FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫ 作:ふゆー
市街地ではベベル宮での各地から集う著名人たちの壮大な式典が行われているということもあり、それに乗じて多種多様な人種が世界各地から集まっていた。
この盛大なセレモニーにたいして様々な目的を携えてこの地に臨んだ者たち。
商売人として人が密集する恰好の機会として集まる者たちもいれば、主要人たちを一目見ようとする人たちもいる。
単に祭り気分を味わうために、この日の為にわざわざ僻地から出てきた人も多く賑わっていた。
夜も更け始めた時間帯、それぞれが色んな彩りを形取る民族衣装や肌の色が行きかう中で、街全体が闇に浮かんだ光彩となっている。
アルコールが入る者も続出しており、熱狂に任せるように騒ぎ立てる者たちが市街各地で出没し始めた。
それぞれの事情を飲み込みながら、活気盛んな様が街全体の熱気を覆っていた。
その時。
喧騒に混じる微かな異変を、勘の良い者たちはすぐに五感で察知する。
それを手繰り寄せるように、周囲を見渡すが特にこれといった変化は見られない。
気のせいかと元の日常に戻ろうとするも、やはり何かが気になってふいに空を見上げてしまう。
その違和感は徐々に大きくなり、一般大衆の人たちにまで聞こえてきた。
大気を震わす地響きのような音が空で鳴り響いたように振動している。
その発信源がどことも分からずに、異質を嗅ぎ分けた者たちが不可思議そうな顔をしがなら、警戒を強めていた。
頭上を見上げても、夜空には何の変化もなく、兆しとなるものは何も見られない。
不安は残りつつもその内にやむだろうと、再び祭りの熱狂の波に浸ろうとした瞬間。
雄たけびを上げるが如く、突如の轟音が民衆の耳の鼓膜を震わせた。
その衝撃が市街地にまで物理的な突風となり、景色を揺らす。
何が起こったのか分からずに、その場で立ち止まり悲鳴をあげる者や身を縮こませたりと、民衆たちはとっさの反応を起こす。
街でにぎわう人々は、それぞれが我に返りながら何事かと異変に立ち止まる。
爆音地の発生源をいち早く特定した者たちが、不安を口から吐露しながら指を刺し始めた。
ベベル寺院の天蓋から溢れ出す妖艶な光の柱。夜気を切り取りながら照射するその光は神々しくもあり、そして吉兆の兆しが天高く貫いている。
それは何気ない日常に不意に切り込んできた確かな不吉であった。
「うあー!?何これ?」
まだこの世界の常識を知らぬ子供たちは興味のみが先行して、周囲にいる大人たちに何が起こっているのかを聞き回る。
それはまるでこれから何か楽しいことが起こる予感のようなものとして捉えていた。
つぶさな瞳には、純粋な興味が宿っている。
中には衝動に駆られて、もっと近くで見ようと爆心地に向かって走り出す子もいた。
「・・あの光はなんだ!?」
識別のある大人たちは、ベベル宮で引き金となった爆心に何かしらの悪い予兆を感じ取っていた。得も言えぬ危惧を抱いている。
母親たちは無垢な子どもたちを引き寄せて、心配しながら抱きよせる。光を見つめることしかできない。
広場の端の方に座っていた老人は立ち上がり、誰に見られることなくその小さな肩を大いに震わせていた。
驚愕さがにじみ出たその顔は目が見開いており、それによってしわが一層濃くなる。
「あれは聖なる光!?」
老人は確かにその意味を認知していた。
その光が示す理(ことわり)を。そしてそこにまつわる真実を。
そして、そのしわがれた声には多分に戸惑いが含まれている。
閃光となって現れる過去の光景。
「・・まさか」
老人にはその光の示す様が、若かれし時に経験した強烈な印象と一致する。
それは、偶然にナギ平原にて居合わせた究極召喚の光景の光と同一のものであった。
だがしかし、なぜベベル本宮でこの光が発しているのか。
不可解な場所と、予期せぬ事象に最悪の結果を予期することを拭い去ることが出来ずにいた。
乾いた皮膚から、冷たく嫌悪をぬぐい去ることができない汗がじっとりと背中に張り付くのを実感せずにはいられなかった。
時刻はその数分前に遡る。
暗黙の静寂の中、ベベル宮最上層の飛機が乗り降りするポートに、一機の飛空艇が降り立とうとしていた。
タイヤが地面に接地をして、擦れながら静かにバウンディングする。その後、機体は停止準備に入っていく。
エンジン音が急激に穏やかになり、飛機の各部に設置されている赤のライトが、暗夜に仄かに浮かび点灯していった。
そして搭乗口が開く。
そこから現れるのはしなやかな体つきの女性、リュックであった。
強風にたなびかせる金髪を手でおさえながら飛機の登場口の手すりにつかまることなく軽快に階段を一段ずつ飛び越えて、地面に降り立つ。
華奢な体つきではあるが、全身のしなやかな筋肉が彼女を身軽さに行動させていく。
そこからポートの縁の方まで進むと、夜に包まれた世界が広がる中で、眼下に光をまぶすベベル市街地の全域が見渡せた。
目下に広がる映る色とりどりの光は人の営む証となっている。
風の音しか聞こえないこの場から眺めていると、世界から取り残された傍観者にでもなった気に錯覚させられる。
運転席にいるアニキは、飛機のエンジンが完全に停止したのを確認した後に、周辺機器に問題はないか再点検を行っている。
それを待つために、リュックは湿り気のある穏やかな風をあびながら夜空を見上げていた。
すでに式典は開始されているのだろうか、と若干の焦りを感じながらも、夜空を見上げているとそれも些細なことに感じられる。
目の前に広がる黒一色の宇宙は、そんなリュックの考え事を些事の如く吸い込んでいくかのように、ただただ広がっていた。
その時ぴくりと何かに反応した。一瞬ぞわりとして泡立つような気持ち悪さが全身を貫いていく。
直感のようなものが身体を電流のように走り抜けていき、リュックは咄嗟に身構えた。
睨みながらその方角をじっと眺めるも、しかし何も変化は訪れない。
粟立つ気持ち悪さのようなものは、徐々に収まっていった。
若干の違和感を残しつつも気のせいかと振り返り、機体から出てくるのが遅いアニキを呼ぼうとする。
次の瞬間、リュックは何かに背中を叩きつけられたかのように、前のめりになった。
何が起こったのかを判断できないまま、バランスを保とうと体をよじる。
予期せぬ急激な激しい光とともに突風が最上階に吹き荒れてきていた。
容赦なく吹き荒れる暴風は、入り組んだ宮殿各地を器用に躱しながら突き進み、暴徒のごとく様々な進行方角から外へと突き進んでくる。
そして、それはリュックの背中を突き飛ばすようにして猛烈な勢いのまま次々とぶち当たっていった。
「きゃー!」
リュックは容赦なく背中に吹き荒れる風に対応しきれずに、二、三歩、前に押し出されるように前に進みながらひざをついた。
尻を叩きつけるような強風に煽られて、立ち上がることもままならない中で、反転しながらその先をみつめようとする。
額をあらわにしながら、あまりの強さに目を細めてしまう。
一瞬後に、リュックの後方にいる飛機もその轟風は無慈悲に飲み込んでいく。
機内がガタガタと揺れだし、アニキはキョロキョロと見渡した。
何事かとアニキはすぐにシートベルトを外して飛び出していく。
「リュ・・ぅおー!」
リュックの心配をしながら外に飛び出したアニキは横からの強風にあおられる。
そのせいで、階段をうまく降りることが出来ずに転がり落ちて側頭部からのけぞるようにして地面に頭を強打する。
声にならない悲鳴をあげながら何度もその場で転がり続けた。
やがてしばらく待機していると、風は止んで辺りは落ち着きを取り戻す。
「痛ーっ!なんなのさ!いったい」
リュックは大声で文句を言いながら、何に対して怒っているのかも分からずに立ち上がる。
アニキは頭を撫ぜながら何とか起き上がるが、打ち所が悪かったのか頭のグラグラが続いていた。
混濁する思考の中で、何を行うべきか懸命に判断しようとしている。
その後方では静かに、しかし確かなる異変が起こっていた。
飛機が先ほどの暴風により着陸地面から大幅に移動していた。車輪がすでにポート上から片側はみだしてぐらつき始めているが、二人とも先ほどの衝撃を整理しようとしているため全く気がついていない。
そして時間だけが無慈悲に刻々と過ぎ去っていく。
ズッ・・。ガシャン!
地面という支えを失った飛機は、重力に任せるように機体を傾けながら落下していった。
リュックは目を見開きながらその不吉な音に我先に振り返った。顔をひきつらせて、先刻までそこにあったはずのものを注視する。
そして、あるはずのものがなかった。
何かが落ちてくしゃけたであろう音。このいくつかの事実から、何が起こったのかは容易に頭の中で想像できた。
考えるより先に走り出す。ポートから落下したであろう縁まで走り、階下に顔をのぞかせた。
眼下に映るのは、右翼がくしゃけてひん曲がっている飛機であった。それを見てリュックは開いた口がふさがらなかった。
「あっちゃ・・。また親父にどやされるよ」
おでこに手を当てながら、この後の事を考えると途端に憂鬱になってくる。
一体、どう言い訳をしたものか。どちらにせよ怒られることは間違いない。
リュックの後方でアニキが頭を押さえながら
「リューック!!!チシコヒアニキロニンプミダタシガホーダ!(飛機よりアニキの心配が先だろーが!)」
と、うなだれている彼女に心配の優先順位が違うことについて怒りながら、ずっと頭をさすっている。
アニキは頭にコブが出来てないか何度も手をあてて確認した。触る度に患部に鈍痛が走り、短い悲鳴とともに顔を苦痛に歪める。
リュックは痛がるアニキの顔を見るが、問題ないと認識してそのまま次の興味に移行を示す。
お尻についた土埃を払いのけて、正面に建つ不穏な空気に包まれるベベル宮を見上げ眺めた。
「はー。とにかく会場に早く向かわなきゃ・・」
と、先ほど風が吹き荒れてきた入口に向かって走り出す。
この異常さにたいして順応の高さは、彼女の個性でもあった。
「ヲニワ・・。(無視か・・。)」
アニキは、頭を押さえながらリュックの後ろ姿を見やる。軽快に走る彼女の後姿を見ながら彼女に目立ったケガはないように思えて安心した。
リュックは、あることを思い出しながらそれを伝えるために、振り返りながらアニキに指をさした。
リュック「アニキナヲテンユムアムケ親父リメンサフニケカヤニナタシリワミギコルリヲワムケクアサ!(アニキは無線を使って親父に連絡して。あたしは先に会場に向かうから!)」
要件だけ叫んで、リュックは颯爽と宮殿へ走っていく。
「カ、ノミ!(あ、おい!)」
アニキの制止を聞くことなく、リュックの姿はすぐに宮殿の中に入っていった。
式典会場内は召喚獣クロノスの霊然たる巨大な姿に息を飲んでいた。
崩れた天井の一部から落ちてくる瓦礫の破片群は、容赦なく地に伏す人々へと降り注いでくる。
先ほどとは打って変わった静寂さには明らかな異質が混じっていた。
天蓋を失った天井には、夜空の星が浮き彫りとなり、より一層の閑靜さがこの地に舞い降りてきた。
皆は眼前にすえられている最悪の依代から発せられる佇まいに、怖気が全身に突き走っていた。それは穏やかな静けさとは打って変わった程遠い代物である。
天井に届くほどの巨漢さを誇るクロノスは月光の青白さに照らされながら、うなだれるようなうつろなまなざしでここではないどこかを眺めていた。
それを見上げる者たちは一人として声を発するものはなく、神経が凍りつくような凍り付いた感覚を得ている。
聖なる召還獣という神秘的なイメージはどこにもなく、奇怪な虫があちらこちらを這いずり回す様子は、魔の類と近いものを感じる。
その場にいる者たちに否応なくその雰囲気を肌から感じ取り、身震いを起こさずにはいられなかった。
クロノスの麓となる両足の中間点ではヴァンマが一人、孤高に立っている。
ユウナは目の前にそびえ立つ異形の召喚獣クロノスを間近で目の当たりにしながら
「・・これが、究極召喚獣!?」
と、目を見開きながら強い衝撃を受けていた。
「なんて大きさだ・・」
イサールは瞬きを忘れて、ただただその姿を目に焼き付けることしかできなかった。
足先が微かに震えていることにすら気づかずに放心状態となってしまっている。
「こんな形で、実際にこの目にする時が訪れようとは‥」
と、まるで神にでも対峙するが如く、惚けて魅了されてしまっていた。
ホクヨにも他の者と同様に、驚愕の念が渦巻いていたが
「こうも容易く・・」
と、ヴァンマの行使したあまりの理不尽な力に歯がぎしりと音を立てていた。
「馬鹿な!」
目は血走って、けたたましく叫ぶ。ホクヨは究極召喚を行使するということがどういうことかの理を分かっていたからこそ、この場で起こったことが理解不能だった。
そこにある光景の理不尽さを瞬時に受け入れて、怒りがこみ上げてくる。
「究極召喚は己を犠牲とする、偉大なる奥義なのだぞ」
それを聞いた誰しもがはっとした表情で、ヴァンマへと視線を向けた。
ヴァンマはそれらを涼しく一瞥しながら
「馬鹿なのは貴様らだ」
と、無知な者たちへ語りかけた。
「・・魂を売り強制的に守護獣を呼び起こすなど、正当な導きとは思えぬがな」
その意味深な言葉、ヴァンマの語る意味に理解できる者はいなかった。それは、これまで当たり前の常識として享受してきた理屈を覆すに等しかった。
さらにヴァンマは何の期待も込めずに喋り続ける。
「貴様らが崇敬する祈り子は、果たして何を求めていたのか・・」
と、虚ろに天を見上げる。祈り子とは、このスピラを象徴する一つであり召喚獣と表裏の関係でもあった。
シンに対抗する手段として、多くの召喚士が祈り子に力を求めた歴史の経緯がある。
「無責任だとは思わないか?」
その声は誰にも届くことのない夜の彼方へと溶けていく。
「誰かの犠牲の上にしか成り立たぬ力。それこそが輪廻を狂わせる」
理不尽に荒れ狂うこの世界を、どこか平然として客観的に眺めるように彼は浸っていた。
ユウナは、ヴァンマの意志がどこに繋がっているのかつかみきれないでいる。
その疑問が自然と問いかけとなって口から表れた。
「・・あなたは何を望んでいるの?」
ユウナのまっすぐな視線がヴァンマを見つめる。それに呼応するように二人の視線が交わる。
ヴァンマの声には恐懼が含まれており、静かに呟く。
「・・変革を齎し築く」
そこにははっきりと断言する理由があった。しかし具体性が欠ける抽象な表現に、その場にいる誰ひとりとして何を求めているのかついていける者はいない。
ヴァンマはこの場にいる者たちを見定めながら、さらに自らの意志を語り紡いでいく。
「作り変えるのだ、この世界を」
それまで感情の起伏を表にあらわさなかったヴァンマがこの時、初めて理想に浸りながら己の自己意志を顕著に表現した。
語りながら、一人の女性のことがよぎる。
「‥ナルビアの動機は矛盾していた」
脳裏に浮かぶ彼女の行動原理を否定しながら
「だが私は違う」
と、その目にははっきりとした野望を捉えた意志を帯びていた。
それはある意味で盲目的とも言えるような無垢な口調であった。
「再び全ての守護獣を司る、真の〝カオス″となる」
と、端的に断言する。
そこには彼自身にしか理解できていない領域があり、それゆえに得体の知れない狂気を放っていた。
ノネはその身でヴァンマから発せられる狂気の雰囲気を感じながら、ひとつだけ引っかかる過去の断片を思い出した。
「・・あなた。そう言えばあの時も、何故見た事のないはずのナルビアを知っていたの?」
それはグアドサラムでの何気なく流れた会話の一片であった。
ほんの一瞬の違和感はすぐに通り過ぎていき、それを今何気なく思い出して口にしてしまう。
それを聞いたヴァンマは口の端がぐにゃりとゆがむ。
おぞましい程に。狂おしいほどに。
ヴァンマは今一度、静かに目を閉じ吐息を漏らしながら
「遠く離れた離島に〝誰″を葬ったと言った?」
と、誰にでもなく問いかける。
それは途方もなく、愚問に近い響きであった。
そのときから彼を包む空気が一変していった。ぞくりと震え上がるような圧倒的な畏怖が彼を中心にして流れ出している。
ヴァンマの瞳には、暗黒の夜空に浮かぶ星々の光が等しく写っていた。
周囲にいる者たちは、その質問の意図を深く迷走させるが、到底答えられる者はいなかった。
誰もが閉口する中で
「・・まだわからないか」
と、ヴァンマは多少の落胆を感じながらも、平然としながらこの一連の会話に終止符を打った。
猶予はもうないと、宣言されたかのようであった。
くすぶるような吐息が、夜の冷えた空気に霧散する。
言葉での駆け引きの均衡を打ち破るかのように、それまで微動だにしなかったクロノスがその巨体をしならせ始めた。
木々がいびつにへし折れる音が、不吉に奏でながら耳障りに鳴り響いていく。
右足が一歩前に進み出た。ずしりという重く鈍い音とともに、会場の床をいくつか踏み割っていく。
個人単位ではすでにヴァンマにたいして各自、臨戦態勢の状態を取っている。しかし未だ、誰もがこの目の前の悪夢にまるで実感が湧いてこないのも事実であった。
どこまで辿っても底の見えない相手と対峙をするような得体の知れない気持ち悪さがまとわりついてきた。
だからこそ、次なる言葉は誰しもが予期せぬ言葉であった。
「我こそが〝オメガ・ウエポン″だ」
この時、誰もが彼が何を発言しているのか理解できなかった。
彼の口が、ゆっくりと流れるようにスローモーションで駆け抜けていく。
その身を貫く戦慄が会場内に響き渡った。
忘却の彼方に置き去りにし、誰もが忘れてきた罪が、今ここに存在しているという事実。
それが何を意味しているのか。
しかし、それぞれが立ち止まる時間もなく、そして考える有余もなく最凶となる人物との戦いはすぐ間近まで迫ってきていた。
[第五章へ]その心得を。