです。」
何もかもが頭に入っているようで半分入ってこない。
むしろなぜこんな事を最後まで聞いているのだろう。
夢物語も大概な内容だと自分でも思う。
それに普通ならばリバイバルソウルやリザレクションという魔法で蘇生は可能である。
なぜそれが適用されない。
アイテムにも似たような物は用意されているはずだ。
これも考え方を変えればリザレクションという名前だけ残して効果をプログラム上から削除すれば納得はできる。
同じようにログアウトの機能は存在していても選択肢を消してしまえば選択することが出来なくなる。
しかし、個体の増殖や子供を産める個体となると限られてくる。
ワームウィルスには自己増殖や他のプログラムを侵食し、削除しようとすると逃げるウィルスも存在する。
痛みを伴うという事から無意識下のVR技術を利用したサブリミナル洗脳?
ヘッドギアからの漏電事故?
答えは一考にでない。そこで考える事をやめた。
答えが不明という答えに辿り着いたからだ。
俺はみんなにゲームを楽しんでもらいたかっただけなのに何故こうなった―――
「それからは魔王軍の優勢です。向こうはモンスター。
こちらは一度死んでしまえば蘇生ができない。
それに私の父や母、人間の高レベルプレイヤーは既にいません。
当たり前ですよね。人間には寿命があるんですから。
今ではこの街を含め、少ししか人間の生きる場所は残されていないのです。
これが、父や母が言っていた話と今居る私達の現状です。」
リリスは必要な事は全て言ったという感じで何もそこからは言葉を発さなかった。
極大魔法を使った時のリリアの反応も理解した。
これはプレイヤー達がいなくなった後の世界なんだと。
なぜ楽しまず必死に戦っているのかも理解した。前居た世界と同じだ。命を失えば死ぬ。ただそれが現実だからこそ必死に戦っていた。
どれだけ否定しようともログアウトもできず、ヘッドギアも取れない。
ならば事実として受け入れるしかないのだろう。
それと同時に不満も沸き上がる。
ゲーム製作者の一人として純粋に楽しんでもらうためにこのゲームを作っていた。
それが人を不幸にしているという内容。とてもじゃないが受け入れられなかった。
頭をガシガシと両手で掻きむしる。
どうにもならないイラ立ちがその行動を起こしてしまう。
たかが中年平社員がなんでこんな事をやらされる?
原因は未解決リストに既にあったじゃないか!と怒鳴りそうになった。
戻れるなら今すぐサーバーの電力を落としてUPS電源も破壊するだろう。
それくらい危険なゲームなのだ。
その上でふと言葉が漏れた。
「帰りたい―――っ!?」
言葉を言い終える前に起こった出来事だった。
一瞬何をされたのか理解できず考えが追い付かない。
冷たい液体が顔から頬を伝い床にかけてこぼれ落ちる。
目の前には空になったグラスの口をこちらに向け、泣きそうな顔になりながらこちらを睨んでいるリリアの姿が目に入ってきた。
そこでようやく気付く。水をぶっかけられたということを。
「どれだけの人があんたと同じように生きていたと思う?
どれだけの人があんたと同じ願いを胸に秘めてたと思う?
あんたはヘタレね。一瞬でもあんたをカッコいいと思った私がバカだったわ。
それだけの力を持ちながら戦う事もせず帰りたいなんて。」
「リリア!やめなさい!」
自分より幼い子に正論を突き付けられた。
帰りたい。その一言で我慢できなくなったのであろう。
母親から注意されたリリア。こちらも限界に達したのかその目には涙を溜めていた。
そのまま彼女は席を立ち、服の袖で涙を拭いながら家を飛び出していった。
リリアが家を飛び出した後、室内は沈黙の間へと変わった。
そんな中でもリリスは顔を拭ける布を手渡してくれた。
しばらくの沈黙の後、リリスは俯きながら話し出した。
「ごめんなさい。帰る場所があるGM様にあの子には納得できない感情でもあったのでしょう。」
何も返答することができなかった。
考えも纏まらない今の状況、今の自分の顔を周りから見られるたら死んだ魚のような目をしているのだと思える。
「あの子の父親は魔王軍との戦闘で幼い頃亡くなっているんです。」
「………」
「GM様にとっては未だゲームかもしれません。
しかし残されていたプレイヤー、私やあの子にとってこの世界は現実で、帰る場所などはどこにも無いのです。」
「………」
空気は重く沈黙が続く。
いくら時間が経過したかわからないが、視線だけを動かし窓を見ると日は傾き西日が射しこんでいた。
「この街ももう時間の問題だと思います。あの子も理解してるはずです。
しかし本来あの子だけならこの街を出ても生きていけるくらいの強さを持ち合わせています。
それが私達住人の事を考えて離れようとせず戦ってくれています。」
その言葉がどうにもならない気持ちと苛立ちに火をつけた。
「は!だから俺にも戦えってか?
仕事だと思ってたのに、いきなりわけのわからない世界に飛ばされて帰れません?ふざけんなっつうんだよ!」
半ばヤケクソになりながら不満の言葉をそのまま投げつける。
そんな言葉を聞いてもリリスは態度が変わらない。それがまた余計心に突き刺さる。
別にリリスが悪いんじゃない。頭では理解しているしデータベース上で問題があったことは会社も把握していたようだ。
要するに会社が全て悪い。この一言で済む内容だ。
ここでリリスから怨み文句の一つでもあればいくらか怒りのままに言いたい事も言えただろう。
しかし、何も言わないからこそ重い現実を突き付けられる。
どれだけ適当な人間でもいきなり事故に巻き込まれたらすぐには落ち着いて考えられないはずだ。
「街を救ってくださいというつもりもありません。
ただ、今の私達の状況をお伝えしたかった――」
リリスと話していると急に外から轟音と振動が周囲に響きわたり会話が中断される。
「何が?」
「全員武器を持て!魔王軍だ!非戦闘員は家の中へ戻せ!」
「広場へ向かえ!リリアが抑えている!手の空いてる奴は来い!」
自分で聞いてもやる気の無い自身の声。
同時に辺り一帯から男達の声が響きわたる。
外からは激しい剣戟の交戦音が空気の振動に乗って聞こえてくる。
怒号に悲鳴も同様に聞こえてくる。
中には幼い子供の助けてという声も入っていた。
現実なんだろうがまるで他人事だ。
人は意欲が削がれると、こうもどうでもよくなるんだと感心さえできる。
そこでふと気になった。
「リリス。あんたの父と母の名前は?」
「父はクリスマン。母はリリーナです。」
リリスは慌てる素振りもなく答えてくれた。むしろ半ば諦めと言う感じだろうか。
本当なら娘の心配をしてもいいだろう状況だろう。
コンソールにリリスの父母であるクリスマンとリリーナという名前を入力し、データベースへとアクセスする。
こちらはすぐに反応があった。
そもそも何でデータベースにアクセスできるのかわからない。
わからないがそんな事はどうでもいい。
何ができて何ができないのか、何が現実で何が仮想なのか、今では自身でも不明だ。
ただ、今は目の前の事実として反応は返ってきた。
映し出された文字列。リリスの父母だという個人情報がコンソールに羅列される。
その事実が目を背けようとしていた心を深く抉る。
「本当にプレイヤーとして存在していたんだな………ならこの人達は……」
「もう居ません。」
「……申し訳ない。」
「それは私に言うべき言葉ではありません。」
「………」
殆ど独り言に近いであろう呟きだった。
それに返すようにしてリリスが言葉を重ねる。
申し訳ない。それはこの世界に生きたであろう人達へと向けた本心からくる言葉だ。
しかしそれを否定するようにしてはっきりとした言葉で拒絶された。
伊達に30は過ぎてない。頭では理解しているのだ。
謝るべきはリリスの父母である人達だと。ただ、その人達は既に亡くなっている。
行き場のない罪悪感が全身を覆う。
それなら今の自分はどうするべきか。そして今後どうあるべきかを。
駄々をこねて何とかなるならいくらでも駄々をこねよう。
自身が作ったゲームに閉じ込められ亡くなっていった人達を想ったところで本人達の気持ちなど想像もできない。
もし自分が同じ立場なら、気が狂うどころの話ではないだろう。
その中で過去に居たプレイヤー達は家庭を築き、子を成し、家族として生きていた。
そのプレイヤー達の子供は【今】この世界で生きている。
そして死ぬとわかっている少女が戦っている。
自身にはそんな覚悟など持てないだろう。
これが平和な世界で生きた人間と、常に死と隣り合わせに生きている人間の覚悟の違いだと。
子供が戦って、原因を作ったであろういい歳したおっさんが八つ当たりなんてダサいにも限度がある。
それに自分はGMだ。プレイヤーとは違う。
原因もどこかにあるはずだと自分に言い聞かせる。
大きく一呼吸する。
「やれるだけるやる。それがせめてもの償い……か。」