「起きてください!起きて!ねぇ!お願い起きてってば!」
悲痛な叫びに似たような女の子の声によって目が覚めた。
辺り一帯には、怒声や怒号、金属音のぶつかる音が鳴り響いている。
「ここは?トライアルの広場?―――」
朦朧とする意識の中、うるさいと思いながらも、うつ伏せに倒れていたであろう自分の身体を引き起こし立ち上がる。
まだふらふらするものの立ち上がった自分に対して、疑問に答えるでもなく女の子は聞いてきた。
「あなたに回復魔法ヒールを使ったの。まだ戦える?」
まだ戦える?なんだそれ?疑問に思いながらも、あまりの喧騒に意識がハッキリしつつあった。
煩い環境の中で耳を塞ぎたい気持ちもあったが、人の話を耳を塞いで聞くなど失礼にも程があるため耳に意識を集中させる。
意識はハッキリしても、状況を把握できず混乱する状態の中、何をと聞く前に女の子がまくしたててきた。
「問題ある?職業は何?前衛?後衛?」
「え?」
「話している時間はないの!」
「一応全部できますが。」
「前衛と後衛どっちが得意?単体?範囲?」
「いや、だから全部できます。」
「装備は貧相だけど大丈夫のようね。ならお願い。今押されてるの、あなたの範囲でも単体でもいいから敵を攻撃して!私は他の負傷者の元に戻るから。」
「ちょっと!」
彼女は言いたい事だけ言うと、こちらを残し去っていった。
好き勝手言って去っていった女の子に対して呆れながら、そのまま周囲を見渡てみる。
辺りを見渡すとトライアルの街中でモンスターとプレイヤー達が戦っているのが目に入ってきた。
(確か俺、上司に連絡しようとしてヘッドギアを外そうとしたんだっけか。何でゲームしているんだ?
というかヘッドギアは?画面は表示されてるのにヘッドギアが取れない―――)
「あぶないっ!」
考え込んでいたらこっちに向かって魔法使い風の女の子が声を上げた。
「あ~、大丈夫です。心配いりません。お気遣いありがとうございます。」
(あ~、もうマジ面倒くせぇ~。)
戦っている人達が居る広場で、場違いな笑顔をもって答えていると頭を後ろから殴られた。
というよりは殴られた方を見ると、大型のイノシシの顔を持った二足歩行のオークというモンスターが、頭に切りかかりバスタードソードを振り下ろしたのだ。
鉄でできた大きな大剣が二度三度と、風を割くように頭に振り下ろされる。
その一生懸命に大剣を振るだけの健気な攻撃を見ていると、餅つきしたいんですかあんたはとツッコミたくなった。
とりあえず無視して、魔法使い風の女の子に目を向ける。
少女の表情は青い顔をしているような表情だったが、無事と知るとすぐに自分が対峙しているモンスターに向き直った。
多分まだゲームにあまり慣れていないのだろう、標準的なプレイヤーよりは腕は立ちそうだが、魔王軍相手では些か心もとないように見える。
それは右手で杖を構える姿勢やモンスターとの対峙の仕方に遠目からでもわかるくらい、一抹の不安が混じっていた。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。仕事が優先だ。
とりあえずガンガン殴りつけるオークの効果音によって、非常に耳が痛い。
というかかなり煩いため、左腕のコンソールにてステータスがMAXかを確認して大きく一呼吸する。
名前 ゲームマスター
職業 GM
LV 256
HP 99999/99999
MP 99999/99999
攻撃力 99999
防御力 99999
魔法攻撃力 99999
魔法防御力 99999
魔法耐性 99999
素早さ 99999
運 99999
所持金額999,999,999
「ちょっとお前さっきからガンガンガンガンうるさいんだよ!死ね!」
ステータスは問題なくMAX値を示していたのを確認した後、装備が無い為素手のまま右手に力を込めてオークの顔面を真正面からボクサーよろしく殴り飛ばした。
顔面を綺麗に撃ち抜かれたオークは、身の丈2mにも届こうという巨体を、まるでサッカーボールが蹴られた時の速度のように、ボウリングのピンが球に当たり纏めて吹き飛ばされるようにしながら他のモンスターを巻き込みながら綺麗に飛んでいった。
これは装備を何も身に着けて居ない時に出るただのパンチだ。
しかしやはりというか、プレイヤーとして遊ぶのと、GMとして対処するのでは威力が桁外れに違う。
只のパンチをプレイヤーとして打ったなら、相手が各上の場合そのままダメージも通りづらく、殴り返してくる。同じ強さ程度でも仰け反り程度であった。
それがびっくりするぐらい綺麗に飛んだという事は、相当なレベル差なり能力差が存在する事になる。
これは基本ステータスがGMとして存在してMAXだからできる行為なのだ。
「おお~。いい感じに飛んだな~。絶対嫌いな上司とか思い浮かべて殴った奴、他のGMにも居そうだよなコレ。」
手で日差しを隠しながらオークを見て呑気に呟く。
先程まで脳内に直に響く効果音は消え、幾分気持ちもすっきりして満足だ。
すると、ある視線に気付いた。
視線に気付いてその顔を向けると、隣で剣を構えていた前衛であろう何の職業かわからない男が、こちらを見てバカ面のままポカンと口を開いていた。
少しやりすぎたかと焦ったが、まぁ会社にバレても適当な理由をつけて纏めればいいいかという感じで思考を切り替える。
GMというのは、相手からの攻撃は防御力が最高値に設定+無効化されるためどれだけモンスターからヘイトを集めようとも本来関係ない。
説明するとGMというのは特殊で、ゲームを支配する人間。
つまり運営側であるため、プレイヤー及びNPC全てからの攻撃を一切受け付けない基本設定がなされている。
基本的な操作はヘッドギアから画面を見て脳から出る微弱な電流をヘッドギアに内蔵されているセンサーが感知してゲーム内キャラクターの左腕に装着しているコンソールから操作できるようになっていた。
それに音声コントローラーも導入しており、他社に追随を許さないくらいの音声認識精度も持っている。
またGMとしてこちらからの攻撃は腕に着けたコンソールにてプログラムを用いて調節可能なため、攻撃対象を一方的火力によって倒す事も可能だ。
ゲームマスターVSプレイヤー達ならばイベント用に出力を変更し、悪質ユーザーの確保時には能力MAXで打ち倒し、拳闘場でゲームマスターVSプレイヤーのタイマン戦闘ならばステータス同等としてプレイスキルのみで戦うなどだ。
一応毎回の調節が面倒なので、ある程度のテンプレは用意されている。
それに左腕に装着しているこのコンソール。
これはプレイヤーもコンソールを所持している事を意味するが、GMとプレイヤーの違いはできる事に制限があるかないかの違いだけだ。
機能的には2010年代に人気を博したなんとかクラフトとかいうゲームに近いのだろう。全く知らないが。
GMの主な役目としてはプレイヤー同士のトラブル解決や、不正を利用した悪質なユーザーの確保、ゲームのシナリオトラブル
イベント進行などを目的として運営が定めている。
その為外見もいたってシンプル。
初期アバターに村人の服や、鉄の全身甲冑。さらにはモンスターなど多岐に渡る。
なぜこのような外見なのかというと、目立つとプレイヤーが集まってくるため毎回他のプレイヤーにはわからないようにしているのだ。
とりあえず今の自分の姿が気になり調べたい。
近場に井戸があり桶が倒れてできたであろう水溜まりによって自身の姿を確認した。
今はチュートリアルを終えたばかりのような新米冒険者が装備する茶色統一の皮の服、皮のパンツを身に着け、髪はミディアムのホストですかという感じの茶髪であり、10代後半であろう若い男の子のアバターになっている事が理解できた。
いつこのアバターに決めたのか思い出せない。
なぜここにいるのかも思い出そうとしても思い出せない。
しかし後ででもいいやという、本来の雑で面倒くさがりの性格がここに来て出た。
「さて、ヘッドギアが取れないのもあるが、トライアルに何で魔王軍がいるのか調べないとな~。
その前にどんな状況なのか確認からか。後でログは調べるとして……」
とりあえずという事で、隣に居た男に声をかけようと思い近付くと、男は雷のような白い光に左側から撃ち抜かれ、遥か右後方の土壁に吹き飛ばされ激突。
そのまま動かなくなった。
「あ~可哀想に。倒されたか。多分ステータスペナルティが解けるまで蘇生しても戻ってこないなあれは。」
このゲーム。一度モンスターに倒されると蘇生魔法やホームポイントで復活しても5分は本来の能力値まで戻らない設定だった。
そんな理由もあり、倒されたプレイヤーを無視して先程あぶないと叫んだ少女へと歩み寄る。
「すいません。リリアさん。ここってクリエイトワールドの世界、トライアルの街中ですよね?今どういう状況ですか?」
二足歩行系モンスターの物理攻撃や精霊モンスターの雷撃を食らいながら質問を続ける。耳が慣れてきた為、効果音やエフェクトの振動などは無視していた。
客観的に見ると完全なナメプと言われる状態だろう。
それに相手の名前がわかったのは腕のコンソールに表示されているためだ。
しかし、名前は理解できるが状況が理解できない為にプレイヤーに状況を教えてもらう。
サポートや対応をするにしても情報無しでは無駄に終わる事が多いからこそ話しかける。
魔法使い風の女、リリアは答えてくれた。
「うっさい!」
「は?」
頭に響く高く細い声はモンスターの攻撃効果音よりうるさい。それにあまりの言葉使いに聞き間違いかと思い素の状態で声が出てしまった。
リリアという少女は10代後半くらいの小柄で細身な女の子の外見設定のようだ。
腰まで伸びたストレートの青い髪に青い目、黒のマント着用し黒の三角帽子を被り、青い服、黒のブーツを着たどこにでもいるような外見の魔法使い。
ただし、顔だけは可愛い。胸は無いが。
そっちの属性の人にはたまらない外見であろうことは見て取れた。
「いや、状況がわからなくて、少し皆さんにお話しを伺いたいと思いまして。」
「こっちの状況も考えて!今はそれどころじゃないの!フレアバースト!」
リリアは炎魔法によって対峙していたヘドロスライムを焼き払いながら答える。
何故か相当真剣な顔でモンスターと対峙して、まるでゲームは遊びじゃないのよ!とでも感じ取れる言い方だった。
本気でプレイしてくれるのは製作者として嬉しい反面、ちょっと落ち着いてくださいという気持ちが浮かび上がる。
「状況がわからないため何もできないので教えていただけると幸いなのですが。それにトライアルの街に魔王軍はイベントに設定されてないはずなんですが。」
「何わけわかんない事言ってんのよ!今はあいつらを倒さなきゃいけないの!」
気が狂ったようにリリアは肩で息をしながら叫ぶ。
(うわ~、ヒステリー恐ぇ~。)
昔付き合っていた彼女が怒った時を思い出して多少身震いする。
確かにプレイヤーからすると敵が強くて手が抜けないのだろう。
しかし、手が抜けなくとも障害の方が後々にゲーム全体へと影響が波及する場合もあるため、妥協案をGMとして提案する事を決める。
状況の把握が必要な為だ。
「ではここの魔王軍が居なくなれば皆さんからお話しは聞けますか?」
「いくらでも答えてやるわよ!高レベルプレイヤーと言われてた人達ももう居ない、助かるとはもう思ってないけどね。」
力強かった声が語尾にかけて心なしか諦めにも似たように弱々しいものになっていた。
プレイヤーの言葉を一々全部受け取っていてはGMという仕事はできない。
後半部分は後ででも問題ないため聞き流した。
「ん~、このイベント自体がバグっぽいし、サーバーに負荷を掛けてるだろうから、とりあえずグラフィック負荷を無くすだけでも違うだろう。
何か問題があっても未解決も多かったぽいし、最悪未解決リストに突っ込めばいっか。」
流石俺!手の抜き方は心得てます!
そんな自分に満足しながら、ヘッドギアコントローラーが取れなくても操作は可能かどうか少し試してみる。
「ファイヤーボールの魔法は――」
魔法使いが修得できる魔法を使用する事に決めた。
無造作に右手をモンスターに突き出す前に、ファイヤーボールをコンソールの画面経由で操作してみる。
突き出した腕の前に空気が円を描き収縮するエフェクトが発生する。
紅く熱い質量を持った塊が生成され、対象のオーク系モンスターに向かって勢いよく飛んでいく。
ファイアーボールを受けたモンスターはゴバンッ!という重い衝撃音と同時に肉体を炭化させブスブスと肉から空気が抜けるような音を上げながら黒ずみとなって前のめりに崩れ落ちたのが見えた。
「無詠唱!?」
リリアというプレイヤーは何を驚いているのか。
魔法というのは基本的に無詠唱だろう。
ロールプレイをしているならば別だろうが、普通の一般人なら黙ってボタンをポチっとクリックなりタッチをするだけだ。
気にするだけ無駄なのでリリアを無視して続ける。
「うっし。久しぶりだけど、操作は変わらないぽいな。ならスキルは――」
手近なスケルトンを対象として武器が無い為、盗賊スキルと武闘家スキルを試す。
今度は音声入力システムで操作を試してみる事にした。簡単に言えばスマートフォンのフリック入力に近いものだ。
盗賊スキル、「バックステップ!」で相手との一定距離を取り、「ハイジャンプ!」にてスケルトンを飛び越え後ろに回り込む。
そのまま武闘家の「回し蹴り!」スキルを発動。
片足を残し身体を捻り頭蓋骨部分に回し蹴りを叩き込んだ。
パァン!と野球のグローブにボールが収まるような気持ちの良い音が弾ける。
蹴りをそのまま振り抜くとスケルトンの頭蓋骨は砕かれパラパラと辺りに飛び散った。
頭部を失ったスケルトンは操り人形の糸が切れたように音を立ててその場に地面に崩れ落ちた。
一通り操作してみた結果、どちらも操作方法的には問題なさそうだったのでスケルトンが倒れた先に居たリリアに伝える。
(ん~、おもいっきり中二病っぽいが会社には誰もいないし、まぁ操作も完璧だな。)
「わかりました。ではとりあえずモンスターの殲滅をしますね。」
「何を?」
視線をスケルトンからリリアへと移した時に、彼女は唖然とした表情を浮かべて言葉を発したが、全てを言い終える前に行動に移す。
まずは回復魔法と騎士系ヘイト集めスキルを発動する。
「ヒーリングサンクチュアリ。からの~天界の微笑み。」
先程回し蹴りを放つ前に負傷者がいたのを確認していたので、エリアの中に居る対象と認識した者達への回復魔法を使い敵のヘイトを奪う。
対象と認識したプレイヤー達は緑色の光のカーテンに四方を囲まれ傷が癒されていくだろう。
しかしそれではヘイトの固定にはまだ弱い為、少しの間だけエリア一帯にいたヘイトを丸ごと請け負える天界の微笑みにて自身に集中させる。
天界の微笑みを向けられた周囲に居たモンスター達は、一斉に発動者である俺を睨みつけ進行方向を変更する。
この効果は常に不快と憎悪に苛まれて、発動者を倒すまで効果を与えられるためだ。
しかし自身はと言うと、モンスターの威嚇など鼻にもかけずに淡々とマイペースに進める。
「えっと、あ、居た!」
この敵の中でHPも高い肉段戦闘系に特化したゴーレム。ウォーロックゴーレムへと目標を定めた。
堅い鉱石でできた身体を持つ、二足歩行の人型石造りのモンスターだ。
ついでにリリアを抱きかかえて一緒に連れてく事を決め、敵陣ど真ん中に一気に駆けだす。
抱きかかえた瞬間にリリアは何か喚いていたが興味が無い。
幼女アバター程度にやいのやいのトキメキなんぞ正常な人間ではありえないだろう。
なぜリリアを捕まえたかと言うと、目的は更にヘイトを固定するために特大ダメージを叩き出せる敵が必要なのだ。
目の前に立ちはだかるオークやエレメントモンスターたちを、お姫様抱っこしているリリアに攻撃が当たらないように、若干動きづらいながらも左右に躱し、少し奥に居たウォーロックゴーレムの前に立ちリリアをおろす。
武闘家スキルを叩き込むための行動だった。
「ちょっと!何でわたしまで連れてきたのよ!」
「ん~、話を聞くためですね。それに、多分私と居た方が倒されずに安全ですよ?
死んでしまったら嫌でしょう?」
何か言い返そうとしたリリアだが、死という言葉を聞いて口を大人しく噤んでくれた。
「よいしょ~!天乱衝撃掌!」
未解決リストに載せればいいやという安直な発想からか、口調が多少雑になるが気にしない。
人は処理できると考えれば行動が豪快、もとい雑になるのだ。これは誰でもそうだろう。
縛られてガチガチに疲れるより、自由に伸び伸びとする方が本来の力を発揮できるのだ。
ただ、今しがた繰り出した天乱衝撃掌。
相手にゼロ距離で右掌を添え、右足から左足に重心を移動させる。
そのまま左足で地面を蹴り腰の回転から右肩へと力を伝え、全体重を乗せた右手威力を相手の内部に振動のみを叩き込むスキルだ。
天乱衝撃掌を受けたウォーロックゴーレムは動く事もせず人間でいうところの心臓部分から肉体の崩壊が始まり徐々に砂へと還っていった。
見てわかるように砂へと返ったという事はゴーレムのHPが無くなったのだろう。
「さて、続いては~範囲攻撃魔法。エクスプロージョン!」
くるりと後方へと身を返し、自分の指定した場所を中心に敵味方関係無しに周囲10m程の爆発を起こす攻撃魔法を準備する。
モンスター達に囲まれており、周りにプレイヤー達は居ない事を確認した上での使用だ。巻き込んで倒しましたじゃ、絶対にクレームとして上がってくるだろうと考えての計算だ。
右手を前に突き出し、そのまま上へと手を持ち上げる。自身の周囲の地面に現れる赤い魔法陣。
徐々に熱を持ち、やがて熱風を巻き上げながら、範囲内の空気を圧縮して轟音と共に一気に解放する。
圧縮から解放された空気は、風船が弾けるような勢いと熱を持ってモンスター達に一気に襲い掛かった。
豪快な爆発に巻き込まれたモンスター達は、武器を手から離し、苦しみの悲鳴を上げつつ肉の焦げる臭いを漂わせながらその場に次々と倒れ込んでいった。
「これでヘイトの固定は多分できただろう。つか、ぞろぞろと色んなところから集まってきてるな。後はこのエリア一帯を吹き飛ばすには―――
ん?臭い?そういえばファイヤーボールやエクスプロージョンも少し熱かったな。」
少し考えて気になる事を後回しにし、手を振りながら街に響き渡る声で叫んだ。
「すいませ~ん。極大魔法使いますが画面が暗転しても問題ありませんのでご協力お願いします~。」
伝える事だけ伝えて詠唱に入る
世界の終わりは世界の始まり
光りあるところに闇ありて
闇あるところに光あり
破壊あるところに創造ありて
創造あるところに破壊あり
我の力、自身で喰らいて全てを始まりへと還さん
万物に等しく滅びを与えたもう
唯一の中二病的な詠唱魔法だ。
音声認識システムが他社より優れているために、上が無理やり宣伝とするために作れといった、とても痛い仕様である。
ただ、詠唱させる事には意味がある。
無詠唱でも唱えれるが、詠唱入りだと威力の上昇を行うのだ。
それはこの音声システムが他社より優れているからこそできる利点であろう。
詠唱に入り両手を胸元で合わせる。
各職業の設定されているリキャストタイムが一番長いスキル兼魔法の中の一つだ。
一番長いというように、極めればほぼその職業の最強攻撃方法であったり、最強防御だったりとする。
詠唱が完了すると一気に自分の居る広場全体の地面を、まるで蛇が地面を這うような形で高速に拡大していく黒い魔法陣が展開されていく。
モンスター、プレイヤーを区別なく魔法陣の中に捉える。
徐々に魔力が掌の中に集まるのを感じ取ると、合わさっている掌をゆっくり放していく。
掌を放すと同時に黒かった魔法陣が徐々に光輝き、その光は天まで届こうかといういくつもの光柱となって空へと昇る。
相変わらず眩しいだけのエフェクトに気分が落ちるが、離された掌の間には野球ボール大の魔法陣より輝度の高い、白く輝く凝縮された魔力塊が浮いていた。
その呪文を隣で聞いていたリリアが叫ぶ。
「それ、もう何十年も昔にあった魔法じゃない!何であんたがそんなもの唱えるのよ!」
さっきからうるさいリリアの質問を無視して、モンスターがもっと集まるのを黙って待つ。
周りにいるモンスターに殴られたり魔法攻撃を浴びせられているが、プレイヤー達と違う。
攻撃は無効化される為に詠唱中断はされない。
何故待つのかというと、すぐに発動してもいいが、面倒くさいので一撃で仕留めたかった。それにGMでこの魔法を使うのは初めてだった為、少し楽しみというのもあり、辺りを見渡し機会を伺っているだけにすぎないのだ。
ちなみにリリアにはGM直々に防御魔法をかけてあるので問題はないだろう。
(そろそろか―――)
色々なところに散っていたであろうモンスターたちが、屋根を越え、空を飛び、こちらの居る広場へと次々に集まってくる。
うじゃうじゃと並のプレイヤーならこんなヘイトを集めるなど自殺行為に等しい行動でも、ダメージを受けないからこそできる無茶苦茶な戦法に乾いた笑いが出そうになった。
タイミングを見極め、ホールドをかけていた魔法の最終ワードであるトリガーを引く。
「極大魔法発動!原始の炎!」
両手の間にある球体が周囲の色と音を奪う。直後白黒になり無音となった。
そのほんの数秒の間に魔法陣の領域内にいる者達へ、宇宙が誕生したと言われる1000兆度を超える温度を持った超爆発がモンスターたちを飲み込む。
一応プレイヤー達を魔法陣には捉えているが、対象にせずモンスターのみに設定されている魔法だ。だからこそ安心して使用できる。
こんなビックバン並の設定をプレイヤー達も飲み込む指定にすればまとめて倒れてしまう。
どこぞの若いグラフィッカーとプログラマーが「一撃必殺ってやっぱこんなんじゃね?」「いやいや、天災クラスもありっしょ。」「宇宙爆誕的な?」「じゃ、合わせてみたら?」とブレインストーミングという好き勝手言える会議でワイワイやってたのを思い出した。
完全中二病的な画面暗転と無音とか言う設定を入れたため、色んなエリアでこの魔法を使用されると負荷が高くなりラグが発生。
回線落ちやフリーズを伴う為プレイヤー達は使用ができなくしていた。
一応変わりの魔法を設定したのだが、リキャストタイムを考えても割の良いその時期の最強魔法として設定されていた為、この対応に運営に対する批判は本当に酷かったと記憶している。
原始の炎の効果が消えると、爆発に飲み込まれたモンスター達は生物、無機物、精霊、不死、全て関係無しに瞬時に蒸発し、後に残ったのは影響を受けない建造物と戦闘に参加していたプレイヤー達だけだった。
ここまで来たら後はやる事と言えば一つだ。
そう、証拠隠滅!もとい、不具合調整の状況把握!
そうと決まれば後ろにいたリリアに振り返り声を掛ける。
「一応これでこのエリア一帯に居た魔王軍は居なくなりました。リリアさん。これで説明してもらっていいですか?」
リリアは下を向いて黙っている。
顔は帽子に隠れて見えないが、よく見ると肩が震えているように見えた。
「どうかしましたか?」
なぜかリリアは答えない。
「あの~、一応魔王軍は倒したんですけど~―――」
「った………やった………」
声が小さくて詳しく聞き取れない。
ぐすっ………
鼻のすする音が聞こえた。
「………がとう」
「え?」
「ふぇ~ん………ありがとう~………」
「な!え!ちょっと!」
鼻を垂らして泣いているリリアはそのまま抱き着いてきた。想定外の出来事に腰が引けてしまう。
それに無いはずの胸が当たってる感触がしてどうしたら良いか悩んでいると、広場で戦っていた者達から歓声が上がった。
(ん?感触?このゲームに感触なんてあったか?)