孤物語   作:星乃椿

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遅くなって申し訳ありません。早く仕事を覚えるべくサビ残の毎日を送っていたら疲れ果てて執筆できませんでした・・・。
話の構想自体はできていたのに執筆できないもやもや感がとても気持ち悪い毎日でした。
忍野が出てくると会話が多くなる不思議。
違和感があったら申し訳ありません。
・・・酒吞童子に魅了されて初めてソシャゲに課金したら見事に爆死しました。3万円が・・・。悠木碧ボイスが・・・。



019

 小町を家に送り届けた後はもうライオンから逃げる獲物の如く全速力で学習塾跡へと逃げ帰った。

 逃げ帰ったというのは何も、小町から逃げたとかではなく、文字通り逃げて帰ったのだ。

 そう。ドラマツルギーとの戦った後ずるずると小町と話し込んでいたために夜が明けつつあったのだ。

 

 学習塾跡の廊下には大きなボストンバックを持った忍野が火の点いていない煙草を咥えながら待っていた。

 

 「遅いよ引谷くん。遅すぎて危うくこの右足をとっとと吸血鬼ちゃんに渡しちまうところだったぜ」

 「いや、別にお前が渡しても良かったんだが」

 「いいや、この右足を取り戻したのは君だからね。あの子の眷属たる君が渡さないとさ」

 

 この軽薄そうな男は案外義理堅いのかもしれない。実はヤの付く家系なのだろうか。

 

 「ん? なんだい? その意外そうな顔は」

 「いや、見た目と違って案外義理堅いんだなって」

 「はっはー。人を見た目で判断しちゃいけないってご両親に教わらなかったのかい? 僕ほど義理堅くて誠心誠意真心込めた行動をする奴は中々いないんだぜ?」

 「知ってるか? そう自称する奴に碌な奴はいないって。・・・まぁ、今回のことは、その、ありがとうございました」

 「急に改まっちゃって気色悪いなぁ。なにかいいことでもあったのかい?」

 「・・・まぁ、いいことはあったよ」

 「へぇ・・・」

 

 「気色悪い」という忍野の軽口は、自分でも重々承知なうえに、言われ慣れているが、普段なら少しは思うところがあっただろう。だが、今はそんな言葉を歯牙にもかけないほど気分が良かった。これが勝利の美酒というやつなのだろうか。

 

 気分のいい俺は珍しく饒舌で、先ほどまでの出来事を忍野に喋っていた。

 

 「ふーん。引谷君の妹ちゃんにしては随分と活発で明るい子なんだね。でも、どうしてかわいいかわいい妹ちゃんをこんな危険なところに連れてこようと思ったんだい?」

 「少なくとも目撃者をそのままにしておくよりは安全だろ?」

 

 お願いされたってのもあるが、小町の安全を確保するためが一番の理由だ。忍野はここに認識阻害の結界を張ったと言っていた。

 キスショットの安全が確保されている以上、野放しにしておくよりも手元に置いた方が数段安全であるというのが俺の考えだ。

 

 「ま、確かに家に置いておくよりは安全だろうね。判断としちゃ間違っちゃいなよ。ただね、あの子が“鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼”ってことを忘れていないかい?」

 「それってどういう―――」

 「ま、それはいずれわかるよ」

 

 そういって忍野は右脚入りのボストンバックを投げ渡した。普段、自分の身の一部であるからあまり実感はないが脚一本というのは割と重い。

 

 「お、おい! もっと丁寧に扱えよ!」

 「ごめんごめん。つい恰好つけたくなっちゃってね。それより、早く行ってあげなよ。ご主人様が眠い目擦りながら君の帰りを心待ちにしてるからさ」

 

 忍野に小言の一つでも言ってやりたいが、金髪幼女が待っているのであれば仕方がない。ご主人に右脚入りバストンバックという猟奇的で犯罪的な勝利の供物を献上せねばなるまい。

 

 キスショットのいる教室を開けると、彼女は体育座りをしつつ、こっくりこっくりと舟を漕いでは目を擦りながら待っていた。それが見た目通り子供のようで微笑ましい。社畜の父親の気持ちが今ならわからなくもない。働く気はないが。

 

 「帰ったぞ」

 

 彼女はやっと俺が帰ってきたことに気が付いたのか、ビクッと肩を跳ね上がらせ、こちらを睨む。恐らく、待たせたことに腹を立てているのだろう。

 だが、俺の持っているバッグを見るなり満面の笑みを浮かべた。

 

 「遅い!」

 「悪いな」

「まぁよい。その手荷物を見る限り勝ったのであろう? ようやった。儂の言った通り1対1なら簡単じゃったろう?」

 「いや、全然簡単じゃなかったわ。めちゃくちゃ怖かった」

 「なんじゃ情けないのう・・・。ちゅーか、なんじゃそのボロボロの布切れは。せっかく物質創造スキル使えるようになったのじゃから主に会う時くらい綺麗な格好をせんか」

 

 言われてみればその通りである。せっかく物質創造スキルを使えるようになったのだからこんなボロ布を着ている意味もない。血は蒸発するように消えてしまうが、土が至る所についていて正直小汚い。

 自分の恰好を確認しているうちに、キスショットは待ちきれないとばかりに俺の手からバックをひったくり中身を確認していた。

 バックの中には成人女性の右脚がまるでホルマリンに漬けて保存しているかのように綺麗な状態で保存されていた。

 

 「ふむ。確かにこれは儂の右脚じゃな」

 「で? 右足を取り戻したのはいいけど、どうやって力を取り戻すんだ?」

 

 幼児姿をしているから右足はすでについている状態であり、その右脚を接合することなど無理だ。そもそも、幼児姿と大人姿では足の太さがまったく異なる。

 

 「儂ら吸血鬼が力を得るとなれば、喰うことに決まってるじゃろうが。なにを言っとる?」

 「喰らう?」

 

血でも吸うのだろうかと考えていた矢先、彼女は自らの右脚に喰らいついた。がぶりと。

 肉を千切り、骨をがりがりと噛み砕く。そして、それを上等な肉でも食べるかのように美味しそうに嚥下していた。

 

 「何を惚けておる? 戯けが。とっとと出て行かぬか。レディの食事を見るなどマナー違反じゃぞ」

 「あ、ああ」

 

 足元が崩されたような感覚に襲われたまま教室を出るととてつもない嫌悪感に襲われた。冷汗が止まらず、その場に蹲って吐いてしまうほど。 

 

 「だから言っただろ。彼女は“鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼”だって」

 

 忍野は「言わんこっちゃない」といったような表情をしながら告げた。

 

 「君は確かに自身を吸血鬼として自覚するのがとてつもなく早い。相手が吸血鬼とはいえ、いきなり人間の姿をしたモノに斬りかかれるほど冷酷になることができる。まるで人間であることの方が間違ってたと思えるほどの順応性だよ。でもね引谷君。君は怪異、いや化物を何かを全く理解しちゃいない」  

 「化物・・・」

 「そ。化物。彼女は人間じゃない」

 「だからって・・・」

 

 なぜ吸血鬼だからといって化物と呼ばれなくてはならない。

 

 「それは吸血鬼は人が創ったモノだからだよ」

 「人が創った・・・?」

 「怪異っていうのはね、人間の認識通りに存在するのさ。人間の定めた空想通りの在り方を定義付けられる。吸血鬼として生まれた彼女は人間の考える“化物”でなくてはならない。化物性を有さなくてはならない。人を恐怖させなくてはならない」

 「・・・じゃあ、その化物性ってのはなんなんだ? 俺はお前のいう“化物”なんだろ?」

 

 そうあるように定義付けられているのであれば俺もその“化物性”とやらを有していなければおかしい。そしてそれはきっと本能染みたもので、無意識に行っているはずなのだ。

 それが、少し、怖い。

 

 「安心しなよ。その恐怖感を持っているならまだ君は人間だよ。化物は化物であることに恐怖しない。化物が化物たる定義は三つ。一つ、化物は言葉を喋ってはならない。二つ、化物は人間を喰らわなくてはならない。そして三つ。怪物は、不死身でなければ意味がない。三つ目は君も経験してるよね?」

 「あ、ああ。けど、別に人間を喰らいたいなんて欲なんてないぞ? それどころか血を吸いたいとすら思わない」

 「それは君が成りたての吸血鬼だからさ。お腹が空いてくれば吸血鬼衝動に駆られる。それに、誰も人間を“食う”なんて言っちゃいないだろ?」

 

 忍野は煙草を咥えニヤリと笑う。相変わらず火を点けずに。

 

 「“喰う”ってことは“他者の領分を侵す”って意味があるのさ。それは即ち“傷つける”ということに他ならない。思い当たることはないかい?」

 

 そうだ。俺はドラマツルギーを斬りつけることになんの嫌悪感も恐怖感も抱くことはなかった。両親が警察官である俺は道徳観だけはしっかりしていたし、中でも“人を傷つける”という行為だけは徹底的にいけない事だと教え込まれていた。

 そのせいか、殺人衝動や破壊衝動など虐められていても起こることはなかった。それはいけない事(・・・・・)だから。精々、テストで点を取るだとかそんな些細なお返しくらいしかしてこなかった。

 なのにどうして俺はなんの躊躇もなしにドラマツルギーを、同族に斬りかかれたのだろうか。

 

 「そう。君は二つ目の定義に片足を突っ込んでるんだよ」

 

 相手は吸血鬼だけどね、と笑いながら言った。

 

 「じゃあ、一つ目はどうなんだよ。あいつは、キスショットはちゃんと言葉を喋ってるだろ?」

 「いいや喋っていない。喋るっていうことは意志疎通ができるってことだろ? そりゃ君はあの子の眷属だから普通に会話できるだろうさ。だけどあの子は人間の言葉なんて聞いちゃくれないよ」

 

 そういえば。キスショットと初めて出会った時、あいつは俺のことを餌だと認識していた。自分が生きるための贄だとそう認識されていたのだ。

 正しく彼女は、キスショット・アセロラオリオンハート・アンダーブレードは化物だった。

 




そういえば、「なぜ小町をキスショットに会せるのか」という感想をいただいたのですがこれには理由があります。
まず第一に、八幡がキスショットの化物性を理解していない。
そして、この話でも言及しましたが安全の保障とメンタルケア。
殺人現場に居合わせた人間を、それも年端もいかぬ少女を放置ってそれこそ残酷な仕打ちですよね。
私は仕事柄人の臓器や血液は見慣れていますが、手術という医療行為でさえ失神する人はいますし、トラウマになって医療職を諦める学生さんだっていらっしゃいます。
殺人現場ともなれば尚更のことでしょう。
ですから、最愛の妹ともなれば手元に置いて守りたいと思うのが”人間らしさ”だと私は思います。
思い上がりだろうと、余計なお世話だろうと、それが正義だと思えばたとえ立場を悪くしようとも実行するのが人間味だと考えております。
私たちは物語を知っているからそう思えるだけだと、そう私は考えております。

あっ、転生物は別ですよ? 普通に好きです。
ただ、この作品は転生物ではないので、『キスショットは化物だから小町を会わせるのは危険だ。だからこうしよう』みたいに登場人物が未来を予測して最善だけを選んでいくのは面白くないなという意味です。

長々と偉そうなこと言ってすみません。調子乗ってすみません。
こんな作品でもよければ今後とも読んでいただけると幸いです。

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