FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫   作:ふゆー

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❷雷平原

ドンッ!ゴロゴロ・・。

グアドサラムを越え、洞窟を抜けたその先に再び大地が見え始めた。昼間だというのに明るい気配は感じられない。岩の間から覗く空色は暗雲立ち込める中で、一筋の稲光が遠方で落ちている光景がある。

大地を激しく叩きつける雨と、落ちゆく無量の雷が延々と不快な合唱を奏で続けていた。霧がかる風景の先に、避雷塔がぼんやりと輪郭を形どっているのが分かった。

大地をつたってゆく雨は、その水量からいくつもの小川の流れを形成しつつある。

空を見上げるティーダたちのすぐそばで空が裂けるようにして落雷が突き刺さり、地面に穴を穿ちながら石ころが足もとに飛び込んできた。

「これ・・。下手したら死ぬっスよ」

その衝撃で足もとが揺れる激しさにティーダは顔が引きつる。気分は完全に落ち切っていた。

「結構、今日は激しいな・・」

ユウナもこの光景に物怖じしている。口を固く結んでいた。

「自然の猛威とはこの事だね」

カーシュは、これを見て純粋に自然の圧倒的で強大なスケールと偉大さをその肌で実感していた。

その横にいるライナーは曇天の空を見上げながら、これから先の天候の予測をする。

「こりゃ時期にもっと激しくなるぞ・・。今夜は旅行公司で一泊だ」

と、空合を読みながら雷平原の横断するための段取りを整えてゆく。

ノネもライナーと同じく慎重にこの天気を熟考して

「常に避雷塔に沿って行きましょう」

と、万全を期しての行動を心がけるように提案した。それぞれがうなづきながら覚悟を決めて洞窟から抜けて歩き出す。

「行くんスね・・」

ティーダは最後まで洞窟から出るのをしぶりながらも、それでもはぐれないように最後方をついて歩いていった。

 

土砂降りの中を進むにつれて、空を裂きながら落ちてくる雷は激しくなる一方であった。それはまるで天が怒り狂っているかのように、次々と大地にジグザグの閃光が突き刺さっていく。

弾けるような轟音に耐えきれないティーダは耳に手を当てながら歩いている。それでも雷音が消えることはなく鼓膜を刺し貫くように響いてきた。雨粒は容赦なく顔に打ちつけてきて、はっきりと目を開けることすらできないでいる。

全身ずぶ濡れになりながらも目的地である旅行公司を目指し、避雷塔に沿いながら進んでいった。

「はぁ‥耳が痛い」

うなだれながらもティーダは、先行する皆に離されないようにペースを合わせて歩いていく。次第に衣服が水を吸い、体に深く重くのしかかってきた。

カーシュは先頭を行くが、身軽に足場の悪い道を進んで行く。

最初は遠くの方に見えていた避雷塔が徐々にその姿を大きく見せ始めてきた。

カーシュが立ち止まる。そして目を凝らした。

「・・あそこの避雷塔に誰かいる?」

凄まじく降り注ぐ雨の視界の中で、霧向こうにいるであろう何かをみつける。

ユウナは、カーシュの指差す方を見ながら

「・・!?」

と、驚き目を見開いた。雨が眼の中に入ってくるのも構わずに視線を外せずに凝視する。

「あれ、アニキさんじゃないかな」

半疑ながらもその特徴ある小さな姿から、知人であろう人物を特定をした。

「え!?なんて!?」

ティーダはメンバーの一番最後方から、両耳をおさえ大声で叫ぶ。

ライナーは、ユウナの言葉に心中驚いたようにも見えた。容赦ない雨が瞳に飛び込んできたのだろうか、目を細めながらじっと避雷塔をみつめている。

「行こ!」

弾むようにユウナがカーシュと入れ替わりながら先導をきり、避雷塔に向かって足早に進んだ。

「え!?なんて?」

再び、後方からティーダの大声が飛んでくる。ユウナが進路方向を少しずらし急いで行くことに、不安を覚えていた。

その声すらも雨音にかき消されそうになり、先を進むユウナたちは声に気づく様子はない。

そんなティーダを背後からじっと見つめる人物がいた。いつの間にかノネがティーダの後ろに立っていて、そわそわしている彼を冷めた目で見つめながら

「手を耳から離しなさいよ」

と、冷静に突っ込んだ。

 

雷平原には、当たれば人命にすら関わる凶悪な落雷から身を守る手段として、『避雷塔』と呼ばれる塔があった。

この避雷塔の起源を辿ると、ビリガンという青年がいた時代にまで行き着くことになる。

かつて雷平原は、人の行き来が困難なほど頻繁に雷が落ち、人の往来を阻む土地柄で有名であった。

アルベド族の青年、ビリガンはこの事態をなんとかしようと試みる。雷を意図的に、そして任意の場所に落ちさせる避雷塔の建設に乗り出した。

ビリガン自身は避雷塔建設の途中で雷に打たれて亡くなったという通説があるが、真実の程は定かではない。

彼はアルベド族であったがために、エボンが統括する歴史にその名を残されることはなかった。現在ではあまり人々に知られていないが、偉業を成した人物の一人である。

そのビリガンが建てたとされる、今日ではこの地を渡る者にとってはとても重要な避雷塔。そこにへばりつく人影があった。

降りしきる雨に打たれながら作業をひと段落終えて、塔に張り付いていたアニキは休憩をとるために地上へと降りてきていた。

全身を電気を通さない絶縁体のスーツを着ているが、顔全体を覆うヘルメットは今は被っておらず、コンテナの上に置かれている。ヘルメットからはいくつもの水滴が落ち、その周りだけ水たまりが出来上がっていた。

作業をしているアニキは金色の短いモヒカンヘアーが特徴であった。

塔の下腹部に当たる空洞に避難するように入り、道具入れをあさりながら、次の作業の準備にとりかかろうとしている。

その時、ふと何かに気づいて顔をあげた。

雨の音に混じって、ヒタヒタと複数の駆け寄ってくる足音を聞き取る。雨と霧でよく見えないが、目の前に数人の人影の姿が確認できた。

「ン!?・・カ(ん!?・・あ)」

アニキは狐疑な表情をした。

そのとき雷が避雷塔に落ち、顔が強い発光で照らされるとともに激しい轟音が鳴り響く。

耳をつんざく音に多少驚きつつも、警戒を怠ることはしない。この雷平原に団体で行動をして現れる集団自体が珍しいので、不審におもう。

未だ相手の顔が確認できない中で

「お久しぶりです!」

と、聞き覚えのある声を聞いて、アニキはさら疑念がさらに深まり増した。声と人物とは一致したが、なぜ彼女がここにいるのか理解が追いつかない。

避雷塔の中に入りながらにこやかにお辞儀をするユウナ。そこで初めてはっきりと互いの顔を確認でき、アニキは思わず悸然としながら上ずった声が出てしまった。

「ユウナ!?・・レムオ(・・えっと)」

全く事情が飲み込めず、それ以上先の言葉が出てこなかった。ユウナの後を続くようにライナーとカーシュが避雷塔の中へとはいってくる。

さらに慌てふためくアニキに対して、ずいとライナーが前に進んだ。

「・・。ラリニケクンガ?(何してるんだ?)」

と、旧来の友のような気さくさでアニキに質問を投げかけた。

「え!?」

ユウナは振り返りながら、ライナーがアルベド語を流暢に話せることに驚いて目を見張った。やっと追いついてきたティーダが、なぜか自慢げに

「ライナーはアルベド語、ペラペラなんスよ!」

と、誇らしげに語る。

しかしながらユウナは首をかしげて

「どうして?」

と、ライナーとアルベド語が繋がらないらしく、疑問を呈した。

それは聞かれたティーダすらもきょとんとさせた。

ライナーを眺めながら改めてアルベド語を話せる由来は何なのか記憶を遡って考えてみたが

「・・いや、さぁ聞いた事ないけど」

と、出生と素性について実際のところティーダは何も知らないということに至った。

そのやりとりを聞いていたノネは

「・・、やっぱり」

と、何かに勘づいていた様子でライナーを鋭い視線で捕えている。

「・・?」

カーシュはノネの発言に意味深さを覚える。が、真意までは読み取ることができない。

「ライナー?!・・ラリダボーラムケ(・・何がどーなって)」

次から次へと新たに処理すべき事柄が増えていって右往左往とアワアワしているアニキ。整理するべきことが多すぎて頭の中の対処ができずに混乱をきたしていた。

「カミワアサブガラ(相変わらずだな)」

興奮が冷め止まないアニキを、ライナーは冷静にじっと眺めている。

その空気を破るように、突如としての怒声が頭上から響いてきた。

「ラリドキマキママムケマダク!(何ごちゃごちゃやってやがる!)」

その場にいる全員が声のした方角に顔を向けた。天井から歩く音が移動していき、そしてアニキの後方からワイヤーにつながれた滑車を使い、一気に降りてくる人影があった。

地面に足をつく拍子に、水たまりが豪快に跳ねる。

その人物は地上に降りるとともにすぐに無造作にマスクを脱ぎすてた。マスクはびちゃりと不快な音を立てて、ふてくされたように淵にへたりこむ。

その奥から表れた顔を見てユウナはアニキを見つけたとき以上に眼を見張った。

「シドさん!?」

びっくりしながら、久しぶりの再会に嬉しさがこみ上げてきた。

「あ!?」

ティーダもユウナが名前を呼んだことでその人物がシドということを認識をし、驚きの声をあげてしまう。

シドも、急に自分の目の前に現れたユウナにたいし、驚愕に近いものを覚えた。

「ユウナじゃねぇか!?なんだ、こんな所で何してやが・・」

声を荒げるシドはユウナの横にいるライナーに気づき、会話が止まる。予期せぬこの出会いにシドも芯から驚いた様子を見せていた。

「・・ライナー!?」

と、顔がこわばっていく。その口調のニュアンスには、未だライナーが目の前にいることに疑惑の念が漂っているのが見て取れた。

「・・」

ライナーは何も答えずに、シドをじっと見つめた。何となく無言となる状況の中で雨の音だけが強調され地面をやみくもに叩き鳴らしていた。

この空気を打ち破るように、ティーダが明るい声で会話を切り出す。

「なんだよ、顔見知りだったのか!?」

と、ライナーのアルベド関係の人脈にびっくりするばかりであった。

ティーダの声がシドの元へと届き、その存在にようやく気づく。思わず全力でかぶりを振ってしまった。

「・・小僧!?」

あっけに取られるばかりのシドにたいしてユウナが現状の説明を試みる。

「えっと・・、話すと長くなるんです。今、私達ベベルに向かっていて」

と、かいつまみながらこの場でとりあえず納得してもらおうとする算段をとった。

シドはベベルというフレーズを聞き、その顔の表情が険しくなった。途端に機嫌が悪くなったような様子をみせる。

「あー、なんとかつう式か」

口調が荒々しくなり、頭をかきながらユウナに一瞥をする。

「ご丁寧に連絡が来てたが、俺は行かねぇ」

と首を横に大仰に振った。

ユウナ自身に対して憤りを感じているわけではないのだが、不機嫌さがおもむろに表面に現れている。それはエボンにたいしての嫌悪であった。

「まだ雷塔の改造すら終わってねぇんだ」

シドはギラつく瞳で真上を向き、そして親指で頭上を指した。

「大体よ。今更なんだ、つう話だ」

吐き捨てるようにシドは言葉をこぼす。

身体に滴る雨を拭うこともせず

「出向く意味がねぇ」

と、その一言がシドの本音であった。胸くそ悪そうに吐露する。

「無駄な火花でも咲かせるつもりか」

「シドさん・・!」

もともとエボンを嫌っていることを知っているユウナではあったが、さすがの過度な発言に顔をこわばらせる。

シドの背中からは誰も寄せ付けぬ空気を醸し出していたが、それまで一言も発せずに静かにしていたノネが一歩前に足を出した。濡れた髪の間から水が滴り落ちるのも構うことなくシドを正面を見据える。いくつもの前髪が額にへばりつき、そこから雫が流れていった。そこにはいつにも増して真剣な表情があった。

シドとの身長差はかなりあり、ノネは見上げる形となるがしっかりとシドをみつめている。

「今だからこそ、意味があるんです!」

と、切望するように力強く言い切った。

振り返り見下ろすシドは不審そうにノネをみる。

「・・おめぇさんは!?」

と、シドは急に目の前に出てきた女性に疑念を感じながら、その素性を問いただした。

「私がエボン総卿師です!」

ノネは、物怖じせずにまっすぐにシドを見つめる。

「スピラ中の族長関係者に、式典への出席伝達をお届け致しました」

シドはユウナとさして年も変わらないノネが総卿師という称号を背負うことに意外そうな顔をして、そしてその言葉に耳を傾けた。

すぐ間近で雷が落ち轟音が響き渡り、地が揺れる。対峙している二人の顔に光が射す。

「・・エボンが〝封記″と称して表に出していなかった事が、今各地で起こっている深刻な問題に関係性があると思ったからです」

ユウナは、口をはさむことなく静かにノネをみつめる。

ノネは、さらにシドへの説得を試みるために自らの胸の内を吐露するように語りかけた。

「エボンが知って居る全ての真実をお話しするつもりです」

シドは多少面倒そうな態度をとりながらも、神妙な顔をしながら、ノネの言葉をしっかりと聞いていた。

ノネの真剣ながらにも憂いが隠れた表情を読み取りながらティーダはひとつの考えが湧き出てきた。

“なんとなく・・なんとなくだけどこの旅の意味が見え始めて来てた。”

 

シドたちの出会いを後にして、旅行公司に向かって再び歩き出した。

降りやまない雨の中を日暮れ前に到着しなければいけないので、休憩をとらずにペースを早めながら一気に進んでゆく。

劇雨の中で遭遇する魔物たちを踏破しながら進んでいくと、雷の光により一瞬だけうっすらと前方に小柄な建物らしき影がみえてきた。それを頼りに、細い水の流れをいくつも越えながら歩いていく。

いつの間にか、メンバーの一番後方にいるライナー。

どことなく思いつめた表情で誰よりも足どりも重たく、心にこびりつく何かを拭おうとしているのか、時折顔を流れ落ちる雨をぬぐっていた。次第に前を歩くティーダたちの距離に開きが出来始める。

ユウナはそれに気づいて、心配そうにライナーの方を振り返る。何となくだか彼の心境の変化に勘づいていた。

シドたちと会ってからライナーの様子がどこかぎこちないことは分かっていたが、その原因も根拠もわかららず、そしてどのように接して良いかも分からずに躊躇している。なかなか話しかけることが出来ず、見守ることしか出来ないでいた。

ティーダは目の前まで近づいた旅行公司をみて急に元気を取り戻し、駆け足となって屋根の下へと一番乗りで到着した。

「やっと着いた!」

はつらつとした声を出し、すぐさま濡れた髪をふりながら水気を飛ばす。その後を続くようにカーシュ、ノネが旅行公司の軒下へと入ってきた。

「手続きは?」

屋根の下にはいったカーシュは体についた水を大雑把にはらいのけながら、この後の具体的な行動について質問をする。

ノネは、丁寧に髪をかきあげる仕草をしながら

「空室がなかったら、野宿ね」

と、しれっと答えた。続けて肩につく水滴を手で振り払っていく。

ティーダはノネの言葉にたいし驚きに打たれていた。顔色が変わり半ば開いた口が塞がらないでいた。

「な・・!?」

恐ろしい可能性を突きつけられて、唖然としている。

「急いで受付するっスよ!」

ティーダはベタベタな服のまま、ヤバいとばかりに公司の扉を思い切り開き、急ぎ足で受付に向かっていった。

カーシュは、特に表情を変えずにティーダの方をみている。ある程度の水を落としたところでノネ、カーシュもティーダが開けた扉をくぐりながら旅行公司の中へとはいって行った。

遅れて歩くライナーは降りしきる雨を浴びるように空を見上げ雨に打たれる。

ユウナは皆がいなくなったタイミングを見計らい

「あの」

と、話を切り出そうとする。

「レドを知ってるよな」

そのユウナの声を遮るようにライナーに逆に話題を切り出した。

少しの間をおいてから

「・・うん」

と、ユウナは静かにうなづく。ライナーの横顔を見つめていたが、ライナーは変わらず視線を合わせずに、空を見上げているばかりであった。頬を流れてゆく雨水が幾度となく繰り返されていくのを観察するように眺めている。

ユウナは言葉を選びながらその先を続けた。

「シドさんは双子で、レドさんはシドさんのお兄さんだよね」

ライナーはそこで初めて顔をユウナへと向けながらうなづいた。互いの顔を糸のようにしたたる水が流れていくのが見てとれる。

無に近い表情だが、そこにはこの空と同じように全てを覆ってしまうようなぬぐいきれない何かが存在しているようにユウナは感じた。

「両親は『シン』に殺られた」

その声には抑揚がなく淡々と喋っていたが、ユウナは返す言葉を見つけることが出来ず、ただ物悲しそうな面持ちをするばかりであった。

ライナーは構わずに、その先の話を続ける。

「記憶にねぇくらいガキん時で、俺はレドに引き取られてベベルで育ったんだ」

ユウナは自分の記憶を遡りながら、ライナーの言葉に自分の言葉を重ねてゆく。

「レドさんの奥さんはベベルの人・・だったよね?」

若干の落胆の色を見せながらため息をつくライナー。それは、アルベド族にたいしてなのか、それとも自分自身にたいしてなのか。

「一族から反感買って、もちろんシドからも散々な言われようだったらしいぜ」

夜が迫り、うす暗くなる東の空には、迫り来る雷雲がさらに雨の激化を予感させる。

 

旅行公司に備え付けられている丸窓からは、雷が激しく唸る様子がうかがえた。それをノネは横目で見やりながら、たそがれているようにもみえる。

ティーダはフロントの受付に問い合わせをしている最中であった。

「では、二部屋ご用意致しますので、しばらくお待ち下さい」

経営者は、軽くお辞儀をして準備のために奥の部屋へと入っていった。

「良かったー」

ティーダは、ホッと一安心して二人に振り返り安堵の笑みを見せる。カーシュたちは公司の入り口付近に常備されているタオルで、各々に身体を拭いていた。

長衣を脱いだカーシュは半袖姿となり、屈強な二の腕が上下するたびに軽やかに流動している。

タオルの奥から顔を覗かせるノネはティーダとカーシュを交互に見比べていた。カーシュはそのノネの視線に気づいたが特に機にする様子もなくタオルで頭をふいていた。

ノネは不思議そうな顔をしながらティーダたちに疑問を投げかける。

「ねぇ、あなた達どうしてライナーと共に旅を?」

それは一緒に行動を共にするようになってからずっと気になっていた事案であった。

「・・?」

カーシュは、ノネが一体ライナーの何に気がかりなのか分からなかった。意図するところがわからずに怪訝な顔をしながらその心中を察しようとする。

カーシュが疑問に渦巻くその最中、その質問にまっさきに答えたのはティーダであった。

「俺にとってライナーは恩人っスよ」

ティーダは何も考えずに、素直に返す。そして話しながら、二つの事柄が偶然につながり見せ始めた。

「つうか、そーじゃん!」

突然のティーダの大声に、ノネとカーシュは何事かときょとんとする。

「ライナー、〝リュック″知ってるかな?さっきのシドのオッサンの娘なんだけどさ」

ティーダが一人興奮しているのを、ノネは笑うことなく真剣に見ていた。ほんの少し湿った感情がある。憂いたそのまなざしは、外の曇天よりもなお暗かった。

「彼女の事は誰よりも知っているんじゃない」

その声には抑揚がなく、つぶやく。

「え?」

不意に放たれるノネの言葉に、ティーダはその意味すら理解することができないでいた。不思議そうな顔をしながらも、そこには意味深い想いがつまっているような気がした。

ノネは視線をそらしながらタオルで顔を隠し、それ以上何も言わない。

カーシュは二人のやりとりを気にかけながらちらりと眺めていた。

 

同時刻。公司の軒下にユウナとライナーは横並びに立っていた。

激しくなる一方の雨は屋根にあたる水しぶきで、軒下に避難している二人にも細かい粒雨が当たろうとしてくる。雨の音は他の全ての音をかき消していき、飄々としながら泣き止まない。

「リュックとはもう何年も話してもねぇ、会ってもねぇ」

ライナーは、ただ淡々と事実を喋るだけであった。

瞳には、なにを投影しているのだろうか。過去の回想が目まぐるしく渦巻いているようにも見える。

「会う気も・・ねぇ」

ライナーの言葉の重さにユウナはどう返事を返して良いのか分からなかった。声をかける隙間さえない。

聞きたいことや、知りたいことはたくさんあるのだが、ライナーの表情がそれを阻んでいる。

「・・そろそろ中入るか。風邪引くぞ」

ライナーはユウナに背中を向けながらを旅行公司へと入っていった。

促されるままユウナもついていき、旅行公司の扉の奥へ姿を消していった。

 

ティーダは上着とブーツを脱いで、肌着だけのラフな格好で椅子に座っていた。ノネもエボンの衣服をハンガーにかけて、肩にバスタオルをかけて同じくティーダの横に座っている。

カーシュは、窓の外の雨を物珍しそうにずっと眺めていた。

エントランスで髪と服を乾かし終わって待っていると、やがて経営者が受付に戻ってきた。ティーダたちは、鍵を二つ受け渡される。

合流したユウナたちを交えて、次の日の予定などを話し合ったあとに、今日泊まるそれぞれの宿泊部屋へと歩き出す。

狭い廊下の先を行くのはティーダたち男性陣で、その後ろをユウナとノネがついていく形となった。

「二部屋も取れたのか」

ライナーは意外そうで、そして運がいいなという感じの様子をみせる。先頭を歩くカーシュが軽く振り返り

「俺達は奥の部屋だって」

と、キーに記される番号と扉にかかる部屋番号を確認していく。

男性陣の一番後方を歩くティーダの後ろから、ユウナはそっと早足で近づき、服の裾を引っ張った。

「≪ちょっと・・≫」

ユウナがひそひそと小声で話かける。

「え?」

ジェスチャーでエントランスの方に行こうと投げかけるユウナ。ティーダはそのまま連れられて、今来た廊下を戻ってゆく。

ライナーはそれを特に気にする様子をみせることなく部屋に入っていった。

カーシュとノネが廊下に取り残される形となる。

「・・御節介だったわ」

ノネは申し訳なさそうに呟いた。

カーシュはノネに視線を傾けながら

「でも、理由があるんでしょ?」

と、理解を求めるようにノネに発言を促した。

ノネにはしっかりとした意図があり、あのようなことを言った気がしていた。知的な彼女の言動からして、後先考えずに無責任に発したとはまずあり得ない。

ノネはその視線を受けきれずに、横に流した。

「・・勝手な理由よ」

右手で左腕の裾をつかみ、ぎゅっと握りしめた。もっと自分に要領の良さがあれば、あのように周りを巻き込んで振り回すこともなかっただろうに。

器用に振る舞うことができないそんな自分に嫌気がさす感情に満たされていた。

 

ユウナに連れてこられてエントランスへとやってくるティーダ。受付に支配人はいなく、無人のエントランスには、今は二人きりとなる。

若干、そわそわしながらティーダを淵の方に誘導する。そして周りに誰もいないことを入念に確認する。

「どうした?」

ティーダは、ユウナほど周囲に気をかけずに話しかけた。

ユウナは、心配そうな顔を向ける。

「・・ライナーの事なんだけど」

言われて、ハッと心当たりのあるティーダ。

「・・ぁあ」

と、先ほどのノネとのやり取りを思い返していた。

「リュックとも知り合いらしいな」

「知ってたの!?」

ライナーの事情を知っていることに驚きながら、食いつくようにティーダに近寄った。

「いや、さっき知ったと言うか、なんと言うか・・」

ノネの名前を出して良いのか分からず、うまく説明できずに歯切れが悪くなる会話となる。

ユウナは、沈んだ顔つきになりながら

「詳しくはわからないけど、複雑みたい」

と、心底不安そうな様子をみせていた。

ユウナはこの件に関して、どう扱えば良いのか分からなかった。ティーダはユウナの気持ちを察しながらも、自分の正直な気持ちを語りかけた。

「俺達がリュックと旅してたのは知ってるはずだし、話に出さないって事は訳ありなんだろ」

ユウナもそれについては同意をする。

「実は・・」

と、リュックとの最後のやりとりを思い出しながら、ティーダに話し出した。

(3年前・・。

ルカ郊外の岬の先端を歩くユウナとリュックがいた。

二人の目の前にはどこまでも穏やかに広がる澄み切った青の海と空があり、隔てるものは何もなかった。時折、流れる心地よい風は肌を優しく撫ぜてゆく。

ゆったりと風任せにどこへと過ぎ去る雲たちの行方を模索するようにユウナは眼を細めながら軽く息を吐いた。

『シン』がいなくなって全てが終わり、そして新しい始まりと現実を受け入れていかなければいけない。〝永遠のナギ説″はやってきたが、これから先の進み方が大切なんだとユウナ自身、それを強く感じていた。

リュックは、遠くをぼんやりと見つめるユウナの顔を覗き見た。

「ユウナはこれからどーすんの?」

聞かれたユウナ首をかしげながら

「しばらくは、まだ忙しいかな」

と、肩をすくめて困ったように微笑んだ。

「そりゃ、そーだよね」

リュックは両手を後ろ手に組む。大股で数歩進み、そして振り返った。晴れやかな空の下、そこには満面の笑みがあった。

「・・でもユウナはもう十分頑張ったんだから、これからはユウナ自身の為に時間を使って欲しいな!」

「うん、・・ありがと」

ユウナは嬉しい気持ちを受け止めながらうなづく。

「リュックは?これからどうするの」

「あたしは・・」

自分のこれから先の未来のことを問われ時間が停止したかのように動きがとまった。リュックはまるでそのことがすっぽりと抜け落ちてしまったかのような、そんな素振りをみせる。

頭の中で考えをある程度まとめてリュックは楽しそうに話を切り出した。

「あたしね、この旅の前は新しい機器の開発に励んでたんだ!」

それは行動を共にするようになって、初めて聞く内容のことであった。考えてみれば、ユウナはリュックの過去のことを何も知らないんだなと感じる。

リュックは楽しそうに、そして無邪気な顔をしながら話を続ける。

「動力を用いずに利用する比較的構造が単純な器械を機器にする事で、特殊な機能を生み出せる。えっと・・とにかくそれが超難しくてさ、大苦戦」

夢中になり、そしてまくしたてるように次々とは喋り続ける。興奮しながら伝えたいことがたくさんありすぎて、口が間に合わないといった様相になっている。

それをみながらユウナは楽しそうに見つめていた。

「リュックは好きだね!」

ユウナにそう言われ、リュックはきょとんとしながら目をパチクリさせる。

そして難しい顔をしながら腕を組み、困ったような顔をした。

「うーん。すっかり染められたもんだ」

懐かしそうに何かを思い返しながら、照れ笑いをする。

「動機は少しでも力になればとかで始まったんだけどね」

そこでリュックの笑顔は途切れ、儚げな目をしながら空に浮かぶ雲をみつめた。

「そんな事、〝あいつ″は望んでなかったかもしれないけど」

「あいつ?」

ユウナにはそれが誰のことか分からなくて、不思議そうな顔をする。

二人の上を海鳥たちが鳴きながら飛んで行った。

「あたしよりメカニズムで何考えてんだかよくわかんない奴」

そこでリュックははにかんだ。

「でも優しいんだ。なんでかずっと側にいてくれたんだよね」

その声には、彼を思う温もりのようなものが伝わってきた。)

ユウナの記憶の邂逅が終わり、雨のうちつける音が舞い戻ってくる。今となって、あの時の会話の意味と繋がりが少しながも朧げに見え始めた。

話を聞いたティーダはその意味を推し量りながらうなづく。要点をまとめながら、そして喋り始めた。

「・・。ライナーもリュックも俺にとっては大切な仲間だしもちろん力にはなりたいけど、二人がそれを望んでないかもしれない」

それを聞いて、ユウナはこくりと相槌を打った。

ティーダは自分の中の言葉を選びながら、ユウナに意思を伝える。

「今は黙っとこ。でも、もしいつか力になれる時が来たなら全力で協力する!」

そして、ティーダは最後にユウナに優しく笑みを見せながら

「俺達はそれまで見守ってるっス」

と、時が来るまで待つように促した。

「・・うん!」

ユウナの顔に元気が戻ってくる。うっすらと暗かった表情がもうそこにはない。

そのあとは話題が切り替わり、にこやかに楽しそうに話す二人。

キィ‥。

倉庫として使われている部屋の扉が、軋みながら少しだけ開いた。暗闇の中で光る両の瞳が二人の姿を見定め捉える。

「見付けた・・」

その声は女性のものであった。

クスクスと笑い響く。そのくぐもった笑い声は、すぐに雲散霧消していった。


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