FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫ 作:ふゆー
ユウナと仮面の者は対峙している。
二人の周囲では魔物の雄叫びや人々の悲鳴が渦巻いていた。エボン兵と討伐隊たちが逃げる一般人を守りながら必死に魔物たちに応戦をしているが、戦況はかんばしくない状態が続く。次々と沸いて表れる魔物の群れに手をやき、防戦一方にならざるを得なかった。
それらの声を聞きながらユウナは険しい顔つきとなる。互いに一歩も引かず、視線をそらさない。
仮面の者はユウナを値踏むように眺めた。その目には憐れみが混じっている。
「召喚の力を失ったお前に何が残る」
現実を突きつける残酷な問いかけにユウナの表情は強張った。かつてのように守る力はないという事実を射抜かれる。
それでもユウナは仮面の者を臆することなく、まっすぐに見つめ返した。
「‥召喚の力が全てではありません」
仮面の者の眼圧に気圧されないよう、その場に踏みとどまりながら前を向く。
仮面の者はわざと首を大げさに横に振り、呆れた様子でユウナにゆっくりと語りかけた。
「終わりなき輪廻が、繰り返された長き月日に終わりが来たと終わらせたと・・言い切れるか?」
「?・・」
何かを知っているそぶりをみせる仮面の者の問いに、ユウナは明確な答えをもっていなかった。
仮面の者はひと息おいて続ける。
「この現状『シン』はその過程に過ぎない」
それはユウナにプレッシャーを強いるように迫ってくる。
その声には一切の感情が込められていなかった。怒りも、憎悪も、落胆も、後悔も、一切の感情が仮面な者から抜け落ちていた。
強いて言えば、無に近い感情。感情そのものを捨ててしまったかのような響きが、周りの悲鳴にまじって聞こえてきた。
ユウナは口を結び首を横に振る。
「そんな事ない!」
思いつめた表情で先を続ける。
「・・あの戦いを経て得たものは何にも変えられないものだから」
永遠のナギ説を得るために、旅路の果てに様々な覚悟や犠牲をともなった過去の思いやいろいろなものが走馬灯のように駆け巡る。
それらの激しく熱い感情がせり上がってきた。
ユウナの発言に、不気味な仮面の者は軽薄そうに鼻で笑った。
仮面の者にとってユウナの言葉はとても乏しく感じる。
感情論だけを訴えるほころびだらけの理論に仮面の者は、笑いがこみ上げてきた。
「御託か、正論染みた理論だ」
と、吐き捨てるように呆れた眼差しをユウナに向けた。
対するユウナには仮面の者に、ひとつの引っ掛かりを覚える。そして、それはひとつの疑問を呼び、問いかけが生まれた。
「あなたは‥何に逃げているの?」
仮面の者は、一瞬だけ鼓動が大きく揺れ動いた。動揺が体全体に伝わっていきユウナを見る目つきが変わってゆく。
予想だにしていなかった方向からのユウナの問いに驚きをかくせない。
(「あなた・・何に怯えているの?」)
遠い過去に置き去りにしたはずの囚わた言葉とユウナの言葉が重なってゆく。
仮面の者にざらついた不愉快な感情が掠めていった。嘲笑をあげて、そして下を向く。
「君達は実に面白い・・」
次に正面をむいたときには目つきが全く変わっていた。敵意とともに仮面の者から発せられる雰囲気から、研ぎ澄まされた刃のような鋭さがともなっていた。
「良かろう。君も〝彼も″それを望むのか」
「彼・・?」
仮面の者は目を閉じた。これ以上、会話の戯れは必要ないと言わんばかりに。
あれほどの殺気立っていたオーラがかき消え、不気味なほどの静寂が包み込む。
凶兆のおこる前触れのように。
ユウナは肌でその異変を感じ取り、その身を構えた。
「・・!?」
最下層全体を包む雰囲気が一気に変わった。
泥の中にいるみたいに、重く冷たい空気がまとわりついてくる。
仮面の者は、膨大な魔力を一気に練り上げていく。
ユウナの直感とも呼べる感覚が、この場から今すぐ離れるように警鐘を鳴らしてきた。全身があわ立つ。
杖をもつ手が強くしっかりと握りしめられた。
魔力が臨界点に達し、仮面の者が目を見開く。
その瞬間、二つの影が客席から勢いよく飛び下りた。
仮面の者の意識が上にそらされる。その影を追うように仮面の者は天を仰いだ。
スタジアムから射すライトが逆光となり、姿を確認できない。
目を細める仮面の者。
それぞれユウナの前面に二つの影が降り立った。
着地と同時に攻撃態勢にうつる。一人は腰のホルダーから銃を抜き、そしてもう一人はその手に魔力を込めていく。
二人が攻撃したのは、ほぼ同時だった。
仮面の者は、正面をむく影たちの顔を拝む。
それは、戦意をみせたライナーとカーシュだった。
すぐにその顔は、攻撃を放つ光により見えなくなる。
仮面の者は微かに動き、紙一重で銃弾と雷撃をかわしていく。
そしてスフィアプールを支える鉄骨に二人の攻撃が直撃した。
仮面の者の背後にある鉄骨が、その衝撃でヒビがはいったり分断されたりして、破片が飛び散っていく。
二人の攻撃を全く寄せ付けない仮面の者。
「ハガガ(まだだ)」
ライナーの言葉と共に、観客席から影がもう一つ飛び出した。
それは、さきほどの二人よりもさらに高い位置まで飛んで、直接仮面の者へと落ちていく。
すでにそのことを最初から予測していたかのように、仮面の者は剣を振り上げていた。
ゴーグルをつけたティーダは、まっすぐに仮面の者を見下ろしていた。
仮面の者が掲げる剣と、ティーダの振り下ろす剣が勢いよくぶつかり合った。その衝撃で火花が飛び散る。
「!?」
ユウナは突然の乱入者たちと、それによる戦闘の展開が早すぎて事態が全く飲み込めない。状況が分からないまま、さらに一人増えて意識が散漫になる。
仮面の者は強引に剣を跳ね上げ、ティーダは弾かれるように大きく跳ねた。
大きく楕円を描きながらティーダは後方に飛び、軽やかに地面に着地する。その真後ろにユウナがいた。
ティーダはユウナを守るようにして剣を掲げる。
「気付いたか」
さして面白くもなさそうに仮面の者はティーダたちを見た。冷徹な瞳がティーダたちを射抜く。
「あんた!何が目的なんだ!?」
ティーダは、仮面の者に叫んだ。
「・・どう言う事!?」
ユウナはただただ戸惑うばかりで、この場の状況を見守ることしかできない。
「『シン』は復活なんてしてない」
ティーダは、拒むように大きくかぶりを振った。
そして仮面の者をまっすぐに睨み、言い放つ。
「復活・・しない!そうだろ」
ユウナは何かを感じ取っていた。
その言い回しはまるで〝彼″が目の前に現れたかのような錯覚を覚える。
「世は未知数なのだよ」
仮面の者は飽きたように会話を言い終わらせると、右手をゆっくりとあげた。
鉄骨がぐにゃりと飴細工のように、しなやなに曲がった。
しかしそれは錯覚であり、実際には鉄骨自体が曲がっているわけではない。空間自体が歪み始めたのだ。
仮面の者の後方の空間が広範囲に渡って歪み始める。
さらにそのひずみの奥で、巨大な何かがうごめいているのがみえた。
ティーダたちは全員身構えた。仮面の者に導かれるように形のみえぬ巨体は、その表舞台に姿を表してきた。
その全身が確認出来たときに、ユウナは自分の目を信じることができない。そんなまさか、と息を吸い込むのもままならなかった。
歪みから現れた『シン』のコケラ〝グノウ″。
『シン』の一部とされているグノウ。それが凶悪に動いているということは、その背後にいる存在を嫌でも想像してしまう。
「・・グノウ!?」
やっとのことでユウナはそれだけの言葉を絞り出した。その事実を飲み込むことができない。
その横でカーシュも驚愕の事実に目を見開いていた。
「歪みを!?」
カーシュは仮面の者が今、目の前で行使した歪みを発生させる能力に驚いていた。歪みに関しての能力の思いあたる節をカーシュはもっていた。
グノウと入れ替わるように仮面の者はティーダたちに背を向け、歪みの中へと入っていく。
「逃がすかよ!」
ティーダはすがるように仮面の者を追って走り出した。前傾姿勢の猛烈な勢いで、仮面の者へ迫っていくティーダ。
仮面の者は、振り返ることなく歪みの闇の中へ進んでいき、その背中が歪みの影響で揺れ動きだした。
仮面の者を隠すようにグノウが前にでてきて歪みから完全にその姿をあらわす。左右、上から覆われる分厚い殻に守られる丸い球体型の『シン』の一部で、今はその殻が開かれており攻撃態勢となっていた。
グノウの中身、本体部分からは腕にあたる部分に触手がのびている。頭となるところは、上顎と下顎があり、さらに下顎は左右半分に裂けていた。
ライナーとカーシュはグノウを先制するために走り出した。
グノウが攻撃してくる前に一気に倒そうとするライナーたちは、躊躇なく攻撃範囲まで接近する。
しかし、その静寂は続かなかった。
突如として地鳴りとともに、グノウの触手が地面を割って飛び出した。
それは、グノウから一番遠い距離にいるユウナのところで起こった。驚きながら反射的に振り返るユウナ。
誰もが予想していなかった攻撃にライナーとカーシュは立ち止まり触手が飛び出した方を見返す。
シダ植物のような長い手をうねうねとしならせながら、ユウナへ攻撃を開始する。
触手は風をきる音をたてながら迫った。
その一連の流れはユウナにとっては、ほんの一瞬の出来事であった。
突然の轟音とともに、地面の破片が飛び散ってくる。
天を衝くように伸びる触手と正面向き合って対峙する。
想定外の出来事に、身体がうまく反応できない。
どうすれば、と思考を巡らせているうちに、触手が見る見る近づいてくる。
かわすほどの素早さもなく、攻撃をまともに受ければ鍛えていないユウナの身体では打撲では済まず、骨も砕けるであろう。
容赦なくグノウの触手は振り下ろされた。
状況に焦るティーダ。
カーシュは属性力を発揮、黒い光がカーシュを包み込む。
ティーダは地面に足がついた瞬間に腰をひねりながら反転。弾けるが如く走り出した。
目の前にユウナが危機に瀕しているのを目の当たりにし、血液が逆流するのではと思うほどの焦燥に駆り立てられる。
そしてそれが集中力を格段にあげて、加速力が段違いに増していった。
触手がユウナに当たる直前に、ティーダが目の前に飛び込んだ。剣先をかざし、触手を十字に切り裂いていく。
切断された触手が宙を舞って、スタジアムの壁にぶちあたる。
続くカーシュの炎魔法で、地面の根本から生える触手が燃え上がり、盛大な火の粉をまき散らしながら、業火につつまれる。
ライナーはすでにグノウの射程圏内にはいっていき、本体へ攻撃を開始していた。
本体へのダメージによりグノウはその体を後退させていく。
ティーダもすぐさまグノウ本体を倒すべく走り出し、青い光を発しながらリミットを叩き込んだ。
瀕死となり追い詰められたグノウは反撃体制となった、禍々しい緑の霧を体外へ排出する。グノウの周りが薄い緑のもやで覆い包まれる。
ティーダたちはその霧を警戒をし、各自一旦距離をとる。
「任せて下さい!」
ユウナが走りグノウの正面に立った。ユウナはクリスタルに意識を集中、属性力が発揮され体が白く光り出す。
杖に魔力をこめながら、大きな環を描くようにゆっくりと回した。
グノウのいる地面を中心に巨大な円の印が浮かび上がる。グノウがすっぽり入るほどの円には様々な紋様が刻まれており、それらが時計回りにまわっている。
ティーダは、ユウナのその新たな力に驚いた。
「この印は・・」
カーシュも、光る印に目が釘付けとなる。
印の中で隔離されたグノウはそこから逃れようとする。しかし、印の呪縛によりその場から動くことができない。
苦しみ暴れもがく。光はユウナの魔力を込める速度に比例して徐々に増していき、グノウは苦痛の悲鳴をあげだした。
触手や殻の一部が剥がれ落ちていく。
ユウナは新たな白魔法の発動の呪文を唱えた。
「カタルシス」
ユウナが呪文を放った瞬間、円環の印がまばゆい閃光を放ち、天へと光の柱が昇っていく。その中心にいたグノウはあまりの光の強さで消えかかろうとしている。
呻き声をあげるグノウは聖なる光に包まれながら、塵となり空に舞い上がっていった。
それぞれが、消えゆくグノウにたいして思いを募らせる。しかしそれは言葉になることなく、グノウの姿かたちがなくなるのと同じように、その気持ちも片隅へと追いやられた。
ティーダが周りを見渡すと、エボン兵と討伐隊たちの奮闘活躍により、あらかたの魔物は征討されていた。戦いは終息を迎えつつある。
戦いを終えたユウナは、その終焉にホッとして立ち尽くしていた。三人にお礼を言おうと振り返ると、そこにはもう姿はなかった。
ユウナが思考する間もなく、兵士から声がかかる。
救援の為、兵士に連れられて急いでその後をついていくことになる。
連れて行かれた先にはたくさんの負傷者がいた。壁に寄りかかる者や寝ている者、どれもがこの戦いによって傷ついた被害者であった。
ユウナは負傷者に白魔法をかけ怪我が治癒していく。
「しばらくは安静にお願いします」
「大召喚士様、有難うございます!」
傷を治してもらった人々が涙目でユウナに感謝している。
「いえ・・」
感謝の言葉を述べられ、ユウナは笑顔で返したあとに、少しだけ切なそうな表情をした。
先ほどの三人のことがよぎったが、状況はそれを許してはくれず、すぐに次の患者の手当てにユウナはかけ走る。
ティーダたちは〝ミヘン街道″に向けてルカを出ようと歩いていた。
“わかった事よりわからなかった事の方が多かった”
黒の長衣に身をまとった仮面の者が脳裏をよぎる。目的も力も未知数で、怒りや不安よりも、漠然とした靄(もや)みたいな感情がティーダを支配していた。
ルカの街の外れ。ミヘン街道へと続く門がティーダたちの目の前に見えてくる。
街は事態の沈静化に向かってるとはいえ、建物の燃えかすのけしずみ等から、きな臭い煙が未だ立ち込めていた。街の各地が破壊され、無残な有り様を呈している。
ティーダたちは街の境界線を越えようとしていた。
「待って!」
ティーダたちの後方から切羽つまった叫び声が響いた。
その声により、三人は足を止めライナーとカーシュはゆっくりと振り返った。
ティーダだけは金縛りにあったかのように動けなくなった。声に反応して一気に鼓動が早くなっていくのが分かる。
そこには息を切らすユウナが立っていた。
必死で追いつこうとずっと走ってきたのか、額に汗がにじんでいる。
ユウナはすがるような瞳でティーダの背中を見つめる。緑と青の双眸に、月の明かりが灯ってとても美しく輝いた。胸元のあたりをつかむ手が自然と強く握られる。
ティーダの表情は固く頑なに口を閉じ、微動だにしない。
ライナーとカーシュは交互に見比べる。
しばらく誰も言葉をかわさず、時間と夜風だけが無為に流れた。
口に出さない感情だけが先走るように、様々な想いが交わる(まじわる)ことなくすれ違っていく。
ユウナは意を決して、ゆっくりとその手をティーダへと伸ばす。
足が一歩だけ前に進み、閉ざされた口がひらく。
『シン』を倒したあの日から日常の中で、ふとした拍子に思い出されるティーダとの最後の時間。その時の情景を何度も思い出しては、胸が苦しくて痛くなる。
時間が癒してくれる、ということは決してなかった。
この気持ちを忘れることもできず、前に進むこともできず、何をどうしたら良いのか全く分からなかった。
しかしユウナは今、とまっていたはずの心が確かに鼓動しているのを感じていた。
その先に何もないかもしれない。そんなはずはないと思いつつも、どうしても希望を抱いてしまう。
何度も裏切られた期待なのに、それでもまだキミかもしれない、とユウナは淡い期待を感じていた。
その想いが、鼓動とともに徐徐に強くなってくる。
ライナーはティーダを見た。そして何かを察するかのように、それ以上何も追求しない。
カーシュは静かに二人のやり取りを見守っていた。
ユウナはずっと探していた、彷徨い(さまよい)続けていた言葉を紡ごうとした。『シン』を倒したあの日の離別からずっと言えずに閉ざされ続けてきた言葉の数々を。
「大召喚士様!急ぎこちらにも重症患者が居られます」
懇願する兵士がユウナの横に駆け寄った。
「あ・・」
ユウナは伸ばした手を引っ込めた。探していた言葉たちは、どこかへと霧散し散らばってしまった。
ユウナは兵士とティーダを何度も見比べ、こぼれ落ちそうな言葉たちは横一線に結ばれた口から出てくることはなく、言い募るばかりであった。
何度も迷ったあとに目を閉じ深呼吸をした後、ゆっくりと瞼をあけた。
ユウナの静かな瞳には、諦めの色がにじんでおり、もう一度だけティーダの背中を眺めた。
ティーダたちに祈りの挨拶をするユウナ。深々と頭を下げお辞儀をした状態で、少しの間だけ動けずにいた。
再び顔をあげ、ユウナはすぐに兵士に連れられて怪我人のもとへ急ぎ戻って行った。
ユウナがいなくなったあとも、ティーダは動く気配がない。
しばらくしてゴーグルをそっと外し、それをもつ手が無気力にだらりと下がった。ティーダもユウナと同じ表情をしていた。
悲痛な表情がティーダの横顔を掠めていく。
しかし、これが自分のした選択だと言い聞かせ、一歩踏み出す。未練を振り払うかのように歩き出した。
ライナーとカーシュは目を合わせ、静かにその後をついていく。
夜空に散らばった星たちも何も語らず、静かにただただ輝くのみであった。