FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫   作:ふゆー

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❺ベベル市民街

カーシュはライナーを探しながら階段をのぼっていく。

家の最上階、三階へとついたときに入口に見え隠れする物体が見えた。

「!?」

興味を示しながら、入口付近に近寄っていく。

その部屋で見つけたのは、巨大な楕円形の金属ボディであった。

その形から推測するに

「船・・?」

と、言いながら観察するように部屋の中へと一歩踏み出した。

部屋の中に入って別の角度から見渡すと、それはカーシュがイメージしていた以上の大きさだということが判明する。

部屋を埋め尽くすほどの大きな船の頭部らしき姿があった。製作途中のためにいくつもの配線が緻密に、そしてそのコード類が密集しながら枝分かれをし、そのボディから幾重にも飛び出している。

それはカーシュには全く構造が理解が出来ない代物であった。

ライナーは作業を進めながらもボディに映る背後のカーシュの姿を確認しつつ、疑問の答えを説明をする。

「飛空艇だ」

作業する手をとめて、ライナーはカーシュの方を振り返った。

「今は、俺が設計から構造まで全部手掛けてる」

その言葉を素直に飲み込めずにカーシュは首をかしげる。

「・・今は?」

ライナーの言い回しにどこか引っかかりを覚える。そしてその声はまるで、過去一人ではなかったと言わんばかりの口調であった。

 

「空飛ぶ船、飛空艇を完成させる事・・」

そして、次の言葉への息継ぎに一瞬のためらいを挟み込んで

「それがあの子の夢だった」

と、楽しい会話のはずなのに、そこには儚げな感情を含んだ声音が物悲しげに語るように流れていく。アグネスの独白に近い言葉が綴られる中でティーダたちは初めてライナーが夢を追っていることを認識した。

「完成は近いはずよ、成功はどうあれ」

そこでアグネスの表情が暗転する。

「なのに、辞めてしまったの・・」

ティーダたちは、アグネスの話を静かに聞き入っていた。その表情から察するに、そのあとに待ち構える展開は良いものではないだろうと予感のようなものを感じてしまう。

アグネスは、カップをもったままじっと動かなかった。カップの中の液体に映る自分の顔は、切なそうな顔を浮かべている。

アグネスは視線を濁したまま言葉が詰まっていた。

ティーダとユウナは沈黙するアグネスを見ながら、ただ次の言葉が出てくるまで時を待つしかなかった。

しばらくして、アグネスが心の整理を終え、声を絞り出すように続きを語り始める。

「大切な人を失ってしまった、あの日から・・」

揺れる液体が、アグネスの鬱とする顔をかき消した。

「大切な人・・」

ユウナがアグネスの言葉をなぞるようにつぶやく。呼応する言葉にアグネスはさらに表情が曇る。

 

「俺の勝手な行動があいつらを巻き込んだ」

ライナーは手を無意識に強く握りしめていた。

「・・死んだんだ」

と、忸怩たる思いに駆られていた。

飛空艇のボディに映るライナーの瞳には夕闇のような静寂の鬱々さが滲みこんでいた。

後悔とあきらめが混同した無常さが彼の心を囲繞(いじょう)していった。

カーシュにはかける言葉もなく、ただじっと見つめることしか出来ない。

階下でも、ティーダたちが同じ内容のことをアグネスから聞いていた。

「な・・」

想像以上の悲嘆な事実を目の前にして、ティーダたちは絶句をしてしまっている。

ユウナはライナーの気持ちを想うと心に痛みが伴い、おもわず胸に手を添えてしまった。

アグネスはこれ以上先の内容を続けることは自身をも苛ませる酷なことであったが、それでも二人に伝えようと切り出した。

「仕方がなかったのよ・・」

俯くアグネスからはライナーの気持ちを代弁するように懺悔に似た響きが灯っている。

「あの子が何をどうした所で、あの三人はそうしてた」

と、ライナーの行動を責めるようなことはなく、むしろいたわる気持ちが見て取れた。

「〝ローサ″が亡くなった事をリュックちゃんもケヤックも責めたりなんてしなかった」

その声はすでに消え入りそうにうわずっている。

「誰も悪くないって・・」

次第に嘆ずる思いが突き上げてきた。

「・・なのにあの子は心を閉ざしてしまった」

ライナーには他にも選択肢はあっただろうに、自分を責めるという選択に拘泥し続けることをアグネスは痛感していた。

ユウナがにわかに視線をあげて

「もしかして・・ジルクバの件と関係がありますか?」

と、それまでずっと静かに聞き入っていたところから初めて口を開き話を切り出した。

「ジルクバ?・・って」

ティーダには『ジルクバ』というキーワドが一体何を示すのかわからず、ユウナに問いかける。

ユウナがひと息置いて、静かな決意をその瞳にたたえながら口を開いた。

「私が今回、ベベルへ赴く理由の一つ」

と、ゆっくりと力を込めながら二人に語り出す。

「・・昔、アルベドが本拠地としていた辺境の島。その島も『シン』に襲われてアルベド族は流浪の民となった」

そこには哀愁漂うユウナの陰りがあった。

「エボンは機械を使うアルベドに対し一切支援をしなかった。彷徨う死者の魂は異界へ行けず魔物と化し、今もなおジルクバには強い念を抱く魔物が多く住み着く・・」

ティーダは険しい顔をした。

ユウナはジルクバの惨事をまるで自らの責のように語り告げる。

「それを制御する事はとても困難とされジルクバはとても危険な土地として、人一人立ち寄る事のない破滅の離島と呼ばれているの」

アグネスがジルクバの説明を引き継いだ。

「あの島は遥か昔〝大地の聖域″と呼ばれた土地」

かつてのジルクバの大地の姿に想いを馳せ、魅了される想いに駆られる。

「乱れる気候はその土地を保つ為に引き起こすとされる現象。そして夜はまるで空の星々が零れ落ち広がるかのように月明かりが砂漠を照らす・・」

と、羨望と浪漫のよぎる気持ちを抱きながら憧憬するまなざしでうっとりと瞼の裏にその情景が思い描かれていた。

「よくレドが話してくれたわ」

とアグネスは嬉しそうに語る。

 

 

大気の海を突き抜けるが如く、飛空艇は正面に迫る分厚い雲を切り裂きながら進んでいく。

轟音を唸らせるエンジン音とともに音速に近い速度で飛び抜けていく飛空艇は、搭乗席の内部も微弱に振動していた。

飛空艇の窓から顔を覗かせるているのはリュックであった。自動操縦となっているので操縦桿を握ることなく腕を組みながら、目は釣り上がっている。

ふてくした顔をし、頬を膨らませながら口を尖らせて

「まったく、人使いの荒いアニキ!とにかく来いって、よりによってー・・」

と、恨めしそうに正面を見つめていた。前方には彼女の天敵とも呼べる悪天候が見え始めてきていた。

「見えて来たよ、雷平原・・」

眼前には暗雲立ち込める黒雲が近づいてくる。

 

 

アグネスがユウナたちと雑談を絡めた話を続けていると、ライナーとカーシュが二階の階段から降りて来る足音が聞こえた。

見上げるアグネスと、見下ろすライナーの視線が重なる。

「もう、行く?」

と、簡素な問いかけのなかに少し寂しそうな声の色が見て取れるアグネスにライナーは軽くうなづきながら

「ぁあ、そんな時間もねぇからな」

と、リビングにある壁掛け時計の時刻を確認した。

ライナーが一階に降り立ったタイミングで、ユウナたちも合わせるように席を立つ。

見送りをするためにアグネスも一緒になり席を立ち、歩き始めた。

玄関先まで来たときに、ユウナはアグネスに近づきながら

「あの・・、また日を改めてお伺いしても宜しいですか?」

と、再び訪問を約束したいという旨を伝える。

その申し出を聞いたアグネスは嬉しそうに微笑みながら

「!?もちろんよ、大歓迎」

と、予期しなかった嬉しい出来事に頬面を崩した。

皆がそれぞれに別れの挨拶をして玄関を出て行く中で、ティーダだけが玄関の扉の前で足をとめて振り返りアグネスを見る。

「?」

アグネスは見つめてくるティーダにたいして、不思議そうな顔をした。

ティーダにはひとつの決意がずっと心に残っており、これだけは伝えないといけないという想いが彼の口を突き動かす。

「・・、今度はリュックも連れて来るっス」

アグネスはふたたび驚く様子を見せた。

ライナーを何とかしてあげたいというアグネスの本音を汲み取ってティーダがそれを代弁してくれたと、そんな気にさせられる。

「・・あの子達をどうか宜しく。」

大切な者たちの運命を託すように、アグネスはお願いを申し出た。

それに応えるようにティーダは微笑をたたえながら会釈をした。

 

 

同時刻。

ベベル本宮内の廊下、ノネの後方をクレロは追従するように歩いていた。緩やかなカーブを描く廊下は宮殿内に設置された様々な角度の光源により、明々とした光に包まれている。

クレロは式典に向けての現在の準備状況と段取りを伝えていたが、ふとその口が途中でとまりノネの顔色をうかがいながら

「少し休まれては?」

と、若干の疲れの色をみせる彼女の体調を気づかった。

ノネはクレロの心遣いを織り込み済みの上で

「いえ、準備が出来次第、先にご到着された関係者方に挨拶へ伺うわ」

と、疲労を表面に見せることなく爽やかな笑みを向ける。

それでもクレロは彼女の性格も考慮して心配を憂うが、それ以上の言葉を付け加えることは野暮だと察して追求をせずに口を閉じた。

前を進むノネは

「・・あ!そうよ」

と、急に思い出したようにクレロに尋ねた。

「ホクヨ師は?」

聞かれたクレロは多少難しい表情をする。

しばらく考える素振りをみせながらホクヨの動向を思い返し

「書物庫におられるかと」

と、簡素に返答した。

ノネは軽く振り返りながら

「聖ベベル宮への錠を開けて貰いたいの」

と、詳しい事情は明かさずに要件だけを伝える。

このノネの指図にたいしてクレロは訝しんだ。

これから式典の事を考えれば、何故今のタイミングで聖ベベル宮に用事があるのかという違和感に似た当然の疑問が生じてくる。

「?・・、では私からそう伝えておきましょう」

疑問を払拭できないながらもそれを飲み込んで、クレロは指示にたいして承諾した。

「総卿師はご支度をお急ぎ下さい」

式典までの限られた時間の猶予という中で、ノネに準備の催促をしながらクレロはちらりと周囲を見渡した。誰もいないことを周到に確認する。そして秘密めいた事を分かち合うようにつぶやいた。

「それと後程、式典前に少しお時間を頂きたいのですが・・」

声のトーンを明らかに落としながら音量を潜めていたために、ノネは不審ながらに振り返る。

「・・?」

しかし、クレロはそれ以上先を言わない。視線でコンタクトを求めてきた。

ノネはここでは言えない何かを秘めていることを察する。

「ぇえ、わかったわ」

ノネはその事にたいして、あまり勘ぐることをせずにクレロの進言を了承をした。

通路は二股に分かれるところにさしかかり、ノネは自室へとまっすぐに進んで行く。

クレロはそれを見送るように一瞥をしながら軽くお辞儀をして、ノネとは別の道に曲がっていった。

ノネは階段を上がりながら考え事をしていた。

自室を兼ね備えた書斎室への通路を一人向かって進んでいく。

物音ひとつせずにひっそりとたたずむ雰囲気の廊下を思慮深い顔をしながら黙々と歩いていった。

下を向きながら思慮深くしつつ、廊下を曲がっていく。すぐにノネは足もとに人影が現れるのが目に入った。

「!?」

気配に気づいて慌てて、その場で急に立ち止まった。

警戒心なく周囲のことに目が入らずに集中しすぎて無防備であった自分に、こんなにも根詰めて考えていたのかと驚くノネであったが、その人物が全く気配がなかったことにも虚を突かれる。

視線を上に向けると、それはノネがとてもよく見知った人物でった。

精悍な顔立ちを向けてきながら、どうかしたのですかと言わんばかりの顔をしている。

眼前にいるヴァンマは至極涼しげな態度で、話しかけてきた。

「ベベルへの無事帰還、何よりです」

軽く会釈を交わしながら

「護衛の為、中官を共に同行させましたのに」

と、気を利かしながら心配をする様子を見せた。

ノネは若干の困った笑顔を灯しながら

「皆を煩わしてしまったかしら・・。中官は?」

と、中官の動向を気にかけながらヴァンマに問いかける。

「今夜の式典に向けての強化警備最終確認の打ち合わせに。私も今そちらへ」

「そう、警備の方は頼むわね!」

ノネの表情がきりっと引き締まった。

「・・きっと騒がしくなるわ」

ヴァンマは同意をこめてうなづく。

「ではまた」

と、ノネはヴァンマとの会話を切り上げて自室へと進もうとする。

その後ろ姿を見やるヴァンマは

「そう言えば・・」

と、思い出したような素振りを見せ、ノネの背中に言葉を投げかけた。

ノネは歩き出した足を一旦止めて、訝しげに振り返る。

ヴァンマの顔にはいつもの社交じみた笑顔が張り付いていた。

もったいぶるように十分に間をもたせてから

「チープ殿がお見えになられていましたよ」

と、いつもと同じ口調と声で語りかける。それなのに、とても不自然に聞こえてしまう。

ノネはすぐに顔色がこわばってきた。

ヴァンマは構わずにさらに先を続ける。

「別室まで案内をさせて頂き・・」

たまらずノネは、かぶりを振りながら口をはさみ、その会話を遮り中断せざる得なかった。

「何を言っているの?」

理解できないという顔をむけ、視線はヴァンマに釘付けとなる。

「・・何を、と申されますと?」

ヴァンマは少しだけ眉根をあげながら問いかけた。

逆に聞かれる形となるノネは答えられずにいる。あまりの動揺にあいた口がふさがらない。

しかしヴァンマはすでにノネが言わんとしようとしていることを悟っていた。

「来られるはずがない・・と?」

そこには、含んだ物言いがある。

ヴァンマは当然だと言わんばかりにさらに話を進めていく。

「式典への出席伝達はスピラ各地の族長関係者に届けられています。チープ殿はハイペル族の族長。すでにこのベベルへ御本人が訪れているのです」

と、整然とした事実を述べた。

不審な点が何一つないことを確認した後に

「何か・・おかしな点が?」

と、ノネの疑惑にたいして自身に何の落ち度もないとそれを終焉として論点をまとめる。

「・・いえ」

首を横に降るノネは、まだ顔が硬くヴァンマの顔色を窺っていた。

ノネの言葉を終止符として、ヴァンマは今一度うなづく。

「御引止めして申し訳ありません、では」

ヴァンマは流暢にお辞儀をする。

そしてノネへの伝達を終えたとばかりに颯爽とその場から立ち去った。

それとは対照的にノネは立ち尽くしたまま動けないでいる。

なぜか記憶の片隅に置いてきた過去の一辺がせり上がってきた。

(ベベル街広場にて。

幼きノネは小さな手を全力で振りながら駆け出している。興味津々の眼には、ベベルの色鮮やかな風景が映っていた。

その後ろからさらに歩幅が小さいトーブリーが汗をかきながら、必死について回っていく。

ノネは大はしゃぎしながら、小さなその体で脈動するように足が飛び跳ねていた。

「本当だわ!父の言っていた通り・・これが繁華街ね!?」

せわしなく首をキョロキョロさせながら、興味の対象が次から次へと目まぐるしく動き、町並みが通り過ぎていく。

後ろから付き従っているトーブリーはもう息も絶え絶え、へとへとになってふらついていた。

「ノネ様、くれぐれも御目立ちになる行動は御慎み下さいよ!」

トーブリーは、口酸っぱくしながら言い聞かせた。あまりの激にノネにむけて唾が飛んでくる。

「我々、亜人種は人化の者には珍しい種なのです。良くも悪くも〝亜人融和政策″の妨げにならぬよう今は慎重に振る舞わなければなりません」

振り返るノネ、そこには無邪気な笑顔が張り付いていた。

「わかってる」

トーブリーの助言にたいして反省の色は全く見られずに、そこには明るく弾んだ声があった。

ノネ本人には小言にしか感じていないのか、楽しみで爛々としている。

「にしても空気はあまり良くないわね。草木も少ない」

トーブリーに言われたことは、さておきと聞き流し、ノネの興味はすでに別の方向へと向いていた。

薄く曇った空を見上げ仰く。

「近未来に目指す前兆を予感させるわ」

少女の目に映る未来とは、一体何であろうか。

「またそのような・・」

と、トーブリーは長く深いため息をつく。

ノネは熟考しながらも、自身の考えを述べ始めた。

「私は母の考えも父の考えも比べる事自体が間違いだと思うのよ。強ち(あながち)古典も侮れないわ」

両腕を組みながら幼いながらに難しい顔で思案をする。

「ヨー爺に頼んで書物庫に・・」

「何を仰いますか!?」

さすがのトーブリーもその発言には叫ばずにはいられなかった。

ノネの正面に走り寄り

「このベベルへ来た事をチープ様がお知りになられれば、もう二度とトゥルースから出しては貰えなくなりますよ」

と、頑として睨みながら顔を近づける。

「あくまでこれは・・」

トーブリーの言葉を遮るようにノネは真摯な瞳を向けた。そこにはまっすぐで、そして眩しい光を宿している。

「私はいつかここに住むの」

トーブリーは目の前の少女の言葉を聞いて、新しい悩みが生まれる。それが長いため息となって表れた。

さらにノネは続ける。

「そしてエボンの権限者になる。決めたの」

そこにははっきりした、そして力強い口調があった。

「ノネ様・・」

トーブリーは肩を落としながら大きく息を吐く。これから先の受難を考えると、トーブリーは今すぐにでも倒れそうになった。

 

トゥルースにて。

・・石囲いの小さな池水が小さく揺れていた。

その池を覗き込む幼き顔が波に揺れながら、ぼんやりと映し出していく。)


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