GMという職業が負けるはずがない   作:高橋くるる

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シルク編
プロローグ


「――だそうです。」

 

周りには林がある街の端の家。

陽当たりが悪いレンガを重ね合わせたような石造りの薄暗いジメジメとしたリビング。

窓は閉じられ家具などは何もない。

代わりに辺りには食べ散らかしたであろう元が何なのかさえわからない腐敗した肉が散乱していた。

その腐臭に鼻が歪みそうになる気持ちを抑え報告を終える。

 

 

報告を受けた目の前に立つ大柄の影。

その大柄な影が手に持っていた物体は見た目からは想像もつかない速さで振り抜かれた。風を巻き込みながら迫るそれは、取手部分には包帯のように生地が巻き付けられていた。恐らく手が滑らかないようにする為であろう。

その取手部分の長さは約1メートル程。

先端にはこの世界では一番堅いと言われるアダマンタイト鉱石で出来ている塊が左右対称に取り付けられている。

塊の大きさ的には縦横20センチメートル程の面を持ち、取手から左右対称に伸びた長さは片方30センチメートル程。

その面とは別に先端には鋭利な槍状の40センチメートル程の刃が取り付けられていた。

ハンマーともランスとも呼べる三又の獲物をその持ち主は片手で扱う。

腕を使い防ぎたい。若しくは飛んで逃げたい。

そんな気持ちに駆られるが、これは防いではいけないものだと頭では理解している。

 

その面が風の壁を打ち崩すように左腕ごと左脇腹に打ち込まれた。

苦痛を瞬時に通り越して意識が刈り取られそうになる。

殴り付けられると同時に、自分の意思で飛ぶのとは別に、身体が宙に舞いそのままなす術なく地面にうつ伏せに打ち付けられた。

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

わかってはいた。わかってはいたのだ。

しかし流石にこれはキツイ。

痛みを我慢するが、腹の底から熱い物が込み上げてくる。

堪えようとするも、どうにもならずに限界を超えてやがて口から赤い血が噴出した。

 

「お前な。大事な戦力を一つ潰してな、そんなつまらない土産話とか何考えてんだ?

テメェの失敗で全員に危険が及ぶだろうが!」

 

声の主はかなり激昂しているようだ。

それはそうだろう。自分の失敗で全員の命の危機を招いたのだから。

自分が逆の立場ならどうだ。同じようにするしかないだろう。

他に方法があれば目の前の主もそちらを選択しているのは理解できる。

だからこそこれを受け入れるしかないのだ。

 

トロールは顔に青筋を立てながら手に持った武器を大きく振りかぶる。

 

自動回復能力をパッシブスキルとして保有しており、魔法耐性は弱いが体力・防御力・物理攻撃力が高い。

自分と同じプレイヤーであり、魔法耐性を上昇させる為に肩から腰に金糸を用いた生地で作製されているまるで原始人が着るような衣服を装備している。

全体像で言うと並の成人男性二人分くらいの横幅を持った2m程の二足歩行モンスターだ。

見た目はただのトロールだが、その装備とレベルによって普通のトロールとは比べ物にならない強さを持っていた。

普通のトロールが猫なら、このトロールはライオンといったところだろう。

このトロールに対し、能力を使用しての駆け引き戦ならば勝てるかもしれないが、単純な肉弾戦ならとても太刀打ちできるものではない。

 

今から起こる出来事がどういう事か理解できるためどうしても恐怖で身体が震えてしまう。

散々見て来た光景なのだ。

 

「お前の責任だ!わかってんだろうな!」

 

アンダーグラウンドの日本ではない。

勿論映画やアニメなんかでもない。わかっている。そう自分に言い聞かせる。

 

失敗すれば『死』。

これまでもそうだったし、これからも変わらない。

今の自分が居る世界での常識。

そうしなければ今まで生き残ってこれなかったのも事実だ。

誰かを生かす為に誰かが死ぬ。

こんな最悪な世界ではただ生きる事さえ困難な日常。

自分が生きてこれたのも、今まで誰かがその都度責任を一人で請け負ってきたからだ。

 

トロールは言い終えると同時に大雑把に大きく振り下ろした武器をこちらの背中に叩きつけてきた。

 

「ガァっ!」

 

出した事がない声が口から自然と出る。

TVなどの演技の声なんかではない。出そうと思って出る声じゃない、自身でさえ聞いた事がない声。

人が圧死するときに出す声というのはこういうものなのだろう。

普段聞いている自分の声とは全く異質な物だと初めて理解した。

 

地面と武器に挟まれ、背中から骨が砕けるような音が鳴る。

自分の身体から出ているとは思えない何かが砕ける音が聞こえてきて、心が折れてしまいそうになり意識が遠のいていく。

 

「やめてよ!」

 

その声を聞き、遠のきかけた意識が直ぐに我に返る。

声は少年という感じが適切だろう。まだ変声期にも入ってない声だ。

部屋の扉が勢いよく開かれたと思うと、トロールを両手で突き飛ばしこちらとトロールの間で手を広げて立ち塞がった。

 

「来ちゃ……ダメ!大……丈夫、だから!」

 

声に出そうとするが口をパクパクさせているだけで空気が出ていないのか自分の声が耳に届かない。

恐らく相手にも聞こえていないのか、気付いていないような感じで相対している。

いや、恐らく気付いていても同じ状況には変わらない。

 

「痛ってーな。」

「姉ちゃんは僕が守る!」

(ダメ!アラン君!下がりなさい!)

 

必死に声を出そうとしたが、それでも一切声が出ない。

力を込めようと大きく空気を吸いもうとすると、空気を吸い込むどころか、更に吐血してしまい血溜まりを作る。

これは先程の攻撃によって骨だけでなく体内のどこかが傷ついてしまったのだろう。

 

「残念。姉ちゃんは喋れないようだ。

それにな、坊主、こっちはこっちで命がかかってんだ。ガキが感情だけで邪魔してんじゃねぇぞ!!」

「姉ちゃん一人だけで行かせたお前らも悪いだろ!」

「おいクソガキ。もっぺん言ってみろや。

テメェも知ってんだろ。

俺らが遊んでるように見えてんのか?

理由次第じゃ許さねぇぞ!

こっちはこっちで他の奴らも必死にお前ら含めて死なないように命かけてんだ。」

「っ……」

「それに今回はこのままだとマジでやべぇんだ。

このアマだけじゃなく俺ら含めてお前も全員殺される。

NMを失っただけのケジメが必要なんだよ!」

「なら僕が行く!だからこれ以上姉ちゃんをいじめるな!――」

 

正直アランの言う言葉は嬉しい。

でもそれではダメなのだ。

ここで誰かが責任を取らなければまた人が死ぬ。

もうこれ以上大切な人が死ぬのは見たくないのだ。

 

二人が言い合いをしていると、急にトロールの顔色が青ざめたように見えた。

その表情を見て嫌な予感がする。

待てという感じで間に入った上半身が人間下半身が馬のケンタウロスであるアランに対して手を伸ばし、白い歯を見せて歯噛みして黙り込んだ。

 

「ちっ、来やがった。いいかガキ。テメェだけじゃねぇ。

俺にだって守りたい奴らはいるんだ。

それは本当ならお前の姉ちゃんも含めて全員だ。

ただな、誰かがケジメをつけなきゃ全員が死ぬ。だから理解しろ。」

 

目の前のトロールは諭すようにしてアランに言った。

一体何がくるというのだろうか。

いや、自分は知っている。嫌な予感というのはソレの事だ。

察知はできないが、おそらくソレが来たのだろう。

直接は知らないものだったが、管理される立場となってから目の前のトロールの家に来ていたのは何度か見ていたのは覚えている。

恐らくソレを察知したトロールは、何を考えているのかコンソールに対して太い指を使って急いで操作しているのが見て取れた。

 

少しすると操作を終えたのだろう。

アイテムボックスが現れ、中から小さな小瓶を取り出した。

その取り出した簡素な瓶を見ながら大きな身体とは裏腹に悲しそうな表情をしているのが見える。

一体そんな小瓶を取り出して今更何をしようというのか。

そんな物が今更役に立つとは思えない。

 

「今の状況じゃまともな材料もねぇ。

こんな簡単に作れるポーションさえ買う事はおろか、必要な物は手に入りにくい。

これが管理された側の環境だとはな。

ったくよ。この一つが俺の手持ちの最後のポーションとは笑わせてくれる。

おいガキ。そこをどけ。」

「嫌だ!」

「時間がねぇ!男なら何を守るか間違うな!さっさとそこをどけ!」

 

そう言うとトロールは武器を手から離してアランの腹を殴り付けた。

加減をしていたようだったが、両手を広げていたアランはトロールの一撃をまともに腹に受けて4本の足を折り曲げて地面に膝から崩れてうずくまる。

手間をかけさせやがってという感じだろう。

邪魔者は消したというようにトロールはこちらへと近付いてきた。

 

「おう、クソアマ。

これを飲め。今からじゃどうせ間に合わねぇ。

それにそのガキじゃ子供過ぎて話にもなりゃしねぇ。

だからテメェに頼む事にした。

いいか、これは今までしてきた上からのクソみたいな命令じゃなく、俺個人の最後の頼みだ。

俺の首持ってテメェがここに居る全員守れ!いいな!」

 

トロールは手に持ったポーションの瓶の口をこちらの頭を左手で持ち上げながら口へと右手を使って強引に押し込んできた。

吐血で全部は飲めなかったが、多少飲めた事によりいくらかは体力が回復したようだ。

しかし既に何十年も経過してレベルがMAXまで上昇している体力には焼け石に水のようなもの。

トロールの攻撃によって何も痛みを感じなくなっていた。

それが中途半端に回復された事によって、無痛状態から激痛を感じ取れる感覚程度しか回復していない。

 

感覚が多少戻る事によってわかった事があった。

トロールの瓶を持った右手が微妙に震えていたのだ。

その事から理解できた。

 

(ああ、結局はこの人もワタクシたちと同じなという事ですのね。)

 

「飲めただろ。さっさと俺の首を斬り落としやがれ。

パッシブスキルの自動回復で首が切断されても回復しようとして生きてる。

それを持ってアイツの前で確実に殺せ。それでもどうなるかわからんがな。」

 

トロールは腕を組んで部屋の中央に座った。

言われた通り動こうとするが、やはり体力の回復量が少なく思うように中々動けない。

立ち上がるので精一杯だった。

しばらく休めば何とかなるが、今は苦痛が全身に襲いかかり気を抜くとすぐにでも意識が飛びそうなのだ。

 

「ちっ、ダメか。おい!アラン!何でもいい!テメェが俺の首を刎ねろ!」

 

こちらが無理と悟ったのか、首から上を動かしてアランに向け指示を飛ばす。

指示を受けたアランも何とか立ち上がったものの足元がおぼつかないように見えた。

 

「この根性無しがっ!これじゃあもう間に合わねぇ。こうなったらやるしかねぇか。

おいアラン!姉ちゃん助けたきゃ俺と一緒に死ぬ覚悟を決めろや。

おい、シャルル!テメェはそこの窓から飛んで裏から出て他の奴らを連れてシルクから出ろ!

アランの事はすまねぇが諦めてくれ――」

 

その瞬間。

最後まで言葉を発せなかったトロールは、開いた状態の扉の方向から白い一筋の閃光に貫かれた。

 

「ぐっ!」

「ゲン太!」

 

アランがトロールの名を呼ぶ。

ゲン太は閃光によって左胸を貫かれており、左手で傷口を抑えながら右膝を地面についた。

 

「来たぞアラン!テメェが姉ちゃんを守ろうとしたんだ。

姉ちゃん殺されないようにビッと気合いれろや!」

 

ゲン太は扉の先を睨みつけるように見ていた。

 

「親方っ!」

「大丈夫すか!?」

 

家の門番をしていたゲン太直属の部下達二体が部屋の中になだれ込んできた。

身体が全身紫色で鳥類のような嘴の尖った顔と足を持ち、背中には鷹のような翼を生やした両手は人間で金色の腕輪を装着した悪魔。

顔には二本の角を持ち、背中には翼、尻には尖った尻尾、人間の手足を持って地面を這うように歩く赤い身体。

プレイヤーであるガーゴイルとレッサーデーモンだ。

ゲン太を心配しての事であろう。

混乱しているようだったが、心配の声を先に上げる。

 

「テメェらも家族を守る為に俺と一緒に死ね!」

「親方がそう言うならついていきますぜ。

なんせここまで面倒見てくれたんだ。逃げる方がおかしいってもんです。」

「そうっすよ。一人で居た俺を拾ってくれたんだ。最後まで一緒っすよ。」

 

ワタクシも戦いますわ。

そう口に出そうとするが相変わらず喉からは空気が漏れる音しか出てないのだろう。

何も出来ない自分が歯がゆい。

 

傷口あたりからから白い煙をあげていたゲン太。

胸から手を放すと傷が塞がっており、先程地面に叩きつけた武器を手に取った。

それに続き部下の二体は任せてくださいという感じでゲン太に笑顔を向けていた。

自分は結局立ち上がったものの、それが精一杯で声も出せずにやり取りを見ているしか出来なかった。

それでも目は動かせる。5体全員の視線は閃光が飛んできた扉に注がれる。

 

「全く。女性をいたぶりポーションを飲ませる。

何の拷問ですかそれは?

やるなら確実に一撃で仕留めるのがスマートですよ。」

 

そこにはたまに見ていたソレが居た。

光が放たれた場所から確認できた姿は、流暢な言葉を放す人間。

いや、灰色のフード付き全身ローブを着たモンスターだった。

成人未満の人間と同じくらいの身長に細身の体系。

フードからは常に眼を瞑って口元がヘラヘラしている顔が見え、金色の長い髪の毛が胸元まで伸びており、ウェーブ状のロングヘアーという事は理解できる。

その背中からはどのようになっているかわからない状態で、純白の羽根が2枚ローブを包み込むように生やしている天使の人型モンスターだった。

 

「テメェェェェェ!!!!」

「待ちやがれ!」

 

現れたモンスターは、他のモンスターの首から上だけを左手に4つ持っていた。

それは全て見覚えのある者達の顔だ。

それを見たレッサーデーモンが、ゲン太の言う事も聞かずに一気に怒声をあげながら天使に単騎で向かっていく。

恐らく彼もその首が理解したのだろう。

 

「本当不思議ですよね。

元から居たモンスターは殺すと何かしらアクションを起こしたあとに消滅するのに、プレイヤーの肉体は消滅しない。

ただし見た目ではあまり見分けがつかない。

あ、ちょっとうるさいんで黙ってくれます?」

 

言葉が終わると共に、襲い掛かったレッサーデーモンの身体が縦半分に分断された。

しばらくは動いていたが、やがて動きは痙攣へと変わり、痙攣から停止して昆虫が死ぬ間際と同じようにして息を引き取った。

その場に居た誰もが息を呑む。

天使はいつ抜いたのかわからない剣を右手に持ち、レッサーデーモンの真っ二つにしたのだ。

あのプレイヤーよりも動きは上だったとわかるその速度に対して諦めのような気持ちが込み上げてくる。

それでも諦めるわけにはいかない。勝てるとも思っていない。

でも、ここで折れたらみんなと今まで耐えてきた意味がなくなる。

 

「おい!ニヤけ野郎!テメェその首はどうしたんだ。」

 

回答次第ではすぐにでも襲い掛かりそうなゲン太が、声を荒げて問いかけた。

彼にしてみれば目の前で長い時間一緒だった家族を殺されたのだ。

荒げるなという方が無理な話だ。

 

「言いましたよね?

元のモンスターは消滅。プレイヤーは消滅しない。

面倒くさいのでシルクに居たモンスター全部殺しちゃいました。

でも勘違いしないでくださいね。

あなたと違って全部一撃で殺しましたから。

この頭は手応えがあった人達のものです。

戦利品ってやつですかね。

まぁ、言っても元のモンスターよりちょっとマシ程度でしたけど。」

 

その無邪気な物言いに背筋が寒くなった。

こいつは敵も味方も関係無しに殺した。

面倒くさいからという理由でこの街にいる仲間を全員殺した。

聞き間違いかと理解するのに少し時間がかかった。

それはそうだ。あまりにもその気軽な言い方が現実味を消していたのだ。

しかしここがどこかという事をすぐに思い出し、理解したと同時に徐々に恨みが湧きあがる。

ゲン太からすれば家族だろう。

自分にとっては仲間や友達だ。

そして街にはまだ生きているプレイヤーの仲間や友達が居た。

それを殺してきたとこの男は言ったのだ。

 

ゲン太がコミュニティを作ることで、管理されるようになっても何とか生きてきた。

いつかは帰れると信じて下げたくない頭を下げた。

自分達が生きる為という言い訳を付け、胸糞悪くなるような命令さえ皆が遂行していた。

それをただの面倒くさいというだけで仲間や友達が殺された。

悔しくて涙が出る。悔しいではすまない。怒りで頭がどうにかなりそうだ。

しかし頭の冷静な部分ではわかっている。ゲン太がなぜこうまでして今までみんなを守ってきたか。

どうやったところでNPCの中にはサリス同様に勝てないモンスター達が居る。

目の前にいる少年もまたサリスと同様なのだ。

 

「おい、アラン。」

「な、なに?」

「相変わらずまともな口も聞けないガキだなテメェは。まぁいい。これが最後だ。」

 

ゲン太の最後という言葉。恐らくゲン太は死ぬ気だ。

 

「お前の姉ちゃんは戦えない。

だから今から逃がす。少しでも俺達で時間を稼ぐぞ。」

「わ、わかった。」

 

ゲン太に言われアランは声が震えていた。

元が臆病な為に本来はこのような戦闘行為すら嫌いでモンスター達の武具を作って売る商人だったのだ。

そんな優しいアランが自分を逃がそうと、自身を盾にしてゲン太と共に武器である弓を構える。

 

「ダ……メ……わ、わたくしも……」

「シャルル。男が大事なもん守ろうって覚悟を決めたんだ。

水を差すんじゃねぇ。

それに守る奴らももういなくなっちまったみてぇだしな。

俺らはもうお前を守ってやれねぇ。

なら余計な事は考えずテメェは逃げろ。

こんなクソみたいな世界でサリスに正面切って勝ったプレイヤーが居るなら、地べたに頭こすりつけてでもそいつに謝って守ってもらえ。

それがろくでもねぇ親として言える最後の言葉だ。」

 

(お願い!待って!わたくしも戦いますわ!)

 

必死に絞り出した一言。それ以上は言葉にすらできない。

ただ、言葉にできなくとも頭で考え、必死に手を伸ばした。

しかし、伸ばしたその手をゲン太が掴んできた。

 

「バンプアップ!」

 

トロールが持つ身体能力強化スキルを使い、そのままリビングの窓に向かって引っ張られる。

抵抗などできようもないその圧倒的な力に、ただただ身体が連れていかれる。

 

「殴って悪かったな。」

(嫌……わたくしもみんなと……一緒に……)

 

自身にたけ聞こえるような声量でゲン太は言ってきた。

引っ張られる状態。その中でその声には多分に謝罪の気持ちが含まれていた。

 

やがて窓に近付くと勢いよく開いて力任せに思いっきり投げられ外に放り出される。

その勢いが止まらず、身体が林の木々の枝にぶつかり肌に小さな傷をつける。

体の傷などどうでもいい。これから起こる事を考えると後悔しか残らない。

あのプレイヤーがサリスに言っていた言葉をこんな所で思い出した。

 

「終わりましたか?安心してください。どっちにしろ探し出して後ですぐに送ってあげますよ。」

「元気でやれよ!シャルル!」

「姉ちゃん!今までありがとう!」

「姐さん!幸せになってくだせぇよ!みんな願ってますから!」

 

 

三体の声と一体の声が離れていく家の中から聞こえてきた。

一体はわざと待っていたのだろう。

どうでもいいという感じの話し方だった。

他の三体は清々しささえ含んでいるような言葉だった。

 

(お願い。誰でもいい、あの人達を助けてください)

 

そんな希望に縋るも既に涙で視界が滲み、徐々にその景色は歪んでいく。

頭では理解しているのだ。

この世界での希望など既にどこにもないのだと。

あるとすればあのプレイヤーだけだろう。

 

ある程度離れた頃に家の方角から白い光りに包まれた。

 


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