FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫ 作:ふゆー
四肢を失った機会兵器の暴走は止まり、搭乗席にいたアルベド族の生存が確認された。
ライナーが手を貸し、引っ張り出す。機会兵器を操縦していたアルベド族たちは悲愴感でうなだれる者や、悔いる者もいた。
この騒動ではティーダたちの活躍により被害を最小限にくいとめることができたものの、結果としていくつもの命が失われたのも事実であった。
エボン兵たちが、葬儀のために埋葬の準備を始める。遺体を順に布でくるんでいく。
それを見守る人たちは誰も会話をすることはなかった。
ティーダたちも、重い沼の底にいるような雰囲気に包まれながら、その陰鬱な様子をただ見ていることしかできなかった。
なぐさめも、優しい言葉も、この目の前に突きつけられた現実には虚無なだけであった。大切な者を失ったことにより失った心の穴は、どんな言葉を綺麗に並べたてても、到底癒せるものではない。
葬儀の準備が整いノネが一人、整然と並べられた遺体の前に立った。静かな眼差しで見守る人たちを一堂に眺める。
「・・異界送りをさせてもらいます」
そして一礼をした。
悲しみや切なさといったものは胸の中に押し込めて、死者の魂を送るという強い使命感だけを秘めて凛と立っている。
ティーダとカーシュはノネが、異界送りが出来るという事実に驚いた。
《異界送り》とは死者を弔う祈りの舞。この世界との最後の別れの儀式。
亡くなってしまった人たちとはもう二度と話すことも、触れ合うことも出来ない。親しい間柄の人たちは、ノネに異界送りによる魂の旅立ちを託すしかなかった。
静かに一歩。さらにまた一歩進む。
ノネは大きく息を吸い込み、ゆらりとした動作をした。手を頭上にあげながら大きく円を描くように振る。
視線を流しながらひらりと軽やかに、そして繊細に舞うその踊りは、散り際の花の如く最後の一瞬まで精一杯に生命を謳歌しているようであった。
この場にいる誰もが亡くなった者への哀悼、そして悲壮に包まれている。
ノネの表情は凛としており、その神秘の舞は生命の短さと尊さを連想させた。
乾いた風が吹き、草木が囁き始めた。
舞うノネを中心に、布から抜け出してきた幻光虫が漂いながら彼女を取り巻き始める。
さらに一陣の強い風が攫うように流れ、砂、草や花弁などが天へと吹き上がった。
導かれるように幻光虫が一気に舞い上がった。
天へと駆け上がる半透明の淡い光の玉を見送る人々。
ノネは死者のために舞い続ける。まとまる髪に幻光虫がかすかに触れて、溶けるように透過していった。
その光景を眺めるライナー。そっと置いていくように言葉をつぶやく。
「残された側は辛いな」
ライナーはここではないどこか遠くをぼんやりとみつめているようにも見えた。
ティーダも同じように思いを馳せながら、その幻想的な光景を眺めている。
「これが別れじゃない。この記憶を持つ人々が居る限り・・」
カーシュがそれを聞いて
「肉体は消えども記憶に生きる・・?」
と、問いかけた。
ティーダは涙を流す人々を見ながら
「俺はそう思う。立ち止まらない、進まなきゃならないんだ」
と、その声からは歴とした覚悟と強い意志がにじみ出ていた。
その響きが耳に届くライナーは、ノネの舞う姿をみながら
「人は・・そう受け入れるまでに時間がかかっちまうのかもな」
と、ぽつりと呟いた。全てをすぐに受け入れることが出来るわけではない、と言わんばかりに。
カーシュは、天へと巻き上がる風に乗り、幻光虫が旅立つのを見送っていた。
ティーダは、異界送りを見つめながら心中では別のことを考えていた。
“そう思わなきゃ進めない。俺自身がそう思われたかった‥のか”
死者を送る祈りの舞が、儚きリズムを奏でながら孤独に踊っていた。
ティーダたちはミヘン街道をさらに北上し、キノコ街道入り口にさしかかる。見渡す風景が次第に変わってきた。
広大な平原の中に通っていた一本の道が、きのこ傘の岩が重なる入り組んだ岩壁の中を這う道に変わってくる。草木は一本も生えず、雨風に侵食された岩肌が削り取られて、剥きだしとなり殺風景な風景が続いていた。
岩の皿の道を歩きながらティーダは前を行くライナーに声をかける。
「あの召喚士と知り合いなんだろ?良いのか」
ライナーは少しだけ顔を傾けて、ティーダに視線を向けた。
「・・まぁ、話す事もねぇしな」
ティーダは両手を頭の後ろ手に組んだ。
「ふーん・・」
ライナーは、少し視線を泳がせて、そして口を開いた。
「あいつとは、育ちが同じベベルなんだ」
「え!?あ・・それで俺をベベルまで」
ティーダは、ライナーが故郷の実家に帰るついでに自分を送ってくれているんだと一人納得する。
「いや、そう言う訳じゃねぇよ」
ライナーはぶっきらぼうに言いつつも、すぐに誤解を訂正する。そしてベベルまで一緒にいく理由を改めて考え始めた。
しばらく逡巡した後に
「そうだな・・〝縁″ってやつか」
と、感慨深くつぶやく。
「縁?」
ティーダはその答えをすぐに理解することができなかった。
ティーダなりにその縁について考え、悩みぬく。そして、たどり着いた答えが
「なんの?」
と、逆にライナーに問いかけた。
少しの沈黙を置いて
「らしくねぇよな」
と、自身の行動に笑いが込み上げてきた。
「何が??」
ティーダは、ライナーとの会話が成り立たずに、質問ばかりを繰り返す。
話の中でおいてきぼりにされるティーダは会話中に【?】(クエスチョンマーク)がたくさん浮かぶ。そのあとはライナーはしばらく可笑しそうに笑うのみで、そのまま先を歩いて行ってしまった。
“俺の中でライナーは何処かアルベドなイメージが強くて。…その辺りとの結び付きに繋がったのは、まだ後の事だった”
キノコ街道をしばらく進んでいると、周りの空気が物々しい雰囲気に切り替わってきた。
道の両脇に頑丈な柵や見張りの兵士が次第に増えてくる。
道行くティーダたちを警備している兵士は、素性の分からぬ不審者として怪しむようにねめつけてきた。
カーシュはこの厳重な体制をみて疑問をもち
「キノコ岩街道は何かの軍部?」
と、二人に質問をする。
ライナーは、兵士たちの様子を横目で流しながら
「討伐隊のだ」
と答えた。そして多少の呆れを含みながら
「最近、エボンと対立してるそうだぜ」
と、周りに聞こえないように小声で喋った。
それを聞いたティーダは、眉間にしわをよせる。
「またなんで。‥つうか騒がしいっスね」
ティーダたちの前方では、複数の兵士たちが慌ただしく走り過ぎていく。彼らは重鈍な銅製の筒のようなものを運んでいた。
ライナーは、この厳重な警備にいたる由来を察していた。
「原因はルカでの騒動だな。スピラ中に、もう情報は渡ってんだろ」
カーシュはそれを聞きながら、一言つけ加える。
「・・もっとも正確に情報が渡ってなさそうな気がするけど」
「確かに・・」
ティーダも、カーシュの意見に同意した。情報は、自分たちの都合の良いように尾びれ背びれがついて、どんどん拡大していくものだということを、どこかで感じ取っていた。
三人は視線を感じながら狭苦しい想いを抱き、進んでいると、道の脇から急に野太い声が絡んできた。
「ぉおーー!あんた」
鉄柵の脇に立っていた中年男性が手を振りながらティーダたちに猛烈な勢いで近づいてくる。
「!?」
突然、距離を詰め寄られて警戒するティーダたち。しかし中年男性は物怖じせずに、にかりとわらう。
その中年男性の特徴あるうさんくさい顔に、どこかで会ったような気にさせられるティーダ。しかし、それがどこであったかは一向に思い出せない。
しばらくティーダが何を話すのか待っていたが、じれったい思いをしていた中年男性は、我慢しきれずに堰を切ったように喋り出した。
「俺だよオレ、23代目オオアカ屋」
自らを指差す中年男性。屈託のないにこやかな笑顔を作ろうとするが、どうしても顔がくしゃけてしまう。
それでも低くダンディな声を出し
「・・よろしく!」
と、ティーダたちへ挨拶を行った。
23代目オオアカ屋。三年前、召喚士ユウナとガードいっこうに、何度も付き添っては、その都度、破格の金額をふっかけた商人である。この人懐っこい性格に、商人魂は憎めないのは、オオアカ屋の人情魂であろうか。
ティーダは妙な顔をしながら
「オオ・・赤字?屋」
と、それでも未だ思い出せずにいて、聞き間違えてしまう。
それを真に受けたカーシュは、同情のまなざしを向けて
「・・切ないね」
と、しんみりと言う。
オオアカ屋は笑顔が固まる。
しかし、すぐに気を取り直し両腕を振り上げた。
「おい!寂しいじゃねぇの。如何なる時も命捨て身であんた達一行には商売したもんよ」
先ほどの決めポーズを再び決めて
「知る人ぞ知る23代目オオ…」
「すみません・・商売でしたら場所を移してもらえませんか!?」
オオカア屋の決めセリフは、別の者の注意により遮られた。オオアカ屋はそれが気に食わなかったのか肩をいからせ声の主へと振り向いた。
そこにいたのは討伐隊メンバーのクラスコであった。
小さな体ながら、クラスコはオオアカ屋に負けじと睨み返していた。
かつて、ティーダと出会った頃は討伐隊の新米だった彼は、あれから幾分かの成長を遂げ、大人びた雰囲気をともなっていた。
とはいっても、まだまだ気の弱そうなところが若干見え隠れするのだが。
「んだぁ!?邪魔すんじゃねよ」
オオアカ屋は、自分のセリフを中断させられたことが相当に腹が立ったらしく口調が荒い。
「今、警備は厳しく見ているんです」
クラスコは目を細めビクつくも、負けじと声を大にして言う。
互いに一歩も譲らずに、せめぎ合う二人。
ティーダが二人の間に入る。
「・・魔物か?」
暗い表情でうなづくクラスコ。
「はい・・。魔物が多発する一方で多くの討伐兵もまた亡くなっていて」
悲痛な面持ちをするクラスコだったが、すぐに平常心を心がけて顔色をもどした。
「兵の負担低減と言いますか、出来るだけ少しでも被害を増やさぬよう、こう協力を呼び掛けているんです」
力説するクラスコの後ろから甲冑が擦れる金属音が響いてきた。
「こらこら、報告会始まるぞ!」
その声に反応して、急いで振り返るクラスコ。
「今日は〝クレロ師″のあいさつなんだから。ルチル隊長に恥かかせる気?」
後ろから現れたのは鎧に身を固めたクラスコの同僚、エルマであった。赤の甲冑に身をまとい、頭にはパンダナをまいている。腰には長身の剣が鞘に収まっていた。
エルマはとがめるような視線をクラスコへむける。
「そんな・・」
クラスコは、困惑しながらエルマに事情を説明しようとする。
焦る思考回路の中で、ティーダたちに言わなければいけない事をおもいだし、ぐるりと反転するクラスコ。
「・・えっと〝幻光河″へ向かう際にはくれぐれもお気を付け下さい!またグランが現れたとの通報がありました」
クラスコはまくしたてるように喋る。
それを聞き盛大なため息をつくオオアカ屋。
「まじかよー。どいつもこいつも商売の邪魔しやがって」
オオアカ屋は、憤りを感じ、何に怒っているかわからないが、とにかくムスッとしている。
クラスコは円環のお辞儀をして、エルマと一緒に谷間の方へと向かった。
その後ろ姿をみつめるカーシュ。
「報告会、・・気になるね」
「・・なる!」
ティーダも、目を輝かせる。
意気投合する二人は、エルマたちの進んだ先、谷間へと歩き始めた。
「俺は気にならねぇけどな」
そう言いながらも先をゆく二人の後をライナーはついていった。
海が一望できる断岩にて、かつての司令部周辺は討伐隊本部となっていた。切り立った崖の上に設置されている。
段幕により、大きな正方のスペースが区切られてできており、そこに大勢の討伐隊の兵たちが一箇所に押し込められるように集まっていた。
「もう始まってるっス」
岩にくっつき、その間からこっそりと覗くティーダたち。
そこは司令部よりも高台となっており、段幕が一望できる場所であった。
討伐隊、エボン兵たちが一堂に会する前に一人の男性が向かい合い立っている。
《そう・・『シン』について》
ひときわ大きく男性の声を放った。
『シン』というキーワードにその場にいた者たちは、一斉にざわつき始めた。動揺が波紋のように一気に広がっていく。
《静粛に!》
ティーダはその様子を眺めながら
「グアド?」
と、皆に向かって演説をしている男性の、その特徴ある風貌に目を凝らした。
横にいるライナーが
「クレロ=グアド〝卿師″だ」
と、男性が何者なのかを説明する。そして、視線をずらしながら
「・・エボン兵の僧兵軍団長を迎えるのは討伐隊隊長って所か」
喋りながらエボン兵と討伐隊の対立図を興味深そうにみつめていた。
クレロは演説を続ける。
《『シン』事態の目撃情報はない。・・だがしかし万一の事とあらばこれは一大事》
大きな身ぶり手ぶりのジェスチャーをもって目の前の大勢に伝えようとしている。
《我等同様、討伐隊諸君にも対策等の共同強化実施を願いたい》
エボン兵たちは、厳粛にその発言を受け止めているのにたいし、討伐隊の間では、微妙な顔つきをする者が多数いる。
討伐隊の声を代弁するかのように、隊長ルチルが手を上げた。
クレロは、ルチルに発言を促す。
「お言葉ですがたしかに軍事の強化は必要不可欠です、ですがそれはこの状況を見据えてのご判断ですか!?」
喋りながら、感情的になり、熱く訴えるルチル。
「魔物は増加し続け、今この時も多くの民が救援を求めています!」
そこでルチルは、言葉を失ったかのように急に冷める。そこにある瞳には絶望に近いものが宿っていた。
「・・討伐兵の多くが犠牲となっているのはご存知のはず。まずは民の安全確保を優先にと要請を」
クレロムは一瞬だけ、逡巡させる。
「要請?」
クレロは合点がいかないという様子で視線を下におとす。しかし、今は推論を行う時間ではないと思考を切り替え、再び正面を向いた。
「・・だが我等とて成長なくばただ死に行くだけ」
その言葉にルチルは何か言いたげな表情をする。
それを知った上で、クレロはさらに続ける。
「結果を得るにはその過程も重要とされるのだ」
ルチルには、何も言えなかった。死んでいった仲間たちのことを想うと、クレロの言葉はあまりにも無慈悲ではないか、と押しつぶされそうになる。
それは、他の討伐隊の面々も同じ気持ちであった。
そのやりとりを聞いていたティーダの目つきが鋭くなった。射るような視線をクレロへと向ける。
ライナーたちがまずいと思った時にはすでに、ティーダは岩の上に登っていた。
「それでは・・」
死んでいった仲間たちのことをおもうと胸が張り裂けそうになるルチルはこうべを垂れる。
「だったらなんだよ!見捨てろって言うのか!?」
明後日の方角からの叫びに討伐隊の視線が一気にそこに集中した。
その場にいた全員が岩の上にいるティーダに注目をした。突然の来訪者に、警戒心は最大限に引きあがる。
「やっぱり・・」
カーシュはどこか遠い目をして、現実を受け入れた。
「はー・・」
ライナーは空を仰いで、こめかみに手を添える。今後の展開がどうなるかあらかた予想できていた。
動揺が広がる大勢の中の一人、エルマがクレロを睨みつけるティーダをみながら
「あの人さっきの?あれ、何処かで」
と、疑問を呈する。
「そう言えば…」
エルマの横にいるクラスコも同じような気持ちを抱いた。
クレロはティーダにたいし涼しい顔をしながら
「熱き心だけでは前しか見えぬぞ若造」
と、一蹴して退ける。
少しだけ視線をおとし、過去の苦渋を蘇らせる。
「・・あのような、ミヘンセッションのような失敗はもう許されぬのだ」
それは自身への戒めに近い素振りをみせる。
クレロのミヘンセッションへの言及にティーダたちは驚く。
視線をあげるクレロ。彼の中で話を簡潔にまとめる段階にさしかかった。
「・・民への救援要請は私から〝総卿師″へ直接伝える。ただし独自での行動は堅く禁ずる!」
討伐隊の視線がクレロに向いている中、ティーダは後ろに引っ張られる力により、岩から引きずり下ろされる。
バランスを崩しながらも、岩肌を器用に降りるティーダ。
「な・・?」
振り返ると、そこにはライナーとカーシュの顔が間近にあった。二人とも目は笑っていない。
ティーダはそのまま二人に首根っこの襟を掴まれ、引きずられていく。
「急ごう」
カーシュは、前を向き一刻も早くこの場から去ろうとする。
「よし、行くぞ!」
ライナーも足早に、ティーダをひきずっていく。
ティーダはかかとを地面につけたまま、引きずられていった。
キノコ街道を抜けた先にジョゼ街道が続いていた。海沿いを切り開いた街道で、海風によって侵食された風景は、尖った牙のような岩の彫刻が街道沿いに並んでいる。
先ほどのクレロの演説を、カーシュは振り返りながら要点をまとめた。
「結局、重要な手掛かりは掴めていないようだね」
ライナーもカーシュの話に乗じる。
「何処も分からず仕舞か」
新たな情報は何もなく、ルカでの騒動で得体の知れぬ不安だけが人々の心の中に浸透していることを察する。
ライナーはティーダに目配せをした。当の本人は、のんきに歩いている。
「・・にしても、お前は本当に前しか見えてねぇよな」
ティーダは急に自分に話をふられて、きょとんとした顔をする。
「それ、褒めてる?」
「良く言うぜ」
ライナーは笑い飛ばしながらティーダの背中をこづいた。
勢い余ってニ、三歩前によろけるティーダはライナーへ振り返りながら笑っている。前に向き直ると、ふと前方にいる何かをみつけ、歩みがとまった。
「・・あ」
ライナーたちも、ティーダの視線の先を追う。
「・・!?」
そこには岩陰でまつ人の姿が二つあった。強い海風にあおられながら水平線を眺める女性と、その女性を守るように寄り従っている金兜の兵士。海の荒い風により、女性の緩やかな曲線を描く服装がたなびき、艶のあるしなやかな髪が舞っていた。
髪がはだけないように、右手で乱雑になろうとする髪を押さえている。
ティーダたちは、その女性の顔を知っていた。
それはミヘン街道でティーダたちに助けを求め、そしてティーダとともにチョコボイーターを倒したノネであった。
ノネは遠巻きながら三人の姿を確認すると、無表情でずいずいと詰め寄ってきた。
親しみを込めた、という感じではない。たっぷりとねめつけながら
「あなた達、一言ぐらいない訳・・!?」
と、第一声から怒声で迫り来た。ティーダと鼻がくっつくのではないかというくらい距離がやたら近い。
間近で見るノネの顔は整っていて清潭だが、もともと切れ長の良い目が、今はさらに鋭くなり、瞳には怒りの色が揺らめいていた。
ティーダはのけぞりながら慌てながら言い訳をする。
「ほら召喚士って異界送りの後とかいろいろ大変だろ?だから・・」
「召喚士・・」
ノネの瞳の奥にある色がにわかに揺らいだ気がする。怒っていた気持ちが一気にしぼんでいくように見えた。
「異界送りができるってだけよ」
と、それだけぽつりと言った。小さく寂しそうな背中を海風がなぜていく。
ノネの横にいた兵士が、会話の切れるタイミングを見計らいノネに近づく。
「ノネ様・・」
「ごめん、先に向かってて」
悪びた様子で謝るノネにたいし敬礼をする兵士。
「はッ」
兵士は一人ベベルへの旅路を急ぎ走っていった。カーシュは、その後ろ姿を目で追いかける。
一人になったノネは改めてその身を正し、三人を一人ずつ見た。
「改めまして。私の名はノネ」
自己紹介をしながら、ノネは両手で円環をつくり、お辞儀をする。
そしてティーダに親しみをこめて話しかけた。そこには興味のまなざしがある。
「あなたの事は知っているわ。開幕戦見ていたの」
「え?」
ブリッツの試合の話題となり驚くティーダ。
「知ったのは試合の後だったけれど。・・驚いたわ、ユウナ様のガードの方だったなんてね」
ティーダは、ユウナという言葉にピクリと反応する。
「それと」
ノネは視線を横に移した。その視線の先にあるのは、ライナーであった。
射抜くようなノネの視線に、バツが悪そうな顔をするライナー。
ノネがライナーに一歩つめより、何かを喋りかけようとしたときに、予想だにしていなかった方角から荒い息がかった声がかかった。
「これは・・ノネ様!?」
ノネはライナーに開きかけた口を閉じ、その声に応じて振り返る。
目にしたのはジョゼ寺院の僧官。急ぎ走りながらやって来ていた。
「!?」
いるはずのない突然の来訪者に驚くノネ。
ノネはとても心配した様子で
「どうなさったんです」
と、その身を案じた。
「寺院を離れ何故、街道へまで?」
何事か異常があったのかを問う。
僧官にはせっぱつまっていて余裕がなかった。
「いや実は・・。〝大召喚士様″のお姿がなかなかお見えに‥」
ティーダが僧官をみる。何か言いたげな顔をするが、ぐっとこらえる。
「お約束の参拝時刻もとうに過ぎておりまして」
額に汗が浮かぶ僧官は落ち着きがない。
ノネはユウナの行き先について心当たりがあった。
「・・ユウナ様は幻光河へ向かわれたとの事よ」
それを聞き、僧官は驚きいぶかしむ。
「さようですか!?」
僧官も、ユウナの行動に疑問を呈するばかりであった。
「何故に、ここ周辺にもグランが現れたと伺っておりますゆえ・・」
グランという言葉に表情を曇らせるティーダ。行動したい衝動と、それを抑え込む感情がせめぎ合う。
泥の中にいるように、体が重たく身動きが取れない。いつからか、行動する前にこんなに考えるようになってしまったのか。心と体が直結してなく、常に何かが邪魔をしてくる感覚。
こんなの自分らしくないと思いつつも、それでも動けずにいることに歯がゆさを感じていた。
ライナーは深刻そうな顔をしているティーダに目を向ける。
微動だにしないティーダは未だ表情が固まったままであった。
こうしている間にも、ユウナに危険が迫っていると分かっていながら、それでも行動に移せずにいる自分に苛立ちを覚えていた。
ティーダらしからぬその姿をみてライナーは
「行けよ」
と、後押しをする。
想いもよらぬ声援にティーダはハッとした。
ティーダはライナーをみる。そこには、うなづきながら訴えかけるライナーの真剣な顔があった。
さらにカーシュが続ける。
「・・。今は今にしかない」
カーシュの言葉にティーダはさらに何かに気づかされ、突き動かされていく。
「・・?」
ノネには、その三人のやりとりについて行けず、怪訝な顔をするばかりであった。
「俺は・・」
うつむくティーダ。心の中にいままでとは違う新たな風が吹き始めていた。
鬱とするもやを払拭するかのように、打ち付ける風がティーダに吹き付ける。
記憶の中にあるユウナの言葉たちが風に運ばれるように、蘇ってきた。
(「そばに居てくれたら良いの」
「キミと・・会えて良かった」
「ありがとう・・」)
記憶の片隅で、ずっと眠っていたユウナの言葉がティーダの全身を駆け巡り、抜けていく。
ティーダの表情が締まる。
絶対に失ってはいけないものに気がついた。
自分のわがままで、大切なものが何か見えなくなっていたと悟る。
今までティーダを縛り付けていた迷いは断ち切れていった。
「俺、行ってくるよ!」
ライナーとカーシュは真剣なまなざしでうなづいた。
ティーダは決意を胸に幻光河へと走っていった。
その後ろ姿を見送る二人。少しだけ、ほほえんでいた。
ノネだけには、一連の流れがよくわからず、ティーダの不可解な行動に疑問視しながら、その後ろ姿を眺めていた。
第三章『約束の地』へ続く…。