会話が多いと地の文が減ってしまっていけませんね。
そして、ハーメルンの適正文字数がわかりません・・・
最初はただ「なにいってんだコイツ」と思った。けれど、おかげで冷静になれた。
異常すぎる。
こんな場所に、こんな千葉の片隅に、ボロボロの高級なドレスを纏った外国人が四肢切断されているにも関わらず、余裕綽々としているなんて異常なんてもんじゃない。映画やアニメだってそうそうあるシチュエーションではない。
もうわけわかんねーし。
その異常を踏まえた上で『彼女』に視線を戻す。
さながらホラー映画のワンシーンのようではあったが、妙な違和感があった。
「影が・・・ない・・・?」
在るべきものが、ない。
無くてはならないものが、ない。
「あるわけがなかろう。」
けれど、『彼女』は、さも当然のように答える。
まるで俺が常識知らずのように語る。
「吸血鬼なのだから当然じゃろう?」
「吸・・・血・・・鬼・・・?」
またも混乱してきて三点リーダの乱用である。
むしろこの状況で混乱しないやつがいたらそいつはきっと大物だ。俺が保証する。
混乱を通り越し、一周回っても混乱している俺を余所に『彼女』は続ける。
「我が名は、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼じゃ」
ボロボロの衣服と。
四肢を失った状態で。
それでも尚、高飛車に構えて、言った。
開いた唇の隙間から鋭い二本の牙が見える。
「うぬの血を、我が肉として呑み込んでやろう。感謝するがよい。じゃから、うぬの血を寄越せ」
言われてやっと気づく。
さっきの視線は
言葉の節々に感じられる傲慢さはもっともなことだった。
キスショットにとって、吸血鬼にとって、俺達人間はただの餌でしかない。
まだこれが現実だとは思えない。
存在しないはずの吸血鬼がいて。
不死身のはずの吸血鬼が死にかけていて。
その吸血鬼に餌になれと言われている。
これが現実だと受け入れられる奴はどうかしている。
けれど、本能が逃げろと警鐘を鳴らしている。
彼女は、間違いなく俺を殺すことができる。
その恐怖が俺を支配していた。
「ど・・・どうしたのじゃ。この儂を助けられるのじゃぞ。こんな栄誉が、他にあると思うのか。うぬはなにもすることはない。ただ儂にその首を差し出せばよいのじゃ」
思い通りにならない焦りからか、不安が見て取れる。
きっとそのせいだろう。こんなバカな質問をしてしまったのは。同情を覚えてしまったのは。
「え、えっと、血を吸うってどれくらい吸うんだ?」
「ぬし一人分でも吸えば急場は凌げる」
・・・一人分?
ああ、なんだ一人分か。
あれ?一人分?
一食分じゃなくて一人分?
そもそも吸血鬼の一食分なんてわかんねーけど。
「えっと・・・それって俺死ぬの?」
もうわけがわからなすぎてフランクに問いかけてしまった。
「当たり前じゃろう?」
さも当然のように言われた。
「わかったら早く血を寄越さんか。早くせい。なにをとろとろしておるのじゃ。この鈍間が」
「・・・・・・・・・・」
もう何も言うまい。彼女が人外だということはわかった。よくわからないが化物だってことは分かった。
だから―――逃げよう。
寝て起きたらこれは夢の中の話だったとして片付くのだから。
逃げれるはずだ。
いくら人外だとはいえ、四肢がない状態で追いかけられるはずがない。
けれど、震えた脚は思うように動かずじりじりと後ろに下がる事しかできない。まるで金縛りにあったかのように体が言うことを聞かない。
この現実を否定するためにも、今すぐ走り出したかった。
「う・・・嘘じゃろう?」
意を決して背を向けた途端。彼女の声が弱弱しいものになった。
ダメだ。振り返るな。演技に決まってる。
妖怪が同情を引いて人間を殺すなんてよくあるじゃねぇか。
「助けて・・・くれんのか?」
振り返ってしまった。
そしてすぐにそれを後悔した。
『彼女』の目からは既に強者としての視線は消え失せ、ただ、ただただ弱弱しい目をしていた。本当に死んでしまうのだろうと目に見えてわかる。
なのにどうしてなのだろうか。
ドレスはボロボロ。
腕も脚も無残に千切れ。
人間を食料として見る化物は無様な姿を晒していた。
なのに、俺は。
彼女を美しいと思った。
これほど心が惹かれる存在があるとは思えないほどに。
気付けばただ茫然と立ち尽くし、ただただ彼女に魅入っていた。
それほどまでに彼女は美しかった。
「嫌だよお・・・」
先ほどまでの傲慢さは微塵にも感じられない。
まるで子供のように泣き崩れていた。
金色の瞳から赤い涙を零しながら。
「嫌だ、嫌だ、嫌だよお・・・死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくないよお!助けて、助けて、助けて!お願いします、お願いします!助けてくれたらなんでも言うこと聞くから!!」
臆面もなく、我を失って、ただ泣き喚く。
傲慢なことに俺は彼女を哀れだと感じた。
「死ぬのはやだ!死ぬのはやだ!消えたくない!消えたくない!やだよお!誰か、誰か、誰かあ!」
子供の癇癪のようなそれは哀れで聞いていられなかった。
「うわあああああああああん」
泣く声が聞いていられなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
ついに、彼女の言葉は懇願のそれから謝罪のそれへと変わっていてしまった。
何に謝っているのかわからない。
誰に謝っているのかもわからない。
とてもじゃないが見ていられなかった。
誰とも知れぬ誰かに謝り続ける彼女の心情はもはやわからない。
分かりたいとも思わない。
けれど、彼女はそんなことしてはならない存在だ。
血も凍るほど美しく、傲慢な彼女は、こんな無様に死んでいってはならない。
そう思えた。
恐怖がなかったといえば嘘になる。
未練がなかったといえば嘘になる。
けれど、未来に希望を抱くこともなく、過去に苛まれ、ただのうのうと生きているだけの俺よりも、生きたいと望む彼女が生きた方がいいのではないか。
そう思ったら、いつの間にか彼女の頭を撫でていた。
子供をあやすかのように優しく。いや、妹を撫でるようにか。
とても綺麗な髪だった。
いつまでも撫でていたいと思えるような、綺麗な金髪だった。
大声で泣いていた彼女はいつの間にか落ち着いていた。
いまだしゃくりあげてはいたが。
「なぁ。首を出せばいいだけなんだよな?」
「い、いいの?」
彼女の瞳には驚きが見て取れる。
もちろん、良いか悪いかで言ったら悪いに決まってる。
所詮こんなのは自己犠牲を装ったただの自殺行為なのだから。
「別に生きてても意味ねぇ・・・しな・・・」
今度は俺が泣いてしまった。
思い出すのは辛かった過去だけ。
誰からも必要とされず、誰からも存在を認めてもらえない。
誰とも友好的な関係を築けず、誰とも恋仲にもなれない。
「もう楽になりたい」
そう吐き出して、彼女の前に首を差し出す。
ごめん小町。
こんなダメ兄貴で。
ごめん父さん母さん。
こんなダメ息子で。
「俺なんかよりお前が生きてた方がよっぽどいい」
食糧風情がなにを偉そうに、と見下してるかもしれない。憐れんでるかもしれない。
でもそんなのはいつも通りだ。日常だ。
それが比企谷八幡という男の16年とちょっとの人生全てなのだから。
「だから俺の血を全部やる」
我ながら気取った台詞だと思う。
誰かが聞いてたら罵倒してくるかもしれない。もしかしたらこの吸血鬼ですら。
けれど。
「・・・あ」
彼女から。
生まれて初めて誰かに感謝をされた。
「ありがとう・・・」
首筋に鋭い痛みが走る。
そんな痛みを感じないくらい幸せに死ねたと思う。
最後の最後に誰かに感謝されるってこんなにも幸せなんだって知れたから。
さようなら。