FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫ 作:ふゆー
ボールが勢いよく回転を始め泡を巻きあげながら上昇した。
それをダイレクトでキャッチするティーダ。味方の状況を確認しようと正面を向くと、〈=ゴワーズの選手、ドーラム〉が加速をつけながら、目の前まで突っ込んで来ていた。
ティーダはそれを回避しようとするも、かわしきれずに体当たりをモロにうける。
“!?”
ティーダはバランスを崩しながら後ろに吹っ飛んだ。
ゴワーズの観客から歓声が上がる。
観戦席からみているノネは冷静に戦力を分析する。指を顎に添えてじっと見つめていた。
「実力は確かなようね」
ノネはゴワーズの実力を認めざる得なかった。
「年連の優勝候補チームではありますからね」
大歓声に混じって、ノネのよく知る声が後方から語りかけてきた。
ノネは振り返る。
「!?・・来ていたの」
そこには階段の手すりに手をかけながら降りてくるヴァンマがいた。自然な笑顔をつくり、ノネに向けて一礼をする。
「〝クレロ師″が不在ですので」
そして、何かが足りないことに気づいたヴァンマは辺りを見渡す。
「・・ホクヨ師は?」
ノネは小さく首を振った。言葉の代わりに、ため息をつくばかりであった。
何かがあったことをなんとなく察するヴァンマはそれ以上何も言わない。
〈ドーラム〉はティーダに親指を下げ挑発をする。
“やってくれんじゃん!”
すぐさま体勢を立て直すティーダ。今のタックルを受けてなおのこと、闘志が沸いて出てきた。
相手に不足はない。
ティーダの瞼の裏に過去の思い出が蘇ってくる。
(誰もいない港の一角。
海を眺めているジェクトにたいして幼いティーダは憤っている。行き場のない怒りで、ティーダは地団駄を踏んだ。
「何で笑ってんだよ!」
ティーダはジェクトにむきになって怒っていた。
それを見たジェクトは鼻で笑う。そしてティーダを諭すように
「試合は楽しむもんだ。んな挑発いちいち気にしてたんじゃエースにゃなれねぇぜ」
と、不敵に笑った。
それを聞いたティーダは、納得のいかない様子で、ジェクトを睨みつける。)
ライナーはボールをもつ〈ドーラム〉に一直線に向かっていった。
その後方に、=サイクスのチームメイト、ベリックも一緒に〈ドーラム〉へ向かってくる。
[バカね、サイドにかたまり過ぎなのよ]
嘲笑いながら、〈ドーラム〉はフェイントをいれつつ〈グラーブ〉にパスを通した。
ベリックがパスを防ごうと飛びつくが、距離が足りずボールは横を通過していく。
そして〈グラーブ〉にパスが渡り、ゴワーズはさらに、攻め込んでいく。
歓声が一際盛り上がるゴワーズ応援席。大歓声の中、ゴワーズの大きな旗がなびいている。
ベリックはボール奪えず悔しがっていた。
「すでにゴワーズの流れになっている」
ヴァンマは試合の流れを読みながら、淡々と述べる。
ノネは何も言わずに、試合を見つめるのみ。
この後半戦、一方的なゴワーズの試合の流れで進む中で誰もがサイクスに勝ち目はないとおもっていた。
各々のフィジカル、スピードの実力差と、コンビネーションの連携の差があり過ぎるのが誰の目にも見て取れた。
〈グラーブ〉が一気に敵の陣地に攻め入っていく。
サイクスの選手たちは、〈グラーブ〉の水をかくスピードについていけない。
[話にならないこの程度か・・]
肩の力を抜く〈グラーブ〉は完全に舐めきっている。ボールを離し、シュートの体勢をとった。
サイクスのメンバーがそれを止めようと集まってくる。
〈グラーブ〉は十分な間をもたせた後、サイクスの選手が追いつくのをあざ笑うかのようにシュートを放った。
絶好のポジションから放たれたボールは勢い良くゴールへと突き進む。
=サイクスのキーパー、ルムニクがボールに狙いを定めて飛び込んだ。
ボールはひじに当たって弾かれ、軌道を変えてゴールから外れて行った。
その様子を眺めている〈=ゴワーズのリーダー、ビクスン〉は、〈グラーブ〉を睨みながら舌打ちをする。
[〈グラーブ〉の奴、手抜きやがって]
〈ビクスン〉は=サイクスのユーダのもつボールを強引なタックルで奪うと一気に敵陣へ攻め込み、シュートへ持ち込んだ。
ディフェンスに来るサイクス選手たちを無理やり引き剥がし、強烈なシュートを打つ。
[実力の差を思い知れ!]
〈ビクスン〉は、フリーの状態でシュートを放った。
≪打ったーーー!ゴワーズエース〈ビクスン〉の必殺シュートだぁぁ!!≫
ノーマークで打った〈ビクスン〉のシュートはものすごい勢いでゴールに迫る。
ボール自体が押しつぶされたかのように楕円になりながら、ゴールへと突き進む。
ボールは、サイクスの選手たちの間を次々と抜いていき、誰もがシュートが決まるとおもった瞬間。
しかしながら、その予想は裏切られることとなる。
ボールは、一人の選手の手の中に収まった。
それは誰もが予期しなかった出来事。
ノネとヴァンマを含め、会場全体の観客がみな、目を見開く。
「!?」
ボールを持つティーダは静かに下を向いていた顔を上げた。心の奥底に眠る静かな闘志に火がつきはじめる。
観客席からは静かなざわめきが起き始めた。
「止めた・・!?」
「あの〈ビクスン〉のシュートボールを・・」
どよめきにも似た波紋が広がってゆく。
“反撃行くっス”
ティーダは敵陣へと攻め始めた。
その場にいる全員がもう一度眼を見張り、息を飲む。
ティーダの泳ぎは、他の選手たちを群を抜いて速かった。
ライナーはそれを後ろから眺めている。
[あいつ、良いとこ持ってきやがって]
ライナーもティーダの動きに合わせ前進を始めた。
アルベド=サイクスの反撃の狼煙があがる。
サイクス側の応援席からずっと聞こえていなかった歓声があがり始めた。
ティーダとライナーのコンビネーションで、ゴワーズの選手を圧倒しながら翻弄していく。
試合の流れが変わろうとしていた。
スタジアムの客席入口に続く細い通路がある。
外から入り込む光だけを頼りに、薄暗さが続いている。
コツコツ‥コ。
テンポよく歩く音が止まる。
会場から流れてくる熱気に気圧された。
もしくは、何か予感のようなものを感じていたのかもしれない。
《また、やってくれましたーーー!》
地が揺れるかのように盛り上がる会場。
彼女は、ブリッツが盛りあがることは知っていたが、しかしここまでの熱狂を感じたのは初めてのことであった。
入口から入ってくる光が強すぎて、ここからブリッツのプールをみることは出来ない。
興味本位とは、また別の感情からくるものが、彼女を突き動かす。
観客とのすれ違いざまに会話が飛び込んでくる。
慌てて走っていく観客たち。
「なんでもアルベド側に凄い奴が居るらしいんだ!?」
「あのゴワーズが押されてんだろ!?」
話をしていた観客たちは、光の中に消えていく。
左右に流れる長い前髪がかすかに揺れる。色違いの双眸が、正面をみすえた。
三年前、『シン』を倒すという偉業を達成した、召喚士ユウナ。今は大召喚士という称号で呼ばれている。
ユウナの足取りには、先ほどにはなかった力強さが感じられた。
しっかりとした足取りで、足音だけを残してスタジアムへと入っていった。
アルベド=サイクスは攻撃の手を緩めない。
ライナーは、ティーダのサポートに徹しながらパスをうまく回しつつ敵陣に攻め込んでいった。
ルカ=ゴワーズの選手たちは必死に追いつこうとするが、巧みな連携に翻弄され続けている。
会場はさらに盛り上がる。
=サイクス側のファンは、異様な盛り上がりをみせるのはもちろんのこと、=ゴワーズの応援席の中にも、ティーダたちの応援を始める者がでていた。
ゴワーズのポジションは完全に崩れていた。
ライナーは二人に囲まれながらも、冷静な判断でエイガーを前進させる。
そして絶妙な立ち位置でエイガーにパスが渡った。
ゴワーズの選手は、ライナーに裏を読まれていたことに唖然とする。
エイガーをゴール手前まで攻め込むのを許してしまっていた。
シュートを阻もうと、ゴワーズの選手が追いかけるが、間に合わない。
同時にエイガーのすぐそばにいたゴワーズの選手は、ティーダによって阻まれる。
絶好の位置、フリーの状態でシュートを打つエイガー。キーパーはボールにすがろうとするが、追いつけない。
ボールは、勢い良くゴールネットに入った!!
ゴワーズはサイクスに初点のゴールを許す。
ゴールを入れたエイガーとユーダは喜び興奮をしていた。
〈=ゴワーズのリーダー、ビクスン〉は憤り、怒りがこみ上げてくる。
[クソ!あいつだ]
〈ビクスン〉はティーダを睨んだ。
試合は、ゴワーズの攻撃で始まり、〈グラーブ〉がボールをキープしながら、どう攻めるか思考していた。
サイクスの選手たちが〈グラーブ〉からボールを奪い取ろうと鬼気迫る勢いで追いすがってくる。
初点を取った流れから、サイクスの選手たちに勢いが出てきていた。
ゴワーズの強い当たりをうけても、動じる気配がない。むしろより一層の強い気持ちで攻め入っていく。
絶対に負けないという闘争心に火がつきサイクスの選手たちはそれぞれがギラついた動きを見せる。
ゴワーズの反則ギリギリの当たりをうけても、食ってかかるようにさらに向かっていく。
たまらず〈グラーブ〉から〈アンバス〉へボールが渡る。
〈アンバス〉はパスを受け取った。
〈グラーブ〉にサイクスの選手が固まっていたため、〈アンバス〉は容易に前線へと攻め込むことができる。
そのまま守備の薄いところから抜けていき、ゴールにまで近づいた。
[!?]
シュートを狙う〈アンバス〉の前にライナーが立ちはだかる。
〈アンバス〉は何度もシュートを打とうとするが、その都度、ライナーの邪魔がはいりシュートが打てない。
[焦んなって]
凄みのきいた視線で〈アンバス〉から視線を外さないライナー。
焦りと苛立ちで、動きが雑になる〈アンバス〉。
何度もフェイントをかけてかわそうとするがマークを外すことが出来ず、シュートを打てないと判断する。すぐさま逆サイドでフリーでいる〈ドーラム〉にパスを渡した。
しかし、〈ドーラム〉が受け取った瞬間にティーダがタックルを決める。
《止まらない、止まりませーーーん!》
解説者は、この予想だにしない展開に興奮している。
〈ドーラム〉は、強い当たりで脳震盪を起こしそうになりつつも、頭を振って意識を取り戻す。
ティーダはボールを奪い返し、〈ドーラム〉を見る。
そして笑顔を見せながら親指を下げて見せた。
ゴーグルの奥にある視線はとても挑発的で、楽しそうである。
[っ‥、なんなのこいつ]
〈ドーラム〉はティーダの行動に困惑していた。
ティーダは間髪入れずに鋭いパスをライナーに送った。
ライナーは、すでに前線にポジションを確保しており、ボールを片手でキャッチ。
ボールをもつライナーに〈=ゴワーズのリーダー、ビクスン〉と〈アンバス〉が挟み込むように向かう。
ライナーは、敵に正面を挟まれつつも冷静に経過タイムスコアを見る。
[あと2点・・時間がねぇ。攻めるか]
ライナーは、視線をサイクスの選手たちへ向ける。
〈ビクスン〉と〈アンバス〉は、ライナーが誰かにパスを送ると踏んで、パスのラインを潰しにかかる。
それにより、ライナーとゴールのあいだに道ができた。
絶妙のタイミングでボールを離し、そしてすかさずボールにスピンをかけシュートを打った。
シュートボールは、〈ビクスン〉と〈アンバス〉の間を抜けて、一気にゴールへと突き進む。
途端に、サイクスの観客席側から歓声があがった。
〈ビクスン〉は信じられないという顔をする。
[あの距離からシュートだと!?]
ブリッツに名を連ねる有名選手であっても、ここからのシュートなど、聞いたことない。無謀に近いものを感じた。
〈=ゴワーズのキーパー、ラウディア〉はボールの軌道を読みながら腰を屈める。
[回転がかってる。速度は文句なしだ・・どうなる?]
〈グラーブ〉の予測ではゴール手前でシュートの威力は半減し、十分にとめることができると判断した。
選手全員が敵陣ゴールに迫るボールを見据えた。
〈ラウディア〉は長年の経験と勘を頼りに、ボールの軌道を予想し、飛び込むタイミングを合わせた。ボールは手元に吸い込まれるように曲がり、完全にボールの軌道を読んだと確信した。
[!?]
しかし、途中で異変に気づく。
ボールの周辺に見たこのない泡ができ始めていた。
[そうだ、ただのスピンじゃねぇ]
ボールは途中で軌道を変化させ、そして速度は変わる事なく〈ラウディア〉が飛んだ逆方向へと突き進んだ。
〈ラウディア〉は視線で追うが、すでに飛び込んでいるために反対方向へ体を向けることができない。
無人のゴールにボールが決まった!!
サイクスの選手は全員がガッツポーズをする。
悔しがる〈ラウディア〉。
会場が一段と高い歓声に包まれる。
サイクスの観客たちは全員総立ちで盛り上がった。
抱きつく者、必死で応援する者、その歓声はゴワーズの観客たちよりも圧倒的に大きかった。
ゴワーズの応援側からも、サイクスの応援をするものが増えてきている。
誰もが、この痛快な快進撃に心を打たれていた。
《あと1点!あと1点でサイクス逆転です!》
手を叩き合わす、ライナーとティーダ。
スタジアムの歓声を尻目に、連絡橋周辺は静かな夜を過ごす。
人気のないところで、陽炎のように橋の一部が歪みはじめた。
スフィアプールを見つめるユウナ。
会場の雰囲気に飲まれ、試合を魅入ってしまっている。
会観客全員の興奮に圧巻されていた。
大盛り上がりのスタジアム会場。
激しくぶつかり合う選手達は、互いに一歩も引かない。
観客たちの叫ぶ声が、絶え間なく聞こえる。
「今日の試合やばいよな!」
「あのアルベド選手、素敵!」
「どっちの!?」
スタジアム全体が凄まじいほどの熱気を帯びている。
「すごい・・」
ユウナは試合の流れの中で、強烈なうねりのようなものを感じ取っていた。
試合に臨む者全員が、全身全霊でぶつかり合っている。
ゴワーズは、不正や反則することを忘れ、必死で勝つために正々堂々と全力を尽くし戦っている。
《残り〝3分″を切りました!》
解説者は我を忘れて試合に夢中になり、怒鳴りながら解説をしていた。
=サイクスのリーダー、エイガーが一人で敵陣に突き進む。残り時間わずかの中で、なんとか点をとろうと必死になっていた。
[させるか!]
〈グラーブ〉がエイガーの横から猛烈なタックルを決める。
エイガーはボールをこぼさないように必死に掴もうとするが、その手からボールは放り出された。
こぼれ球をすぐ後ろにいたライナーが拾う。
ボールを奪いに〈グラーブ〉と〈ドーラム〉が、同時にライナーにタックルを仕掛ける。
[本当にあいつの〝言った通り″になりやがった]
ライナーは、今のこの状況を楽しんでいた。
[・・馬鹿な、気付け〝罠″だ!]
〈ビクスン〉が待てというジェスチャーを送るがゴワーズの選手二人は気づく様子がない。
ティーダは最後の一瞬に懸けるため、一気に集中力を高めていく。
心に蘇るのは、父親がいつか自分に言った一節。
(「良いか、試合はとにかく楽しめその興奮を刻み込んでやるんだ!」)
その言葉はティーダの中に、確かに刻まれていた。
二人が差し迫った瞬間、ライナーはボールを真上に目一杯、蹴り上げた。
勢い良く上昇するボール。それを目で追う選手たち。
下から迫り来るボールに追いつくように、斜めに急上昇する一人の選手がいた。
ティーダの泳ぐスピードはこの試合中で最も速く、水中で弾丸のように上昇している。
誰もがティーダに目が釘付けとなっていた。
そしてティーダはボールが上昇する軌道の直線上で接触する位置まで来て、上下を反転しながら腰をひねり回転を掛け始める。
《〝1分″を切ったー!》
「勝敗が決まる」
ヴァンマは、結末を見極めようと、しっかりとティーダを見据えた。
ボールは下からティーダのもとへとせり上がってくる。
ノネは瞬きをすることを忘れ、席を立った。
ティーダはこの一瞬に全てを懸ける、そのことで全身が満たされていた。
ボールが目の前まで来た時に、回転の力を利用して一気にボールを蹴り放った。
ユウナは息をするのを忘れるくらい、試合に魅入っていた。
強烈なスピンをかけながらボールは一気にスピードを増していく。
〈キーパーのラウディア〉が反応し、かろうじて片手でボールにすがるも、触れた瞬間に指が弾かれた。
ボールはそのままゴールネットに突き刺さる!!
誰もが息を飲み、つかの間の静寂。
《ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーール!》
解説者の叫びとともに終了の笛が鳴る。
突き破るほどの大歓声。泣き崩れる者や、声が枯れるまで叫ぶ者。観客たちは各々に感極まり感動していた。
ゴワーズの選手は全員が唖然としている。
《今年の優勝カップを手にしたのは〝アルベド=サイクス″ーーー!!》
会場が最高潮に盛り上がり、拍手喝采の嵐が訪れた。
観客全員がこの試合に賛辞を送っている。
敵味方関係なく、互いに全力を出し尽くしたこの試合に誰もが称賛していた。
水中に浮かぶティーダ。
水の中から、夜空を眺める。
夜空に浮かぶゆらめく月は何も語らない。
疲労感と達成感と開放感と、終わったんだなという若干の寂しさと。
いろんな感情がないまぜになりながら、落ち着きを取り戻していく。
“止まない歓声と息切れしながら手にした勝利。
体は熱くて・・興奮が覚めたのは少し後の事だった”