FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫ 作:ふゆー
ユウナは式典会場となる大宮に向かうために中央回廊を一人進んでいる。
大召喚士として、ベベル宮入り口付近に集っていた各地の著名人たちと軽い会釈とあいさつをかわしてきた後であった。
ベベル宮中央に座す大回廊ということもあり、その道幅はとても広く、そして天井、柱、壁のどれをとっても詳細までとても豪華な装飾に彩られている。
ユウナと同じく会場まで道行く人は、それぞれに正装を身にまとい品のある身のこなしをしていた。数人で会話と仕草のコミュニケーションを楽しんでいるそぶりも見える。
回廊の先の執着点、式典会場の舞台となるベベル大宮の大扉が次第に迫ってきた。
正面に待ち構える大門には軽装の鎧に身を包んだベベル精鋭の兵たちが規則正しく左右に整列をしている。
隊長とみられる精鋭兵がユウナの姿を確認すると、すぐに駆け寄り丁寧にお辞儀する。
隊長各が他の兵たちに指示を出して、機械仕掛けの大扉が厳かに開かれていく。
キイ・・。
重い金属音を響かせながら、大扉はゆっくりと奥へとのけぞるようにその身を隠していった。
隊長各に誘導され、ユウナは大宮へと吸い込まれるようにその先へと歩き出す。
扉を抜けた先には、メインホールとなる大宮が見上げながら一望できた。
頭上から燦々(さんさん)と降り注ぐ光源に、思わずまぶしくて目を細めてしまう。
ホール自体はくぼんだ楕円の卵のような形をしていた。各所にはベベル兵が厳重な警備として一定の間隔を置いて配置されている。
そして目が慣れないうちに聞こえてきたのは、ざわつきの声であった。
ユウナの姿を見た会場の来客人たちは動揺の波が始まった。
席に座っているのはスピラに住む各種族の代表、著名人、そしてエボン関係者と思わしき人々。重々なる顔触れがそこには連なっていた。会場の席はすでに飽和に近い状態で埋めつくされている。
ユウナは予期せぬ多数の視線と脚光の声を浴びる中で、戸惑いつつ立ったままホール会場を見渡していた。
その心細そうな背中に近づく影がある。
「驚く事はない、驚いているのは皆の方」
背後から大きな気配を感じながらユウナは振り向いた。懐かしい声の人物をみて目を見開く。
「キマリ!?」
そこにはかつてユウナと一緒に旅をしたガード、そして現ロンゾ族の族長がいた。醒めるような青の皮膚の内には筋肉が隆々と盛り上がっている。
キマリはユウナに歩みよりながら懐かしの視線を向け、口元が若干微笑んでいるようにも見えた。
「しばらく見ないうちに大人になった。キマリはそれに驚いている」
「はは、そうかな?」
と、ユウナは伸びた前髪を触りながらキマリを見つめる。
隣に並ぶと、ユウナの頭はキマリの肩ほどの高さにあった。
懐かしみのキマリの眼の感情が移行し、今の情勢への疑念がよぎる。
「・・大変な事になっている。グランを含めた魔物の増加やガガゼト山の雪解けも酷く惨事が重なっている」
天変地異の前触れともとれるこの状況下で把握、原因すら特定できていないのが現実であり、焦りと不安が集っているのも事実であった。
「・・うん」
ユウナも同調しながらうなづく。
キマリは、改めてこの会場内に目を向けながら
「ユウナが式典に来ている。今までにない顔触れの者達までもこの式典にベベルまでわざわざ足を運んで来ている・・」
そしてその場の雰囲気、気持ちを汲み取るように低い声で話す。
「皆自身も驚いているのだ」
キマリの言葉がユウナの中にすんなりと落ちていく。もう一度大宮内を見渡すと、今度は冷静に観察することが出来た。
そこに映る人々の顔には、漠然とした不安、そしてユウナが招かれたことによる式典の内容について、様々な思惑を考えざる得ないという表情が張り付いていた。
式典会場後方に位置する最上階層。この座席からは、会場全体を見渡すことが出来た。
最上層からだと、ユウナの姿は小指ほどの大きさに映る。着座する著名人たちの姿も、見渡すように網羅することができた。
この位置に座る討伐隊の隊長ルチルもこの式典に招かれた客人の一人であった。
整然と席に座る著名人たちの姿に、背筋がのびる思いをしている。
「これはただ事ではないな」
と、この場にいる面子を確認しながら尋常ではない空気を感じ取っていた。
今までこのような規模の人数が一か所に集まる機会など彼女の記憶にはない。過去の歴史の中でも稀有なことであることは確かであった。
ルチルの横に座っているエルマは
「あたし!緊張して来ました」
と、うわずった声で話しかけてくる。会場の片隅にいるにも関わらず、緊張で鼓動が高鳴る音が止まらない。
「だって名ばかりしか聞いた事のない方々ばかり」
と、ひとりひとりの姿をつぶさに観察しながら、初めて見る名のある人物たちを認識するたびに驚きの声をあげたりして、せわしなかった。
そんなエルマをみながら
「私も同じだ」
と、ルチルも同様に周囲にいる観客たちに目を配らせていた。
そして、とある一点でその人物を二度見することになる。
不思議そうな顔をしながら
「・・?あれは」
と、殊勝な顔をした。その後の言葉が出てこない。
エルマも続くようにして、ルチルの視線の先に目を向ける。
ほどなくしてその人物を見つけて
「え?」
と、間の抜けた声をあげた。
二人の思考が停止してしまうほどの人物がそこにはいた。
会場席下層部。そこには各種族を代表した多数の者たちが座して式典が始まるのを待っていた。
その席の一角へと、ヴァンマが先導して一人の女性をエスコートしてくる。
「こちらのお席で」
と、ゆるやかな物腰で彼女に用意された席へと手を差し伸べた。
「・・どうも」
と、女性は軽く会釈をする。そこにいたのは凛と切り詰めた雰囲気を身にまとう細長の女性であった。
特徴ある風貌と雰囲気を身にまとい、勧められた席につく。
顔は人間のそれに酷似していたが、切れ長の目と耳は亜人種を連想させるには十分であった。
その近くで、すでに着席していたグアド族長トワメルが女性の存在に気づいて慌て始める。
「これは!?」
即座に席から立ち上がった衝撃で椅子が倒れそうになる。そのことを気にせずにトワメルはそそくさと彼女のもとへ駆け寄った。
「お初にお目にかかります。グアド族の族長トワメルにございます。あなたが・・」
と、トワメルは自らの出身を語りながら、初見となるその女性を粗相のないようにじっくりと見つめる。
一息おいて
「ハイペル族の族長チープ様で?」
と、確信をもって問いかける。
「はい」
族長と呼ばれたチープは静かにうなづいた。
「このような公共の場に訪れる経験があまりないもので、ご迷惑をお掛けするやもわかりませぬが今後共に宜しくお願い申し上げます」
と、ゆっくりと礼節正しく頭を下げる。
物腰こそ柔らかいものの、ハイペル族特有の漆黒の瞳には静寂な威圧を受けるものがあった。
「いえいえ、こちらこそ」
言いつつ、トワメルは大げさな身振り手振りのジェスチャーで大物感のアピールを繰り返す。
「いやはや、総卿師の実力こそがこの時を実現させた賜物ですな」
両腕を広げながら、会場全体を見渡した。
チープはその言葉に心が機微に動き目を細める。
「種族間の争いなど醜き事」
憂いとなるざらつきの感情に揺らぎつつ
「彼女はそれらを身を持って体感して来たのです」
その瞳には、ノネを思いやる気持ちが垣間見えた。
近衛兵に自分の席まで案内されながら階段を上がってゆくユウナの背後を護衛をするようにキマリがついている。
ユウナにはホールに入ってから気に留めていることがあった。この会場は広すぎて、一人で探すのはいささか難題である。
キマリは振り返るユウナの視線に気づいた。
「・・、シドさんは?」
と、自信のなさなのか声を細めながら聞く。
「見ていない」
キマリはユウナと目を合わせながら静かに首を横にふった。
「そっか・・」
ユウナは少し残念そうに肩を落とす。
今度はキマリの方が、問いかけたかった話題を口にした。
「ユウナ、キマリはある噂を耳にした」
キマリの物言いにユウナは顔をあげる。
気づけば、キマリは横に並んで歩いていた。少しの間をおきながら言葉を慎重に選んでいるようにも見て取れた。
「・・このベベルへ大召喚士と〝そのガード″が共に来ていると」
ユウナはじっとキマリを見返した。
「聞く所によると・・」
と、キマリは核心に触れないように言葉を重ねていく。
「彼だよ」
ユウナはキマリの言葉を疑念をふっきるように言い切った。そこには、はっきりとした響きが伴っている。
「!?」
しかしキマリは目を丸くしながらも、にわかに信じがたい顔をする。
二人の会話を遮るように【キーン、ゴッ。】と、マイクの電子音が会場内に鳴り響いた。
その音によって、ユウナたちは式典開始が迫っていることを認識する。
巡回僧長シェリンダ≪本日はこのベベルへ遥々お越し頂き誠に有難く思う所存にございます。まもなく・・式典を始めさせて頂きますお手数ですがご客席のご協力の方宜しくお願い致します≫
シェリンダの場内挨拶により、雑談や話し声が次第に薄まってくる。
その場の空気がにわかに高揚に包まれた。
聖なる塔からベベル宮内に帰ってきたティーダは、目的もなく歩き続ける。
視線は足先だけを見つめ、放心に近い無心であった。
祈り子に面会すれば、何かきっかけをつかめるであろうと、ここまでその期待を胸に旅をしてきた。しかしそれは容易く霧散してしまう。
宮内は式典の開始時刻が迫っているため、聖なる塔の周辺には人気(ひとけ)はなく閑散とした有様になっていた。
伽藍洞の空間の中に、数える程度の案内者が点在するのみである。
その中の一人がティーダの途方に暮れている姿に気づいた。式典に招かれた関係者だと思ったベベルの案内者が走り寄ってきた。
ティーダは柱の影から出てきたその人物と鉢合わせる形となり、ぶつかりそうになる。
「!?」
前を見ていないティーダは突然の人影と気配に驚いた。
「キミは確か、ユウナ君のガードの!」
と、案内者は驚きながらもティーダのことを知っているらしく親近感をこめた笑顔を向ける。
しかし、一方でティーダにはその人物が未だに誰だか判別がつかない。
「‥覚えているかな」
と、さすがに本人の戸惑いを察したらしく、案内者は改めて自己紹介を始めた。
祈りの挨拶、両手で円環をつくりながら
「僕はイサール。当時はユウナ君と同じ召喚士で究極召喚を求め旅した者」
ティーダは召喚士というキーワードから記憶を手繰り寄せてハっとした顔をする。イサールという名前と長い髪の特徴から、かつてユウナとシンを倒す旅の中で出会った召喚士の一人だということをおぼろげながらに思い出した。
その当の本人のイサールは、山の天気のようにすぐに悔やんだ顔に切り替わる。
「僕は・・キミ達の足を引っ張ってしまった」
そこには過去の記憶からの後悔の情があり、がっくりと落胆している。
「足を引っ張った?」
ティーダにはどれのことを言っているのか皆目検討がつかない。イサールの言った言葉を反芻してみるもやはり理解には及ばなかった。
そしてどう反応していいかも分からずに首をひねる。
「その・・」
イサールは先を続けようとするが口がごもつき、途端に歯切れが悪くなる。
「・・反逆者扱いを」
と、言い淀みながらも自らが犯した過ちを弁明した。その当時の自分を責めているようにも見える。
「ぁあ・・」
ティーダもイサールの伝えたかったこと、そしてその当時の経緯を思い出した。
気の抜けた笑顔になりながら
「仕方ないっスよ、それにそんな事すっかり忘れてた」
と、イサールの肩をたたく。
「いや、そうはいかないよ」
イサールは大きく首を横に振りながら真剣に訴えかけた。
「君達は英雄だよ!」
ほめたたえる事と弁解を兼ねながら、もう一度イサールは頭をさげた。
「・・すまなかった。あの頃の僕は教えに縋り過ぎていたのかもしれない」
それを聞いて、ティーダの中で違和感が引っかかった。笑顔が波のように引いていく。
“教えに縋り過ぎていた”という言葉が、ベベル庭園でユウナとライナーが喋っていたフレーズと重なっていた。
心に引っかかる何かを振り払うかのように、話題を変えようとした。
「・・、今は何してるんだ?」
聞かれたイサールは嬉しそうな顔をしながら
「今はエボン僧指導官を任されているよ」
と、胸についた指導官の勲章をみせる。そして自らの役目を思い出して
「そうだ、そろそろ時間じゃないか。もちろんキミも式典出席者だろ?」
言われ、式典のことを思い出したティーダはうなづく。
「‥では僕は先に行かせて貰うよ。キミも急いだ方が良い」
イサールは式典会場の見回りの任のために走って行ってしまう。
ティーダは、イサールの後ろ姿を見送りながら
「・・行くか」
と、曇っていた気持ちを払拭するように歩き出した。
ティーダ:けど・・これからどーする?ベベルを目標として進んで来たのに何も得られなかった。
ティーダの揺れ動く心が、前に進もうという気持ちをあやふやにして足が立ち止まる。
さらに覆いかぶさるように突然に視界が回転して、不意の立ちくらみが襲いかかってきた。
ガタ・・。
とっさに手を突き出して壁にもたれかかる。転倒するのだけはかろうじて防ぐ。
耳鳴りが次第に強くなってきて、周囲の物音が掻き消えていく。
「!?・・またかよ」
片手に体重を預けたまま身動きが取れない。
かろうじて意識を保っているものの、ティーダは思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
動悸は一向に収まる気配はなく、断続的に意識が遠のきそうになる。
「っ・・はぁはぁ、やべ」
その場から動けないティーダの背中を嫌な汗がつたっていくのが妙に生々しい感覚で分かった。
式典開始の定刻はやって来た。舞台の準備はすでに整っている。
大宮のホールを包む空気は静寂が幾重にも降り積もり、物音ひとつすら聞こえてこない。
ノネはその様子を弾幕の陰から見守っていた。
張り詰めた緊張の中、弾幕の袖から現れたノネが壇上に歩いていく。
凛とした表情で中央へと向かうノネの内には、今に至るまでの道のりが蘇ってきた。
表立って協力してくれた人たちと、陰ながら支えてくれた人たちの顔が次々とよぎっていく。ここまでの道のりは決して楽なものではなかったが、なんとかたどり着くことが出来た。その思いを胸に、壇上中央までたどり着く。
会場全体を見渡すノネは、各所に設置されている照明をその身に一身に浴びながら
「では今から式典を開始致します」
と、声を響き渡らせる。
拍手をする者もいれば、腕を組みながら興味のまなざしでみつめる者、今後の展開を予想する者、自分にとってどれだけの利益があるかどうか天秤をかける者など、様々な思惑が入り混じっている。
大勢が観覧する客席の一角ではライナーがイライラを募らせていた。
彼が座っている席の横隣は未だ空席のままとなっている。
「≪ったく・・、あいつら何処で何してやがる》」
と、会場にいないティーダとカーシュにたいして悪態をつく。
種族代表席も一つの席だけが着座されずにいた。その席にはアルベド族代表の札が立てかけてあった。
トワメルはそれを軽蔑さえ込めて見ている。
「≪シドの奴、代りさえも寄越さずか無礼な者よ》」
周りに聞こえるかどうかの境で、トワメルはボソッとつぶやいた。
「・・」
キマリは無言のまま、トワメルの言葉を聞き流す。
チープも同じくその席を眺めた。何も言わぬその目は何を語っているのか誰にも分らなかった。