FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫   作:ふゆー

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❹ベベル

外が徐々に明るくなり始めると、周辺では早朝の気温差によって霧が発生していた。

ティーダは眠気が取れないまま、ふらりとフロントにやってくる。大きく両腕を伸ばしながらあくびをした。

「朝って感じがしない雷が、良い目覚ましっス」

と、鳴り止まない雷を睨むように窓の外を眺める。

眠気を飛ばし、体をほぐすためにストレッチや準備運動を念入りに行う。

先に支度を済ませたライナーは椅子に座って銃を手入れしながら、それを横目で見ながら

「寝ボケて落雷に当たるなよ」

と、緩慢な動きのティーダに突っ込んだ。

みんなより少しだけ遅れてユウナがフロントにやってきたことで全員の準備が整い終わる。

 

旅行公司を出発して、雷平原横断をする二日目に突入した。

そこからさらに落雷に穿たれたぬかるみの大地を進み、いくつもの丘を越えたところで次第に小雨に切り替わってくる。

暗雲の切れ間から、にわかに澄み切った青空が見え始めた。

そして大きな丘を越えたその先に、広大な森が現れ始める。

一行はマカラーニャの森南部へとさしかかった。

森の上空には、キラキラと光る薄い羽のようなものが散りばめられるように上昇しているのが見えた。

カーシュはその光景に目に釘づけとなる。ティーダたちもその神秘さに魅了されていた。

マカラーニャの森には、独自の生態系が生じている。鉱物を含んだ木々が鬱蒼と生い茂り、まるで水晶のような結晶体が、木の根もとの地面から突き出るようにあちらこちらに形成されていた。

結晶の薄い板はやがて剥がれ落ちて破片となり、風に巻かれて空へと舞い上がる。そして広がる蒼き空に儚げに溶けるようにして散り散りに消えていった。

ティーダたちはマカラーニャの青白く光る結晶の森の中へと侵入していく。

深い森の中を縫うように続く一本道は、樹木をつたう道へと変化したりと、様々な道なき道を潜り抜けていかなければならない。

茂る木々の樹皮自体も発光しているために、神秘の青の光に導かれるように森の深くへと誘われて(いざなわれて)いった。青の結晶の群れに囲まれていると、まるでその中に溶け込んでしまうような錯覚に陥りそうになる。

しばらく歩き続けたところで、森の一角に自然と出来たであろう広場のようなところがあった。

旅行公司から休憩もとらずにここまできたので、一旦の休憩をとることとなる。

それぞれに朽ちた大木や切り株に腰掛けたり、もたれかかったり等の休息をしていた。

「なんとか式典には間に合いそうね」

ずっとノネは頭の片隅で気がかりだったことが、ふいに口からこぼれ落ちた。

顔はわずかながらに安堵で気色ばんでいる。

ここまでの道後までに様々なことがあり、式典までの時間の猶予が刻一刻と迫っていたのが、ここまできてやっと目処がついた。

そのことにホッとひと息つく様子を見せる。

ライナーも一人ひっそりとうつむいていた。何やら一人で黙々と煮詰まったように考え事をしている。やがて決意を固めたそぶりを見せ、その視線を上げた。

その向かう先にはノネがいる。

「式典は夕方からだよな?」

時間日程の確認をノネに促した。

「えぇ」

と、ノネはなんの気なくうなづいた。

ライナーはそれを確認し終わった後に、今度はユウナの方を向く。

「ユウナ、俺に時間くれねーか?」

と、真剣な眼差しで見つめた。

「え?」

急に話を振られたことと、その言い回しにユウナは目が点となる。

その場の空気がしんとし、不自然な沈黙が生まれる。

カーシュは視線だけを目配せをしながらその様子を観察した。その中で同じく視線を錯綜させるノネと目が合う。

ティーダはユウナの前面に立ち、ライナーの視界を遮った。

「なんスか!?」

ライナーはティーダを押しのけながら澄ました顔をして

「会わせたい人がいるんだ。俺の育ての親」

と、真面目な顔をしながらユウナの前にやってきた。

いよいよティーダは開いた口が塞がらず

「まぢなんスか!?」

と、その場に立ち尽くしていた。愕然としながら血の気が冷めていくのが分かる。

ライナーは勘違いを察しながら不敵な目で眺めて

「ばーか。そんなんじゃねーよ!」

と、爽やかに笑った。

一人でくくくっと笑いながら

「安心しろ、俺にはもう思う奴がいる」

と、堂々と宣言をした。

「!?」

それを聞き、ティーダとユウナは同時に顔を見合わせる。

カーシュはこの話題がひと段落ついた頃合を見計らって、自分が気にしていたことをノネに尋ねる。

「ユウナはともかく、俺達もその式典に参加できるの?」

ノネは思考を逡巡させて

「他の卿師達に了解を得とくつもり。・・でも離れの観覧席になってしまうかもしれないわ」

と、ノネは譲歩しながらもカーシュたちも一緒に式典に参加できることを伝えた。

カーシュはノネから目を離し、一人考え込む仕草をして黙してしまう。顎に手をあてがいながら深刻そうに何かを模索しているようにも見えた。

「・・?」

ノネは、カーシュが何を思い巡らせているか分からずに見守っていたが、やがてカーシュから目を離して、これから先の自分のやるべき事案を考え始めた。

雑談を交えた休息を終えて、さらに道なき道を進んでいく。

時折、青の蝶が飛んでいくのを眺め、青白い森の景色を観覧しながら進んでいると、やがて道の分岐点へと差しかかった。

分岐の支流の中央に立つティーダはしばらく立ち止まり悩ましい表情をしながら

「左・・だっけ?」

と、 自分の曖昧な記憶を頼りに、後ろからやってくるみんなを振り返った。

視線が合ったユウナがこくりとうなづいた。

「うん、右はナギ平原だね」

ティーダは右へと折れる道の先を見るも、そこには生い茂る結晶の森の姿しか見えない。遥か先にあるであろう広大なナギ平原を想像した。

ノネが追いついて、そのまま先陣へと順序が入れ替わる。

「グレート=ブリッジの正門を通って聖ベベル宮に入るわ。じきにベベルよ」

つられるように皆も足を進めていく。

 

左の道へ入りながら、ベベルへの道をさらに歩んでいった。

視界から突然に、森の風景が切り取られたように消えていく。

ティーダは幻想的な青の光とは違い燦々と降り注ぐ光陽に順応できず、皆は目を細めたり手をかざしたりした。

辺りを見渡すと崖の切れたその先にほんの一部だが建物の姿が見える。

そして崖に近づくにつれて、聖ベベル宮を中心とする巨大都市【ベベル】の全貌が露わになった。

「ついに来たー!」

遮るものは何もない眺めの良い風景を堪能しながら爽快感に浸るティーダは遠目から都市の風景を眺めていた。

ライナーが追いつくようにその横へと並ぶ。

「長いような、短いような道程だったな」

と、これまでの旅路を思い返しながらつぶやいた。

続いて追いついたノネが

「寺院へ行くのよね?」

と、ベベルに来たティーダの目的を確認をする。応じるようにティーダは頷いた。

「あの聖なる塔から清流の通路を通ると試練の間よ」

ティーダの横に来るノネの視線の先にはひときわ高くそびえる塔がみえた。試練の間への順路を説明をしようと指で建物を指していく。

「ただ錠の鍵は司宮卿のホクヨ=サライエが保管しているの。だから今は一旦横切る形になってしまうわ」

話しながらちゃんと理解しているだろうかと見上げるノネの視界には、ティーダの悩ましい顔があった。

「なんか聞いた事ある名前のような・・」

唸りながらその名前の人物のことを記憶から探ろうとするティーダ。どこかで引っかかる名前なのだが、いまいちはっきりと判別できずにいる。

そのモヤモヤが消えかからないところに、カーシュの声が割り込んできた。

「ミヘン街道で、キミがホクロと呼んだ人だね」

カーシュがさらっと言うとティーダ以外の全員が硬直し、沈黙が流れた。

小鳥のさえずりがやたらと耳に響く。

「また・・!」

と、ユウナは口を押さえならも笑いを堪えきれないでいた。

「ふ!」

ノネも不意をつかれて吹き出してしまった。ティーダの方を向いていたために、顔に息がかかる。

突然の不意打ちで、ノネはむせてしまい咳き込んだが、そんな普段見せない自分をらしくないと思ったのか、そっぽを向いて、照れている。

当の本人のティーダは

「あいつか、・・面倒っスね」

と、難しい顔をしながら口をへの字に曲げる。ミヘン街道でのやり取りを思い出しながら、不快な感情を募らせた記憶が蘇ってきた。

ノネはひと息ついて落ち着き、軽く咳払いをしながらホクヨ・サライエについての過去の経緯を話し始める。

「ホクヨ師は、かつての前司宮卿シーモア師の部下だった」

シーモアという言葉を聞いて、ティーダの顔つきが引き締まった。

ノネはその意を介さずに

「司兵卿クレロ師も、かつての前司兵卿キノック師の部下だった。いずれもかつての恩師の後を受け継ぎ、任命就任された・・」

と、今のベベルを支えている者たちのこれまでの経緯を語る。

「ただ司民卿ケルク師を除いて」

と、例外を述べるようにノネは続けて喋った。

「ケルク・・?」

ティーダはその名を聞いても、イメージ像がずぐには浮かんでこなかった。

ユウナが、みんなに分かるようにケルクについての略説をする。

「ケルク師は元はマイカ総老師を含めた四老師の一人だよ」

ユウナの補足をするように、ノネはこれまでのベベル宮で起こった彼の来歴を話し始めた。

「・・エボンの方針に疑問を抱き、自ら老師を辞任された」

ノネは胸に手をおき、視線を少し下へと落とす。

「新党を築くにあたって私が再びケルク師をエボンに呼び戻したの」

話しながら、ひとつの言付けを思い出したノネは傍にいるユウナへそれを伝える。

「そう言えば・・ケルク師がユウナ様にお話があると申されていたわ」

「・・?」

ユウナは差し当たって思いあたる節もなく、考えあぐねた。

「ふーん・・」

ティーダは頭のなかで現在のベベル関係者の一通りのおさらいを終えて、自分なりの咀嚼を済ませる。

ベベル宮へと続く橋を渡っていると、ライナーが真っ先に橋の風景の先に佇む人影を見つけた。

「お出迎えだぜ」

その言葉で全員が見やるその視線の先には大門の下で小さく身を潜める人物がいた。聖ベベル宮へと続く大橋のたもとに、姿勢を正して待機している。

ティーダはかろうじて見えるその人物の顔を見てハッとする。キノコ街道で演説をしていたクレロと呼ばれていた人物と一致した。

ここの大門は青銅色を基調としており、日の光を浴びて鮮やかな色彩を放っていた。細かな金と銀の装飾が所狭しに施されている。

ノネがクレロの前まで来ると、丁寧にお辞儀をした。

「卿守は!?」

ノネは開口一番、ヴァンマの動向をクレロに尋ねる。

「予定よりお早めにご到着された族長関係者様を、別室までお送りしている所存です」

と、クレロは適切な回答を、短めに区切りながら返答した。

「そう、・・中官も?」

ノネはついでといった様子で、続けて問いかける。

「はい」

クレロは簡素にうなづくのみであった。

ティーダはノネとクレロのやり取りを静かに聞いている。

クレロはノネとの会話を一通り終えたあとに、その周囲にいる者たちを改めて見渡した。

そのメンバーの顔ぶれをみてクレロは惚けてしまう。

「!?・・総卿師、この方々は」

経緯に興味を抱きながら不思議そうな顔をするクレロにたいして、ノネは毅然とした態度で接する。

「私の御客人です。彼らにも式典に出席をしてもらいます」

クレロは、意外そうにノネを見た後に、もう一度その場にいる者たちを逡巡させた。

「・・では、どうぞ〝ベベル本宮殿″へ」

と、ティーダたちに敬意を表しながらお辞儀をする。

大門がぎしりと鈍い音を響かせながら開いていった。

門をくぐり抜けると、幾重にも重なる祈りの歌が響き渡ってきた。

「・・これは」

カーシュは言葉にならない感嘆を胸の内に覚える。

門の内側、宮殿内部へと続く渡り廊下。

ベベル宮内部の豪奢な建築構造がそこにはあった。吹き抜けの天井は高く、空間自体に奥行きを感じるよう細かな細工が行き届いていた。

ティーダも、ゆっくりと構造を観察をしながら

「へぇー。まさに作りも寺院その物の象徴って感じだな」

と、今まで観てきた寺院との近似点を見出す。

ユウナがこのベベルの都市についての特徴をおおまかに説明し出した。

「寺院の総本山、水上に築かれたスピラ最大の都市ベベル」

各地に存在する寺院の総本山というだけあって、ケタ外れの大きさを誇っている。

ライナーが、言葉を引き継ぎながらこの都市の厄介な手順をみんなへの補足として繋いだ。

「街に入るにしろ厳しい検問を通らなきゃならねぇ。面倒なシステムだ」

その顔には、若干の煙たそうな目つきがある。

それにすぐに反応するかのように、先導するクレロが口を開いた。

「人々が安心かつ豊かな生活を送れるよう厳重に警備をしているのです」

と、粛々と述べる。

ノネがクレロに合わせて、フォローをするように話を切り出した。

「何処も物騒な世の中だもの。そう思えばベベルはまだ大きな被害もない、結果?良しとしましょう」

と、このシステムのプラスな一面もあるという意見を綴る。

気づけば宮殿前の大扉が目の前までさしかかっていた。

先ほどの青の門より一回り小さく、対照的な赤の色合いとなっている。

「この扉の奥がエボンの敷居だ」

言いながらライナーはティーダたちに人差し指で左右を指す。

「左右は見えるだろ、ベベルの街だ」

強い風が吹く。

今まで宮殿の景色に気を取られていたティーダとカーシュが、すぐに周囲を見渡した。

「ぉおー!?」

すぐさまティーダは壁際に走り寄る。

そこから見える風景にティーダたちは言葉にできない圧巻を覚えた。カーシュもどこまで広がる町並みに魅入っている。

一面、赤色の屋根の風景が目立つ美しい街並みが広がっていた。

街を区切る区画沿いには、いたるところに水路があり、豊富な水の量が伺える。

水上に都市が築かれているというのも理解が及ぶ。

ライナーがノネに声をかける。

「こいつらとこのまま街に降りたいんだが」

ティーダはユウナだけがライナーの両親に会うと思っており、まさか自分たちを含めてベベルの街へ降りていくとは考えていなかった。

「わかった。じゃあ要件が済んだらまた夕方までにここへ」

ふたたびこの場で会うことを約束し、ノネはクレロと一緒に扉を開けて奥の宮殿へと入っていく。

ティーダたちは、長い階段をつたいベベル市民街へと降りていった。

 

街に降り立ったティーダたちを出迎えたのは、緑が少なく押し合うように家がひしめく町並みであった。道の脇に隣接するように水路が縦横無尽に張り巡らされている。

水路を中心とした街の構成となっており、橋も多く健在し、移動手段としてカヌーを使う住人もいた。

様々な店が多く並ぶ繁華街を抜けると、民家が密集して立ち並ぶ地区にはいった。

街ゆく人たちの数は多く、子どもたちが走りながらティーダたちの脇を通り過ぎていく。

数人の子供たちが楽しそうに、広場でボールを追いかけまわしていた。

先程、ノネが言っていたここは大きな被害がないということと、住民が安心して暮らせていることが一致する。

同じような家々を眺めていると、少し坂になった道に出た。

見上げれば丘の上まで家が密集するように並んでおり、道の両側に街路樹が規則正しく並んでいる。

「懐かしいなぁー」

ユウナは楽しそうに微笑んでいた。

「そっか、ユウナもベベルに住んでたんだよな!?」

ティーダはユウナが幼い頃に、ここに住んでいたことを思い出す。

ユウナは振り返り、少し切なそうな顔をしながら

「・・あれから一回も帰ってなかったから、家も取り壊されちゃってるかもしれないな」

と、何ともいえない寂しそうな表情がよぎっていた。

ふわりと髪がなびき、風がしんみりとした空気を攫っていく。

その雰囲気を断ち切るように

「着いたぜ!」

と、ライナーのひと声が飛ぶ。その声に反応するように、皆がライナーの方を向いた。

視線をあげれば、そこには一軒の家があった。少し小高い丘の上にある家からは、ベベルの街並みが良く見える。

カーシュは素直に

「家、大きいね?」

と、目の前にある家が自分が想像していた以上であることを告げる。

密集するベベル市街の中でこれだけの敷地面積に立つ家は、豪邸の部類に入っていても差し支えないといえる。

ティーダは 一驚しながら

「金持ちなのか!?」

と、率直な意見を投げかけた。

ライナーはそれを聞いて軽く笑い飛ばしながら、家の敷地に向かって歩き出す。門を越えて、中庭を通り抜け玄関の手前までやって来た。

「ただいま」

鍵を使い扉を開け、そのまま家の中に入っていくライナー。

玄関先からまっすぐに延びる長い廊下を通り過ぎて、居間へと入っていく。

穏やかな日の光が射す居間の奥のキッチンでは、一人の女性が片付けをしている最中であった。

物音に気づいて何気なく振り返るその女性は、 ライナーの姿が目に止まると瞳を見開き一瞬固まってしまう。しかし、すぐにその顔が笑みに灯っていった。

「あら、ライナー!?」

女性はびっくりしながら、濡れた手を急いでタオル拭く。

「どうしたのよ!」

そしてライナーに飛びつくように駆け寄ってきた。

「どーしたって、ただ帰って来ただけだろ」

大げさな彼女の行動に、ライナーは肩をすくめる。

「それより、びっくりする客連れて来たぜ!」

と、もったいぶるような言い方をしながら、いたずらっぽくにんまりと微笑んだ。

女性には微細な疑問が浮かび、首をかしげる。

ライナーが扉の前から横へ避けるように移動すると、廊下にユウナたちが立っているのが見えた。

最初にライナーの顔を見た時と同様に、女性はもう一度目を見開く。

「・・!?あら、ユウナちゃん?」

と、開いた口がふさがらない。

女性の口からはすぐにユウナの名前がでてきたが、その声には上ずった驚きの音声が含まれていた。

「え!・・っと」

ユウナは知り合いかと思い、彼女の名前を思い出そうとするが、記憶を遡れども一向に彼女のことが出てこなかった。

「ユウナからすると親戚か?」

戸惑うユウナに助け船を出すように語るライナーは二人を見比べる。

女性は、ユウナにゆっくりと近づき正面に立った。

「私はアグネス」

自分の胸に手を当て、自己紹介をするアグネスは本当に大切そうにユウナを見つめる。

「覚えてないのも無理ないわ」

アグネスには幼き日のユウナと、今目の前にいるユウナの姿が重なっていく。その面影は確かに残っていた。

「こんな綺麗になって・・」

次第に言葉に詰まり始める。ふと、その両目から涙を零した。

「・・!?」

ユウナはただただ彼女の様子をみながら戸惑うことしか出来ない。

アグネスは目もとを腫らしながらも、微笑んでいた。

心を落ち着かせようと深い息を吐く。

「ごめんなさいね。・・あなたを見て、あなたのお母さんを思い出してしまったわ」

アグネスは、指の先で涙の粒を拭っている。

ユウナは、ひとつの質問を投げかけた。

「似て・・いますか?」

それを聞いてアグネスは

「ぇえ、そっくりよ!」

と、とても嬉しそうに涙の笑顔でうなづく。

「私の旦那レドはあなたの母親の兄」

「な!?あれ?」

そこでやっとティーダは、ユウナとこの家の血のつながりが見え始める。血縁関係を探るように、それぞれを順に指でさしていった。

ライナーが補足として付け加える。

「レドはシドの双子の兄で、ユウナの母親はその妹だ」

「ぇえ!」

ティーダは、吃驚しながらその身を仰け反らした。

アグネスが、懐かしそうに会話を続ける。

「あなたのお母さんとは仲良しで」

と、過去の回想を慈しむように微笑む。

「いつも優しい笑顔で真っ直ぐで、私の大切なお友達」

アグネスは話しながらユウナの母との約束を思い出し、棚に向かって歩き出した。

そして棚からひとつの箱を取り出す。年季の入ったその箱。さらにその中から大事そうに閉まってある鍵を取り出しユウナに渡した。

「これは・・」

ユウナの手のひらの中で小さな鍵がきらりと光る。

アグネスもその鍵を見つめた。

「あなたの家の鍵。あなたのお父さんから預けるよう頼まれていてね、ユウナが帰って来た時の為にって」

ユウナはその鍵を大切そうにまじまじと見つめた。

「・・父さん」

優しき父の面影を思い出しながら、言葉がこぼれ落ちる。両親の愛情に温かな気持ちが込み上げてきた。

ライナーは二人のやりとりを聞きながら満足したように、背を向けて二階への階段を上がって行く。

アグネスは、そっと足音を聞き取るようにちらりとみた。

「渡せて良かったわ。主人からシドにと考えたんだけど、良い年してあの二人変にいがみ合って」

と、多少呆れたようなため息をつき、そしてさらに続ける。

「リュックちゃんに頼もうとも考えたんだけど、ライナーがあの様子でしょう・・はぁ」

アグネスは、万策尽きて打つ手なしといった様子で、困り果てた顔をしていた。

ティーダはアグネスが何かを知っていると見受け、すかさず問いかける。

「あの二人って・・」

ユウナはライナーに聞こえていないか辺りを見る。

それを察したカーシュは

「ライナーなら上に行ったよ。様子見てくる」

と、気を利かせて二階へと続く階段を上がっていった。

「・・ありがと」

親切心にお礼をいうユウナにたいし、カーシュは少しだけ表情を柔らかくうなづきながら二階へと上がっていく。

アグネスはティーダたちに、椅子に座るよう促した。

ティーダとユウナは椅子に座りアグネスはキッチンへ行き、お茶を出す準備をする。

「あなた達は何故、あの子と?ってこんな質問も可笑しいわよね」

アグネスはお茶をお盆に乗せ、居間に戻ってきた。

「本当言うとね、ユウナちゃんが家に来た事に驚いたと同時にあの子が帰って来た事に一番驚いたの」

嬉しそうな顔をしながら、いたずらそうな笑みを浮かべるアグネス。

「なんだよ、あいつそんな実家帰って来てなかったのか?」

ティーダは親不孝だなと言わんばかりに口を尖らせる。

アグネスはカップを両手で囲うようにもちながら、綺麗に透き通った紅茶をみつめる。そこには自分の顔が映っていた。

「二年ぐらいかしら。でもレドから話は聞いていたし心配はしていなかったの、ただ・・」

虚ろな視線がそこにはあった。

「あの子には夢があったから・・」

切なそうに語るアグネスに、やるせない悲色がよぎる。


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