FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫ 作:ふゆー
さらに時間が刻々と流れるにつれて、頭上の空色は身をよじらせるように絶え間なく変容させていく。夜はさらに更けて地上は急速に太陽の恩恵である光明さを失いつつある。
聖なる塔は地上に設置されたいくつもの光源による眩い光線の照射を受けて、建物の輪郭を顕わにしてその威厳をくっきりと象っていた。
その最下層にある地下の通路では、二組の足音が交互に揃いながら響き渡る。そこにはホクヨに先導されながら歩くティーダの姿があった。あまりの天井の高さ、そして広々とした空間のために巨人の住処に迷いこんだ錯覚に陥ってしまう。
「はー、ここでの出来事もつい最近のように思えるんだけどな」
と、ティーダは月日の経過と自分の記憶をつなぐ時間の感覚の差異を改めて感じていた。
ホクヨは振り返ることなく、会話に入ってくる。
「例の襲撃騒動か」
と、眉間に皺をよせながら遺憾げにつぶやいた。
記憶の回想とともに、その顔に嫌悪な表情がにじみ出てくる。
「よくやったものよ、エボンに刃向いよって」
と、文句を言った。
ティーダは建物の内部構造を見学するのをやめて、ホクヨに視線を戻しながら
「つうか!なんであんたも来るんだよ」
と、口を尖らせる。そして両手を頭の後ろで組んでそっぽを向く。
ホクヨはさも当然のような顔をしながら、ティーダに振り返った。ぎろりと強烈な正義感を宿した眼(まなこ)でねめつける。
「私は司宮卿なのだ。貴様のような野蛮人に寺院で勝手をされては困る!」
と断言されて、ティーダは今度は白けた目を向けた。
「俺、一応ガードなんすけど」
と、ぼやいてみる。
言ってはみたものの、この石頭にどこまで通用するのやらというのが本音でもあった。
するとホクヨの睨みが若干緩み、緩やかに一瞥する視線に変化した。
不服そうな顔をしながらも
「知っている。認めたくはないが、スピラを救った者達を忘れはしぬ」
と、そこには彼なりの不器用な敬意の意志が込められている。
ティーダはぽかんとしながらも
「・・、そりゃどーも」
と、素直に感謝できずに内心は複雑であった。
噛み合わない歯車のような二人は、ぎこちない雰囲気が流れていたが互いの認識を改め始めていた。
しばらく両者はどちらかが話すということもなく、黙々と足音のみが流れていく。
「私はあの襲撃時もあの場にいたのだ」
ホクヨの頭の中に、過去の記憶が浸透してきた。
「貴様の顔も今、思えば見覚えは確か・・」
ティーダも飛空艇からベベルに突入したときのことを思い出す。
襲撃と言われるのは不服で、ティーダにしてみればユウナを助けに行ったにすぎなかった。
その時の情景を思い浮かべた時に、シーモアの姿が浮かんできた。
そしてノネの言葉が、シーモアとホクヨをつないでいく。
「そー言や、シーモアの部下だったんだって?」
その質問にたいし、ホクヨは明らかな苦々しい表情を呈した(ていした)。
過去の経歴を自身でなぞりながら
「・・、私自身、シーモア様の方針はあまり納得の出来るものはではなかった」
と、重々しく内情をつぶやく。視線は自然と下に落ちていった。
気を取り直し、過去から現在を比べて見据えながら
「エボンの形式や儀礼を見直し新党を築く今後の目標を達成すべく為に今回の式典は開かれる」
と、ホクヨなりに堅苦しい表現で綴られた己の信念を表現する。
しかし、次に紡がれた言葉はホクヨらしからぬ不透明で曖昧さで、彼の確固とした輪郭がぼやけるような気がした。
「・・何やら胸騒ぎがする」
ホクヨの表情に深い影が射す。
「・・」
ティーダもホクヨにつられ、体の神経が引き締まってゆく。
ティーダ:なんとなく・・俺も胸騒ぎみたいなもんがしてた
聖なる塔内部を歩き続けると、ティーダたちはやがて試練の間までたどり着いた。さらにその先には控えの間が続いている。
目的の地にたどり着いたという想いがティーダの胸の内をよぎった。
前回訪れたときと変わらぬ景色なのだが、これまで他の寺院を観てきた経験と先入観からなのか、ここもかつての明るさが失われている気がしてならなかった。
ホクヨはティーダに祈り子の間の入口に向けて手を静かに差しのべた。
その眼には頑として変わらぬ頑固を宿している。難しそうな顔を崩さないホクヨは
「私はここで待つ。行ってまいれ」
と、そっけない言葉と抑揚のない声でティーダの背中を押し促した。
それをホクヨの配慮と受け取るティーダはうなづきながら、その横を通り過ぎていく。再び、足音の反響が試練の間にこだまし始めた。しっかりとした足取りでその目は控えの間の入口を正面に見据えている。
ついにここまで来た、という思いが募ってきた。
そして控えの間入口まで来て、一旦立ち止まる。その先の薄暗い空間を見つめながら両手で円環をつくり、そして丁寧にお辞儀をした。
そこから控えの間へと入っていく。
ホクヨはその一部始終を見送りながら
「ちゃんとあいさつが出来るではないか」
と、多少の感心を抱きながらそれが自然と口に出ていた。
気難しそうな表情が、多少緩んだかのようにも見えた。
ティーダは厳粛な空気の祈り子の間に入ってゆく。外の明瞭さとは打って変わって、仄かに包まれた明暗の空間に精悍な祈りの歌がどこからか反響してきた。
かつて多くの召喚士がここを訪れて、スピラの平和のために祈りを捧げて力を授かってきた聖域。
この場の神聖さがそうさせるのか、ティーダは先に進むたびに寺院としての役割をその身に浸透していくかのように思い返していた。
シンがかつてスピラに住まう人々を命の脅威に晒していた時代。
人々は召喚士に力に平和の希望を求め、そして召喚士は祈り子に平和を欲する力を求めた。
祈り子は、それに応じて召喚獣という神の獣をつかわす契約をかわす。
ベベルに安置されているこの祈り子像もその一つで、かつてティーダと意志のやりとりを行ったこともある。そのためにひときわ強い特別な感情があった。
足元がようやく見えるほどの暗い空間の中、一歩ずつ確実に前に進んでいく。
ほどなくして正面に祈り子像の全容があらわになってきた。
像全体からにじみむ畏怖を感じつつも、ティーダはそれを懐かしそうに見つめる。今は像全体にひびが入り石化してしまっているが、長年積み重ねてきた畏怖は早々と消えるものではなかった。
目的の地にたどり着いたという一息の安堵、そして彼に問いかたかった疑問が次々と零れ落ちてくる。
「・・」
ティーダはしばらく祈り子象を見つめていた。
腰を下ろし、祈り子像に触れるようにそっと手を伸ばす。
「久し振り?・・になるのか」
と、静かに挨拶を交わした。
「またわけわかんない事になってるんスけど」
自分の中の混濁とした気持ちを掬い取るように言葉を順に拾い上げていく作業は自分と対面しているかのようでもあった。
ティーダの言葉の響きはどこまで祈り子に届いているのであろうか。
沈黙を守り続ける祈り子像。ティーダはそっと見つめ続ける。
ティーダの脳裏には、これまでの色んな情景が流れ回っていた。
「確かにあの時・・」
蘇る光景はビサイド寺院での少年の叫び声。
(『気をつけて!狙いは〝僕達″』)
真摯な瞳で、目の前のひび割れた像に語りかける。
「お前の声がしたんだ」
と、そっと祈り子をなぜるように指をおろしていく。
ティーダには、その時の声が気のせいなどではなくバハムートの祈り子が語り掛けてきたいう確信があった。
しばらく返事を待ち続けるが、しかし何の変化も見受けられない。
祈りの歌のみが反芻しながらティーダの身の上に降り積もってくる。
次第にティーダの気持ちに焦りとわずらわしさとなって伴ってきた。その気持ちを口に出していわずにはいられない。
「なぁ、なんとか言えよ」
声が少しだけ強張った。その問いかけすらも何の反応も示さず虚空の空間に消え去っていく。
「教えてくれよ。俺を・・また一人にするのか?」
そこには切なる心の訴えからくる言葉の吐露があった。静まり返る空気の中で、ティーダの声の響きの分だけ大気が静かに震える。
それでも、やはり感応は何一つ得られない。
当初の期待はむげにあしらわれたかのように裏切られ、打ちひしがれるようにしてティーダは祈り子像を虚しく見つめる。祈りの歌が懇々とティーダに降り注ぐのみであった。
カーシュは単身、ベベル宮殿内をひとり散策している。静まり返った広大な宮殿内部をどこへ向かうでもなくゆっくりと歩き続けていた。
頭の中に出来上がっていく地図を確認しながら、カーシュは次にどちらに向かうかを常に考えている。
廊下の突きあたりにある螺旋階段を上がりきると、二股に分かれた通路があった。そこは最上層の通路へと繋がっている。
カーシュは左右を交互に眺めながら、渡り廊下の方を選択して、再び歩き始めた。
自分が今、宮殿内のどこにいるのかをいまいち把握できずにいたが、そんなことを気にする様子もなくさらに進んでいく。間もなく渡り廊下に出た。途端に、夜の湿気を伴った涼しげな外気が吹き抜けてくる。ふと横を向くと、鉄格子の向こうに鬱蒼と生い茂る広大な土地が目に止まった。
「・・?」
不思議そうにカーシュは目を凝らす。暗闇に目が慣れてくると、そこに広がる全容が次第にわかってきた。視界全域に広がる森の風景は、カーシュの生まれ故郷よりもはるかに圧倒していたが、どことなく懐かしいような親近感がわいてくる。
平野に広がる漆黒の闇夜が覆いかぶさった森は、空と森の境界となる小刻みの鋭角の稜線がうっすらと見えていた。
何が気になるのか自身でも分からないまま、カーシュはその森のことが気にかかる。
その理由を探そうと眺めていると
「あれがトゥルースよ、私の故郷」
と、突然の背後からの声をかけられた。カーシュは振り返る。
「!?ノネ・・」
いつからいたのであろうか。森の景色に没頭していて後ろにいることに全く気づくことがなかった。
目を点にしているカーシュの驚きように、ノネも若干驚きながらも笑っている。
しかしすぐにその笑みも消えて、別の雰囲気を身にまとった。
カーシュはその変化をすぐに察する。しかしその変化の理由を分かっているだけに、すぐにかける言葉が見つからずに心配そうに見つめるだけであった。
ノネはカーシュの横に並び、欄干にもたれかかる。夜風を浴びながら遠くを見つめるノネの髪は時折大きく揺らいだ。
その横顔から大きな決断を迫らている切迫感のようなものを感じ取ったカーシュはやがて話を切り出す。
「てっきり式典にもう向かってるものだと」
ノネは深淵にひれ伏す森を眺めながら
「今から向かう所よ」
と、返事はするもののどことなくここではないどこかに連れていかれてしまったかのような抜け殻みたいになっている。
ノネはその場で半回転をして欄干にふわりと背を預けながら
「あなたこそ、こんな所で何をしているの?偵察?」
と、小悪魔めいた笑顔で問いかけた。
「まぁ‥そんな所かな」
とノネを横目で見ながらすぐに視線を森に戻す。適当にそらす言い方をしながら、欄干の外をみているカーシュはいつものように考え事をしていた。
今度はノネがカーシュをずっと見つめている。無言の時が刻まれていくが、彼女は目をそらすことはない。
そして、そっと口添えをした。
「あなたから本当は聞かせて欲しい事が沢山あるの」
カーシュは何も言わずにノネに視線を傾ける。互いの視線が混じり合った。
ノネの瞳には、純粋な興味の眼差しが宿っていた。
ひと息おいて、そしてわざと含ませたように間をもたせてから
「黒魔族の事とか」
と、澄ました顔をした。そこにはまるで幼子のように無邪気な興味が宿っていた。
カーシュの出方を伺うかのように、瞳の奥底で彼の思考を覗き込もうとする。
「信じてるの?」
と、カーシュは眉間にしわをよせる。
ノネはその返しが面白かったのか
「あなた達が嘘を付くなんて想像出来ないわ」
と、全く疑う様子もなくはっきりと言った。
「元々、魔法文明全盛期に大きく名を残した魔族は黒魔族な訳だし」
と、ノネはさらりと言うが、カーシュは驚きのあまりかぶりを振った。
「!?・・詳しいね。驚いた」
と、詮索するまなざしをノネに向ける。カーシュの戸惑いの変化を確認しながらノネは会話を静かに続けていく。
「それらについても今日話すつもり・・」
それを聞き、若干カーシュの優しい顔つきが険しくなる。
それをすぐに察したノネは慌てて訂正と補足を促した。
「あ、もちろんウエポンの事は伏せて置くから心配しないで。あくまで理解を得る為」
それをひとつの終点とし、会話は途切れた。
風がせせらぐ中で、二人は森を見つめるのみであった。
ノネはカーシュと話しているうちに別の感情がこみあげてきて、それを口にしないわけにはいかなかった。
「一つ聞いて良い?」
「?」
彼女の顔つきがかわった、とカーシュは一種の予感のようなものを感じる。
「もしかしてだけど・・」
幼いころの記憶が混沌と浮かびながら、ノネの眼に浮かぶ色が不思議さを帯び始める。
カーシュは次に来る言葉を待った。
2人は見つめ合いながら、言葉では言い表すことのできない魂のやりとりを垣間見た気がする。
はるか昔から通じ合っているかのような、繋がっているかのような感覚。
「いえ、またの機会にするわ」
ノネは欄干から真下の小さく映る地上の風景をぼんやりとみた。
「本当、私も御節介ね」
誰にたいして笑っているのか、ノネは微笑している。
「・・?」
カーシュは話の内容についていけずにただ不思議そうな顔をするのみであった。
「もう行かないと」
様々な感情はるつぼのように溶け込み、しかしそれを消化する時間はすでに無く向かうことを余儀なくされた。
あれだけ考え抜いたはずなのに、いまだに足がすくんでしまう。
いまさら考える時間もなく、逃げることもできず、どこにも行けず。
このままずっとふさぎ込んでしまいたい。
誰にも助けを求めることもできずに、一人で抱え込む。
ノネは自分の頬を両手で叩く。バチンと弾ける音とともに、頬が軽く赤くなった。
「!?」
「行って来るわ!」
はっきりとした声には決意が宿る。感情を置き去りにして、今は使命だけを見据えていた。
そこには総卿師としてのノネの姿があった。
女性の華奢な細身には、身に余るほどの重圧がのしかかっているはずだが、それを振り切って歩き出す。
「・・うん、また後で」
カーシュはノネを心配そうに送り出す。
颯爽と歩き出すノネは、自分の感情に何一つけりをつけれないまま力強く一歩踏み出していった。
柱の陰からカーシュとノネのやりとりを静かに伺っている者がいることに二人は気付く気配はない。