FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫   作:ふゆー

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第四章 受け継がれし者
❶異界の門


変わらずグアドサラム領域内は不安定な地盤が続き、揺れ動いている。

危険を察知した人々はすでに異界門周辺から逃げ終わり、ここには数える程度の人が残っているだけであった。門番兵たちとヴァンマ、そしてライナーが離島に孤立しているかのように立っている。

「内部で何が‥、なんとか粘ってくれ!」

焦るライナーは異界門の縁を叩く。未だ地盤の揺れは止まることを知らず、周囲の幻光虫たちも荒れ狂うざわめきとともに狂い踊っていた。

「言われなくともっ・・!」

数人の門番兵たちは、必死に制御を試みようとしている。その額には幾重もの汗がにじみ落ちていた。

ヴァンマもことの成り行きを慎重に見守っているが、やがて異界門への階段を駆け上がってくる見知った顔を見つけた。

「・・ノネ様」

ノネは異界門に駆けより、ライナーたちと合流を果たすと同時に問いかけた。

「何事!?」

ライナーが門の方に親指を突き立てる。

「中にあいつらが居る、外部からはこの通り幻光虫の出入りを制限してて俺達が入る事はできねぇ‥」

ことの重大さをすぐに察するノネは顔から血の気が引いていった。

「そんな・・。結界の持つ時間は!?」

必要な情報を集め、なんとかする手立てを模索しようと試みる。

その問いに門番兵が必死の形相で叫んだ。

「すでに結構な時間が経過しています‥。もって数十分程度かと」

ライナーとノネは緊迫しながら異界門を見つめることしか出来なかった。不穏な空気に包まれ皆の緊張感が高まる。

その時。

カツっと、気まぐれの如く大きく高鳴る靴音が場違いに聞こえてきた。

この緊迫した状況の中で、この異変の原因となる異界門に来る者などまずいない。来るとなればよほどの物好きか、それとも愉快者か。

その人物に向けて、みなが振り返った。

「あなたは‥!?」

ノネは驚きを隠せずにいた。

 

カーシュは骸骨を次々と体術でなぎ倒していく。

群れる骸骨の隙間から女性の姿が見えカーシュはすぐさま連続黒魔法を放った。

女性はカーシュをちらりと見やり、緩慢な動作で白魔法を発動させ光の壁をその周囲に組み立てていく。カーシュの黒魔法はその壁に造作もなく打ち消され、飲み込まれて行く。

隙をうかがっていたユウナは女性の魔法を放つ瞬間を見逃さなかった。

「カタルシス!」

ユウナの魔法により女性の足元に、光の円が広がる。光の渦が彼女を取り巻き、身体から幻光虫が飛び出していこうとし始めた。

下から沸き起こる光をまぶしそうに見やる女性は、しかし幻光体が浄化を拒んだ。

『効かぬわ!』

女性が光により抑えつけられる身体をムリに動かし印を踏みつけると、ガラス細工が割れるように足元の印が粉々に砕け散り消え去る。

光がおぼろげに舞い上がっていく中、彼女は深い息を吐き、そして取り巻く魔力の質が変わり始めた。

女は目を見開き、両手を宙に広げた。巨大な印が、花畑の中に現れる。

ユウナは、その印の意味を知っていたがゆえにこれ以上ないほどに驚いた。

ティーダも女性から発動された円陣をみて、驚きを隠せずにいる。

その中央に立つ女性は

『見よ、偉大なる力を』

と、恍惚なる声とともに天を仰いだ。

魔力を一気に印へ注いでいく。印は膨大な魔力にともない、その回転と光を増していった。

が、その時、異変は起こった。巨大な印は急速に光を失い閉じ消える。

ユウナには、女性の身に何が起こっているのか分からなかった。

女性は今しがたおこった異変の根拠と原因についてすぐにひとつの結論に行き当たる。

『まさか。・・小娘』

鬼の形相をみせる女性の声には、激しい怒りと呪わしい憎悪が入り混じっていた。

異界に轟然と響いていた地鳴りが徐々にだが収まりつつある。

「地盤が!?」

カーシュが見やる先、地盤が整い始めるとともに異界門が消えかかろうとしていた。

女性にもカーシュの言葉は届き、とたんに我に返った。そして行動に移すまでの時間がものすごく早い。

女性はドレスの裾を巻き上げて黒く靄掛り宙を舞う。疾風の如く勢いで異界門をこじ開けて飛び出して行った。

「そんな!?」

ユウナたちは突然の彼女の行動に呆気にとられるしかなかった。

 

異界門を安定させようと、必死で門番たちが制御しているその最中。

ものすごい衝撃音が鳴り響くとともに、異界門に貼られたバリアがこじ開けられた。同時に黒の靄が飛び出していく。

その場にいた者たちが、その衝撃によってバランスを崩す。

「!?」

よたつきながらもライナーは飛び出す黒の靄を発見し、目で追った。

「何・・!?」

不意に起こったこの衝撃に、ノネは何が起きたのか理解ができなかった。

封印をしていた門番兵たちが、バリアが割れた際の反動でその身を転がしていく。

靄の塊は地上にゆっくりと降り立ち、そして女性の体を構成し始めた。外にいる群衆たちを前にしてその姿をあらわにする。ふわりと揺れるはドレスの切れ端。

ヴァンマは唯一、その女性にたいしての認識をもっていてその身を震わせた。

「・・〝ナルビア″!?」

ノネはその名前を聞き、全力をもってヴァンマに振り返った。

「!?‥今なんて」

ヴァンマの発言を疑うとともにその言葉の真意をいぶかしむ。

たたずむナルビアは静かにヴァンマをみた。

『ほう・・、私を知るのか』

どことなく意外そうなナルビアは、興味のまなざしをもってヴァンマを注視する。

「・・ナルビア?」

ライナーは目の前の女性を観察するように見た。不思議な雰囲気をもっている。

この女性に対し素性一切分かっていないがノネたちの様子から察するに有名人であることは間違いなかった。

ノネは事を荒立てないように、慎重に目の前の人物にたいし、ことを運ぼうとしている。女性に向き直りながら背筋を伸ばし、佇まいを正した。

「もしそうであるなら貴重な瞬間よ・・。今、私達は〝カオスの末裔″を前にして居るのだから」

偉大な歴史の邂逅を目の当たりにしていることを、ノネはすでに理解していた。

ノネはいつになく気を張りつめ、息を飲んだ。

ナルビアの口の端がかすかに歪む。その事実を認識していてくれたことをとても迷惑そうに

『そう、変形的な押し付けだがな。呪縛は解かれ層を蘇らし・・』

と、そこには淡く遠い過去を想わせる色がにじみ出ていた。

『たしかに私は〝あの日″カオスとなった。受け継がれたのだ』

その言い回しに、ノネは心の片隅に引っかかりを覚える。

「恨み憎んでいるのですか?‥今更何を」

ノネの言葉にナルビアは感情を込めずうっすらと貼りついた形式的な笑みで返した。

死に魅入られたような感覚を覚え、その場にいた者に全員怖気が走る。

「・・ノネ様!」

「!?」

門番兵によばれ、意識がナルビアから外れるノネ。

異界門がついに封鎖が完了しようとしていた。

 

「異界門が閉じる!?」

カーシュは、刻一刻と迫る残された時間に焦りを感じていた。

骸骨の群れのその先にある異界門が、鈍い音を発しながら閉じようとしている。地上から流れてくる光が徐々に弱弱しくなってきていた。

なんとか異界門へ進もうとするが

「くそ・・切りがねぇ!」

追いすがる骸骨たちが行く手を阻んでくる。

ティーダは、剣を振るいながら次々と骸骨を倒していくも、多数の骸骨を一体ずつ倒していてはキリがなく前に進むことが出来ない。

焦るばかりで気持ちも空回りして、先へと進むことが出来ずにいた。骸骨たちは、執着の塊となりティーダたちに掴みかかろうとしてくる。着実に時間だけが過ぎて行き、目的は果たされることなく到着できずに終わろうとしていた。

その時。

暗がりの異界に一瞬だけ光が刺した。

「!?・・」

それに気づくユウナは空を仰ぎ、目を細める。しかしそこには煌々と照りつける紅の月が見下ろすのみであった。

ティーダたちは、四方から迫り来る骸骨の相手で手一杯となり、光に気づく様子はなかった。

「なんとか突っ切って・・」

ティーダは、全力をもって強行突破に出ようと属性力を発揮する。

群がる骸骨を一気になぎ倒しながら、さらにリミットを発動させようとした。

「上見て!」

何かに気付いたユウナの叫びに、とっさにティーダたちは視線の先を追うようにして空を見上げる。

三人が上を見たときに、また闇の暗い空に光が一瞬だけ灯った。

カーシュは、その光に希望を見出す。

「・・二人共こっちに!」

カーシュがティーダたちを呼びよせながら魔玉を空に投げると同じように光が一瞬刺した。

「何?」

カーシュの不可解な行動原理に、ユウナは疑問の視線を送る。

「信号だよ、誰かが外部から信号を送っているんだ。おそらく・・」

カーシュのもとにティーダとユウナは集まる。

骸骨たちが目の前まで迫り来る中、三人は光に包まれ始めた。

 

淡い光の玉の中から、異界門の外へと突如として現れるティーダたち。

突然の景色が変わったことにより困惑しながらも、よたつきながらも辺りを見渡した。

「・・テレポート?」

ティーダはこの変化に何事かと戸惑い、当惑する。

ユウナはきょろきょろ見わたしながら、良く見知った女性をみつけた。その女性はユウナたちに真っ先にかけよってくる。

「ルールー!?」

「良かった、間に合ってくれて!」

その姿は、かつてのような黒や灰のベルトを何重にも巻きつけた重厚なロングスカートではなく、今は物腰柔らかな淡い服装を身にまとっている。

その後に続くようにライナーたちもティーダたちの周囲に集まってきた。

「ったく」

ティーダたちの無事を確認したライナーたちも胸を撫で下ろす。

ノネも安堵の息をもらし、そしてすぐに気持ちを切り替えてナルビアを睨む。

それを機に一同、皆ナルビアに注目した。

ユウナが一歩前に出る。

「もし、あなたがスピラを脅かすのであれば私があなたを止めるまで」

頑として、ナルビアを睨んだ。

ユウナの言葉を聞き、ナルビアは得もしれぬ笑みを浮かべる。この上なく優しい声音を出しながら

『翻弄された力に食われぬよう』

と、お辞儀をしたようにも見えた。それは、はたしてユウナにたいしての助言であるのか。それとも何かいましめの予言であるのか。

ユウナは、翻弄された力とは何なのかと考えを巡らせながら怪訝な顔をする。

ナルビアは笑顔のまま、すぐに靄となり跡形もなく消えていった。

「何者なんだ・・」

ティーダの無為な問いかけは、誰にも答えられることなく掻き消える。

ナルビアの奇怪な格好と破綻したようにもみえるあの性格、そしてあの異常すぎるほどの凄まじい強さに不可解さと関心を抱いていた。

ただ一人こうべを垂れていたノネは、意を決して前を向く。

ティーダの問いに答えるため、ノネが彼女についての素性を解き明かすように語りを始めた。

「・・彼女の名は〝ナルビア・エボン″。最初で最後のカオスの末裔と崇められた人物」

そこから先の説明はヴァンマが交代しゆっくりと口をひらいた。

「約1000年前、・・最初に『シン』を倒したユウナレスカは、その教えを父親から授けられた」

そして、その物語の歴史はさらに遡り、遥か彼方の遠い過去を垣間見ることとなる。

「さらに約3000年前、・・その先祖ナルビアは世界を〝再生し″スピラを救った」

事の話が壮大すぎて初めて聞く者にとっては、ついていくのがやっとの内容であった。ヴァンマはさらに歴史を紐解くように話を紡いでいく。

「共に〝エボンの血縁″は、スピラに救いの芽を与えた者とし崇拝され、またその名は我々組織の名としても刻まれ、世に残されている」

ノネはうなづきながらナルビアについての人物像を深く描き出すように語りだす。

「ナルビアは、最初にエボンの名を歴史に大きく残した者。・・この世を作った神カオスは姿形を〝闇″アニマ〝光″ヴァンファーレ〝地″アトモス〝空″バハムート〝氷″シヴァ〝水″セイレーン〝植物″クロノス〝火″イフリートと言った8の層に分け、それは〝守護獣″と呼ばれた」

「!?・・」

初めて触れる、この世界の歴史の原初の事実に驚く。ユウナたちは幻光河の洞窟での石碑像に現れた人魚セイレーンの言葉を思い出だした。

(『我が名は〝セイレーン″。水を司る神の作りし層の一部』)

その事柄が、今ここでかすかに繋がりを見せ始める。

ティーダも、ノネからこぼれ落ちる物語に驚くばかりであった。

周りにいる者は、みな静かに聞き入っている。

ノネはさらに自分たちが知る事実を解き明かしていく。話の内容は究極召喚へと踏み込んでいった。

「『シン』を倒す為の〝究極召喚″は、その召喚士が得た選ばれし守護獣の一体が代表される、・・その偉大なる力に肉体は耐えられず使った者は死する」

ヴァンマが、語るノネの正面にに手を差し出し遮り、その話を引き継いだ。

「・・守護獣の力を直接得るのは無に等しい」

それは残酷に値する現実であった。誰もがこれを知ったところで、これまでの現状と過去には何の解決にも救いにもならないただの些事な事実であった。それを承知でヴァンマは全てを包み隠さず話し出す。

「祈り子は守護獣を召喚し、召喚獣として召喚士に受け渡す。そうした事でその偉大な力を究極召喚時まで抑え果たす」

「神の分離体が守護獣・・」

つぶやくユウナは今の流れで、なんとなくではあるが究極召喚の理屈はおぼろげに理解できてきた。

「該当しない他の召喚獣は祈り子が具現化したもの」

ヴァンマは補足として、多少会話を脱線させる。

ユウナにとって同じ召喚獣でも、神の分離体と、祈り子が具現化したものという違いがあるということは、少なからずショックなことであった。自分たちが召喚獣を行使し、最終的に究極召喚を得てシンを倒すという壮大な目標をかかげて旅をしていたが、実際にはあまりに乏しい知識の中で足掻いていたにすぎないと思えてしまう。

「・・現段階で残された守護獣はアトモス、セイレーン、クロノスの三体」

気づけば説明は、現在のスピラの時間軸に戻ってきていた。そしてヴァンマは最後に一言、こう付け加える。

「いずれにしろ〝石碑像″の在処はわかっていない」

ティーダには、話を聞く中で気になるキーワードがあった。

「石碑像・・って?」

ティーダはユウナとルールーを見る。しかし、二人は首を傾げるばかりで回答は返ってこない。

ティーダの中にだんだんと苛立ちがこみ上げてきた。

「・・つうかなんだよ知らないの俺達だけか!?」

ティーダに呼応するようにライナーも口を開く。

「俺も初めて聞いた」

その口ぶりは冷静であるが、不信感が募る視線を傾けていた。

カーシュは何も言わず、ただ静かにじっと聞いていた。

そこからは誰も何も言わず、しばらく沈黙だけが流れていた。

「ノネ!?」

ティーダはノネに返答を求めた。

ノネは視線を下に落とす。

「・・守護獣の召喚を得るには〝ある契約″を要する」

なんとなくだが、それは良き話ではなく、ある種の残酷さを伴っていることをその場にいる誰しもが予感した。

「層が宿った石碑像と〝それ″を交わした祈り子の魂は、秘術により肉体から取り出され像に封じられる」

それを聞き、生唾を飲む者もいる。

祈り子になったであろう人物のことを想像しただけで、ぞくりとした悪寒が全身を駆け抜けていく。

「・・それが祈り子像」

ノネの言葉を聞き、誰もが言葉を失った。しん、と静まり返った先、異界が震える音だけが不気味に聞こえてきた。

ティーダは硬いまなざしをノネに向けている。

“きっとまだスピラの秘密は膨大で果てしないだからこそ全てに辿り着く事は難しい訳で‥“

 

 

グアドサラムの中央広場に皆はそれぞれ腰を下ろしたり、壁際に立っていたりして一息ついていた。

異界門の方では騒ぎは落ち着いたものの、慌ただしくグアド族が走り回っている。それをライナーは眺めながら

「あの様子じゃ、異界の復旧の目途は経たねぇな」

と、やれやれといった感じで今回のことを振り返りながら、異界門の方を眺めていた。

ティーダはひとつの方向を見定めている。

そこにはカーシュが淵の方でたたずみ、何かを考えているように遠くを眺めて惚けているようにも見えた。当面の目的地であったグアドサラムに到達し、これから彼の身の振り方についてはティーダとライナーの焦点のひとつであった。

ティーダはそんなカーシュに近づいて、話しかける。

「理由なんていらないっスよ」

にこやかに笑うティーダが言わんとしていることをカーシュは何となく察するが、それでも急に声をかけられ多少驚いた様子を見せた。

「な!?」

念押しするようにティーダに同意を求められたカーシュは、少し考えるそぶりを見せたあとに、目を合わせた。

「・・、一緒に行くよ!」

と、自らの意志表示をしてはっきりとうなづく。

カーシュ自身、グアドサラムが復旧しないことには当初の目的を達することができない、当面の間は彼らと一緒にいることをよしとすることに落ち着いた。

「おし!」

答えを聞いたティーダは拳を握り、ガッツポーズをとった。

「だな!」

ライナーも気づけばそばにいて、笑いかけている。

そんな三人のところへ、薄い衣を羽織った女性が静かな佇まいで近づいてきた。

ティーダの視界に、その姿が見えてハッとする。かつて、共にガードとして旅をしたルールーがカーシュの後方からやって来るのが見えて、少しだけ緊張がよぎった。

ルールーはまっすぐにティーダのもとまでやってきて、二人は顔をあわせる。

「まさかとは思ったけど、やっぱりあんただったのね」

ティーダは久しぶりに会うかつての仲間に複雑な気持ちを抱きながら

「久しぶり?・・だな」

と、どこかぎこちなく面等向かって答えた。

小さく息を吐くルールーは

「詳しくは聞かないけど」

と、ティーダのどこかよそよそしい顔つきから、その心中を察した。

「・・ワッカとは会ったの?」

と、前置きをせずにいきなり本題を切り出す。

ティーダは少しの沈黙のあとに視線をそらしながら

「‥ぁあ、でも話はしてない」

と、力なくかぶりを振る。ルールーはそれを見て優しく微笑む。

「それで良いのよ、あの人は探究心旺盛と言うか面倒なの」

それを聞いて、ティーダはつい笑ってしまった。

「相変わらず厳しいな!」

ルールーもつられて笑顔を灯す。

「ユウナの事頼んだわよ!」

快活だったルールーの表情が言いながら少し憂いが帯びた。

「・・あの子なりの考えなんだろうけど、まだ皆の期待を背負ってる」

心配が重くのしかかりながらユウナをチラリと見る。

当の本人のユウナは、ノネやグアド族に取り囲まれながら、元気そうに会話をしているようにみえた。

「すぐ無理するのよ。自覚がないだけ心配だわ」

と、懸念がその胸の内によぎっていた。

ティーダはそれを見て、まるで姉が妹を心配して見ているような感覚をおぼえる。

そして、ルカで老人が叫んでいた言葉が蘇ってきた。

「(大丈夫じゃ!わしらには〝大召喚士様″が居わする」)」

その響きは、今でも鮮明にティーダの脳裏をかすめる。

ティーダもユウナに関しては思い当たる節があり、ルールーの心配に納得さぜるを得ない。

気づけばルールーは、ティーダ本人にたいして憂わしげな表情を浮かべていた。

「・・、あんたもよ」

その声からも杞憂が感じ取れる。

「え?」

突然、自分の話題となり目が点になるティーダ。

ルールーは、真剣な顔つきで憂色を浮かべながら強い声で話し始めた。

「あんたの場合、無理をすると言うより無茶をするかしら」

そのまなざしには気鬱が含まれており、ティーダもそれを強く感じとっている。

「・・ちゃんと〝帰って来るのよ″」

「・・」

ティーダは、ルールーの気持ちを汲み取りながらも、その期待に答えるべく言葉を持ち合わせてはいなかった。

そこにタイミングよくユウナがノネと一緒にやってくる。

「式典へ間に合うようにそろそろ出発するって」

「!?・・ぁあ」

ティーダのぎこちない返事にユウナは多少不思議に思うも、二人のこみ入った話には触れない。

ノネがユウナの会話を追補するように続けて口を開いた。

「式典と言う場を借りて皆に話さなければならない事があるの。エボン代表として」

「エボンの代表・・?」

ティーダは、ノネが一体何の話をして言っているのか分からずに、疑問の泡がまとわりついてくる。

その純粋な質問にルールーは目を見開いた。

「あんた!?知ってて一緒にいたんじゃないの?」

ティーダの発言に信じられないとばかりに驚きながらも、そのことを聞かずにはいられなかった。

「?・・」

カーシュもティーダと同様に、何がおかしいのか気づく気配はない。

ユウナがティーダの記憶の空白期間も兼ねて、理解できるように前置きから説明を始める。

「前にエボンの四老師は四卿師と名を変え、新たに組織されたって話したよね?」

うなづくティーダ。

「四卿師を分けると司民卿、司兵卿、司宮卿、そしてその組織全ての長でありエボンの代表・・総卿師」

ユウナは改めてノネを敬意のまなざしでみた。

「その総卿師の名は・・〝ノネ=マイカ″」

ノネは紹介され皆の視線が集まる中、物怖じをせず威厳を漂わせながらまっすぐにティーダを見つめる。

「えー!?まじっスか・・」

ティーダはノネの素性を知り、驚きに打たれた。エボンの代表とも呼べる総卿師がまさか自分と同じ世代の女の子で、しかも目の前にいるとは、夢にも思っていなかった。

まじまじとノネを観察しながら、ひとつの疑問に行き当たった。

「あれ?〝マイカ″ってまさか、あの爺さんの・・」

「失礼よ!」

流石にティーダの不敬な言動に対し、ルールーが本気で咎める。

ノネは自身の胸のあたりに手を置き、その心境を語り出した。

「私は・・。ヨー=マイカの孫なの、父がヨー=マイカの息子でね」

若干の後ろめたさを感じながらもノネは赤裸々に自分の出生について、言葉を慎重に選びながら紡いでいく。

「見ての通り、亜人種なのは母がハイペル族なの」

繋げるようにして、ライナーが口を挟んだ。

「つまりハーフだ」

今までこの血筋により様々や苦い経験を呈してきたノネは、その一抹の引けのようなものを感じているせいで正面から視線を受け止めることが出来ずにいた。

しかし、ティーダはそんなことをまるで感じることなく感動しながら

「凄いよな」

と、純粋に心震わせた。

「血は混ざり合わさって受け継がれてくんだ」

ノネは、不意にティーダの言葉が沁み渡るように、前をむいた。

それは、予想だにしなかった響きの出会いであった。

そこには、ティーダの屈託のない笑顔が向けられている。そして、本人の何気ないこの一言がノネの心に突き刺さった。

「そう思うとさ、人と人を比べるなんて可笑しな話だよな!?」

ノネは、予感した。その先のティーダの言葉に希望の光のようなものを見いだしてしまっている。何の根拠もないのに、それが滑稽な話だと思ってしまいつつも。

ティーダの口がゆっくりと開く。

「だって、人は生まれながらに違った意思を持つ。姿形心、全てが同じ人間なんてこの世にいないんだよ」

「そうだね」

カーシュも心の底から肯定同意し、相槌をうった。心なしか、どことなく嬉しそうである。

くすんでいたノネの心に一筋の光が差し込んだ。

嬉しそうに微笑むノネと、それを隣で見ていたライナーは満足げに微笑む。

ルールーは、ティーダの相変わらずの直感だらけの会話に、半ば感心せざる得なかった。

「・・じゃ私は行くわね」

そしてユウナに向き直り

「ユウナ、何かあったらいつでも言いなさい」

と、強いまなざしでしっかりと言付けをした。

「うん。ワッカさんに宜しく」

ユウナは、親しみを込めながら別れの挨拶を交わす。

振り返ったルールーはその足でカーシュのもとへと向かった。

「!?」

「私は純潔者ではないけれど、同じ黒魔族としてまた会う事があれば、是非お話し願うわ」

そっと手を差し出す。

「・・、はい!」

カーシュはルールーの手を軽く握り、慇懃にお辞儀をする。

こうしてティーダたちは、懐かしき再会を経て、グアドサラムを後にした。


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